もしも雲明世代でエイリア編がまた始まったら   作:こころにいつも中二病

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転校生は仲間になる(だけでは終わらないらしい)

 

 

 

 

「お察しの通り……元イナズマジャパンで、去年までプロサッカー選手だった吹雪士郎の息子です。……まあ、今までサッカーあんまりやってなかったのは、本当なんだけど……」

 

 

 

 

 予想にもしなかった衝撃的な告白を前に、部室から一切の音が消えていた。

 

 唯一聞こえるとすれば、壁掛け時計の秒針が動き、無機質な音を刻んでいるくらいか。普段なら気にも留めないその微小な音が、今の彼らには耳元で鳴り響く警鐘のようにやけに耳に残っていた。

 

 

 元イナズマジャパン、吹雪士郎の息子。

 

 

 敦士の口からこぼれ落ちたその言葉は、あまりにも巨大な質量を持って部室の床に叩きつけられた。彼らはただ呆気に取られ、口を半開きにしたまま、目の前に佇む白銀の少年を直視することしかできなかった。

 

 確かに、その容姿も、醸し出す雰囲気も、容易くボールを奪い取り見様見真似で“エターナルブリザード”を完成寸前まで持っていった才覚も、全て彼譲りだとすれば納得がいく。しかし、それをすぐに受け入れろ、というのは簡単にはいかないのだろう。

 

 それは敦士もそのことをわかっていたのか否か。

 逸らすように目を伏せると、俯いて床を見つめた。

 

 そんな時だった。

 

 

 

「……はあーっ」

 

 

 

 長すぎる沈黙を破り、肺の底から絞り出すような呼気を漏らしたのは、先ほどの試合で敦士の力を最も間近で体感した空宮だった。

 

「にしても油断したぜー……。まさか俺が、あんなふうにボール取られるなんてさ」

 

 空宮は後頭部をガシガシと乱暴に掻き毟りながら、天井を仰いで天を仰ぐ。

 

 その声にはもう、驚愕も畏怖もなかった。ただ、純粋な一人のサッカープレイヤーとしての“敗北感”と“悔しさ”が色濃く滲んでいる。彼の脳裏には、突如として現れた氷に封じられ、その隙に一陣の冷たい風と共に背後へと抜き去られたあの瞬間の感触が、未だ生々しく焼き付いているのだろう。

 

 

 そんな空宮の様子を、パイプ椅子に深く腰掛けた雲明が冷ややかに目を細めた。彼はわずかに手元のタブレット端末に視線を落としながら、淀みなく指摘を投げかける。

 

「征は前に進むことしか考えてなかったでしょ。油断すると足元疎かになるから気をつけて」

 

 雲明の言葉に痛いところを完璧に突かれた空宮は「ううー……」と唸り声を上げ、肩を下ろす。どうやら自覚はあったらしい。

 少しばかりばつが悪そうに目を逸らすものの、最終的には己の未熟さを素直に認めるように、大きく頷いてみせる。

 

「分かってるよ……了解。次は負けない」

 

 

 そんな二人の会話をきっかけに、いつも通りの穏やかな雰囲気が部室内に戻っていく。いつのまにか漂っていた異様な緊張感と重圧もふっと霧散していき、気がつけば跡形も消えてなくなっていた。

 

「にしても、とんだ逸材が転がり込んできたもんだな」

 

 壁に寄りかかっていた柳生が、面白そうに口の端を歪めて言った。

 

「誰もが知ってるアイドル様が来たと思ったら、まさかあんな秘密が隠されていたとは」

「……まあ、そんなにやってないっていう言葉も、あながち嘘じゃねえだろうがな」

 

 柳生の言葉を引き継ぐように、桜咲が腕を組みながら鋭い視線で敦士の身体を上から下へ隅々まで観察する。

 

「バランス感覚と体幹は目を見張るものがある。だが、ボールを蹴る際の体重移動や、筋肉の使い方は明らかに素人のそれだった。最後のシュートでバランスを崩して転倒したのがいい証拠だ。技術としてはまだまだ甘い」

「でも、すごかったです」

 

