3D彼女♂とレトロ彼氏♀ ~男女あべこべVTuber、中の人ごと好きになる~   作:式守 芽衣

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第18話 いってらっしゃい

 あれから二週間。

 

 アキラさんは日に日に忙しくなった。帰りが遅い日が増えた。

 

 配信は頻度を落としながらも続けている。

 

 会場の設営計画が具体化し、ポスターの色校が出て、当日のオペレーションを詰める会議が毎日入っているらしい。

 

 俺の方は、紗雪の配信をちょいちょいやりつつ、仕事をして、ごはんを作って、アキラさんの分をラップして冷蔵庫に入れている。

 

 展示の素材はとっくに渡してある。たまに頼まれたことを手伝う。

 

 でも基本的にはそれだけだった。

 

 帰りを、待っている。

 

 ——待っている、という言い方は正しくない気がした。

 

 でも他に合う言葉が見つからなかった。

 

 八月初旬の夕暮れ。窓を開けると蝉の声が入ってくる。

 

 リビングのテーブルにアキラさんのマグカップが置きっぱなしになっている。

 

 今朝、慌てて出ていったから洗う暇がなかったんだろう。

 

 スマホを見た。LINEが一件。

 

『今日も遅くなる〜ごめんね! ごはんあったら食べといて!』

 

 ——分かっている。忙しいのは当然だ。応援したい。嬉しいことだと思う。

 

 分かっているのに、部屋が静かだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 玄関のドアが開いたのは十時を過ぎていた。

 

「ただいまー……」

 

 いつもより声が小さい。スリッパの音も遅い。

 

「おかえり」

 

 アキラさんがリビングに入ってきた。グレーのリネンシャツに紺のワイドパンツ。

 

 髪がひとつに束ねてあって、後れ毛が首に貼りついている。暑い中を歩いてきたんだろう。

 

 俺の顔を見て——苦笑した。

 

「……ただいま。ほんとにただいまだ。訳すとリアル・ジャスト・ナウ?」

 

「……おかえり。ごはん食べた?」

 

「……食べてない」

 

「作り置きあるから温めるよ。豚しゃぶと、なすの煮浸し」

 

「……天才。養って」

 

 ソファに座り込んだ。靴下を脱いで足を投げ出す。力が抜けている。

 

 冷蔵庫からおかずを出して、レンジに入れた。チンと鳴る間に麦茶を注いだ。

 

「ありがと……」

 

 食べ始めた。箸が遅い。疲れているのに、ちゃんと「おいしい」と言った。

 

(すばる)さん、今日何してたの?」

 

「いつも通り。仕事して、紗雪の配信ちょっとやって」

 

「あ、配信あったの? 見たかったなー。アーカイブ残してある?」

 

「勿論、残してある」

 

「あとで見る……」

 

 目が半分閉じている。箸を動かしながらうとうとしかけている。

 

「……寝た方がいいんじゃ」

 

「んー……もうちょっと起きてる……」

 

 起きていたいらしい。目をこすりながら、今日の出来事を話し始めた。

 

「ポスター、三回やり直しになってさ」

 

「三回」

 

「でもね、最終版めちゃくちゃ良くって。和太郎(わたろう)ブースの案内ポスター、実機の写真がどーんと載ってるの。ハイパーナゲットさんが貸してくれたやつ」

 

「……見たい」

 

「来たら見れるよ。あ、そうだ——会場のレイアウト変わったんだ。ハイパーナゲットさんのコーナーが和太郎ブースの真横になったの。前は通路挟んでたんだけど」

 

「それは、いいな」

 

「でしょ? 田所さんが交渉してくれたの」

 

 楽しそうに話している。疲れているのに話したがる。この時間が、この人にとって何なのか。

 

 ——分かっている。分かっているんだ、頭では。

 

「あとね、当日の動線がまだ決まりきってなくて——」

 

 箸が止まった。目が完全に閉じかけている。

 

「……寝なよ」

 

「……うん」

 

 素直だった。食器をシンクに置いた。

 

 食器を洗った。なすの煮浸しが少し残っている。ラップをかけて冷蔵庫に戻した。

 

 リビングに戻ると、アキラさんがソファに沈み込んでいた。

 

