魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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今回は珍しく聖火が失敗する話です。


2026/06/02 幹比古の漢字が間違えていましたので訂正いたします。


九校戦編3

懇親会の会場には、少しずつ人の声が戻り始めていた。

 

移動中の襲撃の影響は、まだ完全には消えていない。

それでも、温かい料理の匂いと、食器の触れ合う音と、誰かの笑い声が、張りつめていた空気を少しずつほぐしていく。

 

選手たちは、同じ学校の仲間同士で固まりながらも、他校の生徒たちへ視線を向けていた。

技術スタッフたちは、食事を取りながらも、明日以降の予定や調整の話を小声で交わしている。

 

襲撃はあった。

 

だが、九校戦はまだ始まっていない。

始まる前から呑まれていては、本番で力を出せない。

 

そのことを、誰もがどこかで分かっていた。

 

聖火は、会場の端で立ち止まっていた。

 

給仕台に立っているわけではない。

飲み物を配っているわけでもない。

 

それは、ウェイター役の生徒たちがやってくれている。

 

会場の一角では、エリカが配膳用の盆を片手に、慣れた様子で人の間をすり抜けていた。

 

一方、厨房側に近い場所では、レオが大量の皿を前にして顔をしかめていた。

その隣で、美月が割れ物を丁寧に分けながら、静かに洗い場を手伝っている。

 

聖火はそれを見て、少しだけ笑った。

 

「みんな、ちゃんと働いてるなあ」

 

「お前がそれを言うな」

 

背後から聞こえた声に振り向くと、レオが濡れた手を軽く振っていた。

 

「レオくん、皿洗い似合ってるね」

 

「似合ってるって何だよ。全然嬉しくねえ」

 

「力仕事担当?」

 

「皿洗いは力仕事じゃねえだろ」

 

美月が横から控えめに笑う。

 

「でも、量が多いですから。レオくんがいてくれて助かっています」

 

「美月にそう言われると、文句言いにくいな……」

 

聖火は笑った。

 

「美月さん、レオくんの扱い上手いね」

 

「そ、そういうつもりでは……」

 

「おい、聖火。変なこと言うな」

 

レオの抗議に、美月は少しだけ困ったように微笑んだ。

 

その表情に、聖火は少し安心する。

 

前話で感じたような、張りつめた気配は薄れている。

もちろん完全ではない。

だが、少なくとも今の美月は、強く怯えているわけではなさそうだった。

 

「美月さん、疲れてない?」

 

「私は大丈夫です」

 

「本当に?」

 

「はい。皿洗いなら、落ち着いてできますから」

 

「そっか。無理はしないでね」

 

「ありがとうございます」

 

美月は丁寧に頭を下げる。

 

レオが少し不満そうに聖火を見る。

 

「俺には言わねえのかよ」

 

「レオくんは体力ありそうだから」

 

「雑だな、おい」

 

「疲れたらちゃんと言うんだよ」

 

「分かってるって」

 

軽いやり取りで、周囲の空気が少しだけ緩む。

 

聖火は次に、会場側へ視線を戻した。

 

「はい、そこの人。料理を前にして固まってると冷めるわよ」

 

エリカが盆を片手に、軽い調子で声をかけていた。

 

聖火はその様子を見て、少し笑った。

 

「エリカさん、意外とウェイター向いてるね」

 

「意外って何よ」

 

「遠慮して食べない人に圧をかけられるところ」

 

「褒めてるの、それ?」

 

「半分くらいは」

 

エリカは呆れたように目を細める。

 

「残り半分は?」

 

「少し怖い」

 

「正直ね」

 

「でも、実際助かってるよ。襲撃の後で、食事に手が伸びない人もいるから」

 

エリカは一瞬だけ、周囲に目を向けた。

 

「……まあ、そうね。いつもより静かな人、多いわね」

 

「エリカさんも見てるね」

 

「見えるわよ。あれだけのことがあった後だもの」

 

エリカは盆を持ち直し、軽く肩をすくめた。

 

「だから、食べられる時に食べさせるの。冷めると余計に食べなくなるし」

 

「やっぱり向いてるよ」

 

「だから、意外って言うな」

 

聖火は小さく笑った。

 

聖火は、会場を歩きながら何人かに声をかけた。

 

