もしも雲明世代でエイリア編がまた始まったら   作:こころにいつも中二病

4 / 6
転校生のもう一つの正体

 

 

 

 

 約10分後、着替えから戻ってきた敦士の姿に、グラウンドの空気がわずかに色を変えた。

 

 

 

 彼が身に纏っているのは、なんの変哲もない、南雲原中学校指定の見慣れた体操着だ。白い布地に青い線が入ったユニフォームよりもいくらかシンプル……言い換えてしまえば地味といっていい服装。

 

 しかし、癖のある白銀の髪を揺らし、赤い縁の眼鏡を外し、モデルさながらの姿勢で歩いてくるその姿は、元来のスタイルの良さも相まって従来皆が持っていた体操着に対するイメージを大きく吹っ飛ばした。

 

 

「なんか、めっちゃ似合うね……」

「こうしてみると本当にアイドルなんだな……」

「うわあ……別の世界の人って感じ……」

 

 

 異様なほどの着こなしっぷりを見せる敦士に、練習を中断した部員たちはヒソヒソと囁き合う。誰も彼もが、チラチラと素知らぬふりをして彼に視線を向けていた。むしろ、目線が不思議と彼の方に吸い寄せられるかのようだ。


 もちろん彼らも、敦士が着替えてくる間に雲明の口から彼が「今日転校してきたばかりの休業中のアイドル」であることは、ある程度聞かされていた。それでも、飛び抜けて整った顔の良さは伺えるものの、静かな雰囲気を纏うその少年がアイドルとはにわかに信じられない部分もあったのだろう。

 

 しかし、制服から体操着に着替えた彼の姿は、それまでの印象をガラッと変えさせるほどに強烈なものだった。

 

 ──もちろん、悪い意味ではない。いい意味だ。

 

 無駄な装飾がなく、シルエットがはっきりと出るその格好は、彼の均整の取れたスタイルをはっきりと映し出していた。おまけに眼鏡というフィルターが外れたことで、その整った顔立ちがダイレクトに視界へ飛び込んでくる。ラインと校章しかないそのシンプルなデザインすらも、彼の持つ天性の華を引き立てる衣装にさえ見えた。

 

 

 それはまるで、遠い世界の雪原に独り佇むうたかたの皇子(プリンス)──、そんな神聖な幻想すら抱きそうになる。

 

 

 そんな、あまりにも泥臭さとはかけ離れた洗練された彼の立ち姿に、サッカー部の面々もようやく「テレビの中の存在がここにいる」という事実が強烈な実感を肌で得たようだった。

 

「それじゃあ、ゲームを再開するよ。吹雪くんは木曽路のチームに入って」

 

 しかし、唖然とする周囲の空気はいざ知らず、雲明は通常運転の様子でいつも通り声を上げた。部員たちは雲明の号令にハッと我に帰ると、そそくさと各々の持ち場に戻る。

 

 

 数分後、スタメンと控えが混じった5対5の変則的な紅白戦が再開された。

 

 


 敦士が入ることになったチームには木曽路と柳生がおり、相対するチームには空宮、古道飼、そしてゴールキーパーの四川堂が配置されている。

 それぞれチームの攻守バランスは悪くはない。しかし、ストライカーである空宮やメインディフェンダーの古道飼がいる分、得点力という面ではあちらの方が軍配が上がるチーム分けだった。

 しかし、木曽路も柳生もオールラウンダーとして多少の不利はひっくり返せるポテンシャルを持つ。だからこそ、今回のチーム分けがどのようにこの短い試合を左右するかは誰にもわからなかった。

 

 木曽路は隣に並ぶ敦士に誰にも聞こえないように言った。

 

「わかんないことあったら何でも聞いて。サインとか出したら、流れで合わせてくれれば十分だから」

 

 受け取り方を相手に委ねる、木曽路なりの気遣いの形だった。敦士はじっと木曽路を見つめると、やがて無言で頷く。

 

 

