魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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5/29 大幅に改良いたしました。申し訳ございません私がまだ慣れていないのと詰めが甘いことで起きたことです。


追憶編2

 

 

深夜が最初に感じたのは、静けさだった。

 

戦場の音が遠い。

 

銃声も、爆発音も、人の悲鳴も、すべて厚い布の向こう側に押し込められているように聞こえた。

 

次に感じたのは、身体の軽さだった。

 

おかしい。

 

深夜は、自分の身体の状態を理解していた。

 

魔法演算領域にかかっていた負荷。

 

精神干渉の反動。

 

深雪を守るために削った余力。

 

そして、限界を超えて使った魔法による肉体への反動。

 

本来なら、目を覚ました瞬間に痛みがあるはずだった。

 

頭の奥が軋むような痛み。

 

呼吸をするたびに胸を削られるような重さ。

 

指先まで鉛になったような倦怠感。

 

それらが、ない。

 

完全に消えているわけではない。

 

だが、遠い。

 

遠ざけられている。

 

まるで、痛みだけを薄い膜の向こう側へ押し込められているようだった。

 

「……」

 

深夜はゆっくりとまぶたを開いた。

 

白い天井が見えた。

 

どこかの治療室か。

 

軍の施設か。

 

それとも、四葉が確保した臨時の医療区画か。

 

すぐには分からなかった。

 

その直後だった。

 

「起きたか」

 

聞き覚えのある声がした。

 

深夜の呼吸が、一瞬だけ止まる。

 

見たくない。

 

そう思った。

 

だが、見ないわけにはいかなかった。

 

深夜は声のした方へ視線を向ける。

 

そこに、少年がいた。

 

黒い外套。

 

変わらない顔。

 

時間に置き去りにされたような姿。

 

そして、どこまでも乾いた目。

 

鷹山聖火。

 

かつて、真夜を炎の中から連れ出した少年。

 

真夜が赤い羽を大切に持ち続ける原因になった男。

 

深夜が一度、自分の治療を拒んだ相手。

 

そして今、よりにもよって自分を救ったらしい男。

 

深夜は数秒だけ黙った。

 

そして、静かに言った。

 

「……最悪の目覚めですね」

 

聖火は表情を変えなかった。

 

「意識があるなら良好だ」

 

「よりによって、あなたの顔を見ることになるとは思いませんでした」

 

「俺も、よりによって君を拾うことになるとは思っていなかった」

 

「拾う?」

 

深夜の声に、わずかに棘が混じる。

 

「私は荷物ではありません」

 

「患者だ」

 

即答だった。

 

深夜は薄く目を細めた。

 

「不愉快な訂正ですこと」

 

「命があれば文句も言える」

 

「相変わらずですね」

 

「よく言われる」

 

「でしょうね」

 

部屋の空気は静かだった。

 

だが、穏やかではない。

 

深夜の中には、いくつもの感情が渦巻いていた。

 

屈辱。

 

安堵。

 

苛立ち。

 

そして、認めたくない救済感。

 

自分はこの男に助けられた。

 

よりにもよって、この男に。

 

真夜の前に現れ、真夜の身体を救い、真夜が失ったはずの未来を返した男。

 

真夜の中に、赤い羽という消えない痕跡を残した男。

 

深夜が、自分の治療を拒んだ相手。

 

その男に、今度は自分が拾われた。

 

その事実が、ひどく腹立たしかった。

 

「深雪は」

 

「黒髪の少年が戻した」

 

「……達也ですね」

 

「名前は知らない」

 

「聞かなかったのですか」

 

「患者を抱えている相手の自己紹介を聞く趣味はない」

 

深夜は、ほんのわずかに笑った。

 

「あなたらしいですね」

 

「俺を知っているような言い方だな」

 

「知らないわけではありません」

 

深夜はそこで言葉を切った。

 

沈黙が落ちる。

 

聖火は深夜を見ていた。

 

その視線は、女を見るものではない。

 

四葉を見るものでもない。

 

過去の因縁を見るものでもない。

 

患者を見る目だった。

 

ただし、哀れみはない。

 

それが深夜には、不愉快であり、同時に少しだけ楽でもあった。

 

責められれば、反論できた。

 

哀れまれれば、拒絶できた。

 

真夜のことを持ち出されれば、怒ることもできた。

 

だが、聖火はそれをしない。

 

ただ患者として見る。

 

壊れた箇所を確認し、必要な処置を施し、生きていることを確認する。

 

それだけだった。

 

だから腹が立つ。

 

この男の前では、自分の罪も、後悔も、言い訳も、すべて診察台の上に並べられているような気がした。

 

「私に、何をしました」

 

「応急処置だ」

 

「身体のことではありません」

 

深夜の声が低くなる。

 

「私の精神に触れましたか」

 

「触れていない」

 

聖火は即答した。

 

「乱れていた負荷を逃がした。呼吸と脈を整えた。魔法演算領域の過剰な緊張を緩めた。それだけだ」

 

「精神の奥には」

 

「触れていない」

 

「なぜ」

 

「本人が起きていないからだ」

 

聖火は淡々と言った。

 

「意識のない人間の心を勝手に弄る趣味はない」

 

深夜の表情が、わずかに動いた。

 

「……皮肉ですか」

 

「違う」

 

「そう聞こえました」

 

「なら、君がそう聞きたかったんだろう」

 

深夜は返さなかった。

 

言葉を返せなかったのではない。

 

返せば、自分からその場所へ踏み込むことになる。

 

真夜。

 

あの夜。

 

自分が妹に施した処置。

 

あれを間違いだったとは言えない。

 

けれど、正しかったとも言えない。

 

聖火は、そこへ踏み込まなかった。

 

責めもしない。

 

