魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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少しジョジョ感が出てしまいます。


来訪者編4 古い手記

 

 

その日の放課後、部活連本部には鷹山聖火だけが残っていた。

 

偶然なのか。

 

あるいは、誰かがそうなるように調整したのか。

 

そのあたりは分からない。

 

少なくとも、普段なら数人は残っているはずの部屋には、今は聖火一人しかいなかった。

 

机の上には、使い終わった書類が数枚。

 

片づけられた湯飲み。

 

そして、聖火が開いたままにしている古い資料の写し。

 

部活連本部というより、どこか資料室のような空気になっていた。

 

聖火は椅子に座り、端末と紙の資料を交互に見比べていた。

 

紙の方には、手書きの文字が並んでいる。

 

現代の日本語ではない。

 

崩れた筆記体。

 

古い言い回し。

 

英語とも日本語ともつかない注釈。

 

普通の高校生なら、見ただけで読む気をなくすだろう。

 

聖火はそれを、特に苦もなく読み進めていた。

 

「……やっぱり、似てるな」

 

小さく呟く。

 

西城レオンハルトが襲われた。

 

ただの暴行ではない。

 

ただの魔法犯罪でもない。

 

生命力を直接削られていた。

 

幹比古の見立ては正しい。

 

そして昨夜、聖火自身もそれを確認した。

 

レオの体は、外側よりも内側の損傷がひどかった。

 

精気。

 

生命エネルギー。

 

そう呼ぶしかないものが、かなり持っていかれていた。

 

問題は、なぜそんな真似をしたのか、だ。

 

接触で奪えるなら、血を吸う必要はない。

 

だが、巷で噂になっている事件は吸血鬼と呼ばれている。

 

人を襲い、血を吸うような行為をしている。

 

そこには何か意味がある。

 

聖火が資料の一ページに目を落とした時だった。

 

部屋の扉が開いた。

 

「鷹山」

 

低い声。

 

十文字克人だった。

 

その隣には、七草真由美もいる。

 

生徒会長と部活連会頭。

 

第一高校の生徒側組織における、実質的な二枚看板。

 

その二人が揃って部活連本部に現れた。

 

聖火は資料から顔を上げる。

 

「お疲れさまです、十文字先輩、七草先輩」

 

「少し時間をもらう」

 

十文字は端的に言った。

 

聖火は二人を見て、すぐに頷いた。

 

「どうぞ。座ってください」

 

「話が早いわね」

 

七草が微笑む。

 

「お二人が揃って来た時点で、軽い雑談ではないでしょうから」

 

聖火は立ち上がり、棚の方へ向かった。

 

「紅茶でいいですか?」

 

七草が少し意外そうに目を瞬かせる。

 

「淹れてくれるの?」

 

「はい。話が長くなりそうなので」

 

「まだ何も言っていないのだけど」

 

「十文字先輩の顔が、長くなる話の顔をしています」

 

十文字は眉を動かした。

 

「どんな顔だ」

 

「真面目な顔です」

 

「普段の俺は真面目ではないのか」

 

「いえ、普段から真面目です。今日はさらに真面目です」

 

七草が小さく笑った。

 

「聖火くん、十文字くん相手でも本当に遠慮しないわね」

 

「尊敬はしていますよ」

 

「遠慮は?」

 

「必要な時にします」

 

「今は?」

 

「紅茶を淹れるので、平和な時間です」

 

聖火はさらりと答え、手早く紅茶の準備を始めた。

 

湯を注ぐ音。

 

茶葉が開く香り。

 

部屋の空気が、少しだけ柔らかくなる。

 

さらに聖火は、小皿にクッキーを並べて二人の前に置いた。

 

「どうぞ」

 

「準備がいいな」

 

十文字が言った。

 

「こうなるとは思っていましたから」

 

その一言で、空気が少しだけ変わった。

 

七草がカップに手を伸ばしながら、表情を引き締める。

 

「なら、話も早そうね」

 

聖火は自分の分の紅茶を置き、二人の向かいに腰を下ろした。

 

十文字が口を開く。

 

「西城の件だ」

 

「はい」

 

「巷で話題になっている吸血鬼事件と関係があると見ている」

 

「でしょうね」

 

聖火の返事は短かった。

 

七草が目を細める。

 

「否定しないのね」

 

「否定できる材料がありません」

 

聖火はカップを手に取った。

 

「レオくんは精気をかなり吸われていました。普通の打撃や魔法攻撃とは違います。あれは肉体の外側ではなく、内側を持っていく類のものです」

 

十文字の表情が険しくなる。

 

「やはり、普通の魔法犯罪ではないか」

 

「普通ではありません」

 

聖火ははっきり言った。

 

