ようこそ伝説の超生徒がいる教室へ   作:シュユ

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よく見ろ、地獄へ行ってもこーんな最低の小説は見られんぞ。


第1話

――綾小路清隆視点

 

 オレがその異常な新入生を初めて見たのは、入学式へ向かうバスの中だった。高度育成高等学校。進学率、就職率ともにほぼ百パーセントを誇る国立の名門校。そう聞けば大抵の人間は何かしら期待するのかもしれないが、オレには特別な目標があったわけじゃない。友達をたくさん作りたいわけでも、クラスの中心になりたいわけでもない。普通に授業を受け、普通に生活し、普通に三年間を終える。それくらいでいいと思っていた。

 

「ね、ねえ……あれ見て」

 

「え? なに?」

 

「外、外!」

 

 車内の誰かが声を上げた。バスの中には、同じ制服を着た新入生らしき生徒が何人も乗っている。静寂だった空気が、その一言で一気に窓側へ寄った。オレもつられて外を見る。

 

「……人か?」

 

 道路の横を、誰かが走っていた。ジャージではない。制服だった。しかも、オレたちと同じ高度育成高校の制服に見える。問題は、バスが普通に走行しているということだ。その男子生徒は、走行中のバスとほぼ同じ速度で並走していた。

 

「うそ、速くない?」

 

「いやいやいや、バスだぞこれ」

 

「遅刻しそうなのかな」

 

「だったら普通バス乗るだろ」

 

 もっともな意見だった。走っている男子生徒はかなり大柄だった。高校一年生というより、何か別の競技からそのまま連れてこられたような体格をしている。肩幅も胸板もおかしい。制服は一応着ているが、布の方がかなり頑張っているように見えた。髪は淡く緑がかっていて、遠目でもかなり目立つ。目つきまでははっきり見えないが、少なくとも楽しそうに登校している雰囲気ではなかった。

 

「あなたにも見えているのよね」

 

 隣から声がした。黒髪の女子生徒だった。整った顔立ちだが、話しかけやすい雰囲気ではない。ずっと静かに座っていたが、さすがに今の光景は無視できなかったらしい。

 

「見えているな」

 

「そう。なら私の目がおかしくなったわけではなさそうね」

 

「バスと並んで走っているように見える」

 

「見える、ではなく実際に走っているのでしょうね」

 

「冷静だな」

 

「騒いでも速度が落ちるわけではないもの」

 

 確かにその通りだと思った。その時、外の男子生徒が、ふとバスの方を向いた。

 

「やぁ」

 

 確かにソイツはそう言った。その瞬間、窓際にいた数人が反射的に身を引く。窓越しなのに、なぜか目が合ったような気がしたのだろう。オレも一瞬だけそう感じた。男子生徒はそのまま速度を上げ、バスの前方へ出る。そして、校門の方へ向かって先に消えていった。

 

「行った……」

 

「追い越した? バスに?」

 

 車内がざわつく中、後方から妙に余裕のある声が聞こえた。

 

「ふふっ。朝からなかなか面白いものを見せてもらったねぇ」

 

 振り向くと、金髪の男子生徒が足を組んで座っていた。姿勢も表情も、周囲の空気から少し浮いている。彼は窓の外を見ながら、満足そうに笑っていた。

 

「彼は相当な脚力の持ち主のようだ。だが、私の美しさにはまだ届かないねぇ」

 

「……何の勝負をしているんだ、あれは」

 

 近くの男子が小声で呟いたが、金髪の男子生徒は気にしていないようだった。

 

「あなた、あの人の知り合い?」

 

 隣の女子生徒が、金髪の男子生徒に向けて言った。

 

「初対面だねぇ。だが、美しい私の前に現れる以上、彼にも何かしらの役割があるのだろう」

 

「そう。聞いた私が間違いだったわ」

 

「ふふっ。理解できないものを拒絶するのは凡人の悪い癖だねぇ」

 

「理解した上で距離を取ることもあるわ」

 

 黒髪の女子生徒は短く返し、また前を向いた。

 

「この学校、初日から変な人間が多いのね」

 

「同感だ」

 

「あなたもその一人に見えるけれど」

 

「オレは普通だと思う」

 

「普通の人間は、自分から普通とは言わないわ」

 

