魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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今回は珍しく聖火が失敗する話です。


九校戦編3

懇親会の会場には、少しずつ人の声が戻り始めていた。

 

移動中の襲撃の影響は、まだ完全には消えていない。

それでも、温かい料理の匂いと、食器の触れ合う音と、誰かの笑い声が、張りつめていた空気を少しずつほぐしていく。

 

選手たちは、同じ学校の仲間同士で固まりながらも、他校の生徒たちへ視線を向けていた。

技術スタッフたちは、食事を取りながらも、明日以降の予定や調整の話を小声で交わしている。

 

襲撃はあった。

 

だが、九校戦はまだ始まっていない。

始まる前から飲まれていては、本番で力を出せない。

 

そのことを、誰もがどこかで分かっていた。

 

聖火は、会場の端で立ち止まっていた。

 

給仕台に立っているわけではない。

飲み物を配っているわけでもない。

 

それは、ウェイター役の生徒たちがやってくれている。

 

会場の一角では、エリカが配膳用の盆を片手に、慣れた様子で人の間をすり抜けていた。

 

一方、厨房側に近い場所では、レオが大量の皿を前にして顔をしかめていた。

その隣で、美月が割れ物を丁寧に分けながら、静かに洗い場を手伝っている。

 

聖火はそれを見て、少しだけ笑った。

 

「みんな、ちゃんと働いてるなあ」

 

「お前がそれを言うな」

 

背後から聞こえた声に振り向くと、レオが濡れた手を軽く振っていた。

 

「レオくん、皿洗い似合ってるね」

 

「似合ってるって何だよ。全然嬉しくねえ」

 

「力仕事担当?」

 

「皿洗いは力仕事じゃねえだろ」

 

美月が横から控えめに笑う。

 

「でも、量が多いですから。レオくんがいてくれて助かっています」

 

「美月にそう言われると、文句言いにくいな……」

 

聖火は笑った。

 

「美月さん、レオくんの扱い上手いね」

 

「そ、そういうつもりでは……」

 

「おい、聖火。変なこと言うな」

 

レオの抗議に、美月は少しだけ困ったように微笑んだ。

 

その表情に、聖火は少し安心する。

 

前話で感じたような、張りつめた気配は薄れている。

もちろん完全ではない。

だが、少なくとも今の美月は、強く怯えているわけではなさそうだった。

 

「美月さん、疲れてない?」

 

「私は大丈夫です」

 

「本当に?」

 

「はい。皿洗いなら、落ち着いてできますから」

 

「そっか。無理はしないでね」

 

「ありがとうございます」

 

美月は丁寧に頭を下げる。

 

レオが少し不満そうに聖火を見る。

 

「俺には言わねえのかよ」

 

「レオくんは体力ありそうだから」

 

「雑だな、おい」

 

「疲れたらちゃんと言うんだよ」

 

「分かってるって」

 

軽いやり取りで、周囲の空気が少しだけ緩む。

 

聖火は次に、会場側へ視線を戻した。

 

「はい、そこの人。料理を前にして固まってると冷めるわよ」

 

エリカが盆を片手に、軽い調子で声をかけていた。

 

聖火はその様子を見て、少し笑った。

 

「エリカさん、意外とウェイター向いてるね」

 

「意外って何よ」

 

「遠慮して食べない人に圧をかけられるところ」

 

「褒めてるの、それ?」

 

「半分くらいは」

 

エリカは呆れたように目を細める。

 

「残り半分は?」

 

「少し怖い」

 

「正直ね」

 

「でも、実際助かってるよ。襲撃の後で、食事に手が伸びない人もいるから」

 

エリカは一瞬だけ、周囲に目を向けた。

 

「……まあ、そうね。いつもより静かな人、多いわね」

 

「エリカさんも見てるね」

 

「見えるわよ。あれだけのことがあった後だもの」

 

エリカは盆を持ち直し、軽く肩をすくめた。

 