 足を投げ出して、クッションを抱えている。

 

「……まだ足りない」

 

「……足りない? おかわりする?」

 

「ごはんじゃなくて」

 

 怪訝に思いながら、隣に座った。

 

 ——瞬間、倒れ込んできた。半分眠ったまま、肩のあたりに顔を埋めてくる。

 

 くん、と。首元を嗅がれた。

 

「……何してるの」

 

「ひっしゅえいようその、ほきゅう……」

 

「…………え?」

 

「必須栄養素の……補給……」

 

「……栄養素?」

 

 もう一回嗅いだ。鼻先が首筋に触れる。くすぐったい。

 

「あ゛~~~これこれ! 生き返るなぁ!」

 

 和太郎の間合いだった。

 

「……昴さんの匂いも、好きなの」

 

 今度は、素の声だった。

 

「……」

 

「今まで言ってなかったけど。フェロモン?」

 

「…………」

 

「あっ! 身体目当てとかじゃないからね!!」

 

 ——噴き出した。

 

 声に出して笑った。腹が震えた。アキラさんも笑っている。肩越しに振動が伝わってくる。

 

「……これでよければ、いくらでも」

 

 軽く言った。そのつもりだった。

 

 アキラさんが黙った。

 

 一秒。二秒。肩にもたれたまま、呼吸だけが聞こえる。

 

「……じゃあ遠慮なく」

 

 いたずらっぽく笑った気配がした。

 

 また、くんと嗅いだ。首元から鎖骨のあたりに鼻先が移動する。Tシャツの襟ぐりに沿うように。

 

 ——近い。

 

 顔が上がってきた。顎のライン、頬のあたり。息が肌に当たる。

 

 さっきまでの、眠そうな呼吸じゃない。

 

 次第に呼吸が速くなっていく。

 

 少し走ったあとみたいな、浅くて速い息。肩が小さく上下している。

 

 指先が、Tシャツの胸元をつまんだ。引っ張るでもなく、離すでもなく。ただ掴んでいる。

 

「昴さん、もう……」

 

 体重が、じわりとかかってきた。もたれていた肩から、胸のほうに。

 

 ——息を、呑んだ。

 

 心臓が跳ねた。アキラさんの顔だけが近い。

 

 身体が傾いてくる。このまま受け止めるのか。押し返すのか。

 

 ——頭が、真っ白になった。

 

 気づいたら手が動いていた。アキラさんの肩に触れていた。引き寄せようと——

 

 ……すぅ。

 

 ——寝息。

 

 手が、止まった。

 

 アキラさんの頭が、俺の肩に落ちていた。完全に、落ちていた。体重が預けられている。

 

 伸ばしかけた手を、静かに引いた。

 

 肩に、まだ息がかかっている。

 

 心臓がうるさい。顔が熱い。身体の真ん中あたりが、どうしようもなく落ち着かない。

 

 ——寝てる相手に、どうしろっていうんだ。

 

 呼吸を整えようとした。整わない。鎖骨のあたりに鼻先が触れた感触が、まだ残っている。

 

 ……しばらく、そのまま動けなかった。

 

 アキラさんの寝息が、ゆっくりとリビングを満たしていく。規則的で、深くて、安心しきった呼吸。

 

 ——匂い。

 

 和太郎を支える人は、もうたくさんいる。

 

 会社が動いて、コラボが決まって、ファンが応援して。

 

 俺にしかできないことなんて、そうはない。

 

 なのに——この匂いだけは、取りに来た。

 

 こんな単純なもの。でも——俺にしかない。

 

(……そんなんで、良かったのか)

 

 胸のあたりが、ふっと軽くなった。身体はまだ熱いのに、胸だけが軽い。

 

◇ ◇ ◇

 

 アキラさんを起こさないように、ソファから腕を回した。

 

 膝の裏と背中に手を入れて、持ち上げた。——軽い。ちゃんとお昼食べてるのか。

 

 配信部屋の奥、布団が二枚並んでいる。いつもの配置。

 

 ゆっくりと、敷布団の上に下ろした。

 

 掛け布団をかけるとき、近かった。アキラさんの寝顔が、真下にある。

 

 後れ毛が頬に貼りついたままだった。

 

