魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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今回は戦闘回になります。


横浜騒乱編5

# 横浜騒乱編 五話 地下通路遭遇戦

 

 

 

地下通路の向こう側から、敵影が現れた。

 

 

 

四人。

 

 

 

聖火が読んだ通りの数だった。

 

 

 

黒に近い戦闘服。

 

顔を隠すための簡易マスク。

 

手には短く構えたライフル。

 

 

 

避難誘導の係員でも、会場警備員でもない。

 

 

 

魔法師というより、訓練された武装兵だった。

 

 

 

敵だ。

 

 

 

そう判断するのに、時間は必要なかった。

 

 

 

だが、聖火の視線はその四人だけを見ていなかった。

 

 

 

足音が違う。

 

 

 

四人分ではない。

 

 

 

奥に、もっと重い音がある。

 

 

 

床を噛むような低い音。

 

規則正しい複数の靴音。

 

金属がこすれる音。

 

 

 

聖火は静かに言った。

 

 

 

「服部先輩」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「あの四人だけではありません」

 

 

 

服部の目が細くなる。

 

 

 

「先頭か」

 

 

 

「はい」

 

 

 

聖火は曲がり角の奥を見据えた。

 

 

 

「本隊です。もう来ています」

 

 

 

その言葉と同時に、敵の一人がライフルを構えた。

 

 

 

「前列、防御。後列、射線を確保」

 

 

 

服部の指示が飛ぶ。

 

 

 

警備隊員たちが即座に動いた。

 

 

 

通路の幅は広くない。

 

前に出られる人数は限られる。

 

 

 

その制限が、今は味方の形を整えてくれていた。

 

 

 

乾いた発射音が地下通路に響いた。

 

 

 

弾丸が、服部の展開した防壁に叩きつけられる。

 

 

 

金属を打ったような鋭い音が、壁と天井に跳ね返った。

 

 

 

「反撃」

 

 

 

服部の声は落ち着いていた。

 

 

 

警備隊員たちの遠距離魔法が、狭い通路を正確に走る。

 

 

 

敵はすぐに身を低くした。

 

 

 

一人が壁際へ寄り、もう一人が後退する。

 

銃口だけを通路へ残し、牽制射撃を続けてくる。

 

 

 

沢木が前へ出ようとした。

 

 

 

「沢木先輩、まだです」

 

 

 

聖火の声が飛ぶ。

 

 

 

沢木の足が止まった。

 

 

 

「今出ると味方の射線を塞ぎます」

 

 

 

沢木は一瞬だけ聖火を見た。

 

 

 

反論はしなかった。

 

 

 

実際、その通りだった。

 

 

 

通路の中央へ沢木が出れば、後方の警備隊員の攻撃線が切れる。

 

 

 

今は押し込む場面ではない。

 

 

 

先頭の四人を抑えながら、その後ろにいる本隊を確認する場面だった。

 

 

 

「二列目、右壁側へ。敵の後退方向を塞げ」

 

 

 

服部が指示を重ねる。

 

 

 

警備隊員たちの魔法が、敵の足元と壁際を狙って放たれた。

 

 

 

殺傷ではなく、足止め。

 

 

 

だが、それだけで十分だった。

 

 

 

敵の一人が体勢を崩す。

 

 

 

その後ろから、低い影が姿を見せた。

 

 

 

黒い装甲をまとった、平たい機体。

 

 

 

キャタピラー型の無人兵器。

 

 

 

通路の床を噛むように進む履帯。

 

角張った車体。

 

上部に据えられた銃座。

 

 

 

そして、その側面には、明らかに対人用では済まない火器が搭載されていた。

 

 

 

二十ミリ機関砲。

 

 

 

さらに、車体の片側には小型ロケット弾の発射筒。

 

 

 

それが一両だけではない。

 

 

 

奥に、もう一両。

 

 

 

その背後に、ライフルで武装した歩兵が続いている。

 

 

 

数は、ざっと見ても二十を超えていた。

 

 

 

さらに奥にも、足音が残っている。

 

 

 

「冗談だろ」

 

 

 

沢木が低く呟いた。

 

 

 

その声に、怯えはなかった。

 

 

 

ただ、状況の悪さを正確に認識した響きがあった。

 

 

 

服部の表情も険しくなる。

 

 

 

