3D彼女♂とレトロ彼氏♀ ~男女あべこべVTuber、中の人ごと好きになる~   作:式守 芽衣

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第14話 同じステージに立てたら

「……寝てないです」

 

「あ、よかったー。今日の紗雪(さゆき)ちゃんの配信、どうだった?」

 

 暗闇の中、アキラさんの声が近かった。開けた引き戸の向こうから、こっちを覗いているらしい。

 

「……まあまあ、ですかね」

 

「まあまあかー。私はけっこう良かったんだよねー。なんか今日サクサクいけちゃって」

 

「コメント欄、キレてるって盛り上がってましたよ」

 

「見てくれてたんだ。えへへ」

 

 虫の声が、窓の外で鳴っていた。暗い天井を見ている。アキラさんの顔は見えない。

 

「ねえ、(すばる)さん」

 

「はい」

 

「昨日のさ」

 

 心臓が、一つ跳ねた。

 

「ちょっと乱暴だったかなって。言い方」

 

「……」

 

「言ったこと自体は後悔してないんだけどね。ほんとのことだし。でも、振り回しちゃってるよね。ごめんね」

 

「いえ……」

 

「だからさ、ちゃんと話すね。ちゃんとっていうか、経緯? どうしてそうなったか、みたいなの」

 

 布団の中で、指が握りこまれていた。

 

「最初からさ、ちょっといいなとは思ってたんだよね」

 

「……え」

 

「紗雪ちゃんと初めて話したとき、声が綺麗だなって。それはほんとにただの印象なんだけど」

 

 アキラさんの声が、暗闇の中をゆっくり流れてくる。

 

「一緒に住み始めてさ、なんか、昴さんって気づいたら色々やってくれてるじゃん。コーヒーとか、洗い物とか」

 

「……それは、普通のことですよ」

 

「うん。でもさ。……あ、これだと都合のいい人みたいだね。違うの。なんだろ、昴さんといると自分のまんまでいられるっていうか。お互い秘密知ってるからってのもあるんだろうけど、それだけじゃなくて」

 

 声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「きっかけはさ、配信してる様子を生で見たとき」

 

「配信……」

 

「うん。すごく生き生きしてた。生声オネエとか言っちゃったけど」

 

 (……あの時の)

 

 顔が熱くなった。忘れてほしい。

 

 アキラさんが、ふふっと笑った。暗闇の中で笑い声だけが揺れる。

 

紗雪(さゆき)ちゃんを通して、昴さんが見えたの。上手く言えないんだけど、大好きな紗雪ちゃんが昴さんと重なって見えて。なんだろな。好きって思った」

 

 天井を見ていた。目が、暗闇に慣れてきていた。でもアキラさんの顔は見えない。引き戸の向こうにいる。

 

「でもさ、決め手はあの話だった」

 

「あの話?」

 

「れとろの話。昴さんが言ってくれたじゃん。れとろは和太郎(わたろう)で生きてるって」

 

 あの夜のことだった。アキラさんが焔れとろの全部を話してくれた、あの晩の続き。

 

「あれ聞いたとき。ああ、この人だって思った」

 

 アキラさんの声が止まった。虫の声だけが残った。

 

「……だから、昴さんのことも、知りたい」

 

「……」

 

「VTuber同士としてはさ、お互い知ってるじゃん。紗雪ちゃんのことも、和太郎のことも。でも、それだけじゃなくて。中の人のことも、全部」

 

 暗闇の中で、アキラさんの声が少しだけ小さくなった。

 

「……私のことも、知ってほしい。欲張りなんだよ、私」

 

 指先が、布団の端を握っていた。

 

 知りたい。知ってほしい。

 

 その言葉が、暗闇の中で反響していた。

 

◇ ◇ ◇

 

「……俺も、少し話していいですか」

 

「うん」

 

 天井を見たまま、口を開いた。言葉が、ゆっくりしか出てこなかった。

 

「……ちょっと、行き詰まってた時期があって」

 

「うん」

 

「何もかも上手くいかなくて。仕事も、生活も。……それで、なんか、新しいことやりたくて」

 

 アキラさんは、何も言わなかった。ただ聞いていた。

 

「そのとき、和太郎さんの配信を見つけたんです」

 

