魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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この話をするかどうか悩みましたがせっかくなので投稿いたします。


千葉家道場の日曜日

 

 

九月のある日曜日。

 

鷹山聖火は、千葉家の道場の前に立っていた。

 

呼び出したのは、千葉エリカである。

 

理由は、数日前までさかのぼる。

 

放課後の教室で、エリカはいつもの調子で聖火へ言った。

 

「そういえば、あんた、剣術がどうとか前に言ってたわよね」

 

「言ったかな」

 

「言ったわ」

 

「記憶にないなあ」

 

「都合の悪い記憶を消すんじゃないわよ」

 

「便利そうではあるね」

 

「今度の日曜、うちに来なさい」

 

「急だね」

 

「道場、見せてあげる」

 

「それ、俺に拒否権はある?」

 

「あるわよ」

 

「あるんだ」

 

「来るか、あたしが迎えに行くか」

 

「拒否権じゃなくて、移動方法の選択だね」

 

「細かいこと気にしない」

 

そういうわけで、聖火は千葉家の道場へ来ることになった。

 

本人としては、道場を見学して、せいぜい少しだけ型か何かを見る程度のつもりだった。

 

エリカがいる時点で、多少面倒なことになる覚悟はしていた。

 

だが。

 

道場の中へ通された聖火は、そこで足を止めた。

 

広い板張りの床。

 

壁に掛けられた木刀や竹刀。

 

清潔に整えられた空気。

 

その中央付近に、三人の姿があった。

 

千葉エリカ。

 

そして、二人の見慣れない相手――ではなく、一人は見慣れた相手だった。

 

もう一人は、穏やかな雰囲気をまとった青年だった。

 

整った顔立ちに、柔らかな物腰。

 

一見すると、道場よりも静かな茶席の方が似合いそうな美男子である。

 

だが、その立ち姿には隙がなかった。

 

肩に力は入っていない。

 

足元も自然。

 

けれど、道場の空気に溶け込むように立つ姿からは、ただの優男ではないことが分かる。

 

千葉家の人間。

 

そう思えば、むしろ納得できる雰囲気だった。

 

そして、もう一人は聖火もよく知る相手だった。

 

「……渡辺先輩?」

 

渡辺摩利がいた。

 

道着姿で、当然のようにそこに立っている。

 

聖火は一度、入口を見た。

 

それから、道場の中の三人を見た。

 

もう一度、入口を見た。

 

エリカが、むすっとした顔で腕を組んでいる。

 

いつものような勝ち気な笑みではない。

 

不機嫌というほどではないが、明らかに何かに納得していない顔だった。

 

「何してるの?」

 

「逃げ道を確認してる」

 

「正直ね」

 

「この面子を見たら普通そうするよ」

 

摩利が腕を組んだまま、面白そうに眉を上げる。

 

「鷹山。私がいるのはそんなに不満か?」

 

「不満というより、予定外です」

 

「予定外には慣れているだろう」

 

「慣れたくないんですけどね」

 

そこで、穏やかな青年が一歩前に出た。

 

「君が鷹山聖火くんか。エリカから話は聞いているよ。千葉修次だ」

 

聖火は姿勢を正し、丁寧に頭を下げる。

 

「初めまして。鷹山聖火です。本日はお邪魔します」

 

修次は柔らかく笑った。

 

「そう固くならなくていいよ。今日はエリカが無理を言ったんだろう?」

 

「否定するとエリカさんに怒られそうなので、黙っておきます」

 

「賢明だな」

 

修次は苦笑した。

 

聖火は、ちらりとエリカを見る。

 

「それで、エリカさんはどうしてそんな顔をしてるの?」

 

「別に」

 

「別にって顔じゃないね」

 

「元々は、あたしがあんたの動きを見るつもりだったのよ」

 

「そうなの?」

 

「そうよ。なのに修次兄貴が興味を持って、ついでに摩利まで来た」

 

「ついでで渡辺先輩が来るの、だいぶ話が大きくなってない?」

 

「だから納得いってないのよ」

 

摩利が軽く肩をすくめる。

 

「エリカ、お前が面白そうな話をするからだろう」

 

