魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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今回はサクッと終わらせましょう



横浜騒乱編3

 

 

 

 

病院での見舞いの後、聖火は十文字の指示通り、服部へ必要最低限の情報を共有した。

 

 

 

平河千秋に、外部から感情を誘導された可能性があること。

 

本人の精神状態が、まだ不安定であること。

 

同じ手口が、他の人間にも使われる可能性があること。

 

 

 

ただし、聖火自身の能力に関わる部分は伏せた。

 

 

 

服部は、そこを深く問いたださなかった。

 

 

 

聖火が何かを隠していることには気づいていただろう。

 

だが、服部はそれを追及するより、警備上必要な情報として処理することを選んだ。

 

 

 

「詳細は聞かない」

 

 

 

服部はそう言った。

 

 

 

「ただし、警備に必要なことなら必ず共有しろ。隠した結果、被害が出るのは許さん」

 

 

 

「はい」

 

 

 

聖火は素直に頷いた。

 

 

 

服部は少しだけ目を細めた。

 

 

 

「十文字先輩には?」

 

 

 

「共有済みです」

 

 

 

「……わかった」

 

 

 

服部は短く息を吐いた。

 

 

 

それ以上は言わなかった。

 

 

 

その時点で、論文コンペ当日の警備事項には、一つの注意書きが追加された。

 

 

 

平河千秋の件に類似した、外部干渉の可能性。

 

 

 

証拠はない。

 

断定もできない。

 

 

 

だが、記録には残された。

 

 

 

気のせいかもしれないことを、消さずに残す。

 

 

 

それは、横浜の下見以来、聖火が何度も口にしていたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、論文コンペ当日。

 

 

 

横浜の会場は、朝から静かな熱を帯びていた。

 

 

 

外から見れば、そこは学術発表の場である。

 

 

 

各校の生徒たちが集まり、関係者が行き交い、受付では名簿の確認が行われている。

 

発表者たちは資料を抱え、補助スタッフは機材の最終確認に追われていた。

 

 

 

だが、その裏側では、警備の緊張が確かに高まっていた。

 

 

 

会場の一角に設けられた警備本部。

 

 

 

そこでは、十文字克人が各校の学生警備組織から上がってくる情報を確認していた。

 

 

 

正面入口。

 

搬入口。

 

関係者用通路。

 

控室周辺。

 

発表会場。

 

避難経路。

 

地下設備。

 

 

 

各所の配置と連絡系統が、端末上に整理されていく。

 

 

 

十文字の表情に乱れはない。

 

 

 

普段通りの無表情。

 

普段通りの低い声。

 

普段通りの圧。

 

 

 

ただ立っているだけで、周囲の空気が引き締まる。

 

 

 

その斜め後ろに、なぜか鷹山聖火が立っていた。

 

 

 

聖火は警備本部の空気に馴染んでいるようで、馴染んでいない。

 

 

 

姿勢は崩していない。

 

周囲も見ている。

 

 

 

だが、本人の顔には、わずかに居心地の悪さが浮かんでいた。

 

 

 

「……十文字先輩」

 

 

 

服部刑部少丞範蔵は、その光景を見て、眉を寄せた。

 

 

 

「なぜ鷹山がそこにいるんですか」

 

 

 

十文字は端末から視線を外さずに答えた。

 

 

 

「俺の近くに置く」

 

 

 

短い返答だった。

 

 

 

聖火が小さく手を上げる。

 

 

 

「俺も少し疑問なんですが」

 

 

 

「お前は黙っていろ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

即答だった。

 

 

 

服部は聖火を見てから、改めて十文字へ視線を戻した。

 

 

 

「鷹山は、第一高校側の警備メンバーとしてこちらで動かす予定でした」

 

 

 

「必要な時は戻す」

 

 

 

十文字は淡々と言った。

 

 

 

「だが、開始直後は俺の近くに置く」

 

 

 

「理由を聞いても?」

 

 

 

「異常に気づくのが早い」

 

 

 

十文字の声に迷いはなかった。

 

 

 

「会場の空気、人の流れ、怪我人の兆候、避難導線の詰まり。鷹山は、そういうものを見るのに向いている」

 

 

 

聖火は少しだけ視線を逸らした。

 

 

 

褒められているのか、管理対象として説明されているのか、判断に迷う言い方だった。

 

 

 

十文字は続ける。

 

 

 

「ただし、自由にさせると勝手に動く」

 

 

 

「本人の前で言いますか」

 

