もしも雲明世代でエイリア編がまた始まったら 作:こころにいつも中二病
ちなみにオリキャラの名前が南沢さんと同じ読みなのはキャラ設定してから気づきました。ごめんね……南沢さんで覚えてた……。
ただ、彼の名前の由来が由来だったんで、そのままGOすることに。
ほら、サッカーの守くんだって4人いるしね! このくらい誤差誤差(?)!
キーン、コーン、カーン、コーン…………。
日が高く昇った青い空に、四度目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
しかしそれは、彼らにとってはようやっと訪れた始まりでしかない。
反響する鐘の音が完全に鳴り終わるか終わらないかのうちに、クラスメイトたちはいっせいに教室の最後列──吹雪敦士の席へと群がった。
通常、昼休みとなれば生徒たちはめいめいに弁当を広げたり、購買部へとダッシュしたり、あるいはグラウンドへ遊びに出たりと散り散りになるものだ。
しかし今日の1年A組に限っては、誰一人として教室から出ていこうとはしなかった。それどころか、噂を聞きつけた隣のクラスや他の学年の生徒たちまでもが、廊下の窓から教室の中を覗き込もうと鈴なりになっている。
その様は、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のようだと言われても否定できないほどだった。
彼らの視線と熱気の中心にあるのはただ一点。普段なら目立たないはずの一番後ろの席に座る少年──この学校の最大の“異物”であり“非日常の住人”である、吹雪敦士である。
勢いよくわっと彼の席へと集まった彼らは、次から次へと息つく暇もない速度で話しかけた。
「本当に、本当に吹雪くんだよね? あのアイドルの!」
「俺、ふぶアツの炭酸飲料のCMすっげえ好きでさ! あのバック宙、マジで吹雪くんがやってたの!?」
「サインとかって、やっぱり学校じゃ無理だよね……? 握手だけでもダメかな!?」
「東京の学校ってどんな感じだったの!? ていうか、なんで長崎に!?」
「つかさ、なんで休業したわけ?」
敦士の机を何重にも取り囲むクラスメイトや他クラスの人々の声は、好奇心と興奮で異常なほどに上ずっていた。押し合いへし合い、少しでも彼に近づこうとするその様は、まるで甘い蜜に群がる羽虫にすら見える。
しかし、この騒ぎようは仕方ないといえば仕方ないのだろう。
なんせ、突然有名アイドルが転校してきたのだ。朝のホームルームであれほどの騒ぎになったのだから、昼休みともなればその時以上に浮き足立った空気に支配されるのも当然である。
……とはいえ、人だかりの隙間を見つけることさえできずに弾き出されてしまうほどの勢いとなると、流石に異常さが目立つが。
そんな異常さのなかで、雲明は狂騒から物理的にも心理的にも距離を置き、自分の席で静かに弁当箱を開いていた。
両手に収まるほどの四角い箱には母が作ってくれた卵焼きやプチトマト、焼き魚が並ぶ。彩りよく詰められた手製の弁当を箸でつつきながら、台風の目と化した転校生を眺める。隣では、木曽路が今朝どこかのコンビニで買ってきたであろう焼きそばパンをはじめとした他のパンを並べている。
「すっげー……」
パンの袋を開けた木曽路が、感嘆すら滲ませるような声で呟いた。彼もまた、食事の支度そっちのけで教室の後方へと釘付けだ。
「正直あんな光景、漫画とかでしか見れないと思ってたわ」
「木曽路の押しの強さすら凌駕するほどの勢いだね」
「ちょっと雲明さん? それどういうこと?」
雲明のあまりの言いように、木曽路が即座に抗議の声を上げるが、当の本人はとくに気にした様子もなく箸を動かしていた。「いい意味で言ったつもりだったんだけど」とも「悪い意味じゃないよ」とも言わないあたりが、らしいと言えばらしい。木曽路は釈然としない気持ちを抱えたまま、もう一度人だかりの方へ視線だけを向けた。
