3D彼女♂とレトロ彼氏♀ ~男女あべこべVTuber、中の人ごと好きになる~   作:式守 芽衣

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第10話 観てる

 平日の、夕方。

 

「ただいまー、繁忙期終わったー!」

 

 扉が開いて、アキラさんが入ってきた。

 ジャケットに白いシャツ、ネイビーのワイドパンツ。

 両手をVの字、万歳のように上げている。

 

「お疲れさまです」

 

「やー、ほんとに、お疲れさまだったー」

 

「夕立、大丈夫でしたか?」

 

 帰り道に少し降られたのか、ジャケットの肩のあたりが、薄く湿っていた。

 

「うん、ちょっと前にね、ザーッと。今はもうやんだ感じー」

 

「あー、なるほど」

 

 アキラさんが、靴を脱いで、上がってきた。

 

「ちょっと、シャワー浴びて着替えてくるねー」

 

「あ、はい。いってらっしゃい」

 

 アキラさんが、脱衣所の方に消えていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 シャワーの音が、薄く、聞こえてくる。

 

 俺は、キッチンに立った。

 冷蔵庫から、ひき肉と、卵と、玉ねぎ。

 そぼろ丼にしようと、思っていた。

 

 フライパンを、温める。

 

 しばらくして、扉が開いて、アキラさんが、戻ってきた。

 

 淡いベージュの半袖と七分丈のリラックスパンツ。髪は後ろで一つに束ね直している。

 

「あー、生き返ったー」

 

 キッチンの方を、覗き込んできた。

 

「あれ、なんか、いい匂いー」

 

「あ、適当に、夕飯、作ってました」

 

「えーっ、ありがとー! ねえ、何々?」

 

「そぼろ丼、です」

 

「やったー、お腹ぺこぺこだったのー」

 

 アキラさんが、テーブルに飛びついた。

 

 二人で、食べる。

 

「うっま、あいかわらず!」

 

「ありがとうございます」

 

「これがいいの、これが」

 

 アキラさんが、両手で丼を抱えるように持っていた。

 

 食べ終わって、片付ける。

 

 窓を開けると、部屋にぬるい風が流れ込んだ。

 アスファルトの濡れた匂いが、しばらくしてから届く。

 

「あー、いい匂いー」

 

 アキラさんが、ソファにぱたんと倒れ込んだ。

 

「夕立の後の、この匂い、好きなんだよねー」

 

「分かります」

 

「雨上がりの、アスファルトの匂い。夏だとさー、いい感じに温められて、もっと芳醇なんだよね」

 

「あー、確かに、夏のやつ。それにしても芳醇って」

 

 おもわず吹き出してしまう。

 

「今もまあまあだけど、夏のはこう、もっと、ムワってなるのよ」

 

「まぁ、分かります」

 

 冷蔵庫から缶を二本取り出して、ソファの脇のテーブルに置いた。

 アキラさんが目を閉じたまま、片手だけで缶を取った。

 

 ぷしゅ。

 

 二人で、缶を一口。

 アキラさんが、ふぅっと息を吐いた。

 

 アキラさんが、ソファの背もたれに頭をもたれかけた。

 

 あの朝の重さが、ふっと腹のあたりに戻ってきた気がした。

 

 俺は、缶を一口追加した。

 

「あー、で、さ」

 

 アキラさんが目を開けて、天井に視線を流した。

 

「ちょっと相談というか、提案があって」

 

「はい」

 

「あのね、今のさ、家賃の出し方ね」

 

「あー、はい」

 

「私の負担、安すぎでしょ? 昴さん、二重払いになるの、気使ってくれてるんだよね」

 

「いえ、そんな」

 

「ちゃんと出したいなって、思っててー」

 

「あー」

 

「あとさー、繁忙期もー、終わったし。一応、自分ちでも、また配信できるはできるんだけど」

 

「はい」

 

「機材、また向こうに持ち帰るの、めっちゃ大変じゃん?」

 

「あー、それは、確かに」

 

「で、向こうの更新時期も、ちょっと迫ってきてて」

 

「あ、なるほど」

 

「で、もし、昴さんさえよければ、なんだけどさ」

 

