魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

5 / 5
AIを安定させるのは難しいですね。自分の思い描いた感じではありませんが、かなり近づけたと思います。


追憶編3

 

聖火は、治療室を出た。

 

背後では、深夜の呼吸がゆっくりと安定している。

 

今すぐ死ぬことはない。

 

完全に治すには時間がかかる。

 

設備も必要だ。

 

本人の意識も、意思も必要になる。

 

そして何より、本人がその奥へ触れられることを望まなければならない。

 

今は、あれでいい。

 

悪態をつけるなら、まだ生きている。

 

嫌いだと言えるなら、まだこちら側にいる。

 

聖火はそう判断し、白い廊下を歩いた。

 

臨時の医療区画は、戦場から切り離されたように静かだった。

 

だが、その静けさは平穏ではない。

 

壁の向こうでは人が走り、通信機の声が飛び交い、遠くではまだ爆発音が響いている。

 

ここは安全地帯ではない。

 

ただ、死が少しだけ遠ざけられている場所にすぎなかった。

 

廊下の角を曲がったところで、聖火は足を止めた。

 

壁際に、小さな少女が座っていた。

 

長い黒髪。

 

白い肌。

 

まだ幼さの残る顔立ち。

 

けれど、その姿には奇妙なほど整った美しさがあった。

 

つい先ほど、黒髪の少年が腕に抱えていた少女。

 

死の縁から、あの少年が引き戻した少女。

 

少女もまた、聖火に気づいた。

 

少し驚いたように目を見開き、それからすぐに立ち上がる。

 

動きはまだ弱い。

 

足元も安定していない。

 

だが、背筋だけは不自然なほど真っ直ぐだった。

 

「……あの」

 

少女は小さく声を出した。

 

聖火は近づきすぎない距離で足を止めた。

 

子供を怖がらせない距離。

 

逃げたいなら逃げられる距離。

 

それは、戦場で怯えた子供に近づく時の距離だった。

 

「起きていて大丈夫なのか」

 

少女は一瞬だけ戸惑い、それから丁寧に頭を下げた。

 

「司波深雪です」

 

「鷹山聖火だ」

 

聖火は短く名乗った。

 

そして、少しだけ言葉を選ぶように間を置く。

 

「深雪ちゃん、と呼んでもいいか?」

 

深雪は小さく瞬きをした。

 

予想していなかった呼ばれ方だったのだろう。

 

けれど、すぐに控えめに頷いた。

 

「はい。では、私は聖火さんとお呼びしてもよろしいですか」

 

「ああ」

 

「聖火さん」

 

深雪は、その名を確かめるように呼んだ。

 

「母と、穂波さんを助けていただき、ありがとうございます」

 

そう言うと、深雪は深々と頭を下げた。

 

聖火は少しだけ困ったように目を細めた。

 

誰から聞いたのやら。

 

礼を言われるために処置したわけではない。

 

生きていたから拾った。

 

ただ、それだけだ。

 

だが、目の前の少女にとっては、その言葉を口にすることが必要なのだろう。

 

なら、突き返す理由もない。

 

「応急処置だ」

 

聖火は言った。

 

「助けたと言えるほど、綺麗なことはしていない」

 

「それでも、助けてくださいました」

 

深雪の声は小さかった。

 

けれど、そこには確かな意思があった。

 

聖火は数秒だけ黙り、それから短く頷いた。

 

「分かった。受け取っておく」

 

深雪の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

そのわずかな変化を見て、聖火は思った。

 

この子は、礼の言い方は知っている。

 

姿勢の正しさも知っている。

 

我慢の仕方も知っている。

 

けれど、安心の仕方はまだ知らない。

 

笑い方も、泣き方も、きっと十分には教わっていない。

 

聖火はふと周囲を見た。

 

先ほどまで、彼女を大事そうに抱えていたはずの黒髪の少年の姿がない。

 

「君を見ていた男の子は、どこへ行った?」

 

それを聞いた瞬間、深雪の表情が曇った。

 

困ったように視線を落とす。

 

答えていいのか迷っているようだった。

 

