3D彼女♂とレトロ彼氏♀ ~男女あべこべVTuber、中の人ごと好きになる~   作:式守 芽衣

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第3話 ただいま

「電源タップ、足りなくないですか」

 

 和太郎(わたろう)さんのゲーミングノートがデスクに居座ってから数日。コンセントが埋まって、俺の機材と取り合いになっている。

 

「あー、確かに。PCとレトロゲーの実機で2個使っちゃってるもんね」

 

「買い足しましょうか。ついでに結束バンドも欲しくて」

 

「じゃあ一緒に行く? ここの近くにホームセンターあったよね」

 

 配信のない日の昼下がり。和太郎さんはコラボ告知の画像を作りに来ていた。

 

 いつものソロ配信じゃない、コラボのための凝った作業は、さすがにスマホでは難しいらしい。

 

 紗雪(さゆき)でも和太郎でもない、素の時間。

 

 外に出る。

 

 4月も終わりの風がぬるい。和太郎さんはボーダーのカットソーに肩紐のついたベージュのワイドパンツ、白いスニーカー。

 

 裾が広くて、歩くたびにふわりと揺れる。

 

 住宅街の路地を並んで歩く。和太郎さんの歩幅は意外と大きい。少し早歩きで、俺が半歩遅れる。

 

「ここ曲がるんだっけ」

 

「あ、はい。この先です」

 

 ホームセンターの自動ドアが開く。

 

◇ ◇ ◇

 

 電材コーナー。和太郎さんが電源タップを手に取って、差し込み口の数を数えている。

 

「6個口で足りる?」

 

「いや、10個口の方が——和太郎さ——」

 

 口を押さえた。

 

 声が、出かけた。店内に他の客がいる。今の、聞こえたかもしれない。

 

「……ッ」

 

 和太郎さんがこちらを見た。一瞬の沈黙。

 

 それから——ふっ、と口の端が上がった。

 

「危なかったね? (すばる)さん?」

 

 ——昴さん。

 

 あの喫茶店で一度だけ交わした、本名。それをさらっと使ってみせた。

 

 いたずらっ子の笑みではない。室内の和太郎さんとも違う。外の世界で、さらりとリードする顔。

 

「……水野(みずの)、さん」

 

 絞り出した。それ以外の選択肢が見つからない。

 

「え~、アキラでいいのに」

 

 ——無理だ。下の名前は、無理。

 

「…………」

 

「あはは、昴さん固まってるし」

 

 和太郎さんが電源タップを棚に戻して、結束バンドの棚に移った。こっちの動揺をよそに、買い物は続く。

 

 それ以上、お互い名前の話はしなかった。レジを済ませて、外に出る。

 

◇ ◇ ◇

 

 夕方の住宅街。ホームセンターの袋を提げて、行きと同じ道を戻る。

 

 横並びで歩く。俺の右側に和太郎さん。信号待ちで隣に立つと、肩紐が視界に入る距離。

 

「そもそもさ」

 

 和太郎さんが、歩きながら言った。

 

「『しょうわ・たろう』って呼ばれがちなんだよね、初見の人に」

 

「あー……確かに、素直に読むとそうなりますね」

 

「安直に決めた私が悪いんだけどさ。VTuber名って難しいよね。ひらがな・カタカナ多い方がいいとか、検索で引っかかりやすい名前がいいとか、後から色々知ってさ」

 

「何が正解かはわかんないですけどね……。紗雪も最初、似た名前の人がいて検索に埋もれて」

 

「あるある。あと難しい漢字つけて、コラボ相手が読めなくて気まずくなるやつ」

 

「SNSで名前変換できなくて、ファンアートのタグが表記揺れだらけとか」

 

「ね。——それでいくと紗雪ちゃんは覚えやすくていいよ。夜空紗雪。語感がいい」

 

「ありがとうございます。和太郎さんも、一回聞いたら忘れないですよ。昭 和太郎(あきら わたろう)

 

「でしょ? インパクトはあるんだよ。読みさえ間違えなければ」

 

 二人で笑った。

 

 さっきの気まずさが、どこかに流れていく。住宅街の道は人通りが少ない。こういう話ができるのは、この帰り道くらいだ。

 

「——あ、そういえばさ」

 

 和太郎さんが、思い出したように言った。

 

「和太郎の苗字、昭って書いて、あきらって読むんだよね」

 

「……はい」

 

「外だと水野さんって呼んでくれてるけどさ。昭さんでよくない? 活動名だけど、苗字だし」

 