「だから、食べられる時に食べさせるの。冷めると余計に食べなくなるし」

 

「やっぱり向いてるよ」

 

「だから、意外って言うな」

 

聖火は小さく笑った。

 

聖火は、会場を歩きながら何人かに声をかけた。

 

雑談をする。

冗談を言う。

明日の競技について聞く。

食事に手を伸ばしていない者には、軽く促す。

 

それだけを見れば、ただ人と話しているように見えただろう。

 

だが、聖火が見ているものは別にあった。

 

声の硬さ。

笑うタイミングの遅れ。

手元の震え。

食事に手を伸ばす回数。

視線が入口に向く頻度。

 

襲撃の恐怖が残っている者は、意外なところに出る。

 

聖火はそれを拾いながら、必要な相手にだけ声をかけていった。

 

「あずさ先輩、肩は?」

 

「あ、鷹山くん」

 

中条あずさは、皿を手にしたまま少し慌てたように振り向いた。

 

「だ、大丈夫です」

 

「その大丈夫は信用しません」

 

「あう……」

 

「腕、上げてませんよね?」

 

「上げてません」

 

「ならよし。食事は?」

 

「少しだけ……」

 

「少しだけでも食べてください。明日以降、頭を使う仕事が増えますから」

 

「はい……」

 

あずさは素直に頷いた。

 

その様子を少し離れたところから見ていた真由美が、楽しそうに近づいてくる。

 

「鷹山くん」

 

「はい」

 

「あなた、懇親会でも働いているのね」

 

「働いているというより、歩き回る理由を作っているだけです」

 

「理由?」

 

「座っているより、人の顔色が見えますから」

 

真由美は少しだけ目を細めた。

 

「本当に補助スタッフの範囲を広げるのが上手ね」

 

「広げたつもりはないんですけどね」

 

横から摩利が言う。

 

「結果として広がっている」

 

「否定できません」

 

聖火は素直に認めた。

 

摩利は手元のグラスを軽く揺らしながら、少しだけ表情を緩める。

 

「だが、今日に限って言えば助かっている。記録があったおかげで、後処理が早かった」

 

「役に立ったなら良かったです」

 

十文字克人も、静かに聖火の方へ視線を向けた。

 

「お前は、人を休ませるのが上手いな」

 

「働かせる人が多いので、休ませる人も必要です」

 

十文字はわずかに頷いた。

 

「必要な役目だ」

 

その一言は短い。

 

だが、聖火には十分だった。

 

そこへ、深雪が静かに歩いてくる。

そのすぐ近くには達也もいた。

 

「聖火くん、少しは休まれましたか?」

 

深雪が心配そうに尋ねる。

 

「少しはね」

 

達也が横から短く言う。

 

「ほとんど休んでいない」

 

「達也くん、そこは黙っていてほしかった」

 

「事実だ」

 

「そういうところだよ」

 

深雪は少しだけ眉を下げた。

 

「聖火くん、今日は少しでも召し上がってください」

 

「深雪ちゃんにそう言われると断りにくいね」

 

「断らないでください」

 

「はい」

 

迷いのない言葉に、聖火は苦笑するしかなかった。

 

会場の空気は、少しずつ柔らかくなっていった。

 

食事を取る者。

他校の生徒と挨拶を交わす者。

明日の競技について話す者。

襲撃のことを、あえて口にしない者。

 

完全に忘れたわけではない。

 

それでも、前を向こうとする空気があった。

 

聖火はそれを見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

 

ただし、完全に警戒を解いたわけではなかった。

 

懇親会が始まる前、聖火は会場の目立たない場所に小さな札をいくつか忍ばせていた。

 

入口の陰。

壁際の装飾の裏。

給仕台の下。

 

本来は、警報代わりの簡易札だった。

精神干渉や認識誘導に近い揺らぎがあれば反応する。

それだけのもの。

 

