3D彼女♂とレトロ彼氏♀ ~男女あべこべVTuber、中の人ごと好きになる~   作:式守 芽衣

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第15話 消せなかったんだよね

紗雪(さゆき)ちゃん、今日ピンチヒッターお願いできない?」

 

 配信3時間前だった。レトロゲーナイトのゲストが急病で欠席。穴が空いた。

 

「えっ、今日!?」

 

「うん。何やるかも決まってないんだけど、とりあえず来てくれると助かる」

 

 アキラさんが配信部屋のドアの前で手を合わせている。断る理由はなかった。

 

「……わかりました」

 

「やったー! あ、ちなみに今回は対戦格闘ゲームね。あの、金髪の軍人とか手足が伸びるインド人が出てくるやつ」

 

「……あれですか」

 

「あれ。いいでしょ、盛り上がるし」

 

◇ ◇ ◇

 

『レトロゲーナイト、対戦スペシャル! 今日はゲスト欠席のため、急遽紗雪ちゃんに来てもらったぞ。よろしくな!』

 

『ピンチヒッターの、夜空紗雪だよぉ~。今日は、よろしくお願いしまぁす!』

 

 配信が始まった。

 

 和太郎(わたろう)さんが画面の中で笑っている。『今日はなぁ、対戦格闘だ。しかも特別ルール。紗雪ちゃん、今日はタメ口でいこうぜ。対戦に敬語はいらねぇ』

 

『……え、タメ口?』

 

 (……聞いてない)

 

『おう。遠慮してたら面白くないだろ? ガチでかかってこい』

 

 コメント欄が流れた。『タメ口紗雪ちゃん新鮮~』『ぎこちないのかわいい』。

 

 対戦が始まった。

 

『和太郎さん、それはちょっと……あ、えっと、ちょっとずるくない?』

 

『はっはっは! いいぞ、その調子だ。あと呼びタメでいいからな!』

 

 一戦目。負けた。

 

『……もう一回』

 

『いいぜ。何度でもかかってこい』

 

 二戦目。また負けた。三戦目の途中で、和太郎さんが飛び道具を連射し始めた。

 

『んがーっ! 飛び道具連打すんなぁ!』

 

 声が、自分でも思ったより低く出た。

 

『おぉ、こりゃたまんねえなあ! 新しい扉開きそうだ! 紗雪ちゃん、もっとだ! むしろ罵ってくれ!』

 

『うわあ、ドン引き~』

 

 コメント欄が爆笑していた。『和太郎キモいわw』『紗雪ちゃんの新しい一面』。

 

 四戦目。和太郎さんが金髪の軍人で待ち始めた。しゃがんで、こっちが来るのを待っている。

 

『おらぁ、うだうだしてんじゃねえ! さっさとかかってこいやぁ!』

 

 画面の中で金髪の軍人がしゃがんだまま動かない。露骨な挑発。

 

『ミエミエの誘いしてんじゃないのよーっ!』

 

 飛び込んだ。対空技で落とされた。仕方なく距離をとってガードを固める。先に動いたほうの負けだ。

 

『いつまで守りに入ってんだよ! ガードばっか固めやがって!』

 

『そっちこそずっと待ってるだけじゃん! 全部こっちに来させる気でしょ!』

 

 五戦目。手足が伸びるインド人で間合いをとる。遠距離からちくちく刺していく。

 

『逃げんな! 正面から向き合え!』

 

『正面から来られたら避けらんないだろ! こっちはリーチで勝負してんの!』

 

 ボイチェンの音が割れ始めていた。叫ぶたびに、機械が追いつかなくなっている。甲高い電子音が混ざった声が、自分でもわかるくらい耳障りだった。

 

 六戦目。緑色の獣人に変えた。近づいてきたら電気を流す。触れられない。壁。

 

『びりびりすんなぁ! 近づけないだろうが!』

 

『近づいてくるから悪いんでしょ! デリカシーって知ってる!?』

 

『そりゃこっちのセリフだぞぉ!?』

 

 コメント欄が湧いていた。『イミフwww』『痴話喧嘩にすら見えてきたwww』。

 

 七戦目。和太郎さんが白い道着の空手家に切り替えた。回転しながら突っ込んでくる蹴り技。画面の中でくるくると回る。

 

『うわ、何その技! くるくる回んな!!』

 

『男のロマンだぜ、竜巻はなぁ!』

 

 回転蹴りが当たった。吹っ飛ばされた。

 

『そりゃないだろ! 次こそブチ倒す!』

 

『くっそ! 和太郎ぉぉお!!』

 

 七戦目。お互いキャラを変えた。俺はチャイナ服の女性格闘家。和太郎さんが選んだのは、まわし一丁の大男だった。

 

 突進してきた。掴まれた。

 

 画面の中で、大男が俺のキャラを抱え込んだ。圧倒的な力で締め上げて、離さない。体力がみるみる削れていく。

 

 ——K.O.

