魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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あまり活躍させられませんでした。


横浜騒乱編7

 

 

 

地上での戦闘が終わった後、シェルターの扉はようやく開かれた。

 

 

 

実際には、扉そのものが開いたわけではない。

 

 

 

崩落した通路を外側から確認し、危険な瓦礫を取り除き、別経路から救助隊が到達したのだ。

 

 

 

地下シェルターにいた避難者たちは、順番に外へ誘導された。

 

 

 

最初に負傷者。

 

次に体調不良者。

 

その後、一般の避難者。

 

 

 

中条あずさは、最後まで確認表を手放さなかった。

 

 

 

服部刑部少丞範蔵は警備隊員と共に避難者の誘導を確認し、沢木碧は出入口付近に立って、周囲の安全を見ていた。

 

 

 

安宿先生は、救助隊へ負傷者の状態を引き継いでいる。

 

 

 

聖火はその隣で、簡易処置をした生徒の名前と状態を伝えていた。

 

 

 

「右足首の捻挫。固定済みです。歩かせない方がいいと思います」

 

 

 

「こちらは左腕の切創。出血は止まっていますが、念のため再確認をお願いします」

 

 

 

「この方は過呼吸気味でした。今は落ち着いていますが、外に出た後に再発するかもしれません」

 

 

 

安宿先生が、ちらりと聖火を見た。

 

 

 

「鷹山君」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「本当に手際がいいわね」

 

 

 

「安宿先生にそう言っていただけると、自信になります」

 

 

 

「だから、普通の一年生はそこまで引き継ぎが上手くないの」

 

 

 

聖火は視線を逸らした。

 

 

 

「少し、広めに教わりまして」

 

 

 

「その言い方、まだ使うのね」

 

 

 

安宿先生は呆れたように、それでも少し笑った。

 

 

 

やがて、避難者たちは全員、地上側へ移された。

 

 

 

誰も無傷ではなかった。

 

 

 

怪我をした者もいる。

 

恐怖で泣き出した者もいる。

 

しばらく立てなかった者もいる。

 

 

 

だが、地下シェルターに避難した者たちは、生きて外へ出た。

 

 

 

それだけは、確かな結果だった。

 

 

 

救助後、聖火たちはそれぞれ事情聴取や確認を受けることになった。

 

 

 

誰がどこで何を見たのか。

 

敵と接触したのはどの地点か。

 

避難誘導はどの経路を使ったのか。

 

地下通路の崩落はいつ発生したのか。

 

負傷者は何名か。

 

 

 

聞かれることは多かった。

 

 

 

だが、聖火が自分の呪符について詳しく話すことはなかった。

 

 

 

服部も、その場では深く踏み込まなかった。

 

 

 

沢木も、何か言いたげではあったが、今は問い詰める場面ではないと分かっていた。

 

 

 

中条も同じだった。

 

 

 

ただ、三人とも理解していた。

 

 

 

あの地下通路で、鷹山聖火が何をしたのか。

 

 

 

そして、十文字克人が彼に武器使用を許可した意味を。

 

 

 

横浜騒乱は、そこで終わったわけではない。

 

 

 

地上では、さらに大きな戦いがあった。

 

 

 

海では、もっと大きなものが燃えていた。

 

 

 

だが、シェルターにいた聖火たちにできることは、そこまでだった。

 

 

 

自分たちの避難者を守ること。

 

 

 

閉じ込められた人々を落ち着かせること。

 

 

 

怪我人を処置し、救助まで持ちこたえること。

 

 

 

それが、地下にいた者たちの戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

事件の翌日から、テレビは横浜の映像で埋め尽くされた。

 

 

 

煙を上げる街。

 

封鎖された道路。

 

救助活動を行う隊員たち。

 

専門家の解説。

 

政府関係者の発表。

 

海外の反応。

 

 

 

そして、横浜沖で起きた大規模爆発。

 

 

 

それは、何度も繰り返し報道された。

 

 

 

画面の中で、同じ言葉が何度も使われる。

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

 

 

横浜を襲った戦火と、その後に起きた巨大な破壊。

 

 

 

誰が、何をしたのか。

 

どこまでが公表され、どこからが伏せられているのか。

 

 

 

テレビの中の人間たちは、断定と推測を交互に並べていた。

 

 

 

聖火は鷹山家の居間で、その報道を見ていた。

 

 

 

画面の音は、少し小さめにされている。

 

