今回はできるだけ原作を変えないようにしようと思っております。
最後以外は
「納得がいきません。なぜお兄様が補欠扱いなのですか!? 入試だってトップの成績だったではありませんか!?」
春の朝にしては、ずいぶんと硬い声だった。
第一高校の校門を目前にして、司波深雪は隣を歩く兄へ向かって、何度目か分からない不満を口にしていた。
「まだ言うのか、深雪」
司波達也の声は、いつも通り静かだった。
呆れているというより、すでに何度も聞かされた話を受け流しているような声だ。
「当然です。何度でも申し上げます。お兄様が補欠扱いなど、どう考えてもおかしいではありませんか」
「制度上はそうなっている」
「その制度に納得がいかないのです」
深雪はそこで、達也の横を歩いていた聖火へ視線を向けた。
「聖火くんも、そう思いますよね?」
「深雪ちゃん、俺に振られても困るんだけど」
聖火は苦笑しながら、軽く肩をすくめた。
深雪が男子生徒を名で呼ぶことは、そう多くない。
まして、柔らかい口調で同意を求める相手となれば、なおさらだ。
だが、聖火は例外だった。
達也を「達也くん」と呼び、深雪を「深雪ちゃん」と呼ぶ。
それを達也も深雪も咎めない。
その程度には、三人の間にはすでに時間があった。
「困ることなどありません。聖火くんの意見を聞いているのです」
「その聞き方、逃げ道を塞いでから聞くやつだよね」
「逃げるおつもりだったのですか?」
「できれば」
「諦めろ、聖火。深雪はこの件に関してはしつこい」
達也が静かに言った。
「お兄様?」
「事実だ」
「達也くん、火に油を注いでる」
「俺は事実を言っただけだ」
「それが一番よくない時もあるんだよ」
聖火がそう言うと、深雪は少しだけ頬を膨らませた。
本気で怒っているわけではない。
少なくとも、聖火にはそう見えた。
ただし、兄の扱いに対する怒りだけは本物だった。
「おかしいとは思うよ」
聖火がそう言うと、深雪の表情がわずかに明るくなった。
「でしょう?」
「ただ、学校がおかしいことと、達也くんが劣っていることは別の話だ。学校は測れるものだけで人を分けた。達也くんは、その測り方に合わなかった。そういう話だと思う」
「相変わらず、嫌な見方をする」
達也が言った。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてはいない」
「知ってる」
深雪は、まだ完全には納得していない顔だった。
当然だろう。
納得できる理屈と、納得していい理屈は違う。
「それでも、お兄様が正しく評価されていないことに変わりはありません」
「深雪」
達也が、そこで少しだけ声を和らげた。
「お前がそう言ってくれるだけで、俺としては十分だ」
「お兄様……」
「それに、一科生になったお前が俺のことで騒ぎ立てていては、せっかくの晴れ姿が台無しになる」
「晴れ姿、ですか?」
「ああ。よく似合っている」
その一言で、深雪の頬にわずかな赤みが差した。
「……ありがとうございます、お兄様」
先ほどまでの不満は、完全に消えたわけではない。
だが、少なくとも今は、兄の言葉の方が勝ったらしい。
聖火はその様子を横目で見て、小さく息を吐いた。
「達也くん、ずるいね」
「何がだ」
「分かってて言ってるところ」
「必要なことを言っただけだ」
「そういうことにしておくよ」
校門の向こうでは、新入生たちが次々と第一高校の敷地へ入っていく。
真新しい制服。
緊張した顔。
期待を隠しきれない声。
今日から、自分たちは第一高校の生徒になる。
深雪と聖火は一科生として。
達也は二科生として。
それは、ただの区分でしかない。
だが、ただの区分が人の距離を変えてしまうことを、聖火は知っていた。
講堂に入ると、その区分はよりはっきりと形になった。
一科生と二科生。
花冠と雑草。
呼び方はどうあれ、席は分けられていた。
聖火は一科生の列に腰を下ろした。
隣に達也はいない。
深雪とも、席順の都合で少し離れている。
周囲には、誇らしげな顔をした新入生たちが座っていた。
無理もない。
第一高校の一科生として入学するということは、それだけで将来を約束されたように扱われる。
もちろん、約束された未来など本当はどこにもない。
それでも、人はそういうものを信じたがる。