雑談をする。

冗談を言う。

明日の競技について聞く。

食事に手を伸ばしていない者には、軽く促す。

 

それだけを見れば、ただ人と話しているように見えただろう。

 

だが、聖火が見ているものは別にあった。

 

声の硬さ。

笑うタイミングの遅れ。

手元の震え。

食事に手を伸ばす回数。

視線が入口に向く頻度。

 

襲撃の恐怖が残っている者は、意外なところに出る。

 

聖火はそれを拾いながら、必要な相手にだけ声をかけていった。

 

「あずさ先輩、肩は?」

 

「あ、鷹山くん」

 

中条あずさは、皿を手にしたまま少し慌てたように振り向いた。

 

「だ、大丈夫です」

 

「その大丈夫は信用しません」

 

「あう……」

 

「腕、上げてませんよね?」

 

「上げてません」

 

「ならよし。食事は?」

 

「少しだけ……」

 

「少しだけでも食べてください。明日以降、頭を使う仕事が増えますから」

 

「はい……」

 

あずさは素直に頷いた。

 

その様子を少し離れたところから見ていた真由美が、楽しそうに近づいてくる。

 

「鷹山くん」

 

「はい」

 

「あなた、懇親会でも働いているのね」

 

「働いているというより、歩き回る理由を作っているだけです」

 

「理由?」

 

「座っているより、人の顔色が見えますから」

 

真由美は少しだけ目を細めた。

 

「本当に補助スタッフの範囲を広げるのが上手ね」

 

「広げたつもりはないんですけどね」

 

横から摩利が言う。

 

「結果として広がっている」

 

「否定できません」

 

聖火は素直に認めた。

 

摩利は手元のグラスを軽く揺らしながら、少しだけ表情を緩める。

 

「だが、今日に限って言えば助かっている。記録があったおかげで、後処理が早かった」

 

「役に立ったなら良かったです」

 

十文字克人も、静かに聖火の方へ視線を向けた。

 

「お前は、人を休ませるのが上手いな」

 

「働かせる人が多いので、休ませる人も必要です」

 

十文字はわずかに頷いた。

 

「必要な役目だ」

 

その一言は短い。

 

だが、聖火には十分だった。

 

そこへ、深雪が静かに歩いてくる。

そのすぐ近くには達也もいた。

 

「聖火くん、少しは休まれましたか?」

 

深雪が心配そうに尋ねる。

 

「少しはね」

 

達也が横から短く言う。

 

「ほとんど休んでいない」

 

「達也くん、そこは黙っていてほしかった」

 

「事実だ」

 

「そういうところだよ」

 

深雪は少しだけ眉を下げた。

 

「聖火くん、今日は少しでも召し上がってください」

 

「深雪ちゃんにそう言われると断りにくいね」

 

「断らないでください」

 

「はい」

 

迷いのない言葉に、聖火は苦笑するしかなかった。

 

会場の空気は、少しずつ柔らかくなっていった。

 

食事を取る者。

他校の生徒と挨拶を交わす者。

明日の競技について話す者。

襲撃のことを、あえて口にしない者。

 

完全に忘れたわけではない。

 

それでも、前を向こうとする空気があった。

 

聖火はそれを見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

 

ただし、完全に警戒を解いたわけではなかった。

 

懇親会が始まる前、聖火は会場の目立たない場所に小さな札をいくつか忍ばせていた。

 

入口の陰。

壁際の装飾の裏。

給仕台の下。

 

本来は、警報代わりの簡易札だった。

精神干渉や認識誘導に近い揺らぎがあれば反応する。

それだけのもの。

 

解の札。

 

術式や呪的な干渉をほどくための、古式の札。

 

本来なら、敵性の干渉を検知した時だけ反応するはずだった。

 

だが、襲撃の直後だったせいで、聖火は反応条件を少し厳しくしすぎていた。

 

自覚はあった。

 

警戒しすぎだ、とも思う。

 

それでも、何もないよりはいい。

 

そう判断してしまった。

 

その時、会場の照明が静かに落ちた。

 

ざわめきが、波が引くように収まっていく。

 

懇親会の余興か、あるいは九校戦関係者による挨拶か。

多くの生徒たちが自然と会場の前方へ視線を向けた。

 

暗がりの中に、一筋の光が落ちる。

 

