モノリス・コードへの代替選手出場が認められた後、一高側の動きは一気に慌ただしくなった。
時間はない。
だが、出場しないという選択肢もない。
森崎たちが負傷した以上、本来の布陣は崩れた。
それでも、競技は続く。
大会委員会が代替選手の出場を認めたことで、一高にはまだ戦う道が残された。
その中心に立つことになったのは、司波達也だった。
代理選手として達也が指名される。
そして、達也自身の指名により、西城レオンハルトと吉田幹比古が選ばれた。
突然のことだった。
だが、驚いている時間はない。
達也、レオ、幹比古。
この三人で、モノリス・コードに出る。
急造のチーム。
本来なら、不安材料ばかりのはずだった。
だが、達也は淡々としていた。
レオは少しだけ口元を引きつらせていたが、その目にはすでに戦う気が宿っている。
幹比古は、静かに頷いていた。
その姿を見て、聖火は少しだけ目を細める。
だが、声には出さなかった。
達也たちが作戦会議に入る一方で、聖火と中条あずさは準備に走った。
代理出場は認められた。
だが、それで終わりではない。
選手登録の確認。
装備の準備。
競技服の手配。
CAD調整に必要な備品。
試合までの短い時間で、揃えなければならないものは多かった。
「鷹山くん、そっちの上着は西城くん用です。吉田くんの分は、こちらの番号になります」
「了解です。サイズ違いの予備は?」
「一応、一つずつ持ってきました」
「さすが中条先輩。抜けがないですね」
「急ぎですから」
中条の声には焦りがあった。
だが、手は止まらない。
聖火も同じだった。
レオと幹比古の選手用上着。
モノリス・コード用の競技服。
予備の装備。
登録確認用の端末。
それに、CAD接続用の備品。
必要なものを抱え、二人は達也たちがいる部屋へ戻った。
部屋に入った瞬間、そこにはすでに別の熱があった。
レオは腕を組み、真剣な顔で達也の説明を聞いている。
エリカは壁際に立ち、美月は幹比古の近くで静かに様子を見守っていた。
そして、中央では達也がキーボードを叩いていた。
速い。
ただ速いだけではない。
迷いがない。
画面には、CADの調整項目が次々と展開されていく。
中条は、達也が完全マニュアルでCADを調整できることを知っている。
それでも、目の前の光景には息を呑んだ。
通常の調整ではない。
急きょ代理出場が決まった三人分のCAD。
それぞれの適性。
役割。
試合中の動き方。
相手校の傾向。
そして、残された時間。
それらを踏まえた上で、達也はほとんど手を止めずに調整を進めていた。
迷いながら組んでいるのではない。
完成形が頭の中にあり、それを画面へ写している。
そう見えた。
中条は、思わず抱えていた競技服を持ち直した。
「……すごい」
小さく漏れた声は、誰かに聞かせるためのものではなかった。
理解しているからこそ、驚く。
中条あずさの表情には、そんな色が浮かんでいた。
聖火は装備を置きながら、部屋の中を見渡した。
そして、幹比古の顔で視線を止める。
前に話した時より、迷いが薄い。
何かが完全に解決したわけではない。
だが、顔つきが違う。
達也くんが、何か言ったのかな。
聖火はそう思った。
自分の言葉が何かを変えた、などとは考えなかった。
今、幹比古の隣にいるのは達也だ。
なら、きっと彼が何かをしたのだろう。
「鷹山」
達也の声が飛ぶ。
「はい」
「装備は?」
「レオくんと幹比古くんの選手用上着、競技服、予備装備、登録確認用端末、CAD接続用の備品。一式揃っています」
「確認する」
達也は画面から目を離さずに言った。
聖火は中条とともに装備を並べる。
その中に、見慣れない武器があった。
聖火はそれに目を止める。
「達也くん、これは?」