 しばらくして、ピーッと甲高いホイッスルの音が鳴り響く。

 

 

 芝生のボールが転がり始めた途端、ゴールを目指した一進一退の攻防が繰り広げられた。

 


 フィールドに熱気と砂煙が漂う中、各選手たちがボールを目で追いつつフィールドを駆ける。スタメンと控えが入り混じった構成とはいえ、南雲原サッカー部の基礎的な連携の精度は高い。一度試合が始まれば、選手たちの動きはうねる波の如く流動した。

 

 一方、敦士はというと積極的にボールを追うことはせず、空いている敵プレイヤーをマークするように走りながら、周囲の動きを静かに観察していた。

 その走る姿はブレがなくバネのようにしなやかだったが、やはりサッカー特有の泥臭いステップとはどこか質が異なる。それでも、守備の連携に一歩遅れることはあっても完全に乗り遅れることはなく、周囲の動きになんとかついてきていた。

 

 

 

 試合が大きく動いたのは、開始から数分経った頃だった。

 

 

 

「……てやっ!」

「うお!?」

 

 


 豪快なドリブルで全線にあがろうとしていた柳生に、立ち塞がった古道飼がその巨体と俊敏性を活かしたディフェンスでボールを絡め取ったのだ。

 

「空宮先輩!」

 

 間をおかずに古道飼は空宮にパスを放つ。前線で待ち構えていた空宮は、綺麗な弧を描いたボールを持ち前のボールコントロールで見事に足元に収めた。

 


「よし!」

 


 ボールを受け取った空宮は、野生の獣のような低い姿勢でトップスピードに乗ると一気に相手陣内へと斬り込んでいく。

 その直線上にいたのは、フィールドの空き場所についていた敦士だった。
 しかし、空宮は目の前の彼の存在などいないかのように、凄まじい勢いで距離を詰めていった。

 

 そこに、後方にいた木曽路が明るい声で敦士に呼びかけた。

 

「吹雪くん、空宮先輩止めて! だいじょーぶ、フォローはするから!」

 

 その声色は、過度なプレッシャーを与えないように絶妙なトーンで彩られている。

 敦士はその言葉に呼応するように、わずかに俯いていた顔を上げた。

 

「……わかった」

 


 淡々と肯定の返事をする。一方踏み出し、少しぎこちない足取りで段々と距離を詰めていく空宮の正面へと滑り出た。

 

 


 一対一の状況。

 

 

 空宮と目が合う。彼の口元には、にやりとした好戦的な笑みを浮かんでいた。

 

「へえ、君がつくんだ」

 

 値踏みをするような言い方。そこに、焦りや不安は全く浮かんでいない。口元の笑みはそのままに目尻をわずかに釣り上げると、牙を剥くように言い放った。

 

「悪いけど、遠慮はしないよ。アイドルの転校生さん」

 

 挑発の言葉を合図に、空宮は次の一歩を踏み出す。流れるようなフェイントを起点として、持ち前のスピードとパワーで敦士の横を強引に突破しようと試みた。
 そのプレッシャーは、並の素人が受ければ、その気迫だけで足がすくみ一歩も動けなくなるほどのものだ。

 

 しかし、敦士が眼前の圧力に怯むことはなかった。それどころか、青い瞳は瞬き一つせず、迫る空宮の重心を冷徹に見極めている。

 その光景を見て、空宮は僅かに目を細めた。

 

 

(……ふうん、やるじゃん)

 

 

 ハイスピードの相手と向かい合わせとなっても動じることのないその姿に、空宮は少しだけ彼のことを見直した。

 

 しかし、少し見直した“だけ”だ。

 

 前へ向かって駆ける脚を緩めることはせず、遠慮も手加減もなしに彼の隣を突破しようとした。

 

 

 

 ──その瞬間だった。

 

 敦士はなぜか、突進してくる空宮に対して、流れるような動作で背中を向けた。

 

「は……?」

 