そこに照らし出されたのは、九島烈ではなかった。

 

美しい女性だった。

 

会場の空気が、ほんのわずかに変わる。

 

それは、ただ視線を奪われたというだけではない。

場にいる者たちの意識が、自然とその姿へ引き寄せられていく。

 

聖火は眉を寄せた。

 

隣で、達也の目がわずかに細くなる。

 

達也も、これがただの余興ではないことに気づいたのだろう。

 

これは単なる映像や照明の演出ではない。

会場全体に薄く広がる、大規模な精神干渉魔法。

 

ただし、害意はない。

 

人の意志を奪うようなものでもない。

恐怖を植えつけるものでもない。

ただ、注目を集め、場の空気を整え、これから始まる言葉を聞き入れやすくする。

 

老獪な余興。

 

達也は、その仕掛けの奥を見ていた。

 

照らし出された女性ではなく、その後ろにいる本当の術者。

 

九島烈。

 

そう達也が気づいた、その直後だった。

 

会場の隅に忍ばせていた札が反応した。

 

聖火が気づいた時には、もう遅い。

 

解の札が、会場に薄く広がっていた精神干渉の流れに噛みつく。

 

音はない。

 

光もない。

 

ただ、薄く張られていた膜が、音もなく裂けるようにほどけた。

 

会場の空気が、一瞬だけ軽くなる。

 

しまった。

 

聖火は表情を変えないようにしながら、内心で小さく呻いた。

 

敵意はなかった。

殺気もなかった。

人を害するための干渉でもない。

 

これは余興だ。

 

それを、自分の札が壊してしまった。

 

襲撃の直後だからといって、警戒を強めすぎた。

 

壇上の奥で、九島烈がほんのわずかに言葉を切った。

 

周囲の者なら、呼吸を整えただけに見えただろう。

 

だが、聖火には分かった。

 

気づかれた。

 

九島の視線が、一瞬だけ聖火を捉える。

 

その口元が、わずかに吊り上がった。

 

怒りではない。

咎めでもない。

 

面白がっている。

 

そう分かった瞬間、聖火は背筋に冷たいものを感じた。

 

九島は何事もなかったかのように、演説を続けた。

 

会場の生徒たちは、誰も異変に気づいていない。

 

ただ一人、隣に立っていた達也だけが、聖火へ視線を向けた。

 

責めるわけではない。

 

声をかけるわけでもない。

 

ただ、見た。

 

その目は、はっきりと言っていた。

 

やりすぎだ。

 

聖火は、目だけで小さく謝った。

 

やがて、九島烈の声が会場に響く。

 

精神干渉の補助を失っても、その声には十分な重みがあった。

 

老いてなお、九校戦に集った若き魔法師たちへ向けられる言葉。

競技に臨む者たちへの激励。

魔法師としての誇りを問うような、静かな圧。

 

余興が消えても、演説の力は失われていなかった。

 

いや、むしろ聖火には、こちらの方が九島烈らしく感じられた。

 

言葉そのものだけで、場を締める。

 

その姿に、聖火は改めて思う。

 

この人は、やはり格が違う。

 

演説が終わると、会場に拍手が広がった。

 

その拍手に紛れて、達也が小さく言う。

 

「聖火」

 

「何?」

 

「やりすぎだ」

 

聖火はわずかに視線を逸らした。

 

「……分かってる」

 

「危険なものではなかった」

 

「うん。壊してから気づいた。余興だったね」

 

「次からは見極めろ」

 

「耳が痛い」

 

達也はそれ以上追及しなかった。

 

ただ、いつものように淡々と前を向く。

 

それが、かえって聖火には痛かった。

 

懇親会は、何事もなかったかのように続いていく。

 

生徒たちは九島烈の言葉に胸を高鳴らせ、これから始まる九校戦へ向けて気持ちを新たにしていた。

 

その中で、聖火だけが小さく息を吐く。

 

呼吸を整える。

肩の力を抜く。

 

警戒することは悪くない。

 

だが、警戒しすぎれば、味方の演出すら敵と見間違える。

 

それを、今夜は覚えておく必要があった。

 

ふと、エリカが盆を持ったまま近づいてきた。

 

「聖火、あんた顔が硬いわよ」

 

「そう?」

 

「そう。何かやらかした顔してる」

 

