魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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AIさんが珍しくわたしの理想の展開を作ってくれました。


追憶編4

空港は再開していた。

 

だが、平常に戻ったわけではない。

 

ロビーには兵の姿があり、窓の外には軍用車両が並んでいる。

 

人々の声は低い。

 

誰もが沖合に残る黒煙を見ないふりをしていた。

 

沖縄はまだ、戦場の匂いを完全には拭い切れていない。

 

ラウンジの一角に、四葉深夜は座っていた。

 

窓際の席。

 

人の流れから少し離れた場所。

 

手元には、湯気の薄れた紅茶が置かれている。

 

だが、彼女はそれに一度も口をつけていなかった。

 

背筋は伸びている。

 

表情も崩れていない。

 

だが、顔色は悪い。

 

休んでいる、というより、倒れないために座っているように見えた。

 

少し離れた売店の方では、深雪が陳列棚を見上げていた。

 

その隣には達也がいる。

 

そして、もう一人。

 

桜井穂波が、二人に付き添うように立っていた。

 

まだ万全ではない。

 

歩き方にも、ほんのわずかにぎこちなさが残っている。

 

それでも彼女は、深雪のそばにいた。

 

当然のように。

 

守るべきものの隣に立つことが、自分の居場所だと言うように。

 

深夜はその姿を見て、何も言わなかった。

 

穂波が生きている。

 

歩いている。

 

深雪の隣にいる。

 

それだけで、十分だった。

 

少なくとも今は。

 

「相席、いいか」

 

声がした。

 

深夜は顔を上げた。

 

いつの間にか、対面の席に黒い外套の少年が立っていた。

 

鷹山聖火。

 

深夜は数秒だけ彼を見た。

 

そして、静かに言った。

 

「許可した覚えはありません」

 

「断るのか」

 

「断れば、立ち去るのですか」

 

「いや」

 

「なら聞く意味がありませんね」

 

「一応の礼儀だ」

 

「あなたに礼儀を名乗られると、礼儀の方が気の毒です」

 

聖火は特に気にした様子もなく、対面の椅子を引いた。

 

深夜が止める前に、彼はそこへ座る。

 

「顔色が悪いな」

 

「あなたの顔を見たからでしょう」

 

「俺の顔は便利だな。覚醒剤にもなり、悪化要因にもなる」

 

「医療倫理に反します」

 

「君に言われると重いな」

 

深夜の視線が、わずかに冷えた。

 

聖火は構わず、テーブルの上の紅茶を見る。

 

「飲まないのか」

 

「余計なお世話です」

 

「冷めている」

 

「あなたと違って、温度くらい弁えています」

 

「それだけ言えれば、今すぐ倒れることはないな」

 

「診察しないでください」

 

「見れば分かる」

 

「本当に、不愉快な方」

 

「よく言われる」

 

しばらく沈黙が落ちた。

 

ラウンジの外では、人々が小さな声で話している。

 

出発案内の音声が流れ、どこかで子供が泣いていた。

 

その声だけが、妙にはっきりと聞こえた。

 

深夜は視線だけを売店の方へ向ける。

 

深雪が何かを手に取り、穂波に見せている。

 

穂波は少し困ったように微笑み、それから達也へ視線を送った。

 

達也は表情を変えない。

 

だが、深雪の手元を見て、短く何かを答えていた。

 

それは、戦場ではなかった。

 

少なくとも、その一角だけは。

 

「穂波を」

 

深夜が静かに言った。

 

聖火は何も言わずに待った。

 

「よく、あそこまで戻しましたね」

 

「戻したというほど綺麗な処置じゃない」

 

「ですが、歩いています」

 

「歩けるようにしただけだ。しばらく無理はできない」

 

「それでも、あの子は深雪の隣に立つでしょう」

 

「だろうな」

 

聖火は売店の方を見た。

 

「仕える相手を守って倒れる奴は、だいたいそういう顔をしている」

 

「経験談ですか」

 

「嫌になるほどな」

 

深夜は何も言わなかった。

 

穂波が生きていること。

 

歩いていること。

 

深雪の隣に立っていること。

 

それは、深夜にとって喜ばしいことのはずだった。

 

だが、素直に安堵するには、あまりにも多くのものが絡みすぎていた。

 

穂波は、深雪を守った。

 

達也を守った。

 

そして、死ぬはずだった。

 

