夜の街には、昼間とは違う顔がある。
人通りが少なくなった道。
閉じられた店のシャッター。
街灯の下に伸びる影。
風に揺れる木々の音。
そして、ほんのわずかに混ざる、日常ではない気配。
鷹山聖火は、その気配を追っていた。
部活連本部で十文字と七草に資料を渡した後、聖火はまっすぐ帰ってはいなかった。
帰るつもりではあった。
少なくとも、表向きは。
だが、街に残る異様な気配が、それを許さなかった。
吸血鬼事件。
パラサイト。
レオを襲った存在。
そして、その周辺で動いている別の誰か。
聖火は夜道を歩きながら、周囲に散らした小さな札の反応を拾っていた。
目に見えないほど薄い紙片。
風に紛れ、人の気配に紛れ、街の端々で情報を拾うためのもの。
大がかりな探索ではない。
ただ、異常が起きた場所を見逃さないための保険だった。
その一つが、反応した。
「……こっちか」
聖火は足を速めた。
数分後。
細い路地の奥で、聖火は二人の女性を見つけた。
若い女性だった。
見た目だけなら、普通の私服姿だ。
街中で見かけても、特に不自然には思わないだろう。
今どきの若い女性。
少し派手な服装。
夜に出歩いていても、ぎりぎり違和感のない姿。
だが、彼女たちは倒れていた。
完全に意識を失っているわけではない。
呼吸もある。
命に別状はない。
しかし、すぐに起き上がれる状態でもなかった。
聖火は片膝をつき、二人の状態を確認する。
外傷は軽い。
だが、体の奥に妙な揺らぎが残っている。
パラサイトと交戦した影響か。
あるいは、別の魔法の余波か。
「起きられると面倒だな」
聖火は小さく呟いた。
指先に挟んだ札を、二人の間へ滑らせる。
「少し眠っていてください」
札が淡く光る。
次の瞬間、二人の意識は深く沈んだ。
昏倒。
ただし、体に負担はかけない。
数分後には自然に覚醒する程度の浅い眠りだ。
聖火は二人を見下ろしながら、念のため持ち物を確認した。
そこで、手が止まった。
「……これは」
私服の下に隠されていた装備。
小型通信機。
隠しホルスター。
携行用の魔法支援デバイス。
特殊繊維の防護インナー。
そして、一般市場には出回らない軍用規格の器材。
聖火の表情が変わる。
それは、ただの捜査機関が使うものではなかった。
民間警備会社でもない。
FBI。
あるいはCIA。
そのあたりが動いている可能性なら、聖火も考えていた。
USNAから来た交換留学生。
吸血鬼事件。
裏で連邦捜査局や情報機関が動くのは、十分あり得る。
だが、これは違う。
支給規格が違う。
隠し方が違う。
装備の選定が、明らかに現場戦闘を想定している。
「……軍?」
聖火は、女性の袖口から覗いた装備の刻印を確認する。
USNA軍。
それも、通常部隊ではない。
特殊作戦群、あるいはそれに準ずる部隊向けの装備。
聖火は思わず眉をひそめた。
「冗談だろ」
FBIかCIAならまだ分かる。
事件捜査、監視、情報収集。
そういう名目なら納得できる。
だが、USNA軍の特殊部隊が、日本国内で私服に偽装して動いている。
それは話が違う。
単なる吸血鬼事件の追跡では済まない。
国家間の問題になる。
そして、もしリーナ――アンジェリーナ=クドウ=シールズが関わっているのだとしたら。
聖火の脳裏に、昼間の食堂で見た金髪の少女がよぎった。
正しすぎる歩幅。
乱れない姿勢。
周囲を確認する視線。
誰にも完全には踏み込ませない距離感。
「……まさか」
聖火は小さく息を吐いた。
可能性として考えてはいた。
リーナさんは軍人かもしれない。
そう達也にも言った。
だが、まさか本当にUSNA軍の特殊作戦部隊が動いているとは思っていなかった。
少なくとも、ここまで露骨な装備を持った部下が近くにいるとは。
その時だった。
遠くで、空気が震えた。
聖火は顔を上げる。
夜の街の向こう。
建物の隙間から、雷光の柱のようなものが立ち上がった。
紫を帯びた光。
一瞬だけ夜を裂き、空へ向かって伸びる稲妻。