聖火は軽く背もたれに身を預け、講堂の天井を見上げた。
達也くんは、どのあたりに座っているのだろう。
一瞬そう考えたが、すぐにやめた。
心配する必要はない。
達也がこの程度の区分で傷つくような人間なら、深雪は今よりもっと怒っている。
問題があるとすれば、達也ではない。
その周囲だ。
式辞は整っていた。
拍手も整っていた。
祝辞も、校訓も、魔法師としての未来を語る言葉も、よく磨かれていた。
ただ、磨かれすぎた言葉は、時々中身より先に形だけが残る。
聖火は静かに目を閉じた。
第一高校。
魔法師を育てるための学校。
その内側には、すでにいくつかの歪みがある。
そう感じた。
入学式は滞りなく終わった。
その後の時間は、新入生たちにとって出会いの時間だった。
誰が一科生で、誰が二科生か。
誰が優秀で、誰が目立つのか。
誰と近づくべきで、誰と距離を置くべきなのか。
そうした見えない計算が、校舎のあちこちで始まっていた。
聖火は一度、達也たちの方へ顔を出した。
そこで何人かの新入生と挨拶を交わした。
千葉エリカ。
明るく、距離の詰め方が早い少女。
西城レオンハルト。
体格がよく、真っ直ぐな気質が表情に出ている少年。
柴田美月。
穏やかで控えめだが、人を見る目が少しだけ普通と違う少女。
「聖火です。達也くんとは昔からの知り合いで」
短くそう名乗ると、エリカは面白そうに目を細めた。
「へえ。達也くんの知り合いなんだ。しかも一科生?」
「一応ね」
「一応って言い方、何か含みがあるわね」
「含みがない人間の方が珍しいと思うよ」
「あ、面倒くさいタイプだ」
「よく言われる」
聖火が軽く返すと、レオが豪快に笑った。
美月だけは、少し不思議そうに聖火を見ていた。
その視線に、聖火は気づいた。
この子は、何かを見ている。
何が見えているのかまでは分からない。
だが、少なくとも普通の見方ではない。
「柴田さん?」
「あ、いえ……すみません」
美月は慌てたように目を伏せた。
「気にしないで。見えるものを見てしまうのは、悪いことじゃないから」
「え……」
美月が顔を上げる。
その反応を見て、聖火はそれ以上踏み込まないことにした。
ここで長居をすれば、余計な波を立てる。
一科生である自分が、二科生である達也のそばに居続ける。
それだけで、周囲は勝手に意味を作る。
だから聖火は、軽く手を振ってその場を離れた。
達也は止めなかった。
深雪も、不満そうではあったが、止めはしなかった。
それでいい。
達也くんの隣に立つことだけが、友人の役目ではない。
そういうこともある。
翌朝。
聖火が深雪と並んで教室に入ると、室内の空気が一瞬だけ止まった。
理由の大半は、深雪だろう。
それは聖火にも分かった。
彼女は目立つ。
美しいという言葉だけでは足りないほど、整いすぎている。
だが、その隣にいる自分へ向けられた視線も、決して少なくはなかった。
誰だ。
なぜ一緒にいる。
どういう関係だ。
そうした問いが、言葉にならないまま教室のあちこちから向けられている。
聖火は気にしなかった。
気にしたところで、深雪ちゃんが深雪ちゃんでなくなるわけでも、自分が自分でなくなるわけでもない。
「聖火くん、席はどちらですか?」
「ええと……あそこかな」
聖火が座席表を確認して指を差すと、深雪が小さく頷いた。
「近いですね」
「うん。何かあったら助けてね」
「それは、こちらの台詞です」
深雪がそう返したところで、明るい声がかかった。
「あの、司波深雪さん……ですよね?」
声をかけてきたのは、柔らかな雰囲気の少女だった。
その隣には、表情の変化が少ない小柄な少女が立っている。
「はい。そうですが」
深雪は丁寧に応じた。
「私、光井ほのかです。よろしくお願いします」
「北山雫」
短い自己紹介に、聖火は少しだけ目を瞬かせた。
「聖火です。よろしく、光井さん、北山さん」
「聖火さん……ですか?」
ほのかが少し不思議そうに名前を繰り返した。
「うん。変わった名前だって、よく言われる」
「いえ、綺麗な名前だと思います」
「それはどうも」
聖火が軽く笑うと、雫が座席表を見て言った。
「隣」
「え?」
「あなたの席。私の隣」
「あ、本当だ。よろしく、北山さん」
「雫でいい」
聖火は少しだけ首を傾げた。
