魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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やりたいことはいっぱいありますが、これを書いていくうえで一番やりたかったことがこれです。


入学編2

# 十文字先輩との出会い・下校・部活連出向

 

その時、近づいてくる足音があった。

 

迷いのない歩き方だった。

 

急いではいない。

だが、目的もなく歩いているわけでもない。

 

足音は、聖火の前で止まった。

 

「具合でも悪いのか」

 

低い声が降ってくる。

 

聖火が視線を下ろすと、そこには大柄な上級生が立っていた。

 

背筋の伸びた姿勢。

鍛えられた体格。

そして、ただ立っているだけで周囲の空気を引き締めるような存在感。

 

威圧しているわけではない。

 

だが、軽く見ていい相手ではない。

 

聖火は一目で理解した。

 

この人は、ただの先輩ではない。

 

「いえ。少し人に酔っただけです」

 

聖火はベンチから立ち上がり、軽く頭を下げた。

 

「人に酔った?」

 

上級生は、少しだけ眉を動かした。

 

「入学二日目にしては、ずいぶん濃い場所だと思いまして」

 

「濃い、か」

 

「はい。緊張、期待、嫉妬、優越感、劣等感。いろいろ混ざっていますから」

 

自分で言ってから、少しだけ言葉を選び損ねたかもしれないと思った。

 

だが、取り消すほど間違ったことを言ったつもりもない。

 

上級生は怒らなかった。

ただ、聖火を見る目が少しだけ鋭くなった。

 

「新入生か」

 

「はい。一年の鷹山聖火です」

 

「鷹山……」

 

上級生の目が、わずかに細くなる。

 

「十堂建設の鷹山氏の息子か」

 

「はい。父です」

 

「そうか」

 

短い返答だった。

 

だが、その一言で、目の前の上級生が聖火を見る目が少し変わった。

 

単なる新入生を見る目ではない。

家名と立場を知った上で、改めて相手を測る目だ。

 

「十堂建設は、魔法師の社会と無関係ではない」

 

「父は、そういう場に顔を出すこともありますから」

 

「君自身は?」

 

聖火は少しだけ苦笑した。

 

「俺はただの学生ですよ」

 

「君がそう思っていても、周囲がそう見るとは限らない」

 

上級生の声は淡々としていた。

 

責めているわけではない。

ただ、事実を告げているだけだ。

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

「……それは、今日だけで少し分かりました」

 

「なら、覚えておくといい。第一高校では、本人の意思より先に立場を見られることがある」

 

「面倒ですね」

 

「面倒だ」

 

即答だった。

 

聖火は少しだけ驚き、それから笑った。

 

「先輩でも、そう思うんですね」

 

「思わない人間の方が少ない」

 

「少し安心しました」

 

「安心?」

 

「いえ。第一高校の上級生は、もう少しこう……建前を綺麗に言うものだと思っていたので」

 

「必要なら言う」

 

「今は必要ないと?」

 

「具合が悪そうな新入生に、建前を並べても仕方がない」

 

聖火は思わず目を瞬かせた。

 

言葉は硬い。

表情も柔らかいとは言いがたい。

 

けれど、言っていることは気遣いだった。

 

この人は、不器用なのかもしれない。

いや、不器用というより、余計な飾りを必要としない人なのだろう。

 

「ありがとうございます。ですが、本当に具合が悪いわけではありません」

 

「ならいい」

 

上級生は短く頷いた。

 

そこでようやく、彼は名乗った。

 

「俺は十文字克人だ」

 

「十文字……」

 

今度は、聖火の方がわずかに反応した。

 

十文字。

 

十師族の一つ。

防御と制圧において、特に重い名を持つ家。

 

父から聞いたことがある。

資料の中でも見たことがある。

 

ただ、目の前の人物から感じる重さは、家名だけのものではなかった。

 

「十文字先輩、ですね」

 

「ああ」

 

「よろしくお願いします。十文字先輩」

 

聖火は改めて頭を下げた。

 

十文字克人は、それを無言で受け止めた。

 