「はい」

 

「ちゃんと家賃も折半させてもらって、ルームシェアにさせて欲しいな……って思って」

 

 ……。

 

「あ、はい?」

 

「えーっと、メリットも、ちょっと整理してみたんだけどね」

 

 アキラさんが、指を折り始めた。

 

「家賃、折半でしょ」

 

「家事も分担できるし」

 

「私の職場、ここの方が近いし、ここ防音もちゃんとしてるし。これは私だけのメリットで申し訳ないんだけどさ」

 

「あと、配信もさ、もう一緒にやるの当たり前になってきてるじゃない」

 

 ……俺は、何も言えなかった。

 全部、その通りだった。

 

「で、男女のルームシェアってちょっと、世間的にどうなのかなって話もあるとは思うんだけど」

 

 それは、そう。

 

「友達にね、ルームシェアやってる人いるんだよ。男女混合で。普通に大丈夫って」

 

「あと私、弟と一時期同居してたから、こういうの慣れてるんだよね」

 

 ——弟さんの話か。

 

「で——」

 

 アキラさんが、天井からふっと視線をこちらに向けた。

 

「昴さんは、信頼できるから」

 

 他の発話より、声の温度がひとつ低かった。

 

「……」

 

 俺は何か言おうとして、缶を口に運んだ。

 

「えーっと、なんだろう。……ここまでさ、なんかいっぱい色々あったじゃない。それが信頼できるってことだと思ってる」

 

 アキラさんが、また天井を向いて笑った。

 

「勘みたいなものなんだけどね」

 

「……」

 

「あ、それとね」

 

「はい」

 

「これは、大前提なんだけどさ」

 

 アキラさんが、ふっと、こちらを見た。

 

「私、この生活、すごく楽しいんだよね」

 

「……」

 

「昴さんは、どう? 楽しい?」

 

 ……。

 

 いろんな日のことが、ふっと、浮かんだ。

 

(確かに、楽しい)

 

「……楽しい、ですね」

 

「えへへ、よかった」

 

 アキラさんが、嬉しそうに、缶を一口飲んだ。

 

「……それで、あの」

 

 俺は、缶のフチに親指を当てた。

 いつもより、するっと言葉が出た。

 

「ちょうど、自分も、契約の更新があって」

 

「えっ、ほんと?」

 

「はい。まだしばらくあるんですけど。ちょっと、考えてはいて」

 

「あー、なるほどねー」

 

 アキラさんが、ソファに沈み込んだ姿勢のまま、缶を持ち直した。

 

「家賃折半になるなら、自分としても助かりますし。防音の設備、せっかく作ったので」

 

「うんうん」

 

「アキラさんが必要なら、続けてくださって、構いません」

 

「迷惑じゃない?」

 

「迷惑じゃないです」

 

 反射みたいに、出た。

 

「……ありがと」

 

 声の温度が、またひとつ落ちた。

 

 俺は、缶を一気に飲んだ。

 

 アキラさんが、缶を持ち上げた。

 

「じゃ、これで決まりだ」

 

「はい」

 

 俺も、缶を持ち上げた。

 軽く合わせる音がした。

 

「乾杯ー」

 

「乾杯です」

 

 アキラさんが、ぐびっと飲んだ。

 俺も飲んだ。

 

 窓の外で、車が水たまりを跳ねる音がした。

 

「あー、なんかね、肩の荷が下りた感じー」

 

「お疲れさまでした」

 

「もう何回目よ、それ。何回も言わせるー」

 

 くしゃっと笑った。

 俺も、ちょっと、笑った。

 

「あ、なくなった」

 

 空になった缶を振って、アキラさんがソファから立ち上がる。

 

「もう一本、いっとく?」

 

「あ、いただきます」

 

 冷蔵庫が開く音。

 戻ってきたアキラさんが、缶を二本、テーブルに置いた。

 ソファに、さっきより深く沈み込む。

 

 ぷしゅ。

 

「あー、染みるー」

 

 頬が、ほんのり赤くなっている。

 素足を、ソファの上に引き上げて、片膝を抱えた。

 

「最近の配信でさー、忙しいリスナー多いんだよねー」

 

