魔法科高校の劣等生 四葉の火の鳥   作:ペンギン豚

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今回はシリアスくんは行方不明です。

本来の場所ではありませんが、紅茶は大事だから。


来訪者編6 休日の部活連本部

 

 

翌朝。

 

司波達也の端末には、鷹山聖火から一通の報告が届いていた。

 

件名は簡潔だった。

 

『昨夜の件について』

 

内容は、昨夜の現場で聖火が確認した情報をまとめたものだった。

 

現場へ向かう途中で、私服姿の若い女性二人を発見したこと。

 

その二人が隠し持っていた装備が、一般的な捜査機関や情報機関のものではなく、USNA軍の特殊作戦部隊向けの規格に近かったこと。

 

戦闘現場に残されていた血液反応から、パラサイトと思われる存在の痕跡が確認されたこと。

 

血液そのものは赤い。

 

だが、血中に残るプシオン反応が人間のものとしては異常だったこと。

 

そして、最後に短い一文。

 

『詳細はまだ不明。ただし、FBIやCIAではなく、軍が動いている可能性が高い。気をつけて』

 

その報告を受け取った翌日の夜。

 

司波兄妹は、別の場所で事件の中心へ接近した。

 

そこで得られた情報は、決定的だった。

 

今回の吸血鬼事件の正体は、USNA軍スターズからの脱走兵に関係するパラサイト事件であること。

 

パラサイトは人間の肉体を器として利用していること。

 

そして、逃走するパラサイトの一体に、発信機を撃ち込むことに成功したこと。

 

ただし、すべての情報が共有されたわけではなかった。

 

特に、リーナに関する情報は伏せられた。

 

アンジェリーナ=クドウ=シールズ。

 

交換留学生。

 

USNA軍スターズ総隊長、シリウス。

 

そして、司波兄妹と彼女が交戦したという事実。

 

それは、まだ不用意に広げるべき情報ではなかった。

 

だから達也は、共有する情報を絞った。

 

パラサイト。

 

スターズからの脱走兵。

 

発信機の識別信号。

 

それだけが、関係者へ伝えられた。

 

休日の部活連本部には、奇妙な空気が流れていた。

 

平日とは違い、人の出入りはない。

 

普段なら誰かが資料を整理していたり、部活動の申請書を持ち込んできたりする場所だが、今日は静まり返っている。

 

その部屋には、数人が残っていた。

 

十文字克人。

 

七草真由美。

 

千葉エリカ。

 

吉田幹比古。

 

そして、鷹山聖火。

 

机の中央には、一枚のカードが置かれていた。

 

発信機の識別信号を記したカード。

 

司波兄妹からもたらされた、現時点で最も重要な手がかりだった。

 

だが、部屋の空気はその一点に集中しているわけではなかった。

 

問題は、むしろそこに書かれていない情報だった。

 

エリカは椅子に座り、腕を組んでいる。

 

その顔には、不気味な笑顔が浮かんでいた。

 

怒っている。

 

だが、怒鳴る前の静かな笑顔だった。

 

真由美もまた、にこやかに微笑んでいる。

 

こちらは穏やかに見える。

 

しかし、目が笑っていない。

 

十文字は黙っていた。

 

沈黙しているだけなのに、部屋の空気を重くしている。

 

そして幹比古は、胃のあたりを押さえていた。

 

「……なんか、僕だけ置いていかれてない?」

 

小さな呟きだった。

 

だが、部屋が静かだったせいで、思ったよりもはっきり響いた。

 

エリカが横目で見る。

 

「安心しなさい。私も納得はしてないわ」

 

「納得してないのと、置いていかれてるのは違うと思うんだけど……」

 

幹比古は肩を落とした。

 

話の内容は理解できる。

 

いや、理解はしているつもりだった。

 

パラサイト。

 

USNA軍。

 

スターズ。

 

脱走兵。

 

発信機。

 

吸血鬼事件の正体。

 

単語は追える。

 

理屈も追える。

 

だが、いつの間に話がそこまで進んでいたのかが分からない。

 

自分は確かに昨夜、エリカと一緒に吸血鬼を追っていた。

 

赤い髪の女性とも交戦した。

 

達也に助けられもした。

 