 突然の行動に、空宮は思わず呆れを通り越して戸惑いの声が漏れた。

 普通、サッカーのディフェンスにおいて相手に背を向けるなど、あり得ない。どう見たって自殺行為だ。

 突拍子のない彼の動きに、どうしたのか、まさか諦めたのか、先ほど見直したのは勘違いだったか──そんな考えが頭をよぎる。それに気を取られ、空宮が虚を突かれたようにわずかにスピードを緩めた、その刹那。

 

 

 

 


 グラウンドの空気が、一変した。

 

 

 

 

「……え?」

 

 夏のじっとりとした熱気が、一瞬にして凍てつくような冬の空気に塗り替えられる。

 乾いた土のグラウンドは、敦士の足元から放射状に侵食するように、透明な氷の床へと変質していった。

 

 空宮の猫のような目が大きく見開かれる。その隙を縫って、敦士は氷の上を滑るように……いや、それ以上になめらかで風のような優雅な足運びで、背を向けたまま助走をつけた。

 

 

 

「……はぁっ!」

 

 

 

 敦士の身体が、軽やかに宙を舞う。流氷の如く滑らかな舞は、観戦していた誰もがこの地がサッカーグラウンドであることすら忘れさせる。

 

 一度目のジャンプ。

 三回転トゥループ。

 

 左足の爪先を突き立てての跳躍。


 空中で完璧な軸を作り出した敦士が、空宮の目の前に着地した瞬間、地面から氷塊が突き出す。氷塊たちは、知らず知らずのうちに空宮の足元を完全に封じ込めた。

 

「!!」

 

 驚きに息をつく間もなく、敦士は左足のアウトエッジで深く踏み込む。そして、白鳥が飛び立つように再び空へと舞い上がった。

 

 二度目のジャンプ。

 三回転ルッツ。

 

 氷との摩擦と刃の抵抗をトウで断ち切ってのジャンプ。

 氷の粒子を撒き散らしながら空中で三回転した敦士は、フォームを崩すことなく着氷する。

 同時に、水晶の透き通った氷の塊が、水飛沫を上げるかのように空宮の周囲に浮かび上がった。

 

 

 アイスグランド・コンビネーション

 

 

 数多の氷片が地面を凍てつかせ、飛び散り、空宮の足元にあったサッカーボールを宙へと浮かす。敦士は着地の遠心力をそのまま利用し、無駄のない動きで空宮の足元からボールを奪うと、そのまま空宮を置いて走り去っていった。

 

「!?」


「ええっ!?」


「すご……っ」


「そんな……っ!」

 

 柳生が目を見開き、古道飼が間抜けな声を漏らす。すぐ後ろで待機していた木曽路すらも息を呑み、そして氷の呪縛から解かれた空宮が信じられないという顔で振り返った。

 

 

 そんな周囲の驚愕をよそに、雲明だけは一人呟く。

 

「……やっぱり、ね」

 


 それきり口を閉じた彼は、その一連の動きを観察するように眺めていた。

 

 

 ボールを奪取した敦士は、そのまま氷の上を滑るような独特のステップで、誰のマークも受けることなくゴール前へと迫っていく。
 そんな彼の前に立ち塞がったのは、南雲原サッカー部の正ゴールキーパーである四川堂だった。

 

 敦士の眼前でゴールを守る四川堂は、繊細な顔つきからは想像もできないほどの気迫に溢れている。

 しかし、そんな重厚なプレッシャーにも動じることはなく、敦士ら目の前のゴールキーパーを真っ直ぐに見据えた。

 

(昔見たやつの真似、だけど……)

 

 敦士の脳裏に、幼い頃に見た古い記憶が過る。

 

 記憶の中の映像をそのままなぞるように、ペナルティエリアのわずか手前で足を止めた。そして、ボールを僅かに地面から浮かせると両足で器用に回転させる。

 

 

 ──次の瞬間。

 

 

 サッカーボールを中心として、先ほどとは比べ物にならないほど濃密な冷気が渦を巻き始めた。

 

 