 初対面にしては手厳しい。とはいえ、こちらから会話を広げる理由もない。バスはそのまま校門前に到着し、生徒たちは次々と降りていった。オレも流れに従ってバスを降りる。校門の先には、かなり広い敷地が広がっていた。校舎、体育館、寮らしき建物、そして商業施設のような建物まで見える。普通の高校とは規模が違う。

 

「すごっ、広すぎない?」

 

「ここ、学校だよね?」

 

「三年間ここで生活するってマジ?」

 

「なんかもう街じゃん」

 

 周囲の生徒たちは素直に驚いていた。オレも大きな学校だとは思ったが、それより気になったのはさっきの男子生徒の姿だった。校門の周辺を軽く見ても、それらしい姿は見当たらない。先に着いてどこかへ行ったのか、それとも教師に止められたのか。どちらにせよ、入学初日から印象に残る相手ではあった。

 

「あなた、探しているの?」

 

「いや、少し気になっただけだ」

 

「バスと競争するような生徒が同じ学校にいるなら、気にならない方が不自然ね」

 

「同じクラスじゃないことを祈る」

 

「そういうことを言うと、大抵同じクラスになるものよ」

 

「経験則か?」

 

「ただの予想よ」

 

 黒髪の女子生徒はそれ以上答えず、教師の案内に従って歩き出した。新入生は入学式のため、体育館へ向かうことになった。

 

 体育館にはすでに多くの生徒が集まっていた。クラスごとに座席が分けられており、オレは一年Dクラスの列に座る。バスで見かけた生徒も何人か同じ列にいた。隣に座っていた黒髪の女子生徒も同じDクラスらしい。一方、さっきの金髪の男子生徒は少し離れた列に座っていた。少なくとも今のところ、同じクラスかどうかまでは分からない。

 

「本当に同じクラスだったな」

 

「私たちはね」

 

「さっきの金髪は違うのか?」

 

「さあ。少なくとも、ここで目立たないことを祈るわ」

 

「もう十分目立っていたと思うが」

 

「だからよ」

 

 入学式は普通に始まった。理事長の挨拶、学校の理念、生徒会長による新入生への言葉。内容そのものはよくあるものだった。だが、途中で体育館の入口付近がざわついた。

 

「申し上げます!超問題児が現れましたぁ!」

 

ヘルメット?を被った教員が司会に報告している。誰かが遅れて入ってきたらしい。オレは体育館入り口に目を向ける。

 

「来たぞ」

 

「さっきのやつじゃん」

 

「え、マジで新入生なの?」

 

 バスと並んで走っていた大柄な男子生徒だった。ギュピギュピという独特の足音が体育館にこだまする。教師が彼に近づき、何かを確認する。注意するのかと思ったが、教師は少し困った顔をしたあと、Dクラスの列を示した。男子生徒はそのままこちらへ歩いてくる。

 

「同じクラスね」

 

「本当にそうなったな」

 

「祈りが足りなかったようね」

 

「祈った覚えはない」

 

 男子生徒が近づくと、周囲の生徒たちが自然に道を開けた。誰かが命令したわけではない。ただ近くに来ると、距離を取りたくなる圧がある。彼はDクラスの席に座った。椅子が小さく音を立てる。周囲の生徒は見ないようにしながら見ていた。

 

「すげぇ体してんな……」

 

「部活なに入るんだろ」

 

「陸上部じゃない?」

 

「陸上部がバスと競争するか?」

 

「するやつはするんじゃね?」

 

「しないだろ」

 

 小声の会話があちこちから聞こえる。本人に聞こえているかどうかは分からない。聞こえていたとしても、気にしているようには見えなかった。

 

 しばらくして、司会の教師が次の登壇者を紹介した。校長。その肩書きが聞こえたあと、壇上の袖から一人の男性が出てきた。紫がかった髪に、大きめの身振り。教師というより、何かの司会者のようにも見える。彼が壇上の中央に立つと、なぜか教師陣の一部が少しだけ緊張した顔をした。

 

「校長のパラガスでございます。」

 

 体育館の空気が止まった。

 

「日本政府に、この学校が創設されてより幾年……真に実力ある若者たちを集め育て上げることは、私にとって最大の願いでした。今ここに、諸君ら新入生を迎え、悲願は達成されました。銀河の至る所から集めたならずもの達が、あなた方の教師陣としてお待ちしておりますぞぉ!もう一度、日本人の優秀さを全宇宙に知らしめてやろうではありませんか!あなた方の手で最強の国家を築き上げるのです!」