それなのに、今の状況を見ると、まるで自分だけ一段下の場所に置き去りにされているような気がする。

 

達也は知っている。

 

深雪も知っている。

 

聖火も、おそらく何かを知っている。

 

十文字と真由美も、知らないながらも状況を飲み込みつつある。

 

エリカは納得していないが、怒りの方向を定め始めている。

 

では、自分は。

 

幹比古は、もう一度胃のあたりを押さえた。

 

「……帰っていいかな」

 

「駄目でしょうね」

 

すぐに聖火が答えた。

 

「だよね……」

 

幹比古は力なくうなだれた。

 

その空気を壊したのは、聖火だった。

 

彼は何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「はい。皆さん、まずは紅茶にしましょう」

 

エリカが半眼で聖火を見る。

 

「あんた、この空気でお茶出すの?」

 

「この空気だから出すんだよ」

 

聖火は当然のように答えた。

 

「胃に悪い話を続けるなら、温かい飲み物と糖分は必要です」

 

「胃が悪いの、主に僕なんだけど……」

 

幹比古が小さく言う。

 

「だから最初に幹比古くんの分を出す」

 

聖火は手早くカップを並べた。

 

まず幹比古の前に、湯気の立つカップが置かれる。

 

香りは紅茶よりも少し柔らかい。

 

紅茶を薄めに淹れ、香草を少し混ぜたものだった。

 

「胃に優しめにしておいたよ」

 

「ありがとう……本当に助かる」

 

幹比古は両手でカップを包み込むように持った。

 

その様子を見て、エリカが少しだけ肩の力を抜く。

 

「幹比古、あんた本当に胃にきてるわね」

 

「そりゃくるよ。話が大きすぎるし、みんな何か知ってそうだし」

 

「まあ、それは分かるけど」

 

聖火は続いて、真由美に香りの良い紅茶を置いた。

 

十文字には渋みを抑えた濃いめの紅茶。

 

エリカには少し強めの紅茶。

 

そして机の中央には、茶菓子の皿を置く。

 

クッキー。

 

小さな焼き菓子。

 

甘さ控えめのパウンドケーキ。

 

休日の部活連本部に似つかわしくないほど、きれいに並べられていた。

 

真由美がカップを受け取りながら言う。

 

「本当に準備がいいわね」

 

「嫌な予感がしていましたから」

 

「嫌な予感で茶菓子まで用意するの?」

 

「長くなりそうな話には糖分が必要です」

 

聖火は真顔で言った。

 

エリカがクッキーを一枚取る。

 

「あんた、こういう時だけは本当に気が利くわよね」

 

「こういう時だけ?」

 

「他は危なっかしい」

 

「ひどいな」

 

幹比古はカップに口をつけ、ようやく少し息を吐いた。

 

「……助かった」

 

「今度は俺へのお礼で合ってるね」

 

聖火が冗談めかして言うと、幹比古は苦笑した。

 

「うん。これは本当に聖火へのお礼」

 

「よろしい」

 

そのやり取りで、部屋の空気がわずかに緩んだ。

 

十文字が紅茶を一口飲み、ようやく口を開いた。

 

「鷹山」

 

「はい」

 

「司波が伏せた情報に、心当たりがあるな」

 

緩みかけた空気が、再び引き締まる。

 

エリカと真由美の視線が、今度は聖火へ向いた。

 

幹比古はカップを持ったまま固まる。

 

聖火は少しだけ沈黙した。

 

それから、あっさり頷く。

 

「あります」

 

エリカの笑顔が深まった。

 

「へえ」

 

真由美も、にこやかに目を細める。

 

「やっぱり」

 

聖火は両手を軽く上げた。

 

「でも、今ここで話す情報ではありません」

 

「またそれ?」

 

エリカが不満げに言う。

 

「またそれです」

 

聖火は真面目な顔で答えた。

 

「扱いを間違えると、人を傷つける情報です。だから順番を選びます」

 

十文字は聖火を見据える。

 

「司波と同じ判断か」

 

「はい」

 

「お前も、我々にはまだ話せないと?」

 

「少なくとも、今は」

 

聖火はそう答えた。

 

室内に沈黙が戻る。

 

だが、先ほどとは少し違った。

 

紅茶の香りがある。

 