 指が伸びた。髪を払おうとして——やめた。

 

 代わりに、掛け布団の端を整えた。

 

 自分の布団に入った。

 

 和太郎の重大発表配信の夜は眠れなかった。

 

 紗雪(さゆき)として祝福した自分と、もやっとした気分を抱えた自分の間で、ずっと天井を見ていた。

 

 今夜も眠れない。でも——理由が、全然違う。

 

 展示会まで、あと十日ほど。

 

 ——何か、できることあるかな。

 

 浮かんだのはそれだけだった。技術の話じゃない。素材の話でもない。

 

 ただ、あの人の一番いい日を、一番近くで見たい。

 

 ……いや、見たいじゃなくて。

 

 見届けたい、のかもしれない。

 

 目を閉じた。

 

 ——閉じたのに、見える。

 

 がっはっは、と笑う和太郎。スマホの光に照らされた、れとろの笑顔。

 

 初めて会った日、片目をぱちりと閉じた顔。

 

「うぇー」と嫌いなものを食べた子供みたいな渋い顔。

 

 片足パンプスで「まだ余裕あった」と苦笑いした朝。はにかんだ顔。

 

 配信部屋から出てきた満面の笑み。

 

 そして——「もう」と言いかけた瞬間の、潤んだ瞳。

 

 あれだけは、どの顔にも似ていなかった。

 

 全部、同じ人。

 

 さっきまで、俺の肩で眠っていた人。

 

 ……眠れるわけがなかった。

 

 ふと、自分のTシャツの襟を引っ張って、嗅いでみた。

 

 ——くさいのか? 俺。

 

 アキラさんの匂いがした。

 

 ……なおさら眠れなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして展示会当日——。

 

 秋葉原UPXの入口は、八月の日差しと人混みで蒸していた。

 

 一般来場者用のリストバンドを巻いて、中に入った。

 

 正面の大画面ステージから、司会のアナウンスが響いている。

 

『続きまして大画面ステージ! 「グランドクライムVI」先行プレイ実況、まもなくスタートでーす! 出演は——』

 

 歓声。人だかり。有名個人Vの名前が飛び交っている。

 

 来場者の多くがそちらに流れていく。

 

 どんなものか覗いてみたが、人垣が厚くて画面がほとんど見えない。

 

 まあいいか、と足を進めた。

 

 少し奥にVRゾーンがあった。ヘッドセットの試遊コーナーに列ができている。

 

 壁面の大型モニターにソーシャルVR内の映像が流れていた。

 

 VR界隈では活動する二人のVTuber、だんじにっぽんとミセスVRが並んで、来場者にVR空間を案内している。画面の中でわいわいやっている。

 

 ——その後ろに、見覚えのあるアバターが映り込んでいた。

 

 たこ焼き……じゃない。今日はソフトクリームだ。

 

 相変わらずのちとせさんだった。

 

『はーい、目の前のおにーさーん。こっちから見えてるよ~』

 

 スクリーン上のカメラに映った会場の様子が、VR空間に投影されているらしい。ちとせさんがこっちに手を振っている。

 

 ……こっちが紗雪の中身だと気づくはずもない。

 

(……楽しそうだな)

 

 ……今度は何か、自分でも出てみたいな。紗雪として。

 

 そんなことを考えながら画面に手を振った。

 

 会場は広い。ジャンルごとにゾーンが分かれていて、どこからも音が聞こえる。

 

 実機の電子音、笑い声、配信のBGM。

 

 インディーゲームのゾーンで足が止まる。

 

 試遊台に見たことのないドット絵のアクションが映っていて、つい手が伸びた。

 

 思いの外難しい。三面であっさりやられて、コントローラーを置くとき指が少し湿っていた。

 

 歩いていると焼きそばの匂いが流れてきた。

 

 屋台の前のテーブルで、二人連れが焼きそばを分け合っている。

 

 なんとなく目が留まって、なんとなく通り過ぎた。

 

◇ ◇ ◇

 

 和太郎ブースは会場の隅の方にある。

 

 大画面側に比べると静かだけど、足を止めている人たちの表情が明るい。

 

 画面を覗き込んでうなずいたり、小声で「これ知ってる」と話したりしている。

 