あるいは、死ぬつもりだった。

 

それを、目の前の少年が拾った。

 

真夜を拾った時と同じように。

 

深夜は紅茶のカップへ視線を落とした。

 

湯気はもう消えている。

 

飲む気はなかった。

 

ただ、視線の置き場所としてそこにあるだけだった。

 

「あなたは、私を責めないのですね」

 

聖火は答えなかった。

 

深夜は続ける。

 

「真夜にしたことを、です」

 

聖火は数秒だけ深夜を見た。

 

「責めてほしいのか」

 

「そういうわけではありません」

 

「なら、ちょうどいい」

 

「理由を聞いているのです」

 

「君が真夜にしたことを責めるつもりはない」

 

深夜の指が、わずかに動いた。

 

「責めないのですか」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「状況を知らないからだ」

 

聖火は短く答えた。

 

「俺が見たのは結果だけだ。真夜は壊れていた。だが、立っていた。君の処置が何を救い、何を壊したのか、俺はすべてを知っているわけじゃない」

 

深夜は薄く笑った。

 

そこには、自嘲が混じっていた。

 

「それでも、あなたは分かるのでしょう」

 

「何が」

 

「私が、真夜を変えてしまったことくらい」

 

「変えたな」

 

聖火は認めた。

 

深夜は目を伏せた。

 

「……随分とはっきり言うのですね」

 

「嘘を言う理由がない」

 

「では、私の治療は間違いだったと?」

 

聖火はすぐには答えなかった。

 

深夜はその沈黙を見た。

 

胸の奥が、少しだけ冷える。

 

やはり、そうなのだろう。

 

この男は、真夜を壊さずに救った。

 

自分は、真夜を生かすために壊した。

 

そこには、どうしても越えられない差がある。

 

深夜はその差を、ずっと見ないふりをしてきた。

 

いや、違う。

 

見ないふりなど、できなかった。

 

だからこそ、この男の治療を拒んだ。

 

彼に治されれば、自分の間違いを認めることになると思った。

 

彼に救われれば、真夜を救えなかった自分だけが取り残されるように思えた。

 

「綺麗な治療ではなかった」

 

聖火が言った。

 

深夜は静かに目を伏せる。

 

「知っています」

 

「正しかったとも言わない」

 

「……でしょうね」

 

「だが、間違いではない」

 

深夜の呼吸が、止まった。

 

空港の喧騒が、少し遠のいたように感じた。

 

聖火は続ける。

 

「治療は、いつも綺麗なものじゃない。切れば傷が残る。薬を使えば副作用が出る。骨を繋いでも、元通りに動くとは限らない」

 

聖火は淡々と言った。

 

「命を拾う処置は、奇跡じゃない。損傷と代償の交換だ」

 

深夜は何も言えなかった。

 

「君は真夜を元通りにはできなかった」

 

その言葉は、静かに深夜へ届いた。

 

深夜は目を閉じる。

 

知っている。

 

そんなことは、誰よりも自分が知っている。

 

「だから、生きられる形にした」

 

深夜の睫毛が、わずかに震えた。

 

「私は、あの子の心を壊しました」

 

「壊れた心を、そのまま放置すれば死ぬこともある」

 

聖火の声は静かだった。

 

「戦場ではよくある」

 

「ここは戦場ではありません」

 

「それでも、君は戦場医療をやった」

 

深夜の目が揺れた。

 

「道具も足りない。時間も足りない。正解も分からない。支えてくれる者もいない。その中で、妹を死なせなかった」

 

「私は……」

 

「正しかったとは言わない」

 

聖火は繰り返した。

 

「だが、間違いでもない」

 

深夜はしばらく何も言わなかった。

 

ラウンジの外では、人の流れが続いている。

 

出発を待つ者。

 

帰る者。

 

怪我人を見舞う者。

 

兵に付き添われて歩く者。

 

それぞれが、それぞれの場所へ戻っていく。

 

けれど深夜だけは、そこから動けないでいた。

 

ようやく、口を開く。

 

「では、私は赦されるのでしょうか」

 

「それは俺が決めることじゃない」

 

即答だった。

 

深夜は薄く笑った。

 

「でしょうね」

 

「真夜が決めれば済む話でもない」

 

深夜は聖火を見る。

 

「では、誰が?」

 

「誰か一人が決めて終わる話じゃない」

 

聖火は言った。

 