「じゃあ、雫ちゃん?」
雫はわずかに間を置いた。
「……別にいい」
「許可が出た」
「出たみたいですね」
ほのかが楽しそうに笑った。
深雪も、少しだけ表情を和らげている。
そのやり取りを、教室の数人の男子が複雑そうな目で見ていた。
入学二日目にして、司波深雪と自然に会話し、光井ほのかに微笑まれ、北山雫の隣に座る男子。
なるほど。
嫉妬を買う条件としては、かなり整っている。
聖火はそう判断したが、特に対処する気はなかった。
嫉妬は病ではない。
こじらせるまでは。
昼休みには、達也の周囲に朝よりも多くの人影があった。
千葉エリカ。
西城レオンハルト。
柴田美月。
そして深雪。
一科生と二科生の区分など気にしないように見えるその輪は、第一高校の中では少し目立っていた。
聖火は少し離れた場所からそれを見て、深入りはしなかった。
達也くんの周りに人が増えるのは、悪いことではない。
ただし、その分だけ、面倒も増える。
そう思ったが、口には出さなかった。
代わりに、隣で黙々と昼食を取っていた雫へ視線を向ける。
「雫ちゃんは、ああいう賑やかなのは平気?」
「見る分には」
「参加するのは?」
「必要なら」
「なるほど。達也くんとは違う方向で省エネだ」
「省エネ?」
「褒めてる」
「そう」
雫はそれだけ言って、再び箸を動かした。
ほのかは深雪の方を何度も見ていた。
その視線に気づいて、聖火は少しだけ笑った。
分かりやすい好意は、見ていて悪いものではない。
ただ、好意も憧れも、向かう先を間違えれば簡単に重くなる。
第一高校は、そういう感情が育つには少し面倒な場所だ。
聖火はそう思いながら、昼食を終えた。
放課後になっても、校舎の中には新入生特有の浮ついた空気が残っていた。
部活動の案内を見に行こうとする者。
連絡先を交換する者。
すでに一科生と二科生の区別を口にする者。
その声を聞きながら、聖火は小さく息を吐いた。
「深雪ちゃん」
「はい?」
「俺、少し外の空気を吸ってくるよ」
「お疲れですか?」
「少し人に酔った。入学二日目にしては、情報量が多すぎる」
深雪は心配そうに眉を寄せた。
「ご無理はなさらないでくださいね」
「うん。大丈夫。少し座ってくるだけだから」
「では、後ほど。私はお兄様のところへ……」
そこまで言って、深雪はわずかに口を閉じた。
聖火は笑った。
「行っておいで。顔に書いてある」
「……聖火くん」
「大丈夫。俺は適当に休んでから戻るよ」
「分かりました。何かあれば、すぐに知らせてください」
「了解」
深雪と別れた聖火は、校舎の外へ出た。
春の風が制服の裾を揺らす。
中庭の端にあるベンチまで歩き、そのまま腰を下ろした。
空はよく晴れていた。
薄い雲が、校舎の屋根の向こうへゆっくり流れている。
一科生。
二科生。
花冠。
雑草。
人はよく、名前を付ける。
名前を付ければ、分かった気になれるからだ。
聖火は背もたれに身体を預け、空を見上げた。
考えがまとまらない時、昔からこうして空を見る癖がある。
空は、誰かを一科生とも二科生とも呼ばない。
その時、校舎の方から少しだけ騒がしい声が聞こえた。
達也くんたちの方だろうか。
聖火は一度だけ視線を校舎へ向け、それからすぐに空へ戻した。
達也くんなら問題ない。
深雪ちゃんもいる。
それに、ここで自分が行けば余計な意味が生まれる。
一科生の自分が、二科生の達也くんの側に立つ。
それを面白く思わない人間は、たぶん少なくない。
なら、行かない方がいい。
聖火はそう判断して、立ち上がらなかった。
その時、近づいてくる足音があった。
迷いのない歩き方だった。
急いではいない。
だが、目的もなく歩いているわけでもない。
足音は聖火の前で止まった。
「具合でも悪いのか」
低い声が降ってくる。
聖火が視線を下ろすと、そこには大柄な上級生が立っていた。
背筋の伸びた姿勢。
鍛えられた体格。
そして、ただ立っているだけで周囲の空気を引き締めるような存在感。
威圧しているわけではない。
だが、軽く見ていい相手ではない。
聖火は一目で理解した。
この人は、ただの先輩ではない。
達也たちとは違う方向で進めたいと考えています
その為、もしかしたら皆さんが以外に思わるキャラと交流を深めていきます。