魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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地下シェルター側に目を向けると、そこまで書くこともないですね。


横浜騒乱編6

 

 

 

 

地下通路での遭遇戦を突破した後、避難誘導は再開された。

 

 

 

服部の指示で警備隊員が前方を確認し、沢木が通路の奥を警戒する。

 

 

 

聖火は焦げた呪符を回収しながら、壁や天井の亀裂を見ていた。

 

 

 

通路は、まだ保っている。

 

 

 

だが、無傷ではない。

 

 

 

二十ミリ機関砲とロケット弾。

 

それに加えて、上階から伝わってくる衝撃。

 

 

 

地下構造そのものに、確実に負荷がかかっていた。

 

 

 

「急いだ方がいいですね」

 

 

 

聖火が低く言う。

 

 

 

服部も同じものを見ていた。

 

 

 

「ああ。中条へ伝える」

 

 

 

服部は通信を入れる。

 

 

 

「中条。前方経路の安全を確認した。避難誘導を再開する。ただし、走らせるな。隊列を崩すな」

 

 

 

『了解しました、服部くん。避難誘導を再開します』

 

 

 

中条あずさの声は疲れていた。

 

 

 

だが、崩れてはいなかった。

 

 

 

発表会場から地下へ向かう避難者たちは、順に通路を進んでくる。

 

 

 

不安げな顔。

 

青ざめた顔。

 

足を引きずる者。

 

肩を貸されている者。

 

荷物を抱えたまま震えている者。

 

 

 

それでも、列は保たれていた。

 

 

 

「前の人を押さないでください。足元に注意してください。係員の指示に従って、ゆっくり進んでください」

 

 

 

中条の声が、通路に響く。

 

 

 

聖火はその声を聞きながら、避難者の顔色を見ていた。

 

 

 

呼吸。

 

歩幅。

 

視線。

 

手の震え。

 

 

 

危ない者には声をかけ、足元がふらつく者には警備隊員をつける。

 

 

 

今は戦う時間ではない。

 

 

 

通す時間だった。

 

 

 

やがて、一行は地下シェルターへ到着した。

 

 

 

厚い扉。

 

備蓄棚。

 

非常用照明。

 

壁際に積まれた毛布と水。

 

簡易トイレ。

 

救急箱。

 

 

 

下見で確認した通りの場所だった。

 

 

 

使われないことを願って確認した場所。

 

 

 

だが今は、その確認が避難者たちを受け入れる準備になっていた。

 

 

 

「皆さん、奥から順に座ってください。通路側を塞がないようにお願いします。怪我をしている方、気分が悪い方は手を挙げてください」

 

 

 

中条が端末と確認表を手に、避難者を誘導する。

 

 

 

服部は入口側で警備隊員を配置する。

 

 

 

沢木は扉の近くに立ち、いつでも動けるように周囲を見ていた。

 

 

 

聖火は最後尾近くにいた生徒を支え、シェルター内へ入れる。

 

 

 

「ここに座ってください。無理に立たなくて大丈夫です」

 

 

 

「ありがとうございます……」

 

 

 

生徒が壁際に座るのを確認した、その時だった。

 

 

 

地下通路の奥で、重い音が響いた。

 

 

 

一度。

 

 

 

続いて、二度。

 

 

 

壁が震え、天井から細かな粉塵が落ちる。

 

 

 

シェルター内の避難者たちが、一斉に顔を上げた。

 

 

 

「何の音だ?」

 

 

 

「まだ敵がいるのか?」

 

 

 

「出口は?」

 

 

 

「閉じ込められたのか?」

 

 

 

ざわめきが、一気に広がる。

 

 

 

服部が扉の方へ走った。

 

 

 

警備隊員が入口側を確認する。

 

 

 

聖火もすぐに通路側を見た。

 

 

 

音の質が違う。

 

 

 

銃声ではない。

 

爆発でもない。

 

 

 

崩落。

 

 

 

攻撃による衝撃で傷んでいた通路の一部が、耐えきれず落ちた音だった。

 

 

 

警備隊員が戻ってくる。

 

 

 

「服部さん、通路側が落石で塞がっています。完全には確認できませんが、無理に開けると二次崩落の危険があります」

 

 

 

服部の表情が険しくなる。

 

 

 

「無理に動かすな。入口側を警戒。通路の状態を確認できる範囲で記録しろ」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

中条は端末を握りしめた。

 

 

 

顔色は悪い。

 

 

 

それでも、声は出た。

 

 

 

「皆さん、落ち着いてください。シェルター内は安全です。係員の指示に従って、その場で待機してください」

 