茶菓子がある。

 

幹比古が呼吸を整える時間もある。

 

聖火は机の上のカードへ視線を向けた。

 

「今、優先すべきは発信機の信号です」

 

「話を逸らしたわね」

 

エリカが言う。

 

「必要な方向へ戻した、と言ってください」

 

「物は言いようね」

 

真由美が微笑む。

 

聖火は気にせず続けた。

 

「パラサイトの居場所を掴める可能性があるなら、まずそこを追うべきです。司波兄妹が伏せた情報を問い詰めるのは、その後でもできます」

 

「後では問い詰めていいのね?」

 

真由美の声が妙に優しい。

 

聖火は一瞬だけ黙った。

 

「……ほどほどに」

 

「保証はできないわ」

 

エリカが笑顔で言う。

 

「私も」

 

幹比古は、カップを両手で抱えたまま小さく呟いた。

 

「やっぱり帰りたい……」

 

聖火はそっと茶菓子の皿を幹比古の近くへ寄せた。

 

「幹比古くん、もう一枚食べておこう」

 

「うん……」

 

十文字が深く息を吐いた。

 

「話を戻すぞ」

 

その一言で、全員の表情が引き締まる。

 

聖火も茶器を脇へ寄せ、机の上のカードを見た。

 

発信機の識別信号。

 

パラサイトへつながる手がかり。

 

今使うべき情報。

 

休日の部活連本部。

 

紅茶の香りと不穏な沈黙が入り混じる中、吸血鬼事件は次の段階へ進もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

結局、その日の部活連本部での話し合いは、実務的な形でまとまった。

 

千葉家も協力に加えられることになった。

 

理由は単純だ。

 

すでにエリカが現場に関わっている。

 

そして、敵が人間の肉体を器としている以上、近接戦闘の専門家が必要になる可能性が高い。

 

十文字は戦力として十分すぎる。

 

だが、十文字だけを動かせば目立ちすぎる。

 

その点、千葉家の人間を実働に加えることは、現実的な判断だった。

 

追跡は、幹比古と聖火。

 

幹比古は精霊と古式魔法の側面から、パラサイトの気配を追う。

 

聖火は占星術と形代、そして自身の感覚を使い、異常の痕跡を拾う。

 

真由美は管制。

 

学校側、人員配置、連絡網、外部への情報漏洩を抑える役割を担う。

 

そして実働部隊は、十文字とエリカを中心に組まれることになった。

 

十文字が全体の要。

 

エリカが現場での遊撃。

 

千葉家の協力を得ながら、必要に応じて動く。

 

幹比古はその場で小さく息を吐いた。

 

「……話が大きくなってきたな」

 

「最初から大きかったんだよ」

 

聖火は紅茶を片づけながら言った。

 

「俺たちが見えていなかっただけで」

 

「そう言われると、余計に胃が痛いんだけど」

 

「じゃあ、次から胃薬も常備しておく」

 

「冗談に聞こえない」

 

「半分本気だからね」

 

エリカが呆れたように二人を見る。

 

「幹比古、あんた本当に胃にきてるわね」

 

「状況を考えれば当然だと思う」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

真由美は、机の上の発信機の識別信号を見ながら言った。

 

「とにかく、次に動く時は勝手な単独行動はなし。いいわね?」

 

その言葉は、主にエリカと聖火へ向けられていた。

 

エリカは視線を逸らす。

 

聖火はにこりと笑う。

 

「もちろんです」

 

「聖火くん」

 

「はい」

 

「その笑顔は信用できないわ」

 

「ひどいですね」

 

十文字が短く言った。

 

「鷹山。お前は特にだ」

 

「俺、そんなに信用ないですか?」

 

「能力は信用している」

 

「行動は?」

 

「監視対象だ」

 

「はっきり言いますね」

 

聖火は肩をすくめた。

 

そうして、吸血鬼事件への対策は、静かに次の段階へ移った。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

西城レオンハルトは、学校に復帰した。

 

教室に顔を出した瞬間、いつもの面々はそれぞれの反応を見せた。

 

ほのかはほっと胸を撫で下ろし、美月は安心したように微笑む。

 

深雪も柔らかく目を細め、達也はいつも通りの無表情で「無理はするな」とだけ告げた。

 

