魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

30 / 33
今回は九校戦の中は一番書きたかったシーンになると思います。


九校戦編8

大会六日目。

 

女子アイス・ピラーズ・ブレイクは、一高にとって再び大きな成果をもたらした。

 

一位、二位、三位。

 

大型ディスプレイに並んだ結果は、女子スピード・シューティングに続く、一高の上位独占だった。

 

だが、勝利の空気は、前回ほど単純ではなかった。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクは、観客から見れば華やかな競技だ。

 

氷柱を砕き、守り、奪い合う。

 

水と氷の魔法が飛び交う様は、九校戦の中でも目を引く。

 

だが、実際に競技する選手の負担は軽くない。

 

魔法の精度。

 

集中力。

 

持久力。

 

そして、相手の攻撃に対応し続ける神経。

 

勝ち残るほどに、消耗は蓄積していく。

 

そのため、七草真由美のもとに関係者が集められた時、そこにあったのは単なる祝勝の空気ではなかった。

 

北山雫。

 

司波深雪。

 

明智英美。

 

エンジニアの司波達也。

 

そして、補助スタッフとして動いていた鷹山聖火。

 

七草は一同を見渡し、静かに口を開いた。

 

「大会側から打診がありました」

 

その言葉に、雫がわずかに顔を上げる。

 

深雪は静かに七草を見ていた。

 

明智は姿勢を正しているが、顔色には疲労が見える。

 

「現時点で、一高の一位から三位独占は確定しています。そのため、選手の負担を考慮して、このまま競技を終了してはどうか、という提案です」

 

その場に、短い沈黙が落ちた。

 

一高の勝利は決まっている。

 

ならば、これ以上戦う必要はない。

 

そう考えるのは、運営として自然だった。

 

特に、昨日の事故の影がまだ残っている今なら、なおさらだ。

 

だが、その沈黙を破ったのは、聖火だった。

 

「七草先輩」

 

「鷹山くん?」

 

「先に一点だけ、よろしいですか」

 

七草は小さく頷いた。

 

「どうぞ」

 

聖火は明智へ視線を向けた。

 

それから、言葉を選ぶようにして続ける。

 

「明智さんの体調がよろしくありません。これ以上の競技参加は控えるべきです」

 

明智は一瞬だけ目を伏せた。

 

それは驚きではなく、見抜かれていたことへの小さな苦笑に近かった。

 

「……はい」

 

明智は静かに頷いた。

 

「悔しいですけど、競技が続くようなら棄権しようと思っていました」

 

七草の表情が少しだけ柔らかくなる。

 

「無理をする必要はありません。ここまで十分に戦ってくれました」

 

「ありがとうございます」

 

明智は頭を下げた。

 

その声には悔しさがあった。

 

だが、同時に納得もあった。

 

聖火はそれ以上何も言わなかった。

 

明智が自分で言葉にした以上、ここで重ねる必要はない。

 

七草は次に、雫と深雪へ視線を向けた。

 

「北山さん、司波さん。あなたたちはどうしますか?」

 

雫はすぐには答えなかった。

 

だが、迷っているようには見えなかった。

 

短い沈黙の後、雫は静かに言った。

 

「こんな機会は滅多にありません」

 

その声は小さい。

 

けれど、はっきりしていた。

 

「私は、深雪と戦いたいです」

 

深雪の目が、ほんの少しだけ細められた。

 

微笑みというには控えめで、しかし確かに受け止めた表情だった。

 

七草は深雪を見る。

 

「司波さんは?」

 

深雪は優雅に一礼した。

 

「私も、お断りする理由はございません」

 

その声は穏やかだった。

 

けれど、そこには引く気配がない。

 

雫は戦いたいと言った。

 

深雪は断る理由はないと言った。

 

言い方は違う。

 

だが、二人の答えは同じだった。

 

七草は二人をしばらく見ていた。

 

それから、静かに頷く。

 

「分かりました」

 

七草は端末を手に取った。

 

「大会側には、一位決定戦のみ続行すると回答します」

 

その瞬間、空気が変わった。

 

勝利の確認ではない。

 

順位の整理でもない。

 