「前列、防壁を厚くしろ。後列、後退準備。中条へ連絡、後続は絶対に進ませるな」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

警備隊員が応じる。

 

 

 

その直後、無人兵器の銃口がこちらを向いた。

 

 

 

機関砲が火を噴く。

 

 

 

地下通路に、空気を叩き割るような音が響いた。

 

 

 

二十ミリ徹甲弾。

 

 

 

それは人間相手に向けるには過剰な火力だった。

 

 

 

服部と警備隊員たちの防壁に、連続して弾丸が叩きつけられる。

 

 

 

衝撃で通路の壁が震えた。

 

 

 

天井から細かな埃が落ちる。

 

 

 

さらに、奥の歩兵が一斉にライフルを構えた。

 

 

 

銃撃。

 

 

 

火線が狭い通路へ集中する。

 

 

 

防壁は耐えている。

 

 

 

だが、音が違った。

 

 

 

最初の四人とは違う。

 

 

 

一発一発が重い。

 

継続時間も長い。

 

 

 

しかも、相手はまだ距離を詰めていない。

 

 

 

「持つか?」

 

 

 

沢木が服部を見る。

 

 

 

「防げる」

 

 

 

服部は即答した。

 

 

 

だが、すぐに続けた。

 

 

 

「長くは持たない」

 

 

 

聖火も同じ判断だった。

 

 

 

防壁そのものはまだ崩れていない。

 

 

 

しかし、押し込まれている。

 

 

 

火力差が大きすぎる。

 

 

 

ここで耐え続ければ、防壁が破られる前に、後方の避難者が詰まる。

 

 

 

通路そのものも保たない。

 

 

 

そして、何より。

 

 

 

ロケット弾の発射筒が、こちらを向いた。

 

 

 

「伏せろ!」

 

 

 

服部が叫ぶ。

 

 

 

次の瞬間、ロケット弾が発射された。

 

 

 

白い煙を引きながら、弾体が通路を走る。

 

 

 

聖火は、アタッシュケースの中身を掴んだ。

 

 

 

「散れ」

 

 

 

短い言葉だった。

 

 

 

次の瞬間、白い紙片が空中にばらまかれた。

 

 

 

一枚ではない。

 

 

 

十枚でもない。

 

 

 

無数の紙切れ。

 

 

 

一見すれば、ただの白紙だった。

 

 

 

薄く、軽く、頼りない。

 

 

 

だが、聖火が低く呪を唱えた瞬間、その表面に文字が浮かび上がる。

 

 

 

墨色の線。

 

古い文字。

 

幾何学に似て、しかし祈りにも似た文様。

 

 

 

隠し墨で仕込まれていた呪符が、空中で一斉に起動した。

 

 

 

ロケット弾が防壁に届く、その直前。

 

 

 

呪符が服部の防壁の前に並んだ。

 

 

 

一枚、二枚、三枚。

 

 

 

紙のはずだった。

 

 

 

薄く、軽く、指先で簡単に破れるはずのものだった。

 

 

 

それが壁になった。

 

 

 

ロケット弾が直撃する。

 

 

 

爆発。

 

 

 

地下通路が震えた。

 

 

 

音が内臓まで響く。

 

 

 

爆風が呪符の壁を叩き、数枚が一瞬で燃えた。

 

 

 

だが、抜けない。

 

 

 

燃えた呪符の後ろへ、別の呪符が滑り込む。

 

 

 

破れた隙間を、さらに別の呪符が埋める。

 

 

 

二十ミリ徹甲弾が呪符を穿つ。

 

 

 

一枚が砕ける。

 

二枚目が裂ける。

 

三枚目が焦げる。

 

 

 

だが、四枚目が来る。

 

五枚目が重なる。

 

六枚目が角度を変えて弾を逸らす。

 

 

 

紙が、弾丸と爆風を受け止めていた。

 

 

 

いや、紙だけではない。

 

 

 

服部の防壁。

 

警備隊員の防御魔法。

 

その前面に展開された聖火の呪符。

 

 

 

三つが重なり、薄いはずの防御が、通路いっぱいの壁となっていた。

 

 

 

「何だ、これは……」

 

 

 

沢木が呟いた。

 

 

 

驚きはあった。

 

 

 

だが、目は前を向いている。

 

 

 

戦える者の反応だった。

 

 

 