 

 

美沙がそうしたのだ。

 

 

 

治憲は黙ってニュースを見ていた。

 

 

 

美沙は台所で温かい飲み物を用意している。

 

 

 

聖火は、画面に映る横浜の映像を見ながら、何も言わなかった。

 

 

 

言えることがなかった。

 

 

 

知っていることはある。

 

 

 

分かってしまうこともある。

 

 

 

けれど、それを口にしていいわけではない。

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

 

 

その言葉の奥に、誰がいるのか。

 

 

 

聖火は、完全には知らない。

 

 

 

だが、何も知らないわけでもなかった。

 

 

 

「聖火」

 

 

 

美沙の声がした。

 

 

 

「見すぎない方がいいわ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

聖火は素直に頷いた。

 

 

 

けれど、視線はすぐには画面から離れなかった。

 

 

 

その後、第一高校は臨時休校となった。

 

 

 

学校からの連絡では、再開予定は十一月四日。

 

 

 

それまでは安全確認と生徒の心身の状態確認を優先する、という内容だった。

 

 

 

十月三十一日に起きた横浜騒乱の影響は、それほど大きかった。

 

 

 

当然だった。

 

 

 

あれほどの事件の翌日に、何事もなかったように授業を行えるはずがない。

 

 

 

第一高校の生徒たちは、それぞれの家で待機することになった。

 

 

 

 

 

 

 

達也がしばらく戻れない。

 

 

 

その情報を聞いた時、聖火が最初に向かったのは司波家ではなかった。

 

 

 

鷹山家だった。

 

 

 

夕方。

 

 

 

居間では、テレビが横浜で起きた大規模災害の報道を繰り返していた。

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

 

 

その言葉は、画面の中で何度も使われている。

 

 

 

聖火はテレビの音を背に、治憲と美沙へ事情を伝えた。

 

 

 

「達也くん、しばらく戻れないみたい」

 

 

 

その一言に、美沙の表情が変わった。

 

 

 

「しばらく、というのは?」

 

 

 

「数日になるかもしれない」

 

 

 

治憲も眉を寄せる。

 

 

 

「深雪さんは?」

 

 

 

「たぶん、司波家に一人でいる」

 

 

 

その瞬間、美沙は立ち上がった。

 

 

 

「迎えに行きます」

 

 

 

即答だった。

 

 

 

聖火は一瞬だけ目を瞬かせる。

 

 

 

「母さん?」

 

 

 

「一人でいさせるわけにはいかないわ」

 

 

 

治憲も静かに頷いた。

 

 

 

「そうだな。達也君が戻れないなら、なおさらだ」

 

 

 

「いや、深雪ちゃんはたぶん大丈夫って言うと思うよ」

 

 

 

「言うでしょうね」

 

 

 

美沙は当然のように言った。

 

 

 

「でも、大丈夫と言ったから大丈夫とは限らないでしょう」

 

 

 

聖火は返す言葉を失った。

 

 

 

それはその通りだった。

 

 

 

美沙は上着を手に取る。

 

 

 

「聖火、行くわよ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「あなたが知らせてくれたのだから、あなたも来なさい」

 

 

 

「行くつもりだったけど、母さんの動きが早い」

 

 

 

「早く動くべき時だからよ」

 

 

 

治憲も立ち上がった。

 

 

 

「私も行こう」

 

 

 

こうして、鷹山家の三人は司波家へ向かった。

 

 

 

司波家の玄関を開けた深雪は、三人の姿を見て目を瞬かせた。

 

 

 

「小父様、小母様、聖火くんまで……」

 

 

 

美沙は深雪の顔を見るなり、少しだけ表情を和らげた。

 

 

 

だが、言葉は迷わなかった。

 

 

 

「深雪さん、うちに来ましょう」

 

 

 

深雪は一瞬だけ動きを止めた。

 

 

 

それから、丁寧に首を横へ振る。

 

 

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」

 

 

 

「大丈夫ではありません」

 

 

 

美沙は即答した。

 

 

 

深雪が少し驚いたように目を瞬かせる。

 

 

 

「小母様……」

 

 

 

「達也さんが戻られるまで、一人で待つつもりでしょう?」

 

 

 

「はい。お兄様が戻られた時、私がここにいなければ」

 

 

 

「達也さんが戻ってきた時、あなたが一人で不安を抱えていたと知ったら、そちらの方が心配なさるわ」

 