聖火の目が細くなる。
「雷童子」
古式魔法。
雷の精霊を呼び、雷撃を放つ術。
その術式の癖に、聖火は覚えがあった。
脳裏に浮かんだのは、吉田幹比古の顔だった。
「幹比古くん……!」
聖火はすぐに判断を切り替えた。
倒れている二人の女性へ視線を戻す。
このまま眠らせておけば、安全ではある。
だが、こちらに術をかけられたことを記憶されたままでは面倒だ。
聖火は指先を軽く鳴らした。
二人にかけた術を解く。
ただし、意識が戻るまでに数分の空白ができるよう、記憶の表層だけを曖昧にしておく。
強引な記憶消去ではない。
気を失っていた間の出来事が、夢のようにぼやける程度の処置。
彼女たちは目を覚ましても、何が起きたのか覚えていないだろう。
「悪いけど、後回しです」
聖火は立ち上がった。
雷光は、もう一度遠くで瞬いた。
エリカ。
幹比古。
そして、あの場にいるはずの仮面の人物。
聖火は息を整える。
次の瞬間、夜道を駆け出した。
背後で、倒れていた女性の一人がわずかに身じろぎする。
だが、聖火はもう振り返らなかった。
彼女たちは、何が起きたのか覚えていない。
ただ、数分後に目を覚まし、仲間がいないことに気づき、慌てて追跡を再開するだけだ。
聖火は屋根の影を抜け、路地を曲がり、雷の気配が残る場所へ向かう。
夜の街に、再び不快な羽音が混ざり始めていた。
その音を聞きながら、聖火は小さく呟いた。
「間に合ってくれよ」
その先では、すでに戦闘が終わりかけていた。
聖火が現場に到着した時、路地には戦闘の余韻が濃く残っていた。
バイクにまたがった達也。
負傷した様子のエリカ。
焦った顔で周囲を見回している幹比古。
そして、幹比古の少し先には、パラサイトに感染したと思われる仮面の人物がいた。
さらに、その前に立つ赤い髪の女性。
彼女はエリカの前に立ち、こちらへ背を向けていた。
聖火が足を止めるのと、彼女が動くのはほぼ同時だった。
赤い髪の女性が、手にした銃を地面へ向ける。
乾いた銃声が三つ、夜の路地に響いた。
一発。
二発。
三発。
銃弾が地面を穿つ。
直後、強い光が弾けた。
視界を白く塗り潰す閃光。
普通の人間なら、そこで一瞬判断を奪われる。
だが、聖火の目は光の向こう側を捉えていた。
逃げていく赤い髪。
しなやかな動き。
訓練された足運び。
そして、その肉体のさらに奥にある、人間の構造とは別の情報。
聖火の目は、達也の目とは違う。
達也が構造を分解するように見るのなら、聖火は命の流れと器の奥を視る。
皮膚。
筋肉。
骨格。
神経。
その奥にある、生命の癖。
人としての形に宿る、どうしようもなく固有の波。
だから、分かってしまった。
あれは、リーナさんだ。
アンジェリーナ=クドウ=シールズ。
昼間、明るく笑っていた交換留学生。
聖火は、口を開かなかった。
言うべきではない。
少なくとも、この場で共有するには危険すぎる。
エリカと幹比古に知らせるには重すぎる。
達也にはいずれ話す必要があるかもしれない。
だが今は、優先順位が違う。
閃光が薄れる。
赤い髪の女性は、すでに闇の中へ消えていた。
仮面の人物もまた、別方向へ姿を消している。
残されたのは、夜道に立つ四人だけだった。
「エリカさん!」
聖火はすぐにエリカへ駆け寄った。
エリカは肩で息をしていた。
服が乱れ、肌が少し見えている。
傷もある。
深手ではないが、放っておける状態でもない。
「大丈夫?」
「見ての通り、まだ立ってるわ」
「立っていることと大丈夫なことは別だよ」
聖火は即座に自分のコートを脱ぎ、エリカの肩へ羽織らせた。
エリカは一瞬だけ目を丸くする。
それから、口元を少し上げた。
「やっぱり、できる男は違うわね」
「紳士ですから」
聖火はさらりと返した。
「自分で言う?」
「こういうのは言った者勝ちだから」
「はいはい。ありがと」
エリカはコートの前を軽く押さえた。
軽口を叩いているが、顔色はあまり良くない。