 

 

聖火が小さく抗議した。

 

 

 

「事実だ」

 

 

 

「否定できないのがつらいところです」

 

 

 

十文字は端末上の会場図を示した。

 

 

 

「鷹山」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「今日は勝手に動くな」

 

 

 

「そのつもりです」

 

 

 

「そのつもり、では足りない」

 

 

 

聖火は一瞬黙った。

 

 

 

それから、少しだけ真面目な顔になる。

 

 

 

「分かりました。独断で動く前に、必ず報告します」

 

 

 

十文字はそこで、ようやく聖火を見る。

 

 

 

「報告できない状況なら?」

 

 

 

「人命優先。ただし、後で怒られる覚悟をします」

 

 

 

「違う」

 

 

 

「違いますか」

 

 

 

「人命優先で動くなら、事前に動く範囲を決めておけ」

 

 

 

十文字は会場図の数か所を示した。

 

 

 

「お前が見ていいのは、警備本部周辺、発表会場前、第一高校控室までの導線、地下シェルターへ向かう経路。この四つだ」

 

 

 

聖火は画面を見つめる。

 

 

 

十文字が指定した範囲は、狭いようで広い。

 

 

 

警備本部。

 

発表会場。

 

一高の控室。

 

地下への避難導線。

 

 

 

どこかで異常が起きれば、確実に人の流れが集中する場所だった。

 

 

 

「この範囲を外れる時は、俺か服部へ報告しろ」

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

「戦闘しに行くな」

 

 

 

「……了解しました」

 

 

 

「間があったぞ」

 

 

 

「気のせいです」

 

 

 

服部が横から低く言う。

 

 

 

「鷹山」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「十文字先輩の指示は、第一高校側の警備指示としても共有する。勝手な判断は認めない」

 

 

 

「分かっています」

 

 

 

聖火は今度こそ、きちんと頷いた。

 

 

 

「俺の役割は、異常を見つけて報告すること。避難が必要になった場合は、指定された導線で人を動かすこと。戦闘は最終手段」

 

 

 

「よし」

 

 

 

服部は短く答えた。

 

 

 

十文字も、それ以上は言わなかった。

 

 

 

聖火は再び十文字の斜め後ろに立つ。

 

 

 

立ち位置だけ見れば、まるで副官のようにも見える。

 

 

 

だが実際には違う。

 

 

 

副官ではない。

 

補佐でもない。

 

 

 

十文字が目の届く場所に置いている、警戒対象兼観測役。

 

 

 

それが今日の聖火の位置だった。

 

 

 

本人としては、あまり納得したくない扱いである。

 

 

 

だが、合理的ではあった。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、中条あずさが警備本部へやって来た。

 

 

 

手には端末。

 

その上に、紙の確認表が数枚。

 

さらに予備の筆記具まで持っている。

 

 

 

表情は真剣だった。

 

 

 

真剣すぎるほどに真剣だった。

 

 

 

「十文字先輩、服部くん、鷹山くん。第一高校側の発表機材、控室、通信回線の確認が終わりました」

 

 

 

「ご苦労」

 

 

 

十文字が短く答える。

 

 

 

中条は端末を操作しながら続けた。

 

 

 

「発表用端末、投影設備、予備回線、控室から発表会場までの導線、非常階段、地下シェルターへの経路、すべて確認済みです。問題はありません」

 

 

 

「確認表は?」

 

 

 

聖火が聞いた。

 

 

 

中条は即座に紙を差し出した。

 

 

 

「あります。三部作りました」

 

 

 

「三部」

 

 

 

「はい。生徒会用、警備本部用、予備です」

 

 

 

「張り切りすぎです」

 

 

 

「そ、そうでしょうか」

 

 

 

「悪い意味ではありません」

 

 

 

聖火は軽く笑う。

 

 

 

「でも、今日は全部を完璧に抱え込もうとしないでください。中条先輩は設備と記録。人の流れは警備側が見ます」

 

 

 

中条は少しだけ唇を引き結んだ。

 

 

 

「分かっています」

 

 

 

その返事には、少しだけ力が入りすぎていた。

 

 

 

聖火はそれに気づいたが、あえて強くは言わなかった。

 

 

 

「地下シェルターの通信は?」

 

 

 

「会場管理室、警備室とは接続確認済みです。外部回線は通常時制限されていますが、非常時には解放可能です」

 

 

 

「予備電源は?」

 

 

 