「面白そうだからって勝手に乗ってこないでよ」

 

「なら、最初から私の前で話すな」

 

「聞いてたのはそっちでしょ」

 

「聞こえるように話したのはお前だ」

 

エリカは悔しそうに口を結んだ。

 

ただ、エリカがむすっとしている理由は、それだけではなかった。

 

修次と摩利の距離感そのものが、どうにもまだ気に入らないらしい。

 

それが、聖火にも何となく分かった。

 

修次はその空気を分かっているのか、分かっていないのか、穏やかな顔のまま話を戻した。

 

「まあ、せっかく来たんだ。少し付き合ってくれると助かる」

 

「少し、ですか」

 

「少しだよ」

 

聖火は嫌な予感しかしなかった。

 

エリカは不満そうな顔のまま言う。

 

「せっかく来たんだから、少し見せてもらうわ」

 

「何を?」

 

「魔法なしの立ち回り」

 

聖火は沈黙した。

 

そして、ゆっくり摩利を見る。

 

摩利は、すでに準備ができているような顔をしていた。

 

「もしかして、相手は」

 

「私だ」

 

摩利が答えた。

 

聖火は深く息を吐いた。

 

「エリカさん」

 

「何?」

 

「これは道場見学では?」

 

「見学もするわよ。中から」

 

「中から」

 

「実際に動いた方がよく分かるでしょ」

 

「分かるのは痛みの方だと思うんだけど」

 

エリカはむすっとした顔のまま、摩利を指さした。

 

「遠慮はいらないわ」

 

「俺に言ってる?」

 

「もちろん」

 

「相手、渡辺先輩だよ?」

 

「だから何よ」

 

エリカは言い切った。

 

「その女をぶっ潰せ」

 

一瞬、道場の空気が止まった。

 

修次は苦笑した。

 

聖火も苦笑した。

 

摩利は、笑っていなかった。

 

「エリカ」

 

「何?」

 

「後でお前も相手をしてやる」

 

「遠慮しておくわ」

 

「遠慮はいらないんだろう?」

 

「それとこれとは別」

 

「都合がいいな」

 

聖火は頭を抱えた。

 

「俺、帰っていいですか」

 

修次が穏やかに言う。

 

「せっかく来たんだ。少しだけ付き合ってくれないか」

 

「修次さんまで」

 

「安心していい。魔法はなし。危なくなれば止める」

 

「危なくなる前提なんですね」

 

摩利が木刀を一本手に取った。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「九校戦では、随分と裏で働いていたそうだな」

 

「働かされていました」

 

「部活連でもよく動いていると聞いている」

 

「使われています」

 

「なら、少しは自分の身を守れるだろう」

 

「その理屈、だいぶ乱暴ですね」

 

摩利は口元をわずかに上げた。

 

「安心しろ。潰す気はない」

 

エリカが横から言う。

 

「あたしは潰していいって言ったけど?」

 

「エリカさんは少し黙ってて」

 

聖火はそう言いながら、壁に掛けられた木刀へ視線を向けた。

 

魔法なし。

 

相手は渡辺摩利。

 

しかも千葉家の道場で、千葉修次が見ている。

 

逃げられない。

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

「……分かりました。少しだけ」

 

修次が頷く。

 

「ありがとう」

 

聖火は木刀を手に取った。

 

重さを確かめる。

 

握りを変える。

 

足元の感触を確かめる。

 

板張り。

 

滑りすぎず、引っかかりすぎない。

 

呼吸を整える。

 

摩利が道場の中央へ進む。

 

聖火もその向かいに立った。

 

エリカは道場の端で、まだ少し不満そうに腕を組んでいる。

 

「遠慮はいらないわよ、聖火」

 

聖火は苦笑した。

 

「遠慮するよ。相手、前委員長だよ」

 

「前委員長だ」

 

摩利が訂正する。

 

「そこですか」

 

「正確さは大事だ」

 

「そうですね」

 

修次が二人の間に立つ。

 

「魔法は禁止。得物は木刀。急所への無理な打ち込みは禁止。勝敗は一本。こちらで危険と判断した場合は止める」

 

聖火は頷いた。

 

「分かりました」

 

摩利も頷く。

 