 

 

深雪は言葉に詰まった。

 

 

 

治憲が穏やかに続ける。

 

 

 

「深雪さん。司波家を守りたい気持ちは分かる。だが、君自身も守られるべきだ」

 

 

 

「ですが……」

 

 

 

「達也君が戻ってきたら、私たちから説明する」

 

 

 

治憲の声は静かだった。

 

 

 

「君を一人にしなかった、と」

 

 

 

深雪は俯いた。

 

 

 

その指先が、わずかに震えている。

 

 

 

聖火はそれを見て、小さく息を吐いた。

 

 

 

「深雪ちゃん」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

「これはもう、うちの両親が決めたから、俺にも止められない」

 

 

 

「聖火くん?」

 

 

 

「特に母さんは、この顔になると強いよ」

 

 

 

「聖火」

 

 

 

美沙の声が飛ぶ。

 

 

 

「はい」

 

 

 

「余計なことを言わない」

 

 

 

「でも事実では?」

 

 

 

「事実でも言い方というものがあります」

 

 

 

「はい」

 

 

 

即答だった。

 

 

 

深雪が、ほんの少しだけ笑った。

 

 

 

それを見て、美沙は静かに深雪の手を取る。

 

 

 

「深雪さん。数日分の着替えだけ持っていらっしゃい」

 

 

 

「ですが、まだ行くとは……」

 

 

 

「行くのよ」

 

 

 

「小母様」

 

 

 

「足りないものはうちにあるわ。必要なら取りに来ればいいの」

 

 

 

深雪は困ったように美沙を見る。

 

 

 

だが、美沙は引かない。

 

 

 

治憲も、聖火も、引く気配がない。

 

 

 

深雪はしばらく沈黙した。

 

 

 

やがて、小さく息を吐く。

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

声は小さかった。

 

 

 

けれど、確かだった。

 

 

 

「お世話になります」

 

 

 

美沙は柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「ええ。いらっしゃい」

 

 

 

聖火は横で小さく呟いた。

 

 

 

「ごり押しが勝った」

 

 

 

「聖火」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「荷物を持ってあげなさい」

 

 

 

「了解」

 

 

 

深雪は少しだけ頬を赤くしながら、数日分の荷物をまとめに奥へ向かった。

 

 

 

司波家を出る前、深雪は一度だけ家の中を振り返った。

 

 

 

達也の帰る場所。

 

 

 

自分が守りたかった場所。

 

 

 

だが、今は一人で待つ必要はない。

 

 

 

そう受け入れたのだろう。

 

 

 

深雪は静かに玄関の鍵を閉めた。

 

 

 

その音は、とても小さかった。

 

 

 

けれど、聖火には大きく聞こえた。

 

 

 

その日から数日間、深雪は鷹山家で過ごすことになった。

 

 

 

居候というには、あまりにも自然だった。

 

 

 

深雪は美沙の手伝いをし、食器を並べ、洗濯物を畳み、時々台所に立った。

 

 

 

鷹山家の勝手は、すでに分かっている。

 

 

 

彼女は客ではなかった。

 

 

 

少なくとも、美沙はそう扱わなかった。

 

 

 

治憲も、深雪を特別扱いしすぎなかった。

 

 

 

食事の時には普通に声をかけ、ニュースの音量を少し下げ、必要以上に事件の話をしなかった。

 

 

 

聖火も同じだった。

 

 

 

軽口を言いかけて、何度か飲み込んだ。

 

 

 

深雪は、何度も端末を確認していた。

 

 

 

達也からの連絡を待っているのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

だが、美沙はそれを咎めなかった。

 

 

 

治憲も何も言わなかった。

 

 

 

聖火も、茶化さなかった。

 

 

 

鷹山家は、深雪を慰めようとしすぎなかった。

 

 

 

ただ、一人にしなかった。

 

 

 

温かい食事を出す。

 

飲み物を置く。

 

テレビの音量を少し下げる。

 

眠れない夜には、居間の明かりを残す。

 

 

 

それだけだった。

 

 

 

だが、それだけで十分な時もある。

 

 

 

深雪は時折、申し訳なさそうに言った。

 

 

 

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 

 

 

そのたびに、美沙は同じように返した。

 

 

 

「迷惑ではないわ」

 

 

 

治憲も笑って言った。

 

 

 

「深雪さんがいてくれると、家の中が丁寧になる」

 

 

 