嵐の中心では、相変わらず敦士が人に囲まれながら座っている。周囲から遠慮なしに矢継ぎ早に降りかかる質問に、一つ一つ答えていた。
「うん、今は休業してるけど、アイドルやってたよ」
「CM見てくれたんだ、ありがとう」
「うーん、サインはちょっと。休業中だし。ごめんね」
「東京の学校も、そんなに変わらないと思うよ」
「事務所のこともあるから、休業のことは言えないんだ」
彼の表情には、ライブ映像の中で見せていたキラキラの笑顔はない。かといって不機嫌というわけでもなく、ただ、唇に薄く弧を描きながら、無難な言葉で質問に対処している。
……だけど。
木曽路の目には、どうしてかその完璧とも言える佇まいの端っこに、ほんのわずかな綻びが生まれているように見えた。
まるで、息苦しさに耐えているような、返す言葉に迷って心をすり減らしているような、そんなわずかな揺らぎ。 視界の向こうに見える彼は、先ほどと変わらず綺麗な微笑を浮かべているというのに。外から見れば、その氷の彫刻のような微笑みは崩れる気配すら見せていないというのに。
(……なんだかなあ)
木曽路は少しだけ眉をひそめる。このまま放っておいても良いはずだが、気のせいだと自分に言い聞かせて無視するのも、なんだか酷く気分が悪い気がした。
流石に何か言った方がいいだろう、たとえ熱狂と興奮の中にいる彼らに相手にされなくとも。そう思い、木曽路が箸を置いて立ち上がろうと腰を浮かせた、その時だった。
木曽路の視界に、目の前の人影が立ち上がるのを捉えた。
「え、雲明?」
木曽路よりも早く席を立った雲明は迷いなく人垣の方へと歩み寄る。そして、彼らの前に立つと、凛とした、しかし決して荒らげることのない静かなトーンで声を出した。
「ねえ」
ピタリと、教室の後方を包んでいた騒音のボリュームが、一気に数段階下がる。 振り返ったクラスメイトたちの顔に、一瞬だけ水を差されたといったような不満が浮かぶが、声の主があの“笹波雲明”だと認識した途端にその表情は気まずそうなものへと変わった。
「困ってるから、やめてあげなよ。……それに、もうすぐ授業始まるよ」
特段声を張っているわけではない。けれどその言葉には、妙な確信の重さと有無を言わせない圧力が感じられた。
それは、南雲原サッカー部を再建し優勝に導いた名監督としての手腕ゆえか、はたまた、あらゆる絡みや勧誘を言葉一つで打ち負かしてきたレスバモンスターとしての畏怖ゆえか。
兎にも角にも、雲明の鶴の一声に何も言えなくなったクラスメイトたちは、急に夢から覚めた心地で顔を合わせた。
「あ……、そうだね」
「ご、ごめん」
「戻ろっか……」
「うん……」
蜘蛛の子を散らすように散り散りになっていく人だかり。そのままわずか十秒足らずのうちに、人塊は形を失い、敦士の周囲にぽっかりと無人の空間が生まれた。
残されたのは、机の前に立つ雲明と彼を追いかけた木曽路、椅子に座ったままの敦士の三人だけ。
そうして人がいなくなった空間で、敦士はゆっくりと顔を上げた。
「…………」
「…………」
赤い縁の眼鏡の奥、サファイアのように澄み切った瞳が、雲明の顔をじっと見つめている。 その視線には、助けてくれたことへの感謝も、突然の介入への戸惑いも浮かんでいない。ただ、朝のホームルームの時と同じように、雲明という存在の奥底を探るような、感情が読めない静かな光が宿っていた。
数秒の無言の交錯の末に、先に口を開いたのは雲明だった。
「……何? 吹雪くん」
雲明の短い問いかけに、敦士は瞬きを一つ落としてから、静かに口を開く。
「笹波雲明……君、だよね」
その声色は、問いかけというより確認に近い。それも、ただの確認ではなく、確信があるような聞き方だ。
いつの間にか後ろで一部始終を聞いていた木曽路が、「知り合い?」と雲明に向けてこっそり耳打ちする。
「違う」
しかし、木曽路の問いに答えたのは雲明ではなく敦士の方だった。敦士は一拍置くと、どこか言葉を選ぶようにゆっくりと続きを語る。
「……でも、フトフロの決勝、みたから」