「君と真夜の間に残るものだ」

 

「残るのですね」

 

「ああ」

 

聖火は頷く。

 

「残る。残っていい」

 

深夜の目が、わずかに揺れた。

 

「蟠りが?」

 

「蟠りも、痛みも、後悔もだ」

 

「……」

 

「それが残っているから、全部が間違いだったということにはならない」

 

深夜は何も言わなかった。

 

聖火は続けた。

 

「処置の痕は残る。傷痕も残る。時々痛む。それでも、その処置が命を繋いだなら、間違いとは言わない」

 

深夜の横顔から、力が少しだけ抜けた。

 

救われた、というほどではない。

 

安心した、というにも遠い。

 

ただ、長い間握りしめていたものを、ほんの少しだけ緩めたような顔だった。

 

「あなたは」

 

深夜は言った。

 

「本当に、不愉快なことを言いますね」

 

「よく言われる」

 

「慰める気がない」

 

「ない」

 

「赦す気もない」

 

「俺にそんな権利はない」

 

「責める気もない」

 

「責めてほしいのか」

 

深夜は少しだけ沈黙した。

 

「いいえ」

 

「なら、ちょうどいい」

 

深夜は小さく笑った。

 

疲れた笑みだった。

 

だが、病室で見せた笑みよりは、少しだけ柔らかかった。

 

売店の方で、深雪がこちらを振り返った。

 

聖火と目が合う。

 

深雪は少し迷ったあと、小さく会釈した。

 

聖火も軽く顎を引く。

 

それだけだった。

 

深雪はすぐに達也と穂波の方へ戻っていった。

 

深夜はその様子を見ていた。

 

「深雪は、あなたを怖がっていないようですね」

 

「怖がらせた覚えはない」

 

「あなたは、そのつもりがなくても人を怖がらせます」

 

「それは困ったな」

 

「困っているようには見えません」

 

「慣れている」

 

深夜は小さく息を吐いた。

 

「真夜も、あなたを忘れないでしょうね」

 

「忘れてくれた方が楽だがな」

 

「無理です」

 

深夜は即答した。

 

「あなたは、真夜の過去を燃やしたのではありません」

 

聖火は深夜を見た。

 

深夜は静かに続ける。

 

「真夜の中に、燃え残りを残したのです」

 

聖火はしばらく黙った。

 

そして、小さく息を吐いた。

 

「嫌な言い方だな」

 

「あなたほどではありません」

 

「それはどうも」

 

また沈黙が落ちる。

 

今度の沈黙は、先ほどより少しだけ穏やかだった。

 

深夜は紅茶のカップに手を伸ばした。

 

もう冷めている。

 

それでも、一口だけ口をつけた。

 

「冷めていますね」

 

「言っただろう」

 

「ええ。不愉快なほど正確でした」

 

「飲めるなら良好だ」

 

「診察しないでください」

 

「癖だ」

 

深夜はカップを置いた。

 

その手は、まだ少しだけ震えていた。

 

だが、先ほどよりも力は入っている。

 

「穂波を」

 

聖火は何も言わずに待った。

 

深夜は一度だけ目を伏せる。

 

「穂波を生かしたことだけは、礼を言います」

 

「“だけ”か」

 

「それ以上を望まないでください」

 

「十分だ」

 

深夜は椅子から立ち上がろうとはしなかった。

 

まだ、そこまで回復していない。

 

それを認めるのは不快だったが、今は立つ必要もなかった。

 

聖火は先に席を立つ。

 

「もう少し座っていろ」

 

「指図ですか」

 

「診断だ」

 

「なおさら不愉快です」

 

「よく言われる」

 

聖火は歩き出す。

 

その背中へ、深夜の声が届いた。

 

「鷹山聖火」

 

聖火は足を止めた。

 

「何だ」

 

「真夜に近づきすぎないでください」

 

「それは君の願いか、四葉の命令か」

 

「どちらでもあります」

 

「なら、どちらも聞く義理はないな」

 

深夜は薄く笑った。

 

「でしょうね」

 

「だが」

 

聖火は少しだけ振り返る。

 

「真夜が呼ばない限り、こちらから踏み込む気はない」

 

深夜の表情が、わずかに変わった。

 

「約束ですか」

 

「方針だ」

 

「信用できませんね」

 

「なら、見張っていろ」

 

「言われずとも」

 