赦しもしない。

 

ただ、患者として見ている。

 

それが、何より不愉快だった。

 

「言っておくが、今回は本当に応急処置だけだ」

 

「あなたにしては控えめですね」

 

「君相手に踏み込みすぎると、起きた後が面倒だ」

 

「賢明です」

 

「だろうな」

 

「ですが、無性に腹が立ちます」

 

「俺も君に褒められると落ち着かない」

 

深夜は小さく息を吐いた。

 

ため息とも、笑いともつかない息だった。

 

「本当に、不愉快な方」

 

「起きてすぐそれだけ言えれば十分だ」

 

「あなたの顔を見れば、誰でも目が覚めます」

 

「便利だな。次から覚醒剤代わりに使うか」

 

「やめなさい。医療倫理に反します」

 

「君に医療倫理を語られるとは思わなかった」

 

深夜の視線が冷たくなる。

 

「喧嘩を売っていますか」

 

「今は診察中だ」

 

「なら、ずいぶん不愉快な診察ですね」

 

「意識がはっきりしていて何よりだ」

 

深夜はしばらく聖火を見ていた。

 

そして、口元だけで笑った。

 

「やはり嫌いです」

 

「知っている」

 

「今も嫌いです」

 

「それも知っている」

 

「治療されて、さらに嫌いになりました」

 

「命が助かって何よりだ」

 

「あなたに助けられたという事実が、一番気に入りません」

 

「生きていれば、その不満も言える」

 

「最低ですね」

 

「よく言われる」

 

深夜は目を閉じた。

 

身体はまだ重い。

 

意識も完全ではない。

 

深雪の状況も、詳しくは分からない。

 

それでも、最悪の事態だけは避けられた。

 

その事実が、腹立たしいほどに確かだった。

 

よりにもよって、この男のおかげで。

 

「完全に治すには」

 

深夜は目を閉じたまま言った。

 

「時間がかかるのですね」

 

「かかる」

 

「私も?」

 

「君は特に面倒だ」

 

「失礼な」

 

「事実だ」

 

「治せないと?」

 

「治せる部分はある。触らない方がいい部分もある。時間をかけて分ける必要がある」

 

深夜は目を開けた。

 

「触らない方がいい部分、ですか」

 

「ああ」

 

「それは、私の身体の話ですか」

 

「身体だけなら楽だった」

 

深夜は黙った。

 

聖火も、それ以上は言わなかった。

 

治せる部分。

 

触らない方がいい部分。

 

それが何を指しているのか、深夜には分かった。

 

分かってしまった。

 

「つまり、あなたとまた会わなければならないと」

 

「残念ながら」

 

「最悪ですね」

 

「俺も気が重い」

 

「では、やめますか」

 

「患者が逃げるなら、追う」

 

「本当に最悪です」

 

「よく言われる」

 

深夜は、今度こそ少しだけ笑った。

 

弱く、疲れた笑みだった。

 

だが、作り物ではなかった。

 

「真夜には」

 

「言わない」

 

聖火は先に答えた。

 

深夜はわずかに目を見開いた。

 

「まだ何も言っていません」

 

「言いそうな顔をしていた」

 

「顔に出ていましたか」

 

「出ていた」

 

「不愉快です」

 

「便利だぞ」

 

「あなたに読まれるための顔ではありません」

 

「俺も読みたくて読んでいるわけじゃない」

 

深夜は目を閉じた。

 

「真夜には、言わないでください」

 

「善処する」

 

「信用できませんね」

 

「なら自分で口止めしろ。起きてからな」

 

「……本当に、不愉快」

 

「それだけ言えれば、もう少し眠っても死なない」

 

聖火は立ち上がった。

 

「寝ろ。文句は回復してからまとめて聞く」

 

「聞き流すのでしょう」

 

「よく分かっているじゃないか」

 

「最低」

 

「良好だ」

 

「何がですか」

 

「悪態のキレが戻ってきた」

 

深夜は枕に頭を沈めたまま、聖火を睨んだ。

 

「次に目を覚ました時、あなたの顔がないことを祈ります」

 

「祈りは専門外だ」

 

「なら、努力なさい」

 

「善処する」

 

「その言葉が一番信用できません」

 

「寝ろ、深夜」

 

聖火はそれだけ言った。

 

命令のようで、処置のようでもあった。

 

深夜は不満そうに目を細めたが、それ以上は言わなかった。

 

疲労が戻ってきていた。

 

痛みも、少しずつ輪郭を持ち始めている。

 

それは不快だった。

 

だが、どこか安心もした。

 

痛みが痛みとして戻る。

 

苦しさが苦しさとして分かる。

 

それは、自分がまだ生きている証拠だった。

 

あの男の処置は、痛みを奪ったのではない。

 

死に近づきすぎた身体を、生きている場所まで戻しただけだ。

 

だから、痛む。

 

だから、苦しい。

 

だから、まだ生きている。

 

深夜は眠りに落ちる寸前、小さく呟いた。

 

「……本当に、嫌な男」

 

聖火は静かに答えた。

 

「嫌われ者は慣れている」

 

深夜は、今度は返事をしなかった。

 

呼吸がゆっくりと深くなる。

 

聖火は深夜の脈を取った。

 

今すぐ死ぬことはない。

 

完全に治すには時間がかかる。

 

設備も必要だ。

 

本人の意識も、意思も必要になる。

 

そして何より、本人がその奥に触れられることを望まなければならない。

 

今はこれでいい。

 

悪態をつけるなら、まだ生きている。

 

怒れるなら、まだ戻れる。

 

嫌いだと言えるなら、まだこちら側にいる。

 

聖火はそれを確認して、治療室を後にした。

 

 

 




AIがうまく表現してくれない
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