 桜咲の言葉は、相変わらず棘を含んでいた。しかし、それは拒絶や嫌悪というよりは、一人のサッカープレイヤーとしての正当な評価である。その厳格な評価をフォローするように、古道飼が柔和な笑みを浮かべて口を挟んだ。

 

「僕、少し離れたところで見てたけど、びっくりしちゃいましたもん。あの瞬間の敦士くん、とても初心者とは思えなかったなあ」

「確かに。あれは真正面から向かい合っていた僕としては、かなり圧倒されたよ」

 

 和気藹々と各々が先ほどのプレイについての考察や驚きを共有し合う。それぞれが好き勝手に感想を言い合い、笑い、時に厳しく評価する言葉たちに、先ほどの衝撃は跡形もなく消え去っていた。

 ついさっきまで彼が告げた肩書きに圧倒されて硬直していたのが嘘のように、部室はすっかり南雲原サッカー部特有の和気藹々とした雰囲気に包まれている。

 

 

 ──しかし、たった一人。その輪の中心にいる敦士だけは、この急激な空気の変化についていけていなかった。

 

 

「えっと……」 

 

 敦士は何かを言いかけ、すぐに口をつぐむ。発しかけた言葉は声にすら届かない。どう振る舞えばいいのか、どう答えればいいのか、その正解が見つからないまま、周囲の熱気の中に一人立ち尽くしていた。

 

 

 

 そんな彼の背中を、とん、と誰かが叩く。

 

 

 

 敦士が振り返ると、そこには目をキラキラと輝かせ、屈折のない笑みを浮かべた木曽路が立っていた。

 

 

「なあなあ!」

 

 

 木曽路は、目の前にある困惑の表情などお構いなしに、彼の細い右手を自らの両手でぎゅっと握りしめる。

 彼の頬が、口紅色に染まる。そして、期待感を微塵も隠そうともしない上ずった声で告げた。

 

「今日だけとは言わずにさあ、しばらくサッカー部にいなよ!」

「……え?」

「お前がいてくれたら、絶対面白い気がするんだよね! あんなすげー動き、もっと間近で見てみたいし!」

 

 突然の無邪気でストレートな勧誘。そのあまりに真っ直ぐすぎる言葉に、敦士は反応を返すのも忘れたようにきょとんと目を丸くして硬直するしかない。

 

 

 その光景を見かねた雲明が、こめかみを押さえながら苦言を呈する。

 

「……木曽路。勝手に何言っているの」

 

 しかし、雲明の口調には絶対的な否定の響きは含まれていなかった。彼が咎めているのは誘いが急すぎたことぐらいで、木曽路の提案そのものに対してはむしろ前向きな響きすら持っている。

 

「……まあ、確かに。君がいれば、チームにとって新しい刺激になるかもしれない。今までいなかったタイプのDFだし、見たところ、練習とかもいい加減にやるタイプには見えないしね……」

 

 雲明が口元に手を当て、ぶつぶつと

メリットを分析する。数多に並べられた言葉を羅列した末に、雲明は敦士を真っ直ぐに見据える。

 そして、はっきりと肯定の意を示した。

 

 

「そうだね、僕も君に興味がある。やる気があるなら歓迎するよ」

 

 

 雲明の事実上の容認。

 それを皮切りに、次々と部員たちが声を上げる。

 

 

「笹波君に賛成だ。僕も君のプレイをもっと見ていたい」

「だな。こういうやつがいてもいいかもしれねえ」

「君、意外と真面目そうだし。悪くないんじゃない?」

「私もあなたの身体データには非常に興味があります」

 

 

 部員たちから口々に上がる賛成の意見。明確に賛成の言葉を口にしない桜咲や空宮といった者たちも反対意見を挙げるつもりはないようで、ゆっくりと成り行きを見守っている。

 

 

 しかし、期待に花開かせた歓迎の波を、雲明が一呼吸置いて冷静に引き締めた。

 

 

「……まあ、みんなこう言ってるけど」

 

 


 ぴたりと、周囲の声が止んだ。

 雲明は静寂を取り戻した部室の中で、敦士の瞳の奥を覗き込む。言葉の奥にある真意を試すように、ゆっくりと紡いだ。

 

「あくまで『君がどうしたいか』が一番重要だからね」

 