 

「……これ、挨拶よね?」

 

「たぶんな」

 

「来賓じゃなくて?」

 

「校長らしい」

 

 黒髪の女子生徒は短くそう言ったが、表情からすると納得はしていなかった。会場全体も同じような反応だった。拍手するべきなのか、笑っていいのか、真面目に受け止めるべきなのか、誰も判断できていない。司会の教師が少し遅れて拍手を促し、ぱらぱらと遠慮がちな拍手が広がった。

 

「親父ィ…」

 

 その瞬間、Dクラスの列に座っていた大柄な男子生徒が少し反応した。近くの生徒がびくっとする。教師の何人かもそちらを見た。

 

「今の反応、知り合いかしら」

 

「そう見えるな」

 

「校長と新入生が知り合い。しかもあの反応。普通ではないわね」

 

「この学校で普通を探す方が難しくなってきたな」

 

「まだ入学式なのだけれど」

 

 まったくその通りだった。

 

 入学式はその後も進み、やがて終わった。新入生はそれぞれの教室へ移動することになる。一年Dクラスの列も、教師の指示に従って体育館を出た。大柄な男子生徒も例の足音を立てて当然のようについてくる。歩幅が大きいせいで、前後の生徒が距離を取りづらそうにしていた。近づきすぎると怖い。離れすぎると列が乱れる。その結果、彼の周囲だけ変な空白ができていた。

 

「なあ、あいつの後ろ歩くの怖くね?」

 

「前も怖いだろ」

 

「横も怖い」

 

「じゃあどこならいいんだよ」

 

「遠く」

 

 正直な意見だった。

 

 教室に入ると、黒板に座席表が貼られていた。オレの席は窓側の後方。悪くない位置だ。前に出なくても教室全体が見えるし、目立ちにくい。席に座ってしばらくすると、明るい雰囲気の女子生徒が周囲に声をかけ始めた。

 

「私、櫛田桔梗!よろしくね」

 

「お、よろしく。俺、池寛治」

 

「よろしくね!池くん」

 

「こっちは山内。で、あっちが……」

 

「勝手に紹介すんなよ。山内春樹。よろしく、櫛田ちゃん」

 

「うん!よろしく」

 

 櫛田は自然に笑っていた。初対面の相手にもすぐ話しかけられるタイプらしい。教室の空気が少しずつ柔らかくなる。一方で、黒髪の女子生徒は誰とも話そうとしなかった。櫛田がそちらにも声をかける。

 

「同じクラスだよね?私、櫛田桔梗!よろしくね」

 

「……堀北鈴音よ」

 

「堀北さんだね。よろしく」

 

「ええ」

 

「えっと、これから仲良くできたら嬉しいなって」

 

「必要があれば話すわ」

 

「あ、うん……よろしくね」

 

 櫛田の笑顔が少しだけ困ったものになる。堀北はそれ以上会話を続けるつもりがなさそうだった。

 

「うわ…せっかく櫛田ちゃんが話しかけてくれたのに、なんだよあの反応」

 

「あはは……まだ初日だし、これからだよ!」

 

 櫛田はそう言って笑った。強い。

 

 そこへ、大柄な男子生徒も教室に入ってきた。会話が少し止まる。彼は教師に示された席へ向かって座った。椅子がかなり頑張っている音を出した。

 

「椅子、大丈夫かな」

 

「そこ心配するんだ」

 

「いや、だって音したし」

 

 櫛田が少し迷ったあと、大柄な男子生徒の方へ歩いていく。

 

「えっと、同じクラスだよね。私、櫛田桔梗。よろしくね」

 

「ブロリーです…」

 

「う、うん。よろしくね」

 

 櫛田の笑顔が一瞬だけ固まったが、すぐに戻った。会話が成立したのかどうかは微妙だったが、意外と礼儀正しく返してきた。教室の何人かがその名前を小さく反復する。ブロリー。少なくとも、日本の一般的な名前ではない。だが、バスと並走する生徒の名前としては、なぜか妙に納得できた。

 

「なあ、あっちにも変わったやついないか?」

 

