世界のために死んだら俺を殺した子がヤンデレになっていた   作:散髪どっこいしょ野郎

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英雄の始まりと終わり

 俺は人を救える。そう気づいたのは三歳の頃だった。

 

 生まれは平凡な、ただの一村人。そんな俺が三歳の時に見たのは、村総出の祭りの際、外から来た封印術師の力。

 

 この世界には魔族という、悪しき存在がいた。そいつらは俺たち村人を狙い、人が最も多く集まる祭りの日に襲撃を企てていた。

 

 そんな中たまたまやってきた術師が魔族を鎮め、封印したのを目撃し、俺は気づいた。

 

 『あ、俺もこれできる』と。

 

 それからは独学で封印術を学ぶ日々。手本はあの一回で十分だった。

 

 魔力の流れ、特質、適性。その全てが封印術に適していた。ただ一つ憂慮すべきことは──

 

 ──一度に封印しすぎると、体が魔素に耐えきれず自壊するという点だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「うーん……ハッ」

 

「おはよう。よく眠ってたね」

 

「ああ……懐かしい夢を見てた」

 

 

 この世界には魔族を束ねる、魔王がいる。

 

 魔王討伐の旅に出た俺は仲間を探した。その旅路で様々な人間と出会ってきた。その内の一人が今目の前にいる女剣士、マイネ。彼女以上に剣才のある者はそういない。

 

 

「ようやく起きましたかねぼすけさん。はい、今日のパンです」

 

「お、悪いな」

 

 

 嫌味混じりに朝食のパンをくれたのは女魔法使いのホスパー。パーティー内で最年少なのにも関わらず卓越した魔法を行使している。

 

 

「おはよー、全員分の魚獲ってきたよー」

 

 

 川魚を両脇に抱えてやってきたのがシャヴィ。剣はマイネに劣り、魔法はホスパーの下位互換だが、誰にも負けない心の強さを持っている女勇者だ。

 

 ……うん、待ってくれ、俺は決して好色野郎ではない。ただ仲間集めの時に出会ったのがたまたまこの三人だったんだ。

 

 そんな誰に向けたわけでもない言い訳を並び立てながら火を起こす。火種はホスパーに任せていたが、大きくするのは俺の役目だった。

 

 

「シャヴィ、頬に食べカス付いてるぞ」

 

「え、どこ?」

 

「取ってやるから動くな」

 

 

 俺はそう言って、小指と薬指の欠けた右手を伸ばした。

 

 

「ほらよ」

 

「ありがと、ロスキンス」

 

 

 ロスキンス。それが俺の名前だ。

 

 パーティー四人で食事を共にする、この時間が俺は結構好きだった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ホスパー!ボクに合わせて!」

 

「はいっ!」

 

 

 ホスパーが放った雷撃がシャヴィの剣に宿る。敵は無数の触手を操る、植物型の魔物だった。

 

 

「っ!」

 

「ナイスマイネ!」

 

 

 マイネがヘイトを集め、無数の触手を切り落とす。そこでできた隙をフル活用し、シャヴィが渾身の一撃を叩き込んだ。

 

 

「よし、討伐完了!ありがと、二人とも!」

 

「今回の魔物は厄介だったね」

 

「ですが私たちの勝利です。被害もゼロですし、十分な成果かと」

 

「…………」

 

 

 こういう時、俺は足手まといになっているのではないかと常々思う。戦闘には参加できず、後方で見守ることしかできない。

 

 

「……なあ、三人とも。俺に任せてくれれば封印できるけど──」

 

「ダメだね」

 

「ダメです」

 

「ダメだよ!ロスキンスの力のデメリット忘れたの!?」

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

 

 俺の封印術は本当に全滅しかかってる時の緊急用、或いは魔王討伐のためにしか使えない。

 

 下級魔族or魔物は無条件で封印できる。しかしその代償として、俺の体に封じ込めるという特性上一定のキャパシティを超えると体が保たなくなってしまう。修行に明け暮れていた時にこの代償で小指を失った。

 

