魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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よくよく考えたら高校生が夜間に歩いているのは治安悪いですよね。


来訪者編5 夜戦の痕跡

 

 

夜の街には、昼間とは違う顔がある。

 

人通りが少なくなった道。

 

閉じられた店のシャッター。

 

街灯の下に伸びる影。

 

風に揺れる木々の音。

 

そして、ほんのわずかに混ざる、日常ではない気配。

 

鷹山聖火は、その気配を追っていた。

 

部活連本部で十文字と七草に資料を渡した後、聖火はまっすぐ帰ってはいなかった。

 

帰るつもりではあった。

 

少なくとも、表向きは。

 

だが、街に残る異様な気配が、それを許さなかった。

 

吸血鬼事件。

 

パラサイト。

 

レオを襲った存在。

 

そして、その周辺で動いている別の誰か。

 

聖火は夜道を歩きながら、周囲に散らした小さな札の反応を拾っていた。

 

目に見えないほど薄い紙片。

 

風に紛れ、人の気配に紛れ、街の端々で情報を拾うためのもの。

 

大がかりな探索ではない。

 

ただ、異常が起きた場所を見逃さないための保険だった。

 

その一つが、反応した。

 

「……こっちか」

 

聖火は足を速めた。

 

数分後。

 

細い路地の奥で、聖火は二人の女性を見つけた。

 

若い女性だった。

 

見た目だけなら、普通の私服姿だ。

 

街中で見かけても、特に不自然には思わないだろう。

 

今どきの若い女性。

 

少し派手な服装。

 

夜に出歩いていても、ぎりぎり違和感のない姿。

 

だが、彼女たちは倒れていた。

 

完全に意識を失っているわけではない。

 

呼吸もある。

 

命に別状はない。

 

しかし、すぐに起き上がれる状態でもなかった。

 

聖火は片膝をつき、二人の状態を確認する。

 

外傷は軽い。

 

だが、体の奥に妙な揺らぎが残っている。

 

パラサイトと交戦した影響か。

 

あるいは、別の魔法の余波か。

 

「起きられると面倒だな」

 

聖火は小さく呟いた。

 

指先に挟んだ札を、二人の間へ滑らせる。

 

「少し眠っていてください」

 

札が淡く光る。

 

次の瞬間、二人の意識は深く沈んだ。

 

昏倒。

 

ただし、体に負担はかけない。

 

数分後には自然に覚醒する程度の浅い眠りだ。

 

聖火は二人を見下ろしながら、念のため持ち物を確認した。

 

そこで、手が止まった。

 

「……これは」

 

私服の下に隠されていた装備。

 

小型通信機。

 

隠しホルスター。

 

携行用の魔法支援デバイス。

 

特殊繊維の防護インナー。

 

そして、一般市場には出回らない軍用規格の器材。

 

聖火の表情が変わる。

 

それは、ただの捜査機関が使うものではなかった。

 

民間警備会社でもない。

 

FBI。

 

あるいはCIA。

 

そのあたりが動いている可能性なら、聖火も考えていた。

 

USNAから来た交換留学生。

 

吸血鬼事件。

 

裏で連邦捜査局や情報機関が動くのは、十分あり得る。

 

だが、これは違う。

 

支給規格が違う。

 

隠し方が違う。

 

装備の選定が、明らかに現場戦闘を想定している。

 

「……軍?」

 

聖火は、女性の袖口から覗いた装備の刻印を確認する。

 

USNA軍。

 

それも、通常部隊ではない。

 

特殊作戦群、あるいはそれに準ずる部隊向けの装備。

 

聖火は思わず眉をひそめた。

 

「冗談だろ」

 

FBIかCIAならまだ分かる。

 

事件捜査、監視、情報収集。

 

そういう名目なら納得できる。

 

だが、USNA軍の特殊部隊が、日本国内で私服に偽装して動いている。

 

それは話が違う。

 

単なる吸血鬼事件の追跡では済まない。

 

国家間の問題になる。

 