 池が小声で言う。視線の先には、腕を組んで座る小柄な男子生徒がいた。髪は逆立ち、態度はかなり偉そうだ。隣の席では、髪型の似た雰囲気の男子生徒が妙に明るい顔で周囲を見ている。さらに少し離れた席には、真面目そうな紫髪の男子生徒が、何か言いたそうに手を上げるタイミングを探していた。

 

「変わったやつ、という範囲が広すぎるな」

 

「いや、あの腕組んでるやつ。めちゃくちゃ偉そうじゃね?」

 

「まだ一言も話していないのに分かるのか」

 

「雰囲気で分かるだろ」

 

「隣のやつは普通そうじゃない?」

 

「普通そうなやつほど普通じゃないパターンもある」

 

「もう何を信じればいいんだよ」

 

 山内の言葉は、少しだけ分かる。入学式からここまで、普通という基準がだいぶ怪しくなっていた。

 

 まもなく、教室の扉が開いた。スーツ姿の女性教師が入ってくる。長い黒髪で、表情はかなり冷たい。教卓に立つと、教室全体を見渡した。

 

「全員揃っているな。私はこのDクラスの担任を務める茶柱佐枝だ」

 

「先生、質問いいっすか?」

 

「まだ説明を始めていない。黙って聞け」

 

「はい……」

 

 池が一瞬で黙った。

 

 茶柱先生は、余計な前置きをせずに学校生活の説明を始めた。この学校では、生徒にプライベートポイントが支給されること。ポイントは校内で現金と同じように使えること。校内には生活に必要な施設がそろっていること。そして、最初の月には十万ポイントが支給されること。

 

「十万ポイントって、十万円ってことですか?」

 

 櫛田が確認するように聞いた。

 

「そう考えて構わない」

 

「マジかよ!」

 

「毎月十万ってこと?」

 

「やば、何買おうかな」

 

「飯とか全部ポイントで買えるんすか?」

 

「必要なものは大抵買える。ポイントで買えないものは無い」

 

 教室が一気に騒がしくなった。高校生がいきなり十万円分のポイントを自由に使えると言われれば、普通は喜ぶ。オレも驚きはした。ただ、茶柱先生の顔を見る限り、単純に喜んでいい話ではなさそうだった。

 

「おかしいわね」

 

 隣の堀北が小さく言った。

 

「何がだ?」

 

「何もせずに毎月十万円相当のポイントを配る学校なんて、普通はないわ」

 

「国が運営しているから、予算があるんじゃないか?」

 

「それだけで説明できるなら楽ね」

 

「疑り深いんだな」

 

「考えなしに喜ぶよりはましよ」

 

 茶柱先生は生徒たちが騒ぐのを止めなかった。しばらくしてから、冷めた声で説明を続ける。

 

「この学校では、学力だけではなく、生活態度や協調性、その他あらゆる要素が評価対象となる。お前たちはDクラスとして、これから学校生活を送ることになる」

 

「先生、Dクラスってことは、やっぱりAからDまであるんですか?」

 

「そうだ」

 

「Aが一番上とか、そういう感じですか?」

 

「さあな。生活していく中で分かる」

 

「教えてくれないんですか?」

 

「必要なことは伝えた」

 

 茶柱先生はそれ以上詳しく話すつもりがないようだった。

 

「せいぜい、自由な学校生活を楽しむといい」

 

 言い方が少し引っかかった。だが、ここで質問しても満足な答えが返ってくるとは思えない。

 

 説明が終わると、親睦を深めるために自己紹介をしようという流れになった。提案したのは平田洋介という男子生徒だった。人当たりがよく、見た目も話し方も爽やかだ。こういう場では、自然と中心に立つタイプなのだろう。

 

「せっかくだし、みんなで簡単に自己紹介しないかな。これから同じクラスになるわけだし、名前だけでも覚えておきたいから」

 

「いいね、やろう!」

 

 櫛田がすぐに賛成する。

 

「自己紹介かぁ。まあ、やってもいいんじゃね?」

 

「俺、こういうの苦手なんだけど」

 

「山内くん、名前だけでも大丈夫だよ」

 

「櫛田ちゃんが言うならやる」

 

 山内は分かりやすかった。

 

 もちろん、全員が乗り気というわけではない。堀北は興味がなさそうにしているし、赤髪で体格のいい男子生徒は明らかに面倒くさそうだった。

 