聖火はその様子を一目で確認し、ひとまず命に関わる傷ではないと判断した。
次に幹比古を見る。
「幹比古くんは?」
「僕は大丈夫。魔法を少し使いすぎたけど」
「雷童子、見えたよ」
聖火がそう言うと、幹比古が少し驚いた顔をした。
「見えた?」
「遠くで雷光の柱が上がったからね。幹比古くんだと思って急いできた」
「そうか……」
幹比古は少しだけ視線を落とした。
自分の魔法が、遠くからでも分かるほど大きく出ていた。
それは、余裕がなかった証拠でもある。
そして幹比古は、達也へ向き直った。
「達也、助かったよ。正直、どうなるかと思った」
達也はいつも通りの無表情で答える。
「間に合ってよかった」
聖火は二人のやり取りを見て、軽く息を吐いた。
「本当にね」
そう言ってから、達也へ視線を向ける。
「達也くんは?」
「問題ない」
「バイクで登場とは、なかなか派手だね」
「急いでいた」
「それは見れば分かる」
聖火は軽く肩をすくめる。
「じゃあ、先に近況報告。エリカさん、幹比古くん、何があった?」
エリカはコートを押さえながら、息を吐いた。
「例の吸血鬼を追ってたのよ」
「二人で?」
「そう。あんたたちが難しい話をしてる間に、こっちはこっちで動いてたってわけ」
聖火は苦笑する。
「無茶するね」
「レオを襲った相手かもしれないのよ。黙ってられるわけないでしょ」
その言葉に、聖火は何も言わなかった。
幹比古が続ける。
「僕が痕跡を追っていた。精霊とは違うけど、普通の魔法とも違う気配が残っていたんだ。それを辿っていたら、あの仮面の人物を見つけた」
「パラサイトに感染している可能性が高い」
達也が補足する。
幹比古は頷いた。
「ただ、僕たちが見つけた時には、もう一人いた」
「赤い髪の女性?」
聖火が尋ねると、エリカが頷く。
「そう。あの女が、仮面の奴と交戦していた。だから最初は敵か味方か分からなかったんだけど」
「そのまま交戦の流れになった?」
「そういうこと」
エリカは悔しそうに唇を噛んだ。
「強かったわ。あの女」
「でしょうね」
聖火は短く答えた。
その言い方に、エリカが少し目を細める。
「あんた、何か知ってる?」
聖火は一瞬だけ、赤い髪の女性が消えた方向を見た。
それから、首を横に振る。
「今ここで言えるほど、確かなことはないよ」
嘘ではない。
確かに、確証として共有するにはまだ足りない。
いや、正確には足りている。
聖火の目は、あの女性が誰なのかを捉えていた。
だが、それは口にしていい情報ではなかった。
少なくとも、今は。
達也は黙って聖火を見ていた。
その視線は、さらに何かを聞きたそうだった。
聖火は達也と一瞬だけ目を合わせる。
だが、それ以上は言わなかった。
達也は、聖火が何かを伏せたことに気づいたかもしれない。
それでも追及はしなかった。
代わりに、達也が言う。
「俺は幹比古から定期的に情報を受け取っていた。異常を確認したため、援護に来た」
「ちょっと待ちなさい」
エリカが即座に反応した。
「幹比古、あんた達也くんに連絡してたの?」
「え、ああ……念のために」
幹比古は少し気まずそうに視線を逸らした。
「私には?」
「その場にいたから……」
「そういう問題じゃないでしょ」
エリカが半眼になる。
「つまり、私は知らないうちに達也くんに見守られてたわけ?」
「言い方が悪いよ、エリカ」
幹比古が慌てる。
達也は淡々と言った。
「必要な保険だ」
「そう言われると余計に腹立つわね」
エリカは不機嫌そうに言ったが、本気で怒っているわけではなさそうだった。
聖火は軽く笑う。
「まあまあ。生きてるから結果としては良し、ということで」
「雑にまとめないで」
「じゃあ、俺の報告もするよ」
聖火は視線を少しだけ周囲へ向ける。
まだ人通りは少ない。
だが、先ほどの銃声と閃光で、近くの住民がこちらを気にし始めている気配があった。
「俺は占星術と、魔物の気配を探知する形代を使って追っていた。そこで雷童子の閃光を見たから急行した」
幹比古が驚いたように言う。
