魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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ついに九校戦も後半戦に突入します。
こんなに長くなると思っておりませんでした。


九校戦編9

森崎たちが負傷した。

 

その報せが一高の控え場所に届いた瞬間、空気が凍った。

 

つい先ほどまで残っていた女子アイス・ピラーズ・ブレイクの余韻は、一瞬で消えた。

 

誰かが息を呑む。

 

誰かが端末を確認する。

 

誰かが、信じられないという顔で周囲を見た。

 

事故。

 

また事故。

 

その言葉は、声になる前に一高の空気を重くした。

 

モノリス・コード、一高対四高戦。

 

その試合開始時に、出場予定だった森崎駿たちが大怪我を負った。

 

競技は始まっていた。

 

だが、試合として成立する前に、一高の選手は競技続行不能となった。

 

それが何を意味するのか、一高の関係者なら誰でも分かった。

 

選手が足りない。

 

競技に出られない。

 

このままでは、モノリス・コードそのものを棄権する可能性すらある。

 

勝ち負け以前の問題だった。

 

聖火は、その場の全員を見ていた。

 

深雪は表情を引き締めている。

 

雫はほのかの隣で、黙って報せを聞いていた。

 

ほのかは不安そうに手を握っている。

 

七草はすでに端末を取り出し、状況確認に入っていた。

 

達也は、表情を変えないまま情報を整理している。

 

そして、十文字克人は動いた。

 

「鷹山」

 

低い声が、ざわめきの中を通った。

 

聖火は顔を上げる。

 

十文字は大会委員会本部の方角へ視線を向けていた。

 

「大会委員会本部へ行く。ついてこい」

 

「はい、十文字先輩」

 

聖火は即座に頷いた。

 

なぜ自分なのか。

 

その疑問はあった。

 

だが、聞く時間ではない。

 

十文字が今必要だと判断した。

 

なら、今はそれで十分だった。

 

大会委員会本部での話し合いは、短くはなかった。

 

だが、結果は明確だった。

 

森崎たちの負傷は、モノリス・コード一高対四高戦の試合開始時に発生した事故である。

 

一高側に故意の不正や失格事由はない。

 

また、試合開始直後の事故によって出場予定選手が競技続行不能となった以上、出場校の競技継続機会を可能な限り保証するべきである。

 

十文字はその点を、冷静に、しかし一歩も引かずに主張した。

 

声を荒らげたわけではない。

 

だが、その言葉は重かった。

 

十師族、十文字家。

 

一高の部活連会頭。

 

そして、今この場で最も冷静に状況を見ている生徒の一人。

 

その立場と圧が、大会委員会側に沈黙を強いた。

 

聖火は、十文字の隣で委員会側の説明を聞いていた。

 

誰が何を知っているのか。

 

どの情報がまだ確定していないのか。

 

どの説明だけが妙に早く用意されているのか。

 

どの職員が、本当に驚いているのか。

 

どの職員が、驚いた顔を作っているのか。

 

それらを一つずつ拾いながら、必要な時だけ十文字へ短く伝えた。

 

結果として、一高は代替選手の出場を認められた。

 

大会委員会本部を出た後、しばらく二人は無言で歩いていた。

 

外からは、まだ競技場の歓声が聞こえている。

 

だが、その明るさは、二人の間には届いていなかった。

 

代替選手の出場は認められた。

 

それは大きな成果だ。

 

だが、森崎たちが負傷したという事実は変わらない。

 

そして、事故がまた起きたという事実も。

 

やがて、十文字が口を開いた。

 

「なぜお前を連れて行ったか、分かるか」

 

聖火は少しだけ考えた。

 

「便利そうだったからですか?」

 

「違う」

 

「ですよね」

 

十文字は歩みを止めない。

 

「お前が一番冷静に見ていたからだ」

 

「俺が?」

 

「周囲が動揺している中で、お前は人を見ていた。誰が焦り、誰が黙り、誰がすでに動ける状態か。そういうものを見ていた」

 

「買いかぶりですよ」

 

「違う」

 

十文字は即答した。

 

「お前は、あの場で一番余計な感情を出していなかった」

 

聖火は少しだけ目を伏せた。

 

「感情がないわけじゃありませんよ」

 

「分かっている」

 

十文字の声は低かった。

 

「だから連れて行った」

 

聖火は一瞬、返す言葉を失った。

 

感情がないからではない。

 

感情があっても、それに流されずに見ている。

 