「丁寧、ですか?」

 

 

 

「聖火だけだと、どうしても雑になるからね」

 

 

 

「父さん、今俺の評価が下がった気がする」

 

 

 

「日頃の行いよ」

 

 

 

美沙がすぐに言う。

 

 

 

「母さんまで」

 

 

 

深雪は、そのやり取りを聞いて小さく笑った。

 

 

 

その笑顔を見るたび、聖火は少しだけ安心した。

 

 

 

深雪は大丈夫ではない。

 

 

 

けれど、崩れてはいない。

 

 

 

それだけで、今は十分だった。

 

 

 

そして、その夜。

 

 

 

玄関のインターホンが鳴った。

 

 

 

深雪の肩が、小さく跳ねる。

 

 

 

聖火は立ち上がった。

 

 

 

「俺が出るよ」

 

 

 

玄関へ向かい、扉を開ける。

 

 

 

そこに立っていたのは、司波達也だった。

 

 

 

「達也くん」

 

 

 

達也はいつもと同じ無表情に見えた。

 

 

 

だが、聖火には分かった。

 

 

 

疲れている。

 

 

 

身体だけではない。

 

 

 

目の奥に、数日分の重さが沈んでいる。

 

 

 

それでも、立っていた。

 

 

 

戻ってきた。

 

 

 

「迎えに来た」

 

 

 

短い言葉だった。

 

 

 

聖火は一拍だけ達也を見る。

 

 

 

聞きたいことは、いくらでもあった。

 

 

 

どこにいたのか。

 

何をしていたのか。

 

何を見たのか。

 

 

 

だが、聞かなかった。

 

 

 

「うん」

 

 

 

聖火は少しだけ笑った。

 

 

 

「深雪ちゃん、待ってたよ」

 

 

 

居間から、深雪が駆けるように出てきた。

 

 

 

「お兄様」

 

 

 

声は震えていた。

 

 

 

けれど、崩れてはいなかった。

 

 

 

達也は深雪を見る。

 

 

 

その目だけが、ほんの少し柔らかくなる。

 

 

 

「ただいま、深雪」

 

 

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

 

 

深雪はそれ以上、何も言わなかった。

 

 

 

言葉にすれば、きっといろいろなものが溢れてしまう。

 

 

 

だから、ただ兄の前に立っていた。

 

 

 

達也もまた、それを受け止めていた。

 

 

 

治憲と美沙も玄関へ出てきた。

 

 

 

二人とも、達也の様子を見て、何かを察した顔をした。

 

 

 

だが、何も聞かなかった。

 

 

 

治憲は静かに言う。

 

 

 

「戻ってきてくれて、よかった」

 

 

 

「ご心配をおかけしました」

 

 

 

達也は丁寧に頭を下げた。

 

 

 

美沙は少しだけ目を細める。

 

 

 

「達也さん、お腹は空いている?」

 

 

 

達也は一瞬だけ間を置いた。

 

 

 

「……少し」

 

 

 

「なら、食べていきなさい」

 

 

 

「ですが」

 

 

 

「深雪さんを迎えに来たのでしょう。でも、迎えに来た人が倒れそうな顔をしていたら、深雪さんが心配するわ」

 

 

 

達也は黙った。

 

 

 

聖火が小さく言う。

 

 

 

「母さん、この顔になると強いよ」

 

 

 

「知っている」

 

 

 

達也の返答に、聖火は思わず笑った。

 

 

 

「達也くんも分かってきたね」

 

 

 

深雪は、少しだけ表情を緩めた。

 

 

 

美沙はそれを見て、満足そうに頷く。

 

 

 

「では、温め直します。深雪さん、手伝ってくださる?」

 

 

 

「はい、小母様」

 

 

 

深雪はすぐに返事をした。

 

 

 

その声は、数日前より明らかに軽かった。

 

 

 

達也は、その後ろ姿を静かに見ていた。

 

 

 

治憲が横に立つ。

 

 

 

「達也君」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「話したくなったら、いつでも聞く」

 

 

 

それだけだった。

 

 

 

何があったのかとは聞かない。

 

 

 

どこにいたのかとも聞かない。

 

 

 

何を背負って戻ってきたのかも、今は問わない。

 

 

 

ただ、話す場所はあると伝える。

 

 

 

達也は数秒だけ沈黙した。

 

 

 

そして、静かに頭を下げる。

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

聖火は、そのやり取りを少し離れて見ていた。

 