 しかし俺には封印術以外の力は無い。パーティーのお荷物でしかないと戦闘が発生する度に思い知らされる。

 

 いずれ死に別れる間柄だ。それまで耐えればいいと言われればそれまでだが、俺も何か役に立てれば……。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

勇者シャヴィの手記

 

 

 ボクには三人の大切な仲間がいる。マイネ、ホスパー、ロスキンス。みんな魔王討伐のために毎日頑張ってくれている。その旅路の一端をこの手記に書き留めようと思う。

 

 マイネとは帝国で、ホスパーとは港のある町で、ロスキンスとは大量の魔物に襲われて絶体絶命だった時に出会った。

 

 ボクは子供で女の子だけど五歳になる頃には村の誰よりも強くなっていて、みんなの期待を背負いながら旅立ちを迎えた。

 

 目指すのは魔王のいる魔界。あの時のボクは、一人きりでそれを成そうとしていた。

 

 そうして調子に乗っていたボクは魔族の罠に引っかかり、剣を取られて完全に絶望してしまった。

 

 過るのは走馬灯。もっとお腹いっぱい食べたかったな、とか、夜光虫の大群を見てみたかったな、とか、後ろ向きなことを考えていると──彼が現れた。

 

 ロスキンス。その場にいた魔族、魔物をあっという間に封印し、ボクを助けてみせた。その背中は出会ってきた誰よりも大きく見えて。

 

 話を聞いてみると彼はボクと志を同じくしている。勧誘しない手は無かった。

 

 罠に引っかかった間抜けなボクと組んでくれるかな、みたいな心配はあったけど二つ返事で了承してもらえた。

 

 それからは信頼できる仲間を集めることになり、ボクたちの旅路はより複雑なものになっていった。その最中で発覚したのが、ロスキンスの力の代償。

 

 二人だけだった頃、彼は頻繁に魔族を封印していた。元々小指が欠けていたことで何か変だなとは思っていたけど、まさか体に封じ込めているとは思わなかった。新たに欠けた薬指のことを問い詰めると彼は堪忍したように語り出した。

 

 

『俺にできることはこれしかなくてな。だけど魔王をぶっ倒すまでは死なねぇよ』

 

 

 ロスキンスは魔王を自分に封じ込めて死ぬ、と出会った時から言っていた。その意思は強固なもので、パーティーの誰が咎めても変わらなかった。

 

 何故そこまで魔王を殺すのではなく封印することに拘るのか。それを問うと、彼は魔族の発生源を完全に断たなければまた第二、第三の魔王が現れると返答。

 

 雷に打たれたような衝撃だった。だけど、ロスキンスの決意を踏みにじる勇気もなく。

 

 ボクたちパーティーは、少なくとも一人犠牲になることが確定していた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……ここは俺も出る。いいな、みんな」

 

「……くっ」

 

「……ごめん」

 

「……今の貴方は死兵ですよ」

 

「悪いな。だけど魔王倒すまでは死なねぇから」

 

 

 魔界に向かうにつれ戦闘は激化していき、俺を守りながら戦うのにも限界が訪れていた。

 

 俺の封印術は雑魚相手なら無双できる。なら強者には及ばないのか?と聞かれたら否だ。

 

 それなりに時間はかかるがきっかけさえ作れれば上級の魔族や魔物でも封印できる。伊達に術師名乗ってない。

 

 きっかけとは、俺の魔力が敵に介入する隙。即ちみんなの後方支援的な立ち位置にいる。

 

 決まれば一発。戦闘を簡略化可能。多少のデメリットは止まる理由にはならなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

剣士マイネの独白

 

 

 私の両親はガラクル帝国の騎士団に属しており、その娘として生まれた私は必然的に剣士となった。

 

 国のため、魔族を斬る。私はそのための道具なのだと、幼い頃から叩き込まれていた。

 

 そんな私の価値観を変えたのが、二人の仲間。

 

 その日騎士団は竜害によって壊滅しかかっていた。ワイバーンの群れに襲われ、帝国は未曾有の危機に陥っていた。

 