「問題ない」

 

修次が一歩下がった。

 

「始め」

 

その声と同時に、摩利の空気が変わった。

 

鋭い。

 

速い。

 

そして、迷いがない。

 

聖火はその瞬間、正面から打ち合う選択を捨てた。

 

摩利の踏み込みは、予想よりもずっと速かった。

 

床を蹴る音は小さい。

 

けれど、間合いの詰まり方が鋭い。

 

木刀の切っ先が、まっすぐに聖火の中心へ向かう。

 

聖火は半歩引き、木刀を斜めに合わせた。

 

受け止めない。

 

滑らせる。

 

乾いた音が道場に響く。

 

摩利の木刀が、聖火の木刀を削るように流れた。

 

「へえ」

 

道場の端で、エリカが楽しそうに声を漏らす。

 

聖火は答える余裕がなかった。

 

摩利は止まらない。

 

一打目を外された瞬間には、すでに二打目へ移っている。

 

上段からの打ち下ろし。

 

横薙ぎ。

 

踏み込みを変えた突き。

 

どれも速い。

 

魔法なし。

 

それでも、渡辺摩利は十分に強かった。

 

いや、魔法がないからこそ分かる。

 

この人は、身体の使い方だけでも一級品だ。

 

聖火は受けずに外した。

 

下がる。

 

半身になる。

 

木刀の腹で軌道をずらす。

 

一歩ずつ、道場の中央から外へ追われていく。

 

摩利の攻撃は荒くない。

 

むしろ丁寧だった。

 

無駄が少なく、次へつながる。

 

聖火が逃げる場所を、少しずつ消してくる。

 

「どうした、鷹山」

 

摩利が言った。

 

「逃げてばかりでは、勝てないぞ」

 

「勝てる気がしないので、逃げてます」

 

「正直だな」

 

「こういう時に見栄を張ると、痛い目を見るので」

 

聖火はそう返しながら、また一打を外した。

 

木刀同士が触れた瞬間、腕に重さが走る。

 

真正面から受ければ押し潰される。

 

力も速度も、摩利の方が上だ。

 

修次は端で静かに見ていた。

 

エリカは、いつの間にか少し機嫌を直している。

 

聖火が思ったより粘っていることが、気に入ったらしい。

 

「聖火、もうちょっと頑張りなさいよ!」

 

「今、すごく頑張ってるんだけど!」

 

「摩利がまだ物足りなさそうよ!」

 

「それは俺の責任じゃない!」

 

摩利の木刀がまた迫る。

 

聖火は足を入れ替え、かろうじて軌道から外れた。

 

摩利の目が少し細くなる。

 

剣そのものは、自分の方が上。

 

それは間違いない。

 

鷹山聖火は素人ではない。

 

だが、剣士ではない。

 

身体はよく動く。

 

目もいい。

 

間合いの取り方も悪くない。

 

けれど、剣でこちらを崩すだけの鋭さはない。

 

摩利はそう判断した。

 

そして、その判断は間違っていなかった。

 

聖火は剣術で摩利に勝てる相手ではない。

 

だからこそ、聖火は最初から剣術で勝つつもりがなかった。

 

彼が得意としているのは、剣で相手を打ち倒すことではない。

 

暴れる相手を壊さずに止めること。

 

錯乱した患者。

 

痛みにもがく負傷者。

 

恐怖で自分や周囲を傷つけかねない者。

 

そういう相手を、できるだけ傷つけず、できるだけ早く無力化する。

 

聖火の身体に残っているのは、そういう技術だった。

 

だから、勝負の形が剣術である限り、摩利が上だった。

 

だが、相手の武器を外し、踏み込みを流し、動きを止める勝負なら。

 

勝ち筋は、まだ残っていた。

 

摩利が一歩、踏み込む。

 

それまでよりも、わずかに深い踏み込みだった。

 

大振りではない。

 

乱れたわけでもない。

 

だが、勝ちを取りに行く一打だった。

 

この距離なら、聖火は下がれない。

 

受ければ崩れる。

 

外そうとしても、次の一手で詰められる。

 

摩利の木刀が、聖火の肩口へ向かって振り下ろされる。

 