 

 

鷹山夫妻は、たぶん分かっている。

 

 

 

達也がただ用事で遅れたわけではないこと。

 

 

 

深雪がただ兄を待っていたわけではないこと。

 

 

 

横浜で起きたことの裏に、表の報道では語られない何かがあること。

 

 

 

それでも、聞かない。

 

 

 

話してくれるなら聞く。

 

 

 

話せないなら、食事を出す。

 

 

 

それが鷹山家の距離感だった。

 

 

 

達也はその夜、鷹山家で温かい食事を取った。

 

 

 

多くは語らなかった。

 

 

 

深雪も無理に聞かなかった。

 

 

 

ただ、食卓に兄がいる。

 

 

 

それだけで、深雪の呼吸はようやく落ち着いたように見えた。

 

 

 

食事を終えた後、達也は改めて頭を下げた。

 

 

 

「深雪を預かっていただき、ありがとうございました」

 

 

 

治憲は穏やかに首を横に振る。

 

 

 

「礼を言われることではないよ」

 

 

 

美沙も微笑んだ。

 

 

 

「深雪さんは、うちの子同然ですから」

 

 

 

深雪の頬が、わずかに赤くなる。

 

 

 

聖火は小さく手を上げた。

 

 

 

「あの、実子の立場がどんどん危うくなっている気がするんですが」

 

 

 

「日頃の行いだ」

 

 

 

達也が静かに言った。

 

 

 

「達也くん、帰ってきて最初に刺すのそこ?」

 

 

 

「事実だ」

 

 

 

「そういうところだよ」

 

 

 

深雪が、久しぶりに小さく笑った。

 

 

 

その笑いを聞いて、聖火は少しだけ安心した。

 

 

 

やがて、達也と深雪は司波家へ戻ることになった。

 

 

 

玄関先で、深雪は深く頭を下げる。

 

 

 

「小父様、小母様、聖火くん。本当にありがとうございました」

 

 

 

「またいつでも来なさい」

 

 

 

美沙が言った。

 

 

 

「司波家も、鷹山家も、帰る場所でいいのよ」

 

 

 

深雪は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに頷いた。

 

 

 

「はい」

 

 

 

達也もまた、短く頭を下げた。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

「うん。気をつけて」

 

 

 

聖火は軽く手を振る。

 

 

 

「達也くん」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「深雪ちゃんに、あまり心配かけすぎないように」

 

 

 

達也は一拍置いた。

 

 

 

「努力する」

 

 

 

「達也くんの努力する、はあまり信用できないな」

 

 

 

「必要なら改善する」

 

 

 

「余計に仕事みたいになった」

 

 

 

深雪がまた少し笑った。

 

 

 

その笑顔を残して、二人は司波家へ戻っていった。

 

 

 

鷹山家の玄関が静かになる。

 

 

 

治憲も美沙も、しばらく何も言わなかった。

 

 

 

聖火も同じだった。

 

 

 

やがて、美沙が小さく息を吐く。

 

 

 

「帰ってきてくれて、よかったわね」

 

 

 

「うん」

 

 

 

聖火は短く答えた。

 

 

 

それ以上は、誰も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

十一月四日。

 

 

 

第一高校は授業を再開した。

 

 

 

校門をくぐる生徒たちの表情は、以前とは少し違っていた。

 

 

 

横浜で起きたことを、誰も完全には飲み込めていない。

 

 

 

友人の無事を確認して安堵する者。

 

報道の内容を小声で話す者。

 

何も言わずに教室へ向かう者。

 

 

 

学校は戻った。

 

 

 

だが、何もかもが元通りになったわけではない。

 

 

 

それでも、校舎には生徒たちの足音が戻った。

 

 

 

教室には声が戻った。

 

 

 

廊下には、少しぎこちない日常が戻り始めた。

 

 

 

聖火は校門の前で一度立ち止まり、校舎を見上げた。

 

 

 

十月三十一日に止まった日常は、完全には戻らない。

 

 

 

だが、人はそれでも戻る。

 

 

 

戻る場所がある限り。

 

 

 

隣では、深雪が達也と並んで歩いていた。

 

 

 

その表情はまだ少し硬い。

 

 

 

けれど、達也が隣にいる。

 

 

 

それだけで、彼女の歩幅は以前より安定していた。

 

 

 

「聖火くん」

 

 

 

深雪が振り返る。

 

 