聖火は思わず視線を逸らした。

 

「……エリカさん、鋭いね」

 

「え、本当にやらかしたの?」

 

「内緒」

 

「怪しいわね」

 

エリカは空いていたグラスを一つ、聖火に押しつけるように差し出した。

 

「とりあえず、少し飲みなさいよ。休めって言われてたんでしょ」

 

「エリカさんまで」

 

「倒れられたら面倒なのよ。あんた、倒れる直前まで働きそうだし」

 

「否定しきれないのが悔しいね」

 

「なら飲む」

 

「はいはい」

 

聖火は差し出された飲み物を受け取った。

 

厨房側では、レオが皿を拭きながら声を上げた。

 

「おーい、聖火! こっちの皿も確認するか?」

 

「何を確認するの?」

 

「割れてないか」

 

「それはレオくんの仕事でしょ」

 

「だよな!」

 

美月が横で小さく笑う。

 

その普通のやり取りに、聖火は少し救われた気がした。

 

九校戦は、まだ始まったばかりだ。

 

いや、正確にはまだ本番前である。

 

それでも、すでにいくつものものが動き始めていた。

 

敵意。

警戒。

期待。

緊張。

そして、それぞれの役割。

 

聖火は飲み物を一口含み、静かに息を吐いた。

 

今度こそ、少しだけ休むために。

 

 

 

 

 

懇親会が終わる頃には、会場に残っていた硬さも、かなり薄れていた。

 

移動中の襲撃。

ホテル到着後の確認。

メディカルスタッフへの引き継ぎ。

そして九島烈の激励。

 

一日の中に詰め込むには、少しばかり濃すぎる出来事ばかりだった。

 

それでも、選手たちは少しずつ自分たちの空気を取り戻していた。

 

明日の競技について話す者。

他校の選手を意識している者。

早めに部屋へ戻ろうとする者。

食事の終わった皿を片づける者。

 

懇親会の会場は、終わりの気配に包まれていた。

 

聖火は、空になった皿やグラスが片づけられていく様子を見ながら、静かに息を吐いた。

 

大きな混乱はなかった。

 

怪我人も、到着直後に確認した範囲では重い者はいない。

気分不良を訴えていた者も、メディカルスタッフの確認後には少し落ち着いていた。

 

懇親会中も、完全に気を抜いていたわけではない。

 

何人かには声をかけた。

食事に手が伸びていない者には、軽く促した。

顔色が悪い者は、スタッフに引き継いだ。

 

できることは、ひと通りやった。

 

だが、聖火にはまだ一つ、やるべきことが残っていた。

 

会場の人が減り始めたタイミングを見て、聖火は壁際へ向かった。

 

入口の陰。

壁際の装飾の裏。

給仕台の下。

 

懇親会が始まる前に仕込んでおいた小さな札を、一枚ずつ回収していく。

 

薄い紙片は、見た目にはただの紙切れにしか見えない。

だが、古式の符号を刻んだそれは、精神干渉や認識誘導に近い揺らぎに反応するよう組んであった。

 

本来は、警報代わりの簡易札だった。

 

敵意ある干渉があれば、気づけるように。

会場全体を守るほどの力はなくても、異常の入り口くらいは拾えるように。

 

そのつもりだった。

 

だが、結果として、九島閣下の余興を壊した。

 

聖火は、指先に挟んだ札を見下ろす。

 

札の端が、少しだけ焦げたように黒ずんでいた。

発動した証拠だ。

 

「……やりすぎたな」

 

小さく呟く。

 

その声に答えるように、背後から淡々とした声がした。

 

「分かっているならいい」

 

聖火は振り向いた。

 

そこには、達也が立っていた。

 

「達也くん」

 

「回収か」

 

「うん。残しておくわけにはいかないからね」

 

「当然だ」

 

達也は、聖火の手元の札へ視線を落とす。

 

「反応条件を厳しくしすぎたな」

 

「そうだね」

 

聖火は素直に認めた。

 

「襲撃の後だったから、少し神経質になってた」

 

「少しではない」

 

「そこは柔らかく言ってほしかった」

 

「事実だ」

 

「そういうところだよ」

 

いつものやり取りの形にはなっていた。

 

けれど、聖火の声には少し苦さが混じっていた。

 