「!」

「吹雪くん……?」

「あれって……」

 

 驚く周囲を置いてきぼりにして、グラウンドの砂埃が冷気で白く凍てつく。いつのまにか舞い散っていた氷片が、小さな吹雪となって彼の足元に収束していた。

 

「……ふぅっ……」

 

 敦士は冷える足元も気にせず一度だけ深呼吸すると、正面のゴールを睨みつける。そして、シュートフォームを形作るための最後の構えを取った。

 

 

「あれは……まさか……」

 

 


 一方、試合の様子を外部から見ていた桜咲は信じられないように呟く。しかし、一度は道を間違えながらも幼い頃からサッカーに尽くしてきた桜咲にとっては、彼の動きにどうしても覚えがあった。

 

 サッカーボールを取り囲む冷気と、それを丸ごとぶつけようとする荒々しいながら洗練されたそのフォーム。

 精度も威力もオリジナルには遠く及ばないだろう。しかし、そのフォームも気配も、明らかにかつて見た“それ”と一致している。

 

 それは、過去に南雲原がとあるチームと戦った時に相手が振るった氷の牙。

 

 

 

 ……そして。

 かつて、子供達やサッカーファンを熱狂させた“彼”が放つ、あの伝説の技──。

 

 

 

「……うそだろ、その技は!」

 

 柳生が戦慄の声を上げる。

 他の面々も、何かに気づいたように目を見開くと、声もあげぬまま敦士に──正確には敦士が放つ冬の風に釘付けとなった。

 


 緊張感が溢れる空気の中、敦士はカッと目を開く。

 渦巻く豪雪が目の前を白く染めていく。それでも異質なほどに冴えた視界が、目指すべき目的地を正確に捉えた。

 

 一回だけ、大きく息を吸う。そして、今まで聞いたこともないような声量で、その技の名を叫んだ。

 

 

 

 

エターナル……ブリザー……っ!

 

 

 

 

 その声と共に飛び上がり、風のように──そして、吹雪のように回転する。その勢いのまま大きく振りかぶった右脚が、氷を纏うボールに向かって豪快に撃ち抜かれる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

 はず、だった。

 

 

 ボールを蹴り上げようとしたその瞬間。軸となる左足が、空中でわずかに左側に偏った。

 完璧だったはずの回転軸が完全にブレ、敦士の身体は宙を泳ぐように派手にバランスを崩す。

 

 薄く開いた彼の口から、「……やば」という間の抜けた声が漏れた。

 

 振り抜かれた右足の先端が、かろうじてボールの底をかすめる。ぽすん、という間の抜けた音と共に打ち上げられたボールは、冷気など微塵も纏わないまま放物線を描いてヘロヘロと飛んでいくと、四川堂の胸の中にすっぽりと優しく収まる。

 

 一方の敦士は、崩れたバランスを取り戻すことができないまま、ドサ、と派手な音を立てて背中からグラウンドへと転倒した。

 

 

 

「「「…………えっ?」」」

 

 

 


 グラウンドが、先ほどとは全く別の意味で静まり返った。

 

 先ほどまでとは打って変わって、夏の蝉時雨だけが、時が止まったかのようなグラウンドに空しく響き渡る。
 先ほどまでの洗練された美しい氷の舞から一転した、あまりにも呆気ない結末。その凄まじい落差に、四川堂も、柳生も、空宮も──この場にいる全員が完全にポカンと口を開けて固まっていた。

 

 

 誰もが呆然と口を開けてフリーズする中、最初に我に返ったのは木曽路だった。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 慌てて駆け寄る木曽路の声に、砂埃の中で倒れていた敦士が、ゆっくりと上半身身を起こす。何事もなかったかのように立ち上がると、そのまま体操着にべっとりとついた砂埃をパンパンと手で払った。

 

「……大丈夫」

 


 淡々と告げる彼の表情には、顔を赤らめるような恥じの感情も、シュートを外したことに対する悔しさの感情も浮かび上がることはなかった。ただ、四川堂の手におさまったボールを一度だけ確認すると、動揺すら滲まない声で独り言のように呟いた。

