ようこそ伝説の超生徒がいる教室へ   作:シュユ

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比較的シリアス回です。


第4話

 Dクラスの評価が0ポイントだと告げられてから、教室の空気は明らかに変わった。10万ポイントを当然のように受け取れると思っていた生徒たちは、朝から携帯を見てはため息をつき、食堂で何を食べるかではなく、無料の山菜定食がどのくらい腹に溜まるのかを話すようになった。もちろん、全員がすぐに反省したわけではない。池や山内は文句を言いながらも、どうにか楽な方法を探していたし、悟空は相変わらず腹を空かせていた。だが、少なくともDクラスが学校から最下位の評価を受けていることだけは、全員が理解せざるを得なかった。

 

「マジで0ってやばくね?」

 

「やばいから昨日から言ってんだろ」

 

「でもさ、無料の飯あるなら死にはしないじゃん」

 

「そういう問題じゃないって平田が言ってただろ」

 

「いや、でも腹は減るし」

 

 昼休み前の教室で、池と山内が小声で話している。昨日までなら、10万ポイントの使い道や食堂の高いメニューの話で盛り上がっていたはずだ。話題が変わっただけでも、0ポイントの効果はあったと言えるのかもしれない。

 

 堀北は、いつも通り席に座っていた。姿勢も崩していない。教科書も開いている。見た目だけなら、以前とほとんど変わらない。だが、雰囲気は少し違っていた。いつも以上に周囲を遠ざけているように見える。Dクラスが0ポイントになったことよりも、入学時点で最も低く評価されたクラスだと告げられたことの方が、堀北には重かったのかもしれない。

 

「あなた、さっきから何を見ているの?」

 

 堀北がこちらを見ずに言った。

 

「見ているというほどでもない」

 

「なら、観察かしら」

 

「似たようなものだな」

 

「悪趣味ね」

 

「否定はしない」

 

 堀北は小さく息を吐いた。それ以上こちらに何か言う気はないらしい。だが、いつものような切れ味は少し弱い。本人が意識しているかは分からないが、言葉の端に余裕のなさが滲んでいた。

 

 その時、教室の後方で椅子が小さく軋んだ。ブロリーが黒板の方ではなく、堀北の方を見ていた。学校制度を理解しているとは思えない。クラスポイント、Sシステム、Aクラス卒業の恩恵。そういった言葉を正確に結びつけているようには見えなかった。だが、堀北の声が沈んでいることには気づいているようだった。

 

「元気がないなぁ……」

 

ブロリーが堀北に声を掛ける。

 

「……今のは私に言ったのかしら」

 

「はい…」

 

「何を心配しているのか分からないけれど、私は平気よ」

 

 堀北はそう言った。だが、平気という言葉は、少しだけ硬かった。

 

「平気に見えないから、気にしているんじゃないか?」

 

 オレが言うと、堀北は目を細める。

 

「あなたまで何を言い出すの」

 

「オレは見たままを言っただけだ」

 

「なら、見間違いね」

 

「そうか」

 

 堀北はそれ以上答えず、教科書に視線を戻した。ブロリーはしばらく堀北を見ていたが、やがてゆっくりと前を向いた。何かを理解したわけではない。ただ、何かを引きずっている。そんな反応だった。

 

 放課後になると、堀北は誰とも話さず教室を出ていった。平田や櫛田はクラスの今後について話し合おうとしていたが、堀北は参加する気がないようだった。オレも特に引き止める理由はない。ただ、堀北の背中を見送った直後、ブロリーも立ち上がった。

 

「……行くのか?」

 

「はい…」

 

「どこへ?」

 

「堀北のところだぁ」

 

 返答になっているようで、なっていない。だが、視線の先は堀北が出ていった扉の方だった。

 

「追うつもりか?」

 

「観察です…」

 

「そうか」

 

 ブロリーは教室を出ていった。廊下の生徒たちが自然に道を開ける。オレは少しだけ迷ったあと席を立った。堀北が何をしようとしているのかも気になったが、それ以上に、ブロリーが何に反応しているのかを見ておきたかった。

 

 校舎を出ると、堀北は生徒会室のある建物の方へ向かっていた。迷いのない足取りだった。オレは少し距離を取り、その後ろを歩く。さらに少し後方から、ブロリーもついてきている。隠れているつもりなのかもしれないが、あの体格と気配で隠密行動は難しい。

 