その言葉を聞いて、雲明は「ああ、そうなんだ」とだけ返し、小さく頷いた。一方、木曽路は思わぬ話題が出たことに顔を輝かせると、「じゃあさ!」と二人の会話に割り込んだ。
「フトフロ見たなら、俺たち南雲原サッカー部についても──」
キーン、コーン、カーン、コーン──。
しかし、木曽路の期待に満ちた言葉は、無情にも鳴り響いた予鈴のチャイムによって途中で断ち切られてしまった。その音をきっかけに、教室の空気はこんどこそ日常へと引き戻される。 雲明は小さく息を吐き、木曽路の肩をポンと叩いた。
「授業が始まる。戻ろう、木曽路」
「あ、うん。……またね、吹雪くん!」
木曽路は少し残念そうにしながらも、持ち前の明るさで敦士に向かって元気に手を振った。雲明もまた、敦士に向かって一度だけ静かに手を上げ、踵を返す。
遠ざかっていく二人の背中を、敦士は席に座ったまま、無言で見送っていた。
やがて二人が席に戻り、教室が再び授業前の静けさに包まれる中。敦士はふと、何かに思いを馳せるように、あるいは胸の奥にある重たい石を確認するように、静かに目を伏せた。
その横顔には、アイドルとしての完璧な微笑みも、冷たい氷のような警戒心も消え去り──ただ、年相応の少年が抱える、ほんのわずかな影だけが落ちる。
時計の長針が真上へと指した。2回目の鐘の音が鳴り響くと、教材を重そうに抱えた教師がドアを開け、教壇の前へと立った。
***
放課後を告げるチャイムが校舎に鳴り響いても、教室を取り巻く熱狂は一向に冷める気配を見せなかった。それどころか、授業という縛りから解放されたことで、敦士の席の周りには昼休み以上の人だかりの壁が形成され、敦士の行手を阻んでいる。
「ねえ吹雪くん、部活とかって入るの?」
「ねえねえ、帰り、駅まで一緒に帰らない?」
「スマホで連絡先とか交換できないかな」
あいも変わらず、次から次へと浴びせられる質問と好奇心の嵐。その中心に座る敦士は口元だけのうっすらとした微笑を浮かべては「ごめんなさい、まだ決めてなくて」「今日はまっすぐ帰るから」と、昼の時と同じように曖昧でありふれた回答だけを紡ぐ。
それでも、転校生の存在に浮かれまくっている彼らには特に違和感は抱かないらしい。彼が見せる一挙一動に逐一リアクションを示しては、きゃあきゃあと甲高い歓声を挙げていた。
「あー……こりゃ、話しかけるのは無理そうだな」
帰り支度を終え鞄を背負った木曽路が、その光景を遠巻きに眺めながら苦笑いを浮かべる。いくら持ち前の人懐っこさとストーカー級と称されることもある押しの強さがある木曽路でも、あの異様な熱気の中に飛び込んでいくのは気が引けるようだ。敦士本人がこの状況にどう思っているかだけは気がかりではあるが、どちらにしろ今はそっとしておくのが正解に思える。
「木曽路。部活、そろそろ行かないと」
教室の入り口で、すでにスポーツバッグを提げた雲明が淡々と声をかけた。彼の視線は一瞬だけ人垣の中心へと向けられたが、すぐに興味を失ったように廊下へと顔を向ける。
木曽路はハッと我に帰ると、「あ、待って!」と慌てて雲明の背中を追いかけた。教室から一歩廊下に出ると、外に近い温度感の熱気がもわりと肌を包む。二人はそのまま、喧騒を背にグラウンドへと足を向けた。
「…………」
群衆の間から、海の底と同じ色の瞳が彼らをじっと見つめていたことなど、目の前の部活に気を取られていた彼らは気づくことなどなかった。
***
16時が迫る南雲原中サッカー部のグラウンドには、今朝と同じく激しい砂煙が舞っていた。
気温は朝より数度上がっている。わずかに傾きかけた太陽が、朝練の時の比ではないくらいにこの地を焼いている。しかし、グラウンドに上がる声は朝練の時以上に大きくはっきりと響き渡っていた。
「うし、もらった! 木曽路!」
「わ、やば!」
「ほいさっと!」
忍原のリズム感を活かしたドリブルに対し、柳生が豪快なスライディングで応酬する。ボールを奪った柳生がフィールドの空きにパスを出し、そこへ抜け出した木曽路が高いボールを受け取った。