「レオ用だ」
レオがその形を見て、すぐに顔を上げた。
「あれか。前に練習場で試したやつだな」
「ああ」
達也は短く頷いた。
「剣先を射出し、空中で固定する。防衛に使う」
レオは武器を手に取り、軽く感触を確かめた。
「守りで使うのか」
「レオ、お前は自陣モノリスの防衛だ。正面から止めるだけではなく、踏み込んできた相手を迎え撃て」
「なるほどな」
聖火はその説明を聞き、少しだけ目を細めた。
「つまり、レオくん自身が壁で、その武器は迎撃用の杭ってことかな」
「大きくは間違っていない」
「珍しく判定が甘い」
「時間がない」
レオは自分の上着を手に取り、眉を上げた。
「おお、もう用意できてんのか」
「試合は待ってくれないからね」
「助かる」
「お礼は勝ってからでいいよ」
「言ったな」
「言った」
エリカが小さく笑う。
「こういう時の聖火って、妙に手際いいわよね」
「普段も手際よくしているつもりなんだけど」
「普段は余計な一言が多いのよ」
「否定しづらい」
美月が少しだけ笑った。
そのわずかな笑いで、部屋の空気が少しだけ軽くなる。
だが、達也の手は止まらない。
画面の中では、各選手のCAD調整が次々と進んでいく。
レオ用の調整は、単純な出力強化ではなかった。
自陣モノリスを守るための反応速度。
距離を詰める時の初動。
正面から受け止めるための安定性。
レオの身体能力と耐久力を活かしながら、無駄な隙を減らす調整。
幹比古用の調整は、さらに繊細だった。
現代魔法とは違う癖。
精霊魔法を使う幹比古にとって、CADはすべてを肩代わりする道具ではない。
流れを邪魔しないこと。
発動の余白を残すこと。
遊撃手として奇襲や撹乱に回るため、動きの自由度を削りすぎないこと。
達也はそこを見ている。
聖火は画面を横目で見ながら、改めて思った。
やっぱり、達也くんはおかしい。
褒め言葉として。
しばらくして、達也が一度だけ長く瞬きをした。
ほんの一瞬。
他の者なら見逃したかもしれない。
だが、聖火は見逃さなかった。
「達也くん、目」
「問題ない」
「問題が出る前に止めるのが補助スタッフの仕事だよ」
達也の手が一瞬だけ止まる。
部屋の空気が、わずかに変わった。
達也は聖火を見る。
「聖火」
「何?」
「代われ」
部屋の中が静かになった。
中条が目を丸くする。
レオは首を傾げ、エリカは面白そうに眉を上げた。
「代わるって、何を?」
レオが聞く。
達也は淡々と答えた。
「入力だ」
聖火は苦笑する。
「俺でいいの?」
「判断はこちらで行う。お前は入力だけでいい」
「つまり、俺は手ね」
「そうだ」
「もう少し人を使う言い方を覚えようか」
「時間がない」
「はいはい」
聖火は肩をすくめ、達也と席を替わった。
達也は椅子の背に身体を預け、目を閉じる。
それだけで、中条の表情が変わった。
完全に作業を止めるのではない。
目を休めながら、判断は続けるつもりなのだ。
「第二ブロックを開け」
達也の声が静かに響く。
聖火の指がキーボードに置かれた。
「遅延値を二下げる。補助項目三番を無効化。次、起動式の記述を表示」
聖火の指が動く。
達也ほど速くはない。
達也ほど無駄がないわけでもない。
だが、止まらない。
指示を聞き、理解し、入力する。
その流れが途切れない。
「次。三行目、条件式を入れ替える。右側の式は残せ」
「了解」
「そこではない。一つ下だ」
「おっと。危ない」
「修正」
「はいはい」
軽口を挟みながらも、聖火の手は止まらなかった。
中条が息を呑む。
彼女が驚いたのは、聖火が達也と同じことをしているからではない。
違う。
達也の入力は、判断そのものだった。
聖火の入力は、指示の再現だった。
その差は明確にある。