北山雫と司波深雪。

 

一高の一年生二人による、正面からの勝負。

 

その場にいた誰もが、それを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

一位決定戦が行われることになった後、雫は競技場へ向かう前に、わずかな時間だけ控えの場所に戻っていた。

 

達也はすでにCADの最終確認へ入っている。

 

深雪もまた、別の場所で準備を進めているはずだった。

 

周囲は慌ただしい。

 

だが、雫だけは静かだった。

 

その静けさが、落ち着きなのか、緊張なのか。

 

少なくとも、聖火にはその両方に見えた。

 

「雫ちゃん」

 

聖火が声をかけると、雫は顔を上げた。

 

「何?」

 

「少しだけ」

 

雫は頷いた。

 

聖火は雫の手元にあるCADへ視線を落とした。

 

達也が調整したもの。

 

そして、もう一つ。

 

雫が切り札として使うことになるCAD。

 

聖火は、その中身を知っている。

 

達也が組み上げた魔法も、それを雫がどう使うかも。

 

だからこそ、聖火が言えることは限られていた。

 

技術の話ではない。

 

それは達也の領分だ。

 

聖火が伝えるべきなのは、その先にあるものだった。

 

「たぶん、一発目はきれいに撃てない」

 

雫の目が、わずかに動いた。

 

「どうして?」

 

「深雪ちゃんが相手だから」

 

聖火は穏やかに答えた。

 

「勝ちたいと思うほど、力が入る。届かせたいと思うほど、呼吸が浅くなる。相手が強ければ強いほど、最初の一撃は自分の思った形にならないことがある」

 

雫は黙って聞いていた。

 

否定はしない。

 

ただ、聖火の言葉をそのまま受け止めている。

 

「一発目で届かなくても、そこで終わりじゃないよ」

 

「二発目?」

 

「うん」

 

聖火は小さく頷いた。

 

「呼吸を戻して、もう一度撃てばいい」

 

「呼吸」

 

「何かをしようとする前に、まず息を戻す。焦ったまま撃つんじゃなくて、ちゃんと自分に戻ってから撃つ」

 

雫は視線を落とした。

 

自分の手元にあるCADを見る。

 

そこにあるのは、達也が用意した切り札。

 

けれど、それを撃つのは自分だ。

 

「勝てる?」

 

雫が短く聞いた。

 

聖火は少しだけ笑った。

 

「それは分からない」

 

雫が聖火を見る。

 

「分からない?」

 

「うん。深雪ちゃんは強いから」

 

それは、ごまかしではなかった。

 

むしろ、正直な言葉だった。

 

「でも、勝つためだけじゃなくて、自分の一撃を残すために撃つこともあると思う」

 

「自分の一撃」

 

「うん」

 

聖火は雫をまっすぐ見た。

 

「大丈夫、雫ちゃんなら、最後まで撃てるよ」

 

雫はしばらく黙っていた。

 

やがて、小さく頷く。

 

「分かった」

 

「うん」

 

「一発目で、だめでも」

 

「呼吸を戻す」

 

「二発目を撃つ」

 

「そう」

 

雫はもう一度頷いた。

 

その表情は、いつも通り静かだった。

 

だが、さっきよりも少しだけ、目が定まっていた。

 

「聖火くん」

 

「何?」

 

「見てて」

 

聖火は軽く笑った。

 

「ちゃんと見てるよ」

 

雫はそれ以上何も言わず、競技場へ向かった。

 

その背中は小さい。

 

けれど、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席は、いつも以上の熱を帯びていた。

 

一高の一位から三位独占は、すでに確定している。

 

本来なら、ここで競技を終了しても不思議ではなかった。

 

だが、北山雫と司波深雪。

 

一高の一年生二人による一位決定戦が行われると知って、会場の空気は再び高まっていた。

 

聖火は観客席の一角に腰を下ろし、競技場を見下ろしていた。

 

隣には達也がいる。

 

達也の視線は、すでに競技場の深雪へ向いていた。

 

その横顔はいつも通り静かだったが、聖火には、普段よりほんの少しだけ意識が鋭くなっているように見えた。

 

「雫に何かアドバイスをしていたな」

 