その瞬間。

 

聖火は、自分の木刀を手放した。

 

「なっ――」

 

摩利の目がわずかに見開かれる。

 

剣を捨てた。

 

それは、摩利の予想の外だった。

 

木刀を受けるはずだった場所に、聖火の木刀はない。

 

聖火の身体は、半身になって摩利の線の外へ滑っていた。

 

摩利の打ち込みは空を切らない。

 

聖火は逃げたのではない。

 

近づいていた。

 

右手が、摩利の木刀の柄元へ触れる。

 

左手が、摩利の手首の外側を押さえる。

 

止めるのではない。

 

逆らわない。

 

摩利が振り下ろした力を、そのまま前へ流す。

 

同時に、聖火の足が摩利の進路へ入った。

 

踏み込んできた摩利の足の前に、聖火の足が斜めに置かれる。

 

腰をぶつけるのではない。

 

背負うのでもない。

 

ただ、進もうとした先に道がなくなる。

 

摩利の上半身は、打ち込みの勢いのまま前へ流れた。

 

だが、足は進めない。

 

肩と腰の線がずれる。

 

一瞬だけ、摩利の重心が宙に浮いた。

 

「っ!」

 

摩利の視界が傾く。

 

自分の踏み込みが、自分の身体を崩している。

 

力で持ち上げられたのではない。

 

進むはずだった場所を外され、流された。

 

次の瞬間、摩利の背中が道場の床を打った。

 

乾いた音が響く。

 

痛みより先に、息が詰まる。

 

摩利の手から木刀が離れていた。

 

その木刀は、聖火の手の中にある。

 

聖火は投げ終えた姿勢のまま、奪った木刀の切っ先を摩利の喉元ではなく、肩口の横へ静かに置いていた。

 

道場が静まり返る。

 

エリカも、修次も、一瞬だけ言葉を失っていた。

 

聖火は静かに息を吐いた。

 

「……一本、でいいですか?」

 

摩利は背中を床につけたまま、短く息を吐いた。

 

「……ああ。一本だ」

 

修次がゆっくり頷いた。

 

「そこまで」

 

聖火はすぐに木刀を下げ、一歩退いた。

 

「失礼しました」

 

摩利はゆっくりと身体を起こす。

 

痛めた様子はない。

 

だが、表情にははっきりと驚きがあった。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「今のは、剣術ではないな」

 

「はい」

 

聖火は即答した。

 

「剣では勝てないと思いました」

 

摩利の眉がわずかに動く。

 

「だから、剣を捨てたのか」

 

「はい。剣術勝負を続けたら負けるので」

 

エリカが、その瞬間に吹き出した。

 

「ちょっと、あんた本当に捨てたわね!」

 

「エリカさんがぶっ潰せって言ったんで」

 

「言ったけど、そう来るとは思わないでしょ!」

 

「俺もできればやりたくなかったよ」

 

摩利は立ち上がりながら、自分の背中を軽く払った。

 

「投げ……いや、今のは背負いではないな」

 

修次が静かに言った。

 

「体落に近いな。踏み込みの先を潰されたんだ」

 

摩利は少しだけ目を細める。

 

「ああ。進んだつもりが、進む場所を消されていた」

 

修次は聖火の手元へ視線を向ける。

 

「それに、剣を捨てて相手の得物を取った。発想としては、無刀取にも近い」

 

聖火は少しだけ目を伏せた。

 

「真似事です。本物と言うには恐れ多いです」

 

修次は、そこで穏やかに言った。

 

「無刀取りとは、刀を取る技にあらず。われ、刀無き時に人に斬られまじきためなり」

 

道場の空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

修次は続ける。

 

「柳生新陰流の兵法家伝書にある考えだ。相手の刀を奪うことが目的じゃない。刀を持たない時に、どう斬られずに済ませるか。そのための理だな」

 

聖火はわずかに目を見開いた。

 

「……ご存じなんですね」

 

「名前だけは、というほど浅いつもりはないよ」

 

修次は柔らかく笑った。

 

「もっとも、今の君の動きは柳生新陰流そのものというより、無刀取の考え方に、投げと崩しを混ぜたものに見えた」

 