「それで、俺に何を?」

 

十文字は真正面から聖火を見た。

 

「協力を要請する」

 

聖火は少しだけ目を細めた。

 

七草が言葉を継ぐ。

 

「学校側としても、吸血鬼事件を完全に無視するわけにはいかないわ。しかも、今回は第一高校の生徒が襲われている」

 

「レオくんですね」

 

「ええ」

 

十文字は低く言った。

 

「西城が襲われた以上、お前が黙っているとは思えん」

 

聖火は紅茶を一口飲んだ。

 

それから、静かに笑う。

 

「買いかぶりですよ」

 

「違うな」

 

十文字は即答した。

 

「お前は動く。放置できる性格ではない」

 

「それは、褒めています?」

 

「危ういと言っている」

 

「手厳しいですね」

 

聖火は肩をすくめた。

 

七草が柔らかく言う。

 

「だから、勝手に動かれる前に、こちらから話を通した方がいいと判断したの」

 

「なるほど」

 

聖火はカップを置いた。

 

その表情から、軽さが少し消える。

 

「では、こちらからも確認させてください」

 

二人の視線が聖火へ向く。

 

聖火は机の上に置いていた古い資料へ手を伸ばした。

 

「古式魔法の界隈では、パラサイトという存在が一部で共有されています。お二人は、どこまでご存じですか?」

 

「パラサイト」

 

七草がその単語を繰り返す。

 

「寄生体、という意味ね」

 

「はい」

 

十文字は腕を組んだ。

 

「名前だけは聞いたことがある。だが、実在を前提に語られるものではない。古い伝承や妖魔譚の一種として扱われることが多いはずだ」

 

「その認識で間違っていません」

 

聖火は頷いた。

 

「妖魔。魔物。悪霊。吸血鬼。そういった名前で記録されてきたものの中に、パラサイトと思われる存在が混ざっています」

 

「つまり、今回の吸血鬼事件もその一種だと?」

 

七草の問いに、聖火は少しだけ間を置いた。

 

「可能性は高いです」

 

そう言って、聖火は一冊の薄い冊子を十文字へ差し出した。

 

写本だった。

 

印刷ではない。

 

古い文献を写し取ったものを、さらに製本し直したような資料だ。

 

十文字はそれを受け取る。

 

「準備がいいのだな」

 

「こうなるとは思っていましたから」

 

聖火は先ほどと同じ答えを返した。

 

七草が目を細める。

 

「いつから?」

 

「レオくんが襲われた時点で」

 

「それは、ずいぶん早いわね」

 

「吸血鬼という噂。精気の吸収。人間らしくない気配。条件が揃いすぎています」

 

聖火は端末を操作した。

 

すぐに、十文字と七草の端末へ資料が送信される。

 

「今、お二人の端末に現代日本語へ翻訳したものを送りました」

 

十文字が端末を確認する。

 

七草も同じように画面へ視線を落とした。

 

「後で達也君にも送ろうと思っていたものです。多分、達也君にも要請するのでしょう?」

 

七草が小さく笑う。

 

「そこまで読まれているのね」

 

「達也君を外して話が進むとは思えませんから」

 

十文字は端末の画面を見ながら尋ねた。

 

「これは?」

 

「十九世紀後半に、ある実業家が残した手記です」

 

「実業家?」

 

「はい。表向きは事業家として知られていた人物ですが、裏では異能者たちとの戦いに関わっていたようです」

 

七草の眉がわずかに動く。

 

「異能者たちとの戦い?」

 

「その記録です。魔法師という言葉が一般化する以前の、異能者、怪人、妖魔と呼ばれた者たちとの接触記録。その中に、パラサイトと思われる存在もいたのです」

 

十文字は冊子を開く。

 

古い文章が並んでいた。

 

翻訳前の写本は、かなり読みづらい。

 

七草は端末の翻訳文を追っている。

 

聖火は静かに言った。

 

「二十二ページ目です」

 

二人の視線が、同時に端末へ移った。

 

そこには、変異した人間が特定の人間を襲い、吸血行為のようなものを行ったという記録があった。

 

血を吸われた者は、単に衰弱するだけではなかった。

 

精神状態に変化が生じる。

 

嗜好が変わる。

 

人格の一部が変質する。

 

そして最終的には、襲った者と似た思考を持つようになった、と記されている。

 

七草の表情から笑みが消えた。

 

「これは……」

 

十文字も端末を見つめたまま黙っている。

 

聖火は二人を見て、静かに問いかけた。

 

「吸血鬼に噛まれると、どうなると思いますか?」

 

七草が答える。

 

「一般的な伝承なら、死ぬ。あるいはアンデッドになる」

 