礼儀を見ている。

態度を見ている。

そして、それ以上に、こちらが何を見ているのかを見ようとしている。

 

そういう視線だった。

 

「校舎の方が騒がしかった。君は気づいていたな」

 

「はい」

 

「行かなかった理由は?」

 

「俺が行くと、たぶん面倒が増えるからです」

 

「なぜそう思う」

 

「一科生の俺が、二科生の達也くんの側に立つ。そう見えるだけで、勝手に意味を作る人がいるでしょう」

 

「司波達也と知り合いか」

 

「はい。友人です」

 

「司波深雪とも?」

 

「深雪ちゃんとも、昔からの知り合いです」

 

「深雪ちゃん、か」

 

十文字の声には、わずかな確認の響きがあった。

 

聖火は苦笑した。

 

「そこ、引っかかりますよね」

 

「多少はな」

 

「深雪ちゃんも達也くんも、特に咎めないので」

 

「それだけの付き合いがあるということか」

 

「そうですね」

 

十文字はそこで、校舎の方へ一度視線を向けた。

 

騒ぎは、まだ完全には収まっていないらしい。

 

だが、十文字はすぐには動かなかった。

 

それは、動くべき時を見ている者の間だった。

 

自分が動くことで、場がどう変わるのか。

自分が動かないことで、場がどう変わるのか。

 

それを測っている。

 

聖火には、そう見えた。

 

彼は、ふと十文字の横顔を見つめた。

 

大柄な体格。

鍛えられた肉体。

揺らがない姿勢。

周囲に安心を与えるだけの存在感。

 

強い人だ。

 

それは間違いない。

 

だが、ただ強いだけではない。

 

身体の奥に、常に張り詰めた糸のようなものがある。

背負っている。

押し殺している。

それでも立っている。

 

聖火は、思わず黙った。

 

「どうした?」

 

十文字がこちらを見た。

 

声は低い。

だが、不機嫌というわけではない。

 

ただ、聖火が自分を見ている理由を問う声だった。

 

「いえ……」

 

聖火は一度、言葉を飲み込んだ。

 

初対面の相手に言うことではない。

まして、相手は十師族の一人で、上級生だ。

 

余計なことは言わない方がいい。

 

そう思った。

 

思ったのだが。

 

「……十文字先輩」

 

「何だ」

 

「十師族って、もしかして病人の集まりなんですか?」

 

風が止まったような気がした。

 

言ってから、聖火は自分でも分かるくらい顔をしかめた。

 

これは駄目だ。

 

言い方が悪すぎる。

 

十文字は、表情を変えなかった。

 

ただ、聖火を見る目がわずかに鋭くなる。

 

「他の十師族と面識があるのか」

 

怒鳴られると思っていた聖火は、少しだけ返答に詰まった。

 

責められるより先に、確認が来た。

 

その反応は意外でもあり、妙に十文字らしくもあった。

 

「すみません。やっぱり今の発言、なかったことに……」

 

「できると思うか」

 

「無理ですね」

 

「なら、答えろ」

 

「……はい」

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

逃げられない。

 

いや、そもそも逃げるべきではない。

 

言葉を間違えたのは自分だ。

なら、せめて意味だけは間違えないようにしなければならない。

 

「何人かの方と、お会いしたことはあります」

 

「誰だ」

 

「それを話していいのか、俺には判断できません」

 

十文字は、聖火を静かに見た。

 

「判断できない?」

 

「はい。俺が勝手に話していいことではないと思います」

 

「父親の関係か」

 

聖火は答えなかった。

 

否定すれば嘘になる。

肯定すれば、父を巻き込む。

 

だから、言える範囲だけを選んだ。

 

「俺一人の関係ではありません」

 

十文字は短く沈黙した。

 

やがて、わずかに頷く。

 

「無遠慮だが、口が軽いわけではないらしい」

 

「褒められていますか?」

 

「まだだ」

 

「まだ」

 

「判断を保留している」

 

「それは……ありがとうございます?」

 

「礼を言う場面ではない」

 

「ですよね」

 