解の札。

 

術式や呪的な干渉をほどくための、古式の札。

 

本来なら、敵性の干渉を検知した時だけ反応するはずだった。

 

だが、襲撃の直後だったせいで、聖火は反応条件を少し厳しくしすぎていた。

 

自覚はあった。

 

警戒しすぎだ、とも思う。

 

それでも、何もないよりはいい。

 

そう判断してしまった。

 

その時、会場の照明が静かに落ちた。

 

ざわめきが、波が引くように収まっていく。

 

懇親会の余興か、あるいは九校戦関係者による挨拶か。

多くの生徒たちが自然と会場の前方へ視線を向けた。

 

暗がりの中に、一筋の光が落ちる。

 

そこに照らし出されたのは、九島烈ではなかった。

 

美しい女性だった。

 

会場の空気が、ほんのわずかに変わる。

 

それは、ただ視線を奪われたというだけではない。

場にいる者たちの意識が、自然とその姿へ引き寄せられていく。

 

聖火は眉を寄せた。

 

隣で、達也の目がわずかに細くなる。

 

達也も、これがただの余興ではないことに気づいたのだろう。

 

これは単なる映像や照明の演出ではない。

会場全体に薄く広がる、大規模な精神干渉魔法。

 

ただし、害意はない。

 

人の意志を奪うようなものでもない。

恐怖を植えつけるものでもない。

ただ、注目を集め、場の空気を整え、これから始まる言葉を聞き入れやすくする。

 

老獪な余興。

 

達也は、その仕掛けの奥を見ていた。

 

照らし出された女性ではなく、その後ろにいる本当の術者。

 

九島烈。

 

そう達也が気づいた、その直後だった。

 

会場の隅に忍ばせていた札が反応した。

 

聖火が気づいた時には、もう遅い。

 

解の札が、会場に薄く広がっていた精神干渉の流れに噛みつく。

 

音はない。

 

光もない。

 

ただ、薄く張られていた膜が、音もなく裂けるようにほどけた。

 

会場の空気が、一瞬だけ軽くなる。

 

しまった。

 

聖火は表情を変えないようにしながら、内心で小さく呻いた。

 

敵意はなかった。

殺気もなかった。

人を害するための干渉でもない。

 

これは余興だ。

 

それを、自分の札が壊してしまった。

 

襲撃の直後だからといって、警戒を強めすぎた。

 

壇上の奥で、九島烈がほんのわずかに言葉を切った。

 

周囲の者なら、呼吸を整えただけに見えただろう。

 

だが、聖火には分かった。

 

気づかれた。

 

九島の視線が、一瞬だけ聖火を捉える。

 

その口元が、わずかに吊り上がった。

 

怒りではない。

咎めでもない。

 

面白がっている。

 

そう分かった瞬間、聖火は背筋に冷たいものを感じた。

 

九島は何事もなかったかのように、演説を続けた。

 

会場の生徒たちは、誰も異変に気づいていない。

 

ただ一人、隣に立っていた達也だけが、聖火へ視線を向けた。

 

責めるわけではない。

 

声をかけるわけでもない。

 

ただ、見た。

 

その目は、はっきりと言っていた。

 

やりすぎだ。

 

聖火は、目だけで小さく謝った。

 

やがて、九島烈の声が会場に響く。

 

精神干渉の補助を失っても、その声には十分な重みがあった。

 

老いてなお、九校戦に集った若き魔法師たちへ向けられる言葉。

競技に臨む者たちへの激励。

魔法師としての誇りを問うような、静かな圧。

 

余興が消えても、演説の力は失われていなかった。

 

いや、むしろ聖火には、こちらの方が九島烈らしく感じられた。

 

言葉そのものだけで、場を締める。

 

その姿に、聖火は改めて思う。

 

この人は、やはり格が違う。

 

演説が終わると、会場に拍手が広がった。

 

その拍手に紛れて、達也が小さく言う。

 