「やっぱり、四葉の女は面倒だな」

 

深夜は静かに言った。

 

「聞こえています」

 

「聞こえるように言った」

 

「本当に不愉快です」

 

「良好だ」

 

「何がですか」

 

「悪態のキレが戻ってきた」

 

深夜は何も返さなかった。

 

ただ、ほんの少しだけ肩が揺れた。

 

笑ったのか、呆れたのか。

 

聖火には分からなかった。

 

それでいいと思った。

 

空港の窓の外で、沖縄の空は少しずつ青さを取り戻していた。

 

だが、戦場の臭いはまだ残っている。

 

傷は消えない。

 

蟠りも消えない。

 

それでも、生きている者は進むしかない。

 

聖火は、白いロビーの中を一人歩いていった。

 

 

 

 

 

真夜は小さな箱を開いた。

 

中には、赤い羽根が一枚だけ収められている。

 

炎のように赤く、血のように深く、それでいて不思議なほど温かい羽根。

 

あの夜、炎の中で渡されたもの。

 

今では、何度も使ってきた。

 

四葉がクローバーへ直接連絡を取る時。

 

表に出せない依頼を渡す時。

 

あるいは、通常の通信網を通せない話をする時。

 

真夜はこの羽根を、専用端末に触れさせる。

 

ただ、それだけでいい。

 

赤い羽根は通信機ではない。

 

聖火へ繋がるための鍵だ。

 

真夜はいつものように、羽根を端末の上へかざした。

 

画面が一瞬だけ乱れる。

 

通常回線の表示が消え、赤い紋様が浮かび上がった。

 

火の鳥の羽ばたきにも、燃え残った火種にも見える紋様だった。

 

数秒後、端末から声がした。

 

『真夜か』

 

「ええ」

 

真夜は静かに答えた。

 

「お忙しいところ、失礼します」

 

『その言い方をする時は、だいたい面倒事だな』

 

「否定はしません」

 

『今回はもう十分面倒だったと思うが』

 

「だから確認しているのです」

 

端末の向こうで、聖火が小さく息を吐いた気配がした。

 

映像はない。

 

声だけだった。

 

真夜は、それで十分だった。

 

「沖縄の件、報告は受けています」

 

『なら、俺から言うことは少ないな』

 

「私が聞きたいのは、報告書に書かれないことです」

 

少しだけ沈黙があった。

 

やがて聖火が答える。

 

『全員、生きている』

 

真夜の指が、羽根の縁に触れた。

 

「そうですか」

 

『深夜は悪態をつける。穂波は歩ける。深雪ちゃんは泣かなかった。達也は撃った』

 

「簡潔ですね」

 

『必要な情報だけだ』

 

「あなたらしい」

 

真夜は目を伏せた。

 

深夜が生きている。

 

穂波が生きている。

 

深雪が無事でいる。

 

達也が役目を果たした。

 

報告としては、それだけで十分だった。

 

だが、それだけで終わる話ではないことも、真夜には分かっていた。

 

「達也さんには、何か言いましたか」

 

『少しだけ』

 

「何を?」

 

『命を奪うことに迷わないなら、命を救うことにも迷うな、と』

 

真夜は、わずかに目を細めた。

 

「厳しいことを言いますね」

 

『俺に言えることは、それくらいだ』

 

「達也さんは、どう受け取りましたか」

 

『黙っていた』

 

「なら、届いています」

 

『そうか』

 

「ええ。あの子は、届かない言葉には反応しません」

 

聖火はしばらく黙っていた。

 

真夜も急かさなかった。

 

赤い羽根は、端末の上で微かに熱を持っている。

 

それは通信の熱なのか、記憶の熱なのか。

 

真夜には、今でも時々分からなくなる。

 

「それで」

 

真夜は言った。

 

「あなたはこれから、どうするのですか」

 

『クローバーの活動は、しばらく休む』

 

「理由を聞いても?」

 

『潮時だ』

 

「便利な言葉ですこと」

 

『便利だから使った』

 

真夜は小さく笑った。

 

『今回の件で、俺の名前を聞いた者が増えた。軍も、四葉も、外の連中も、クローバーを探し始める』

 

「こちらで情報は抑えられます」

 

『君ならできるだろうな』

 

「では、なぜ」

 

『抑えられることと、火種が残らないことは違う』

 

真夜は答えなかった。

 

その言葉は、少しだけ別のものにも聞こえた。

 