聖火は軽く頭を下げた。

 

「改めて、先ほどの発言は失礼でした。すみません」

 

「失礼ではある」

 

「はい」

 

「だが、ただの悪口として言ったわけではないのだろう」

 

「もちろんです」

 

「では、何を見た」

 

十文字の問いは短かった。

 

聖火は、今度はすぐに答えなかった。

 

ここから先は、ただの失言では済まない。

 

十文字克人が何を背負っているのか。

その一端に触れることになる。

 

それでも、聞かれた以上、誤魔化すべきではないと思った。

 

「名前は知りません」

 

「何の名前だ」

 

「十文字先輩が使っている、無理に反応を引き上げる技術の名前です」

 

十文字の目が、わずかに細くなった。

 

「……続けろ」

 

「普通の魔法行使とは違います。身体を強くするというより、身体と魔法演算の反応を一時的に追い越させている。そんな痕跡があります」

 

聖火は言葉を選びながら続けた。

 

「外から見れば、揺らがない。崩れない。強い。けれど、その分だけ反動が内側に残る」

 

十文字は答えなかった。

 

聖火は、そこで一度言葉を切った。

 

言いすぎている。

 

そう分かっていた。

 

だが、十文字は「続けろ」と言った。

 

なら、ここで曖昧に逃げる方が失礼だ。

 

「まだ初期だと思います。けれど、症状は出ています」

 

「症状?」

 

「常に身体の奥が緊張している。完全に休んでいる状態が少ない。魔法を使っていない時でも、反動を押し込めた跡が抜けきっていない」

 

「……」

 

「十文字先輩は、それを不調として扱っていない。慣れているからです」

 

十文字の表情は変わらなかった。

 

だが、空気は明らかに変わった。

 

先ほどまでの警戒とは違う。

 

踏み込まれた者の沈黙だった。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「君は、それを誰から聞いた」

 

「誰からも」

 

「なら、なぜ分かる」

 

「見えたからです」

 

「見える、か」

 

「正確には、そう見えるだけです。断定はできません」

 

「断定できないことを、初対面の相手に言うのか」

 

「普通は言いません」

 

「なら、なぜ言った」

 

「聞かれたからです」

 

十文字の視線が重くなる。

 

聖火はすぐに頭を下げた。

 

「すみません。さっきから十文字先輩のせいにしすぎていますね」

 

「自覚があるなら直せ」

 

「努力します」

 

「成果は期待できるのか」

 

「……あまり」

 

「自分で言うな」

 

十文字は短く息を吐いた。

 

わずかに、空気が緩む。

 

だが、完全に緩んだわけではない。

 

「君は、俺が病人だと言いたいのか」

 

「違います」

 

聖火は即答した。

 

「病気になるほど無理をしても、立っている人だと思いました」

 

「それを病人と言ったのか」

 

「はい。最悪の言葉選びでした」

 

「最悪だな」

 

「はい」

 

十文字はしばらく聖火を見ていた。

 

怒っている。

警戒している。

 

だが、それだけではない。

 

十文字は、聖火の言葉を切り捨てていなかった。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「君は医師か」

 

「ただの学生です」

 

「では、診断の真似事は慎め」

 

「はい。初対面の先輩にすることではありませんでした」

 

「分かっているならいい」

 

「ただ」

 

「まだ何かあるのか」

 

「診断ではなく、心配なら許されますか」

 

十文字は沈黙した。

 

聖火は少しだけ苦笑した。

 

「すみません。これも余計でした」

 

「……余計だ」

 

十文字は低く言った。

 

だが、その声には先ほどほどの硬さはなかった。

 

校舎の方から、再び声が聞こえた。

先ほどよりも少し大きい。

 

十文字はそちらへ視線を向ける。

 

「そろそろ行く」

 

「校舎の方ですか」

 

「ああ」

 

「俺は行かない方がいいですね」

 

「その判断は正しい」

 

十文字は短く言った。

 

「君が行けば、別の意味が生まれる」

 

「やっぱりそうですか」

 

「だが、見ていないふりをする必要はない」

 