 戦場は混沌と化した。便乗して襲い来る魔族も確認され、私は取捨選択を迫られた。

 

 私の両親を生かす代わりに、帝国を見捨てる。それができなければ両親を殺す。

 

 私は道具。どこまでいってもモノなのにもかかわらず──両親を選んでしまった。

 

 竜害の被害が辛うじて収まった後、両親は責任を取って自害した。私も処刑されることになり、囚われの身となった。

 

 

『ねえキミ、そのまま死ぬくらいならさ、世界救ってみない?』

 

 

 私はその瞬間を一生忘れない。独房の前に立つシャヴィの言葉、そしてロスキンスの人間の悪意を封印する力のお陰で、私は国外追放のみで許された。

 

 決意した。私はこの二人の剣となろう。この二人が望むもの──魔王討伐のために、全てを捧げよう、と。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 俺が封印できるのは魔族のみではない。人間の悪意だとか、死者の怨恨だとか、そういった負のエネルギーも封印できる。旅の途中で何度か弔いや和合のために力を行使した。これはそこまで負担がない。

 

 

「ふー……」

 

 

 魔界に突入したが清浄な川は存在していた。懸念点だった水浴びの可否は問題なさそうだ。仮に魔素が込められていても俺が封印すればいいだけだが。

 

 

「…………」

 

 

 黒ずんだ右腕を見やる。既に指は腐り落ち、手は消失している。手首は真っ黒に染まっていた。

 

 最近、パーティーの仲間は俺を見る度に泣きそうな顔をする。俺が封印術を行使するごとに謝罪を繰り返す。

 

 曇らせるつもりは無いんだけどなぁ……。まったく、面倒なリスクを背負ったものだ。

 

 

「さて、と」

 

 

 身を清め、集合地点に戻ると血の臭いがした。一瞬警戒したがシャヴィたちが狩った野生動物の臭いだったことが判明し、ほっと一息。

 

 

「水浴び、終わりましたか。貴方の分の肉ですよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 ホスパーから肉を受け取り咀嚼する。ただ焼いただけの肉は味に乏しいが、調味料は貴重なため祝い事にしか使えない。

 

 

「なあホスパー」

 

「はい?」

 

「俺が死んだら、マイネとシャヴィのこと頼めるか?」

 

「……どういうつもりですか」

 

「なんとなく分かるんだよ。二人とも俺に少なからず好意を持ってくれてるって。だから俺が死んだら悲しむだろうなって」

 

「わたしは、違うと?」

 

「だってお前、俺のことそんな好きじゃないだろ」

 

 

 港のある町で出会った時、ホスパーは俺に抵抗感を抱いていた。何がそうさせるのかは知らないが距離を置かれている気がする。

 

 

「……わたしは、貴方のことが嫌いでした」

 

「だろうな。だから、頼──」

 

「でもっ!……今は、嫌いじゃないですから」

 

 

 そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。しかし近いうちに死ぬ身だ。余計な悔恨は残したくなかった。

 

 

「二人とも何の話してるの?」

 

「ああ、ちょっと嬉しい話をな」

 

「いっ、言わないでください!」

 

 

 シャヴィが介入するとホスパーは頬を赤らめ声のトーンを高くした。何が彼女にそうさせるのか、俺は知りようがなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

魔法使いホスパーの追憶

 

 

 わたしはこの世界が嫌いでした。無慈悲で、残酷で、不条理だから。

 

 海に隣接した町で生まれたわたしは、生まれながらに人並以上の魔力を有していたことで魔法学院に通わせてもらえることになりました。

 

 しかし学院と家を行き来する中、事件は起こりました。

 

 通学する際は基本馬車での出迎えがありました。学院まで離れていましたから、毎日長時間移動に費やしていました。

 

 そこを狙ったのがとある盗賊団。護衛は殺され、わたしは野蛮な男たちに取り囲まれました。

 

 わたしは恐怖したと同時に、悟りました。誰かの命を奪ってでも、己の欲望を満たそうとする者がいるのだと。

 