 

 

言葉は届いている。

 

 

 

だが、不安は消えない。

 

 

 

なぜなら、誰も外の状況を知らないからだ。

 

 

 

出入口が塞がった。

 

 

 

外と連絡が取りにくい。

 

 

 

救助が来るかどうかも分からない。

 

 

 

その事実が、避難者たちの呼吸を浅くしていく。

 

 

 

聖火は、シェルターの隅で足をひねった女子生徒を座らせていた。

 

 

 

「足首を動かさないでください。今は固定だけします」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

「大丈夫です。折れてはいません。痛みはありますが、慌てなければ悪化しません」

 

 

 

そう言った直後、聖火の手が止まった。

 

 

 

誰かが、こちらを見ている。

 

 

 

視線ではない。

 

 

 

もっと薄い。

 

 

 

糸のような感覚。

 

 

 

外側から、地下へ向かって伸びてくる古い気配。

 

 

 

それは現代魔法の探査とは違った。

 

 

 

もっと柔らかく、もっと曖昧で、けれど自然物に近い気配。

 

 

 

精霊。

 

 

 

聖火はゆっくり顔を上げた。

 

 

 

「……見られていますね」

 

 

 

服部が反応する。

 

 

 

「敵か」

 

 

 

「いえ」

 

 

 

聖火は懐から白い札を一枚取り出した。

 

 

 

「この感じは、たぶん味方です。古式の探査。幹比古くんかもしれません」

 

 

 

「幹比古?」

 

 

 

「吉田幹比古くんです。精霊を使って、こちらを探っているんだと思います」

 

 

 

中条も聖火を見る。

 

 

 

「連絡が取れるんですか?」

 

 

 

「いえ、通信はできません」

 

 

 

聖火は首を横に振った。

 

 

 

「向こうの声も聞こえませんし、こちらの声も届きません。幹比古くんが放った精霊が、こちらを見ている。その視線を、逆に少しだけ辿るだけです」

 

 

 

服部の眉がわずかに動く。

 

 

 

「つまり、見返すだけか」

 

 

 

「はい」

 

 

 

聖火は短く答えた。

 

 

 

「相手が古式で探ってくれているからできます。何もない場所には繋げません」

 

 

 

白い札が、空中へ浮いた。

 

 

 

最初はただの紙だった。

 

 

 

だが、聖火が低く呪を唱えると、表面に墨色の文字が浮かび上がる。

 

 

 

薄く、滲むように。

 

 

 

「返せ」

 

 

 

札が、ゆっくりと回転した。

 

 

 

聖火の視線が、紙の向こう側へ沈む。

 

 

 

一瞬、シェルターの光が遠のいた。

 

 

 

代わりに、別の景色が見えた。

 

 

 

地上。

 

 

 

崩れた通路。

 

 

 

避難者の群れ。

 

 

 

その前に立つ七草真由美。

 

 

 

制服を汚しながらも、周囲へ指示を出している司波深雪。

 

 

 

そして、何かを探るように術式を組んでいる吉田幹比古。

 

 

 

幹比古の周囲には、精霊の気配があった。

 

 

 

聖火は、その精霊の視界を通して外を見ている。

 

 

 

だから、声は届かない。

 

 

 

こちらから呼びかけることもできない。

 

 

 

ただ、見える。

 

 

 

今そこに誰がいて、どの程度動けているのか。

 

 

 

それだけを、断片的に拾う。

 

 

 

「……真由美先輩。深雪ちゃん。幹比古くん」

 

 

 

聖火は小さく呟いた。

 

 

 

声は届かない。

 

 

 

だが、名前を確認するように口にした。

 

 

 

さらに視線を走らせる。

 

 

 

他の生徒たち。

 

 

 

避難民。

 

 

 

負傷者。

 

 

 

混乱はある。

 

 

 

だが、崩れてはいない。

 

 

 

外側にも、まだ人がいる。

 

 

 

守ろうとしている者がいる。

 

 

 

少なくとも、今見える範囲では全員無事だ。

 

 

 

それだけ分かれば十分だった。

 

 

 

札の文字が薄れていく。

 

 

 

聖火は息を吐き、札を手元へ戻した。

 

 

 

服部と中条が、聖火を見ていた。

 

 

 

「報告します」

 

 

 

聖火は短く言った。

 

 

 

「地上側に味方を確認しました。七草先輩、深雪ちゃん、幹比古くん、それから他の生徒と避難民の姿もあります」

 

 

 

中条の表情が変わった。

 

 

 

「本当ですか」

 

 

 