「形代で?」
「うん。街全体を大がかりに探るほどではないけど、異常が起きた場所を拾うくらいならできる」
「すごいな……」
「便利だけど万能じゃないよ。今回も少し遅れた」
聖火はそう言いながら、エリカの傷へ視線を向ける。
「もう少し早ければ、エリカの服も無事だったかもしれない」
「そこ?」
エリカが呆れた顔をする。
「大事でしょ。寒いし」
「まあ、寒いけど」
エリカは羽織ったコートを少し引き寄せた。
その時、達也が周囲へ視線を向けた。
「人が集まってきている」
その一言で、空気が変わった。
幹比古とエリカが同時に顔を上げる。
遠くで窓が開く音。
誰かがこちらを覗いている気配。
通報されてもおかしくない。
エリカが舌打ちした。
「まずいわね」
幹比古も青ざめる。
「師族会議への報告とは別に、僕たちは独断で動いている。ここで警察沙汰になるのはまずい」
「私は家にバレるのも面倒なのよ」
「それは自業自得では」
「幹比古?」
「ごめん」
聖火は二人のやり取りを横目で見ながら、自分の立場も思い出していた。
本来なら、聖火も捜索チームの一員だ。
十文字の許可だけは取っている。
だが、今は実質的に単独行動だった。
褒められたものではない。
少なくとも、十文字に知られたら眉間の皺が深くなるだろう。
「撤収した方がいいね」
聖火が言うより早く、達也がバイクを動かした。
「エリカ、乗れ」
「え?」
エリカが目を瞬かせる。
「負傷している。走るより早い」
エリカは一瞬だけ迷ったが、周囲の気配が近づいていることに気づき、すぐに頷いた。
「分かったわ」
そのままエリカは、聖火のコートを羽織ったまま、達也のバイクの後ろに乗る。
それを見て、幹比古が慌てて声を上げた。
「あの、達也。僕は?」
達也は幹比古を見た。
そして、短く言った。
「走れ」
「えっ」
幹比古が固まる。
エリカは一瞬だけ呆れ、それから吹き出しそうになった。
「達也くん、容赦ないわね」
「負傷者優先だ」
「理屈は分かるけど!」
幹比古が叫ぶ。
だが、周囲の気配は近づいている。
悠長に文句を言っている時間はなかった。
「借りるわよ、これ」
エリカが、聖火のコートの襟元を軽く押さえながら言った。
「どうぞ。後で返してくれれば」
「洗って返すわ」
「血がついてなければそのままでいいよ」
「ついてたら?」
「泣きます」
「大げさね」
エリカはそう言いながら、達也の背後に掴まった。
達也がアクセルを開ける。
バイクが夜道を走り出した。
その背中に向かって、幹比古が悔し紛れに叫んだ。
「ノーヘルは罰金だぞ!」
声だけが、路地に虚しく響いた。
エリカの笑い声が遠ざかる。
達也のバイクは、そのまま闇の中へ消えていった。
幹比古はしばらく立ち尽くしていたが、すぐに現実を思い出した。
「僕も行かないと」
「そうだね。捕まったら説明が大変だ」
聖火は軽く手を振る。
「頑張って、幹比古くん」
「聖火は?」
「俺は少し後始末」
「無茶しないでよ」
「幹比古くんに言われるとは思わなかったな」
「今日は僕も人のことは言えないけど」
幹比古は苦笑し、それから走り出した。
その背中を、聖火は軽く手を振って見送る。
路地には、再び静けさが戻り始めていた。
だが、完全な静けさではない。
銃声の残響。
雷童子の残滓。
パラサイトの不快な気配。
そして、赤い髪の女性が残していった、鋭く乾いた戦場の匂い。
聖火は、赤い髪の女性が消えた方向へ視線を向けた。
「リーナさん、か」
声は誰にも届かないほど小さかった。
明るく笑う交換留学生。
仮面の下の戦闘者。
情報はつながり始めている。
だが、まだ口にはできない。
口にした瞬間、守れるものが減る。
聖火は息を吐き、指先で小さな札を取り出した。
「さて」
残された痕跡を拾うため、札を夜気へ放つ。
「十文字先輩に怒られる前に、少しは成果を持って帰らないとね」
軽口のように呟いて、聖火は自身の目を開いた。
ただ見るための目ではない。
