魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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あまり活躍させられませんでした。


横浜騒乱編7

 

 

 

地上での戦闘が終わった後、シェルターの扉はようやく開かれた。

 

 

 

実際には、扉そのものが開いたわけではない。

 

 

 

崩落した通路を外側から確認し、危険な瓦礫を取り除き、別経路から救助隊が到達したのだ。

 

 

 

地下シェルターにいた避難者たちは、順番に外へ誘導された。

 

 

 

最初に負傷者。

 

次に体調不良者。

 

その後、一般の避難者。

 

 

 

中条あずさは、最後まで確認表を手放さなかった。

 

 

 

服部刑部少丞範蔵は警備隊員と共に避難者の誘導を確認し、沢木碧は出入口付近に立って、周囲の安全を見ていた。

 

 

 

安宿先生は、救助隊へ負傷者の状態を引き継いでいる。

 

 

 

聖火はその隣で、簡易処置をした生徒の名前と状態を伝えていた。

 

 

 

「右足首の捻挫。固定済みです。歩かせない方がいいと思います」

 

 

 

「こちらは左腕の切創。出血は止まっていますが、念のため再確認をお願いします」

 

 

 

「この方は過呼吸気味でした。今は落ち着いていますが、外に出た後に再発するかもしれません」

 

 

 

安宿先生が、ちらりと聖火を見た。

 

 

 

「鷹山君」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「本当に手際がいいわね」

 

 

 

「安宿先生にそう言っていただけると、自信になります」

 

 

 

「だから、普通の一年生はそこまで引き継ぎが上手くないの」

 

 

 

聖火は視線を逸らした。

 

 

 

「少し、広めに教わりまして」

 

 

 

「その言い方、まだ使うのね」

 

 

 

安宿先生は呆れたように、それでも少し笑った。

 

 

 

やがて、避難者たちは全員、地上側へ移された。

 

 

 

誰も無傷ではなかった。

 

 

 

怪我をした者もいる。

 

恐怖で泣き出した者もいる。

 

しばらく立てなかった者もいる。

 

 

 

だが、地下シェルターに避難した者たちは、生きて外へ出た。

 

 

 

それだけは、確かな結果だった。

 

 

 

救助後、聖火たちはそれぞれ事情聴取や確認を受けることになった。

 

 

 

誰がどこで何を見たのか。

 

敵と接触したのはどの地点か。

 

避難誘導はどの経路を使ったのか。

 

地下通路の崩落はいつ発生したのか。

 

負傷者は何名か。

 

 

 

聞かれることは多かった。

 

 

 

だが、聖火が自分の呪符について詳しく話すことはなかった。

 

 

 

服部も、その場では深く踏み込まなかった。

 

 

 

沢木も、何か言いたげではあったが、今は問い詰める場面ではないと分かっていた。

 

 

 

中条も同じだった。

 

 

 

ただ、三人とも理解していた。

 

 

 

あの地下通路で、鷹山聖火が何をしたのか。

 

 

 

そして、十文字克人が彼に武器使用を許可した意味を。

 

 

 

横浜騒乱は、そこで終わったわけではない。

 

 

 

地上では、さらに大きな戦いがあった。

 

 

 

海では、もっと大きなものが燃えていた。

 

 

 

だが、シェルターにいた聖火たちにできることは、そこまでだった。

 

 

 

自分たちの避難者を守ること。

 

 

 

閉じ込められた人々を落ち着かせること。

 

 

 

怪我人を処置し、救助まで持ちこたえること。

 

 

 

それが、地下にいた者たちの戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

事件の翌日から、テレビは横浜の映像で埋め尽くされた。

 

 

 

煙を上げる街。

 

封鎖された道路。

 

救助活動を行う隊員たち。

 

専門家の解説。

 

政府関係者の発表。

 

海外の反応。

 

 

 

そして、横浜沖で起きた大規模爆発。

 

 

 

それは、何度も繰り返し報道された。

 