「そういう説もあります」

 

聖火は頷いた。

 

「ですが、この文書を読む限りでは少し違います」

 

「どう違う」

 

十文字が問う。

 

聖火は指先で資料の一文を示した。

 

「同じ思考を持った吸血鬼になる。正確には、同じ意思に引っ張られる、と言った方が近いかもしれません」

 

七草が息を呑む。

 

「つまり、吸血鬼は仲間を増やそうとしている?」

 

「可能性として、です」

 

聖火は断定を避けた。

 

「まだ確証はありません。ただ、パラサイトが接触だけで精気を吸えるなら、血を吸う行為そのものには別の意味があるはずです」

 

「寄生を広げるためか」

 

十文字が言う。

 

「あるいは、器を増やすため」

 

聖火は答えた。

 

「肉体を持たない存在が、人間を器として利用する。もしそうなら、吸血行為は栄養補給ではなく、侵食や同調のための手段かもしれません」

 

七草は端末の文章をもう一度読み返した。

 

「同じ思考を持つ、というのは危険ね」

 

「はい」

 

聖火の声は低かった。

 

「単に襲われるだけなら、被害者で済みます。でも、襲われた人間が次の加害者になるなら、話が変わる」

 

十文字の目が鋭くなる。

 

「感染に近いな」

 

「そう見た方が安全です」

 

聖火は言った。

 

「ただし、病原体の感染ではありません。精神、精気、情報、魔法的な接続。そういったものを介した寄生と考えるべきです」

 

「対処法は?」

 

十文字が問う。

 

聖火は少しだけ沈黙した。

 

それから、紅茶を一口飲む。

 

「器を止めるだけなら、魔法師でもできます」

 

「本体は?」

 

「そこが問題です」

 

聖火は資料を閉じた。

 

「本体が肉体の中にいる何かなのか。肉体に張り付いた情報体なのか。あるいは、宿主の精神に根を下ろすものなのか。それによって対処が変わります」

 

七草が静かに言った。

 

「聖火くんなら、対処できるの?」

 

「できます」

 

即答だった。

 

十文字と七草の目が聖火へ向く。

 

聖火は軽く笑った。

 

「ただし、条件が整えば、です。無条件に何でもできるわけではありません」

 

「その条件とは?」

 

「相手の状態を把握すること。宿主がまだ戻れる状態であること。そして、周囲に余計な被害を出さないこと」

 

聖火は指を一本ずつ折る。

 

「最後が一番難しいですね」

 

十文字はしばらく黙っていた。

 

そして、低く言う。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「協力要請と言ったが、これは同時に警告でもある」

 

聖火は表情を変えなかった。

 

「無断で動くな、ですか?」

 

「そうだ」

 

十文字は真正面から言った。

 

「西城が襲われた。お前が怒っていることも分かる。だが、相手がパラサイトと呼ばれる存在なら、単独行動は危険だ」

 

「心配してくれているんですね」

 

「管理していると言った方が正確だ」

 

「十文字先輩らしい言い方です」

 

七草がため息をつく。

 

「聖火くん、茶化さないの」

 

「すみません」

 

聖火は素直に謝った。

 

だが、その声は軽かった。

 

七草は少しだけ目を細める。

 

「あなた、本気で危険だと思っているわね」

 

聖火は笑みを消した。

 

「はい」

 

短い返答だった。

 

部屋の空気が、一段重くなる。

 

「正直に言えば、レオくんが生きていたのは運が良かった。もちろん、パンツァーと呼吸法のおかげでもあります。でも、相手がもう少し慣れていたら、持っていかれていたかもしれない」

 

「持っていかれる、とは?」

 

十文字が問う。

 

聖火は少しだけ視線を落とした。

 

「命、あるいは中身です」

 

七草が息を詰める。

 

「……つまり、死ぬだけでは済まない可能性がある?」

 

「あります」

 

聖火は否定しなかった。

 

「だからこそ、情報が必要です。相手が何を目的にしているのか。吸血行為が何のためなのか。誰を狙っているのか。どこまで増えているのか」

 

十文字は端末の資料をもう一度見た。

 

「この手記の情報は、他にもあるのか」

 

「あります。ただ、使えるものと使えないものが混ざっています。十九世紀の記録ですから、誤認や迷信も多い」

 

「それでも、手がかりにはなる」

 

「はい」

 

聖火は頷いた。

 

「だから、お二人に渡しました」

 

七草が問う。

 

「達也くんにも送るのね?」

 

「はい。達也君は、俺とは別の角度で読むでしょうから」

 

「別の角度?」

 