摩利が頷く。

 

「剣で受けると思った瞬間、前提を外された」

 

「はい」

 

聖火は素直に認めた。

 

「剣では勝てないと思いました」

 

摩利の眉がわずかに動く。

 

「だから、剣を捨てたのか」

 

「はい。剣術勝負を続けたら負けるので」

 

摩利は黙って聖火を見た。

 

その言葉は、言い訳ではない。

 

勝った側の謙遜でもない。

 

かなり正確な自己評価だった。

 

摩利は小さく笑った。

 

「なるほど。私は油断したわけか」

 

「油断というより、剣で勝てると判断したんだと思います」

 

「実際、剣では私が勝っていた」

 

「はい」

 

即答だった。

 

その即答に、摩利は少しだけ目を丸くし、それから笑った。

 

「そこは少し遠慮しろ」

 

「遠慮したら怒られる気がしたので」

 

「分かっているじゃないか」

 

修次が腕を組んだまま、感心したように言う。

 

「面白いな。剣士の勝ち方ではない」

 

聖火は苦笑する。

 

「剣士ではないので」

 

「だが、勝ち方を知っている」

 

修次の声には、先ほどまでより明らかに興味が混ざっていた。

 

「相手の土俵で勝とうとせず、勝てる形だけを拾った。しかも相手を傷めずに終わらせた。悪くない」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし」

 

修次の目が少し細くなる。

 

「あれは何度も通じる手ではない」

 

「はい。一度きりです」

 

「分かっているならいい」

 

摩利は自分の木刀を受け取り、肩を軽く回した。

 

「悔しいな」

 

「すみません」

 

「謝るな。余計に悔しい」

 

「じゃあ、謝りません」

 

「それも腹が立つ」

 

聖火はどう返していいか分からず、苦笑した。

 

エリカは道場の端で腹を抱えて笑っている。

 

「いやあ、いいもの見たわ。摩利が床に転がるところなんて、なかなか見られないもの」

 

摩利の目が、ゆっくりとエリカへ向いた。

 

「エリカ」

 

「何?」

 

「次はお前だ」

 

「遠慮しておきます」

 

「遠慮はいらないと言ったのはお前だ」

 

「それとこれとは別よ」

 

「都合がいいな」

 

修次は苦笑し、聖火も苦笑した。

 

千葉家の道場に、ようやく少しだけ軽い空気が戻る。

 

だが、聖火は自分の手を見ながら、内心では小さく息を吐いていた。

 

勝った。

 

だが、強かった。

 

摩利の剣は、真正面から受けていいものではなかった。

 

一度勝ったからといって、次も勝てる相手ではない。

 

むしろ、次はおそらく通じない。

 

それが分かるから、聖火は勝利に浮かれる気にはなれなかった。

 

摩利もまた、それを分かっているのだろう。

 

だからこそ、悔しそうでありながら、怒ってはいなかった。

 

修次が静かに言う。

 

「鷹山くん」

 

「はい」

 

「もう一本、とは言わない」

 

「助かります」

 

「だが、少し話を聞かせてもらおうか」

 

聖火は嫌な予感がした。

 

「何の話でしょう」

 

「今の身体の使い方だ」

 

エリカが楽しそうに言う。

 

「よかったじゃない、聖火。修次兄貴に気に入られたわよ」

 

「それ、よかったのかな」

 

摩利が木刀を肩に担ぐ。

 

「少なくとも、私としてはもう少し詳しく聞きたい」

 

聖火は天井を見上げた。

 

「……俺、今日は道場見学のつもりだったんですけど」

 

エリカは満面の笑みで言った。

 

「見学できたじゃない。自分で」

 

「それ、見学じゃなくて実演だよ」

 

修次と摩利が笑い、エリカも笑った。

 

聖火は諦めたように息を吐いた。

 

どうやら、千葉家の日曜日は、まだ簡単には終わってくれないらしかった。

 




こいつ無敵か

冗談はさておき

補足
聖火はもともと衛生兵で、もがいている負傷兵や錯乱した味方なんかを取り押さえるために、いろいろな体術を習得しています。

その中でも武器を思った相手を取り押さえることが得意という設定です。
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