魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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いよいよ入学編のラストになります。
後日談もありますが、そちらはタイトルを変えたいと思います。


入学編6

白い形代は、迷うことなく進んでいた。

 

校舎の廊下を抜け、非常階段を降り、人目の少ない通路へ向かう。

 

聖火はその後を追いながら、息を整えた。

 

形代は速くはない。

 

だが、止まらない。

 

小さな紙の足で、何かに引かれるように進んでいく。

 

その姿は頼りなく見えるのに、不思議と迷いがなかった。

 

やがて形代は、学校の敷地を抜けた。

 

聖火は眉をひそめる。

 

「……近いな」

 

思っていたよりも近い。

 

住宅地ではない。

 

商店街でもない。

 

学校から少し離れた、古い工場区画。

 

今では半ば放置されているような建物が並ぶ一角だった。

 

形代はその奥へ進む。

 

錆びた門。

 

割れた窓。

 

半分剥がれた看板。

 

廃工場。

 

形代は、その前で足を止めた。

 

聖火は物陰に身を隠し、廃工場を見た。

 

人の気配がある。

 

一人や二人ではない。

 

出入り口付近に見張りらしき影。

 

内部には、魔法補助具らしき反応もある。

 

ここだ。

 

少なくとも、何らかの中継地点ではある。

 

聖火は端末を取り出した。

 

十文字先輩に電話をかけるべきか。

 

一瞬、そう考える。

 

だが、すぐにやめた。

 

電話をかければ、止められる。

 

止められれば、従うべきだ。

 

それが正しい。

 

正しいからこそ、今は電話をしない。

 

聖火は短く息を吐き、位置情報を添付したメッセージを作成した。

 

――追跡術により、不審者の接続先を確認。

――学校近隣、旧工場区画。第三倉庫通り奥の廃工場。

――複数名の気配あり。魔法補助具らしき反応あり。

――これより内部確認に入ります。

――鷹山聖火。

 

最後の一文を見て、聖火は少しだけ苦笑した。

 

内部確認。

 

ずいぶん控えめに書いたものだ。

 

十文字先輩なら、すぐに意味を理解するだろう。

 

そして、間違いなく怒る。

 

聖火は送信ボタンを押した。

 

送信完了。

 

これで、最低限の報告は済ませた。

 

正面から突入すれば愚かだ。

 

だから、正面からは行かない。

 

聖火は廃工場の外壁を見上げた。

 

割れた窓。

 

錆びた非常階段。

 

見張りの視線が届きにくい裏手。

 

古い建物には、古い建物なりの隙がある。

 

「十文字先輩、本当に怒るだろうな」

 

小さく呟く。

 

達也くんにも呆れられる。

 

深雪ちゃんには心配される。

 

ほのかちゃんと雫ちゃんにも、たぶん怒られる。

 

それでも、ここで足を止める気にはなれなかった。

 

ほのかと雫に手を出した。

 

ただ混乱を起こすために、友人を巻き込んだ。

 

それだけで、聖火には十分だった。

 

形代は、門の隙間を抜けていく。

 

聖火はその後を追い、廃工場の敷地へ足を踏み入れた。

 

---

 

その頃、第一高校では、公開討論会を狙った襲撃と校内の混乱が、ようやく鎮圧されつつあった。

 

風紀委員が不審者を拘束し、部活連が生徒の誘導と部活動単位の待機指示を進める。

 

生徒会は討論会の中止と安全確認に追われていた。

 

十文字克人は、会場周辺の報告を受けながら、部活連の上級生たちに指示を出していた。

 

「負傷者の確認を急げ。部活動単位で点呼を取れ。風紀委員への引き渡しが済んだ者は、記録を残して本部へ戻せ」

 

「はい!」

 

「会場裏の通路は」

 

「封鎖済みです」

 

「控室側は」

 

「風紀委員が確認中です」

 

十文字は短く頷いた。

 

その時、端末が震えた。

 

差出人は、鷹山聖火。

 

十文字は一瞬だけ眉を動かし、画面を開いた。

 

表示された位置情報。

 

旧工場区画。

 

第三倉庫通り奥の廃工場。

 

そして、最後の一文。

 

――これより内部確認に入ります。

 

十文字の眉間に、深い皺が刻まれた。

 

「あのバカ」

 

低く漏れた声に、近くにいた部活連の上級生がびくりと反応した。

 

「十文字先輩?」

 

十文字は端末を閉じた。

 

表情は変わらない。

 

だが、空気が変わった。

 