 

「やっぱり、見様見真似だと……うまくいかないか」

 

 自身の失敗を、まるで他人事のように淡々と分析するような言い方。まるで、事実を淡々と確認するような、酷く客観的で無機質な態度。

 周囲の部員たちがその反応の薄さに戸惑う中、彼の傍らへ駆け寄ったのは紅白戦の成り行きを見ていた雲明だった。

 

 

「怪我とかないか見るよ。来て」


「……うん。ありがとう」

 

 

 雲明が自然な動作で敦士の腕を引き、グラウンドの脇──部室がある方へと連れ出す。敦士も促されるままにその背中についていく。

 

 二人のやり取りを見ていた部員たちも、先ほどまでの衝撃から落ち着きを取り戻すと、顔を見合わせる。やがてゆっくりと立ちあがると、彼らもまた雲明たちの後を追うように、グラウンドを歩き出した。

 

 

 

***

 

 

 

 部室中に、消毒液のツンとした独特の臭いが漂う。

 

 

 敦士の怪我は、幸いにも大事には至らなかった。派手に転倒した割には、グラウンドの土で手のひらを少し擦りむいた程度だ。

 救急箱を手際よく開いた百道が、消毒液を含ませた綿棒を滑らせる。土汚れを丁寧に拭い去り、白く清潔な絆創膏が貼られていく。

 

「はい、これで終わりですよ。傷も浅いですし、すぐに治ると思います」
「ありがとう……」

 

 百道の言葉に短く礼を言いながら、敦士は絆創膏の貼られた自分の手のひらをそっと見つめた。
 その一連のやり取りを見て、少し離れたところで様子を窺っていた忍原がふぅ、と安堵の息を吐く。

 

「まあ、よかった。大したことなさそうで」

 

 その言葉を合図に、部室を満たしていた張り詰めた空気が急速に解けていく。
 休業中とはいえ、相手は誰もが知っている大人気アイドルだ。万が一顔にでも傷がつけばどうなることかと思っていたが、要らぬ危惧であったらしい。周囲の部員たちも一様に安堵の表情を浮かべる。

 

 心配事が一つ片付いたことで、すっかり普段のペースを取り戻した木曽路が「それにしてもさー」と上機嫌な声を上げた。

 

「すごかったじゃん、さっきの! 本当にそんなにやったことないの?」
「う、うん」

 

 木曽路のテンションの高い問いかけに、敦士は少し戸惑ったように頷く。

 

「え〜? だってめっちゃ手慣れた感じで空宮先輩からボール取ってたじゃん! くるって回ってさ!」

 

 木曽路が先ほどの動きをなぞるように身体を一回転させる。しかし、彼の動きはどこかぎこちなく、敦士が見せたあの流麗な速度には遠く及ばない。


「テレビでしか見たことないけど……あのジャンプ、なんか、スケートとかでありそうな動きだったよね」

 

 忍原の何気ない指摘に、敦士は一瞬だけ口を閉ざした。それから、消え入りそうな声で、ぽつりと答える。

 

「小学校のころに、フィギュアやってたから……」


「そうなんだ、どうりで!」

 

 合点がいった、とばかりに忍原が手を打つ。

 あの人間離れしたバランス感覚。空中に描かれた、寸分の狂いもない回転の軸。それらはアイドル故のダンスの素養だけでなく、氷上で培われた体幹の強さがあったからこそ成立した動きだったのだ。

 

 彼らの話を聞いていた古道飼や四川堂も、好奇心に耐えられなくなったのか会話に参加し始める。

 

「僕もびっくりしちゃった。それに、最後は失敗しちゃったけど……あのシュートもすごかったよね」


「確か、あの技はフットボールフロンティアの決勝大会中に、白恋中と練習試合した時も見た気がするけど……」

 

 顎に手を当てて考え込む四川堂。その言葉を、「そりゃそうですよ」と木曽路が遮った。

 