「……え」

 

「最初はただのリスナーでした。たまたま流れてきて、見てみたら、面白くて。レトロゲーを、すごく楽しそうにやってて」

 

「……」

 

「毎回見てました。仕事が終わって、ごはん食べて、和太郎さんの配信見て寝る。それだけで、なんとなく、大丈夫だったんです」

 

 言葉が途切れた。少しだけ、間が空いた。

 

「そのうち、自分でも同じゲームやってみたりして。和太郎さんがやってたやつ」

 

「……」

 

「で、もうちょっと元気になってきたら、自分でも配信やってみたいなって思ったんです。特に何か伝えたいこととか、なかったんですけど」

 

「それで、美少女?」

 

「……なんか、ああいう技術がすごいなって思って。ボイチェンとか、トラッキングとか。せっかくやるなら、そういう挑戦してみたかったんです」

 

「昴さんらしいねぇ」

 

「まさか和太郎さんも逆だとは思ってなかったですけど」

 

「あっはっは。お互い様だよねぇ」

 

 天井の暗闇に向かって、声を出した。

 

「……とにかく、同じステージに立てたら……って思ったんです。和太郎さんに、もらったものを。俺も、誰かに、渡せるんじゃないかって」

 

 隣の部屋から、何も聞こえなかった。

 

 息の音すら、なかった。

 

「……それで、紗雪を始めました」

 

 長い沈黙だった。虫の声が、遠くで鳴っていた。

 

「……行き詰まってた、かぁ」

 

 アキラさんが、静かに繰り返した。

 

「……聞かせてくれて、ありがと。こういう話聞けるの、嬉しい」

 

 少しの間があった。

 

「……もっと、教えてね。いつか」

 

 俺は天井を見ていた。話したいことが、まだ胸の奥にあった。でも言葉が、そこから先に進まなかった。

 

 窓の外で、風が少しだけ鳴った。

 

 暗闇の中に、アキラさんの呼吸が聞こえていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アキラさんの配信用ヘッドホンのイヤーパッドがへたってきたので、買い出しに出た。

 

 六月の終わり。曇り空の下、駅前の電気屋に向かう。アキラさんが半歩前を歩いている。

 

 ボーダーのカットソーにデニムのワイドパンツ、白いスニーカー。髪をざっくりひとつに束ねている。

 

「ねー、ヘッドホンってさ、どれがいいの? 種類多くない?」

 

「アキラさんの場合、自分の声を聞きながら配信するんで、密閉型のほうが——」

 

「ん、ちょっと待って。密閉型と開放型で何が違うの?」

 

「密閉型は音漏れしないんで、マイクに被らないんですよ。開放型は音がいいけど漏れるので」

 

「へぇー。じゃあ密閉型にしよ」

 

 電気屋のヘッドホンコーナーで、二人で棚を覗き込んだ。アキラさんが試聴用のヘッドホンを手に取って、耳に当てている。

 

「あ、アキラさん、それだとイヤーパッドの素材が合わないかもしれないです。こっちのほうが——」

 

「あ、ほんとだ。ありがと」

 

 ——アキラさん。

 

 いつからだろう。外でも、名前を呼ぶのに迷わなくなっていた。

 

 店を出て、コンビニに寄った。アキラさんが炭酸水を二本持ってレジに向かう。

 

「あ、俺の分もですか」

 

(すばる)さんいつも気づいたら補充してくれてるじゃん、いろいろ。たまには私が」

 

 ぬるい風が吹いていた。住宅街の道を並んで歩く。コンビニ袋が膝のあたりで揺れていた。

 

「なんか、夏の匂いしてきたね」

 

◇ ◇ ◇

 

 数日後。

 

 夜。配信を終えて、それぞれの部屋に引っ込んだ。

 

 お互いの部屋を隔てる引き戸は、もう閉めなくなっていた。ここ数日、夜になると開いている。どちらが開けるでもなく、ただ開いている。

 

「ねー、昴さん」

 

「はい」

 

「今日さー、会社の先輩がお弁当のおかず分けてくれたんだけど、唐揚げにレモンかけてあってさ。私レモン派じゃないのに」

 

「……大変でしたね」

 

「大変だった。でも美味しかった。悔しい」

 