 

 

画面の中で、同じ言葉が何度も使われる。

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

 

 

横浜を襲った戦火と、その後に起きた巨大な破壊。

 

 

 

誰が、何をしたのか。

 

どこまでが公表され、どこからが伏せられているのか。

 

 

 

テレビの中の人間たちは、断定と推測を交互に並べていた。

 

 

 

聖火は鷹山家の居間で、その報道を見ていた。

 

 

 

画面の音は、少し小さめにされている。

 

 

 

美沙がそうしたのだ。

 

 

 

治憲は黙ってニュースを見ていた。

 

 

 

美沙は台所で温かい飲み物を用意している。

 

 

 

聖火は、画面に映る横浜の映像を見ながら、何も言わなかった。

 

 

 

言えることがなかった。

 

 

 

知っていることはある。

 

 

 

分かってしまうこともある。

 

 

 

けれど、それを口にしていいわけではない。

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

 

 

その言葉の奥に、誰がいるのか。

 

 

 

聖火は、完全には知らない。

 

 

 

だが、何も知らないわけでもなかった。

 

 

 

「聖火」

 

 

 

美沙の声がした。

 

 

 

「見すぎない方がいいわ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

聖火は素直に頷いた。

 

 

 

けれど、視線はすぐには画面から離れなかった。

 

 

 

その後、第一高校は臨時休校となった。

 

 

 

学校からの連絡では、再開予定は十一月四日。

 

 

 

それまでは安全確認と生徒の心身の状態確認を優先する、という内容だった。

 

 

 

十月三十一日に起きた横浜騒乱の影響は、それほど大きかった。

 

 

 

当然だった。

 

 

 

あれほどの事件の翌日に、何事もなかったように授業を行えるはずがない。

 

 

 

第一高校の生徒たちは、それぞれの家で待機することになった。

 

 

 

 

 

 

 

達也がしばらく戻れない。

 

 

 

その情報を聞いた時、聖火が最初に向かったのは司波家ではなかった。

 

 

 

鷹山家だった。

 

 

 

夕方。

 

 

 

居間では、テレビが横浜で起きた大規模災害の報道を繰り返していた。

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

 

 

その言葉は、画面の中で何度も使われている。

 

 

 

聖火はテレビの音を背に、治憲と美沙へ事情を伝えた。

 

 

 

「達也くん、しばらく戻れないみたい」

 

 

 

その一言に、美沙の表情が変わった。

 

 

 

「しばらく、というのは?」

 

 

 

「数日になるかもしれない」

 

 

 

治憲も眉を寄せる。

 

 

 

「深雪さんは?」

 

 

 

「たぶん、司波家に一人でいる」

 

 

 

その瞬間、美沙は立ち上がった。

 

 

 

「迎えに行きます」

 

 

 

即答だった。

 

 

 

聖火は一瞬だけ目を瞬かせる。

 

 

 

「母さん?」

 

 

 

「一人でいさせるわけにはいかないわ」

 

 

 

治憲も静かに頷いた。

 

 

 

「そうだな。達也君が戻れないなら、なおさらだ」

 

 

 

「いや、深雪ちゃんはたぶん大丈夫って言うと思うよ」

 

 

 

「言うでしょうね」

 

 

 

美沙は当然のように言った。

 

 

 

「でも、大丈夫と言ったから大丈夫とは限らないでしょう」

 

 

 

聖火は返す言葉を失った。

 

 

 

それはその通りだった。

 

 

 

美沙は上着を手に取る。

 

 

 

「聖火、行くわよ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「あなたが知らせてくれたのだから、あなたも来なさい」

 

 

 

「行くつもりだったけど、母さんの動きが早い」

 

 

 

「早く動くべき時だからよ」

 

 

 

治憲も立ち上がった。

 

 

 

「私も行こう」

 

 

 

こうして、鷹山家の三人は司波家へ向かった。

 

 

 