だが、それでも、達也の指示を聞きながら迷わず手を動かせるだけで、普通の生徒ではあり得なかった。
「……どうして、今の指示だけで打てるんですか」
中条の声は小さかった。
聖火は画面から目を離さずに答える。
「達也くんに昔、妙な鍛え方をされたので」
「俺は鍛えていない」
目を閉じたまま、達也が即座に否定した。
「面白がって手順を見せたじゃないか」
「見せただけだ」
「それを見せられた側がどうなるか考えてほしい」
「お前が勝手に覚えた」
「ほら、ひどい」
エリカが吹き出した。
「何それ。聖火、達也のせいでそんなことできるようになったの?」
「だいたいそんな感じ」
「違う」
達也の否定は早かった。
だが、誰も完全には信じていない顔をしていた。
レオは画面と聖火の手元を見比べ、眉間に皺を寄せる。
「何がすげえのか全部は分かんねえけど、すげえことしてるのは分かる」
「分からないのに分かるのね」
エリカが呆れたように言う。
「うるせえ。空気で分かるんだよ」
美月は画面と聖火の手元を交互に見ていた。
「すごい……」
幹比古も黙って見ていた。
その目には、驚きがある。
だが、それ以上に、何かを受け止めようとする静けさがあった。
「次、幹比古くんの方?」
聖火が聞く。
「ああ。発動補助を触る」
達也は目を閉じたまま答えた。
「ただし、余白は削るな」
「精霊魔法の邪魔になる?」
「そうだ」
「了解」
幹比古がわずかに目を見開く。
達也は続けた。
「吉田」
「何だい?」
「お前の魔法は、CADに合わせるな。CADを使って、必要な部分だけを補え」
幹比古は一瞬黙った。
それから、深く頷く。
「分かった」
その声に、以前のような硬さはなかった。
聖火はキーボードを打ちながら、横目で幹比古を見た。
やはり、顔つきが違う。
何かが落ちたような顔。
それを言葉にするつもりはなかった。
今は、試合の前だ。
余計なことを言う時間ではない。
「聖火」
達也の声が戻る。
「はい」
「そこから三項目戻れ」
「戻った」
「二番目を保持。三番目を無効化。四番目を条件付きで残す」
「了解」
聖火の指が動く。
中条は、その様子を黙って見ていた。
達也が異常なのは知っている。
だが、その達也の指示を、聖火が曲がりなりにも受け取れている。
しかも、冗談を挟みながら。
それは中条にとって、別種の驚きだった。
やがて、達也が目を開けた。
「代われ」
「もういいの?」
「十分だ」
「了解」
聖火は席を立ち、達也と入れ替わる。
達也は画面を一瞥し、すぐに作業を再開した。
確認のために、ほんのわずかだけ手を止める。
それだけだった。
聖火が入力した部分に、大きな修正は入らない。
中条はそれを見て、もう一度小さく息を呑んだ。
達也は淡々と言う。
「使える」
「もう少し人を褒める言い方ない?」
「入力補助としては十分だ」
「それは褒めてる?」
「事実だ」
「知ってた」
エリカが肩を震わせて笑った。
「この二人、なんなの」
美月は少し困ったように笑うだけだった。
調整は続いた。
レオは装備を確認しながら、達也の説明を受ける。
幹比古は自分のCADを手に取り、静かに感触を確かめる。
エリカは軽口を挟みつつも、二人の状態をよく見ていた。
美月は幹比古を心配そうに見守りながらも、何も言わずにそばにいる。
中条は残りの手続きと装備確認を進める。
聖火は、必要なものを補充し、足りないものを先に拾い、達也が声をかける前に備品を差し出した。
完全な準備などあり得ない。
急造のチーム。
代理出場の選手。
限られた時間。
それでも、一高は戦える形を作っていった。
やがて、試合の時間が来た。
モノリス・コードの会場に、三人が立つ。
達也。
レオ。
幹比古。
本来の布陣ではない。
だが、三人の空気は悪くなかった。