火種。

 

燃え残り。

 

赤い羽根。

 

あの夜から、真夜の中に残り続けているもの。

 

『それに』

 

聖火の声が、少しだけ低くなる。

 

『一度、実家に帰る』

 

「実家」

 

真夜はその言葉をゆっくりと繰り返した。

 

「あなたにも、帰る場所があるのですね」

 

『今はな』

 

「今は?」

 

『帰る場所は、放っておくと帰れなくなる』

 

真夜は黙った。

 

その言葉には、聖火自身に向けた響きがあった。

 

二十年以上、クローバーとして動いてきた男。

 

四葉の依頼だけではない。

 

国の影に関わる仕事。

 

民間では処理できない事件。

 

誰が依頼したのかも残らない案件。

 

聖火は、その多くを拾ってきた。

 

そして、そのたびに少しずつ、帰る場所から遠ざかっていたのかもしれない。

 

「いつ戻りますか」

 

『分からない』

 

「四葉としては、困りますね」

 

『君個人としては?』

 

真夜はすぐには答えなかった。

 

赤い羽根を見つめる。

 

炎の夜。

 

抱えられた腕。

 

燃えていく施設。

 

自分を人間として扱った、化け物の声。

 

あれから年月が経っても、羽根はまだ温かい。

 

「私個人としても」

 

真夜は静かに言った。

 

「少し困ります」

 

端末の向こうで、聖火が黙った。

 

真夜は続ける。

 

「あなたは、勝手に現れて、勝手に人を拾って、勝手に去っていく」

 

『悪い癖だな』

 

「ええ。不愉快です」

 

『深夜にも似たようなことを言われた』

 

「姉さんは正直ですから」

 

『君も十分正直だ』

 

「そう見えますか」

 

『少なくとも、今は』

 

真夜は小さく息を吐いた。

 

笑ったのか、自分でも分からなかった。

 

「連絡は取れるのですか」

 

『その羽根があれば、呼びかけは届く』

 

「呼びかけは?」

 

『応じるかは別だ』

 

「不便ですね」

 

『便利すぎるものは危ない』

 

「あなたがそれを言いますか」

 

『だから言う』

 

真夜は赤い羽根を指先で撫でた。

 

「では、必要な時は使います」

 

『使いすぎるなよ』

 

「二十年以上使ってきて、今さらですか」

 

『二十年以上使ってきたから言っている』

 

「説得力はありますね」

 

『珍しく素直だな』

 

「気のせいです」

 

聖火は小さく笑ったようだった。

 

真夜は少しだけ声を落とす。

 

「あなたが帰る場所を失わないことは、祈っておきます」

 

聖火は答えなかった。

 

沈黙が流れる。

 

端末の赤い紋様が、わずかに揺れた。

 

『祈りは専門外だ』

 

「知っています」

 

『だが、受け取っておく』

 

「ええ」

 

真夜は羽根を見つめた。

 

「では、聖火さん」

 

『何だ』

 

「また会えますか」

 

あの夜と同じ問いだった。

 

炎の中で、ストレッチャーに乗せられながら問うた言葉。

 

二十年以上前から、真夜の中に残っている問い。

 

答えは、あの時と同じだった。

 

『ああ』

 

聖火は迷わず答えた。

 

『また会える』

 

真夜は目を閉じた。

 

「では、その時まで」

 

『ああ』

 

通信が切れる。

 

端末の赤い紋様が消えた。

 

羽根の熱も、少しずつ引いていく。

 

真夜は赤い羽根を小さな箱へ戻した。

 

蓋を閉じる前に、ほんの一瞬だけ指を止める。

 

クローバーはしばらく消える。

 

鷹山聖火は実家へ帰る。

 

それでも、赤い羽根はここに残る。

 

炎の夜の燃え残りとして。

 

そして、いつかまた繋がるための目印として。

 

真夜は静かに箱の蓋を閉じた。

 

 




追憶編は以上で終了となります。

お気に入り登録していただいた方々、まことにありがとうございます。

次回からは入学編と言いたいところですが、少し数話ほどオリジナル話を入れていきたいと思います。

具体的には聖火が本当の意味で子供に戻った後の話になります。
そして司波家(父親は除く)との交流(という名の嫌がらせ)がメインになります。
鷹山家の話も少しするかもしれません。

今後ことよろしくお願いします
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