達也はそれを聞き逃さなかったのだろう。

追い打ちをかけるようなことは言わず、ただ短く告げる。

 

「危険なものではなかった」

 

「分かってる。壊してから気づいた」

 

「遅い」

 

「耳が痛い」

 

聖火は、回収した札を折りたたんで鞄の中へしまった。

 

「害意はなかった。殺気もなかった。人を傷つけるものでもなかった。むしろ、場を整えるためのものだった」

 

「分かっているなら、次からは止められる」

 

「そうだね」

 

聖火は軽く息を吐いた。

 

「警戒するのと、疑いすぎるのは違う。分かってたつもりだったんだけど」

 

達也は少しだけ間を置いた。

 

「今日は状況が悪かった」

 

「慰め?」

 

「分析だ」

 

「達也くんらしいね」

 

聖火は苦笑した。

 

達也は感情で慰める人間ではない。

だが、事実として状況を整理することはある。

 

移動中に襲撃を受けた。

ホテル到着後に安否確認をした。

メディカルスタッフに状況を引き継いだ。

その後、懇親会に参加した。

 

普通なら、警戒が残って当然だ。

 

だが、それでもやりすぎたことは事実だった。

 

「九島閣下、気づいてたよね」

 

聖火が言うと、達也は短く頷いた。

 

「ああ」

 

「怒ってた?」

 

「そうは見えなかった」

 

「だよね」

 

聖火は、先ほどの九島烈の視線を思い出した。

 

一瞬だけこちらを見て、口元を吊り上げた。

 

怒りではない。

咎めでもない。

 

面白がっていた。

 

それが、余計に恐ろしい。

 

「格が違うなあ」

 

聖火は素直に呟いた。

 

「余興を壊されたのに、演説の重さが全然落ちなかった」

 

「九島閣下だからな」

 

「達也くんがそう言うと、説得力があるね」

 

聖火は、最後の一枚を回収するために給仕台の下へ手を伸ばした。

 

そこに忍ばせていた札も、やはり端が少し黒ずんでいる。

 

「全部回収した」

 

「確認する」

 

「信用ないなあ」

 

「残すと面倒だ」

 

「それはそう」

 

聖火は鞄を開き、回収した札を達也に見せた。

 

達也は一瞥するだけで数を確認する。

 

「数は合っている」

 

「どうも」

 

「次からは、条件を二段階に分けろ」

 

「二段階?」

 

「検知と解体を分ける。今回のように、反応と同時に解体へ移る構成は過敏すぎる」

 

聖火は少し目を瞬かせた。

 

それから、小さく笑う。

 

「今、普通に改善案を出してくれた?」

 

「問題点が明確だからだ」

 

「ありがとう。たしかに、警報と解体を一体化させたのがまずかった」

 

聖火は軽く顎に手を当てる。

 

「検知札で異常を拾って、解の札は手動発動。もしくは、敵意か強制性を確認してから発動。そっちの方が安全だね」

 

「そうしろ」

 

「はい」

 

達也は、それで話は終わりだと言わんばかりに視線を外した。

 

しかし、聖火はもう一つだけ聞く。

 

「達也くん」

 

「何だ」

 

「止めなかったんだね」

 

「間に合わなかった」

 

「そっか」

 

「それに、あの程度なら問題にはならないと判断した」

 

「九島閣下には気づかれたけど」

 

「あの人に気づかれないようにする方が難しい」

 

「それもそうだね」

 

聖火は苦笑した。

 

会場の片づけは、もうかなり進んでいる。

 

エリカは配膳用の盆を片づけながら、遠くからこちらをちらりと見た。

レオと美月は厨房側で、最後の皿をまとめている。

 

何かを察したのか、エリカが少しだけ眉を上げたが、声はかけてこなかった。

 

ありがたい。

 

今は、あまり深く突っ込まれたくない。

 

「聖火」

 

達也が静かに呼んだ。

 

「何?」

 

「明日から競技が始まる」

 

「うん」

 

「お前が倒れれば、手が減る」

 

「またその言い方」

 

「事実だ」

 

「はいはい。休むよ」

 

聖火は鞄の留め具を閉じた。

 

だが、その手を止め、もう一度会場を見回す。

 

選手たちは部屋へ戻り始めている。

技術スタッフも、明日の準備に備えて移動していく。

上級生たちはまだ何人か残り、後片づけと確認をしていた。

 

