二日続く雨が上がると晴れ間が顔を覗かせ、爽やかな風に洗い流された空気が雨上がりのにおいを振りまいていく。
晴天を見せるための雨、風を浴びるための抑圧。意図的に組み上げられた天候スケジュールは“飽き”から人を保護する意思こそあるものの、決してそれらから生活を追いやる程には至らない。
慈愛のある鬱屈、身の安全が約束された倦怠。それはここに生きる人々の肉体を生かすことにはなっただろうが、心とか魂とか、形而上にある何かに少なからぬ禍根を残していて……屋上のフェンス越しに彼女が眺めているそれのように、抑圧された意志の渦は他者への発散という形で現れるのではないだろうか。
「ジャンク屋のティッツ」……そう呼ばれる女は、デッサとヘビガン、組みあう二つの”テンオーバー”サイズのモビルスーツによる決闘もどきを傍観しながら、ホウとため息をついた。
ヘビガンもデッサもこのコロニーには広く普及した(あるいは、してしまった)モビルスーツではあるが、かといって雑に扱えるものでもない。
殴り合いなんてはじめたせいでパーツの損傷に至れば、決して安くない費用で在庫を漁りまわる羽目になる。
そのため、決闘をするにあたって二人の乗り手は取っ組み合い、掴んだり手や体で押し込んだりはするものの、殴る蹴る、地面に叩きつけるといった行動には決して至らない。不文律がある。
それが彼女にとっては、数十のパターンから生活に困らない程度にランダマイズされた天候だとか、そういう画一された非日常の一つに思えてならないのだ。
(子供の喧嘩だ……)
呆れる彼女の視線をよそに、取っ組み合いの力関係が崩れる。
両肩を掴まれたヘビガンのコックピットからスキンヘッドの青年が這い出てハンズアップで降参を示すと、対面するデッサは数歩後退り、そのコンピューターに搭載されたマニューバ・パターンが拳を掌で包みお辞儀する礼の姿勢を作らせた。
”押し相撲”の終わりを最後まで見届けることなく、大量生産品の立折り襟のボタンジャケットにスラックス姿の女は地上階に繋がる階段を駆け下りていた。後ろにまとめられた艶のある金髪がパタパタと上下に跳ねる。
喧嘩屋気取りのロンディニウムギャングが負けたということは、髭のバク・シャー率いる虎血会に庇護されたジャンク屋の組合がデブリ・バスターの仕事を3:1の割合で請け負うということであり……それはつまり、虎血会のお抱えとして縄張りに住まうことを許可された彼女に、命がけの孫請けが押し付けられることを意味しているのだ。
出発は早い方がいい。明日はまた雨が降り、明後日には雲間から光が差し、その次の日は風のない洗濯物日和となる。
チンロン・コロニーが導入した天候アルゴリズムは今週、そういうパターンを実施しているのだ。