「稼働確認済みです。ただし長時間使用する場合は、区画ごとに照明を落として節電する必要があります」

 

 

 

「備蓄品は?」

 

 

 

「水、保存食、毛布、救急箱、簡易トイレ、懐中電灯、予備電池。数は前回確認したものと一致しています」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

聖火は素直に頷いた。

 

 

 

中条は少し驚いたように瞬きをする。

 

 

 

「いえ……その、当然のことですから」

 

 

 

「当然をちゃんとやるのは、かなり大事ですよ」

 

 

 

聖火の言葉に、中条はわずかに肩の力を抜いた。

 

 

 

服部はその様子を見て、少しだけ目を細める。

 

 

 

「鷹山」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「お前は中条先輩を落ち着かせる係でもあるのか」

 

 

 

「違います。自然発生した役割です」

 

 

 

「余計に厄介だな」

 

 

 

「なぜですか」

 

 

 

服部は答えなかった。

 

 

 

十文字も、何も言わなかった。

 

 

 

ただ、中条だけが少し困ったように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

警備本部の端末に、各所からの報告が入ってくる。

 

 

 

正面入口、異常なし。

 

搬入口、異常なし。

 

関係者用通路、異常なし。

 

控室周辺、異常なし。

 

発表会場、準備完了。

 

 

 

会場は、順調に動いていた。

 

 

 

あまりにも順調に。

 

 

 

聖火は警備本部の端に立ち、会場図と現場からの報告を見比べていた。

 

 

 

正面入口の人の流れ。

 

受付前で足を止める関係者。

 

誘導員の配置。

 

廊下の曲がり角。

 

非常階段へ向かう扉の位置。

 

 

 

一つずつ確認していく。

 

 

 

大きな異常はない。

 

 

 

少なくとも、今すぐ動くべき異常はない。

 

 

 

だが、違和感が完全に消えたわけでもなかった。

 

 

 

「服部先輩」

 

 

 

聖火は低い声で呼んだ。

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「正面入口の外、少し人が溜まっています」

 

 

 

服部は端末を確認する。

 

 

 

「受付待ちではないのか」

 

 

 

「それもあります。ただ、受付に進まずに外側で立っている人が数人います」

 

 

 

「関係者か?」

 

 

 

「断定できません。外国人観光客に見えます」

 

 

 

その言葉に、服部の表情がわずかに変わった。

 

 

 

横浜の会場で、外国人の姿があること自体は不自然ではない。

 

 

 

観光客。

 

関係者。

 

通行人。

 

 

 

どれもあり得る。

 

 

 

だから、ただ外国人がいるというだけでは警備情報として弱い。

 

 

 

だが、前回の下見でも同じような報告があった。

 

 

 

気のせいかもしれないこと。

 

 

 

消さずに残した違和感。

 

 

 

「動きは?」

 

 

 

服部が聞く。

 

 

 

「今のところありません。ですが、会場入口を見ています」

 

 

 

「警備員には?」

 

 

 

「自然な範囲で確認してもらう方がいいと思います。露骨に動くと、こちらが気づいたと知らせることになります」

 

 

 

服部は短く頷いた。

 

 

 

「分かった。入口担当へ確認を入れる」

 

 

 

十文字が横から言う。

 

 

 

「服部」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「確認は静かにやれ」

 

 

 

「承知しています」

 

 

 

十文字は聖火を見る。

 

 

 

「鷹山」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「お前は動くな」

 

 

 

「まだ動きません」

 

 

 

「まだ、ではない」

 

 

 

「動きません」

 

 

 

聖火は言い直した。

 

 

 

十文字はそれでよしとしたのか、視線を端末へ戻す。

 

 

 

聖火もまた、会場図へ視線を落とした。

 

 

 

入口の外。

 

受付前。

 

発表会場。

 

地下への導線。

 

 

 

点は、まだ点のままだ。

 

 

 

線になっているとは言えない。

 

 

 

だが、線になりそうな気配だけはある。

 

 

 

「……嫌な感じですね」

 

 

 

聖火が小さく呟いた。

 

 

 

服部が聞き返す。

 

 

 

「何がだ」

 

 

 

「静かすぎます」

 

 

 

「騒がしい方がいいのか」

 

 

 

「いいえ」

 

 

 

聖火は首を横に振る。

 

 

 

「でも、静かすぎる現場は、だいたい何かが隠れています」

 

 

 

服部は何も言わなかった。

 

 

 

十文字も同じだった。

 

 

 