「敵の潜伏先が分かった」

 

その一言で、周囲の空気が張り詰める。

 

「学校近隣の旧工場区画だ。動ける者はすぐ集まれ」

 

「部活連で動くんですか?」

 

「風紀委員にも回せ。生徒会にも共有する。だが、初動は早い方がいい」

 

「警察には」

 

「上へ繋ぐ。だが、待っている時間はない」

 

十文字は歩き出した。

 

「鷹山が単独で向かった」

 

その言葉に、部活連の先輩たちの顔色が変わる。

 

「単独で!?」

 

「止めなかったんですか?」

 

「止める前に行った」

 

十文字の声は低かった。

 

怒っている。

 

だが、怒りだけではない。

 

焦りもある。

 

そして、聖火が見つけたものを無視しない判断の速さもある。

 

「十文字先輩、鷹山くんは」

 

「説教は後だ」

 

十文字は短く言った。

 

「まずは回収する」

 

その言葉に、部活連の上級生たちが一斉に動き出した。

 

十文字は端末をもう一度確認する。

 

聖火が送ってきた座標。

 

旧工場区画。

 

学校から近すぎる。

 

近すぎるからこそ、見落とされていた。

 

いや。

 

見落とされるように置かれていたのかもしれない。

 

「鷹山」

 

十文字は低く呟いた。

 

「戻ったら、覚悟しておけ」

 

そう言いながらも、十文字の足はすでに廃工場へ向かっていた。

 

 

 

 

 

廃工場の中は、外から見た以上に広かった。

 

剥き出しの鉄骨。

油の染みた床。

半分壊れた搬入口。

古い機械の影。

 

その奥に、人の気配がいくつもあった。

 

聖火は形代を懐に戻し、柱の陰から内部を見た。

 

人数は多い。

 

見張りだけではない。

 

待機している者。

端末を操作している者。

魔法補助具を点検している者。

壁に貼られた第一高校の簡易見取り図。

 

そこには、公開討論会の会場周辺と、生徒の導線が書き込まれていた。

 

聖火の目が細くなる。

 

偶然ではない。

 

ここはただの隠れ場所ではなかった。

 

第一高校への工作拠点。

 

そう見ていい。

 

聖火は音を立てずに動いた。

 

通路の端。

柱の影。

錆びた階段の裏。

割れた窓枠。

 

そのたびに、指先から小さな符が離れる。

 

紙片は、埃に紛れるように貼りついた。

 

逃走経路を塞ぐため。

敵の動きを止めるため。

外へ情報を残すため。

 

そう言い聞かせながら、聖火は符を置いていった。

 

だが、本当は分かっていた。

 

この場所に入った時点で、もう引き返す気は薄れている。

 

奥から声が聞こえた。

 

「討論会はどうなった」

 

「校内側は押さえ込まれたらしい」

 

「使えないな。せっかく内側に火種を撒いたというのに」

 

「一科生の女子を押さえられれば、もう少し混乱させられたんだが」

 

聖火の足が止まった。

 

それ以上、聞く必要はなかった。

 

誰を狙ったのか。

なぜ狙ったのか。

何のために狙ったのか。

 

細かい理由など、今はどうでもよかった。

 

ほのかと雫に手を出した。

 

それだけで十分だった。

 

聖火は柱の陰から出た。

 

「そこまでです」

 

一斉に視線が向く。

 

敵の何人かが、即座に魔法補助具へ手を伸ばした。

 

奥にいた男が、ゆっくりとこちらを見る。

 

他の者たちより落ち着いている。

 

指揮役だろう。

 

「君は?」

 

「第一高校一年、鷹山聖火です」

 

「一人で来たのか」

 

「はい」

 

男は笑った。

 

「勇敢だな」

 

「無謀とも言います」

 

「分かっているなら、なぜ来た」

 

「友達に手を出されたので」

 

聖火の声は静かだった。

 

男の笑みが少しだけ深くなる。

 

「友達、か。若いな」

 

「ええ。若いので、あまり我慢が上手くありません」

 

「なら、我々の話を聞く気もないと?」

 

「ありません」

 

聖火は即答した。

 

男の目が細くなる。

 

「この学校の歪みを、君も見ているはずだ」

 

「見ています」

 

「ならば――」

 

「でも、あなたたちの話を聞く理由にはなりません」

 

聖火は一歩進んだ。

 

「学校の歪みと、あなたたちの正しさは別です」

 

周囲の空気が硬くなる。

 

敵の一人が苛立ったように魔法補助具を構えた。

 