「聖火」

 

「何?」

 

「やりすぎだ」

 

聖火はわずかに視線を逸らした。

 

「……分かってる」

 

「危険なものではなかった」

 

「うん。壊してから気づいた。余興だったね」

 

「次からは見極めろ」

 

「耳が痛い」

 

達也はそれ以上追及しなかった。

 

ただ、いつものように淡々と前を向く。

 

それが、かえって聖火には痛かった。

 

懇親会は、何事もなかったかのように続いていく。

 

生徒たちは九島烈の言葉に胸を高鳴らせ、これから始まる九校戦へ向けて気持ちを新たにしていた。

 

その中で、聖火だけが小さく息を吐く。

 

呼吸を整える。

肩の力を抜く。

 

警戒することは悪くない。

 

だが、警戒しすぎれば、味方の演出すら敵と見間違える。

 

それを、今夜は覚えておく必要があった。

 

ふと、エリカが盆を持ったまま近づいてきた。

 

「聖火、あんた顔が硬いわよ」

 

「そう?」

 

「そう。何かやらかした顔してる」

 

聖火は思わず視線を逸らした。

 

「……エリカさん、鋭いね」

 

「え、本当にやらかしたの?」

 

「内緒」

 

「怪しいわね」

 

エリカは空いていたグラスを一つ、聖火に押しつけるように差し出した。

 

「とりあえず、少し飲みなさいよ。休めって言われてたんでしょ」

 

「エリカさんまで」

 

「倒れられたら面倒なのよ。あんた、倒れる直前まで働きそうだし」

 

「否定しきれないのが悔しいね」

 

「なら飲む」

 

「はいはい」

 

聖火は差し出された飲み物を受け取った。

 

厨房側では、レオが皿を拭きながら声を上げた。

 

「おーい、聖火! こっちの皿も確認するか?」

 

「何を確認するの?」

 

「割れてないか」

 

「それはレオくんの仕事でしょ」

 

「だよな!」

 

美月が横で小さく笑う。

 

その普通のやり取りに、聖火は少し救われた気がした。

 

九校戦は、まだ始まったばかりだ。

 

いや、正確にはまだ本番前である。

 

それでも、すでにいくつものものが動き始めていた。

 

敵意。

警戒。

期待。

緊張。

そして、それぞれの役割。

 

聖火は飲み物を一口含み、静かに息を吐いた。

 

今度こそ、少しだけ休むために。

 

 

 

 

 

 

懇親会が終わる頃には、会場に残っていた硬さも、かなり薄れていた。

 

移動中の襲撃。

ホテル到着後の確認。

メディカルスタッフへの引き継ぎ。

そして九島烈の激励。

 

一日の中に詰め込むには、少しばかり濃すぎる出来事ばかりだった。

 

それでも、選手たちは少しずつ自分たちの空気を取り戻していた。

 

明日の競技について話す者。

他校の選手を意識している者。

早めに部屋へ戻ろうとする者。

食事の終わった皿を片づける者。

 

懇親会の会場は、終わりの気配に包まれていた。

 

聖火は、空になった皿やグラスが片づけられていく様子を見ながら、静かに息を吐いた。

 

大きな混乱はなかった。

 

怪我人も、到着直後に確認した範囲では重い者はいない。

気分不良を訴えていた者も、メディカルスタッフの確認後には少し落ち着いていた。

 

懇親会中も、完全に気を抜いていたわけではない。

 

何人かには声をかけた。

食事に手が伸びていない者には、軽く促した。

顔色が悪い者は、スタッフに引き継いだ。

 

できることは、ひと通りやった。

 

だが、聖火にはまだ一つ、やるべきことが残っていた。

 

会場の人が減り始めたタイミングを見て、聖火は壁際へ向かった。

 

入口の陰。

壁際の装飾の裏。

給仕台の下。

 