その様子を雲明が観察しながら、相変わらず黒ペン片手にバインダーに何かを書き込んでいた。
現在行われているのは、新たなタクティクスの精度を上げるための5対5の変則的な紅白戦だ。
雲明の笛を合図に一度目のセットが終わると、別のメンバーがフィールドに入ったタイミングで木曽路と忍原などが休憩のためにベンチ脇へと下がる。
ぷは、と、ペットボトルから唇を離した忍原が、ベンチに腰掛けた。それに続いて木曽路も汗を拭いつつ彼女の隣に座る。
きんきんと冷えた水が、湯だった体を中和する。すると、同じように水分補給をとっていた忍原が、うだるような声でぼやいた。
「最近、ほんっとあつーい……」
「練習もハードですしね」
「だよね! 絶対フトフロの時より厳しくなってるって」
二人がそんな軽口を叩きながらグラウンドの熱気をやり過ごしていると、不意に忍原の視線がグラウンドのフェンスの向こう側でピタリと止まった。
「忍原先輩?」
「あれ……」
彼女の視線は、グラウンドから少し離れた場所……部室棟の裏側へと続く、背の高いクスノキの方に向けられていた。彼女に釣られるように、木曽路も目を凝らしてみる。
グラウンドの喧騒から切り離されたような、薄暗い木陰。立地的には決してフィールドが見やすい場所ではないが、遠すぎるわけでもない絶妙な距離感。
そこには確かに、南雲原の制服を着た一人の少年が立っていたのが見えた。
「あの子、学校では見かけたことない子……だよね?」
フットボールフロンティアで南雲原サッカー部が怒涛の快進撃を見せて以降、彼らの練習を外から見学する人間の姿は決して珍しいものではなくなっていた。 校舎の窓から物珍しそうに覗き込む生徒や、放課後のグラウンドのフェンス越しにスマートフォンのカメラを向ける他校の人間。中には、わざわざノートを持って偵察に来る者までいる。
それゆえか、いつの間にかそういった好奇の視線にはもはや慣れっこになっていた。今となっては、見知らぬ人間が遠くから練習を眺めていることに、今更いちいち動揺するメンバーは南雲原には一人もいないだろう。
それでも、忍原がわざわざその人影を気にしたのは、飽きることなく、ただただ真っ直ぐに練習の様子を眺めるその少年の雰囲気が“ただの見学者”とは明らかに違う、独特の異質さを放っていたからかもしれない。
彼のどこか異様な佇まいは、賑やかなグラウンドの中でそこだけ時間が止まっているかのような錯覚を覚えさせた。
「でも……どっかで見たことあるような……」
忍原が記憶の糸を手繰り寄せるように小首を傾げる。
彼女が気づかないのも無理はない。朝の部室で話題があったとはいえ、眼鏡をかけ、完璧なアイドルのオーラを消し去っている今の彼の姿を、遠距離から一目で同一人物だと認識するのは至難の業だ。
しかし、今日一日、彼と同じ教室で過ごした木曽路にとっては、そのシルエットが誰であるか、見間違うはずがなかった。
「……吹雪くん」
「え?」
「うちのクラスに来た、転校生です! おーい!」
木曽路は木陰の観客が敦士だと気づくと、大声を上げながら大きく手を振った。思いきりのいいその声は、グラウンドの熱気すら切り裂いて、まっすぐにその人影に届いていく。
「……!」
その途端、木陰の少年──敦士の肩がビクッと揺れた。
反応を見るに、確かに敦士はこちらに気付いたようだった。しかし、一瞬驚いたような素振りを見せた後、うろうろと視線を彷徨わせる。まるで、呼ばれたことに対してどう反応していいのか、なんと答えればいいのか、迷っているような。そんな微かな戸惑いがその動作に表れていた。
彼の不可解な行動に、木曽路が目をぱちくりとさせた時。木曽路と忍原の横を、一つの影が音もなく通り過ぎた。
「え? ……雲明?」
「雲明くん?」
振り返る間もなく、その影──笹波雲明は、グラウンドの砂を一切蹴り上げることなく、極めて滑らかな足取りで木陰の方へと歩みを進めていく。
「転校生の、吹雪くんだよね?」