「あー、はい」

 

「終電で帰ってきたー、とか、課題終わらなーい、とか」

 

「分かります」

 

「みんな大変だよねー、社会人もー、学生もー」

 

 アキラさんが、缶を傾けた。

 ふぅっと息を吐く。

 

「あとさ、最近いろんな配信観ててさー」

 

「はい」

 

「アイドル系のVTuberさんの挨拶、なんかすっごい好きなんだよね」

 

「可愛らしいですよね」

 

「そう。『こんあんみつ〜、私のあんみつちゃんたち、今日もぉ〜』みたいなさ。あれ、聞くと安心するんだよねー」

 

「ありますね」

 

「ほら、ね、こういうの」

 

 アキラさんが、急にぴんと背筋を伸ばした。

 頬の脇に手を添えて、にこっと笑う。

 

「『は〜い、こんあきら〜☆ アキラニストのみんな、今日もぉ〜、来てくれて、ありがとぉ〜!』」

 

 ふふっ、と笑って。

 

「『あーっ、昴ちゃん! こんあきらありがとぉ〜』」

 

 アキラさんが、こちらに向けて、ちっちゃいハートを作った。

 目が、合った。

 

 俺の喉が、一瞬、詰まった。

 初めて聞くタイプの声だった。

 

「どう? 良い線いってるでしょ〜」

 

 頬の脇から手を下ろして、缶をぐびっと飲んだ。

 飲み込むのに、少し時間がかかった。

 くしゃっと笑って、ソファに沈み込む。

 

「酔ってるなぁ、私~」

 

 俺は、缶のフチを指で撫でた。

 アキラさんが、昴ちゃん、と言った。

 俺の名前なんだけど、俺じゃない、誰かを呼んでいるみたいだった。

 

(……)

 

「あー、そういえばさー」

 

 アキラさんが、缶の縁を指で弾きながら、何かを思い出したように笑った。

 

「来週の配信さー、なんか面白いの探してるんだよねー」

 

「あー、ええと……」

 

 頭を切り替えた。

 でも、缶のフチに置いた指は、しばらく動かなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同居が決まった翌週の、休みの日。

 

 アキラさんが玄関の方で、ガサッと音を立てた。

 

「とりあえず、今日のはこれくらいー」

 

 大きめの紙袋を二つ抱えたアキラさんが、廊下に入ってきた。

 古いジャージにヘアバンド。額に薄く汗をかいている。

 

「お疲れさまです」

 

「あんまり一気に持ってきても、昴さんちが大変だしね」

 

「気にしないでください」

 

「引き払うまではまだ余裕あるし、少しずつリサイクル出したり、実家に送ったりして減らしてくから」

 

「分かりました」

 

 アキラさんが、紙袋を廊下に置いて、額の汗を手の甲で拭った。

 

「じゃ、ちょっとずつ、片付けていきますかー」

 

「はい」

 

◇ ◇ ◇

 

 紙袋といくつかの小箱を、部屋に分けていく。

 

 配信部屋には衣類とCDの小箱、レトロゲーハードとカートリッジ。

 リビング、キッチンには食器と日用品の袋。

 

 アキラさんがCDの小箱を、配信部屋のクローゼットの上の方に押し込んだ。

 

「あ、これ重たいかも」

 

 配信部屋を出てきたアキラさんが、別の箱を抱えた。

 

「俺やりますよ」

 

 箱を、アキラさんから受け取る瞬間、

 指先が軽く触れた。

 

「ごめん、ありがとー」

 

 アキラさんが、何でもない顔で次の場所に向かった。

 俺も、何でもない顔で、それを次の場所に運んだ。

 

 手の甲に、汗が薄く乗っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 アキラさんが、配信部屋の机の脇にスーファミを置いた。

 

「これ、ここでいい?」

 

「いいですよ」

 

 木箱から、カートリッジを一本ずつ取り出して、本棚の空いている段に並べていく。

 手が止まる。

 

 グレーのプラスチックのカートリッジ。

 アキラさんが、その背を指でゆっくり撫でた。

 

「……うちのスーファミ、ここでも生きるんだなぁ」

 