 ——昭さん。

 

 あきら、さん。

 

(音が——同じじゃないですか)

 

 和太郎さんの本名は、水野アキラ。

 

 「昭さん」と呼ぶたびに、「アキラさん」と呼んでいるのと同じ音が口から出る。

 

「…………」

 

「昴さん?」

 

「水野さん、で。水野さんでお願いします」

 

「えー、なんでー」

 

 和太郎さんは心底不思議そうな顔をしている。——本当に気づいていないのか、わかっててやっているのか。

 

 どちらにしても、無理だ。

 

「水野さんで、大丈夫です」

 

「ふーん。まあ、いいけど」

 

 肩をすくめて、ホームセンターの袋を持ち替えた。

 

 しばらく、二人とも黙って歩いた。住宅街の道が夕日で少しだけ赤い。

 

「昴さんって普段の休みは何してるの? 配信がない日」

 

「……機材いじってるか、配信の編集してるか」

 

「仕事みたいじゃん」

 

「フリーランスなんで、あんまり境目がないっていうか」

 

「あー、わかる。私も忙しい時期入ると、休みの日も仕事のこと考えちゃうし」

 

 何でもない会話。でも「配信の話」ではなくて、「お互いの生活の話」だった。

 

 和太郎さんが不意に足を止めた。

 

「——あ、いい匂い」

 

 立ち止まって、鼻をすんと鳴らした。

 

「春だねぇ」

 

 ——和太郎の間合いだった。女性の声なのに、息遣いと抑揚だけがあのおじさんになる。ボイチェンを通す前の、生身の和太郎。

 

 和太郎さんはそれだけ言って、また歩き出した。

 

 ——言われてみれば、生垣のどこかから、甘い花の香りがする。何の花かはわからない。気づかなかった。

 

 アパートの外階段を上がって、玄関の前。鍵を出す。

 

 ドアを開けた。

 

「「ただいま」」

 

(——ん?)

 

 二人して顔を見合わせた。和太郎さんは澄まし顔で小首を傾げている。

 

 ——何でもない。靴を脱いだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数日後、和太郎の配信。

 

 洞窟の中を小さな冒険家が走っている。

 

 リビングのソファに座って、スマホで和太郎(わたろう)さんの配信を開いていた。

 

 壁の向こうの生声と、ボイチェン(ボイスチェンジャー)を通した配信の声。二つが微妙にずれて届く。もう慣れた。

 

『おいおいおい待て待て待て——あーーーっ!!』

 

 冒険家が段差から落ちた。膝丈くらいの、段差とも呼べない窪み。それだけで画面が暗転する。

 

 ——ここだ。

 

 和太郎さんのアバターの上に、ドット絵の「GAME OVER」がカタカタと一文字ずつ表示される。

 

 最後の一文字が着地した瞬間、文字が爆発してばらばらに散った。チープな効果音がぽろん、と鳴る。

 

 昨日の夜に作ったやつだ。

 

 コメント欄が流れる。「なにこの演出www」「和太郎爆発www」——

 

 壁の向こうで和太郎さんが笑いながら配信を続けている。配信の声に重なって、壁越しにアキラさんの笑い声も聞こえてくる。

 

 ——作ってよかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 配信が終わって、和太郎さんがリビングに出てきた。仕事帰りのオフィスカジュアルのまま、ブラウスの袖をまくっている。

 

「あれよかったよ〜!!! 受けてたね!」

 

「コメント欄、爆発のとこで一気に流れてましたね。リアクションもいい感じで」

 

「でしょ!? 草めっちゃ生えてた。ふふ、やったね」

 

 和太郎さんがソファの向かいに座って、こちらを見た。

 

 ——少し間があった。

 

「ねえ、またこういうのお願いしてもいい?」

 

 目が輝いていた。和太郎モードでもない。いたずらっ子の笑みでもない。見たことのない顔だった。

 

「……ぜひ。やりたいネタがあったら言ってください」

 

 口元が緩んでいるのが自分でもわかった。

 

「いやー、ほんと私こういうの自分じゃ作れないからさ。頼れる人がいると助かるわ〜」

 

「……和太郎さんのアイデアが良かったので。作りがいがありました」

 

 和太郎さんがソファの背もたれに体重を預けて、ふっと何かを思い出したように言った。

 

「紗雪ちゃんの配信ってさ、VRの背景がばーって変わって、ぐわーって動き回れるじゃん。あれすごいよね。ああいう場所ってどうやって探してるの?」

 