聖火はその言葉に、少しだけ目を細めた。

 

「難しいことを言いますね」

 

「第一高校では、それくらいがちょうどいい」

 

「覚えておきます」

 

十文字は歩き出そうとして、ふと足を止めた。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「先ほどの発言は、他の相手には軽々しく言うな」

 

「はい。十文字先輩だったから、言えたのだと思います」

 

「それも余計だ」

 

「すみません」

 

聖火が頭を下げると、十文字はそれ以上何も言わず、校舎の方へ歩いていった。

 

その背中を見送りながら、聖火はもう一度ベンチに腰を下ろした。

 

頼れる先輩。

 

そう思ったのは、間違いではなさそうだ。

 

ただし、簡単に頼っていい人ではない。

 

あの人は、きっと多くのものを背負っている。

 

そして、背負っていることを理由に、立ち止まる人ではない。

 

聖火は空を見上げた。

 

さっきまでと同じ空だった。

 

だが、第一高校は少しだけ違って見えた。

 

 

 

 

 

 

下校時刻になる頃、聖火は達也たちと合流した。

 

校門へ向かう道には、入学したばかりの新入生たちがまだ多く残っている。

 

部活動の勧誘を眺める者。

知り合ったばかりの相手と話し込む者。

一科生と二科生の区別を、早くも当然のものとして口にする者。

 

その中に、達也たちの姿があった。

 

深雪は、聖火の姿を見るなり、少しだけ表情を和らげた。

 

「聖火くん。お加減は大丈夫ですか?」

 

「うん。少し外の空気を吸ったら落ち着いたよ」

 

「それならよかったです」

 

「そっちは?」

 

聖火が問いかけると、深雪は一瞬だけ目を伏せた。

 

「少し、面倒なことがありました」

 

「だろうね」

 

「ご存じだったのですか?」

 

「声だけは聞こえた。けど、達也くんがいるなら大丈夫だと思って」

 

「お前はそういうところで信用しすぎだ」

 

達也が静かに言った。

 

「信用してるんだよ」

 

「信用と放置は違う」

 

「達也くんがそれを言う?」

 

「……」

 

達也がわずかに黙った。

 

その沈黙に、千葉エリカが面白そうに目を細める。

 

「へえ。あんた、達也くんにそんな言い方できるんだ」

 

「昔からの付き合いだからね」

 

「ふうん。聖火、だっけ? あんたもなかなか面白そうね」

 

「面白がられるほどのものではないよ」

 

「そういうこと言う人ほど面白いのよ」

 

エリカはそう言って笑った。

 

西城レオンハルトも、どこか楽しそうに聖火を見ている。

 

「達也の知り合いってだけで珍しいのに、一科生なんだろ? そりゃ目立つよな」

 

「目立ちたくて目立ってるわけじゃないんだけどね」

 

「でも目立ってるぜ」

 

「今日だけで何度も言われたよ」

 

聖火が苦笑すると、柴田美月が控えめにこちらを見た。

 

その視線は、ただ興味を向けているだけのものではなかった。

 

何かを感じている。

 

しかし、美月は何も言わなかった。

聖火も、あえて触れなかった。

 

今はまだ、その時ではない。

 

達也、深雪、エリカ、レオ、美月。

そこに聖火が少しだけ距離を置いて加わる。

 

一科生と二科生。

 

本来なら、そこには見えない線がある。

 

だが、この輪の中では、その線は少しだけ薄くなっていた。

 

それを良いことだと思うべきか。

面倒の始まりだと思うべきか。

 

聖火には、まだ判断できなかった。

 

ただ、帰り道の途中で、達也がふと問いかけてきた。

 

「聖火」

 

「何?」

 

「さっき、外で誰かと会ったのか」

 

本当に、よく見ている。

 

聖火は苦笑した。

 

「頼れそうな先輩に会ったよ」

 

「頼れそうな先輩?」

 

深雪が反応する。

 

「はい。どなたですか?」

 

「十文字先輩」

 

その名前を出した瞬間、達也の目がわずかに細くなった。

 