 ブースの前で、二人連れがモニターを覗き込んでいた。

 

 小柄で小動物系の可愛さのある女性と、恰幅の良いおじさん。

 

 女性の方がなぜか恥ずかしそうにもじもじしていて、おじさんがそれを温かい目で笑っている。

 

 俺が近づくと、二人は手を繋いで隣のブースに移っていった。

 

 入れ替わりにモニターを覗くと、潜入ゲームのアーカイブが流れていた。

 

 画面の中で段ボール箱がこそこそ移動している。

 

 顔を上げると、和太郎ブースの案内ポスターが目に入った。ハイパーナゲットとのコラボポスター。

 

 実機写真がどーんと載っている。アキラさんが言ってた通りだ。これはいいものだ。

 

 アーカイブ映像が壁面モニターで流れている。

 

 ——紗雪の声が聞こえた。

 

 画面の中で、和太郎と紗雪が笑い合っている。格ゲー回だ。

 

 ブラック紗雪が暴れている。前を通った来場者が「これ面白いな」と足を止めた。

 

 ……しぶしぶ許可した甲斐があったかもしれない。

 

◇ ◇ ◇

 

 スタッフ通路の方に目をやると、アキラさんが女性と話しているのが見えた。

 

 見覚えのない人だった。会社の人だろう。

 

 何か笑い合って、アキラさんが軽く頭を下げた。

 

 それから、こっちに向かって歩き出した。

 

「おまたせー! 休憩もらった!」

 

 スタッフパスを首から下げたまま。白いブラウスに紺のスラックス。仕事着だった。髪はいつもより丁寧にまとめてある。

 

「ブース見た?」

 

「見た。ポスターいいね」

 

「でしょ! 実機写真のインパクトすごいよね」

 

 二人で和太郎ブースの前に立った。アキラさんがPOPの位置を微調整している。

 

 スタッフの顔と、和太郎の中の人の顔が、一瞬で切り替わる。

 

「ごはん行こ。おなかすいた~」

 

 会場の外に出ると、屋台が並んでいた。

 

 カレーとサラダを買って、空いているテーブルに座った。

 

 日差しはテントで遮られているけど、風がぬるい。

 

「VRゾーンすごかった。ちとせさんいたよ」

 

「あー、いそう。見たかったな~」

 

「大画面の方は?」

 

「チラッとだけ見たよ」

 

「もったいなー。結構盛り上がってたのに」

 

「和太郎ブースの方が面白い」

 

「……えへへ」

 

 素で笑った。スタッフモードが一瞬で剥がれる。

 

「ハイパーナゲットの実機コーナー、みんないい顔して遊んでたよ」

 

「ほんと? 嬉しいなぁ。あとね、ポスター写真に撮ってくれてる人いたんだよ」

 

「見た。何人かいた」

 

「うわー、田所さんに報告しよ」

 

「田所さん、来てるの?」

 

「うん、さっき話してた人。田所さんがいると現場の仕切りが安心できるんだよね。お子さんいるのに今日も来てくれてて、旦那さんが見てくれてるんだって」

 

 ——お子さん。旦那さん。

 

「……あ、女性なんだ」

 

「え? 言ってなかったっけ」

 

 なんだろう。少し、拍子抜けした。

 

 アキラさんがカレーを食べながら、ふと大画面ステージの方を見た。

 

 遠くから、歓声が聞こえている。

 

「……れとろだったらさ、あっちに立ちに行こうとしてたかもね」

 

 声が、軽かった。風に乗せるみたいに、さらっと。

 

「和太郎さんのブースがいい。れとろの思いも引き継いでる分、強い」

 

 アキラさんが、スプーンを止めた。

 

 一秒。それから、笑った。

 

「……そっか。ありがと」

 

 その笑い方は、和太郎でもなかったし、配信後のテンションでもなかった。

 

 目が少しやわらいで、口元だけが緩んでいる。ただ、嬉しそうだった。

 

 カレーを食べ終えて、トレイを片付けた。会場に戻る途中、アキラさんがスマホで時間を確認した。

 

「そろそろ戻らないと。——ゆっくり見てってね」

 

「行ってらっしゃい」

 