司波家の玄関を開けた深雪は、三人の姿を見て目を瞬かせた。

 

 

 

「小父様、小母様、聖火くんまで……」

 

 

 

美沙は深雪の顔を見るなり、少しだけ表情を和らげた。

 

 

 

だが、言葉は迷わなかった。

 

 

 

「深雪さん、うちに来ましょう」

 

 

 

深雪は一瞬だけ動きを止めた。

 

 

 

それから、丁寧に首を横へ振る。

 

 

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」

 

 

 

「大丈夫ではありません」

 

 

 

美沙は即答した。

 

 

 

深雪が少し驚いたように目を瞬かせる。

 

 

 

「小母様……」

 

 

 

「達也さんが戻られるまで、一人で待つつもりでしょう?」

 

 

 

「はい。お兄様が戻られた時、私がここにいなければ」

 

 

 

「達也さんが戻ってきた時、あなたが一人で不安を抱えていたと知ったら、そちらの方が心配なさるわ」

 

 

 

深雪は言葉に詰まった。

 

 

 

治憲が穏やかに続ける。

 

 

 

「深雪さん。司波家を守りたい気持ちは分かる。だが、君自身も守られるべきだ」

 

 

 

「ですが……」

 

 

 

「達也君が戻ってきたら、私たちから説明する」

 

 

 

治憲の声は静かだった。

 

 

 

「君を一人にしなかった、と」

 

 

 

深雪は俯いた。

 

 

 

その指先が、わずかに震えている。

 

 

 

聖火はそれを見て、小さく息を吐いた。

 

 

 

「深雪ちゃん」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

「これはもう、うちの両親が決めたから、俺にも止められない」

 

 

 

「聖火くん?」

 

 

 

「特に母さんは、この顔になると強いよ」

 

 

 

「聖火」

 

 

 

美沙の声が飛ぶ。

 

 

 

「はい」

 

 

 

「余計なことを言わない」

 

 

 

「でも事実では?」

 

 

 

「事実でも言い方というものがあります」

 

 

 

「はい」

 

 

 

即答だった。

 

 

 

深雪が、ほんの少しだけ笑った。

 

 

 

それを見て、美沙は静かに深雪の手を取る。

 

 

 

「深雪さん。数日分の着替えだけ持っていらっしゃい」

 

 

 

「ですが、まだ行くとは……」

 

 

 

「行くのよ」

 

 

 

「小母様」

 

 

 

「足りないものはうちにあるわ。必要なら取りに来ればいいの」

 

 

 

深雪は困ったように美沙を見る。

 

 

 

だが、美沙は引かない。

 

 

 

治憲も、聖火も、引く気配がない。

 

 

 

深雪はしばらく沈黙した。

 

 

 

やがて、小さく息を吐く。

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

声は小さかった。

 

 

 

けれど、確かだった。

 

 

 

「お世話になります」

 

 

 

美沙は柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「ええ。いらっしゃい」

 

 

 

聖火は横で小さく呟いた。

 

 

 

「ごり押しが勝った」

 

 

 

「聖火」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「荷物を持ってあげなさい」

 

 

 

「了解」

 

 

 

深雪は少しだけ頬を赤くしながら、数日分の荷物をまとめに奥へ向かった。

 

 

 

司波家を出る前、深雪は一度だけ家の中を振り返った。

 

 

 

達也の帰る場所。

 

 

 

自分が守りたかった場所。

 

 

 

だが、今は一人で待つ必要はない。

 

 

 

そう受け入れたのだろう。

 

 

 

深雪は静かに玄関の鍵を閉めた。

 

 

 

その音は、とても小さかった。

 

 

 

けれど、聖火には大きく聞こえた。

 

 

 

その日から数日間、深雪は鷹山家で過ごすことになった。

 

 

 

居候というには、あまりにも自然だった。

 

 

 

深雪は美沙の手伝いをし、食器を並べ、洗濯物を畳み、時々台所に立った。

 

 

 