 暗闇の中で、アキラさんの笑い声が聞こえた。遠くの車の音と混ざって、天井に消えていく。

 

「あとさ、なんか最近、会社がちょっとバタバタしてるんだよね」

 

「何かあったんですか」

 

「んー、上の人たちが会議室にこもってることが増えてて。別の部署もなんか慌ただしいし。大きい仕事が来そうな雰囲気はあるんだけど、下っ端にはまだ何も降りてこないっていう」

 

「……そういう時期ってありますよね」

 

「ねー。まあ降りてきたら降りてきたで忙しくなるんだろうけどさ。今のうちにおはVストック作っとこうかなー」

 

 何でもない話を、毎晩している。配信のこと。会社のこと。夕飯の残りのこと。

 

 話題が尽きても、沈黙が気まずくない。暗闇に二人の呼吸が並んでいるだけで、それでいい夜が続いていた。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「この前の話の、続きなんですけど」

 

 アキラさんが、少しだけ黙った。

 

「うん」

 

 待っていた、という声だった。でも催促の音ではなかった。

 

「行き詰まってた時期のこと、もう少しだけ」

 

「うん。聞かせて」

 

 天井を見たまま、口を開いた。

 

「……この部屋に越してきたとき、ちょうどどん底でした」

 

「うん」

 

「それにしてもさ、一人で2DKって思い切ったよね。何があったの?」

 

 アキラさんが不思議そうに尋ねる。

 

「……人と一緒に住む予定だったんです。二人で住むつもりで、契約して、敷金も礼金も払って」

 

「……え、それって」

 

「でも、いろいろあって。結局、一人で住むことになりました」

 

 言葉が、そこで一度止まった。暗闇の中で、自分の呼吸の音が聞こえた。

 

「……つまり?」

 

「……裏切られたんです、当時付き合ってた人に」

 

 長い沈黙だった。

 

 遠くの車の音すら、消えた気がした。

 

「……むーーーーーーーー」

 

 暗闇の向こうから、低い声が聞こえた。

 

「……昴さん?」

 

 暗闇の中に、ぼんやりと光が灯った。

 

 引き戸の向こうから、アキラさんがスマホのライトを自分の顔の下から当てていた。不機嫌な目が、白い光に浮かび上がっている。

 

「ひっ——」

 

「告ってきた女に元カノの話する? 普通。デリカシーって知ってる!?」

 

「……って、この部屋のこと聞いたの私か。ごめん、藪蛇つっついた。」

 

 こくこくと頷く。暗闇では伝わったかどうか、わからない。

 

「でもなぁ……そういう誠実で真面目なところも含めて、好きになっちゃったんだもんなぁ」

 

 『好きになっちゃった』。二度目だった。あの夜と、同じ言葉。でも——重さが、違った。

 

「……ただ、もし、その、そうなったとして」

 

 声が、自分でも驚くくらい小さかった。

 

「……ん? 『そうなったとして』? それって、希望あるってこと?」

 

「いや、あの、そういう意味じゃ——」

 

「ふふ。続けて?」

 

「……アキラさんはここで一緒に住むのは、イヤじゃないですか? 過去のこと、なんですが。これを隠しておくのは、それこそ裏切りのような気がして」

 

「え、気にするわけないじゃん。元カノと住む前に別れたんでしょ?」

 

 アキラさんの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「……裏切り、ねぇ。昴さんらしいなぁ、そういうとこ」

 

「でもさあ、隠しといてよかったのにー」

 

 アキラさんが、ふっと息を吐くように笑った。

 

「……」

 

「ま、いいか。それにしても物わかりのいい女だよねー私。いい物件じゃない?」

 

「……物件」

 

「あっはっは。でもほんとに」

 

 暗闇の中で、アキラさんの声が少しだけ明るくなった。

 

「私としてはここで昴さんと住みたい。それでいいの」

 

「……あ、ついでに告白の返事もそのうちよろしくね。ついでに」

 

 指先が、布団の端を握っていた。

 

 返事は、まだ出なかった。でも、胸の奥で何かが、少しだけ動いた気がした。

 

 窓の外で、風が鳴っていた。

 

 暗闇の中に、いつもの夜が流れていた。

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