服部は、一瞬だけ聖火を見る。

 

 

 

「鷹山」

 

 

 

「長くは持ちません」

 

 

 

聖火は呪文を唱えながら答えた。

 

 

 

額に汗が浮かんでいる。

 

 

 

呪符は自動で動いているように見える。

 

 

 

だが、違う。

 

 

 

聖火が制御している。

 

 

 

どの呪符を前へ出すか。

 

どの呪符を捨てるか。

 

どの角度で弾を受け、どの瞬間に交換するか。

 

 

 

一枚一枚を、戦場の呼吸に合わせて動かしている。

 

 

 

「防ぐだけなら、すぐ削り切られます」

 

 

 

「なら?」

 

 

 

服部が低く問う。

 

 

 

聖火は目を細めた。

 

 

 

「火力の目を潰します」

 

 

 

その言葉と同時に、防壁に使われていない呪符の一群が別の動きを始めた。

 

 

 

紙片が、風に流されるように舞う。

 

 

 

だが、動きは自然ではない。

 

 

 

弾丸と爆風の隙間を縫い、壁を這うように進み、床すれすれを滑る。

 

 

 

敵の歩兵がそれに気づいた。

 

 

 

ライフルの銃口が動く。

 

 

 

だが、遅い。

 

 

 

呪符は小さく、薄く、速い。

 

 

 

数枚の呪符が、先頭のキャタピラー型ドローンへ貼りついた。

 

 

 

一枚は機関砲の根元。

 

一枚はセンサー部。

 

一枚は履帯の内側。

 

一枚はロケット弾の発射筒近く。

 

 

 

聖火の声が低く響く。

 

 

 

「急々如律令」

 

 

 

次の瞬間、小規模な爆発が連続して起きた。

 

 

 

大爆発ではない。

 

 

 

通路を崩すほどの力ではない。

 

 

 

だが、壊すべき場所だけを壊すには十分だった。

 

 

 

ドローンの機関砲が跳ね上がる。

 

センサー部が砕ける。

 

履帯が外れ、車体が斜めに傾く。

 

 

 

発射筒付近の呪符が爆ぜ、装填されていたロケット弾の姿勢が崩れた。

 

 

 

先頭の無人兵器が、床に噛みつくように停止する。

 

 

 

後続のドローンが進路を塞がれた。

 

 

 

敵歩兵の足が止まる。

 

 

 

一瞬。

 

 

 

本当に一瞬だった。

 

 

 

だが、沢木碧には十分すぎる時間だった。

 

 

 

「行く」

 

 

 

短く言って、沢木が前へ出た。

 

 

 

今度は、聖火は止めなかった。

 

 

 

服部も止めない。

 

 

 

むしろ、即座に指示を飛ばした。

 

 

 

「沢木の前方を開けろ。後列、右奥の射手を抑えろ。鷹山の呪符に射線を合わせるな」

 

 

 

警備隊員たちが動く。

 

 

 

服部の遠距離魔法が、沢木の進路を塞ごうとした敵兵の肩口を正確に撃った。

 

 

 

敵の銃口が逸れる。

 

 

 

その隙に沢木が踏み込んだ。

 

 

 

近い。

 

 

 

地下通路の狭さは、銃を持つ歩兵にとって不利でもあった。

 

 

 

距離を取れない。

 

横へ逃げられない。

 

銃口を向け直す前に、踏み込まれる。

 

 

 

沢木の拳が、最前列の敵兵の胸部装甲を叩いた。

 

 

 

鈍い音。

 

 

 

敵兵の身体が後方へ飛ぶ。

 

 

 

続く膝蹴りが、隣の兵士の銃を跳ね上げる。

 

 

 

手首を取る。

 

引き込む。

 

肘を砕く。

 

床へ落とす。

 

 

 

沢木は速かった。

 

 

 

ただ力任せではない。

 

 

 

敵の銃口。

 

足の位置。

 

肩の向き。

 

味方の射線。

 

 

 

そのすべてを読んだ上で、前へ出ている。

 

 

 

敵は混乱した。

 

 

 

先頭のドローンは壊れた。

 

後続は詰まっている。

 

防壁は突破できていない。

 

 

 

そこへ近接戦闘に特化した魔法師が突っ込んできた。

 

 

 

対応が遅れる。

 

 

 