鷹山家の勝手は、すでに分かっている。

 

 

 

彼女は客ではなかった。

 

 

 

少なくとも、美沙はそう扱わなかった。

 

 

 

治憲も、深雪を特別扱いしすぎなかった。

 

 

 

食事の時には普通に声をかけ、ニュースの音量を少し下げ、必要以上に事件の話をしなかった。

 

 

 

聖火も同じだった。

 

 

 

軽口を言いかけて、何度か飲み込んだ。

 

 

 

深雪は、何度も端末を確認していた。

 

 

 

達也からの連絡を待っているのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

だが、美沙はそれを咎めなかった。

 

 

 

治憲も何も言わなかった。

 

 

 

聖火も、茶化さなかった。

 

 

 

鷹山家は、深雪を慰めようとしすぎなかった。

 

 

 

ただ、一人にしなかった。

 

 

 

温かい食事を出す。

 

飲み物を置く。

 

テレビの音量を少し下げる。

 

眠れない夜には、居間の明かりを残す。

 

 

 

それだけだった。

 

 

 

だが、それだけで十分な時もある。

 

 

 

深雪は時折、申し訳なさそうに言った。

 

 

 

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 

 

 

そのたびに、美沙は同じように返した。

 

 

 

「迷惑ではないわ」

 

 

 

治憲も笑って言った。

 

 

 

「深雪さんがいてくれると、家の中が丁寧になる」

 

 

 

「丁寧、ですか?」

 

 

 

「聖火だけだと、どうしても雑になるからね」

 

 

 

「父さん、今俺の評価が下がった気がする」

 

 

 

「日頃の行いよ」

 

 

 

美沙がすぐに言う。

 

 

 

「母さんまで」

 

 

 

深雪は、そのやり取りを聞いて小さく笑った。

 

 

 

その笑顔を見るたび、聖火は少しだけ安心した。

 

 

 

深雪は大丈夫ではない。

 

 

 

けれど、崩れてはいない。

 

 

 

それだけで、今は十分だった。

 

 

 

そして、その夜。

 

 

 

玄関のインターホンが鳴った。

 

 

 

深雪の肩が、小さく跳ねる。

 

 

 

聖火は立ち上がった。

 

 

 

「俺が出るよ」

 

 

 

玄関へ向かい、扉を開ける。

 

 

 

そこに立っていたのは、司波達也だった。

 

 

 

「達也くん」

 

 

 

達也はいつもと同じ無表情に見えた。

 

 

 

だが、聖火には分かった。

 

 

 

疲れている。

 

 

 

身体だけではない。

 

 

 

目の奥に、数日分の重さが沈んでいる。

 

 

 

それでも、立っていた。

 

 

 

戻ってきた。

 

 

 

「迎えに来た」

 

 

 

短い言葉だった。

 

 

 

聖火は一拍だけ達也を見る。

 

 

 

聞きたいことは、いくらでもあった。

 

 

 

どこにいたのか。

 

何をしていたのか。

 

何を見たのか。

 

 

 

だが、聞かなかった。

 

 

 

「うん」

 

 

 

聖火は少しだけ笑った。

 

 

 

「深雪ちゃん、待ってたよ」

 

 

 

居間から、深雪が駆けるように出てきた。

 

 

 

「お兄様」

 

 

 

声は震えていた。

 

 

 

けれど、崩れてはいなかった。

 

 

 

達也は深雪を見る。

 

 

 

その目だけが、ほんの少し柔らかくなる。

 

 

 

「ただいま、深雪」

 

 

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

 

 

深雪はそれ以上、何も言わなかった。

 

 

 

言葉にすれば、きっといろいろなものが溢れてしまう。

 

 

 

だから、ただ兄の前に立っていた。

 

 

 

達也もまた、それを受け止めていた。

 

 

 

治憲と美沙も玄関へ出てきた。

 

 

 

二人とも、達也の様子を見て、何かを察した顔をした。

 

 

 