 

「でもまさか、吹雪くんが知ってるとはなー。だってあの技って──」

 

 

 上機嫌に続けようとした木曽路の言葉。それを、柳生の低い声が断ち切る。

 

 

 

「──エターナルブリザード」

 

 

 

 その音は、静まり返った部室に鋭く反響した。
 柳生は全員の視線が自分に突き刺さるのも厭わず、粛々と、しかし確信を持って言葉を重ねる。

 

「元イナズマジャパンのストライカー、吹雪士郎の代名詞とも言える技の一つだ」

 

 

 その名が発せられた瞬間、部室の空気が再び引き締まった。

 

 


 ──二十五年前に、世界の頂点へと登り詰めた伝説のチーム『イナズマジャパン』。その中でも氷上のプリンス、あるいは熊殺しと称され、無類の得点力でフィールドを支配したストライカー。サッカーを志す者ならば、その名はかの豪炎寺修也とはまた別の意味で一種の聖域に近い響きを持っている、その男。

 


 柳生の言葉を引き継ぐように、腕を組んだ桜咲が冷徹な視線を敦士へと向けた。

 

「最近だと、彼の弟子だった雪村豹牙のイメージも強いが……」

 

 そこで一度言葉を切ると、桜咲の瞳に刃のような光が宿る。

 

「どっちにしろ……だ。失敗したとはいえ、あの技はテレビの見様見真似なんかで再現できるほど甘いもんじゃねえ」

 

 桜咲の指摘は、残酷なまでに正論だった。


 

 サッカーにおける必殺技。それは単なる物理的な模倣で成し遂げられるものではない。肉体の強度、波長、そして研ぎ澄まされたイメージの具現化。どれほど素養があろうと、門外漢の少年がいきなり形にできるはずがないのだ。

 

 しかもそれが、あの“吹雪士郎”の代名詞だった技なら、尚更。

 


 疑念の入り混じった視線を浴びながらも、敦士は表情を変えない。ただ、黙って自分の膝を見つめていた。


 ……そんな硬直した空気に、メスを入れる者がいた。パイプ椅子に深く腰掛けていた雲明である。

 

 

「……そうでしょうか?」

「あ?」

 

 

 桜咲が眉を顰めて雲明を睨みつける。 しかし、雲明は桜咲の険しい視線をひらりと受け流すと、常のような落ち着き払った声で続きを述べた。

 

「普通ならそうかもしれませんが、吹雪くんの天才的なセンスと……幼い頃から“本物”が見られる環境にいたことを思えば、決してあり得ない話ではないと思いますよ」


「どういうことだ……。……!」

 

 相変わらずの回りくどい言い方に桜咲が怪訝な顔をした、その直後。言葉の意味を脳内で反芻した桜咲の目が、微かに見開かれた。

 

 

 ──そういえば、今日、彼が練習に参加する際、彼は自分の名前を何と述べただろうか。

 


 あの時はたまたま同じ苗字だと思い、碌に気に留めてすらいなかった。しかし、もしそれが偶然ではなかったとしたら。

 

 一方の敦士は、ゆっくりと顔を上げて雲明をじっと見つめた。赤い縁の眼鏡越しに映る彼の青い瞳には、怒りも焦りもなく、ただ静かに目の前の事実を受け入れる凪のような穏やかさがあった。

 

「……知ってたんだね」

「少し調べさせてもらったよ。とはいっても、そこまで時間はかからなかったけど」

 

 雲明は敦士の問いに対して、事も無げに答える。

 それに対して短く吐息を漏らすと、わずかに視線を落とした。諦めか、あるいは観念したのか。やがて、彼は絞り出すように「そう、だね……」と言葉を紡ぐ。

 

「明言してないだけで、結構コアなファンや記者の人たちは気づいていると思うし……」

 

 主語を欠いた、曖昧な言葉だけで交わされる対話。

 部外者の入り込む余地を一切拒絶するような二人のやり取りだったが、その会話の文脈に、そして雲明が暗に示している“真の意味”に気づき始める者が、一人、また一人と現れ始めた。

