# 前半 部活連見学
放課後。
聖火は、昼休みに言われた通り、部活連本部へ向かった。
昼に一度来ているとはいえ、放課後の校舎は少し雰囲気が違う。
教室から出ていく生徒。
部室へ向かう生徒。
勧誘の掲示を見ながら足を止める新入生。
上級生に案内されて歩く一科生と二科生。
昼休みよりも、人の流れがはっきりしている。
聖火はその流れを眺めながら、部活連本部の前で足を止めた。
扉を軽く叩く。
「鷹山です」
「入れ」
中から聞こえたのは、予想通り十文字克人の声だった。
「失礼します」
扉を開けると、昼休みとは違い、室内には数人の生徒がいた。
書類を確認している上級生。
掲示物をまとめている女子生徒。
部活動ごとの申請書らしき紙を分類している男子生徒。
部活連本部という言葉から想像するより、ずっと事務的な空間だった。
十文字は中央の机の前に立っていた。
「来たか」
「はい。見学に来ました」
「紹介しておく」
十文字が室内の生徒たちへ視線を向ける。
「一年の鷹山聖火だ。しばらく部活連を見学させる」
その一言で、室内の視線が聖火へ集まった。
驚き。
興味。
警戒。
値踏み。
感情の種類はそれぞれ違うが、どれも新入生を見る目としては自然なものだ。
ただ、その中にいくつか、別の意味を含む視線が混じっていた。
一科生。
新入生。
十文字先輩が直接連れてきた。
そして、司波深雪と一緒にいた男子。
おそらく、そのあたりだろう。
聖火は軽く頭を下げた。
「鷹山聖火です。よろしくお願いします」
「新入生をもう入れるんですか?」
書類を持っていた男子生徒が、少し驚いたように言った。
十文字は淡々と答える。
「まずは見学だ。正式な加入は様子を見てから決める」
「十文字先輩が直々に連れてくるなんて、珍しいですね」
女子生徒が興味深そうに聖火を見る。
「何か特別な事情でも?」
「目立つ新入生は、早めに見ておいた方がいい」
「それ、褒められているんでしょうか」
聖火が小さく呟くと、十文字がこちらを見た。
「まだだ」
「やっぱり保留ですか」
そのやり取りに、室内の空気が少しだけ緩んだ。
少なくとも、十文字が聖火を完全な問題児として連れてきたわけではないと伝わったらしい。
「鷹山」
「はい」
「部活連の仕事は、昼に話した通りだ。今日は実際の流れを見るだけでいい」
「分かりました」
「余計なことは言うな」
「努力します」
「努力では足りない」
「善処します」
「それも信用できない」
「では黙っています」
「必要な時は言え」
「難しい注文ですね」
十文字は、そこでわずかに息を吐いた。
周囲の上級生たちは、少し不思議そうにそのやり取りを見ている。
無理もない。
初対面に近い一年生が、十文字克人とこの距離感で話しているのだから。
聖火自身も、少しだけ不思議だった。
昨日出会ったばかりの相手だ。
しかも、十師族の一角。
本来なら、もっと緊張してもいいはずだった。
だが、十文字先輩の言葉には、不思議と過剰な圧がない。
厳しい。
硬い。
重い。
それでも、相手をただ押さえつける言葉ではなかった。
だから、話せる。
そう感じていた。
「今日は、いくつか申請書の確認と、部室使用の調整がある」
十文字が説明を続ける。
「新入生の仮入部期間に入ると、部室や練習場の使用希望が重なる。特に武道系と魔法競技系は揉めやすい」
「場所の取り合いですか」
「そうだ。施設は限られている」
「魔法師の学校らしい問題ですね」
「魔法師でなくても起こる問題だ」
「それもそうですね」
聖火は室内を見回した。
部活連本部には、部活動ごとの申請書、施設利用表、過去のトラブル記録のようなものが整然と並んでいる。
華やかではない。
だが、学校が動くために必要な場所だった。
生徒会が学校の顔なら、部活連は関節に近い。
動くたびに負荷がかかる。
放っておけば軋む。
けれど、そこがうまく働けば全体が滑らかに動く。
「また変なことを考えている顔だな」
十文字が言った。
「顔に出ていましたか?」
「少しな」
「部活連は、学校の関節みたいな場所だと思いました」
「関節?」
「動くたびに負荷がかかる。でも、ちゃんと機能していれば全体が動きやすくなる。痛めると厄介です」
室内が一瞬だけ静かになる。
十文字は、少しだけ聖火を見た。
「悪くない例えだ」
「今のは褒められていますか?」
「少しはな」
「評価が上がっている気がします」
「すぐ下がる可能性もある」
「厳しい」
その時だった。
扉の外が少し騒がしくなった。