その言葉は、冷や水のように辺りの熱気を落ち着かせた。

 木曽路がハッと息を呑み、慌てて敦士の手から自分の手を離す。

 

「そうだよな、ごめん。確かにお前がどうしたいかが一番大事だよな」

 

 自身の勧誘が少々強引すぎたことにようやく気づいたのか、木曽路は申し訳なさそうに頭を掻きながら一歩後ずさった。

 

 

 部室内の視線が、再び敦士一人へと集束する。

 

 

 しかし、そこに先ほどのような緊張感のようなものは皆無だった。ただ、皆が敦士の言葉を聴いて受け入れるために待っているにすぎない。

 

 

 周囲の視線を一身に浴びながら、敦士はその言葉にそっと目を伏せた。

 

 

「僕が、どうしたいか……」

 

 

 ぽつりと薄い唇から零れ落ちた言葉。それは、誰に宛てたものでもなく、彼自身の内側に問いかけるためのもののように聞こえた。

 長く美しい白銀の睫毛が、白い頬に影を落とす。少しだけ擦りむいた手のひらを軽く握り、開く。

 

 その数秒の動作の間に、彼が胸の奥底で何を思い、悩んだのだろうか。それは、彼の心のうちを覗き見ることができない周囲の人間にとっては、決して見通すことはできない。

 

 

 しばらくの沈黙を経て、敦士は静かに顔を上げた。

 

 

 それまで瞳に宿っていた、どこか虚ろで防衛的だった光は消え去っている。代わりにそこにあったのは、未知の領域へ足を踏み入れることへの微かな恐怖と、それを上回る僅かな意志の輝きだ。

 

 彼はいまだにやや迷うような表情を見せつつも、誰の強要でもない自らの声で、はっきりと自分の選択を、意思を告げた。

 

 

 

 

「……じゃあ、迷惑じゃなければ。……入部、していいかな」

 

 

 

 

 控えめながらも確固たる決断の言葉に、雲明の口元がわずかに緩んだ。そして、一歩前へと踏み出すと、自然に手を差し伸べる。

 

 

「……もちろん。歓迎するよ、吹雪敦士くん」

 

 

 目の前に差し出されたわずかに開いた白い掌の存在に、敦士は少しだけ目を見開くとそれをじっと見つめ返した。しかし、しばらくたつと遠慮がちに腕を伸ばし、その手を握り返す。

 

 数秒間の握手。そこに割り込むように細い肩に腕を回したのは、やはり木曽路だった。

 

「やった! よろしくな、吹雪君!」

 

 木曽路が飛びついてきそうな勢いで声を上げ、にっと明るい笑みを浮かべる。それを機に他の部員たちも口々に「よろしく」「頼むぜ」と声をかける。

 そこにはもう、元アイドルという肩書きも、伝説の選手の息子という重圧も関係なかった。ただ純粋に、同じボールを追いかける一人の新しい仲間として、彼を受け入れていた。

 夕暮れの空気を孕んだささやかな風がわずかに開いた窓の隙間から吹き込んで、敦士の白銀の髪を優しく揺らした。そよ風は部室の熱気と混ざり合いながら、やがて新しい季節の匂いを運んでいく。

 

 それは間違いなく、さまざまな困難を乗り越え頂点に立った彼らに、新たな物語を連れてくるひとつの風が吹き込んだ瞬間だった。

 

 

 

***

 

 

 

「……話は終わったかしら」

 

 

 

 やかましくも温かい歓迎の嵐が一段落つこうとした頃。開け放たれた部室の扉のあたりから、凛としたよく通る声が鈴のように鳴り響いた。

 その場にいた全員が、一斉に声の方へと振り向く。そこには、夕日を背にして立つ一人の女子生徒の姿があった。

 

 南雲原中学校の指定制服を乱れなく着こなし、艶やかな長い髪を揺らした厳格な雰囲気を持つ少女。その立ち姿は、中学生とは思えないほどの洗練された気品と、有無を言わせぬ威圧感が漂っている。

 

 

「千乃会長……?」

 

 

 少女──千乃妃花の突然の登場に、部員たちの間に小さな驚きが広がる。同時に、自然と背筋が伸び、緩んでいた空気が一瞬にして引き締まった。

 