「……これで覗き見は無理があるな」

 

「何ィ!?」

 

「独り言だ」

 

「そうですかぁ…」

 

 ブロリーは低く答えた。やはり、堀北を気にしている。

 

 しばらく歩いたところで、堀北は立ち止まった。視線の先には、一人の男子生徒がいた。整った顔立ち、隙のない立ち姿、周囲の空気を自然に締めるような存在感。入学式で見た生徒会長、堀北学だった。

 

「兄さん…」

 

 堀北がそう呼んだことで、二人の関係はすぐに分かった。姓が同じである以上、可能性はあったが、実際に聞くと少し印象が変わる。堀北学は、妹を見ても表情をほとんど変えなかった。

 

「何の用だ、鈴音」

 

「話があります」

 

「俺にはない」

 

 短い返答だった。

 

 堀北は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに顔を上げる。

 

「私は、Aクラスに上がります」

 

「そうか」

 

「兄さんに認めさせます。Dクラスに配属されたのは何かの間違いです。私は、本来なら――」

 

「まだそんなことを言っているのか」

 

 生徒会長の声は冷たい。怒鳴ってはいない。だが、その声には相手を立ち止まらせるだけの重さがあった。

 

「お前は何も変わっていない。自分だけが正しいと思い込み、他人を遠ざけ、孤高を気取っている」

 

「気取ってなんかいません」

 

「なら、今のお前は何だ」

 

 堀北は言い返そうとして、言葉を止めた。

 

「お前が孤高だと思っているものは、ただの孤独だ。誰も必要としないのではない。誰からも必要とされる努力をしていないだけだ」

 

「……私は、一人でも上に行けます」

 

「だからDクラスにいる」

 

 その言葉に、鈴音の表情がわずかに揺れた。

 

 ブロリーが後ろで反応する。まだ動かない。だが、明らかに空気が重くなった。堀北学もそれに気づいたのか、一瞬だけこちらの方へ視線を向けた。オレとブロリーがいることは、すでに把握しているらしい。

 

「そこで見ている二人は、お前のクラスメイトか」

 

 やはりバレた。当然だ。ブロリーの気配が大きすぎる。

 

「綾小路くん……それに、ブロリーくんまで」

 

堀北が振り向く。

 

「偶然だ」

 

「その言い訳、今日で何回目かしら」

 

「数えていない」

 

 鈴音はブロリーを見た。ブロリーは会長ではなく、鈴音の手元や表情を見ているようだった。

 

「あなたたちには関係ないわ」

 

「そうかもしれないな」

 

 オレはそう答えた。だが、ブロリーは違った。彼の視線は、堀北学へ向かっていた。

 

 堀北学は妹に向き直る。

 

「鈴音。お前が本気でAクラスを目指すと言うなら、まず自分が孤独でしかないことを認めろ」

 

「私は孤独なんかではありません」

 

「では、誰がお前の隣にいる」

 

「それは……」

 

「お前は誰かを信じようとしない。誰かに頼ろうともしない。そのくせ、自分が認められないことだけを不満に思っている」

 

「違います」

 

「違わない」

 

「違います!」

 

 堀北学は一歩近づいた。鈴音は退かなかったが、肩に力が入っているのが分かる。

 

「聞き分けがないなら、少し頭を冷やせ」

 

 学が鈴音の腕を掴んだ。強く、逃がさないように。

 

「兄さん、離してください!」

 

「お前はまだ、自分を見ていない」

 

「離してくださいと言っています!」

 

 次の瞬間、空気が変わった。

 

 ブロリーが一歩踏み出した。廊下の窓が小さく震えたような錯覚がある。いや、錯覚ではなかったかもしれない。鈴音の腕を掴む堀北学を、ブロリーは明確に敵として認識したらしい。

 

「血祭りに上げてやる…!」

 

「ブロリーくん、待ちなさい」

 

 堀北の声が飛ぶ。だが、ブロリーは止まりきらない。目の前の相手が鈴音を傷つけようとしている。彼の理解は、おそらくそれだけだった。

 

 堀北学はブロリーを見た。怯えはない。だが、警戒はしている。目の前の相手が普通の生徒ではないことを、一瞬で理解したようだった。会長は鈴音の腕を離し、わずかに距離を取る。無理に受け止めようとはしない。冷静な判断だった。

 

「……Dクラスには、規格外の生徒がいるようだな」

 

「さぁ来い!ここがお前の死に場所だァ!!」

 