服部は、その遅れを逃さなかった。

 

 

 

「左奥、伏せろ」

 

 

 

警備隊員が伏せる。

 

 

 

その頭上を、服部の遠距離魔法が抜けた。

 

 

 

銃を構えかけた敵兵の肩を撃ち抜き、銃口を壁へ向けさせる。

 

 

 

発砲。

 

 

 

弾丸は虚しく壁を削った。

 

 

 

「次、右」

 

 

 

服部の声に合わせて、警備隊員が攻撃を重ねる。

 

 

 

聖火は、その後方で呪を唱え続けていた。

 

 

 

防壁用の呪符はまだ燃えている。

 

 

 

消耗している。

 

 

 

それでも、次々と交換される。

 

 

 

同時に、別の呪符が攻撃へ回った。

 

 

 

白い紙片が、空中を走る。

 

 

 

まるで鳥の群れのように。

 

 

 

いや、刃の群れのように。

 

 

 

敵兵がそれを撃とうとする。

 

 

 

だが、撃てない。

 

 

 

小さすぎる。

 

動きが不規則すぎる。

 

そして、近すぎる。

 

 

 

聖火の指が、空中でわずかに動いた。

 

 

 

呪符の表面に浮かんだ文字が、さらに濃くなる。

 

 

 

「切れ」

 

 

 

一言。

 

 

 

紙片が刃になった。

 

 

 

それは金属の刃ではない。

 

 

 

だが、鋭さだけなら十分だった。

 

 

 

銃を構えた敵兵の手首へ、一枚が滑り込む。

 

 

 

血が散るより早く、銃が落ちた。

 

 

 

別の呪符が、膝裏を裂く。

 

 

 

敵が崩れる。

 

 

 

さらに一枚が、首元の防護の隙間をかすめた。

 

 

 

敵兵が息を詰まらせ、膝をつく。

 

 

 

聖火は表情を変えなかった。

 

 

 

怒りではない。

 

興奮でもない。

 

 

 

ただ、必要な場所へ必要な刃を入れている。

 

 

 

その目は冷たかった。

 

 

 

服部は、その横顔を一瞬見た。

 

 

 

そして理解する。

 

 

 

十文字が、武器使用を許可した意味を。

 

 

 

これは、普通の一年生に許していい戦い方ではない。

 

 

 

だが、今この場では必要だった。

 

 

 

後ろには避難者がいる。

 

 

 

中条が抑えている人の流れがある。

 

 

 

ここを抜かれれば、地下通路は狩場になる。

 

 

 

だから、止める。

 

 

 

どれだけ異質でも、今は止めるしかない。

 

 

 

聖火の呪符が、壊れたドローンの上を越えて奥へ進む。

 

 

 

後続のドローンが、再び機関砲をこちらへ向けようとしていた。

 

 

 

「二両目」

 

 

 

聖火が呟く。

 

 

 

数枚の呪符が、床を這う。

 

 

 

敵兵の足元をすり抜け、履帯へ絡みつく。

 

 

 

さらに二枚が銃座の根元に張りつく。

 

 

 

敵兵が叫んだ。

 

 

 

ライフルが呪符へ向く。

 

 

 

「遅い」

 

 

 

聖火の声は静かだった。

 

 

 

「急々如律令」

 

 

 

爆ぜる。

 

 

 

二両目の履帯が外れた。

 

 

 

銃座の旋回が止まる。

 

 

 

機関砲は撃てない角度で固まり、ロケット弾の発射筒は壁へ向いたまま動かなくなった。

 

 

 

直後、服部の遠距離魔法がドローンのセンサー部を貫く。

 

 

 

火花が散り、二両目も沈黙した。

 

 

 

「今だ、押し込め」

 

 

 

服部の指示で、警備隊員たちが前進する。

 

 

 

沢木はその先頭にいた。

 

 

 

敵兵の一人がナイフを抜いた。

 

 

 

沢木はその腕を取る。

 

ねじる。

 

肘を打つ。

 

床へ叩きつける。

 

 

 

別の兵士が距離を取ろうとする。

 

 

 

そこへ聖火の呪符が飛ぶ。

 

 

 

足首を裂く。

 

 

 

兵士の体勢が崩れたところへ、服部の魔法が叩き込まれる。

 

 

 

連携は、まだ完璧ではない。

 

 