だが、何も聞かなかった。

 

 

 

治憲は静かに言う。

 

 

 

「戻ってきてくれて、よかった」

 

 

 

「ご心配をおかけしました」

 

 

 

達也は丁寧に頭を下げた。

 

 

 

美沙は少しだけ目を細める。

 

 

 

「達也さん、お腹は空いている?」

 

 

 

達也は一瞬だけ間を置いた。

 

 

 

「……少し」

 

 

 

「なら、食べていきなさい」

 

 

 

「ですが」

 

 

 

「深雪さんを迎えに来たのでしょう。でも、迎えに来た人が倒れそうな顔をしていたら、深雪さんが心配するわ」

 

 

 

達也は黙った。

 

 

 

聖火が小さく言う。

 

 

 

「母さん、この顔になると強いよ」

 

 

 

「知っている」

 

 

 

達也の返答に、聖火は思わず笑った。

 

 

 

「達也くんも分かってきたね」

 

 

 

深雪は、少しだけ表情を緩めた。

 

 

 

美沙はそれを見て、満足そうに頷く。

 

 

 

「では、温め直します。深雪さん、手伝ってくださる?」

 

 

 

「はい、小母様」

 

 

 

深雪はすぐに返事をした。

 

 

 

その声は、数日前より明らかに軽かった。

 

 

 

達也は、その後ろ姿を静かに見ていた。

 

 

 

治憲が横に立つ。

 

 

 

「達也君」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「話したくなったら、いつでも聞く」

 

 

 

それだけだった。

 

 

 

何があったのかとは聞かない。

 

 

 

どこにいたのかとも聞かない。

 

 

 

何を背負って戻ってきたのかも、今は問わない。

 

 

 

ただ、話す場所はあると伝える。

 

 

 

達也は数秒だけ沈黙した。

 

 

 

そして、静かに頭を下げる。

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

聖火は、そのやり取りを少し離れて見ていた。

 

 

 

鷹山夫妻は、たぶん分かっている。

 

 

 

達也がただ用事で遅れたわけではないこと。

 

 

 

深雪がただ兄を待っていたわけではないこと。

 

 

 

横浜で起きたことの裏に、表の報道では語られない何かがあること。

 

 

 

それでも、聞かない。

 

 

 

話してくれるなら聞く。

 

 

 

話せないなら、食事を出す。

 

 

 

それが鷹山家の距離感だった。

 

 

 

達也はその夜、鷹山家で温かい食事を取った。

 

 

 

多くは語らなかった。

 

 

 

深雪も無理に聞かなかった。

 

 

 

ただ、食卓に兄がいる。

 

 

 

それだけで、深雪の呼吸はようやく落ち着いたように見えた。

 

 

 

食事を終えた後、達也は改めて頭を下げた。

 

 

 

「深雪を預かっていただき、ありがとうございました」

 

 

 

治憲は穏やかに首を横に振る。

 

 

 

「礼を言われることではないよ」

 

 

 

美沙も微笑んだ。

 

 

 

「深雪さんは、うちの子同然ですから」

 

 

 

深雪の頬が、わずかに赤くなる。

 

 

 

聖火は小さく手を上げた。

 

 

 

「あの、実子の立場がどんどん危うくなっている気がするんですが」

 

 

 

「日頃の行いだ」

 

 

 

達也が静かに言った。

 

 

 

「達也くん、帰ってきて最初に刺すのそこ?」

 

 

 

「事実だ」

 

 

 

「そういうところだよ」

 

 

 

深雪が、久しぶりに小さく笑った。

 

 

 

その笑いを聞いて、聖火は少しだけ安心した。

 

 

 

やがて、達也と深雪は司波家へ戻ることになった。

 

 

 

玄関先で、深雪は深く頭を下げる。

 

 

 

「小父様、小母様、聖火くん。本当にありがとうございました」

 

 

 

「またいつでも来なさい」

 

 

 

美沙が言った。

 

 

 