 ブロリーの声は大きかった。さっきまでの低出力とは違う。鈴音の表情が変わった。焦りと、恐怖と、それ以上に強い拒絶。

 

「やめなさい!」

 

 鈴音がブロリーの前に出た。

 

「その人を傷つけないで」

 

「何ィ!?なぜですかぁ?」

 

「兄だからよ。どれだけ冷たくされても、どれだけ突き放されても、私の兄なの」

 

 鈴音は震えていなかった。だが、声には必死さがあった。

 

「それに、そんなことをしても私はAクラスには上がれない。あなたがここで問題を起こせば、退学になるかもしれない。そうなれば、Dクラスはさらに終わるわ。分からなくてもいい。止まって」

 

「……はい…」

 

 ブロリーの動きが止まった。

 

 鈴音はそのまま、ブロリーを見上げる。普通なら、あの距離で向かい合うだけでも恐怖を感じるはずだ。だが、鈴音は退かなかった。ブロリーも、鈴音を見ていた。怒りの向きが、少しずつ鈍っていくのが分かった。

 

「お願い」

 

 その一言で、ブロリーはようやく完全に止まった。

 

 堀北学は、その一連のやり取りを静かに見ていた。妹を守るように立つ異常な生徒。怒りだけで動いたように見えて、鈴音の言葉で止まる力。学はそれを、ただの暴力とは見なしていないようだった。

 

「鈴音」

 

 学が口を開く。

 

「何ですか」

 

「今のお前には、まだ足りないものが多い」

 

「……分かっています」

 

「本当に分かっているなら、他人を拒絶することだけで自分を保とうとするな」

 

 鈴音は何も言わなかった。

 

「Aクラスに上がりたいなら、まずDクラスを見ろ。お前が見下しているその場所に、お前が変わるための材料があるかもしれない」

 

 学はそう言って、ブロリーへ視線を向けた。

 

「そして、お前は力の使い方を誤るな。規格外の力は、使い方を誤ればただの破滅だ」

 

「ウゼェ!」

 

「お前に言っているだけではない」

 

 学の視線が、鈴音にも、そして一瞬だけオレにも向いた。

 

「鈴音。俺に認められたいなら、俺の背中を追うだけでは駄目だ。お前自身のやり方で上がってこい」

 

 それだけ言うと、堀北学は背を向けた。逃げるのではなく、これ以上ここで話す必要がないと判断したような去り方だった。周囲にいた生徒たちも、学が去ると少しずつ散っていく。廊下には、オレと鈴音とブロリーだけが残された。

 

 しばらく誰も話さなかった。

 

「……見苦しいところを見せたわね」

 

 先に口を開いたのは、堀北鈴音だった。

 

「兄妹喧嘩にしては、少し物騒だったな」

 

「喧嘩と呼べるほど対等ではないわ」

 

 鈴音は小さく息を吐く。

 

「兄は昔から優秀だった。学力も、身体能力も、人望も。私がどれだけ追いかけても、ずっと前にいる。だから私は、この学校でAクラスに入って、兄に認められたかった」

 

「だがDクラスだった」

 

「ええ。入学時点で最も低く評価されたクラス。私がそこに置かれたという事実は、思ったより重かったわ」

 

 鈴音は視線を落とす。悔しさを隠しきれていない。だが、泣き言ではなかった。

 

「でも、Dクラスで終わるつもりはない。私はAクラスに上がる。兄に認められたいからだけじゃない。私自身の力で、ここから上に行かなければ意味がないの」

 

「一人でか?」

 

「……それが間違いだと言われたばかりね」

 

 鈴音は少しだけ皮肉っぽく笑った。すぐに消えるほど小さな笑みだった。

 

 ブロリーは、鈴音の言葉をどこまで理解したのか分からない。クラスポイント、Aクラス、兄に認められること、自分の力で上に行くこと。その全てを正確に理解しているとは思えない。だが、鈴音が何かを望んでいて、その望みが叶えば少しだけ元気になる。おそらく、彼の中ではそれだけが形になっていた。

 

 ブロリーは鈴音を見て、低く、しかし穏やかに言った。

 

「いつか上がれるといいなぁ……」

 

 鈴音は一瞬、完全に反応に困った顔をした。さっきまで兄に向けていた緊張も、Aクラスへの焦りも、その一言の前では少しだけ形を崩す。

 

