世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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小学生時代
将来の夢:世界平和


 どこからが現実で、どこまでが現実か。

 なんて少しばかり哲学的なことを考えるのは、本当なら中学生くらいになってからだろう。思春期とかいう奴だ。

 私は十ウン年も前、高校と一緒にそういう青春っぽいのは卒業したはずなのだけれど、何の因果かここ数年、再び哲学的な何がしかを考えなければならない状況に陥っている。

 歩いている途中で位置がずれてしまった赤いランドセルを、信号待ちで立ち止まったついでに背負いなおした。

 頭脳は大人で体は子ども。私はいわゆる二度目の人生を送っている。現在の私は坂本春香、小学一年生だ。

「強くてニューゲーム。ただし配役は村人A、みたいな」

「え、ゲームの話ですか?」

 私の呟きに疑問を挟んできたのは、隣を歩いていた女の子だ。彼女の名前は葉加瀬聡美。私は彼女と一緒に図書館島へ向かう途中なのである。

「惜しい、ゲームじゃなくて漫画の話」

「ニューゲームって言ってたのに漫画なんですか」

 意味が分からない、という風に首を振られてしまった。もちろん、意味が分かられるはずも無いのだけれど。

 前世の記憶がある。

 その記憶を信じるなら、今私が生きているのは漫画として描かれていた世界。

 どこからが現実で、どこまでが現実か。

「魔法先生ネギま!」の世界で何が現実かを考えることになるとは、なんとも皮肉のきいた話だ。私の場合は、原作よりもさらに一段階メタに飛ばなければいけないけれど。

 

 

 図書館に着いてしまえば、私と葉加瀬さんは基本的に別行動だ。

 同じ机に座りはするけれど、読んでいる本のジャンルは全然違うし、会話もほとんどない。何しろ彼女はばりばりの理系で、私はどちらかと言えば文系だからだ。

 書棚の間をうろうろして、何を読もうかさんざん迷った挙句に、館系の推理小説を持って戻ってくると、葉加瀬さんはすでに勉強をはじめていた。

 普通に考えれば小学校の宿題。かなり真面目な子なら予習復習、と言ったところだろうが、もちろん葉加瀬さんはこれっぽっちも普通ではない。

 彼女が開いているのは工業英検の問題集である。

 私が村人Aの気分を味わう原因の一端は、確実に葉加瀬さんにある。彼女は現時点で既に、前世で二十ウン歳の独身社会人であったらしい私よりも、高い語学力を持っている。

 保育所における同年代の子達との生活に疲れきっていた私は、小学校に入学して彼女と出会ったときに歓喜した。趣味嗜好は重なる部分の方が少なかったけれど、論理的に筋道だった会話をできる相手というのは貴重すぎた。

 それは葉加瀬さんにしても同じだったようで、私たちは休み時間や放課後を良く共に過ごすようになった。

 そうして出来た生まれ変わってはじめての友人は、異常なほどに頭が良かった。

 休み時間にラジオや時計を分解しているくらいは当たり前だったし、それをちゃんと元通り動くように組み立て直すことも出来るようだった。

 彼女が英語を勉強すると宣言したのは確か五月ごろだったと思うが、九月現在ですでに高校レベルを超えている。というか図書館にある科学論文を読みたいという理由で英語を勉強しはじめる小学生って何者よ。

 葉加瀬さんが二度目の人生を送っているお仲間さんだったとしても私は驚かない。もちろん、素で頭が良いだけなのだろうけど。

 

 

 小説の文字を追うこともせずに、私は黙々と問題集を解いていく葉加瀬さんを見る。

 別に狙っていたわけではないけれど、葉加瀬さんと交友関係を持てたのは幸いだった。彼女と一緒にいれば子どもらしくしなくて良いという精神安定の面でもそうだけれど、それ以上に原作との接点を持てたということが大きい。

 そう、私は私の目的のために、原作に介入するつもりだった。ぶっちゃけて言えば、超の計画を成功させる。

 この世界における私個人の死亡フラグは無いと言って良い。何しろ原作に登場すらしていないモブ未満の人間だ。

 ただし大前提として、この世界そのものに死亡フラグがある。

 それは今から十数年以内に起きる可能性が高い、全世界規模の戦争である。そして戦争が起きたなら、モブだとか一般人だとかの区別なく、私にも私の周囲にも被害が及ぶだろう。

 原作で未来から来た少女として描かれていた、超鈴音。

 超が過去を改変してまで捻じ曲げたかった未来において、彼女は自分の意思でなく呪紋回路を刻まれるような過酷な半生を送っていた。使うだけで体も魂も削るような代物を、おそらくは十にも満たない子どもに施すような未来。