十文字は、そう言っているのだと分かったからだ。

 

しばらく、二人の足音だけが続いた。

 

やがて、十文字が小さく息を吐いた。

 

「それで」

 

「はい?」

 

「あの後、何か分かったか」

 

聖火は思わず十文字を見る。

 

「それ、聞いちゃうんですね」

 

「お前が黙っていないことくらいは察せる」

 

「俺、そんなに信用ありませんか」

 

「信用しているから聞いている」

 

「……言い方がずるいですね」

 

十文字は答えなかった。

 

代わりに、歩調をわずかに緩める。

 

話せ、ということだった。

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

「分かった、というより、疑う材料が増えました」

 

「言え」

 

「まず、達也くんも指摘していたことですが、大会委員会側に工作をしている人間がいる可能性があります」

 

十文字の目が細くなる。

 

「続けろ」

 

「これほど重大な事故が続いているのに、モノリス・コードは継続されている。もちろん、日程や運営上の都合はあるでしょう。でも、判断が鈍すぎます」

 

「委員会が無能だと言いたいのか」

 

「それだけなら、まだ救いがあります」

 

聖火の声は軽くなかった。

 

「問題は、鈍いところと早いところが妙に分かれていることです」

 

「どういう意味だ」

 

「事故原因の調査は遅い。安全確認も曖昧です。ですが、競技をどう続けるか、どの学校にどんな影響が出るか、そういう処理だけは妙に早い」

 

十文字は黙って聞いていた。

 

聖火は続ける。

 

「今回、四高の選手が原因になったとされている魔法がありますよね」

 

「破城槌か」

 

「はい。ですが、当の四高側は、その魔法をCADに組み込んでいなかったと主張している」

 

「主張だけでは証拠にならん」

 

「もちろんです。ただ、七高の選手が関係したバトル・ボードの事故でも、似た証言がありました。加速をかけた覚えがない、と」

 

十文字の表情がわずかに険しくなった。

 

「選手本人が、自分の魔法行使を否定しているということか」

 

「はい。もちろん、混乱や記憶違いの可能性はあります。ですが、二度続くと偶然と言い切るには苦しい」

 

聖火は一度言葉を切った。

 

それから、少し声を落とす。

 

「大会委員会の職員は、各校のCADに不正がないか必ず確認する。これは事実です」

 

「つまり」

 

「選手が組み込んでいない魔法が使われたなら、どこかでCADに手が入っている可能性がある。そして、その確認を通した人間がいる」

 

「大会委員会内部か」

 

「可能性の一つです」

 

聖火は即座に言い切らず、慎重に答えた。

 

「それに、大会委員会の職員の中に、不審な動きをしている人間が何人かいます」

 

「見たのか」

 

「はい。全員が怪しいとは言いません。ただ、事故の報告が入った時に、驚いた顔をしていない人間がいました」

 

十文字は足を止めた。

 

聖火も止まる。

 

「名前は」

 

「まだ分かりません。顔と所属の目星だけです」

 

「なぜ黙っていた」

 

「確証がなかったからです」

 

聖火は十文字を見る。

 

「それに、ここから先はもっと厄介です」

 

十文字は黙って続きを促した。

 

聖火は懐から携帯端末を取り出した。

 

その動きは、いつもの軽さとは違っていた。

 

少しだけ、迷いが残っている。

 

「これを見せるかどうか、ずっと悩んでいました」

 

「何だ」

 

「海外にいる友人から、少し前に届いた資料です」

 

聖火は端末を操作し、画面を十文字へ向けた。

 

そこに表示されていたのは、九校戦の競技名。

 

学校名。

 

数字。

 

倍率。

 

そして、日付ごとに変動する折れ線のグラフだった。

 

十文字は画面を見た瞬間、眉を寄せた。

 

「賭けか」

 

「はい」

 

聖火は短く答えた。

 

「九校戦が、裏ギャンブルの対象になっています」

 

画面には、各校の勝敗予測とレート表が並んでいた。

 

競技ごとの倍率。

 

総合優勝の倍率。

 

そして、特定校の順位変動に応じて動く金の流れ。

 

十文字は無言で画面を見続ける。

 

聖火は静かに言った。

 

「問題は、三高の動きです」

 

「三高?」

 

「はい。三高には、一条将輝と吉祥寺真紅郎がいる。普通に考えれば、三高の評価はもっと安定していていいはずです」

 

「一条のプリンスと、カーディナル・ジョージか」

 