雲明は敦士の数歩手前で立ち止まり、極めてフラットな声で問いかけた。それでも敦士は気後れしているのか、口元を結んだまま頷く。
「……どうしてここに?」
雲明の問いに、敦士はすぐには答えなかった。 木陰に落ちる影が、彼の表情を不鮮明にしている。彼は何を思ったのか、少し俯き、地面に落ちている新緑の落ち葉に目を向ける。
みーん、みーんと、蝉の鳴き声だけが、二人の間の沈黙を埋めていく。
それでも雲明は急かすことをせず、相手の次の行動を伺う。
やがて、数秒の空白の後。
敦士はそっと顔を上げ、雲明の真っ直ぐな瞳を正面から見つめ返した。
「あ、あの、僕……」
紡がれた声は、小さくか細いものだった。それは、言い淀むというよりは、言葉を選んでいる、と言うのが正しいかもしれない。
迷い、あるいは微かな怯えのようなものが混じっているような色だったが、それがどのような感情からきているのかは判断がつかなかった。
「君のサッカー部に……」
彼はそこで一度言葉を区切ると、再び黙り込む。しかし、今度は数秒もしないうちに顔を上げる。赤い縁の眼鏡越しに目の前にいる雲明を見据えると、先ほどとは打って変わったはっきりとした声で告げた。
「……あの王者雷門と戦った、南雲原サッカー部に興味があるんだ」
予想していなかった言葉に、雲明は短く「へえ」と相槌を打つ。しかし、それ以上は目を細めるだけでリアクションはせず、ただ無言で次の言葉を待っている。
雲明の品定めをするような視線を前に、敦士はさらに一歩踏み込んだ。
それまで覆い被さっていたクスノキの影を抜け、敦士にかかっていた影が取り払われる。彼は目の前の雲明を真っ直ぐ見つめたまま、懇願するように言葉を紡いだ。
「今日だけでもいいから……君たちの練習に、参加させてもらうことって、できないかな」
それは、端的ながらも誤魔化しのない“お願い”の言葉。その言葉に真っ先に反応したのは話を聞いていた雲明ではなく、後ろで様子を窺っていた木曽路だった。
「吹雪くん、やっぱうちに興味あったんだ!」
目を輝かせながら歓喜する木曽路。しかし、敦士は彼に一切の反応を見せなかった。まるで周囲の人間の誰もが見えていないかのように、じっと雲明の目だけを見つめ続けている。
雲明は目を伏せて唇に指を当てた。考え込む時の癖のようなものだ。やがて、ポーズはそのままに視線だけ前を向くと、至極冷静なトーンで一つ、彼に質問を投げかけた。
「……サッカーは、得意なの?」
直球の質問だった。敦士はゆっくりと首を横に振ることで答える。
「そんなに上手じゃない、かな。小さいころに、少しやっただけ」
最後の曖昧な表現が、彼のどこか確信のない態度を如実に表していた。様子を見る限り、その言葉は決して嘘ではないようだ。
その答えを聞き、雲明は「そっか」と短く呟いた。そのまま手元のボードに目を落とし、何かを考えるように数秒の沈黙が落ちる。
そして。
「いいよ」
雲明は顔を上げ、いともあっさりと頷いたのである。
「その代わり、練習のメニューも負荷も、他の部員と全く一緒だけどいい?」
「……!」
あまりにも簡潔な許可の言葉に、敦士はほんのわずかに目を見開く。目の前の彼の様子など知らぬふりをして、雲明は流れるように続ける。
「体操着があるなら、一応着替えてきて。もう貰ってる?」
「……あの、いいの? サッカー、得意じゃない……のに」
どんどんと話を進める雲明を遮ったのは、唖然としたように呟かれた敦士の声だった。
雲明が顔を上げれば、そこには唖然としたような吹雪敦士の姿。それは、今まで仮面を被ったような笑顔を見せるか迷うように俯くかしかなかった彼が初めて見せた、どこか幼なげにも見える人らしい表情だった。
それを目の当たりにした雲明は何を言うのかと言外に伝えるように、ふっと薄く笑う。そして、今もなお芝生を走る仲間たちへと目を向けると、どこか誇らしげに、しかし当たり前のことのように告げた。
「別に、サッカーやってるかどうかがそこまで重要じゃないよ。うちの部には初心者から始めた人だって結構いるし」