完全に安心できるわけではない。

 

襲撃はあった。

余興を壊してしまうほど、自分は警戒していた。

そして、その警戒は完全な的外れではなかったはずだ。

 

だが、警戒し続けるだけでは人は持たない。

 

食べる。

休む。

眠る。

笑う。

 

それも、戦うためには必要なことだ。

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

「達也くん」

 

「何だ」

 

「俺、今日は本当に休むよ」

 

「そうしろ」

 

「素直に言われると、少し変な感じだね」

 

「休めと言っている」

 

「はい」

 

聖火は笑って、鞄を肩にかけた。

 

その時、会場の奥の方から、わずかに視線を感じた。

 

振り向く。

 

遠くに、九島烈の姿があった。

 

すでに周囲の者と話している。

特別こちらを見ているようには見えない。

 

だが、ほんの一瞬だけ、聖火と視線が合った。

 

九島の口元が、わずかに上がる。

 

先ほどと同じ笑み。

 

咎めでも、怒りでもない。

 

面白がっている。

 

聖火は思わず背筋を伸ばした。

 

九島はすぐに視線を外し、何事もなかったかのように会話へ戻る。

 

聖火は小さく呟いた。

 

「……怖い人だなあ」

 

達也が横から淡々と言う。

 

「あの人を相手に札で出し抜こうとする方が無謀だ」

 

「出し抜こうとしたわけじゃないんだけど」

 

「結果は似たようなものだ」

 

「耳が痛い」

 

今日、何度目か分からない言葉を口にして、聖火は肩を落とした。

 

だが、不思議と気持ちは少し軽くなっていた。

 

失敗はした。

警戒しすぎた。

余興を壊した。

 

けれど、気づけた。

 

次は直せる。

 

それでいい。

 

会場を出る直前、聖火はもう一度だけ懇親会場を振り返った。

 

明日から、九校戦が始まる。

 

選手たちは競技へ。

エンジニアは調整へ。

裏方は支援へ。

そして、自分は自分にできることをする。

 

今度は、警戒しすぎず。

けれど、見落とさず。

 

その境目を、間違えないように。

 

聖火はそう心に決めて、達也と並んで会場を後にした。

 

その背中を、少し離れた場所から見ている者がいた。

 

吉田幹比古だった。

 

幹比古は、片づけを手伝っていた盆を手にしたまま、会場の柱の陰に立っていた。

 

声をかけるつもりはなかった。

かけられる雰囲気でもなかった。

 

ただ、見てしまった。

 

聖火が、会場の隅から札を回収しているところを。

その札の端が、発動後の符のようにわずかに黒ずんでいたことを。

そして、達也がそれを当然のように確認していたことを。

 

幹比古は、無意識に眉を寄せる。

 

あれは、ただの護符ではない。

 

札の形は簡素だった。

込められた術式も、見た目には派手ではない。

 

だが、だからこそ分かる。

 

余分な飾りがない。

発動条件が細い。

役割が明確に絞られている。

 

検知。

干渉。

解体。

 

それらが、一枚の札の中に無理なく収まっていた。

 

古式の術具として見れば、かなり高度だ。

 

少なくとも、見よう見まねで扱えるものではない。

 

鷹山聖火。

 

古式魔法の家に生まれたわけではないはずの少年。

十師族でもなければ、百家の名門でもない。

 

なのに、なぜ。

 

幹比古は、手元の盆を握る指に少しだけ力を込めた。

 

嫉妬、ではない。

 

そう思いたかった。

 

けれど、胸の奥に小さく引っかかるものがある。

 

自分が積み重ねてきたもの。

家に伝わるもの。

古式魔法師としての誇り。

 

そこへ、まったく別の場所から現れた少年が、当然のように高度な札を使っている。

 

気にならないはずがなかった。

 

「……鷹山くん」

 

幹比古は、小さくその名を呟いた。

 

その声は、誰にも届かない。

 

聖火と達也の姿は、すでに会場の外へ消えている。

 

幹比古はしばらくその場に立っていたが、やがて小さく息を吐き、片づけの続きへ戻った。

 

ただ、その胸に残った違和感だけは、消えなかった。

 




幹比古の絡みは絶対にやりたいと思っておりました。

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