「ですね」

 

「ね、嬉しいねー」

 

 くしゃっと笑って、次のカートリッジを取り出した。

 

◇ ◇ ◇

 

 食器棚に、アキラさんの食器を入れていく。

 

 白い茶碗。

 俺のは、ちょっと欠けたグレーの茶碗。

 

 二つが並んだ。

 

「あ、サイズちょうど良いね」

 

「そうですね」

 

「並ぶと、なんかいいねー」

 

 アキラさんが、戸を閉めた。

 戸の奥で、二人分の食器が揃っている。

 

◇ ◇ ◇

 

 玄関に出た。

 

 アキラさんが、紙袋から白いスニーカーを出した。

 俺の革靴の隣に、置く。

 

 ……。

 

 その瞬間、空気の匂いがほんの少しだけ変わった気がした。

 

「ま、よく考えたらさー、もうほとんど住んでたんだけどね、私」

 

「……確かに」

 

 苦笑い。

 

「気分の問題なんだよなー、これ」

 

 アキラさんが、玄関の電気をつけたり消したりした。

 

「ふふ」

 

「どうしました」

 

「いやー、なんかいいなって思って」

 

◇ ◇ ◇

 

 片付けが一段落して、二人でDKに戻った。

 

 冷蔵庫を開けると、冷たい麦茶のボトルがあった。

 二つのコップに注いで、ソファのテーブルに置く。

 

 アキラさんが、ソファに沈み込んだ。

 

「いやー、ほんとありがとう、昴さん」

 

 くしゃっと笑って、麦茶をぐびっと飲んだ。

 額の汗が、まだ薄く残っている。

 

「いえ」

 

「これからも、よろしく」

 

 俺は、麦茶のコップを両手で持った。

 冷たさが、手のひらにじわっと染みた。

 

「……はい」

 

 アキラさんが、ふぅっと息を吐いて、目を閉じた。

 

 窓の外で、午後の光が少しだけ傾いていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 夜になっていた。

 

 夕飯は、適当に済ませた。

 

 アキラさんが、ふっと時計を見上げた。

 

「あー、そろそろ配信の時間だわー」

 

「今日、和太郎ですか」

 

「うん。久しぶりに、ソロでゲームやろうかなって」

 

「了解です」

 

「昴さんは?」

 

「俺は、紗雪の次の配信準備しときます」

 

「お疲れさまー」

 

「あ、でも。そうだ、アキラさん」

 

「うん?」

 

「配信、最初から隣で観ててもいいですか?」

 

「ん?」

 

「配信ソフトの操作とか、和太郎さん凄くスムーズじゃないですか。あれ、参考にしたくって」

 

「あ、そういうこと。全然いいよ~」

 

◇ ◇ ◇

 

 二人で、配信部屋に入った。

 

 アキラさんが椅子に座って、ヘッドセットを耳にかけた。

 俺はコップを片手に、隅の壁にもたれた。

 

 モニタに、いつもの待機画面。

 

 ……。

 

 いつぞや、紗雪のソロ配信をアキラさんが、後ろから見ていた朝を思い出した。

 あの時、俺は気づいていなかった。

 

 アキラさんが、こちらに軽く片手を上げた。

 

 マウスのカーソルが、配信スタートのボタンに合わさる。

 

 カチッと、軽い音。

 

『よっ、和太郎だ。今夜もよろしく頼むぜ』

 

 画面の中で、鎧の騎士が走り出している。

 

『鎧、すぐ脱げるんだよなぁ、これ』

 

 アキラさんが、コントローラーを握り直して、背を丸めた。

 ヘッドセットの向こうの、楽しそうな声。

 

 画面で、騎士が槍に貫かれ骨になる。

 ゲームオーバーの効果音と、アキラさんのマウス操作が同時。

 配信ソフトの演出表示が、画面の上にぱっと差し込まれる。

 

『はい、ファースト・ミスーっと』

 

 切り替えも、コメントの拾いも迷いがない。

 いつもと、同じ。

 

 俺はしばらく、その光景を見ていた。

 

 アキラさんが、ステージに戻ったキャラをまた走らせる。

 