エリカは腕を組み、じろりとレオを見た。

 

「思ったより早かったわね」

 

「おう。俺は頑丈だからな」

 

「頑丈と無茶は違うのよ」

 

「分かってるって」

 

「絶対分かってない顔ね」

 

幹比古は眠そうな顔で苦笑している。

 

昨夜の件で、彼も十分に疲れていた。

 

それはエリカも同じだった。

 

二人とも普段より少し反応が鈍い。

 

聖火はそんな二人を見て、軽く笑った。

 

「お疲れだね、二人とも」

 

「誰のせいだと思ってるのよ」

 

「吸血鬼事件のせいかな」

 

「大きく間違ってはいないけど、納得はしたくないわね」

 

昼休み。

 

食堂には、いつもの顔ぶれがそろっていた。

 

達也。

 

深雪。

 

ほのか。

 

美月。

 

エリカ。

 

レオ。

 

幹比古。

 

聖火。

 

そして、今日はリーナも一緒だった。

 

交換留学生として一高に馴染み始めたリーナは、明るい笑顔で席についている。

 

昨日までの緊張を感じさせない態度だった。

 

少なくとも、表向きは。

 

「レオさん、復帰おめでとう」

 

ほのかが言う。

 

「ありがとな」

 

「でも、本当に無理はしないでくださいね」

 

美月も心配そうに続ける。

 

「大丈夫だって。ちょっと寝て、ちょっと食ったら戻った」

 

「その説明が一番信用できないのよ」

 

エリカが即座に突っ込む。

 

「何でだよ」

 

「あなたの場合、本当に危なくても同じこと言うでしょ」

 

「まあ、言うかもな」

 

「そこは否定しなさいよ」

 

食堂の空気が少しだけ和らぐ。

 

レオがそこにいる。

 

軽口を叩いている。

 

それだけで、昨夜までの重苦しさが少し薄れた。

 

深雪が静かに微笑む。

 

「でも、こうして皆さんで食事ができるのは、やはり嬉しいですね」

 

「そうだね」

 

ほのかが頷く。

 

リーナも明るく笑った。

 

「レオって、本当に元気なんだね。昨日まで怪我してたって聞いたけど」

 

「俺は鍛えてるからな」

 

レオは胸を張る。

 

「鍛えてどうにかなる範囲を超えてた気がするけどね」

 

聖火がぼそりと言う。

 

「そこは気合いだ」

 

「便利な言葉だね」

 

「便利だから使ってる」

 

幹比古は眠そうにしながらも、レオをじっと見た。

 

「でも、本当に不思議だよ」

 

「何がだ?」

 

「よく、あれだけの精気を奪われたのに、こんなに早く回復できたね」

 

その一言で、ほんのわずかに空気が変わった。

 

レオは一瞬だけ、聖火を見た。

 

聖火は特に反応しなかった。

 

紅茶を口に運び、いつも通りの顔をしている。

 

その顔を見て、レオは口元を少しだけ緩めた。

 

言わない。

 

そう決めたのだろう。

 

聖火が真夜中に病室へ来たこと。

 

不思議な光をかざして、自分の体を整えてくれたこと。

 

それをここで話す必要はない。

 

レオなりの礼だった。

 

「そりゃ、俺は普段から鍛えてるからな」

 

レオは笑って言った。

 

「古い術の修行の成果ってやつだよ」

 

エリカが半眼になる。

 

「ああ、あの古臭い呼吸法のことね」

 

「古臭いって言うなよ」

 

レオが不満げに返す。

 

その横で、リーナが首を傾げた。

 

「古臭い?」

 

「そうそう」

 

エリカは軽い調子で言う。

 

「聖火がどこからか連れてきた先生に、レオが妙な呼吸法を習ってるのよ。古式っていうか、仙人修行っていうか」

 

「妙なって言うな」

 

レオはむっとする。

 

「実戦で証明されてるって、ライバック先生が言ってたんだからな」

 

「へぇー、そんな術があるのね……」

 

リーナはそう言いかけて、止まった。

 

「……え?」

 

手に持っていたフォークが、皿の上に落ちた。

 

小さな音が、食堂のざわめきの中で妙にはっきり響いた。

 

全員の視線がリーナへ向く。

 