「えっと……」

 

 突如として現れた規格外のオーラに、敦士が気圧されたように言葉を詰まらせる。そんな彼を、千乃は一切の揺らぎのない、琥珀のような鋭い双眸で見つめ返した。

 

「今朝、一回職員室で会ったわね」

 

 千乃はカツ、と靴の音を一つ鳴らして部室の中へと足を踏み入れる。千乃は敦士の正面で立ち止まると、一切の淀みもない流麗な所作と共に自らの名前と肩書きを告げた。

 

「改めて自己紹介しておくわ。私は南雲原中生徒会長兼、理事長。そして南雲原サッカー部のエグゼクティブマネージャーを務めている、千乃妃花よ。よろしく」

「よろしく……お願いします」

 

 中学生離れした、あまりにも重すぎる肩書きの羅列。そして、彼女自身から放たれる有無を言わさぬ圧迫感。敦士は完全に気圧されたように、微かに声を震わせながら頭を下げた。その振る舞いからは、完全に千乃のペースに巻き込まれているのが見て取れる。

 しかし、千乃は敦士の緊張など気にせずに淡々と業務連絡を進める。

 

「先ほどの話、聞いていたわ。入部届等の事務的な手続きについては、こちらで不備なく準備しておくから安心してちょうだい」
「は、はい……」

 

 一切の動揺を見せず、まるで事前に準備していたかのように、冷徹なまでに事務的に話を進める千乃。
 その冷静沈着すぎる態度に、敦士が口を挟む余地などそこには一ミリたりとも存在しない。敦士は戸惑いを隠しきれない様子で、ただ従順に頷くことしかできなかった。

 

 そこに、それまでことの成り行きを静かに見守っていた四川堂が千乃に対して疑問を口にする。

 

「千乃会長。今日の放課後の練習中、グラウンドにお姿が見当たらないと思っていましたが……どちらに行かれていたんですか?」

 

 四川堂の問いかけは自然なものだった。

 千乃はいつもなら、グラウンドの隅の特等席で雲明や百道と共に練習を見守っているはずだ。それが、今日に限っては不在だった。四川堂が覚えている限り、部活を休むほどの急な仕事もなかったはず。

 

 しかし、四川堂の問いに対して千乃は、長い髪を優雅に払いながら短く答える。

 

「少し、“用事”があってね」

 

 さらりと煙に巻いた一言は、彼女がそれ以上語るつもりがないことを明確に示している。四川堂もそれを察してかそれ以上言葉を重ねることはしない。

 千乃はそのまま視線を外すと、パイプ椅子に座る雲明の元へと歩み寄った。

 

 

「それはそうと、笹波くん。例の件……正式に決まったわよ」

 

 

 その一言で、雲明の瞳に細い閃光が走る。

 

「……そうですか。ありがとうございます」


「詳細については、これに目を通して」

 

 千乃は手に持っていたクリアファイルから数枚のプリント用紙がホチキスで留められた書類を取り出した。雲明はそれを受け取ると、視線を落としてパラパラと紙面をめくり始める。

 初めはいつもの冷静沈着な顔つきで活字を追っていた雲明だったが、やがて、その動作がぴたりと止まった。そして、彼の青い瞳が信じられないものを見るかのように大きく見開かれる。

 

 彼はさらに資料を読み進めていき、最後の一枚を読み終えると、信じられないものを見たというふうに千乃を見た。

 

「これは……本当ですか?」


「流石の笹波くんでも、ここまでの好条件は予想がついていなかったかしら?」

 

 雲明の口から漏れ出たのは、純粋な驚きと疑念の感情。疑念にしても、純粋に信じていない、というよりも予想外のことに信じられない、とでも言いたそうな表情。

 極めて稀な彼の姿に、千乃はしてやったりというように、小さく微笑む。

 

「だけど、本当よ。フットボールフロンティアでの我々の活躍を見て、南雲原というチームの今後の成長に、大いに興味を持ったらしいわ」

 

 主語をぼかしたまま交わされる、二人だけの高度な情報交換。
そのただならぬ雰囲気を察知した周囲の部員たちが、なになに、どうしたの、どういうこと、とざわざわと疑問の声を上げ始める。