深雪も少しだけ驚いたように見える。

 

「十文字克人先輩ですか?」

 

「うん。たぶん、その人」

 

「たぶん、ではないだろう」

 

達也が言う。

 

「十文字の名を持つ上級生で、あの体格なら本人だ」

 

「達也くん、詳しいね」

 

「有名人だ」

 

「そっか」

 

聖火は軽く頷いた。

 

「少し話しただけだけど、悪い人ではなさそうだったよ」

 

「お前、何を言った」

 

達也の問いは早かった。

 

「まだ何も言ってないのに」

 

「お前がそう言う時は、大抵何か言っている」

 

「信用が厚いね」

 

「実績だ」

 

聖火は視線を逸らした。

 

深雪が、少し不安そうにこちらを見る。

 

「聖火くん?」

 

「大丈夫。少し失礼なことを言って、少し怒られて、少し忠告されたくらいだから」

 

「まったく大丈夫そうに聞こえません」

 

「十文字先輩は怒鳴らなかったよ」

 

「そこが基準なのですか?」

 

「わりと」

 

達也は小さく息を吐いた。

 

「十文字先輩に目をつけられたなら、面倒が増えるぞ」

 

「だろうね」

 

「分かっているのか」

 

「うん。でも、悪い面倒ではなさそうだった」

 

達也はそれ以上、追及しなかった。

 

ただし、納得したわけではない。

警戒はしている。

 

聖火には、それが分かった。

 

深雪もまた、少し複雑そうな顔をしている。

 

「聖火くん。あまり無茶はなさらないでくださいね」

 

「うん。無茶はしないよ」

 

「本当ですか?」

 

「たぶん」

 

「聖火くん」

 

「努力します」

 

「その言い方は信用できません」

 

「今日、いろんな人に似たようなことを言われるなあ」

 

聖火がそう言うと、エリカが笑った。

 

「自覚があるなら直せば?」

 

「自覚と改善は別問題なんだよ」

 

「面倒くさ」

 

「よく言われる」

 

そんな軽いやり取りを交えながら、一行は帰路についた。

 

聖火は、達也たちの少し後ろを歩きながら、校舎を一度振り返った。

 

第一高校。

 

魔法師を育てる学校。

一科生と二科生を分ける学校。

そして、十文字克人のような人間が、静かに支えている学校。

 

面倒な場所だ。

 

だが、退屈はしなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

昼休みになると、深雪と達也は生徒会室へ向かうことになった。

 

きっかけは、深雪への生徒会からの呼び出しだった。

達也もまた、それに同行する形になる。

 

「聖火くんはどうされますか?」

 

深雪が問いかける。

 

「俺は別件かな」

 

「別件?」

 

「昨日の十文字先輩に呼ばれてる」

 

その一言に、深雪の表情がわずかに固まった。

 

達也は、静かに聖火を見る。

 

「もう呼び出しか」

 

「うん。部活連本部に顔を出せって」

 

「部活連……」

 

深雪が小さく呟く。

 

「十文字先輩が関わっているところですね」

 

「そうみたいだね」

 

「聖火」

 

達也が短く呼んだ。

 

「何?」

 

「余計なことは言うな」

 

「努力する」

 

「それは信用できない」

 

「達也くん、たまに容赦ないよね」

 

「事実だ」

 

「昨日も十文字先輩に似たようなことを言われたよ」

 

「なら、二人分聞いておけ」

 

「善処します」

 

「それも信用できない」

 

深雪が、困ったように二人を見比べた。

 

「聖火くん、本当にお気をつけくださいね」

 

「うん。大丈夫。十文字先輩は怖い人ではなかったから」

 

「怖い人ではない、ですか」

 

「うん。厳しそうだけど、ちゃんと話を聞く人だった」

 

聖火がそう言うと、達也は少しだけ目を細めた。

 

「お前がそう評価するなら、相当だな」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

それ以上、達也は何も言わなかった。

 

深雪と達也は生徒会室へ。

 

聖火は部活連本部へ。

 

同じ第一高校の昼休み。

 