小さな指が、服の裾を握る。

 

やがて、深雪は意を決したように顔を上げた。

 

「お兄様は……軍の方と一緒に行ってしまいました」

 

「軍の方?」

 

「はい」

 

深雪は小さく頷いた。

 

「敵の艦隊を止めるためだと、聞きました」

 

聖火は眉を寄せた。

 

黒髪の少年。

 

深雪を抱えていた時の目。

 

損傷を受ける前の情報を呼び出し、肉体を戻したあの魔法。

 

あれほどの力を持つ少年が、戦場で何をさせられるのか。

 

考えるまでもない。

 

「誰か、一緒に行ったのか」

 

「はい」

 

深雪は答えた。

 

「穂波さんも、一緒に」

 

聖火の表情が止まった。

 

「……桜井穂波か」

 

「はい。私たちを守ってくれる方です」

 

聖火は思わず天井を見上げた。

 

そして、深く息を吐く。

 

「……あのしぶとい子か」

 

「え?」

 

「いや」

 

聖火は首を振った。

 

深雪は戸惑ったように聖火を見上げている。

 

「あの、聖火さんは」

 

「ちょっと行ってくる」

 

深雪の目が、わずかに見開かれた。

 

「え?」

 

「君はここにいろ」

 

聖火はそれだけ言った。

 

「で、でも」

 

「動ける状態じゃない」

 

「でも、お兄様が」

 

「分かっている」

 

聖火は深雪を見た。

 

短く、けれどまっすぐに。

 

「だから行く」

 

深雪は何か言おうとした。

 

けれど、言葉より先に聖火の背中が遠ざかっていた。

 

早い。

 

だが、走ってはいない。

 

それなのに、気づいた時には遠かった。

 

次の瞬間、深雪は目を瞬かせた。

 

廊下の端まで歩いていたはずの聖火が、いなかった。

 

扉は開いていない。

 

窓も閉まっている。

 

足音も聞こえない。

 

ただ、白い廊下だけが残っていた。

 

深雪はしばらく、その場所を見ていた。

 

消えた、という言葉しか浮かばなかった。

 

まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように。

 

深雪は胸の前で両手を合わせた。

 

お兄様が帰ってくる。

 

穂波さんも帰ってくる。

 

そして、あの人も行ってくれた。

 

場所を確かめることもなく、ただ「行く」と言っただけで。

 

それが何を意味するのか、深雪にはまだ分からなかった。

 

けれど、縋るものが一つ増えた気がした。

 

白い廊下には、深雪の小さな祈りだけが残った。

 

 

 

 

海風に、火薬の臭いが混じっていた。

 

沖合には黒煙が立ち上っている。

 

燃える艦影。

 

迎撃に走る兵たちの怒号。

 

その向こうに、まだ敵艦隊がいた。

 

聖火は状況を一瞬で把握した。

 

黒髪の少年が、海を見据えて立っている。

 

その隣で、一人の少女が両腕を広げていた。

 

桜井穂波。

 

降り注ぐ砲撃を受け止めるように、全身で障壁を維持している。

 

震えていた。

 

腕ではない。

 

魔法演算領域そのものが、限界を超えて軋んでいる。

 

聖火には分かった。

 

あと数分も持たず、内側から崩れる。

 

「無茶苦茶だ」

 

近くにいた軍人が呻いた。

 

「このままでは彼女が」

 

だが、穂波は止まらなかった。

 

止まる気がなかった。

 

守る。

 

それだけが、今の穂波に残された役目だった。

 

主を守る。

 

深雪を守る。

 

自分がここにいる意味を、最後まで果たす。

 

たとえ身体が壊れても、ここで退くことだけはできない。

 

聖火は迷わなかった。

 

次の瞬間、彼は穂波の隣に立っていた。

 

誰も気づかなかった。

 

黒い外套の少年は、いつの間にかそこにいた。

 

聖火は穂波の肩に手を置く。

 

「そこまでだ」

 

穂波の身体が、わずかに軽くなった。

 

処理しきれなかった負荷の一部が、外へ引き抜かれていく。

 