 


 しばらくして、雲明は緩やかに書類から視線を上げた。そして手元の書類を強くしっかりと持ち直すと、ゆっくりと皆が見える位置につく。

 

 

 鯖浅葱の瞳に宿る光が、チームを導く指揮官のものへと変質していく。

 その瞬間、部室の空気がピンと張り詰め、雲明の一挙手一投足へと向けられた。

 

 

 

 

「……さて」

 

 

 雲明は全員の視線を自身に集めたことを確認すると、静かに、しかしよく通る声ではっきりと言葉を紡いだ。

 

「吹雪くんの一時入部が決まったばかりですが……ここでもう一つ、皆さんにお知らせがあります」

 

 何が始まるのかと、全員の頭の上に巨大な疑問符が浮かび上がった。雲明はそれに構うことなく、粛々と話を続ける。

 

「あと一週間と少しで、いよいよ夏季休暇に入ります。これは南雲原サッカー部、そして、北陽学園と合併して新たなスタートを切ってから迎える、初めての夏休みです」

 

 部員たちが真剣な表情で頷く。夏の過ごし方が、その後のチームの完成度を劇的に左右する。それはスポーツを志す者にとっての絶対的な真理だ。

 ましてや今年は、南雲原サッカー部復活に始まり、南雲原と北陽の合併やフットボールフロンティア優勝など、立場や状況が大きく変わった数ヶ月である。彼らにとって、この夏休みは、さらなる高みへと登るための極めて重要な期間であることは間違いなかった。

 

「もちろん、夏季休暇中も学校での練習はコンスタントに続けていく予定ですが……」

 

 そこで、雲明は意図的に言葉を切った。一拍の深い溜めに部室の全員が固唾を飲んで次の言葉を待つ中、雲明の口元がふっと柔らかく綻ぶ。

 

 

 ……そして、悪戯っ子のような不適な笑みを浮かべると、全員に向かって高らかに告げた。

 

 

 

 

「八月の二週目に──三泊四日の『特別強化合宿』を行います!」

 

 

 

 

 
 その言葉が部室の壁に響き渡った瞬間。

 一秒にも満たない空白の時間が落ちた後、堰を切ったように爆発的な歓声と期待の声が沸き起こった。

 

 

「合宿! 夏休みの部活定番イベント、キターーーッ!」

 

 

 最初に歓喜の声を上げてガッツポーズを取ったのは木曽路だ。それから間をおかず、他の面々も堰を切ったように喜びを露わにする。

 

 

「合宿か。……悪くねえじゃねえか」

「なるほど。先ほど千乃会長と笹波くんが話していた例の件というのは、こういうことだったんだね」

「四泊五日か。フトフロの決勝大会の時みたいに、また全員で泊まり込みってわけだな」

「どこいくんだろー! 海かな? 山かな? すっごく楽しみ!」

「えへへ、来夏さんと一緒……」

「せっかくの合宿だ。俺たちの連携をさらに盤石にするためにも、実りのあるものにしたいな」

「あの時みたいに、また雲明と一緒にいれるんだな! 最高じゃん!」

 

 

 一部個人的な願望を垂れ流す者がいたのはさておき、みんな合宿というワードだけでこの盛り上がりっぷりだ。まだ詳しい内容は何も知らないのに、すでにテンションが最高潮に達しようとしている。

 

 しかし仕方がない。なんせ、合宿といえば運動部にとっての恒例行事であると共に特別行事。さらに今年は、南雲原サッカー部が再建して初めて参加する合宿。チーム全員で行う、最初の本格的な合宿なのだ。

 彼らの好奇心と高揚感を煽り立てるな、という方が無理がある。

 

 兎にも角にも、雲明がもたらしたとっておきの情報は南雲原サッカー部の情熱に更なる薪を焚べるには十分だったようで、全員が抑えきれない興奮を口々に叫んでいた。

 

 

「……合宿……」

 

 

 しかし、そんな喧騒の中で、敦士だけはただ呆然とその言葉を反芻していた。実感が伴わないような呟きは、誰にも拾われることなく声の渦に消えていく。

 