「どうした、リーナ?」

 

レオが首を傾げる。

 

リーナは笑おうとした。

 

だが、その笑顔は明らかにぎこちなかった。

 

「えっと、レオ」

 

「おう」

 

「今、ライバック先生って言った?」

 

「言ったな」

 

「それって……」

 

リーナは一度、聖火を見た。

 

聖火は何事もなかったように紅茶を飲んでいる。

 

達也は無言でリーナを見ていた。

 

深雪も、わずかに目を細めている。

 

リーナはゆっくりと、言葉を続けた。

 

「フルネームは、ケイシー・ライバックだったりしない?」

 

レオは何の警戒もなく頷いた。

 

「ああ。ケイシー・ライバック先生だ」

 

リーナの表情が固まった。

 

今度こそ、完全に。

 

ケイシー・ライバック。

 

USNA軍で、かつて最強とまで言われた海軍特殊作戦部隊の元隊長。

 

専門は爆発物、格闘術、銃火器、刃物、潜入、破壊工作。

 

要するに、武器と呼べるものならだいたい扱える男。

 

ある作戦の失敗で多くの部下を失い、その責任を負うべき情報将校を半殺しにした結果、表向きは軍を離れた。

 

現在の肩書きは料理人。

 

だが、完全に軍から離れたわけではない。

 

時折、軍の依頼でトレーナーをしている。

 

そしてリーナにとっては、格闘術の教官の一人だった。

 

魔法あり。

 

武器あり。

 

条件を変えても、リーナは一度もまともに勝てたことがない。

 

彼女にとって、ケイシー・ライバックは、かなり具体的な形をしたトラウマだった。

 

だが、そんな事情をこの場で言えるはずがない。

 

リーナが言葉を失っていると、レオが何かを思い出したように手を打った。

 

「あ、そうか」

 

「え?」

 

「ライバック先生ってコックなんだよな」

 

リーナは一瞬、反応が遅れた。

 

「……コック?」

 

「そうそう。聖火から聞いた。たしか店もやってるんだろ?」

 

レオは何の疑いもなく続ける。

 

「もしかしてリーナ、レストラン沈黙に行ったことがあるのか?」

 

その瞬間、リーナは救いの糸を見つけた。

 

「そ、そう!」

 

勢いよく頷く。

 

「そうなの。レストランの方で知ってるのよ」

 

「やっぱりか」

 

レオは納得したように頷いた。

 

「彼の料理は最高なのよ」

 

リーナは必死に笑顔を作った。

 

「本当に。すごく、ええ、すごく美味しいの」

 

嘘ではない。

 

ケイシー・ライバックの料理が美味しいのは事実だ。

 

そこだけは、何一つ嘘ではない。

 

ただし、リーナが彼を知っている理由は料理ではない。

 

断じて料理ではない。

 

「確かに、俺も料理食わせてもらったけど、うまかったな」

 

レオが嬉しそうに言う。

 

「肉料理とかすげえんだよ。あと、何かよく分かんねえスープ」

 

「よく分からないのに美味しかったんだ」

 

ほのかが苦笑する。

 

「おう。よく分かんねえけど、体に染みる感じだった」

 

「ニューオーリンズ風ガンボだね」

 

聖火が、何でもないことのように答えた。

 

レオが手を打つ。

 

「ああ、それだ! ガンボ!」

 

「鶏肉とソーセージ、オクラを使った煮込み料理だよ。あの日はスモークブリスケットとコーンブレッドも出してくれた」

 

「そうそう! あの肉もうまかった!」

 

レオは力強く頷いた。

 

「あと、何か豆のやつ」

 

「レッドビーンズ・アンド・ライス」

 

「それだ!」

 

「食べた本人より詳しいのね」

 

エリカが呆れたように言う。

 

聖火は平然と紅茶を口に運んだ。

 

「うちの家でいただいたからね」

 

その一言で、リーナの表情がまた固まった。

 

「……鷹山家で?」

 

「うん。母さんはガンボを気に入っていたし、父さんはブリスケットをかなり気に入ってた」

 

「家庭訪問みたいなことしてる……」

 

リーナは思わず呟いた。

 

ケイシー・ライバック。

 

USNA軍で、かつて最強とまで言われた海軍特殊作戦部隊の元隊長。

 

その男が、日本の高校生の家で家族にガンボを振る舞っている。

 

あまりにも絵面がおかしい。

 

だが、たぶん事実なのだろう。

 

聖火の顔に、嘘をついている様子はない。

 

いや、むしろ問題はそこだった。

 

この少年は、本当にケイシー・ライバックをただの友人兼料理人として扱っている。

 

――なんで、あの人が普通に鷹山家で料理してるのよ!?