「えっと……公式Webで検索して、良さそうなのを——」

 

「え、見たい見たい」

 

 防音室に戻って、デスクのPCを立ち上げた。検索画面を開く。英語のUIにワールドのサムネイルが並ぶ。

 

「へー、こんなのあるんだ」

 

 和太郎さんが画面を覗き込んでいる。

 

「うぇー、英語ばっかだね……」

 

 和太郎さんが、嫌いなものを食べた子供みたいな顔をしている。

 

「……フィルタかければ日本語のワールドも——」

 

「ちょっとマウス貸して」

 

 手を伸ばしてきた。俺は椅子に座ったまま——和太郎さんが横から身体を入れて、マウスを握る。片手は俺の椅子の背もたれに置いて、体重を預けている。

 

 ——腕の中にいる、ような角度になってしまった。横顔が近い。

 

 サムネイルを一つずつ、クリックしては戻し、クリックしては戻す。

 

「——あ、さっきのお返しとかじゃないんだけど。こういうのいくつかあるならさ、小さいのから回って、最後にドーンと広いとこ行く方が、リスナーは楽しんでくれるかも」

 

「……なるほど」

 

「あと、気になったとこで足止めて一言言うだけで全然違うよ。——勿論、紗雪ちゃん自身が楽しいのが一番大事だけどね!」

 

 和太郎さんは完全に画面に集中していた。

 

 ——クリック音だけが響いている。

 

 俺は返事をしそびれていた。さっきの子供みたいな渋い顔をしていた人が、今は楽しそうにサムネイルを選んでいる。

 

 小さく鼻歌を歌っている。——さっき配信でやっていたゲームのBGMだ。

 

 鼻歌に合わせて揺れる髪から、かすかに甘い匂いがした。

 

 ——和太郎さんが、いきなりこっちを向いた。急に目が合い、心臓が跳ねる。

 

「紗雪ちゃんはどういうとこが好き?」

 

 横顔を見ていたのがばれたかと思った。

 

「……元気なところ、ですかね」

 

 ——え。俺、今なんて言った?

 

「元気なとこね。おっけー」

 

 ——違う。ワールドの話だ。

 

 和太郎さんはもう画面に戻っていた。俺が言った「元気」を基準に、サムネイルをスクロールしていく。

 

 訂正するタイミングを逃した。

 

「——あ、これ元気そう!」

 

 色鮮やかな広場のような場所を指差した。

 

「……確かに」

 

 知っているワールドだった。サムネイルだけで、空気感を当てている。

 

「いいじゃん。それでいこうよ」

 

 和太郎さんが笑って、椅子から立ち上がった。

 

「——なんか暑いね、この部屋」

 

 和太郎さんが防音室のドアを開けた。リビングの空気が流れ込んでくる。

 

「じゃあ私そろそろ帰るね。——またお願いね、演出のやつ」

 

「はい。和太郎さんの配信、もっと楽しくしていきましょう」

 

「紗雪ちゃんのもね」

 

◇ ◇ ◇

 

 玄関のドアが閉まった。

 

 静かだ。

 

 ——さっきの話を忘れないうちに。

 

 ヘッドセットを被った。和太郎さんが選んだワールドをいくつか回ってみる。小さいのから大きいの。

 

 ——確かに違う。ワクワク感が。

 

 もう少し回ってみようと思った時、通知音が鳴った。

 

<ちとせ さんがJoinしました>

 

「紗雪ちゃん、やっほやっほ〜。久しぶり!」

 

 声が降ってきた。目の前に——たこ焼きがいた。

 

 六個入りの、立派なたこ焼きパック。たこ焼きパックに細い手足が生えている。

 

 声に合わせて六個のたこ焼きがばらばらに上下している。

 

「……あ、ちとせさん、やほ〜」

 

「ねぇねぇ!新しいアバター見て~」

 

 たこ焼きパックが喋りながら寄ってくる。

 

「……見てます。何ですか? それ」

 

「たこ焼き!」

 

「……なぜ」

 

「おいしそうだったから~」

 

 六個のたこ焼きの上で、かつお節がぶわっと舞った。

 

「紗雪ちゃん今日なにしてたの? 新しいワールド巡り?」

 

「ちょっと配信用に下見を……」

 

「えらいな〜。私なんてもう全然配信してないよ。VR楽しすぎて」

 

 ——和太郎さんがいた数分前の静けさが、もう遠い。

 

 目の前のたこ焼き(ちとせさん)は、かつお節を揺らしながら知らないワールドやVR友達の話をしている。

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