懇親会が始まる前に仕込んでおいた小さな札を、一枚ずつ回収していく。

 

薄い紙片は、見た目にはただの紙切れにしか見えない。

だが、古式の符号を刻んだそれは、精神干渉や認識誘導に近い揺らぎに反応するよう組んであった。

 

本来は、警報代わりの簡易札だった。

 

敵意ある干渉があれば、気づけるように。

会場全体を守るほどの力はなくても、異常の入り口くらいは拾えるように。

 

そのつもりだった。

 

だが、結果として、九島閣下の余興を壊した。

 

聖火は、指先に挟んだ札を見下ろす。

 

札の端が、少しだけ焦げたように黒ずんでいた。

発動した証拠だ。

 

「……やりすぎたな」

 

小さく呟く。

 

その声に答えるように、背後から淡々とした声がした。

 

「分かっているならいい」

 

聖火は振り向いた。

 

そこには、達也が立っていた。

 

「達也くん」

 

「回収か」

 

「うん。残しておくわけにはいかないからね」

 

「当然だ」

 

達也は、聖火の手元の札へ視線を落とす。

 

「反応条件を厳しくしすぎたな」

 

「そうだね」

 

聖火は素直に認めた。

 

「襲撃の後だったから、少し神経質になってた」

 

「少しではない」

 

「そこは柔らかく言ってほしかった」

 

「事実だ」

 

「そういうところだよ」

 

いつものやり取りの形にはなっていた。

 

けれど、聖火の声には少し苦さが混じっていた。

 

達也はそれを聞き逃さなかったのだろう。

追い打ちをかけるようなことは言わず、ただ短く告げる。

 

「危険なものではなかった」

 

「分かってる。壊してから気づいた」

 

「遅い」

 

「耳が痛い」

 

聖火は、回収した札を折りたたんで鞄の中へしまった。

 

「害意はなかった。殺気もなかった。人を傷つけるものでもなかった。むしろ、場を整えるためのものだった」

 

「分かっているなら、次からは止められる」

 

「そうだね」

 

聖火は軽く息を吐いた。

 

「警戒するのと、疑いすぎるのは違う。分かってたつもりだったんだけど」

 

達也は少しだけ間を置いた。

 

「今日は状況が悪かった」

 

「慰め?」

 

「分析だ」

 

「達也くんらしいね」

 

聖火は苦笑した。

 

達也は感情で慰める人間ではない。

だが、事実として状況を整理することはある。

 

移動中に襲撃を受けた。

ホテル到着後に安否確認をした。

メディカルスタッフに状況を引き継いだ。

その後、懇親会に参加した。

 

普通なら、警戒が残って当然だ。

 

だが、それでもやりすぎたことは事実だった。

 

「九島閣下、気づいてたよね」

 

聖火が言うと、達也は短く頷いた。

 

「ああ」

 

「怒ってた?」

 

「そうは見えなかった」

 

「だよね」

 

聖火は、先ほどの九島烈の視線を思い出した。

 

一瞬だけこちらを見て、口元を吊り上げた。

 

怒りではない。

咎めでもない。

 

面白がっていた。

 

それが、余計に恐ろしい。

 

「格が違うなあ」

 

聖火は素直に呟いた。

 

「余興を壊されたのに、演説の重さが全然落ちなかった」

 

「九島閣下だからな」

 

「達也くんがそう言うと、説得力があるね」

 

聖火は、最後の一枚を回収するために給仕台の下へ手を伸ばした。

 

そこに忍ばせていた札も、やはり端が少し黒ずんでいる。

 

「全部回収した」

 

「確認する」

 

「信用ないなあ」

 

「残すと面倒だ」

 

「それはそう」

 

聖火は鞄を開き、回収した札を達也に見せた。

 

達也は一瞥するだけで数を確認する。

 

「数は合っている」

 

「どうも」

 

「次からは、条件を二段階に分けろ」

 

「二段階?」

 