男は片手を上げて、それを制した。

 

「いいだろう。なら、少し痛い目を見てもらおう」

 

「それは困ります」

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

「俺、痛いのはあまり好きじゃないので」

 

その言葉が合図だった。

 

敵が一斉に動いた。

 

魔法補助具が光る。

 

圧縮された空気。

熱線。

衝撃波。

拘束用の魔法。

 

複数の魔法が、同時に聖火へ殺到した。

 

避けられる数ではない。

 

防げる密度でもない。

 

聖火の身体が、衝撃に呑まれた。

 

壁へ叩きつけられる。

 

血が飛んだ。

 

肩が裂け、脇腹が抉れ、膝が崩れる。

 

聖火は床に倒れた。

 

赤いものが、油の染みた床に広がっていく。

 

敵の一人が息を吐いた。

 

「終わったか」

 

「手間をかけさせる」

 

指揮役の男が、倒れた聖火へ近づこうとした。

 

その時だった。

 

倒れた聖火の身体が、ぴくりと震えた。

 

血まみれの腕が、あり得ない角度に折れる。

 

皮膚がめくれるように歪む。

 

次の瞬間、聖火の身体は、音もなく潰れた。

 

人の形が崩れる。

 

肉も骨も血も、すべてが薄い紙へ戻っていく。

 

床に残ったのは、赤く染まった一枚の形代だった。

 

敵の動きが止まった。

 

「な……」

 

「式神です」

 

声は、背後から聞こえた。

 

敵たちが振り返る。

 

そこには、無傷の聖火が立っていた。

 

薄暗い廃工場の影の中。

 

袖から新しい符を滑らせながら、聖火は静かにこちらを見ている。

 

「本体だと思いました?」

 

誰もすぐには答えられなかった。

 

聖火は倒れた形代を一瞥する。

 

「よくできていたでしょう。血の色まで父の資料通りに再現できました」

 

「貴様……!」

 

敵の一人が叫び、再び魔法補助具を構える。

 

だが、その足元で符が光った。

 

柱。

床。

階段。

窓枠。

出入り口。

そして、敵たちの影の下。

 

廃工場のあちこちに仕込まれていた符が、淡く輝き始める。

 

指揮役の男が表情を変えた。

 

「いつの間に」

 

「最初から、正面から戦う気はありませんでした」

 

聖火は両手で印を結んだ。

 

「あなたたちが撃った相手は、俺ではありません」

 

符の光が細い線となって繋がる。

 

廃工場全体が、一つの陣のように変わっていく。

 

「ここにいる全員、もう術の内側です」

 

「止めろ!」

 

誰かが叫んだ。

 

聖火は静かに息を吸った。

 

怒鳴らない。

 

叫ばない。

 

ただ、言葉を置く。

 

「生ある者、死を忘るるなかれ」

 

空気が沈んだ。

 

「魂魄、境を踏み、黄泉比良坂にて己が終わりを見よ」

 

符の光が、白から金へ変わる。

 

そして、その金色が、炎のように揺らいだ。

 

敵たちの視界が歪む。

 

廃工場の天井が消えた。

 

鉄骨も、床も、壁も遠のいていく。

 

代わりに、空が見えた。

 

夜でも昼でもない空。

 

その中心に、光があった。

 

最初は小さな火だった。

 

だが、すぐにそれは翼を広げる。

 

燃えているのではない。

 

輝いている。

 

炎そのものが、生き物の形を取ったような姿。

 

火の鳥。

 

あまりにも大きく、あまりにも眩しく、あまりにも人から遠いもの。

 

それが、空の高みから彼らを見下ろしていた。

 

敵の一人が、声にならない悲鳴を上げた。

 

別の者が膝をつく。

 

指揮役の男でさえ、目を見開いたまま動けなかった。

 

そこにいたのは、少年ではなかった。

 

人間の形をした何か。

 

皮膚と肉と制服の奥に、別の輪郭を隠したもの。

 

輝ける火の鳥。

 

死の淵に立った者だけが垣間見る、焼けつくような光。

 

聖火の声が、遠くから響いた。

 

「二十四刻、還らぬ夢を巡れ」

 

次の瞬間、廃工場の中から音が消えた。

 

一拍。

 

そして、絶叫が弾けた。

 

敵たちが一斉に崩れ落ちる。

 

ある者は胸を押さえ、ある者は喉を掻きむしり、ある者は何もない空間へ向かって叫んだ。

 

実際の時間では、数秒にも満たない。

 

だが、彼らの内側では違う。

 