 

 『抱きしめて倒したwww』『マシンが悲鳴あげてるw』

 

『……っしゃあ!!』

 

 和太郎さんの、腹の底から出る声。勝利の雄叫び。

 

 コメント欄が走っていた。『ボイチェン限界で草』『さん付け消えたwww』『バ美肉隠すつもりすらなくなったwww』

 

『……くっそ。めちゃくちゃ悔しい。けど……楽しかった』

 

 『これがブラックさゆきちか』『むしろこっちの方が好きまである』『歴代レトロゲーナイトで一番熱いんだがw』

 

『がっはっは! 今日はここまで! 紗雪ちゃん、ピンチヒッターありがとなー! みんなもおつかれー! また来てくれよなー!』

 

『……おつかれーっ! 次は、絶対勝つ!』

 

◇ ◇ ◇

 

 ヘッドセットを外した。耳の裏が汗ばんでいた。Tシャツの背中が、べたりと貼りついている。

 

 配信部屋を出ると、アキラさんが廊下に立っていた。同じように額に汗が浮いている。

 

 目が合った。

 

 手が、出ていた。

 

 アキラさんの手が、俺の手を掴んだ。強く。無言で。

 

 離すタイミングが、分からなかった。

 

 数秒。手の中に、アキラさんの体温があった。

 

「……何やってんだろうね、私たち」

 

「ほんとだよ」

 

「……ぷっ」

 

「あっはっはっはっはは!!」

 

 堰が切れたみたいに、止まらなくなった。廊下にしゃがみ込んで、壁に背中をつけて、二人で笑っていた。

 

「はー……」

 

 アキラさんが目尻を拭いた。

 

「ブラック紗雪、伝説になっちゃったね」

 

「……黒歴史だ」

 

「でもさ、黒歴史も悪くないよ」

 

「……説得力ありすぎる」

 

 アキラさんが、少しだけ静かに笑った。

 

「はー、シャワー先浴びてきていい?」

 

「いってらっしゃい」

 

 シャワーの音が、浴室から聞こえていた。俺は廊下に座ったまま、天井を見ていた。

 

 手のひらに、まだアキラさんの体温が残っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 アキラさんがシャワーから出てきた。髪を拭きながら、俺のほうを見た。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「今日さ、おふとん並べて寝ない?」

 

 タオルで髪を拭く手が止まらないまま、なんでもないことみたいに言った。

 

 返事が、出なかった。

 

 アキラさんは待たなかった。もう自分の部屋に向かっている。

 

「修学旅行みたいなノリでさ、いろいろ話したいなって」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 隣の部屋から、何かが擦れる音がした。

 

 引き戸ががたんと開いた。アキラさんが布団ごとこっちに滑り込んできた。

 

 敷布団を敷いたまま、床の上をずりずりと引きずっている。

 

「よいしょ、よいしょ……」

 

 俺の布団の隣まで来て、位置を整えた。枕と掛け布団は引き戸の向こうから手を伸ばして回収している。手慣れていた。

 

「よし」

 

 掛け布団を広げて、枕を置いた。

 

「ねぇ、頭どっち向き?」

 

「……どっちでも」

 

「じゃあこっち。窓側だとカーテンの隙間から光入るかもだから」

 

 俺は突っ立ったまま、並んだ布団を見下ろしていた。

 

「……手伝おうか?」

 

「大丈夫! もう完成!」

 

 並んだ布団を見下ろして、満足そうに頷いた。

 

「へへ。おふとん並べた」

 

(……ほんとに来たなぁ)

 

 アキラさんが髪の毛を片手でくいっと持ち上げた。

 

「あ、ツインテールにしとく?」

 

 ——いたずらっぽい顔でこちらを見つめてくる。

 

「……勘弁してください」

 

「あっはは! だよねー」

 

 髪を下ろして、電気のスイッチに手を伸ばした。

 