 

 

「……確かに苗字同じだし、雰囲気も似てるけど……」


「偶然、じゃないんだ……」


「そういうことかよ……」

 

 

 全員の視線が敦士に集中する。誰もが、ガラス細工のように整った敦士の容姿をまじまじと、今度は構成する要素を一つ一つ見ていった。

 

 目つきの鋭さや髪型など、厳密に見れば異なる部分もある。しかし、雪のように白い肌と白銀の髪色、透き通るような色素の薄さ、そして、一つ一つが極限まで繊細に整えられた顔のパーツ。
 彼の外見的特徴を一つ一つ吟味していくほどに、それはかつて日本中を、そして世界を熱狂させた“あの男”の面影とどこまでも重なって見えた。

 

 部室の中に、じわじわと、しかし逃れようのない確信が広がっていく。それらの視線の全てを正面から受け止め、敦士は短く息を吐いた。そして今一度、部員たちへと真っ直ぐに向き直る。

 

 

「うん。……ここまで来たら、ちゃんと言わないとね」

 

 

 そう独り言のように漏らした元・大人気アイドルは、銀の髪をわずかにかき分ける。そして、周囲をゆっくりと見渡すと、澱みない声で自らに隠されたもう一つの事実を告げた。

 

 

 

 

 

「お察しの通り……元イナズマジャパンで、去年までプロサッカー選手だった吹雪士郎の息子です」

 

 

 

 

 

 それは、誰もが予想していた言葉にして、誰もが思いもしなかったであろう事実。

 だが、その事実を突きつけた張本人は、すぐに自信なさげに目線を足元へと逸らす。癖のある前髪が影を作り、彼の表情を再び隠した。

 

「……まあ、今までサッカーあんまりやってなかったのは、本当なんだけど……」

 

 先ほどまでの張りのある声とは対照的な、消え入りそうな呟き。


 けれど、あまりに巨大な事実を突きつけられた彼らに、その言葉をまともに拾い上げる余裕など残されているはずもなかった。

 

 

 南雲原中学校に突如現れた、大人気アイドルのもう一つの正体。

 

 

 キャパシティを遥かに超える驚きを与えられた南雲原中サッカー部は、まともな声すら上げる事ができないまま、石のように固まる。

 明かされた秘密を前に、誰もが唖然とし、そして、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 






 ようやく明らかになりました。苗字からして隠すつもりありませんでしたが……。なお、名前の漢字……特に前半は「こういう漢字だったんじゃないかな」という妄想で書いてます(あと南沢さんと被らないようにしてる)。

 ちなみに、どうして雲明以外の南雲原サッカー部が気づかなかったかというと、「アイドルとしての吹雪敦士」のイメージが強いのが大きいです。サッカーとアイドルじゃジャンル全然違うしね。あと、現実だと雰囲気が似てるってだけで隣にいないのに親子だと判別するのって結構難しくないかな、という自分の勝手なイメージもあります。

 余談ですが、敦士の母親──つまり士郎の妻については特に誰とか考えていません。というか、正直離婚かなんかでひとり親というイメージがあります(ここの辺りは読者側で考えてくれても良いですが)。

 士郎の過去のことを考えると家族を作ってほしいと思う一方で、ヴィクロの時代になっても隣に妻がいるイメージが全く湧きません。
 勝手な偏見ではあるのですが、どうしてこんなイメージが湧いてしまうのでしょうね……。



登場してほしいセレクトキャラは?

  • 幕下照
  • 弁天九郎丸
  • 伊勢谷要
  • 頂挑夢
  • 雨道未理科
  • 井馬里陽愛
  • 古手打七南
  • 判目才人
  • 牛島突五郎
  • 妖士乃銀郎
  • 濱南暁海
  • 福良むすび
  • 鉄野ケルビン
  • 黒原玲文
  • 星美哉
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。