 殺しました。全て。逃げ惑う者も追い詰めて殺しました。

 

 人殺しの罪過を背負ったわたしに降りかかったのは、盗賊団を壊滅させたことへの賛美でした。

 

 人を殺したのに、どうして誰も咎めないのだろう。その意識が今も悪夢を見せます。

 

 わたしは学院を去りました。学べるものはほぼ学びきっていましたから。わたしはいわゆる天才のようです。

 

 故郷に帰ったわたしは鬱屈した日々を送っていました。男性と関わるのが、苦手になりました。

 

 そんな中出会ったのが、あの三人。

 

 マイネさん、シャヴィさん、そしてロスキンスさん。

 

 シャヴィさんはわたしを勧誘しました。その力を、魔族を滅ぼすために使ってみないかと。

 

 しかしパーティーには男性がいる。到底溶け込めはしない──と、誘いを払ったわたしにシャヴィさんはしつこく勧誘してきました。

 

 憂さ晴らしもかねて久方ぶりに魔法を使用。それでも彼女は諦めません。

 

 イタチごっこを繰り返しているとロスキンスさんは見かねたように封印術を行使し、わたしから直接悪意を吸い取ってしまいました。

 

 わたしには魔法という力があります。このまま町に籠もっていても怠惰に死んでいくだけ。分かってはいても、外に出るのが恐ろしかった。

 

 怖かったのです。殺すのも、殺されるのも。

 

 そんなわたしを連れ出したのが、マイネさんでした。

 

 

『私はあの二人に救われた。だから、あなたの心もきっといつか解いてくれる筈』

 

 

 その言葉が、妙に刺さりました。

 

 後日、嫌々ながらパーティーに加入することを伝えるとシャヴィさんは両手を突き上げて喜んでいました。無邪気さの塊のような方だな、と思ったのが今も記憶に新しい。

 

 ロスキンスさんはわたしを一瞥して、それきり何も言いませんでした。彼なりに計らってくれたのでしょう。

 

 わたしは男性が嫌いです。嫌いなものがいつの間にか増えています。そんなわたしさえも、ロスキンスさんは守ろうとしてくれました。

 

 だからせめて、その厚意には応える。そのためにわたしは今日も魔力を放ちます。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「よくやったお前ら!」

 

 

 決定的な隙を狙い、魔力を流し込む。そして俺の体に取り込んだ。

 

 

「ぐっ、あ……!」

 

 

 魔王軍の幹部を封印するともなると負担も段違いだった。今日はまだ一体も取り込んでいないのにもかかわらず、体が朽ちていくのを感じる。

 

 

「ロスキンス!」

 

 

 誰かの叫びを聞き取りながら、俺の意識は閉じていった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ごめん……ごめんね……ボクが弱い所為で……」

 

 

 起き抜けに聞こえてきた声は痛ましい謝罪。右腕に目をやると肘窩までしかなかった。幹部を封印するともなると負担もデカいということが、ハッキリした。

 

 

「シャヴィ。ロスキンス起きたよ」

 

 

 そう呼びかけるマイネは、泣いていた。彼女の涙を見るのは初めてだった。

 

 

「……シャヴィ。ちょっと苦しい」

 

「わわっ!ご、ごめんねロスキンス……」

 

 

 胸元に突撃されて若干息苦しかったため退いてもらうよう頼むと、シャヴィは慌てて身を離した。

 

 

「今のヤツを取り込んだことで魔王の場所は大体分かった。用意ができ次第突入するぞ」

 

「……貴方は、辛くないんですか?」

 

 

 そう問いかけるのはホスパー。まあ確かに体へ封じ込めるこの感覚は慣れないが、彼女が言いたいのはそれのみではないのだろう。

 

 

「俺はこのために生まれてきたんだ。そう確信してる。だから辛いか辛くないかは考えるだけ無駄だ」

 

 

 そう言うとパーティー全員の表情に影が差した。……俺は中々口下手なようだ。

 