「消すよー」

 

「はーい」

 

 ぱちん。

 

 真っ暗になった。

 

 布団を二枚並べると、六畳の仕事部屋がだいぶ狭かった。

 

 布団に入った。隣で、アキラさんも潜り込む音がした。

 

「修学旅行って、こういうのだよねー。消灯後にひそひそ喋るやつ」

 

「……まあ」

 

(すばる)さん、修学旅行のとき夜更かしした?」

 

「自分から夜更かしはしなかったけど……友達に巻き込まれて結局朝まで起きてた気がする」

 

「あはは! やっぱりー。昴さんそういうとこあるよね」

 

「……どういうとこ」

 

「巻き込まれるの上手いとこ」

 

 暗闇の中で、アキラさんが笑った。布団がかさかさと鳴った。

 

「私ねー、朝まで起きてた。友達と枕投げして先生に怒られて、でもまた喋って、気づいたら窓が白くなってたもん」

 

「……なんか目に浮かぶなぁ」

 

「青春の思い出ってやつ。ねえ、どこ行った? 修学旅行」

 

「横浜」

 

「へぇー、横浜。いいな。……あれ、昴さんってどこ出身?」

 

「……長野」

 

「え、知らなかった! 長野!? じゃあ修学旅行で東京とか行くタイプ?」

 

「まあ……首都圏ってだけで盛り上がってた」

 

「あはは! 私、京都。鹿にせんべい取られてさ——あ、それ奈良か」

 

「奈良も行ったんだ」

 

「だよねぇ。もう記憶ごちゃごちゃ。あ、でも生八つ橋は覚えてる。ニッキのやつ、めちゃくちゃ美味しかった」

 

「……わかる。あの皮の食感」

 

「でしょー!?」

 

 くすくす笑う声が、暗闇の中で近い。

 

「いやー、それにしても今日の配信はマジでヤバかったなー!」

 

「……やばかった」

 

「あのさ、コメント欄見てた?」

 

「……それどころじゃなかった」

 

「だよねー。『ボイチェン限界で草』とか流れてたよ」

 

「……やっぱり」

 

「『バ美肉隠すつもりすらなくなった』ってのもあった」

 

「……うわ」

 

「あとね、『痴話喧嘩にしか見えない』ってやつ」

 

「……え」

 

「がっはっは! まあそうなんだけどさー」

 

 布団の上で手足が動く気配がした。暗闇だから見えないけど、たぶん身振りつきで喋っている。

 

「それはともかく紗雪(さゆき)ちゃんさ、格ゲー配信の才能あるよ。あのブチ切れ方、視聴者はたまんないって」

 

「……才能って言うのかなぁ、あれ」

 

「言うよ。ねえ、『歴代レトロゲーナイトで一番熱い』ってコメントあったの。あれマジだと思う」

 

「……あれは和太郎(わたろう)さんの回しがうまかったからだと思います」

 

「えー、謙遜すんなよー。紗雪ちゃんがぶつかってきてくれたから面白くなったんだよ」

 

「……」

 

「ブラック紗雪、定期企画にしない? 月一で」

 

「それは勘弁して」

 

「ケチだなー。……次やるとしたら何の対戦がいい?」

 

「……ブラック紗雪にならない程度の」

 

「落ち物パズルとかどう? 積むの得意でしょ、紗雪ちゃん」

 

「……得意かどうかはわかんないけど」

 

「じゃあ決まり! 落ち物パズル回!」

 

「強引だなあ」

 

 しばらく、天井を見ていた。見えないけど。エアコンの風が頬に触れた。

 

「……でもさ」

 

「うん」

 

「楽しかったよね、今日」

 

「……うん。楽しかった」

 

「あの最後のさ、紗雪ちゃんの『悔しいけど楽しかった』ってやつ。あれめちゃくちゃよかった」

 

「……自分でも何言ってたかあんまり覚えてない」

 

「いひひ」

 

 しばらく、黙っていた。エアコンの音だけが続いている。

 

 暗闇に目が慣れてきていた。天井の輪郭がうっすら見える。

 

 カーテンの端から、街灯の光がわずかに漏れている。

 

 隣のアキラさんの布団の形が、ぼんやりと浮かんでいた。

 

 暗闇の中で、声だけを聴いていた。

 

「……ねえ、さっきブラック紗雪は黒歴史って言ってたじゃん」

 