「俺はパスだ。こういうのだりぃんだよ」

 

「えっと、君は……」

 

「須藤健。名前は言った。これでいいだろ」

 

 須藤はそう言って席を立った。

 

「須藤くん、せっかくだしもう少しだけでも……」

 

「そういう馴れ合い苦手なんだよ」

 

 須藤はそのまま教室を出ていった。平田は少し困った顔をしたが、無理に止めることはしなかった。

 

「堀北さんはどうかな?」

 

「私は遠慮しておくわ」

 

「名前だけでも?」

 

「もう名乗ったもの」

 

「あ、そっか……」

 

 平田は苦笑した。初日から、参加する生徒と参加しない生徒に分かれた形になる。小さなことに見えるが、教室の空気には意外と残った。

 

「じゃあ、参加できる人だけで始めようか。無理にやるものでもないし」

 

 平田の言い方はうまかった。押しつけすぎず、それでいて場を止めない。

 

 自己紹介は友好的な生徒たちを中心に進んでいった。櫛田の番になると、教室の空気が少し明るくなる。

 

「櫛田桔梗です。クラスのみんなと仲良くなれたら嬉しいなって思ってます。分からないことも多いけど、みんなで楽しいクラスにできたらいいな。よろしくね」

 

 拍手が起こる。

 

「櫛田ちゃん、天使かよ」

 

「山内くん、声に出てるよ」

 

「出してるからな」

 

「出さない方がいいと思うよ」

 

 櫛田は困ったように笑っていたが、嫌そうではなかった。

 

 平田も自己紹介をした。

 

「平田洋介です。中学ではサッカーをやっていました。高校でも何かしら部活は続けたいと思ってます。まだ分からないことばかりだけど、みんなで協力できたら嬉しいです。よろしくお願いします」

 

「爽やかだなぁ」

 

「絶対モテるタイプだ」

 

 平田は苦笑していた。

 

 オレの番も来た。

 

「綾小路清隆です。よろしく」

 

「それだけ?」

 

 池が聞いてきた。

 

「それだけだ」

 

「趣味とかないの?」

 

「特にない」

 

「部活は?」

 

「未定だ」

 

「薄いなぁ」

 

「初対面で濃くても困るだろ」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

 無難に済ませたつもりだったが、池には少し物足りなかったらしい。

 

 次に、腕を組んでいた男子生徒が立った。小柄ではあるが、態度は大きい。立ち上がるだけで、なぜか「自分が上だ」と言っているような雰囲気があった。平田が笑顔で促す。

 

「じゃあ、次お願いしてもいいかな」

 

「世界美少年カーニバル特別賞、ワールドビューティージュニア部門グランプリ受賞、だて男美男子一番会会長のベジータだ!サイヤ人のぉ!王子は!このオレだぁぁぁぁぁ!!」

 

 教室が静かになった。

 

「えっと……すごく自信があるんだね!よろしく!」

 

 櫛田が笑顔で拾う。櫛田はやはり強かった。

 

「なんか、あいつも濃いな」

 

「濃いっていうか、圧がある」

 

「でもブロリーくん見た後だと、まだ会話できそうな気がする」

 

「基準がおかしくなってるぞ」

 

 次に、フサフサの黒髪で明るい雰囲気の男子生徒が立った。彼も常人ではない筋肉を持っているが、表情は人懐っこい。少なくとも、教室の空気に怯えている様子はなかった。平田が少し安心したように声をかける。

 

「次、お願いしてもいいかな」

 

「オラ孫悟空だ!」

 

「えっと、悟空くん……でいいのかな?趣味とかあるかな?」

 

「美味いものを食い、美味い酒に酔う。こんな楽しい生活はないぜ」

 

「そ、そうなんだ……よろしくね」

 

 平田は笑顔で受け止めたが、少しだけ処理に困っているようだった。

 

「今なんかすごい事言ったよな」

 

「いいんじゃね? 明るいし」

 

「明るければ何でもいいわけじゃないだろ」

 

 悟空と呼ばれた男子生徒は、その場の空気を気にしているのかいないのか分からないまま席に座った。

 

 その次に、紫髪の男子生徒が勢いよく立ち上がった。真面目そうな顔つきで、今まで何度か手を上げかけていた生徒だ。ようやく自分の番が来たと思ったのだろう。だが、平田はちょうど名簿を見ながら次の名前を探していた。