「検知と解体を分ける。今回のように、反応と同時に解体へ移る構成は過敏すぎる」

 

聖火は少し目を瞬かせた。

 

それから、小さく笑う。

 

「今、普通に改善案を出してくれた?」

 

「問題点が明確だからだ」

 

「ありがとう。たしかに、警報と解体を一体化させたのがまずかった」

 

聖火は軽く顎に手を当てる。

 

「検知札で異常を拾って、解の札は手動発動。もしくは、敵意か強制性を確認してから発動。そっちの方が安全だね」

 

「そうしろ」

 

「はい」

 

達也は、それで話は終わりだと言わんばかりに視線を外した。

 

しかし、聖火はもう一つだけ聞く。

 

「達也くん」

 

「何だ」

 

「止めなかったんだね」

 

「間に合わなかった」

 

「そっか」

 

「それに、あの程度なら問題にはならないと判断した」

 

「九島閣下には気づかれたけど」

 

「あの人に気づかれないようにする方が難しい」

 

「それもそうだね」

 

聖火は苦笑した。

 

会場の片づけは、もうかなり進んでいる。

 

エリカは配膳用の盆を片づけながら、遠くからこちらをちらりと見た。

レオと美月は厨房側で、最後の皿をまとめている。

 

何かを察したのか、エリカが少しだけ眉を上げたが、声はかけてこなかった。

 

ありがたい。

 

今は、あまり深く突っ込まれたくない。

 

「聖火」

 

達也が静かに呼んだ。

 

「何?」

 

「明日から競技が始まる」

 

「うん」

 

「お前が倒れれば、手が減る」

 

「またその言い方」

 

「事実だ」

 

「はいはい。休むよ」

 

聖火は鞄の留め具を閉じた。

 

だが、その手を止め、もう一度会場を見回す。

 

選手たちは部屋へ戻り始めている。

技術スタッフも、明日の準備に備えて移動していく。

上級生たちはまだ何人か残り、後片づけと確認をしていた。

 

完全に安心できるわけではない。

 

襲撃はあった。

余興を壊してしまうほど、自分は警戒していた。

そして、その警戒は完全な的外れではなかったはずだ。

 

だが、警戒し続けるだけでは人は持たない。

 

食べる。

休む。

眠る。

笑う。

 

それも、戦うためには必要なことだ。

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

「達也くん」

 

「何だ」

 

「俺、今日は本当に休むよ」

 

「そうしろ」

 

「素直に言われると、少し変な感じだね」

 

「休めと言っている」

 

「はい」

 

聖火は笑って、鞄を肩にかけた。

 

その時、会場の奥の方から、わずかに視線を感じた。

 

振り向く。

 

遠くに、九島烈の姿があった。

 

すでに周囲の者と話している。

特別こちらを見ているようには見えない。

 

だが、ほんの一瞬だけ、聖火と視線が合った。

 

九島の口元が、わずかに上がる。

 

先ほどと同じ笑み。

 

咎めでも、怒りでもない。

 

面白がっている。

 

聖火は思わず背筋を伸ばした。

 

九島はすぐに視線を外し、何事もなかったかのように会話へ戻る。

 

聖火は小さく呟いた。

 

「……怖い人だなあ」

 

達也が横から淡々と言う。

 

「あの人を相手に札で出し抜こうとする方が無謀だ」

 

「出し抜こうとしたわけじゃないんだけど」

 

「結果は似たようなものだ」

 

「耳が痛い」

 

今日、何度目か分からない言葉を口にして、聖火は肩を落とした。

 

だが、不思議と気持ちは少し軽くなっていた。

 

失敗はした。

警戒しすぎた。

余興を壊した。

 

けれど、気づけた。

 

次は直せる。

 

それでいい。

 

会場を出る直前、聖火はもう一度だけ懇親会場を振り返った。

 

明日から、九校戦が始まる。

 