人の構造。
命の流れ。
魔の残滓。
そして、そこに残されたわずかな異物。
聖火は路地を注意深く観察した。
地面。
壁。
割れた舗装。
銃弾が穿った痕。
雷童子の残滓が焦がした空気。
そして、路地の端に落ちていた一枚の葉。
聖火は足を止めた。
葉の縁に、ほんのわずかな赤が付着している。
血。
肉眼で見れば、ただの汚れにも見える量だった。
だが、聖火の目にはそれが血の痕跡だと分かった。
「……見つけた」
聖火は腰を落とし、その葉を枝ごと慎重にちぎった。
手袋越しに葉をつまみ、懐から小さな試験管を取り出す。
試験管の中へ、葉をそのまま入れる。
続いて、別の小瓶を取り出した。
中には、薄く金色を帯びた透明な液体が入っている。
聖火はそれを数滴、試験管の中へ流し込んだ。
液体が葉に触れる。
ほんのわずかに、赤い痕跡が滲んだ。
「お前は、そういうことは隠さないのだな」
低い声が背後からかかった。
聖火は振り返らなかった。
その声の主は分かっている。
十文字克人。
そして、彼の後ろには部活連の関係者が数人。
少し離れた場所には、七草真由美の姿もあった。
どうやら、本当に早かったらしい。
聖火は試験管の中身を軽く揺らしながら答えた。
「協力すると言いましたからね」
「では、隠していることもあるのか」
十文字の問いは鋭かった。
聖火は、試験管を街灯の光にかざす。
「ありますよ」
あっさりとした返答だった。
七草が少しだけ目を細める。
聖火は続けた。
「でも、これは共有した方がいい情報です」
試験管の中で、金色の液体が赤い痕跡を包み込んでいた。
数秒後。
赤い色の周囲に、薄い黒ずみのようなものが浮かぶ。
さらにその外側へ、細い銀色の筋が走った。
七草が眉をひそめる。
「何が起きているの?」
「簡易反応です」
聖火は試験管を見つめたまま答えた。
「血液そのものは赤い。見た目だけなら、人間の血に見えます」
「見た目だけなら?」
十文字が問い返す。
聖火は頷いた。
「はい。ですが、中身がかなり変質しています」
その言葉に、十文字の表情が険しくなる。
「誰の血だ」
「断定はできません。ただ、少なくともエリカや幹比古くんのものではないと思います」
聖火は試験管を少し傾ける。
液体の中で、赤い痕跡が細く揺れた。
「おそらく、パラサイト側の血液です」
七草が息を呑む。
「パラサイト側……つまり、人間ではないということ?」
「正確には、人間の形をした何か、ですね」
聖火の声は静かだった。
「肉体は人間です。血も赤い。細胞も、おそらく人間のものに近いでしょう。でも、この血液に残っている反応は普通ではありません」
十文字が短く問う。
「何が異常なんだ」
「プシオンです」
聖火は試験管から目を離さずに答えた。
「血液に残っているプシオンの濃度が異常です。通常の人間なら、血液だけにここまで濃い反応は残りません」
七草の顔から笑みが消えた。
「魔法の残滓ではないの?」
「違います」
聖火は淡々と否定した。
「魔法の残滓なら、もっと表層に残ります。これは血の内側に絡みついている。血液という物質に、宿主以外の何かが混ざっているように見えます」
「つまり、パラサイトが宿主の身体に入り込んでいる証拠?」
七草の問いに、聖火は少しだけ間を置いた。
「可能性は高いです」
断定はしなかった。
だが、その声には確信に近いものがあった。
「この反応を見る限り、普通の負傷者の血ではありません。人間の形を保っているだけで、中身はかなり変わっている」
十文字は、聖火の手元をじっと見ていた。
「お前は、それをその場で見分けられるのか」
「全部ではありません」
聖火は試験管の蓋を閉める。
「ただ、生命の流れとプシオンの異常を見ることはできます。俺の得意分野ですから」
「BSに近いものか?」
十文字の言葉に、七草がわずかに視線を動かした。
聖火は否定しなかった。
「そう思ってもらってかまいません」
少しずつギャグシーンとかも入れていきたいですね。