そして、もしリーナ――アンジェリーナ=クドウ=シールズが関わっているのだとしたら。

 

聖火の脳裏に、昼間の食堂で見た金髪の少女がよぎった。

 

正しすぎる歩幅。

 

乱れない姿勢。

 

周囲を確認する視線。

 

誰にも完全には踏み込ませない距離感。

 

「……まさか」

 

聖火は小さく息を吐いた。

 

可能性として考えてはいた。

 

リーナさんは軍人かもしれない。

 

そう達也にも言った。

 

だが、まさか本当にUSNA軍の特殊作戦部隊が動いているとは思っていなかった。

 

少なくとも、ここまで露骨な装備を持った部下が近くにいるとは。

 

その時だった。

 

遠くで、空気が震えた。

 

聖火は顔を上げる。

 

夜の街の向こう。

 

建物の隙間から、雷光の柱のようなものが立ち上がった。

 

紫を帯びた光。

 

一瞬だけ夜を裂き、空へ向かって伸びる稲妻。

 

聖火の目が細くなる。

 

「雷童子」

 

古式魔法。

 

雷の精霊を呼び、雷撃を放つ術。

 

その術式の癖に、聖火は覚えがあった。

 

脳裏に浮かんだのは、吉田幹比古の顔だった。

 

「幹比古くん……!」

 

聖火はすぐに判断を切り替えた。

 

倒れている二人の女性へ視線を戻す。

 

このまま眠らせておけば、安全ではある。

 

だが、こちらに術をかけられたことを記憶されたままでは面倒だ。

 

聖火は指先を軽く鳴らした。

 

二人にかけた術を解く。

 

ただし、意識が戻るまでに数分の空白ができるよう、記憶の表層だけを曖昧にしておく。

 

強引な記憶消去ではない。

 

気を失っていた間の出来事が、夢のようにぼやける程度の処置。

 

彼女たちは目を覚ましても、何が起きたのか覚えていないだろう。

 

「悪いけど、後回しです」

 

聖火は立ち上がった。

 

雷光は、もう一度遠くで瞬いた。

 

エリカ。

 

幹比古。

 

そして、あの場にいるはずの仮面の人物。

 

聖火は息を整える。

 

次の瞬間、夜道を駆け出した。

 

背後で、倒れていた女性の一人がわずかに身じろぎする。

 

だが、聖火はもう振り返らなかった。

 

彼女たちは、何が起きたのか覚えていない。

 

ただ、数分後に目を覚まし、仲間がいないことに気づき、慌てて追跡を再開するだけだ。

 

聖火は屋根の影を抜け、路地を曲がり、雷の気配が残る場所へ向かう。

 

夜の街に、再び不快な羽音が混ざり始めていた。

 

その音を聞きながら、聖火は小さく呟いた。

 

「間に合ってくれよ」

 

その先では、すでに戦闘が終わりかけていた。

 

聖火が現場に到着した時、路地には戦闘の余韻が濃く残っていた。

 

バイクにまたがった達也。

 

負傷した様子のエリカ。

 

焦った顔で周囲を見回している幹比古。

 

そして、幹比古の少し先には、パラサイトに感染したと思われる仮面の人物がいた。

 

さらに、その前に立つ赤い髪の女性。

 

彼女はエリカの前に立ち、こちらへ背を向けていた。

 

聖火が足を止めるのと、彼女が動くのはほぼ同時だった。

 

赤い髪の女性が、手にした銃を地面へ向ける。

 

乾いた銃声が三つ、夜の路地に響いた。

 

一発。

 

二発。

 

三発。

 

銃弾が地面を穿つ。

 

直後、強い光が弾けた。

 

視界を白く塗り潰す閃光。

 

普通の人間なら、そこで一瞬判断を奪われる。

 

だが、聖火の目は光の向こう側を捉えていた。

 

逃げていく赤い髪。

 

しなやかな動き。

 

訓練された足運び。

 

そして、その肉体のさらに奥にある、人間の構造とは別の情報。

 

聖火の目は、達也の目とは違う。

 