 

リーナは心の中で叫んだ。

 

もちろん、声には出さない。

 

出せるはずがない。

 

「へえ、リーナも食べたことあるんだろ?」

 

レオが無邪気に尋ねる。

 

リーナは救いを求めるように笑顔を作った。

 

「え、ええ。もちろん。彼の料理は最高よ」

 

「だよな!」

 

「本当に。すごく美味しいわ。料理は」

 

最後の一語に、ほんのわずかに力が入った。

 

聖火はそれを聞いて、少しだけ目を細める。

 

「料理は?」

 

「料理は、よ」

 

リーナはにこりと笑った。

 

その笑顔は明るい。

 

明るいが、どこか必死だった。

 

エリカが面白そうに二人を見る。

 

「何、その含みのある言い方」

 

「別に含みなんてないわ」

 

「あるでしょ」

 

「ないわ」

 

リーナは即座に否定した。

 

だが、否定が早すぎた。

 

幹比古が眠そうな目をこすりながら呟く。

 

「つまり、料理は美味しいけど、それ以外に何かある人なんだね」

 

「幹比古くん、眠そうなのに鋭いね」

 

聖火が感心したように言う。

 

「眠い方が、余計な遠慮が減るのかもしれない」

 

「それはそれで危ないわね」

 

エリカが苦笑する。

 

リーナはフォークを拾い直しながら、聖火を見た。

 

「聖火」

 

「何?」

 

「あなた、あの人と本当にどういう関係なの?」

 

「友人だよ」

 

「友人」

 

「うん」

 

「ケイシー・ライバックと、友人」

 

「そうだね」

 

リーナは深く息を吸った。

 

そして、これ以上追及するのを諦めた。

 

今の自分には、これを処理する余裕がない。

 

レオはそんなリーナの反応を見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「でも、ライバック先生ってそんなに怖いか?」

 

リーナは一瞬だけ固まった。

 

怖いか。

 

そう聞かれれば、答えは一つしかない。

 

怖い。

 

非常に怖い。

 

ただし、それは恐怖というより、訓練場で何度も床に沈められた者だけが知る、身体に刻まれた警戒感だった。

 

「……怒らせなければ、良い人よ」

 

リーナは慎重に答えた。

 

聖火が頷く。

 

「うん。怒らせなければ良い人だね」

 

「怒らせたら?」

 

エリカが尋ねる。

 

聖火は少しだけ考えてから答えた。

 

「料理が冷める」

 

「それ、怒るポイントなの?」

 

「かなり大事だよ」

 

「そこなのね……」

 

エリカは呆れたように肩を落とす。

 

リーナは笑えなかった。

 

昼休みの食堂。

 

レオの復帰を祝う、何気ない時間。

 

そのはずだった。

 

だがリーナの中では、聖火という少年への警戒度がまた一段上がっていた。

 

正しすぎる歩幅を見抜く少年。

 

USNA軍の気配に気づきかけているかもしれない少年。

 

そして、ケイシー・ライバックを友人と呼び、鷹山家で彼のガンボを食べた少年。

 

リーナは皿の上の料理を見下ろす。

 

食欲が消えたわけではない。

 

ただ、昼食の味が少し分からなくなっていた。

 

――なんで、あの人の弟子が日本の高校にいるのよ。

 

リーナはもう一度、心の中でそう叫んだ。

 

 

 




やっぱり、このシーンは欠かせないよね。
映画でもこのシーンは毎度笑えます。

ちなみに話として作らないから話しますが、父親の友人で、聖火も友人になったことになっていますが、実際にはクローバーとして活動していた時に、テロリストを一緒にフル凹にしたのが出会いのきっかけです。
映画的に「暴走特急」の話をイメージしています。
双方たまたま乗り合わせた感じです。
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