廊下から複数の足音と、抑えきれていない声が近づいてくる。
「ですから、先に申請したのはこちらです!」
「だから、正式な許可はまだ出ていないだろう」
「魔法演武部がこの時期に第二練習場を使えないと、新入生の見学に支障が出るんです」
「うちだって同じです。新入生向けの実演を確認しなければならない」
十文字が視線を扉へ向けた。
「来たな」
「早速ですか?」
「見学にはちょうどいい」
扉が開き、二組の上級生らしき生徒たちが入ってきた。
一方は魔法演武部。
もう一方は体術部らしい。
どちらも表面上は礼儀を保っている。
だが、空気は硬い。
互いに譲る気はない。
それでいて、十文字の前で露骨に声を荒らげるほど愚かでもない。
そういう緊張だった。
「十文字先輩。第二練習場の使用について確認をお願いします」
魔法演武部の代表らしい生徒が言った。
「こちらは先に希望を出しています」
体術部側の生徒がすぐに続ける。
「希望は出したが、確定ではないはずです。こちらは新入生の見学対応で必要なんです」
「それはこちらも同じです。体術部も、仮入部希望者向けの実演があります」
十文字は二人を黙って見た。
その沈黙だけで、二人の声が少し落ちる。
「申請書を出せ」
「はい」
二つの書類が十文字の前に置かれた。
十文字はそれを確認する。
聖火は少し離れた位置で、その様子を見ていた。
ただの場所取りに見える。
だが、少し違和感があった。
片方の書類に残る筆圧。
提出時間の記載。
説明している生徒の呼吸。
体術部側の生徒が持つ封筒の端に残る、微かな焦げ跡。
魔法の残滓。
大きなものではない。
むしろ、見落としてもおかしくない程度のものだ。
だが、聖火の目には引っかかった。
「鷹山」
十文字が、書類から視線を上げずに言った。
「はい」
「何か気づいたか」
部屋の視線が聖火に集まる。
いきなり振られるとは思っていなかった。
いや、十文字なら振るかもしれないとは思っていた。
聖火は小さく息を吐いた。
「言っていいんですか?」
「必要なら言え」
「では、必要な範囲で」
聖火は二組の生徒へ視線を向けた。
「第二練習場を使いたい理由は、どちらも新入生向けの見学対応ですね」
「そうです」
「ただ、内容は少し違うと思います」
魔法演武部の代表が眉を動かした。
「どういう意味ですか」
「魔法演武部の方は、見学というより実演に近い。広さと安全距離が必要になるのは分かります」
「なら、こちらが使うべきでは?」
「ただ、体術部の方も、普通の体術実演だけではありませんね」
今度は体術部側の生徒が反応する。
「何が言いたい」
「封筒に、軽い焦げ跡があります」
「焦げ跡?」
聖火は指で示した。
「ここです。火力そのものは小さいですが、魔法の残り方があります。偶然焦げたというより、近くで演出用の小規模な発火、あるいは火花を出す魔法を使った跡に近い」
室内が静かになった。
体術部側の生徒が、わずかに目を逸らす。
十文字の目が細くなった。
「説明しろ」
「……新入生向けの実演で、少し派手に見せる案が出ていました」
「許可は」
「正式には、まだです」
空気が一段重くなる。
聖火は、しまったと思った。
言い方を間違えると、これはただ相手を追い詰めるだけになる。
「ただ、危険な威力ではなかったと思います」
聖火はすぐに付け加えた。
十文字がこちらを見る。
「なぜそう言える」
「残り方が小さいです。火力も低い。攻撃用というより、打撃の瞬間に火花を散らすような演出に近い。少なくとも、人に向けて撃つ類の魔法ではありません」
「だから問題ないと?」
「いいえ。許可なしなら問題です」
聖火は首を横に振った。
「ただ、目的は危害ではなく、新入生に見せる実演を派手にすることだったのだと思います。だからこそ、第二練習場が必要だった。狭い場所で同じことを続ければ、次は危ないかもしれません」
体術部側の生徒が黙った。
魔法演武部の生徒も、先ほどまでの勢いを少し失っている。
十文字はしばらく黙っていた。
そして、二つの申請書を机に置く。
「第二練習場は、時間を分ける」
二組の生徒が同時に顔を上げた。
「魔法演武部は前半。体術部は後半。ただし、体術部は事前に使用内容を提出し直せ。無許可の魔法使用があった件は別途確認する」
「……はい」
「魔法演武部も、演武形式で新入生を集めるなら、見学ではなく実演として申請し直せ。安全確認が必要だ」
「分かりました」
十文字の声は大きくなかった。