死の間際。

 

息が止まる瞬間。

心臓が凍る感覚。

身体から力が抜け、自分というものが崩れていく恐怖。

 

それを、二十四時間分。

 

死なない。

 

傷つかない。

 

ただ、死の縁を見続ける。

 

聖火は印を結んだまま、敵たちを見ていた。

 

顔色は青い。

 

額には汗が浮かんでいる。

 

この術は軽くない。

 

術を受ける側だけではない。

 

かける側にも、負荷がある。

 

それでも、聖火は印を解かなかった。

 

最後の一人が意識を失うまで。

 

指揮役の男が、膝をつく。

 

その目には、先ほどまでの余裕はなかった。

 

「お、まえ……何を……」

 

聖火は答えなかった。

 

答える必要はないと思った。

 

男は何かを言おうとした。

 

だが、声にならなかった。

 

そのまま、床へ倒れる。

 

廃工場に静けさが戻った。

 

倒れている敵。

 

散らばった魔法補助具。

 

壁に貼られた第一高校の見取り図。

 

赤、白、青のリストバンドが詰められた箱。

 

聖火は大きく息を吐いた。

 

膝が少し震えている。

 

頭の奥も重い。

 

符を通して流した呪は、確実に自分にも返ってきていた。

 

それでも、倒れるほどではない。

 

少なくとも、今は。

 

聖火は床に落ちていた赤く染まった形代を拾い上げた。

 

指先で軽く払うと、血の色は薄れていく。

 

「……やりすぎたかな」

 

小さく呟いた時だった。

 

外から複数の足音が聞こえた。

 

重い足音。

 

迷いのない歩き方。

 

その先頭にいる人物は、見なくても分かった。

 

十文字克人。

 

廃工場の扉が開く。

 

十文字と、部活連、風紀委員の一部が駆け込んできた。

 

彼らは一瞬、足を止めた。

 

当然だ。

 

そこには、敵が全員倒れていた。

 

誰も死んではいない。

 

だが、全員が青ざめ、汗を流し、気を失っている。

 

聖火は振り返った。

 

そして、いつものように笑ってみせた。

 

「十文字先輩」

 

十文字は無言で聖火を見た。

 

聖火は軽く片手を上げる。

 

「やりすぎちゃいました」

 

次の瞬間、十文字が無言で近づいてきた。

 

速かった。

 

聖火が「あ」と言うより先に、十文字の拳が頭上に落ちる。

 

ごつん。

 

鈍い音がした。

 

「痛っ……!」

 

聖火は頭を押さえてうずくまった。

 

十文字は低い声で言った。

 

「当然だ」

 

「今のは、心配の裏返しですか?」

 

もう一発、落ちた。

 

「痛い! すみません!」

 

十文字は聖火を見下ろした。

 

その表情は厳しい。

 

怒っている。

 

本気で怒っている。

 

だが、その視線の奥に、ほんのわずかに安堵があることを、聖火は見逃さなかった。

 

「勝ったから許されると思うな」

 

「……はい」

 

「おまえが戻らなければ、助けた意味がない」

 

聖火は、今度は軽口を返さなかった。

 

「すみません」

 

十文字は少しだけ沈黙し、それから周囲へ指示を飛ばした。

 

「説教は後だ。今は仕事を終わらせる。敵を拘束しろ。生存確認。所持品を押さえろ。奥の資料も回収する。風紀委員へ連絡を繋げ」

 

「はい!」

 

部活連と風紀委員が一斉に動き出す。

 

聖火は頭を押さえたまま、小さく息を吐いた。

 

やりすぎた。

 

それは本当だ。

 

だが、止めることはできた。

 

ほのかと雫に手を出した者たちを。

 

第一高校を混乱させようとした者たちを。

 

そして、不満を抱えた生徒たちを道具にした者たちを。

 

聖火は床に座り込んだまま、廃工場の天井を見上げた。

 

古びた鉄骨の隙間から、夕暮れの光が差し込んでいる。

 

その光は、少しだけ赤かった。

 




最後のシーンをやりたいがために十文字先輩には出張ってもらいました。
あえて省略していますが、達也と深雪も駆け付け組に混ざっています。
達也は呆れており、深雪は安どしている感じでしょう。

誰かタグの増やし方教えてください(笑)
最初、別の魔法にしようかと思ってましたが、父親が考古学者設定なら古式で陰陽師みたいな感じでいいんじゃないかと思ってこうなりました。

なお、死にタグになっている「波紋」についてはこれから出す予定です。
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