「俺は古式魔法や妖魔譚として読みます。達也君は、もっと構造的に読むと思います。情報体、精神干渉、魔法式との関係。そのあたりを見てくれるはずです」

 

十文字は納得したように頷いた。

 

「適任だな」

 

「でしょう?」

 

聖火は少しだけ笑った。

 

その笑顔を見て、七草は小さく息を吐く。

 

「聖火くん」

 

「はい」

 

「あなた、もう動くつもりでしょう」

 

「協力要請を受けましたから」

 

「そういう意味ではなくて」

 

七草の声が少しだけ厳しくなる。

 

「一人で、という意味よ」

 

聖火は黙った。

 

その沈黙が、答えだった。

 

十文字の声が低く響く。

 

「駄目だ」

 

「まだ何も言ってません」

 

「言う前から分かる」

 

「信頼されていますね」

 

「信用していない」

 

「ひどい」

 

「お前の能力ではなく、行動を信用していない」

 

聖火は苦笑した。

 

「そこまで言われると、反論しづらいですね」

 

七草も表情を緩めない。

 

「西城くんが襲われたことで、あなたが動きたくなるのは分かるわ。でも、今回の相手は普通ではない。あなた一人で抱えるべきではない」

 

聖火はクッキーへ手を伸ばした。

 

一枚取って、口に運ぶ。

 

「美味しいですね、これ」

 

「聖火くん」

 

「分かっています」

 

聖火はクッキーを飲み込んでから、二人を見た。

 

「一人で抱えるつもりはありません」

 

十文字が目を細める。

 

「本当だな」

 

「少なくとも、今回は」

 

「今回は、という言い方が信用ならん」

 

「十文字先輩、厳しいですね」

 

「お前が言わせている」

 

七草が少しだけ笑った。

 

だが、すぐに表情を戻す。

 

聖火は机の上の資料を整えた。

 

「では、協力要請は受けます。ただし、条件があります」

 

「何だ」

 

十文字が問う。

 

「レオくんを無理に遠ざけないでください」

 

七草が眉をひそめる。

 

「被害者を巻き込むつもり?」

 

「逆です」

 

聖火は首を横に振った。

 

「レオくんはもう接触しています。吸われる感覚も、反撃した感覚も覚えている。本人を蚊帳の外に置けば、勝手に動きます」

 

十文字も七草も、否定しなかった。

 

レオならやる。

 

その認識は三人とも一致していた。

 

「だから、管理下に置くべきです。無茶をさせるのではなく、無茶をしないように見える場所へ置く」

 

「こちらで監視しろ、ということか」

 

「十文字先輩がそう言ってくれると助かります」

 

十文字は聖火をじっと見た。

 

「最初からそれを狙っていたな」

 

「半分くらいは」

 

「残り半分は?」

 

「レオくんが心配だからです」

 

その答えは、軽くなかった。

 

十文字はしばらく黙る。

 

やがて、短く頷いた。

 

「検討する」

 

「ありがとうございます」

 

七草が端末の資料を閉じた。

 

「吸血鬼事件、パラサイト、十九世紀の手記、レオくんの状態……整理することが多いわね」

 

「長くなると言ったでしょう?」

 

聖火は微笑んだ。

 

七草はカップを持ち上げる。

 

「だから紅茶とクッキーだったのね」

 

「はい。重い話には糖分が必要です」

 

十文字がクッキーを一枚取った。

 

「悪くない」

 

「でしょう?」

 

聖火は少し得意げに言った。

 

部活連本部に、わずかな静けさが戻る。

 

だが、それは穏やかなだけの静けさではなかった。

 

吸血鬼。

 

パラサイト。

 

精気を奪われた後輩。

 

吸血行為による仲間の増殖。

 

どれも、軽く扱える話ではない。

 

それでも聖火は、紅茶を淹れ、クッキーを出し、軽口を挟みながら話を進めていた。

 

七草はその姿を見て、ふと理解する。

 

この少年は、場を軽くしているのではない。

 

重さに押し潰されないよう、わざと軽く振る舞っているのだ。

 

十文字も、おそらく同じことに気づいている。

 

だから、それ以上は咎めなかった。

 

聖火はカップを置き、机の上の写本に指を添えた。

 

「さて」

 

その声は、先ほどまでより少しだけ低かった。

 

「問題は、次に誰が噛まれるかです」

 

十文字と七草の表情が引き締まる。

 

放課後の部活連本部。

 

紅茶の香りが残る静かな部屋で、来訪者たちが運び込んだ異変は、確かに輪郭を持ち始めていた。

 




先に言っておくとレオの復帰が原作より早くなります。

十文字兄貴頼りになるぜ

聖火はあえて黙ってましたが、七草の関係者が被害を受けていることを感ず居ています。
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