達也が、競技場を見たまま言った。

 

聖火は少しだけ眉を上げる。

 

「聞いていたのかい?」

 

「会話内容までは聞こえなかった」

 

「なら、観察力が良すぎるね」

 

「雫の表情が変わっていた」

 

「表情?」

 

「少しだけだが」

 

聖火は苦笑した。

 

「達也くんも、そういうところはよく見てるよね」

 

「必要なことだ」

 

「深雪ちゃんだけじゃなく?」

 

達也は答えなかった。

 

その沈黙が、答えのようなものだった。

 

聖火は小さく笑う。

 

「アドバイスというほど大層なことは言ってないよ」

 

「では、何を言った」

 

「一発目で届かなくても、そこで終わりじゃないって話」

 

達也が、わずかに視線だけを聖火へ向けた。

 

「それがアドバイスではないのか」

 

「技術的な話はしてないよ。CADの調整も、魔法の組み立ても、達也くんの領分だからね」

 

「分かっているならいい」

 

「信用が薄いなあ」

 

「前例がある」

 

「否定しづらい」

 

聖火は肩をすくめた。

 

競技場の空気が、さらに張り詰めていく。

 

雫と深雪が、それぞれの位置についた。

 

聖火は小さく息を吐く。

 

「達也くんは、どっちが勝つと思う?」

 

「勝つ可能性が高いのは深雪だ」

 

即答だった。

 

だが、その声に雫を軽く見る響きはなかった。

 

聖火は少しだけ笑う。

 

「迷いはないんだね」

 

「深雪の力は知っている」

 

「雫ちゃんも、君が調整したCADを使う」

 

「ああ」

 

達也は競技場を見たまま頷いた。

 

「だから、雫にも全力を出してほしいと思っている」

 

聖火は少しだけ目を細めた。

 

「公平だね」

 

「エンジニアとして当然だ」

 

「でも、達也くんとしては?」

 

達也は一瞬だけ黙った。

 

視線の先には、深雪がいる。

 

「深雪に勝ってほしい」

 

「うん」

 

「だが、雫に手を抜いてほしいとは思わない」

 

聖火は競技場へ視線を戻した。

 

雫も、深雪も、静かに立っている。

 

「いいね」

 

「何がだ」

 

「二人とも、ちゃんと本気で戦える」

 

達也は答えなかった。

 

だが、その沈黙は否定ではなかった。

 

開始を告げる合図が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

北山雫と司波深雪。

 

二人の一年生による一位決定戦が、始まろうとしていた。

 

試合開始の合図が響く。

 

最初に動いたのは、深雪だった。

 

無駄がない。

 

魔法の発動は美しく、そして速い。

 

雫の氷柱が、確実に削られていく。

 

雫も応じる。

 

守り、砕き、撃ち返す。

 

けれど、深雪は崩れない。

 

一手ごとの精度。

 

場を支配する冷静さ。

 

氷柱を守る力。

 

相手の選択肢を削る判断。

 

そのすべてが、雫より一段上にあった。

 

観客席の聖火は、息を詰めるように試合を見ていた。

 

深雪が優勢。

 

それは、誰の目にも明らかだった。

 

雫も弱くはない。

 

むしろ、十分以上に強い。

 

だが、深雪はその上を行く。

 

達也は隣で、静かに競技場を見つめていた。

 

表情は変わらない。

 

しかし、その視線は深雪だけではなく、雫の動きも確かに追っていた。

 

やがて、雫が動いた。

 

二つ目のCAD。

 

それを取り出した瞬間、会場がどよめいた。

 

通常なら、一つのCADだけでも精密な操作が求められる。

 

それを二つ。

 

しかも、競技の最中に切り替えるだけではない。

 

重ねるように扱う。

 

深雪の目が、わずかに見開かれた。

 

驚きはあった。

 

だが、それは一瞬だった。

 

雫は迷わず、二つ目のCADを起動する。

 

フォノンメーザー。

 

不可視に近い振動の刃が、深雪の氷柱へ向かって走った。

 

会場が沸いた。

 

誰もが、その一撃に目を奪われた。

 

だが、深雪は崩れない。

 