だが、二組の生徒はそれ以上反論しなかった。
「以上だ。下がれ」
二組の生徒が頭を下げ、部活連本部を出ていく。
扉が閉まると、室内に残っていた部活連の上級生たちが、少しだけ聖火を見た。
先ほどまでとは視線が違う。
ただの新入生を見る目ではない。
「……鷹山くん、今の焦げ跡、よく気づいたね」
女子生徒が感心したように言った。
「たまたまです」
「たまたまで気づくものかな」
「目が悪くないので」
「それ、目の問題?」
聖火は答えず、少しだけ笑った。
十文字が短く言う。
「誤魔化すな」
「十文字先輩、厳しい」
「厳しくしている」
「でしょうね」
十文字は二つの申請書を見直した。
「今の判断は悪くない。相手を責めるだけでなく、次に起こる危険を見た」
「部活連は、病気になる前に診る場所ですから」
「またそれか」
「すみません」
「だが、今回は間違っていない」
聖火は少しだけ表情を緩めた。
「それは、褒められていますか?」
「少しはな」
「今日は調子がいいですね」
「調子に乗るな」
「はい」
十文字は書類を整え、聖火へ視線を向ける。
「鷹山」
「はい」
「おまえの探知と観察は、部活連で使える」
「使えますか」
「使える。だが、使い方を誤れば揉め事を大きくする」
「自覚はあります」
「なら、覚えろ。見えたことを全部言うな。必要なことを、必要な順番で言え」
聖火はその言葉を、静かに受け止めた。
必要なことを、必要な順番で。
昨日から、似たようなことを何度も言われている気がする。
だが、それはたぶん、自分に必要な注意なのだろう。
「分かりました」
「本当に分かったか?」
「分かったつもりです」
「つもりでは足りない」
「努力します」
「それも足りない」
「……覚えます」
「それでいい」
聖火は小さく息を吐いた。
部活連本部の空気は、先ほどより少しだけ変わっていた。
見学者。
新入生。
十文字先輩が連れてきた、少し変わった一科生。
その程度だった視線が、今は少し違う。
厄介そうだが、使えるかもしれない。
そんな視線だ。
聖火は苦笑した。
どうやら本当に、面倒な場所に足を踏み入れたらしい。
だが、不思議と嫌ではなかった。
体術部と魔法演武部の二組が去った後、部活連本部には少しだけ静けさが戻った。
ただし、それは暇になったという意味ではない。
むしろ、さっきの件を処理するために、机の上の書類は増えていた。
第二練習場の使用時間の調整。
体術部の再申請。
魔法演武部の実演扱いへの変更。
無許可の魔法使用に関する確認。
十文字は淡々と指示を出し、上級生たちはそれぞれの作業に戻っていく。
聖火は少し離れた場所で、それを見ていた。
見学。
そう言われて来たはずだった。
だが、見ているだけで済む空気でもない。
「鷹山くん」
先ほど声をかけてきた女子生徒が、書類の束を抱えてこちらを見た。
「悪いんだけど、この申請書を部ごとに分けてもらえる?」
「はい」
聖火はすぐに受け取った。
十文字がこちらを見る。
「見学ではなかったのですか?」
聖火が少しだけ笑って言うと、十文字は表情を変えずに答えた。
「見るだけで覚えられるなら、それでいい」
「できなければ?」
「手を動かせ」
「分かりやすいですね」
「分かりやすく言っている」
聖火は苦笑して、申請書の分類を始めた。
部活名。
使用施設。
希望時間。
申請理由。
安全確認の有無。
最初はただの事務作業に見えた。
だが、見ていくうちに、部活ごとの性格が少しずつ見えてくる。
細かく書く部。
勢いで押そうとする部。
安全確認を丁寧に記す部。
なぜか重要な箇所ほど曖昧にする部。
書類にも、人柄は出る。
聖火はそう思いながら、黙々と手を動かした。
「鷹山くん、早いね」
「文字を読むのは得意なので」
「それだけ?」
「癖を見るのも、少し」
女子生徒は少しだけ首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
聖火も、それ以上は言わなかった。
必要なことを、必要な順番で。
十文字に言われたばかりの言葉を、まだ忘れるには早すぎる。
しばらくして、作業が一段落した頃、部活連本部の空気が少しだけ緩んだ。
「少し休憩にする」
十文字の声で、上級生たちがそれぞれ手を止める。
その時、聖火は部屋の隅に置かれていた湯沸かし器と茶器に気づいた。
「十文字先輩」
「何だ」
「お茶、淹れてもいいですか?」
室内の何人かが、少し意外そうに聖火を見る。
十文字も一瞬だけ視線を向けた。