警備本部の空気が、わずかに重くなる。

 

 

 

その時、発表会場側から、開始準備完了の連絡が入った。

 

 

 

論文コンペが始まる。

 

 

 

表向きは、予定通りに。

 

 

 

何事もないように。

 

 

 

聖火は、会場図に表示された地下シェルターの位置を一度だけ見た。

 

 

 

使われないために確認した場所。

 

 

 

使われないことを願っていた場所。

 

 

 

だが、その願いが叶うかどうかは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 

その時、服部の視線が、ふと聖火の足元で止まった。

 

 

 

そこには、大きなアタッシュケースが置かれていた。

 

 

 

黒い外装。

 

頑丈そうな留め具。

 

角を補強された、やや無骨なケース。

 

 

 

ただし、見た目だけなら危険物には見えない。

 

 

 

高価な測定機材か、発表用の精密機器でも入っているのだろう。

 

そう説明されれば、警備本部の隅に置かれていても不自然ではなかった。

 

 

 

問題は、その持ち主が鷹山聖火であることだった。

 

 

 

「鷹山」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「そのケースは何だ」

 

 

 

「武器ですが?」

 

 

 

聖火は当然のように聞き返した。

 

 

 

服部の眉間に、深い皺が刻まれる。

 

 

 

「なぜ疑問形なんだ」

 

 

 

「警備なので」

 

 

 

「説明になっていない」

 

 

 

「一応、必要になる可能性を考えまして」

 

 

 

「論文コンペの会場に、武器を持ち込むな」

 

 

 

「見た目は危険物ではありません」

 

 

 

「中身の話をしている」

 

 

 

「持ち込んでいい範囲のものです」

 

 

 

「その言い方がすでに不穏だ」

 

 

 

十文字が静かに口を挟んだ。

 

 

 

「中身は確認済みだ」

 

 

 

服部は十文字を見る。

 

 

 

「確認済み、ですか」

 

 

 

「見た目はただの機材ケースだ。中身も規定には違反していない」

 

 

 

「つまり、危険ではあるんですね」

 

 

 

聖火が小さく付け加える。

 

 

 

「合法です」

 

 

 

「そこを強調されると逆に不安になる」

 

 

 

服部の声が低くなった。

 

 

 

聖火は少しだけ視線を逸らした。

 

 

 

「使わないために持ってきています」

 

 

 

「どういう意味だ」

 

 

 

「何かが起きた時、何もできない方が危ないです。けれど、最初から手元にあると使いたくなる。だから、ケースに入れて、十文字先輩の近くに置いています」

 

 

 

服部は一瞬、言葉を止めた。

 

 

 

ふざけているようで、理屈は通っている。

 

 

 

勝手に動くな。

 

戦闘しに行くな。

 

独断で判断するな。

 

 

 

そう釘を刺されている聖火が、武器を十文字の目の届く場所に置いている。

 

 

 

つまりそれは、聖火なりの拘束具でもあった。

 

 

 

十文字が短く言う。

 

 

 

「使う時は俺が許可する」

 

 

 

「はい」

 

 

 

聖火は素直に頷いた。

 

 

 

服部は深く息を吐いた。

 

 

 

「……つまり、鷹山本人と武器をまとめて管理しているわけか」

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

「危険物の一括管理ですね」

 

 

 

「言い方は悪いが、近い」

 

 

 

「十文字先輩まで」

 

 

 

聖火は肩を落とした。

 

 

 

服部は呆れたように息を吐き、それから聖火を見た。

 

 

 

「お前、自覚はあるんだな」

 

 

 

「ありますよ」

 

 

 

聖火は足元のアタッシュケースを軽く見下ろした。

 

 

 

「今回は事前に分かってましたから」

 

 

 

その言葉に、服部は少しだけ黙った。

 

 

 

十文字も何も言わなかった。

 

 

 

冗談のような一言だった。

 

 

 

だが、それが冗談だけではないことを、その場にいる者は理解していた。

 

 

 

何かが起きる。

 

 

 

そう断定できる材料はない。

 

 

 

しかし、何かが起きてもおかしくないだけの違和感は、すでに積み重なっていた。

 

 

 

だから聖火は、逃げ道を作らなかった。

 

 

 

自分と武器を、十文字の目の届く位置に置いた。

 

 

 

勝手に動かないために。

 

 

 

必要な時、すぐ動けるように。

 




十文字前会頭による聖火取り扱い説明になります。

次回からは事件が発生します。
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