「司波家も、鷹山家も、帰る場所でいいのよ」

 

 

 

深雪は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに頷いた。

 

 

 

「はい」

 

 

 

達也もまた、短く頭を下げた。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

「うん。気をつけて」

 

 

 

聖火は軽く手を振る。

 

 

 

「達也くん」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「深雪ちゃんに、あまり心配かけすぎないように」

 

 

 

達也は一拍置いた。

 

 

 

「努力する」

 

 

 

「達也くんの努力する、はあまり信用できないな」

 

 

 

「必要なら改善する」

 

 

 

「余計に仕事みたいになった」

 

 

 

深雪がまた少し笑った。

 

 

 

その笑顔を残して、二人は司波家へ戻っていった。

 

 

 

鷹山家の玄関が静かになる。

 

 

 

治憲も美沙も、しばらく何も言わなかった。

 

 

 

聖火も同じだった。

 

 

 

やがて、美沙が小さく息を吐く。

 

 

 

「帰ってきてくれて、よかったわね」

 

 

 

「うん」

 

 

 

聖火は短く答えた。

 

 

 

それ以上は、誰も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

十一月四日。

 

 

 

第一高校は授業を再開した。

 

 

 

校門をくぐる生徒たちの表情は、以前とは少し違っていた。

 

 

 

横浜で起きたことを、誰も完全には飲み込めていない。

 

 

 

友人の無事を確認して安堵する者。

 

報道の内容を小声で話す者。

 

何も言わずに教室へ向かう者。

 

 

 

学校は戻った。

 

 

 

だが、何もかもが元通りになったわけではない。

 

 

 

それでも、校舎には生徒たちの足音が戻った。

 

 

 

教室には声が戻った。

 

 

 

廊下には、少しぎこちない日常が戻り始めた。

 

 

 

聖火は校門の前で一度立ち止まり、校舎を見上げた。

 

 

 

十月三十一日に止まった日常は、完全には戻らない。

 

 

 

だが、人はそれでも戻る。

 

 

 

戻る場所がある限り。

 

 

 

隣では、深雪が達也と並んで歩いていた。

 

 

 

その表情はまだ少し硬い。

 

 

 

けれど、達也が隣にいる。

 

 

 

それだけで、彼女の歩幅は以前より安定していた。

 

 

 

「聖火くん」

 

 

 

深雪が振り返る。

 

 

 

「はい」

 

 

 

「また、後ほど」

 

 

 

「うん。また後で」

 

 

 

達也も短く視線を向ける。

 

 

 

「行くぞ、深雪」

 

 

 

「はい、お兄様」

 

 

 

二人が校舎へ向かって歩いていく。

 

 

 

聖火はその背中を見送り、少しだけ息を吐いた。

 

 

 

横浜騒乱は終わった。

 

 

 

灼熱のハロウィンという名は、これからもニュースや記録の中で語られるのだろう。

 

 

 

だが、聖火にとって残ったものは、炎の映像だけではなかった。

 

 

 

地下通路で聞いた銃声。

 

呪符が燃える匂い。

 

シェルターで震えていた避難者の手。

 

外を探っていた幹比古くんの精霊。

 

怪我人の包帯。

 

中条先輩の震えながらも通る声。

 

服部先輩の指示。

 

沢木先輩の背中。

 

安宿先生の笑み。

 

 

 

そして、鷹山家で達也を待っていた深雪の横顔。

 

 

 

どれも、事件の一部だった。

 

 

 

聖火は校舎へ向かって歩き出す。

 

 

 

終わったことは、終わったことにする。

 

 

 

だが、忘れる必要はない。

 

 

 

覚えたまま、次へ進めばいい。

 

 

 

十一月四日。

 

 

 

第一高校の日常は、再び動き始めた。

 




鷹山家は無敵です。


次回からは少しおまけ回を挟んで、本編に行きたいと思っております。
少し重要な、というよりは検討している話を出すかもしれません。
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