「ええ。なのに、倍率の動きが不自然です。三高が不利になるような数字が出ている時期がある。逆に、事故の後に動きが変わっている」

 

聖火はグラフを切り替えた。

 

事故発生前後で、いくつかの線が不自然に跳ねている。

 

それは、偶然の値動きとして片づけるには、あまりにも都合が良かった。

 

「誰かが、事故を前提に賭けているように見えます」

 

十文字はしばらく黙っていた。

 

そして、低く言った。

 

「かなり不愉快な資料だな」

 

「はい」

 

聖火は端末を下げた。

 

「それで、ずっと悩んでおりました」

 

「なぜ俺に見せた」

 

「十文字先輩が、今の一高でこれを受け止められる人間だからです」

 

十文字は聖火を見る。

 

聖火は苦笑しなかった。

 

いつものように軽く流すこともしなかった。

 

「七草先輩に見せれば、生徒会長として動かざるを得なくなる。達也くんに見せれば、たぶん一人で動く。俺一人では、この資料を扱う立場がない」

 

「だから俺か」

 

「はい」

 

十文字は再び端末の画面へ視線を落とした。

 

「出どころは聞かない方がいいか」

 

「聞かないでいただけると助かります」

 

「信頼できるのか」

 

「資料そのものは、信頼できます」

 

「送り主は」

 

聖火は少しだけ間を置いた。

 

「少なくとも、俺に嘘を渡す相手ではありません」

 

十文字はしばらく沈黙した。

 

それから、端末を聖火へ返す。

 

「分かった」

 

「信じるんですか」

 

「資料を全面的に信じるとは言っていない」

 

十文字は低く答えた。

 

「だが、事故が続きすぎている。委員会の動きも鈍い。CADに手が入った可能性もある。そこに賭けの資料が重なるなら、無視はできん」

 

「ですよね」

 

聖火は端末をしまいかけて、ふと手を止めた。

 

「十文字先輩」

 

「何だ」

 

「懸念が一つあります」

 

十文字は振り返らなかった。

 

だが、歩みは少しだけ遅くなった。

 

「言え」

 

「このまま一高が勝ち続ければ、総合優勝が見えてきます」

 

「そうだな」

 

「ですが、もしこの資料の通り、九校戦が裏の賭けの対象になっているなら、一高の勝利を望まない人間にとっては、損失が膨らむことになります」

 

十文字の目が、わずかに細くなった。

 

「金の流れが、相手を追い詰めるということか」

 

「はい」

 

聖火は静かに頷いた。

 

「負けを取り戻せる範囲なら、まだ小細工で済むかもしれません。けれど、損失が大きくなって、これ以上どうにもならないとなった時、人は冷静ではいられません」

 

「何を仕掛けると見る」

 

「分かりません」

 

聖火は即答した。

 

「ですが、最悪の場合、大会そのものを中止に追い込むようなことをしてくる可能性があります」

 

「大会中止か」

 

「はい。競技結果そのものを無効にする。続行できない状況を作る。そうなれば、勝敗やレートの処理を誤魔化す余地が生まれるかもしれません」

 

十文字は黙っていた。

 

聖火は続ける。

 

「追い込まれた人間は、何をしでかすか分かりません。まして、金が絡んでいるならなおさらです」

 

「……不愉快な話だ」

 

「はい。かなり」

 

聖火の声から、いつもの軽さは消えていた。

 

「だから、次に何かあるとすれば、単なる選手潰しでは済まないかもしれません」

 

十文字はしばらく沈黙した。

 

それから、低く言った。

 

「頭に入れておく」

 

「お願いします」

 

聖火は端末をしまい、少しだけ考えるように視線を落とした。

 

「十文字先輩、一つ提案があります」

 

「言え」

 

「各校の代表者の方々と、軽い会食の場を設けてはいかがでしょうか」

 

十文字の足が、わずかに止まった。

 

「会食だと?」

 

「はい。表向きは親睦会です」

 

「この状況でか」

 

「この状況だからです」

 

聖火は静かに答えた。

 

「特に今の一高は、外から見れば、七高、四高とトラブルを抱えているように見えます」

 

「こちらに非はない」

 

「はい。ですが、そう見えること自体がまずい」

 

十文字は黙った。

 

聖火は続ける。

 

「九校戦は競う場ですが、同時に各校との親睦を深める場でもあります。

その名目で、各校の代表者との軽い会食の場を設けます。表向きは親睦。実際は、情報交換と生徒の安全確保の呼びかけます。

大会委員会を通す情報が信用できないなら、各校の代表者から直接拾うしかありません」

 