「はい。少なくとも、今見えた範囲では全員無事です。ただし、会話はできません。幹比古くんの精霊を通して、向こう側を見返しただけです」

 

 

 

服部が頷く。

 

 

 

「つまり、外にも味方はいる。こちらを探っている者もいる。だが、連絡が取れたわけではない」

 

 

 

「そうです」

 

 

 

聖火は中条を見る。

 

 

 

「中条先輩。今の情報、使ってください」

 

 

 

「使う?」

 

 

 

「避難者に伝えるんです。外にも味方がいる。こちらを探している人間がいる。少なくとも今見えた範囲では、他の避難者も生徒たちも無事だと」

 

 

 

中条は一瞬だけ目を伏せた。

 

 

 

それから、端末を握り直す。

 

 

 

「分かりました」

 

 

 

声には、まだ震えがあった。

 

 

 

だが、芯は戻っていた。

 

 

 

中条はシェルター内の避難者たちへ向き直る。

 

 

 

「皆さん、聞いてください」

 

 

 

ざわめきが、少しだけ小さくなる。

 

 

 

中条は息を吸った。

 

 

 

「外にも、まだ味方がいます。地上側では七草先輩たちが避難者の確認を続けています。こちらの存在を探している生徒もいます」

 

 

 

避難者たちの視線が、中条へ集まる。

 

 

 

「今すぐここを出ることはできません。出入口も安全確認が必要です。ですが、私たちは見捨てられていません。外も、こちらを探しています」

 

 

 

中条の声は、少しずつ落ち着いていった。

 

 

 

「ですから、今はここで待機してください。怪我をしている方、気分が悪い方は、近くの係員に知らせてください。水と毛布を配ります。順番に確認しますので、慌てずに待ってください」

 

 

 

その言葉で、不安が完全に消えたわけではない。

 

 

 

だが、ざわめきは少しだけ弱まった。

 

 

 

理由のない待機ではない。

 

 

 

外に味方がいる。

 

 

 

こちらを探している者がいる。

 

 

 

その情報だけで、人は少しだけ息を吸える。

 

 

 

聖火はそれを確認して、小さく頷いた。

 

 

 

「中条先輩、やっぱりちゃんとできますね」

 

 

 

服部が横で言った。

 

 

 

「今、それを言う余裕があるのか」

 

 

 

「ありますよ」

 

 

 

聖火は手元の札をしまいながら答えた。

 

 

 

「後ろが崩れていないなら、前で戦った意味がありますから」

 

 

 

服部は何も言わなかった。

 

 

 

だが、否定もしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

シェルター内の空気は、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。

 

 

 

完全に不安が消えたわけではない。

 

 

 

出入口は塞がっている。

 

外の状況も、すべて分かっているわけではない。

 

 

 

それでも、外に味方がいる。

 

こちらを探している者がいる。

 

 

 

その情報だけで、避難者たちの呼吸は少しだけ整った。

 

 

 

中条は係員たちへ指示を出し、水と毛布を配らせていた。

 

 

 

「水は一人一本ずつです。足りなくなることはありませんので、慌てずに受け取ってください。毛布は怪我をしている方、気分の悪い方を優先します」

 

 

 

その声には、まだ疲れがある。

 

 

 

だが、先ほどまでの震えは薄くなっていた。

 

 

 

シェルターの一角では、安宿《あすか》先生が簡易救護スペースを作っていた。

 

 

 

第一高校の保健医である彼女は、備蓄されていた救急箱を開き、椅子と毛布を使って手早く処置場所を整えていく。

 

 

 

打撲。

 

擦過傷。

 

軽い切り傷。

 

足をひねった者。

 

煙を吸って咳き込む者。

 

 

 

大怪我ではない。

 

 

 

だが、放っておけば不安は増える。

 

 

 

痛みは恐怖を呼び、恐怖は周囲へ広がる。

 

 

 

だから、処置は早い方がいい。

 

 

 

聖火は自然にその隣へ膝をついていた。

 

 

 

「次の方、こちらへ」

 

 

 

聖火は男子生徒の腕を取り、傷口を見る。

 

 

 

「浅いですね。洗浄して、圧迫で止まります。少ししみます」

 

 

 

「え、あ、はい」

 

 

 

水で汚れを落とす。

 

清潔なガーゼを当てる。

 

包帯を巻く。

 

 

 

強すぎず、緩すぎず。

 

 

 

動かした時にずれない位置で留める。

 

 

 

その手つきに、迷いはなかった。

 

 

 

安宿先生は、隣で別の生徒の処置をしながら、ちらりと聖火を見る。

 