 

「やっと僕の出番のようですね」

 

「じゃあ次の人に……」

 

「おーーーーーい!!あと1人誰か忘れちゃいませんかってんだ!この天才イケメンサイヤ人のトランクスがお前達に伝説の超イケメン自己紹介を見せt

 

 教室の何人かが、なぜか別の方向を向いた。聞こえていないわけではない。聞こえているのに、微妙に流されている。そういう空気だった。

 

「今、誰か自己紹介した?」

 

「してたような、してないような」

 

「名前なんだっけ」

 

「ト……なんとか?」

 

「ハァッ☆」

 

 紫髪の男子生徒は、何か言いたげにしていたが、最終的に座った。オレは少しだけ気の毒に思った。

 

 そして、大柄な男子生徒の番が来た。教室の空気がまた止まる。平田が慎重に声をかけた。

 

「次、君にお願いしてもいいかな」

 

「はい…」

 

 大柄な男子生徒は、ゆっくりと席を立った。椅子が鳴る。教室に残った生徒たちの視線が一斉に集まる。注目を集めることに慣れているというより、注目されていること自体をあまり気にしていないように見えた。値踏みするような視線、怯えるような視線、面白がるような視線。その全部をそのまま受け流して、彼は教室を見渡した。

 

「ブロリーです…」

 

 沈黙。

 

「……終わり?」

 

 誰かが小さく言った。

 

 櫛田が数秒遅れて拍手した。

 

「よ、よろしくね、ブロリーくん」

 

 それにつられて、他の生徒もぱらぱらと手を叩く。

 

「す、すごい自己紹介だったな」

 

「名前しか分からなかったけどな」

 

「いや、名前が分かっただけでも進歩じゃね?」

 

 さっきの腕を組んでいた男子生徒が、ブロリーを見て少し固まっているように見えた。気のせいかもしれないが、先ほどまでの威圧感が少しだけ弱まっている。

 

「なあ、あいつ急に静かになってないか?」

 

「やめろ、見るな」

 

「なんで?」

 

「なんとなく」

 

 自己紹介が終わると、放課後までは簡単な連絡事項だけだった。生徒たちはさっそく校内施設の話で盛り上がっている。スーパー、カフェ、服屋、娯楽施設。十万ポイントの使い道を考える声があちこちで聞こえた。

 

「俺、まず飯食いに行きたい」

 

「まだ昼前だぞ」

 

「でもポイントあるんだろ?」

 

「使うの早すぎない?」

 

「最初にもらった十万って、今月分全部だよな」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「それなら計画的に使った方がいいよ!」

 

 櫛田がそう言うと、池が笑う。

 

「櫛田ちゃん、しっかりしてんな」

 

「普通だよ。いきなり全部使ったら困るでしょ?」

 

「山内は使いそう」

 

「なんで俺なんだよ」

 

 その時、教室の後ろの扉が少し開いた。入学式で壇上に立っていた校長が、そこから中をのぞいていた。茶柱先生がすぐに気づく。

 

「パラガス校長。何をしているんですか」

 

「どっから現れた!?」

 

「ここは一年Dクラスの教室です。用件があるなら、職員室で聞きます」

 

「door!の修理だぁ!」

 

「生徒の前でそういう説明を始めないでください。職員室へ来てください」

 

 教室の生徒たちは、どう反応すればいいのか分からず固まっていた。櫛田は笑顔のまま困っている。池と山内は完全に笑っていいのか迷っていた。堀北は関わりたくなさそうに前を向いている。

 

「なあ、今の校長だよな?」

 

「たぶん」

 

「校長って、あんな感じなのか?」

 

「汚ねえ校長だ」

 

 池と山内の会話に、何人かが小さく笑った。

 

 茶柱先生は校長を廊下へ押し戻すようにして、冷たい声で言った。

 

「ほら行きますよ」

 

「おとなのおねえさん、お助けください!」

 

 校長は茶柱先生に連れていかれるように廊下へ消えた。教室には、何とも言えない空気だけが残る。オレは鞄を手に取り、席を立った。高度育成高校一年Dクラス。初日から、バスと並走する生徒と、壇上で妙な挨拶をする校長と、やけに濃い転入生のような新入生たちがいるクラス。普通に過ごすには、少し工夫が必要になりそうだった。

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