『よっしゃ、突破! みんな、ちゃんと観てるか?』

 

 観てる。

 

 俺は、心の中で答えた。

 

 コップを両手で持ち直した。

 

◇ ◇ ◇

 

 画面の中で、鎧の騎士がジャンプして、槍を投げていた。

 和太郎が、いつもの調子で実況している。

 

『なぁ、このゲームな、鎧、すぐ脱げるんだよなぁ』

 

『俺が子供の頃からずっとパンツなんだ。成長しねぇんだよなぁ、この騎士』

 

 リスナーの「www」が画面を流れる。

 

 和太郎は、慎重なステージを抜けて、橋の上に出ていた。

 

 その時

 

 コメント欄に、見慣れない名前が流れた。

 

『パルサー@れとろ民:初見です。このゲーム懐かしいですね』

 

 ガタンッ。

 

 ……!?

 

 アキラさんが、椅子から、立ち上がりかけていた。

 

 目を見開いて、画面を見ていた。

 信じられないものでも、見るような顔。

 

 同時に画面で、鎧の騎士が、何かに被弾した。

 鎧が、弾け飛んで、パンツ一丁になった。

 

 和太郎の声が、一瞬、消えていた。

 

『あ、——ちょ、ちょっと待った。ボタン押し間違えたわ』

 

 和太郎が、笑い始めた。

 

『あ、いやな、これな、パンツになるのが宿命なんだ。しょうがねぇんだよ』

 

『次行くぞ、次次次』

 

 いつもより、ほんの少しだけ、早口だった。

 

 リスナーの画面に、「www」「またパンツw」「鎧くん成長しないなー」が、流れていく。

 

 ……。

 

(……何が、あった?)

 

 画面と、アキラさんの背中と、それから、和太郎の声と、

 全部、見ていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 配信は、続いていた。

 

 和太郎が、鎧の騎士をジャンプさせて、橋を渡り終えていた。

 リスナーが、また「www」を流している。

 

 俺は、視線を、画面に戻した。

 

 ……?

 

 コメント欄の名前に、「パルサー」と表示されていた。

 

 さっきの「@れとろ民」が消えていた。

 

 いつ消えたのか、分からなかった。

 

『よし、次のステージだ』

 

 和太郎の声が、続いていた。

 

 いつも通りの、饒舌。

 

 でも。

 

 ……。

 

◇ ◇ ◇

 

 配信終了の挨拶が聞こえた。

 

『今日もありがとうな。また次回』

 

 ボイチェン越しの声が、消える。

 

 アキラさんが、ヘッドセットを外した。

 

 ……。

 

 アキラさんが、デスクに座ったまま画面を見つめている。

 

 画面に映っているのは、配信のコメントログ。

 

 その中の「パルサー」だけが、表示の中に残っていた。

 

 マウスホイール上の指が、止まっている。

 

 動いていない。

 

「アキラさん」

 

 声をかけた。

 

 アキラさんの肩が、ふっと跳ねた。

 

「あ、——昴さん」

 

 画面から、ぱっと視線を逸らした。

 

「お疲れさまでした」

 

「うん、お疲れさまー」

 

 アキラさんが、椅子から立ち上がって笑った。

 いつもの笑顔。

 

「……あの」

 

「うん?」

 

「なんか、いつもと違いました?」

 

 言ってから、自分でも何を聞きたかったのか、分からなくなった。

 

「えー、別に、何もないよー?」

 

 アキラさんが、首を軽く傾げた。

 

「ぜんぜん、大丈夫ー」

 

 アキラさんが、ふっと笑った。

 

「ちょっと、シャワー浴びてくるねー。お疲れさま」

 

「お疲れさまでした」

 

 アキラさんが、配信部屋を出ていった。

 

 脱衣所の方で、扉が閉まる音がした。

 

 俺は、隅に置いた、自分のコップを見た。

 

 半分、麦茶が残っている。

 

 画面の「パルサー」も、まだ表示されたまま。

 

 俺は、扉をそっと閉じた。

 

 仕事部屋に戻った。

 

 窓の外で、夜の音が、薄く流れていた。

 

(……)

 

 俺は、コップに麦茶を注ぎ足した。

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