 

だが、噛み合い始めていた。

 

 

 

聖火が敵の動きを止める。

 

沢木が前列を崩す。

 

服部が後列を押さえる。

 

警備隊員が隙間を埋める。

 

 

 

それぞれが、自分の役割を理解し始めていた。

 

 

 

敵本隊の先頭は崩れた。

 

 

 

だが、火線はまだ完全には消えていない。

 

 

 

奥の兵士が、壊れた無人兵器を盾にして射撃を続けている。

 

 

 

防壁に使っていた呪符が、また燃え尽きた。

 

 

 

聖火はそれを横目で見て、舌打ちした。

 

 

 

「燃費が悪いですね」

 

 

 

「余裕があるように聞こえるぞ」

 

 

 

服部が言う。

 

 

 

「余裕はありません」

 

 

 

聖火は即答した。

 

 

 

「ただ、文句を言う余裕はあります」

 

 

 

「十分だ」

 

 

 

沢木が敵を投げ飛ばしながら笑った。

 

 

 

「鷹山、お前、思ったより面白い戦い方をするな」

 

 

 

「褒められてます?」

 

 

 

「たぶんな」

 

 

 

「そこは断言してください、沢木先輩」

 

 

 

「なら断言する。面白い」

 

 

 

「ありがとうございます。嬉しくはないですが」

 

 

 

短いやり取り。

 

 

 

だが、その軽さが、逆に場を繋いだ。

 

 

 

恐怖に飲まれない。

 

火力に押し潰されない。

 

 

 

前に出る者がいる。

 

支える者がいる。

 

止める者がいる。

 

 

 

後方では、中条あずさが避難者を抑えている。

 

 

 

通信の向こうから、彼女の声が入った。

 

 

 

『服部くん、こちら後続停止を維持しています。避難者に動揺はありますが、まだ崩れていません』

 

 

 

服部は即座に答える。

 

 

 

「中条、そのまま維持しろ。こちらは前方の敵本隊と交戦中だ。こちらの許可があるまで進ませるな」

 

 

 

『了解しました』

 

 

 

声は震えていた。

 

 

 

それでも、指示は崩れていない。

 

 

 

聖火は小さく笑った。

 

 

 

「中条先輩、強いですね」

 

 

 

「お前が言ったんだろう。確認表は今日のための地図だと」

 

 

 

服部が言う。

 

 

 

「そうでした」

 

 

 

「なら、お前も前を見ろ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

聖火は再び前を向いた。

 

 

 

奥の兵士たちが、後退しながらも再び隊列を組もうとしている。

 

 

 

このまま長引けば、こちらが不利になる。

 

 

 

避難者を待たせ続けるにも限界がある。

 

 

 

だから、ここで切る。

 

 

 

聖火は残った呪符を数えた。

 

 

 

防壁用。

 

攻撃用。

 

拘束用。

 

 

 

まだ足りる。

 

 

 

だが、無駄には使えない。

 

 

 

「服部先輩」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「ここで崩します」

 

 

 

「どうする」

 

 

 

「沢木先輩に左を抜いてもらいます。服部先輩は中央の射手を止めてください。俺は右と足元を塞ぎます」

 

 

 

「お前が指示を出すのか」

 

 

 

服部が低く言う。

 

 

 

「提案です」

 

 

 

「なら採用する」

 

 

 

服部は即座に動いた。

 

 

 

遠距離魔法が中央の敵を撃つ。

 

 

 

沢木が左へ踏み込む。

 

 

 

聖火は右へ呪符を飛ばした。

 

 

 

三方向。

 

 

 

同時に崩す。

 

 

 

敵兵が判断に迷った。

 

 

 

その迷いが、致命的だった。

 

 

 

沢木の拳が左の敵を沈める。

 

服部の魔法が中央の射手を吹き飛ばす。

 

聖火の呪符が右の敵の銃を切り裂き、そのまま肩口を裂いた。

 

 

 

敵の前列が崩れる。

 

 

 

壊れたドローンの奥で、敵兵たちの足並みが乱れた。

 

 

 

そこへ警備隊員たちの魔法が重なる。

 

 

 

足元を撃つ。

 

武器を弾く。

 

逃げ道を塞ぐ。

 

 

 

殺しにいくのではない。

 

 

 

避難経路から排除する。

 

 

 