着弾予測。

 

衝撃方向。

 

熱量分散。

 

障壁の維持座標。

 

穂波一人では抱えきれない情報を、聖火が横から引き受けていた。

 

本来、成立するはずのない干渉だった。

 

他人の魔法に外側から触れ、その出力を支える。

 

そんな芸当は、通常の魔法理論の外にある。

 

だが聖火には、それができた。

 

穂波が振り返る。

 

周囲の者たちも、そこで初めて聖火の存在に気づいた。

 

誰何の声が上がる前に、聖火はため息をついた。

 

「さっさと終わらせよう」

 

達也を見た。

 

達也は一瞬だけ聖火を見て、それから頷いた。

 

目を閉じる。

 

集中する。

 

手がかざされた。

 

次の瞬間、光があった。

 

光というより、消滅だった。

 

艦隊が、あった場所がなくなっていた。

 

物質が消え、莫大なエネルギーだけが残り、それもやがて散っていく。

 

聖火は静かにそれを見た。

 

見事だ、とは思わなかった。

 

ただ、規格外だと思った。

 

隣で、穂波が崩れた。

 

達也の指が、わずかに動いた。

 

だが、彼はすぐには動かなかった。

 

戦場の状況。

 

深雪の安否。

 

敵の残存戦力。

 

穂波の状態。

 

そのすべてが、彼の中で一瞬にして比較されていた。

 

聖火は何も言わず、倒れかけた穂波を支えた。

 

穂波の意識は、ゆっくりと戻った。

 

最初に感じたのは、温かさだった。

 

熱ではない。

 

痛みでもない。

 

ただ、温かかった。

 

おかしい。

 

自分は死を覚悟していた。

 

障壁を維持しながら、これが最後だと思っていた。

 

ここで倒れる。

 

ここで終わる。

 

主を守って死ぬなら、それでいい。

 

そう思っていた。

 

それなのに。

 

「起きたか」

 

声がした。

 

聞いたことのある声だった。

 

焦点が合う。

 

砲撃で欠けた岸壁。

 

遠くに見える黒煙の残滓。

 

そして、自分を見下ろす少年の顔。

 

「……なんで」

 

声が出た。

 

かすれていた。

 

聖火は穂波を見た。

 

患者を診る目だった。

 

ただし、哀れみはない。

 

「死にたかったか」

 

穂波は答えなかった。

 

答えられなかった。

 

「死にたいなら止めはしない」

 

周囲の空気が変わった。

 

「だが」

 

聖火は続けた。

 

「俺が見ていないところでやれ」

 

穂波の目が、わずかに揺れた。

 

「俺がいる前で死ぬな。それだけだ」

 

治療は止まっていなかった。

 

話しながら、ずっと続いていた。

 

損傷を確認する。

 

負荷を逃がす。

 

壊れかけた演算領域を、丁寧に整える。

 

穂波の身体が、少しずつ軽くなっていく。

 

「……ひどい人」

 

「よく言われる」

 

穂波の目から、一滴だけ涙が落ちた。

 

泣くつもりはなかった。

 

泣く理由が、分からなかった。

 

死ぬことを許されなかったからか。

 

生きてしまったからか。

 

それとも、死ぬ以外の役目を押しつけられたからか。

 

それでも涙は落ちた。

 

聖火は気にしなかった。

 

治療は続く。

 

増援が来るまでの間、誰も多くを話さなかった。

 

風間と名乗った軍人は、遠くを見るように立っていた。

 

達也は穂波の近くに座り、黙っていた。

 

聖火は処置を続け、穂波はそれを受けていた。

 

やがて増援が来た。

 

穂波はストレッチャーで運ばれていく。

 

到着した軍医が穂波の状態を確認し、言葉を失っていた。

 

応急処置ではなかった。

 

ほとんど治療が終わっていた。

 

それでも精密検査が必要だという判断で、穂波は搬送されていった。

 

聖火はそれを見送った。

 

隣に、達也が立っていた。

 

「……聖火、と言う」

 

「達也だ」

 

握手はなかった。

 