「……うん」

 

「私にもあるんだよね。見せたいやつ」

 

 隣で、ごそごそと音がした。枕元を探っている。

 

「こないだスマホの写真整理してたら見つけてさ。消せなかったんだよね」

 

 暗闇の中に、四角い光が灯った。

 

 アキラさんが画面をこちらに向けた。

 

 鮮やかなオレンジの髪が、画面の中で燃えるみたいに跳ねていた。大きな琥珀色の目。

 

 レトロゲームのコントローラーを片手に、ピースサインで笑っている。

 

 ——焔れとろ。

 

「折角だから、見せとこうかなって」

 

 スマホの光が、アキラさんの横顔を照らしていた。

 

 画面の中のれとろと、光に浮かぶアキラさんの顔。

 

 和太郎さんの声が、耳の奥に残っている。「がっはっは」と笑う、さっきまでの、あの声。

 

 三つが、重なった。

 

 ――紗雪ちゃんが昴さんと重なって見えて。なんだろな。好きって思った。

 

 あの夜のアキラさんの声が、耳の奥を掠めた。

 

「……綺麗だな」

 

 口から出ていた。

 

「でしょー?」

 

 アキラさんがスマホの画面に目を落とした。

 

「この子、可愛いんだよねぇ」

 

「……うん」

 

 スマホの画面が消えた。

 

 暗闇が戻ってきた。目の奥に、さっきの光が残っている。

 

 れとろの笑顔と、アキラさんの横顔。耳の奥に、和太郎さんの声。重なったまま、離れなかった。

 

 布団が小さく擦れた。

 

「……おやすみ」

 

 アキラさんの声だった。小さくて、少しだけ掠れていた。

 

「……おやすみ」

 

 目を閉じた。

 

◇ ◇ ◇

 

 目が覚めた。

 

 カーテンの隙間から白い光が差している。エアコンは止まっていた。部屋の空気が少しだけ温い。

 

 隣の布団で、アキラさんが丸くなっている。掛け布団から肩が出ていた。枕が少しだけこちらにずれている。

 

 天井を見ていた。昨日と同じ天井だった。

 

 布団がもそっと動いた。

 

「んー……おはよー」

 

 目を半分開けて、こっちを見ている。くしゃくしゃの髪。

 

「……おはよう」

 

 アキラさんが、少しだけ目を細めた。何か言いかけて、やめた。

 

「コーヒー淹れるねー」

 

 むくりと起き上がって、スリッパを引っかけた。ぱたぱたと廊下を歩いていく音が遠ざかった。

 

 台所で、水を流す音がした。

 

 俺は布団の上に座ったまま、しばらく動けなかった。

 

 コーヒーの匂いが、廊下の向こうからゆっくり漂ってきた。

 

 立ち上がった。

 

 リビングのテーブルに、マグカップが二つ並んでいた。

 

「はい、ブラック」

 

「……ありがとう」

 

 ソファに隣り合って座った。コーヒーを一口。苦い。いつもの朝だった。

 

 アキラさんがスマホを開いた。コーヒーを飲みながら、昨夜の配信のお礼ポストについたリプを見ている。

 

「ふふ、ブラック紗雪でもちきりだよ……あ」

 

 指が止まった。

 

「昨日のゲストさんからリプ来てる。『昨日はすみませんでした! もうすっかり元気です、あとDM送りました!』だって。よかったぁ、元気になったんだ」

 

「……DM?」

 

「ん? あー……通知来てなかった。最近多いんだよねこのバグ」

 

 アキラさんが手早くスマホを操作している。DM一覧に切り替えたらしい。

 

「あ、ほんとだ。ゲストさんからのと……もう一通?」

 

「……」

 

「まぁどうせスパムかなんかでしょ」

 

 軽い調子で、もう一通のほうを開いた。

 

「えーっと……ゲーム文化展示会への出展のご相談? 最新ゲームからレトロゲームまで幅広く……へぇー」

 

 指がスクロールしていく。

 

「VTuberの方々にもご参加いただき……ふんふん……」

 

 指が、止まった。

 

「……って、え!?」

 

「どうしました?」

 

 ゆっくりと、画面をこちらに向けた。ゲーム文化展示会への参加のご相談。本文の末尾に、会社名と担当者名。

 

 アキラさんのコーヒーを持つ手が、止まっていた。

 

「……これ、うちの会社なんだけど」

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