達也が構造を分解するように見るのなら、聖火は命の流れと器の奥を視る。

 

皮膚。

 

筋肉。

 

骨格。

 

神経。

 

その奥にある、生命の癖。

 

人としての形に宿る、どうしようもなく固有の波。

 

だから、分かってしまった。

 

あれは、リーナさんだ。

 

アンジェリーナ=クドウ=シールズ。

 

昼間、明るく笑っていた交換留学生。

 

聖火は、口を開かなかった。

 

言うべきではない。

 

少なくとも、この場で共有するには危険すぎる。

 

エリカと幹比古に知らせるには重すぎる。

 

達也にはいずれ話す必要があるかもしれない。

 

だが今は、優先順位が違う。

 

閃光が薄れる。

 

赤い髪の女性は、すでに闇の中へ消えていた。

 

仮面の人物もまた、別方向へ姿を消している。

 

残されたのは、夜道に立つ四人だけだった。

 

「エリカさん!」

 

聖火はすぐにエリカへ駆け寄った。

 

エリカは肩で息をしていた。

 

服が乱れ、肌が少し見えている。

 

傷もある。

 

深手ではないが、放っておける状態でもない。

 

「大丈夫?」

 

「見ての通り、まだ立ってるわ」

 

「立っていることと大丈夫なことは別だよ」

 

聖火は即座に自分のコートを脱ぎ、エリカの肩へ羽織らせた。

 

エリカは一瞬だけ目を丸くする。

 

それから、口元を少し上げた。

 

「やっぱり、できる男は違うわね」

 

「紳士ですから」

 

聖火はさらりと返した。

 

「自分で言う?」

 

「こういうのは言った者勝ちだから」

 

「はいはい。ありがと」

 

エリカはコートの前を軽く押さえた。

 

軽口を叩いているが、顔色はあまり良くない。

 

聖火はその様子を一目で確認し、ひとまず命に関わる傷ではないと判断した。

 

次に幹比古を見る。

 

「幹比古くんは?」

 

「僕は大丈夫。魔法を少し使いすぎたけど」

 

「雷童子、見えたよ」

 

聖火がそう言うと、幹比古が少し驚いた顔をした。

 

「見えた?」

 

「遠くで雷光の柱が上がったからね。幹比古くんだと思って急いできた」

 

「そうか……」

 

幹比古は少しだけ視線を落とした。

 

自分の魔法が、遠くからでも分かるほど大きく出ていた。

 

それは、余裕がなかった証拠でもある。

 

そして幹比古は、達也へ向き直った。

 

「達也、助かったよ。正直、どうなるかと思った」

 

達也はいつも通りの無表情で答える。

 

「間に合ってよかった」

 

聖火は二人のやり取りを見て、軽く息を吐いた。

 

「本当にね」

 

そう言ってから、達也へ視線を向ける。

 

「達也くんは?」

 

「問題ない」

 

「バイクで登場とは、なかなか派手だね」

 

「急いでいた」

 

「それは見れば分かる」

 

聖火は軽く肩をすくめる。

 

「じゃあ、先に近況報告。エリカさん、幹比古くん、何があった?」

 

エリカはコートを押さえながら、息を吐いた。

 

「例の吸血鬼を追ってたのよ」

 

「二人で?」

 

「そう。あんたたちが難しい話をしてる間に、こっちはこっちで動いてたってわけ」

 

聖火は苦笑する。

 

「無茶するね」

 

「レオを襲った相手かもしれないのよ。黙ってられるわけないでしょ」

 

その言葉に、聖火は何も言わなかった。

 

幹比古が続ける。

 

「僕が痕跡を追っていた。精霊とは違うけど、普通の魔法とも違う気配が残っていたんだ。それを辿っていたら、あの仮面の人物を見つけた」

 

「パラサイトに感染している可能性が高い」

 

達也が補足する。

 

幹比古は頷いた。

 

「ただ、僕たちが見つけた時には、もう一人いた」

 

「赤い髪の女性?」

 

聖火が尋ねると、エリカが頷く。

 