それが目的だった。

 

 

 

銃声が途切れ始める。

 

 

 

敵の一人が後退しようとする。

 

 

 

聖火の呪符が、その足元に貼りついた。

 

 

 

爆ぜる。

 

 

 

小さな爆発で体勢を崩した敵兵が、床へ倒れた。

 

 

 

沢木がその横を抜け、さらに奥の兵士を叩き伏せる。

 

 

 

服部の魔法が最後の射手を壁際へ押し込んだ。

 

 

 

そして。

 

 

 

前方の火線が、途切れた。

 

 

 

壊れた無人兵器が、通路を塞ぐように沈黙している。

 

 

 

その周囲には、武装兵たちが倒れていた。

 

 

 

奥から、新たな足音は聞こえない。

 

 

 

聖火は空中に残った呪符を静かに下げた。

 

 

 

焦げたもの。

 

裂けたもの。

 

文字が薄れかけたもの。

 

 

 

それらが力を失い、ただの白い紙片へ戻っていく。

 

 

 

服部は前方を確認し、短く指示を出した。

 

 

 

「警備隊、前方確認。深追いはするな。避難経路の安全確保を優先する」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

沢木はまだ前方を警戒していたが、敵が押し返してくる気配がないことを確認し、ようやく息を吐いた。

 

 

 

「……終わったか」

 

 

 

「少なくとも、この経路の脅威は排除しました」

 

 

 

聖火はそう答えた。

 

 

 

服部は通信を入れる。

 

 

 

「中条。こちら服部。前方の敵部隊を排除した。安全確認後、避難誘導を再開する」

 

 

 

通信の向こうで、短い沈黙があった。

 

 

 

それから、中条の声が返ってきた。

 

 

 

『了解しました、服部くん。こちらも避難者を落ち着かせています。再開指示を待ちます』

 

 

 

声はまだ硬い。

 

 

 

だが、崩れてはいなかった。

 

 

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

 

 

「中条先輩、踏ん張ってますね」

 

 

 

「お前もだ」

 

 

 

服部が言った。

 

 

 

聖火は少しだけ目を瞬かせる。

 

 

 

「褒められました?」

 

 

 

「まだだ」

 

 

 

「十文字先輩みたいなことを言いますね」

 

 

 

「お前の扱い方を少し理解しただけだ」

 

 

 

沢木が、壊れた無人兵器と床に落ちた呪符を見比べて言った。

 

 

 

「服部」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「十文字先輩がこいつを危険物扱いした理由、俺にも分かった」

 

 

 

「奇遇だな」

 

 

 

服部は前方を見たまま答えた。

 

 

 

「俺もだ」

 

 

 

聖火は肩を落とした。

 

 

 

「この状況でその感想ですか」

 

 

 

「この状況だからだ」

 

 

 

服部はそう言い、改めて通路の奥を見た。

 

 

 

避難経路は、まだ完全に安全とは言えない。

 

 

 

だが、最初の壁は越えた。

 

 

 

聖火は焦げた呪符を拾い上げた。

 

 

 

指先で触れた瞬間、紙は崩れて灰になる。

 

 

 

消耗は大きい。

 

 

 

防ぎきったとは言えない。

 

 

 

服部の防壁があり、警備隊員の支援があり、沢木が前へ出たから押し返せた。

 

 

 

一人でどうにかしたわけではない。

 

 

 

それでいい。

 

 

 

むしろ、その方がいい。

 

 

 

聖火は静かに息を吐き、残った呪符をアタッシュケースへ戻した。

 

 

 

使われないことを願って確認した場所。

 

 

 

その場所は今、避難者を守るために使われていた。

 

 

 

そして、守られた道の先には、まだ待っている人たちがいる。

 

 

 

「服部先輩」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「安全確認が終わったら、すぐに中条先輩へ再開指示を。待たせすぎると、後ろが崩れます」

 

 

 

「分かっている」

 

 

 

服部は短く答えた。

 

 

 

その返答に、迷いはなかった。

 

 

 

聖火は頷き、前方へ視線を戻す。

 

 

 

戦闘は終わった。

 

 

 

だが、避難はまだ終わっていない。

 

 

 

ここからは、守った道を、人が通る時間だった。

 

 




幹比古の十八番ですが、聖火も古式魔法のため、当然ですが使います。
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