けれど、その日から三人は、それぞれ別の場所へ足を向けることになった。

 

 

 

 

 

 

部活連本部は、思っていたよりも静かだった。

 

もっと騒がしい場所を想像していたわけではない。

だが、部活動を束ねる組織の本部という響きから、聖火はもう少し人の出入りがあるものだと思っていた。

 

実際には、室内にいたのは十文字克人だけだった。

 

大きな机。

整えられた書類。

壁際に並ぶ資料棚。

そして、その中央に座る十文字先輩。

 

部屋の広さに対して、存在感が少し大きすぎる。

 

「来たか」

 

十文字は書類から顔を上げた。

 

「はい。鷹山聖火、呼び出しに応じて参りました」

 

「そこまで畏まらなくていい」

 

「では、普通に。来ました」

 

「切り替えが早いな」

 

「褒められていますか?」

 

「まだだ」

 

「昨日も聞いた気がします」

 

「判断を保留している」

 

「厳しいですね」

 

聖火がそう言うと、十文字は机の上に置いていた包みを一つ、向かいの席へ押しやった。

 

「座れ。食べながらでいい」

 

「これは?」

 

「昼食だ。呼び出したのはこちらだからな」

 

聖火は少しだけ目を瞬かせた。

 

「十文字先輩、意外と気遣いが細かいですね」

 

「昼食を抜かせてまで話すことではない」

 

「そういうところ、頼れる先輩っぽいです」

 

「余計なことを言う前に座れ」

 

「はい」

 

聖火は素直に席へついた。

 

包みを開けると、簡単な弁当が入っていた。

 

豪華ではない。

だが、昼休みに食べるには十分な量だった。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。話をする」

 

「はい」

 

聖火が箸を手に取ると、十文字は短く告げた。

 

「鷹山。部活連に入れ」

 

聖火は箸を止めた。

 

「……今、勧誘されました?」

 

「そうだ」

 

「かなり命令形に聞こえましたが」

 

「勧誘だ」

 

「断れる勧誘ですか?」

 

「理由があるなら聞く」

 

「理由がなければ?」

 

「入れ」

 

聖火は少しだけ笑った。

 

「十文字先輩、分かりやすいですね」

 

「遠回しに言う必要がない」

 

「俺を部活連に入れたい理由を聞いても?」

 

「ああ」

 

十文字は頷いた。

 

「一つ。君は目立つ」

 

「それは昨日も言われました」

 

「二つ。君は余計なことを言う」

 

「それも言われました」

 

「三つ。だが、判断は悪くない」

 

聖火は少しだけ目を細めた。

 

「判断、ですか」

 

「昨日、校舎の方で騒ぎがあった。君は気づいていたが、動かなかった」

 

「行けば面倒になると思いました」

 

「その判断は正しい。力がある者ほど、動くだけで意味が生まれる。君はそれを理解していた」

 

「買い被りでは?」

 

「買い被りかどうかを見極めるためにも、近くに置く」

 

「つまり、部活連に入れと」

 

「そうだ」

 

聖火は弁当を一口食べてから、少し考えた。

 

十文字克人は、聖火を信用しているわけではない。

 

見極めようとしている。

 

警戒している。

だが、遠ざけるのではなく、近くに置いて確かめるつもりでいる。

 

その判断は、聖火にとっても悪いものではなかった。

 

「分かりました。入ります」

 

「早いな」

 

「十文字先輩が頼れそうなので」

 

「それだけで決めるのか」

 

「それだけではありません。部活連なら、学校の面倒な部分が見えそうです」

 

「それを見てどうする」

 

「今は、見ます」

 

「今は、か」

 

「はい。何かするかは、見てから決めます」

 

十文字は短く沈黙した。

 

それから、わずかに頷く。

 

「いいだろう」

 

聖火は箸を進めながら、部屋を見回した。

 

「それで、部活連というのは具体的に何をする場所なんですか?」

 

「部活動の調整、予算や施設使用の管理、部同士の衝突の仲裁。大きく言えば、校内の部活動を円滑に動かすための組織だ」

 