一撃は確かに通った。

 

けれど、届き切らなかった。

 

雫は、ほんの一瞬だけ唇を結んだ。

 

分かっていたはずだった。

 

一発目は、きれいに撃てないかもしれない。

 

それでも、実際に届かない現実は重い。

 

その隙を、深雪は逃さなかった。

 

インフェルノ。

 

熱が走る。

 

雫の氷柱が削られ、守るべき列が崩されていく。

 

次いで、深雪の魔法が切り替わった。

 

ニブルヘイム。

 

冷気が、場を支配した。

 

それは、ただ温度を下げる魔法ではなかった。

 

雫の感覚から、次の一手を奪うような冷たさだった。

 

呼吸が浅くなる。

 

指先が強張る。

 

一瞬、雫は自分が止まりかけていることに気づいた。

 

その時、競技前の声がよみがえる。

 

『たぶん、一発目はきれいに撃てない』

 

聖火の声だった。

 

『深雪ちゃんが相手だから』

 

『一発目で届かなくても、そこで終わりじゃないよ』

 

『呼吸を戻して、もう一度撃てばいい』

 

『勝つためだけじゃなくて、自分の一撃を残すために』

 

そして、最後の言葉。

 

『大丈夫、雫ちゃんなら、最後まで撃てるよ』

 

雫は、はっと現実に引き戻された。

 

冷気は消えていない。

 

深雪の圧も消えていない。

 

それでも、自分の呼吸が浅くなっていたことには気づけた。

 

雫は息を吸う。

 

冷たい空気が肺に入った。

 

一度。

 

もう一度。

 

指先の強張りが、わずかにほどける。

 

まだ終わっていない。

 

雫は二つ目のCADを握り直した。

 

再び、深雪の魔法が熱へ変わる。

 

インフェルノ。

 

畳みかけるような追撃。

 

会場の歓声が遠くなる。

 

だが、雫の視線はもう逃げていなかった。

 

フォノンメーザー。

 

二射目が、放たれた。

 

今度の一撃は、一射目よりも澄んでいた。

 

音にならない衝撃が、深雪の氷柱へ走る。

 

二本。

 

一列。

 

深雪の氷柱が、音を立てて砕けた。

 

会場がさらに大きく沸いた。

 

深雪の目が、わずかに見開かれる。

 

二射目。

 

しかも、一射目よりも整った一撃。

 

砕けた氷柱を見て、深雪はほんのわずかに表情を和らげた。

 

だが、勝敗は揺るがない。

 

深雪は最後まで姿勢を崩さなかった。

 

残された氷柱の数は、深雪が上。

 

試合終了を告げる合図が響いた。

 

勝者、司波深雪。

 

歓声が、会場を包む。

 

雫は、静かに息を吐いた。

 

負けた。

 

それは動かない事実だった。

 

けれど、最後の一撃は届いた。

 

その事実だけは、確かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

観客席で、聖火は小さく息を吐いた。

 

勝敗は変わらなかった。

 

深雪は強かった。

 

そして雫も、最後まで撃った。

 

それでよかった。

 

聖火は、雫に深雪へ勝ってほしかったわけではない。

 

勝敗だけを見れば、深雪が優勢だと分かっていた。

 

それでも、雫には最後まで撃ってほしかった。

 

友人として隣にいるだけではなく。

 

いつか、深雪が本気で渡り合える相手になるために。

 

その一撃だけは、残してほしいと思っていた。

 

隣で達也が、静かに言った。

 

「あれが結果か」

 

「そうみたい」

 

聖火は悪気のない笑みで、達也を見る。

 

達也はしばらく競技場を見つめていた。

 

「深雪が一瞬だが、焦っていた」

 

「なら、上々だね」

 

聖火はそう答えて、競技場へ視線を戻した。

 

深雪は勝った。

 

雫は負けた。

 

だが、最後の一撃は届いた。

 

その事実だけは、誰にも消せない。

 




ここは原作と大きく変えたかったシーンです。

深雪が雫に圧勝するのは、原作でのだいご味であり。
SSは、雫が最後の抵抗を見せることがだいご味だと思っております。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。