かつて、宇宙と地球との間で一年に渡る戦争が起きた。その凄惨な戦いのさなか、「サイド4」、またはムーアと呼ばれたコロニー群もまた戦火に晒されて、壊滅的な被害を受けた。
ラグランジュ・ポイント。人々が宇宙時代を生きる希望であった生存可能宙域の一つは、コロニー、船舶の残骸やそれらと共に漂う未使用ないし不発の武器弾薬が漂流する未踏の危険域と化してしまった。
これらを排しサイドを再生させようという試みは幾度となく行われ、ムーアが「新サイド6」と名称を改めたのもその一環であった。
しかし、戦争が終わった後も内乱であるとか、局所的な武装蜂起とかは続き、マイナスをゼロに戻そうという動きは、幾度となく阻まれ塞き止められてきた。そういった不穏な振る舞いをする者たちにとっては、マトモな手段では寄り付けない場所というのは都合がよかったのだ。
だというのに、スーハイロンと命名されたコロニーを枢軸に、インロン、ヘイロン、チーロン、ティエンロン、バイロン……と連なるコロニー群で形成された、「龍脈計画」たる大規模プロジェクトは驚くほど迅速に、そしてあまりにも個人の嗜好が素通りする形で達成されてしまった。
東洋の神秘か、はたまた積まれ輝ける人徳か。
(マトモな手段じゃないのは、確かだ)
ジャンク屋のティッツは物思いにふける傍ら、端末に送られていた定型文……デブリ・バスターとしての仕事の斡旋を確認し、低重力帯を滑るように流れた。
デブリ・バスターとは名の通り、ラグランジュ・ポイントを漂流するスペースデブリ(宇宙ゴミ)専門の掃除屋である。
コロニー新造計画が立ち上がり、浮かぶ暗礁らを人海戦術で切り開いたとて、そのコロニー新造にあたって用いるビルド・ステーション等の専用設備も、用が済んだなら可能な限り解体したのち慣性を殺して漂着させる他にないので、浮き上がるままにさせているのが実情なのだ。
「龍脈」コロニー群においては、コロニーへ掠める、あるいは直撃するコースを取るデブリの始末は共通する課題であり、それの排除を期待されてはじめからモビルスーツ・ドック等に余裕を持たせて設計・建造されたコロニーこそが最外縁のチンロンだった。
ところが、それらの業務がコロニー公社の予算や人員で賄いきれない規模だと薄々明らかになってくると、ニッチを埋めるようにどこからともなく山師の手合いが湧いてきて、それの保護の名目で今度はチンピラがたかりはじめ、各々の儲けを掠め取ろうとギャング化する。
そうした流れが至るところで繰り返される内に、建立15周年を迎えたばかりのこのコロニーは、抱え込んだ野蛮さが原因で龍脈全体からうっすらと排斥され、しかし必要とはされているという、なんとも微妙な立ち位置となっている。
いまさらチンロンから移るアテもない大多数のコロニー市民たちからすれば、まったくやりきれない話であった。
(……)
ティッツはいつもの通り作業用のノーマルスーツ(宇宙服。モビルスーツの台頭に合わせ、そう区別された)に着替えると、すれ違う公社の人間(多くはギャングと大なり小なり癒着している……)に挨拶を済ませつつ、コロニーシリンダーの民間用ゲートを飛び出した。
シリンダーの外壁をブーツのマグネットで踏み歩き、徒歩五分。係留されたドック船に乗り込み、空き巣を目論もうとしていたどこぞのギャングの下っ端を叩きだし、MSデッキを開放した。
枯れ葉色をベースに赤の挿し色がハンド・ガードなどに施された典型的「コロニー・カラー」のデッサ・タイプ。起動シーケンスを経て、ゴーグル・カメラに光が灯る。
自分の名前、MSの基本マニューバと非常時の行動の取捨選択、ジャンク屋という商売の過酷さと、それに耐えうるプライドの是非……物心ついたティッツが祖父の膝の上で教わったことのほとんどは、彼女を今日まで一端の人間として生かし続けていた。
――瞬間、レーダー・ディスプレイに微かなブレが生じた。ティッツはその状況の変化を咀嚼しようと試み、
(ミノフスキー粒子、を、撒いたヤツが、いる)
思考が追いつくより先に反射がデッサのエンジンとドック船の照明を落としていたし、結果的にそれが彼女の命を拾っていたのかもしれない。
「?」
カメラが映した状況に眉をしかめ、現状を整理し、デッサのコクピットを閉じる。訓練通達が出たわけでも、ましてや有事でもないコロニーシリンダーの周囲で、ジャベリンとかいう連邦の最新鋭モビルスーツが、随伴のヘビガン共々ライフルとシールドで物々しく装備しながら飛行していい理屈はないのだ。
(ふざけている……)
コロニーの弧に沿って航行していたジャベリンらは、視界の端に映ったドック船にさして興味を持つこともなく通過していく。
ティッツは後続が来ないことを確かめると、ロッカーを漁り、『身支度』を整え、デッサの係留されたハンガーを180°裏返した。