 まあなんにせよ最終決戦は間近だ。これ以上友誼を結んでも、苦しいだけだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

勇者シャヴィの手記

 

 

 手記の中でまで本音を隠すのも変だし、潔く書いてしまおうか。

 

 ボクはロスキンスが好きだ。無骨な所も、変に献身的な所も、全部、全部。

 

 初恋だった。でも伝えるわけにはいかなかった。

 

 言ってしまえば、きっとロスキンスを迷わせてしまう。自分と引き換えに世界を救おうとしている彼を、引き留めるようなことはあってはならない。

 

 ……なんてね。ボクはただ、怖かった。好意を袖にされるのを怯えてるだけで、告白する勇気すら持てない、臆病者だった。

 

 勇者のくせに、と思われるかもしれないけど、恋と冒険は別物だ。一緒にしないでほしい。……って、自分用の手記で何を言い訳してるんだろう。

 

 ……とにかく、ボクはロスキンスが好き。この先どんな人と出会っても、その気持ちはきっと変わらない。

 

 そして、なんとなく理解していた。パーティーのみんなも、ボクと同じ気持ちなんだって。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

剣士マイネの独白

 

 

 ロスキンスとシャヴィは私の全てだった。仲間であり、親友であり、ロスキンスに至っては恋慕を募らせる相手。

 

 しかしその感情を発露する気は無い。何故ならシャヴィ、そしてホスパーは彼を欲しているから。

 

 私はみんなに幸せになってほしかった。しかし、ロスキンスの役目は魔王を封印して死ぬこと。

 

 もっと私に力があれば。そう思いながら幾度剣を振ろうと、人間には限界があった。

 

 魔王へ近づくにつれ彼の肉体は破滅へと進行する。それを止める術さえ持てない私は、弱虫だ。

 

 いつか彼に頼まれたことがある。魔王を体に封じたら、自分を殺してほしいと。

 

 何故、私に。そう問うと、彼はほんの僅かに口元を緩め、

 

 

『殺されるなら、お前がいい』

 

 

 そう、願っていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

魔法使いホスパーの追憶

 

 

 出会った当初は彼が嫌いでした。無愛想で、何より男で。

 

 ですが、共に旅を続ける内──わたしは確かに彼へ心を寄せるようになってしまいました。

 

 近いうちに死ぬ人を好きになった。この苦しみは筆舌に尽くしがたいものです。

 

 加えて、彼は堅物でした。マイネさんがチラチラと彼を見ても、シャヴィさんが唐突に抱きしめても、……わたしが言葉を発しても、鼻の下を伸ばすことなくいつものように振る舞って。

 

 だけど、わたしの好意だけは察してくれませんでした。

 

 分かっています。彼の意識はそれどころではないことを。わたしたちに隠れて苦しみを背負っているのも、全て知っていました。

 

 わたしは面倒な気質です。思いを伝える勇気は無いくせして、気づいてはもらいたい。

 

 シャヴィさんも、マイネさんも、わたしよりずっと優れている。だからうっすらと好感を持たれていることを覚られている。

 

 魔王との決戦は近い。それまでにこの思いをどう終わらせるか、考えなくてはいけませんでした。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「よくぞ、ここまで来た」

 

 

 魔王。今まで影も形も掴めなかったが、その威圧感は本物だった。

 

 

「ククク……貴様らも愚かなことよ。我を滅したところで人間共は争う。その観念すら持てないというのは、まったく醜悪としか言い様が無い」

 

「……お前の御託なんてどうでもいい。お前の所為で苦しんでいる人がたくさんいるんだ。……ボクは、人間のためにお前を倒す!」

 

 

 よく言った、シャヴィ。やっぱりお前が勇者で、このパーティーのリーダーでよかった。

 

 

「ククク、では、やろうか」

 

 

 魔王が玉座から立ち上がる。それだけで凄まじい魔力が吹き荒れた。

 

 ……これが最後の戦いだ。俺が、コイツを封じ殺す。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ぐあぁっ……!く、ククク……見事……」

 

 