「生徒会とは違うんですね」

 

「生徒会は学校全体を統括する。部活連は部活動を直接扱う。現場に近い」

 

「風紀委員とも違う」

 

「風紀委員は規律を守らせる側だ。部活連は、揉め事が規律違反になる前に収めることも多い」

 

「なるほど。病気になる前に診る感じですね」

 

十文字の視線が聖火へ向いた。

 

「またその言い方か」

 

「すみません。癖です」

 

「だが、間違ってはいない。部活連は、問題が大きくなる前に動くことが多い」

 

「なら、俺には向いているかもしれません」

 

「自覚があるのか」

 

「問題が大きくなる前の違和感を見るのは、得意な方です」

 

十文字はそこで箸を置いた。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「君は、どんな魔法を使う」

 

来た。

 

聖火はそう思った。

 

昨日の会話から考えて、いずれ聞かれるとは思っていた。

 

「古式を使います」

 

「古式魔法か」

 

「はい。呪符、結界、探知、祓い。そういうものを少し」

 

「少し、で昨日のように人の負荷を見抜くのか」

 

「昨日のは、魔法というより癖です」

 

「便利な癖だな」

 

「本人としては、少し面倒な癖です」

 

「だろうな」

 

十文字はそう言って、聖火を見る。

 

「現代魔法は使えないのか」

 

「使えます。ただ、得意かと言われると、古式の方が馴染みます」

 

「一科生で、古式を主に扱う」

 

「変ですか?」

 

「珍しい」

 

「それは否定しません」

 

「部活連では、探知や結界が役に立つ」

 

「荒事担当ではないんですね」

 

「荒事は最後でいい」

 

その言葉に、聖火は少しだけ笑った。

 

「十文字先輩がそれを言うと、説得力がありますね」

 

「どういう意味だ」

 

「強い人が、荒事は最後でいいと言うのは、信用できます」

 

十文字はしばらく聖火を見た。

 

「君は本当に余計なことを言う」

 

「また言われました」

 

「だが、悪くはない」

 

聖火は箸を止めた。

 

「今のは褒められていますか?」

 

「少しはな」

 

「ついに評価が上がりました」

 

「すぐ下がる可能性もある」

 

「厳しい」

 

十文字はそこで、書類を一枚取り出した。

 

「部活連に入るなら、まずは見学からだ。正式な手続きはその後でいい」

 

「入れと言った割に、段階を踏むんですね」

 

「周囲に説明が必要だ。君は目立つ」

 

「またそれですか」

 

「何度でも言う。自覚しろ」

 

「はい」

 

聖火は素直に頷いた。

 

十文字は書類を聖火の前に置いた。

 

「今日の放課後、改めて来い。部活連の者を何人か紹介する」

 

「分かりました」

 

「それと」

 

「はい」

 

「昨日のような発言は、相手を選べ」

 

「十師族は病人の集まり発言ですか」

 

「自分で繰り返すな」

 

「すみません」

 

「君に悪意がないことは分かった。だが、悪意がない言葉ほど厄介なこともある」

 

聖火は箸を置いた。

 

「覚えておきます」

 

「本当に覚えておけ」

 

「はい」

 

十文字はそこで、ようやく昼食に手をつけた。

 

聖火も再び弁当を食べ始める。

 

部活連本部の空気は静かだった。

 

だが、昨日ベンチで空を見上げていた時とは違う静けさだった。

 

ここは、第一高校の表側ではない。

 

生徒会ほど華やかではなく、風紀委員ほど分かりやすくもない。

 

けれど、学校の内部で起こる摩擦を、最も近い場所で見ている。

 

聖火は、その空気を感じながら、少しだけ口元を緩めた。

 

面倒な場所だ。

 

けれど、悪くない。

 

少なくとも、退屈はしなさそうだった。

 




深雪が生徒会、達也が風紀委員、聖火が部活連の流れを作りたかったんですよね。
その結果がこちらになります。
今後は十文字先輩のもと馬車馬のように働かせられることでしょう。
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