「そう。あの女が、仮面の奴と交戦していた。だから最初は敵か味方か分からなかったんだけど」

 

「そのまま交戦の流れになった?」

 

「そういうこと」

 

エリカは悔しそうに唇を噛んだ。

 

「強かったわ。あの女」

 

「でしょうね」

 

聖火は短く答えた。

 

その言い方に、エリカが少し目を細める。

 

「あんた、何か知ってる?」

 

聖火は一瞬だけ、赤い髪の女性が消えた方向を見た。

 

それから、首を横に振る。

 

「今ここで言えるほど、確かなことはないよ」

 

嘘ではない。

 

確かに、確証として共有するにはまだ足りない。

 

いや、正確には足りている。

 

聖火の目は、あの女性が誰なのかを捉えていた。

 

だが、それは口にしていい情報ではなかった。

 

少なくとも、今は。

 

達也は黙って聖火を見ていた。

 

その視線は、さらに何かを聞きたそうだった。

 

聖火は達也と一瞬だけ目を合わせる。

 

だが、それ以上は言わなかった。

 

達也は、聖火が何かを伏せたことに気づいたかもしれない。

 

それでも追及はしなかった。

 

代わりに、達也が言う。

 

「俺は幹比古から定期的に情報を受け取っていた。異常を確認したため、援護に来た」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

エリカが即座に反応した。

 

「幹比古、あんた達也くんに連絡してたの?」

 

「え、ああ……念のために」

 

幹比古は少し気まずそうに視線を逸らした。

 

「私には?」

 

「その場にいたから……」

 

「そういう問題じゃないでしょ」

 

エリカが半眼になる。

 

「つまり、私は知らないうちに達也くんに見守られてたわけ?」

 

「言い方が悪いよ、エリカ」

 

幹比古が慌てる。

 

達也は淡々と言った。

 

「必要な保険だ」

 

「そう言われると余計に腹立つわね」

 

エリカは不機嫌そうに言ったが、本気で怒っているわけではなさそうだった。

 

聖火は軽く笑う。

 

「まあまあ。生きてるから結果としては良し、ということで」

 

「雑にまとめないで」

 

「じゃあ、俺の報告もするよ」

 

聖火は視線を少しだけ周囲へ向ける。

 

まだ人通りは少ない。

 

だが、先ほどの銃声と閃光で、近くの住民がこちらを気にし始めている気配があった。

 

「俺は占星術と、魔物の気配を探知する形代を使って追っていた。そこで雷童子の閃光を見たから急行した」

 

幹比古が驚いたように言う。

 

「形代で?」

 

「うん。街全体を大がかりに探るほどではないけど、異常が起きた場所を拾うくらいならできる」

 

「すごいな……」

 

「便利だけど万能じゃないよ。今回も少し遅れた」

 

聖火はそう言いながら、エリカの傷へ視線を向ける。

 

「もう少し早ければ、エリカの服も無事だったかもしれない」

 

「そこ?」

 

エリカが呆れた顔をする。

 

「大事でしょ。寒いし」

 

「まあ、寒いけど」

 

エリカは羽織ったコートを少し引き寄せた。

 

その時、達也が周囲へ視線を向けた。

 

「人が集まってきている」

 

その一言で、空気が変わった。

 

幹比古とエリカが同時に顔を上げる。

 

遠くで窓が開く音。

 

誰かがこちらを覗いている気配。

 

通報されてもおかしくない。

 

エリカが舌打ちした。

 

「まずいわね」

 

幹比古も青ざめる。

 

「師族会議への報告とは別に、僕たちは独断で動いている。ここで警察沙汰になるのはまずい」

 

「私は家にバレるのも面倒なのよ」

 

「それは自業自得では」

 

「幹比古?」

 

「ごめん」

 

聖火は二人のやり取りを横目で見ながら、自分の立場も思い出していた。

 

本来なら、聖火も捜索チームの一員だ。

 

十文字の許可だけは取っている。

 

だが、今は実質的に単独行動だった。

 