 歴史を見れば、ニュースを見ればそこにある、なんでもない現実だと超は言っていた。それはつまり、ただの戦争なのだろう。魔法も科学も等しく兵器として使われるような、そんな未来から彼女は来たのだと、私は推測している。

 その超が計画していた全世界への魔法ばらし。それが戦争を避けることに繋がると言うのであれば、答えは一つしかない。

 前世の私が読んだ二十九冊の単行本、その最新巻でまさに進行中だった魔法世界編。そこで示唆されていた事実。作られた異界である魔法世界の崩壊と、魔法世界住人の大移動、それが戦争の引き金となるに違いない。

 何千万だか何億だかの、魔法世界の住人が、難民としてこちらの世界に出現したら。文化も技術も、姿かたちさえ異なる異界の住人が、ゲートを通ってこちらの世界に移り住もうとしたら。

 土地も無い、食料も無い、何よりも魔法世界に対する理解が無い。存在すら知らないのだから当たり前だ。その状況で、平和裏に移民が行われるなどということがあり得るだろうか。

 いや、おそらくはそこで武力的な衝突があったからこその、超の未来なのだろう。

 だからこそ、難民の発生に先んじて魔法をばらし、その混乱が収束するまで世界を管理するという超の計画は、圧倒的に被害が少ない。

 全世界の人間が魔法を認識し、魔法世界とある程度の国交を持つことができたなら。文化が違おうと、技術が違おうと、姿かたちすら違っていようと、そこで生きている人々を認識していたのなら。

 魔法世界が崩壊するときに「知るか、そこで死ね」と言えるほど人間は無情ではない。無情ではないと、超は信じた。少なくとも、世界を管理するためにこの時代に残るだろう超は、そんなことをするつもりは無かった。

 そう考えると、彼女がこの時代で作った企業体が超包子という食品関係であったことにも、その計画の一端がうかがえる。

 未来人である超鈴音は、その天才的な頭脳でもって、自らの技術的優位を保ったまま金儲けをする手段など、百でも千でも考えることができたはずだ。そこであえて「食」を手段に選んだのは、ただオーバーテクノロジーを世間に広めたくないことだけが理由だろうか。

 やがて不可避的におとずれる、世界全体の人口増加を見越していたと考えるのは、私のうがちすぎだろうか。

「坂本さん、私の顔に何かついてますか?」

 声をかけられて、私は思考の海から抜け出す。

 葉加瀬さんが英和辞典から顔を上げて、怪訝そうに私を見ていた。

「眼鏡がついてる、かな」

「普通、意図的に装着しているものをついているとは言わないと思いますが」

「ふふふ、そうかもね」

 私は思わず笑ってしまう。ああ、まったく。超の計画に協力すると言っても、所詮私は村人Aだ。

 いくら大学卒業までの学力があっても、数年ばかり事務職の経験があっても、その知能は超にも葉加瀬さんにも遠く及ばない。もちろん戦闘要員になどなれようはずもない。

 超鈴音にとって、私の存在は全くメリットにならない。

 葉加瀬さんと友達になったは良いけれど、私はどうすれば超の役に立てるのか、皆目見当がついていないのだった。

「ねえ、葉加瀬さんはどうしてそんなに勉強するの?」

「面白いから、ですね。知らないことを知るのは楽しいですし、やりたいことをどうすれば実現できるのか考えるのも好きです」

 全くもって小学一年生の回答ではない。

「逆に聞きますけれど、坂本さんはどうして勉強しているんですか? 私と同じようにアトムみたいなロボが作りたい、というわけでもないみたいですし」

 ロボが作りたい、というのは少しだけ小学生らしいけれど、夢の実現のために最新の科学論文まで読むのは明らかに常識外だ。

 それにしても、私が勉強している理由、ときたか。私は別に勉強なんてしていない。ただ前世の知識があるから、同年代よりも頭が良いというだけの話だ。

 というか、図書館に来て読んでいるのはほとんど娯楽小説、ごくたまに哲学書というラインナップで、勉強も何もあったものではない。

 それこそ、超の役に立ちたいなら、今からでも死に物狂いで勉強すれば良いのだ。どうにかして魔法関係者や裏の住人達と関わりを持って、魔法や気の扱いに習熟するよう努めれば良いのだ。

 けれど、私はそれをしていない。

 結局のところ私はいまだ、この世界が現実だと信じ切れていないのだろう。訪れるかもしれない暗い未来を、リアルなものとして認識できていないのだ。

「私が勉強する理由、か。うーん、世界平和のため、かな」

 だから、私の返答はきっと、どうしようもなく空っぽな響きがした。


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