試合が始まる。
レオは自陣のモノリス前に残った。
その役割は、防衛。
相手の侵入を防ぎ、モノリスを守ること。
レオの身体能力と打たれ強さを考えれば、最も分かりやすく、そして最も適した配置だった。
ただ立っているだけではない。
相手が近づけば、即座に距離を詰める。
撃ち込まれれば、耐える。
突破しようとすれば、力で止める。
単純な役割に見えて、その存在感は大きかった。
レオがそこにいるだけで、相手は一高のモノリスへ容易には近づけない。
相手が自陣モノリスへ踏み込もうとした瞬間、剣先が飛んだ。
大会二日目、練習場で一度試した武器。
その使い方を、レオは覚えていた。
狙うのは、相手を倒すことではない。
迎え撃つこと。
射出された剣先は、相手の踏み込みを遮る位置で空中に固定される。
突き出された刃のように。
あるいは、踏み込んできた相手の勢いを止める杭のように。
相手の動きが、一瞬だけ止まる。
その一瞬で十分だった。
レオが前へ出る。
剣先で受け、身体で押し返す。
防衛。
ただ守るのではなく、守るべき場所へ踏み込ませない。
達也が用意していた手札を使い、レオは自陣のモノリス前を守り切っていた。
その間に、幹比古が動く。
遊撃手。
それが、幹比古の役割だった。
正面から押し込むのではない。
相手の視界の外から干渉し、動きを乱し、隙を作る。
奇襲。
撹乱。
支援。
現代魔法とは違う角度から場に触れる精霊魔法は、モノリス・コードのような集団戦では厄介な働きをする。
以前よりも、幹比古の動きには迷いが少なかった。
無理に速くしようとしていない。
自分の呼吸で、必要な場所へ必要な魔法を置く。
その一つ一つが、相手の判断をわずかに遅らせた。
そして達也は、先行していた。
敵陣へ向かう。
相手のモノリスを攻撃するために。
無理に派手な突破をするわけではない。
敵の配置。
射線。
反応。
幹比古が作ったわずかな乱れ。
レオが守ることで生まれた後方の安定。
そのすべてを見ながら、達也は必要最小限の動きで前へ進む。
急造のチーム。
代理出場の選手。
本来なら、不安材料ばかりのはずだった。
だが、試合が始まってしまえば、その不安は少しずつ別のものへ変わっていった。
レオが守る。
幹比古が乱す。
達也が攻める。
それぞれの役割が、噛み合っていく。
完璧ではない。
だが、十分だった。
一戦目。
一高は勝った。
続く試合でも、三人の動きは大きく崩れなかった。
レオは自陣を守り続ける。
幹比古は遊撃として相手を揺さぶる。
達也は敵陣へ先行し、勝負を決める。
派手さだけなら、他校の選手にも見せ場はあった。
だが、一高は崩れない。
自陣の守りはレオが固める。
敵の連携は幹比古が乱す。
勝つための道筋は、達也が切り開く。
急造とは思えない役割分担に、観客席の空気も少しずつ変わっていった。
森崎たちの事故で沈んだ一高の空気は、完全に晴れたわけではない。
だが、彼らが勝ち進むたびに、少しずつ熱を取り戻していく。
聖火は観客席の端で、その様子を見ていた。
中条も隣で、息を詰めるように試合を追っている。
「すごいですね」
中条がぽつりと言った。
「ええ」
聖火は頷いた。
「急造とは思えません」
「達也くんがいるから、というのはもちろんですけど」
聖火は競技場を見る。
レオが守る。
幹比古が乱す。
達也が攻める。
「二人も、ちゃんと応えてます」
中条は小さく頷いた。
試合は進む。
一高は、モノリス・コードでも順当に勝ち進んでいった。
次回プリンスとジョージはダイジェストにお送りする形になると思われます。
九校戦、こんなに書くことあったんですね。
これでも書きたかったこと省略しているのですが
本格的に巻いていきたいと思います。