選手たちは競技へ。

エンジニアは調整へ。

裏方は支援へ。

そして、自分は自分にできることをする。

 

今度は、警戒しすぎず。

けれど、見落とさず。

 

その境目を、間違えないように。

 

聖火はそう心に決めて、達也と並んで会場を後にした。

 

その背中を、少し離れた場所から見ている者がいた。

 

吉田幹彦だった。

 

幹彦は、片づけを手伝っていた盆を手にしたまま、会場の柱の陰に立っていた。

 

声をかけるつもりはなかった。

かけられる雰囲気でもなかった。

 

ただ、見てしまった。

 

聖火が、会場の隅から札を回収しているところを。

その札の端が、発動後の符のようにわずかに黒ずんでいたことを。

そして、達也がそれを当然のように確認していたことを。

 

幹彦は、無意識に眉を寄せる。

 

あれは、ただの護符ではない。

 

札の形は簡素だった。

込められた術式も、見た目には派手ではない。

 

だが、だからこそ分かる。

 

余分な飾りがない。

発動条件が細い。

役割が明確に絞られている。

 

検知。

干渉。

解体。

 

それらが、一枚の札の中に無理なく収まっていた。

 

古式の術具として見れば、かなり高度だ。

 

少なくとも、見よう見まねで扱えるものではない。

 

鷹山聖火。

 

古式魔法の家に生まれたわけではないはずの少年。

十師族でもなければ、百家の名門でもない。

 

なのに、なぜ。

 

幹彦は、手元の盆を握る指に少しだけ力を込めた。

 

嫉妬、ではない。

 

そう思いたかった。

 

けれど、胸の奥に小さく引っかかるものがある。

 

自分が積み重ねてきたもの。

家に伝わるもの。

古式魔法師としての誇り。

 

そこへ、まったく別の場所から現れた少年が、当然のように高度な札を使っている。

 

気にならないはずがなかった。

 

「……鷹山くん」

 

幹彦は、小さくその名を呟いた。

 

その声は、誰にも届かない。

 

聖火と達也の姿は、すでに会場の外へ消えている。

 

幹彦はしばらくその場に立っていたが、やがて小さく息を吐き、片づけの続きへ戻った。

 

ただ、その胸に残った違和感だけは、消えなかった。

 




幹彦の絡みは絶対にやりたいと思っておりました。

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少年は地獄を見た。▼少年にとっては新しい地獄の始まりであり、▼少女にとっては呪いとなった。▼世羅 芥「せら かい」は転生者である。▼事故で片腕を無くしながらも、魔法科高校第一高校に「二科生」として入学することが出来た。▼地獄を見てきた反動からか、「日常」に強い憧れをもっているため、普通の学園生活を送れると入学式の日に胸を弾ませていた。▼しかし、この世界には他…


総合評価:481/評価:6.93/連載:30話/更新日時:2026年06月01日(月) 20:30 小説情報

魔法科高校のサーヴァント(作者:綾辻真)(原作:魔法科高校の劣等生)

――これは一人の少女の『救済』と、一つの『未知』との『出会い』による『始まり』の物語である。


総合評価:1428/評価:8.51/短編:8話/更新日時:2026年05月31日(日) 08:00 小説情報

魔法科高校の劣等生 深雪と達也の心を救う者(作者:ネギ王子)(原作:魔法科高校の劣等生)

普通に色々読んだら設定に矛盾あって現在メイジアンカンパニーまでのある程度矛盾があんまり起きないように設定練り直してます▼あとオリ主勢力が強すぎると、全部解決できるけどメイジアンカンパニーの創設理念に反してそっちができない▼メイジアンカンパニーはやりたいけど、色んなキャラ勢力設定出てきて、めっちゃ困ってる▼メイジアンカンパニーの一番の問題は深雪がオリ主と結ばせ…


総合評価:62/評価:-.--/連載:3話/更新日時:2026年05月30日(土) 02:59 小説情報


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