褒められたものではない。

 

少なくとも、十文字に知られたら眉間の皺が深くなるだろう。

 

「撤収した方がいいね」

 

聖火が言うより早く、達也がバイクを動かした。

 

「エリカ、乗れ」

 

「え?」

 

エリカが目を瞬かせる。

 

「負傷している。走るより早い」

 

エリカは一瞬だけ迷ったが、周囲の気配が近づいていることに気づき、すぐに頷いた。

 

「分かったわ」

 

そのままエリカは、聖火のコートを羽織ったまま、達也のバイクの後ろに乗る。

 

それを見て、幹比古が慌てて声を上げた。

 

「あの、達也。僕は?」

 

達也は幹比古を見た。

 

そして、短く言った。

 

「走れ」

 

「えっ」

 

幹比古が固まる。

 

エリカは一瞬だけ呆れ、それから吹き出しそうになった。

 

「達也くん、容赦ないわね」

 

「負傷者優先だ」

 

「理屈は分かるけど!」

 

幹比古が叫ぶ。

 

だが、周囲の気配は近づいている。

 

悠長に文句を言っている時間はなかった。

 

「借りるわよ、これ」

 

エリカが、聖火のコートの襟元を軽く押さえながら言った。

 

「どうぞ。後で返してくれれば」

 

「洗って返すわ」

 

「血がついてなければそのままでいいよ」

 

「ついてたら?」

 

「泣きます」

 

「大げさね」

 

エリカはそう言いながら、達也の背後に掴まった。

 

達也がアクセルを開ける。

 

バイクが夜道を走り出した。

 

その背中に向かって、幹比古が悔し紛れに叫んだ。

 

「ノーヘルは罰金だぞ!」

 

声だけが、路地に虚しく響いた。

 

エリカの笑い声が遠ざかる。

 

達也のバイクは、そのまま闇の中へ消えていった。

 

幹比古はしばらく立ち尽くしていたが、すぐに現実を思い出した。

 

「僕も行かないと」

 

「そうだね。捕まったら説明が大変だ」

 

聖火は軽く手を振る。

 

「頑張って、幹比古くん」

 

「聖火は?」

 

「俺は少し後始末」

 

「無茶しないでよ」

 

「幹比古くんに言われるとは思わなかったな」

 

「今日は僕も人のことは言えないけど」

 

幹比古は苦笑し、それから走り出した。

 

その背中を、聖火は軽く手を振って見送る。

 

路地には、再び静けさが戻り始めていた。

 

だが、完全な静けさではない。

 

銃声の残響。

 

雷童子の残滓。

 

パラサイトの不快な気配。

 

そして、赤い髪の女性が残していった、鋭く乾いた戦場の匂い。

 

聖火は、赤い髪の女性が消えた方向へ視線を向けた。

 

「リーナさん、か」

 

声は誰にも届かないほど小さかった。

 

明るく笑う交換留学生。

 

仮面の下の戦闘者。

 

情報はつながり始めている。

 

だが、まだ口にはできない。

 

口にした瞬間、守れるものが減る。

 

聖火は息を吐き、指先で小さな札を取り出した。

 

「さて」

 

残された痕跡を拾うため、札を夜気へ放つ。

 

「十文字先輩に怒られる前に、少しは成果を持って帰らないとね」

 

軽口のように呟いて、聖火は自身の目を開いた。

 

ただ見るための目ではない。

 

人の構造。

 

命の流れ。

 

魔の残滓。

 

そして、そこに残されたわずかな異物。

 

聖火は路地を注意深く観察した。

 

地面。

 

壁。

 

割れた舗装。

 

銃弾が穿った痕。

 

雷童子の残滓が焦がした空気。

 

そして、路地の端に落ちていた一枚の葉。

 

聖火は足を止めた。

 

葉の縁に、ほんのわずかな赤が付着している。

 

血。

 

肉眼で見れば、ただの汚れにも見える量だった。

 

だが、聖火の目にはそれが血の痕跡だと分かった。

 

「……見つけた」

 