事実、雲明の言葉は、南雲原サッカー部の成り立ちそのものを表していた。
ダンス部から転身した忍原来夏、体型に見合わぬ俊足だがサッカーとは無縁だった古道飼亀雄、生徒会副会長を勤めながら百人一首クラブに所属していた四川堂我流。彼らは皆サッカー未経験者たちだ。しかし、それぞれの個性を爆発させ、王者と台頭と戦えるほどの才能を花開かせる原動力となった。
彼らは皆、“サッカー以外の何か”を武器にして、あるいは“サッカーへの想い”だけを胸に、このフィールドに立ち、這い上がり、頂上まで走り抜くことができたのだ。
だからこそ、雲明は“過去の経験”だけで人間を弾くような真似はしない。
緑生い茂るフィールドに立ち、最後まで諦めずに走り抜ける。その“意志”さえあれば、それだけでサッカーボールを触る理由としては十分だった。
「………………」
雲明のその言葉を聞いて、敦士は数秒間、何かを噛み締めるように立ち尽くしていた。その表情にどのような感情が渦巻いているかは、雲明ですら推測することはできない。
やがて、敦士は表情を隠すように少しだけ俯く。そして、消え入りそうな声で短く感謝の言葉を告げた。
「…………ありがとう」
その声は、昼休みにクラスメイトに向けていた事務的な声でも、アイドルとしての作られた声でもない。彼という人間の奥底から零れ落ちた、微かな熱を帯びた本音の響きだった。
その言葉を聞いた雲明は穏やかに微笑む。言葉少なに「それじゃあ、準備してきて。すぐ次の練習に入るから」とだけ告げると、再び背を向けて再びグラウンドで走る仲間たちに向かって指示の声を飛ばした。
こうして、強い西日が照りつける、真夏の南雲原中学校のサッカーグラウンドに。
新たに吹雪敦士という一人の不思議な新参者が、静かに足を踏み入れることとなったのである。
登場してほしいセレクトキャラは?
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幕下照
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弁天九郎丸
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伊勢谷要
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頂挑夢
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雨道未理科
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井馬里陽愛
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古手打七南
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判目才人
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牛島突五郎
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妖士乃銀郎
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濱南暁海
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福良むすび
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鉄野ケルビン
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黒原玲文
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星美哉