 ザワザワ、あるいはわちゃわちゃと収拾がつかないほどに沸き立つ部室。お祭り騒ぎのごとく盛り上がり始めた部員たちに対し、雲明はぱんっ、と両手を強く打ち合わせた。

 

 

「静かに。話はまだ終わっていません」

 

 

 まさしく鶴の一声。
その乾いた音と冷徹な響きに、それだけで沸騰していた部室の空気が一瞬にして急速冷却され、静寂が舞い戻る。全員が再び姿勢を正し、雲明の次の言葉を待った。

 彼らの従順な様子を確認した雲明は、満足げに頷き、そして最大の爆弾を投下する準備に入る。

 

「今回の合宿の舞台は、日本の古都、京都です。練習メニューやカリキュラムに関しても、この特別合宿のために新たに最適化したものを用意する予定です」

 

 京都。関西にある日本の古都であり、かつての千年京が存在した場所。歴史と現代が趣深く同化する、古式ゆかしい伝統の街。

 その雅な響きに、部員たちの目がさらに輝く。

 

 

 だが、雲明の言葉の真髄は、そこではない。

 

 

「……そして、今回。我々の合宿に特別に協力してくださった“特別スポンサー”がいます」

 

 

 雲明は手にした書類の束の中から、とある一枚の用紙を引き抜き、その表面を部員たち全員に見えるように提示した。
 そこに印刷されていたのは、ある一つのロゴマークだった。
 シンプルでありながら圧倒的な権威と歴史を誇示するような独特の意匠を凝らしたどこか見覚えのあるマーク。

 

 

 それは、まさしく──。

 

 

 

 

 

「今回、世界的に有名な財閥である“吉良財閥”が協力に名乗りを上げてくださいました。京都での一部の施設利用や移動手段については、全て吉良財閥側から提供いただけるとのことです」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

 部室の時間が、今度こそ完全に凍結した。

 木曽路も、桜咲も、柳生も、空宮も。全員の表情が、能面のように硬直している。

 しかし、それこそ本当に仕方がない、どうしようもないというようなものだった。

 

 

 

 吉良財閥。

 


 少しでも世間のニュースに明るい者であれば、その名前の持つ異常なまでの意味の大きさを知らないはずがない。
 日本経済の中枢を担い、あらゆる産業に巨大な資本と影響力を持つ超巨大企業グループ。その名の大きさは桜咲や千乃の親などが経営者を務める企業にも勝る……それどころか、あの鬼道財閥にも肩を並べるほどの影響力を持つ企業だ。

 

 ……そう。

 

 日本国内にとどまらない、世界規模の影響力を持つ財閥。その名前がサッカー部の合宿に関わってくる。

 南雲原中学校のサッカー部に。フットボールフロンティアでの快進撃があったとはいえ、創設からまだ一年にも満たない、九州の一中学校のサッカー部に。


 その事実を飲み込むのに時間がかけること数秒──いや、十数秒。

 硬直した彼らの脳細胞がようやくその事実のスケールを弾き出した瞬間。

 

 

 

 

 

 

「「「ええええええええええっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 今日一番の、いや、南雲原サッカー部創設以来最大の絶叫が、つんざくように辺りに反響した。絶叫は部室の天井すら突き抜けると、南雲原中の校舎を駆け抜けて夕闇の迫る街並みへとこだましていく。

 

 

 

 これから始まる、あまりにも熱く、あまりにも苛烈な夏の到来。

 その始まりを告げる警笛は、遙か遠く、誰がいるかも知れない彼方へと。

 

 

 

 どこまでも、どこまでも、響き渡るのだった。

 

 

 






 これにて序章及び「オリキャラと南雲原サッカー部の馴れ初め編」終了です。
 しかし日常描写はまたちょっと続きます。

 我ながらストーリーの進みが遅すぎる……。

登場してほしいセレクトキャラは?

  • 幕下照
  • 弁天九郎丸
  • 伊勢谷要
  • 頂挑夢
  • 雨道未理科
  • 井馬里陽愛
  • 古手打七南
  • 判目才人
  • 牛島突五郎
  • 妖士乃銀郎
  • 濱南暁海
  • 福良むすび
  • 鉄野ケルビン
  • 黒原玲文
  • 星美哉
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