 軽く言った。アキラさんがぶんぶんと手を振って、スタッフ用の通路に消えていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 一人で和太郎ブースに戻った。

 

 さっきと同じ場所に立った。アーカイブ映像が流れている。

 

 紗雪の声がまた聞こえる。画面の中の自分たち。

 

 推しゲー紹介のPOPが並んでいる。

 

 レトロゲー好きの個人Vが一枚ずつ書いたもので、和太郎のカードはブース代表として一番上に掲げてあった。

 

 他のVのカードも一枚ずつ読んだ。

 

 選んでいるゲームも語り口もバラバラで、でもどれも熱い。つい読み込んでしまう。

 

「お、これ懐かしいな」

 

 隣にいた親子連れの父親が、POPを指さして笑っていた。男の子が「どれどれ?」と背伸びしている。

 

 ハイパーナゲットの実機コーナーに移動した。ファミコンの実機を触った。ブラウン管の画面が眩しい。

 

 初期コントローラーの角ばった感触が指に馴染む。

 

 二面をクリアしたところで、隣で順番を待っていた女性に話しかけられた。

 

「実機触れるの、ほんと貴重ですよね。令和にこの体験ができる場所ってなかなかないので」

 

 ——丁寧な話し方の、穏やかな女性だった。

 

「……ですね」

 

「和太郎さんのセレクトがまたいいんですよ。渋いんですけど、ちゃんと理由があるっていうか——あっ、すみません、語りすぎですよね。再生リスト全部入れてるくらいには好きなんです。推しなので!」

 

 ——最後だけ、急にテンションが上がった。熱い人だ。

 

 目の前では、スタッフとしてブース間を行き来するアキラさんの背中がときどき見える。

 

 忙しそうだった。でも動きに迷いがない。

 

 翻って、俺はスタッフでもない。出展者でもない。ただの客。

 

 ——でも、それでいい。見たかったものは、見れている。

 

◇ ◇ ◇

 

 閉場のアナウンスが流れた。来場者が出口に向かっていく。

 

 アキラさんが小走りでこっちに来た。額に汗が光っている。

 

「おつかれさま。楽しかった?」

 

「楽しかった」

 

「よかったー。——あのね、打ち上げ行ってくるね。会社の方の。夕飯はそっちで済ませちゃうから、先に食べてて」

 

「行ってらっしゃい」

 

 さっきと同じ言葉のはずだった。でも、少しだけ声が柔らかくなっていた気がする。

 

 アキラさんが、一瞬だけ目を見開いた。

 

「……うん。行ってきます」

 

 和太郎と同じサムズアップが、さっきの屋台の笑顔に重なった。

 

 同じ人の、同じ手なのに。

 

 笑って、スタッフ通路に走っていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 秋葉原の夜は、まだ暑かった。

 

 帰宅して、静かな部屋。エアコンをつけた。

 

 冷蔵庫から麦茶を出して、一杯注いだ。冷たい。うまい。

 

 ……ふう。

 

 ソファに座った。スマホを開いた。

 

 SNSのイベントハッシュタグで、来場者の写真が上がり始めている。

 

 ブースの前で撮った写真。実機で遊んでいる写真。あのポスター。

 

 ——あの場所に、和太郎・れとろ(アキラさん)の全部があった。

 

 しばらく写真を眺めていた。テレビはつけなかった。

 

 エアコンの音だけが鳴っている。

 

 静かだった。でも、嫌じゃなかった。

 

 今日は、いい一日だったと思う。

 

(……いい、一日だった)

 

 ——玄関の外から、階段を上がる足音が聞こえた。カンカン、と軽い音。

 

 アキラさんはまだ打ち上げのはずだけど。隣の部屋か?

 

 玄関ドアの開く音。

 

 早い。思ったより、ずっと早い。

 

「ただいまー! 1次会だけで帰ってきちゃった」

 

 靴を蹴るように脱ぐ音。スリッパがぱたぱた近づいてくる。

 

 がさり、とコンビニ袋の音がした。

 

「……おかえり。早かったね」

 

「えっとね——」

 

 リビングに入ってきたアキラさんが、コンビニ袋を持ち上げた。チューハイとつまみが覗いている。

 

「……うちらだけの、打ち上げしよ?」

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