「あ、ありがとう……」

 

 堀北鈴音がブロリーに礼を言う。かなり珍しい光景だった。

 

「堀北の邪魔をする奴は破壊し尽くすだけだァ!」

 

「そこで余計なことを言わないで」

 

「ハハハハ!」

 

「褒めていないわ」

 

 鈴音はそう言いながらも、さっきよりは少しだけ表情が戻っていた。元気になった、というほどではない。だが、完全に沈んだままでもない。

 

 ブロリーは、その変化を見ていた。おそらく、難しいことは分かっていない。DクラスをAクラスへ上げるために必要な試験、戦略、協調性、ポイント管理。そういったものを理解して動く存在ではない。だが、鈴音がAクラスに上がりたいと言った。Aクラスに上がれば、鈴音は少し元気になる。ブロリーの中では、それだけで十分だったのかもしれない。

 

「ブロリーくん」

 

 鈴音が少しだけ真面目な顔で言った。

 

「さっきのように、すぐ力で解決しようとするのはやめなさい。あなたが退学になれば、Dクラスにとっても損失になる」

 

「俺が退学…?」

 

「そう。退学は駄目よ」

 

「分かったヨ」

 

「理解しているのか怪しいけれど、返事だけはいいわね」

 

 鈴音は小さく息を吐いた。さっきまでの張り詰めた空気とは違う。妙に気の抜けるやり取りだった。

 

「綾小路くん」

 

「なんだ?」

 

「あなた、どこから見ていたの?」

 

「最初からではない」

 

「つまり、ほとんど見ていたのね」

 

 鈴音は少しだけ呆れた顔をしたが、それ以上追及しなかった。

 

「今日のこと、クラスで言いふらさないで」

 

「言うつもりはない」

 

「ブロリーくんもよ」

 

「俺は堀北を守るだけだァ!」

 

「……本当に分かっているのかしら」

 

「少なくとも、今は分かったと言っている」

 

「あなたは彼の通訳なの?」

 

「違う」

 

 即答した。

 

 堀北は少しだけ視線を伏せたあと、改めて校舎の方を見る。

 

「私はAクラスに上がる。そのために必要なら、Dクラスも利用するわ」

 

「利用か」

 

「綺麗事を言うつもりはないもの。私には目的がある。Dクラスで終わるつもりもない」

 

「そうか」

 

「あなたはどうするの?」

 

「普通に過ごす」

 

「まだそれを言うのね」

 

「今のところはな」

 

 堀北は不満そうだったが、これ以上何かを言っても無駄だと判断したのだろう。ブロリーの方を一度見てから、静かに歩き出した。

 

 ブロリーは、その背中を見ていた。

 

「流石と褒めてやりたいところだァ」

 

「堀北のことか?」

 

「気が静まっていました…」

 

「元気がないように見えたんだな」

 

「はい…」

 

「だが、お前のおかげで少しは元気になったかもしれないな」

 

 オレがそう言うと、ブロリーはゆっくりと頷いた。理解したというより、その部分だけを拾ったような反応だった。

 

「Aクラスかぁ…上がれるといいなぁ……」

 

 その声は低かったが、さっき堀北学へ向けたものとは違う。怒りではない。何かを決めたような、単純でまっすぐな音だった。

 

 オレは、ブロリーをただの暴力装置のように見ていた部分がある。バスと並走し、体育館の空気を止め、教室にいるだけで周囲に圧を与える存在。学校制度を理解しているとは思えず、いつ爆発するか分からない危険物。それは間違っていない。だが、それだけでもないらしい。

 

 堀北鈴音が沈んでいれば気づく。傷つけられそうになれば怒る。Aクラスに上がれば彼女が少し元気になると知れば、それを目的にする。単純すぎる理解だ。だが、だからこそ迷いがない。

 

 Dクラスにとって、ブロリーは武器になるかもしれない。

 

 同時に、爆弾にもなる。

 

 その使い方を誤れば、クラスポイントどころか、退学者が出る可能性すらある。堀北学が言った通り、規格外の力は、使い方を誤ればただの破滅だ。

 

 校舎へ戻る途中、ブロリーはもう一度、堀北が去っていった方向を見た。

 

「気が高まる……」

 

 その言葉が何を意味するのか、正確には分からない。

 

 ただ、DクラスをAクラスへ上げるという言葉が、ブロリーの中で何か別の意味を持ち始めたことだけは確かだった。

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