その機会を、どちらも逃していた。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

聖火が先に口を開いた。

 

「穂波が倒れた時」

 

達也が聖火を見る。

 

「ためらったな」

 

達也は答えなかった。

 

「助けることを、ためらった」

 

「……」

 

「艦隊を前にして、迷いはあったか」

 

「なかった」

 

達也は即答した。

 

「ならなぜ」

 

聖火は達也を見た。

 

真っ直ぐに。

 

「人を助ける時だけ、迷う」

 

達也は黙った。

 

否定はしなかった。

 

できなかった。

 

聖火は海を見た。

 

黒煙はもう、ほとんど消えていた。

 

「命を奪うことに迷わないなら」

 

静かな声だった。

 

「命を救うことにも、迷うな」

 

達也は答えなかった。

 

だが、その言葉は確かに届いた。

 

届いたことが、聖火にも分かった。

 

風が吹いた。

 

潮の臭いがした。

 

二人は並んで、しばらく海を見ていた。

 

 

 

 

 




追憶編は次回でラストになります。
少し荒く作ってしましました。
申し訳ございません。
少しづつ改善していきたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

魔法科高校の劣等生 深雪と達也の心を救う者(作者:ネギ王子)(原作:魔法科高校の劣等生)

普通に色々読んだら設定に矛盾あって現在メイジアンカンパニーまでのある程度矛盾があんまり起きないように設定練り直してます▼あとオリ主勢力が強すぎると、全部解決できるけどメイジアンカンパニーの創設理念に反してそっちができない▼メイジアンカンパニーはやりたいけど、色んなキャラ勢力設定出てきて、めっちゃ困ってる▼メイジアンカンパニーの一番の問題は深雪がオリ主と結ばせ…


総合評価:60/評価:-.--/連載:2話/更新日時:2026年05月29日(金) 02:30 小説情報

自己加速しすぎてスタープラチナ・ザ・ワールド(作者:常谷 優大)(原作:魔法科高校の劣等生)

‐自己加速術式‐▼術者自身の運動速度を向上させ、移動速度や白兵戦の攻撃速度を爆発的に高める魔法である。▼魔法師の中では初歩的な魔法...▼のはずだった。▼西暦2095年、国立魔法大学付属第一校--通称"第一高校"に入学した一人の少年、▼「比企谷八幡」▼彼の使う自己加速魔法は、世界の理さえ覆す。▼「魔法科高校×やはり俺の青春ラブコメは間違っ…


総合評価:903/評価:7.24/連載:3話/更新日時:2026年05月27日(水) 21:31 小説情報

真夜の王子様(作者:真夜正ヒロイン絶対勝利宣言!)(原作:魔法科高校の劣等生)

さてさてさーて。四葉継承編映画化で真夜ヒロインのSSが増えていますね。良いことです。そんなわけでよくある時間遡行+真夜絶対勝利で描いていきます。


総合評価:79/評価:-.--/連載:1話/更新日時:2026年05月15日(金) 05:31 小説情報

私の主は最高です(作者:ノーム)(原作:魔法科高校の劣等生)

これは魔法科高校劣等生に登場する北山雫の幼馴染み(義弟)兼北山家の(自称)最高執事を目指す男の物語▼本作の主人公は年下です


総合評価:515/評価:6.94/連載:13話/更新日時:2026年05月28日(木) 23:25 小説情報

助けた女の子に「…責任を取りなさい」と迫られてる件(作者:萩月輝夜)(原作:魔法科高校の劣等生)

全てを失う筈の少女が転生してスパダリになった少年に脳を焼かれたらどうなるか。▼※この作品は一部劇場版魔法科高校の劣等生【四葉継承編】のネタバレを含みます。ご了承ください。▼真夜とのイチャイチャをみたいが為の自己満二次創作です。▼ツンデレ真夜様可愛い。▼軽い気持ちで見てください。タグ追加予定。▼毎日更新は無理なので週一で更新出来たら頑張ります。


総合評価:7196/評価:7.97/連載:7話/更新日時:2026年05月29日(金) 22:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>