十文字はしばらく聖火を見ていた。

 

「お前は、そういう場で何を拾うつもりだ」

 

「各校が抱えている違和感です」

 

聖火は即答した。

 

「七高の事故。四高の主張。CAD確認の不自然さ。大会委員会職員の動き。各校が個別に持っている情報を合わせれば、見えるものがあるかもしれません」

 

「真正面から聞けば警戒される」

 

「だから食事の場にします」

 

聖火は少しだけ肩をすくめた。

 

「人は、書類の前より食事の席の方が、余計なことを言いますから」

 

十文字は短く息を吐いた。

 

「お前らしいな」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「褒めてはいない」

 

「ですよね」

 

聖火は少しだけ間を置いた。

 

「それと、もう一つ狙いがあります」

 

「何だ」

 

「大会委員会への監視を増やしたいんです」

 

十文字の目が、わずかに細くなった。

 

「監視だと?」

 

「はい。大会委員会の中に工作をしている人間がいる可能性があるなら、一高だけで見ていても限界があります」

 

聖火は声を落とした。

 

「ですが、各校が自校の代表者を通じて、委員会職員の動きやCAD確認の流れを見てくれれば、死角は減ります」

 

「各校の学生に、大会委員会を見張らせるつもりか」

 

「正確には、不審な動きがあれば記録してもらう、ですね」

 

「素人の学生にそんなことをやらせれば、こちらが警戒していることが露見しないか」

 

十文字の指摘は鋭かった。

 

聖火は頷く。

 

「露見する可能性はあります」

 

「なら危険だ」

 

「ですが、それ自体が抑止力になると考えます」

 

十文字は黙った。

 

聖火は続ける。

 

「今回、まず確保しなければならないのは、犯人ではなく生徒の安全です」

 

その言葉に、十文字の表情がわずかに変わった。

 

「犯人を捕まえることよりもか」

 

「はい。犯人を泳がせて証拠を掴むより、次の被害を出さないことが先です」

 

聖火の声は静かだった。

 

「各校が大会委員会の動きを見ている。CAD確認の手順を記録している。職員の出入りに気づいている。犯人側がそう感じれば、少なくとも派手な工作はやりにくくなるはずです」

 

「抑止力、か」

 

「はい」

 

「だが、下手をすれば混乱を広げる」

 

「だから、全員に話す必要はありません。各校の代表者、もしくは信頼できる実務担当者だけでいい。表向きは親睦会。実際は、各校が自校の生徒を守るための情報共有です」

 

十文字はしばらく黙っていた。

 

その沈黙は、否定の沈黙ではなかった。

 

考えている沈黙だった。

 

「一高だけで委員会を疑えば、角が立つ」

 

「はい」

 

「だが、各校がそれぞれ自校の安全確認を強めるなら、表向きは不自然ではない」

 

「そうです」

 

「そして、委員会側に不審な者がいるなら、動きづらくなる」

 

「それが狙いです」

 

十文字は低く息を吐いた。

 

「お前は、犯人を捕まえることより、相手を動けなくすることを優先しているのか」

 

「今は、です」

 

聖火は即答した。

 

「犯人を取り逃がすのはまずいでしょうが、生徒の安全は何よりも代え難い」

 

十文字は聖火を見た。

 

聖火は、いつものように軽く笑わなかった。

 

十文字は短く言った。

 

「分かった」

 

「では」

 

「七草にも話す。だが、進め方はこちらで決める」

 

「もちろんです」

 

「お前は勝手に各校へ話を持っていくな」

 

聖火は少しだけ苦笑した。

 

「先に釘を刺されましたね」

 

「刺す必要があるからだ」

 

「否定できません」

 

十文字は再び歩き出した。

 

聖火もその後に続く。

 

代替選手の出場は認められた。

 

だが、それで問題が解決したわけではない。

 

むしろ、これでようやく見えてきた。

 

事故。

 

工作。

 

大会委員会。

 

裏ギャンブル。

 

そして、九校戦を食い物にする金の流れ。

 

聖火は端末をしまいながら、小さく息を吐いた。

 

「本当に、不愉快な話だ」

 

その呟きに、十文字は答えなかった。

 

だが、その背中は、すでに次に動くべき場所を見据えているようだった。

 




あの世界なら、このくらいの対策を生徒間でやってもおかしくないと思い入れました。
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