 パーティー全員、満身創痍だったが辛うじて意識は留まっている。そして目の前の魔王は、完全に致命傷を負っていた。……俺たちの勝ちだ。

 

 

「だが自惚れるなよ……我を倒そうと、いずれ我の意志を継ぐ魔族が──」

 

「ご高説のところ悪いが、俺がそうさせない」

 

 

 俺は封印術師。この時のために、俺は生まれてきた。

 

 

「なに!?貴様……その力……!」

 

「ようやく気づいたのかよダメ魔王。魔族の発生源はお前の中にある。本来それは討伐しても取り除けず別の魔族に受け継がれる筈だが──俺に限っては話が別だ」

 

 

 魔族、そして魔物の発生源ごと俺の体に封じ込め、殺す。そうすることで真に『浄化』できる。

 

 

「とまあそういうことだ。一緒に死のうぜクソ野郎」

 

「ば、バカな……ぐぁぁぁ……!」

 

 

 体に致死量を遥かに超えた魔素が流れ込む。負の感情で脳は占められる。それぐらいに苦痛が酷かった。

 

 

「ロスキンス……」

 

「……たの、む。おれを、ころして、くれ」

 

 

 体が黒く朽ちていく。完全に消滅する前に殺してもらわなければ、この発生源は復活してしまう。だから、早く。

 

 

「まいね、やくそく、はたして、くれ」

 

「い、や……嫌……!あなたがいなくなったら、私……!」

 

 

 分かるよ。気持ちは分かる。苦楽を共にしてきた仲間を殺すのは、嫌に決まってる。

 

 

「しゃう゛ぃ、ほす、ぱー、まいね、たのむ、いっしょうにいちどの、ねがいだ」

 

 

 ああもう四肢が魔素に侵されている。タイムリミットはもうそこまでない。

 

 震えながらマイネが剣を掲げる。その手をシャヴィとホスパーが支えていた。

 

 

「……さいごに、きいて、くれ」

 

「……なに?」

 

「ありが、とう。おまえらは、おれの、さいだいの、なかまだ」

 

「……うん。大好きだよ、ロスキンス」

 

「私も……私も、あなたを愛してる」

 

「……わたしも、貴方が好きです。この気持ちは、ずっと変わりません」

 

 

 とんだハーレム野郎だな、と自嘲しながら目を閉じる。そして俺の首元に、剣が振り下ろされた──。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 気づいたら辺り一面真っ白の空間にいた。魔王を封じ、殺してもらった記憶は確かにある。なら、この場所は……。

 

 

「よく頑張りましたね、ロスキンス」

 

 

 声のする方向へ目をやると、光背が凄まじい人影の群れがいた。コイツらは一体……。

 

 

「貴方の功績は、何度生涯を繰り返しても取り尽くせぬ程の徳になりました。ですが貴方は一つだけ間違いを犯しました」

 

「……俺の旅路が間違っていたと?」

 

「いえ、これは本来二律背反。同時に成し遂げることは不可能です。貴方の犯した間違いは──彼女たちの想いに応えられなかったこと」

 

「…………」

 

 

 恋愛がどういうものか、俺は知らない。だが確かに言えることは──俺は彼女たちを、愛していた。

 

 

「もう一度、チャンスを与えます。しかしこれは強制ではありません。彼女たちを娶るも、振り払うも貴方の自由です」

 

「……?意図が読めない。どういうことなんだ」

 

「今度は自由に生きなさい。貴方はもう、何者にも縛られない。それだけの偉業を成し遂げているということです」

 

「……一つ聞きたいんだが、もう一度生きても封印術は使えるか」

 

「おや、もう無用の長物かと思いましたが……使いたいのですか?」

 

「俺の象徴のようなものだからな」

 

 

 俺は目の前の神の思惑とは別方向に意識を向けていた。そのためには、もう一度封印術が必要となる。

 

 

「分かりました。封印術はそのままということで」

 

 

 ──よし。俺の計画は叶うことが確定した。

 

 