「できるのか」
「一応は」
「なら頼む」
「はい」
聖火は茶器の場所を確認し、人数分のカップを並べた。
茶葉は数種類あった。
緑茶、紅茶、そしてコーヒー。
聖火は一瞬だけコーヒーの瓶に目を止めた。
苦い匂い。
思い出すのは、父の書斎だった。
夜遅くまで机に向かい、資料の山に囲まれながら、濃いコーヒーを飲んでいた父の背中。
昔の聖火にとって、その匂いはあまり良い記憶と結びついていない。
最近は、少し違う。
父が持ってきた古式魔法の資料を、二人で広げる時間が増えた。
その時も父は相変わらずコーヒーを飲む。
聖火には紅茶を淹れてくれるようになった。
だから、嫌いというほどではない。
ただ、得意ではない。
コーヒーが苦手な理由はほかにもあるが、いま考えることではないと聖火は思った。
聖火は紅茶の缶を手に取った。
「コーヒーではないのか」
十文字が聞いた。
見ていたらしい。
「俺は、コーヒーが少し苦手で」
「苦手?」
「父の影響です。昔から、家に濃いコーヒーの匂いがよく残っていたので」
「そうか」
十文字はそれ以上、踏み込まなかった。
その距離感が、聖火にはありがたかった。
「紅茶でよければ淹れます。苦手な方がいれば、緑茶にしますけど」
「私は紅茶で」
「俺も」
「緑茶あるなら、そっちで頼む」
上級生たちがそれぞれ答える。
聖火は頷き、手際よく準備を始めた。
特別に上手いわけではない。
だが、雑ではない。
湯の温度。
茶葉の量。
待つ時間。
カップを置く位置。
そうした細かい所作には、自然と気を配っていた。
紅茶と緑茶を淹れ終えると、聖火はお茶請けの小皿も一緒に用意した。
「どうぞ」
「ありがとう、鷹山くん」
「気が利くね」
「見学に来た新入生にお茶を淹れてもらうとは思わなかったな」
「下級生ですから」
聖火がそう言うと、女子生徒が笑った。
「最近、そういうことを自然に言える新入生は珍しいよ」
「そうですか?」
「少なくとも、入学してすぐに十文字先輩と普通に会話して、部活連で申請書を分けて、さらにお茶まで出す一年生は珍しい」
「並べられると、変ですね」
「自覚はあるんだ」
「少しは」
聖火が答えると、十文字が紅茶のカップを手に取った。
一口飲む。
表情は変わらない。
「悪くない」
「ありがとうございます」
「今のは褒められていますか?」
「褒めている」
「ついに明確に褒められました」
「茶の話だ」
「限定的ですね」
「調子に乗るな」
「はい」
部屋に小さな笑いが起きた。
聖火は、その空気を少しだけ意外に思った。
部活連本部は、もっと硬い場所だと思っていた。
実際、仕事は硬い。
十文字先輩も硬い。
扱う内容も、揉め事や調整ばかりだ。
けれど、ここにいる人たちは、ただ硬いだけではない。
問題が起きれば動く。
必要なら叱る。
けれど、休む時には休む。
聖火は紅茶の香りを感じながら、少しだけ息をついた。
悪くない。
ここは、思っていたよりも居心地がいい。
「鷹山」
「はい」
十文字がカップを置いた。
「茶を淹れるのも悪くないが、おまえを雑用係として呼んだわけではない」
「分かっています」
「本当に分かっているか?」
「……見学と言いつつ、もう手伝っているので、少し怪しくなってきました」
「それでいい」
「いいんですか」
「見るだけで分かることには限界がある。手伝えば、見えるものが増える」
聖火は少しだけ目を細めた。
「それは、部活連の話ですか?」
「おまえ自身の話でもある」
十文字の声は淡々としていた。
「おまえは、人を見る目がある。だが、人の中に入らずに見ているだけでは、見落とすものもある」
聖火は何も言わなかった。
その言葉は、思ったよりも深く刺さった。
達也くんのそばにいる時も。
深雪ちゃんの隣にいる時も。
そして、昨日のベンチにいた時も。
自分は、少し離れたところから見ていた。
それが悪いとは思わない。
けれど、十文字先輩は言っている。
見るだけでは足りない、と。
「覚えておきます」
聖火がそう答えると、十文字は短く頷いた。
「なら、次の書類だ」
「休憩は終わりですか?」
「終わりだ」
「十文字先輩、切り替えが早いですね」
「仕事が残っている」
「はい」
聖火は紅茶のカップを片づけ、再び書類の束を手に取った。
見学。
そう言われていたはずだった。
だが、気がつけば、聖火は部活連本部の中で普通に働いていた。
それを嫌だとは思わなかった。
むしろ、少しだけ面白いと思っていた。
次回は原作の話が混ざってきます。