 

「はい」

 

 

 

「また、後ほど」

 

 

 

「うん。また後で」

 

 

 

達也も短く視線を向ける。

 

 

 

「行くぞ、深雪」

 

 

 

「はい、お兄様」

 

 

 

二人が校舎へ向かって歩いていく。

 

 

 

聖火はその背中を見送り、少しだけ息を吐いた。

 

 

 

横浜騒乱は終わった。

 

 

 

灼熱のハロウィンという名は、これからもニュースや記録の中で語られるのだろう。

 

 

 

だが、聖火にとって残ったものは、炎の映像だけではなかった。

 

 

 

地下通路で聞いた銃声。

 

呪符が燃える匂い。

 

シェルターで震えていた避難者の手。

 

外を探っていた幹比古くんの精霊。

 

怪我人の包帯。

 

中条先輩の震えながらも通る声。

 

服部先輩の指示。

 

沢木先輩の背中。

 

安宿先生の笑み。

 

 

 

そして、鷹山家で達也を待っていた深雪の横顔。

 

 

 

どれも、事件の一部だった。

 

 

 

聖火は校舎へ向かって歩き出す。

 

 

 

終わったことは、終わったことにする。

 

 

 

だが、忘れる必要はない。

 

 

 

覚えたまま、次へ進めばいい。

 

 

 

十一月四日。

 

 

 

第一高校の日常は、再び動き始めた。

 




鷹山家は無敵です。


次回からは少しおまけ回を挟んで、本編に行きたいと思っております。
少し重要な、というよりは検討している話を出すかもしれません。
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魔法科高校の異端魔術師(作者:もやしになりたい)(原作:魔法科高校の劣等生)

死の間際、佐藤雄馬は他人を庇って命を落とした。▼その死は、本来あるはずのないものだった。▼神の手違いにより、『魔法科高校の劣等生』の世界へ転生した雄馬は、英霊たちとの縁を与えられ、新たな人生を歩み始める。▼そこで彼が触れたのは、魔法が技術として完成された世界と、英霊たちが語る神秘としての魔術だった。▼想子によって情報体へ干渉する“魔法”。▼魔術回路と魔力によ…


総合評価:2332/評価:7.25/連載:37話/更新日時:2026年05月14日(木) 16:46 小説情報

魔法科高校の劣等生 ~隻腕の魔法使い~(作者:なべを)(原作:魔法科高校の劣等生)

少年は地獄を見た。▼少年にとっては新しい地獄の始まりであり、▼少女にとっては呪いとなった。▼世羅 芥「せら かい」は転生者である。▼事故で片腕を無くしながらも、魔法科高校第一高校に「二科生」として入学することが出来た。▼地獄を見てきた反動からか、「日常」に強い憧れをもっているため、普通の学園生活を送れると入学式の日に胸を弾ませていた。▼しかし、この世界には他…


総合評価:540/評価:6.93/連載:33話/更新日時:2026年06月09日(火) 22:30 小説情報

自己加速しすぎてスタープラチナ・ザ・ワールド(作者:常谷 優大)(原作:魔法科高校の劣等生)

‐自己加速術式‐▼術者自身の運動速度を向上させ、移動速度や白兵戦の攻撃速度を爆発的に高める魔法である。▼魔法師の中では初歩的な魔法...▼のはずだった。▼西暦2095年、国立魔法大学付属第一校--通称"第一高校"に入学した一人の少年、▼「比企谷八幡」▼彼の使う自己加速魔法は、世界の理さえ覆す。▼「魔法科高校×やはり俺の青春ラブコメは間違っ…


総合評価:1029/評価:6.8/連載:3話/更新日時:2026年05月27日(水) 21:31 小説情報

助けた女の子に「…責任を取りなさい」と迫られてる件(作者:萩月輝夜)(原作:魔法科高校の劣等生)

全てを失う筈の少女が転生してスパダリになった少年に脳を焼かれたらどうなるか。▼※この作品は一部劇場版魔法科高校の劣等生【四葉継承編】のネタバレを含みます。ご了承ください。▼真夜とのイチャイチャをみたいが為の自己満二次創作です。▼ツンデレ真夜様可愛い。▼軽い気持ちで見てください。タグ追加予定。▼毎日更新は無理なので週一で更新出来たら頑張ります。


総合評価:7750/評価:8/連載:9話/更新日時:2026年06月07日(日) 19:32 小説情報


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