 

 

「鷹山君、上手ね」

 

 

 

「そうですか」

 

 

 

聖火は包帯の端を留めながら、少しだけ笑った。

 

 

 

「安宿先生に認めていただけると、自信になりますね」

 

 

 

「普通の一年生は、そんなに自然に包帯を巻けないと思うけれど」

 

 

 

「昔、少し教わりまして」

 

 

 

「少し?」

 

 

 

安宿先生の声に、柔らかい疑いが混じる。

 

 

 

聖火は視線を逸らした。

 

 

 

「少し、広めに」

 

 

 

「広めに、という言い方も初めて聞いたわ」

 

 

 

そのやり取りを聞いていた中条が、思わず口を挟んだ。

 

 

 

「あの、鷹山くん……」

 

 

 

「はい、中条先輩」

 

 

 

「それ、絶対に経験者の手つきですよね?」

 

 

 

聖火は一瞬だけ黙った。

 

 

 

それから、包帯を巻き終えた生徒の腕を軽く確認する。

 

 

 

「はい。これで大丈夫です。痛みが強くなったら、すぐに言ってください」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

生徒が礼を言って離れていく。

 

 

 

聖火は次の負傷者へ視線を向けながら、何事もなかったように答えた。

 

 

 

「人より少し、応急処置に詳しいだけです」

 

 

 

中条はじっと聖火を見る。

 

 

 

「絶対に少しじゃありません」

 

 

 

「中条先輩も、だいぶ冷静になりましたね」

 

 

 

「話を逸らしましたよね?」

 

 

 

「次の方、こちらへ」

 

 

 

「逸らしましたよね?」

 

 

 

安宿先生が小さく笑った。

 

 

 

シェルターの一角に、ほんの少しだけ柔らかな空気が戻る。

 

 

 

閉じ込められている事実は変わらない。

 

 

 

外の戦闘が終わったわけでもない。

 

 

 

それでも、怪我を見てもらえる。

 

水が配られる。

 

毛布がある。

 

声をかけてくれる人がいる。

 

 

 

それだけで、人は少しだけ落ち着ける。

 

 

 

聖火は次の負傷者の前に膝をつき、いつものように状態を確認した。

 

 

 

「大丈夫です。順番に見ますから、焦らなくていいですよ」

 

 

 

その声は、地下通路で敵を切り裂いていた時とはまるで違っていた。

 

 

 

けれど、服部はそれを見て、むしろ納得していた。

 

 

 

鷹山聖火は、敵を倒すためだけに戦っているわけではない。

 

 

 

後ろにいる人間を、こうして拾うために前へ出たのだ。

 

 

 

服部は短く息を吐き、入口側へ視線を戻す。

 

 

 

外には、まだ戦いがある。

 

 

 

出入口は塞がっている。

 

 

 

救助がいつ来るかも分からない。

 

 

 

だが、シェルター内は崩れていない。

 

 

 

中条が避難者をまとめ、安宿先生が怪我人を見て、聖火がその隣で処置を手伝っている。

 

 

 

沢木と警備隊員たちは入口を守っている。

 

 

 

今できることは、ある。

 

 

 

それだけで十分だった。

 

 

 

聖火は包帯を巻き終えると、次の救急箱を開いた。

 

 

 

中には、まだ使えるものが残っている。

 

 

 

ガーゼ。

 

包帯。

 

消毒液。

 

固定具。

 

 

 

限られた物資。

 

限られた空間。

 

限られた情報。

 

 

 

それでも、手は動かせる。

 

 

 

聖火は小さく息を吐き、次の避難者へ声をかけた。

 

 

 

「次の方、こちらへ。大丈夫です。順番に見ます」

 

 

 

シェルターの扉の向こうで、遠くの爆音が鈍く響いた。

 

 

 

誰かが肩を震わせる。

 

 

 

だが、すぐに中条の声が飛ぶ。

 

 

 

「大丈夫です。ここは安全です。今は待機してください」

 

 

 

安宿先生が処置を続ける。

 

 

 

服部が入口を見ている。

 

 

 

沢木が黙って立っている。

 

 

 

そして聖火は、目の前の怪我人の手を取った。

 

 

 

戦場は、遠くにある。

 

 

 

だが、ここにも戦いはある。

 

 

 

恐怖に飲まれず、呼吸を保ち、次の瞬間まで人を生かすための戦い。

 

 

 

聖火にとって、それはひどく懐かしい戦いだった。

 




最後はギャグぽくなってしましました。




横浜騒乱編は次回で終了になります。
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