「それでは、行ってきなさい、ロスキンス。貴方の生涯が栄光で彩られることを願っています」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 目覚めると、赤子の肉体だった。しかし記憶はハッキリと残っている。転生に成功したということだ。

 

 両親が俺につけた名前は、ロスキンス。ここも変わらないらしい。

 

 前世とは違い俺の生まれは豊かな国だった。そして分かったことだが、シャヴィたちは英雄として全世界で称えられている。

 

 俺の名前がロスキンスなのも、英傑のように生きてほしいという両親の願いが込められたものらしい。当人なんだが。

 

 封印術は滞りなく使えた。この時点で俺の望みは叶っているようなものだが、あの神々は三人の想いに応えるうんぬんかんぬん言っていた。もう俺は前世のロスキンスではない。彼女たちと交わることもないのだろうと、そう思っていたのだが。

 

 

「ロスキンス……ずっとキミを探してた」

 

「私、マイネだよ。分かるよね」

 

「ロスキンスさんロスキンスさんロスキンスさん──」

 

 

 十歳の誕生日を迎えた頃、俺は成長した元パーティー全員に抱きしめられていた。どうしてこうなった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あー、その、なんで俺がロスキンスだって分かったんだ?前の俺とは違うのに」

 

「わたしが貴方の魂の残滓を辿ったのです。もし貴方が転生していれば、その魂の特質と当てはまる人を探せばいいだけですから」

 

 

 そう言ってのけるホスパーだが、ものすごい神業を成し遂げたことが素人目に見ても分かる。

 

 優れた魔法使いでも魂を弄くり回すのは禁忌とされている。過去にその影響で起こった事故の後始末をしたことがある。それぐらいに魂の魔法は危険が発生しやすい。

 

 魂の残滓。本来であれば空に溶けるだけだったそれを、情報として脳で処理し更にそれと一致する人間をこのだだっ広い世界で見つける。考えただけで労力と集中力が凄まじいのが分かる。

 

 

「あー、俺を探し出した手段は大体分かった。でもお前らいいのか?国に囲われてもおかしくない偉人だろ?」

 

「ロスキンスを探すために旅に出ると言って押し通せば大抵の人は理解してくれたよ」

 

 

 そう光の消えた目で語りかけるのがマイネ。それ理解じゃなくて『コイツ壊れたんじゃ』って思われただけじゃないのか?彼女の性格上心を病みやすいのは分かっているが。

 

 

「じゃ、じゃあ残存する魔物や魔族はどうしたんだ。お前らレベルの英雄ともなれば討伐に駆られることも少なくないだろう」

 

「殺したよ」

 

 

 今度はシャヴィが応えた。だからなんでそんな病んだ視線を送るんだ。重いんだが。

 

 

「キミを苦しめた魔族も魔物も、全部殺し尽くしてきた。もう発生しないことは分かってたから、流れ作業だったよ」

 

「そ、そうか」

 

「──ねえ、ロスキンス」

 

「……なんだ?」

 

 

 三人とも目に光が無い。そのくせして表情はニコニコしているものだから、心理を読みようがなかった。

 

 

「キミも含めて、ボクたちは英雄なんだよ。だからキミは、生まれ変わってもボクたちのパーティーメンバー」

 

「……そうか」

 

 

 そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。だが目の前の三人の重さが俺に楽観を許さない。

 

 

「たとえ生まれ変わっても、ボクたちはキミが好き。大好きなんだ。だから──これからは、ずっと一緒」

 

 

 そう言うとシャヴィはいつかの時のように、俺を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「あー……親父、おふくろ」

 

「なにロスキンス?今日の晩ごはんなら──」

 

「……俺、英雄ロスキンスの生まれ変わりなんだ」

 

「……お前何言ってるんだ?」

 

 

 流石に許可を得てから旅立とう、ということで俺は三日三晩かけて両親に転生者であることとこれからは三人と過ごすことを説明した。終いにはシャヴィたちまでが介入してきて非常に混沌とした様相となったが、俺は齢十歳にして親離れを許された。

 

 

 














仮に続いてもそんなに長くはなりません

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