聖火は腰を落とし、その葉を枝ごと慎重にちぎった。

 

手袋越しに葉をつまみ、懐から小さな試験管を取り出す。

 

試験管の中へ、葉をそのまま入れる。

 

続いて、別の小瓶を取り出した。

 

中には、薄く金色を帯びた透明な液体が入っている。

 

聖火はそれを数滴、試験管の中へ流し込んだ。

 

液体が葉に触れる。

 

ほんのわずかに、赤い痕跡が滲んだ。

 

「お前は、そういうことは隠さないのだな」

 

低い声が背後からかかった。

 

聖火は振り返らなかった。

 

その声の主は分かっている。

 

十文字克人。

 

そして、彼の後ろには部活連の関係者が数人。

 

少し離れた場所には、七草真由美の姿もあった。

 

どうやら、本当に早かったらしい。

 

聖火は試験管の中身を軽く揺らしながら答えた。

 

「協力すると言いましたからね」

 

「では、隠していることもあるのか」

 

十文字の問いは鋭かった。

 

聖火は、試験管を街灯の光にかざす。

 

「ありますよ」

 

あっさりとした返答だった。

 

七草が少しだけ目を細める。

 

聖火は続けた。

 

「でも、これは共有した方がいい情報です」

 

試験管の中で、金色の液体が赤い痕跡を包み込んでいた。

 

数秒後。

 

赤い色の周囲に、薄い黒ずみのようなものが浮かぶ。

 

さらにその外側へ、細い銀色の筋が走った。

 

七草が眉をひそめる。

 

「何が起きているの?」

 

「簡易反応です」

 

聖火は試験管を見つめたまま答えた。

 

「血液そのものは赤い。見た目だけなら、人間の血に見えます」

 

「見た目だけなら?」

 

十文字が問い返す。

 

聖火は頷いた。

 

「はい。ですが、中身がかなり変質しています」

 

その言葉に、十文字の表情が険しくなる。

 

「誰の血だ」

 

「断定はできません。ただ、少なくともエリカや幹比古くんのものではないと思います」

 

聖火は試験管を少し傾ける。

 

液体の中で、赤い痕跡が細く揺れた。

 

「おそらく、パラサイト側の血液です」

 

七草が息を呑む。

 

「パラサイト側……つまり、人間ではないということ?」

 

「正確には、人間の形をした何か、ですね」

 

聖火の声は静かだった。

 

「肉体は人間です。血も赤い。細胞も、おそらく人間のものに近いでしょう。でも、この血液に残っている反応は普通ではありません」

 

十文字が短く問う。

 

「何が異常なんだ」

 

「プシオンです」

 

聖火は試験管から目を離さずに答えた。

 

「血液に残っているプシオンの濃度が異常です。通常の人間なら、血液だけにここまで濃い反応は残りません」

 

七草の顔から笑みが消えた。

 

「魔法の残滓ではないの?」

 

「違います」

 

聖火は淡々と否定した。

 

「魔法の残滓なら、もっと表層に残ります。これは血の内側に絡みついている。血液という物質に、宿主以外の何かが混ざっているように見えます」

 

「つまり、パラサイトが宿主の身体に入り込んでいる証拠?」

 

七草の問いに、聖火は少しだけ間を置いた。

 

「可能性は高いです」

 

断定はしなかった。

 

だが、その声には確信に近いものがあった。

 

「この反応を見る限り、普通の負傷者の血ではありません。人間の形を保っているだけで、中身はかなり変わっている」

 

十文字は、聖火の手元をじっと見ていた。

 

「お前は、それをその場で見分けられるのか」

 

「全部ではありません」

 

聖火は試験管の蓋を閉める。

 

「ただ、生命の流れとプシオンの異常を見ることはできます。俺の得意分野ですから」

 

「BSに近いものか?」

 

十文字の言葉に、七草がわずかに視線を動かした。

 

聖火は否定しなかった。

 

「そう思ってもらってかまいません」

 




少しずつギャグシーンとかも入れていきたいですね。
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