世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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【エイプリルフール番外】 こんな展開はいやだ

 麻帆良祭最終日、超の計画を阻止するために行動を開始したネギパーティーは、窮地に立たされていた。主戦場となっている六つの魔力溜まりのひとつ、世界樹前広場へと向かう途中、龍宮真名からの狙撃を受けたのである。

 その射線から隠れるために入った車両ごと、三時間先へ飛ばされるところだったが、これはネギの機転によってどうにか回避された。

 しかし、状況はわずかも改善されてはいない。

 真名はこちらの射程外に陣取ったままであり、一方的にネギパーティーへ攻撃を仕掛けることができる状況だ。ネギをかばった宮崎のどかが、強制的に舞台から退場させられたのは、ほんの数秒前の話である。

 もちろん、ネギの持つ航時機を使えばのどかを助けることはできた。だが、可能であることとやっていいこととは違う。一週間という長時間の跳躍により、航時機は不調をきたしてしまっている。

 あと何度の跳躍に耐えられるか分からない。この状況では、航時機の温存こそが優先される事項である。同じ航時機使いである超鈴音には、航時機なしでは対抗できないのだ。

 それは同時に、ネギさえこの状況から脱出させることができれば良いということでもある。

 この場で唯一、真名と対等の戦力と言える長瀬楓は、そこまでを瞬時に検討した。当然、ネギが航時機を使用すれば圧倒できるだろうが、それでは本末転倒だ。

「長瀬さん」

 背後から声がかかる。綾瀬夕映、長谷川千雨と並び、ネギパーティーの参謀役と言える、坂本春香のものだ。

 楓は真名への警戒を解かぬまま、小さく頷いた。春香も自分と同じ結論に達したらしい。

 ここは任せて先に行け、というやつだ。楓ならば確実に、数分は真名を足止めできる。

 その数分で距離を詰められれば真名の負け、詰められなければ真名の勝ちだ。

 この特殊弾頭と真名の組み合わせは、まずい。ある意味で航時機を使用する超よりも厄介だ。最悪、相打ちであっても戦力の差し引きで楓の勝ちと言える。

「足止めをお願い」

「承知、でござる」

 予想通りの台詞に、楓は短く答えを返す。

「これを使ってちょうだい」

 そんな言葉と一緒に春香から差し出されたものを、楓は真名から視線を外さぬままに受け取った。

 受け取ってしまった。

 春香が素早く飛び退いた次の瞬間、低い擦過音と共に楓の眼前が暗転する。

「なっ……」

「楓さんっ!」

 絶句した楓を救出したのは、残り使用回数あとわずかとなっている、ネギの航時機だった。ネギもまた、この状況を抜けるには楓の力が必要であると判断していたのだ。

 今のは特殊弾頭によって発生する時間跳躍の結界。馬鹿な、真名のライフルからは目を離さなかった。だとするならば……。

「散るでござるっ」

 楓は瞬時に判断をくだし、指示を出した。自身も立っていた場所から距離をとる。

 しかし、とっさに反応することができたのはネギと古菲だけであった。二度の擦過音と共に、二つの黒球が出現する。とらわれているのは、綾瀬夕映と早乙女ハルナだ。

 二つの黒球の間に、坂本春香が歪んだ笑みを浮かべて立っていた。

「くっ」

 予想外の事態に置かれながらも、楓は冷静さを失ってはいなかった。この状況で、真名が追撃を行わないわけがない。

「拙者は真名を抑えるでござる! あとは……」

 最後まで言うことはできなかった。真名のライフルから放たれた銃弾に、虚空瞬動での回避を余儀なくされたのだ。

 楓はそのまま、真名への突撃を開始した。

 

 

「あー、惜しい。長瀬さんの無力化ができてたら、龍宮さん無双だったのに。航時機を一回使ってくれたから、無駄ってわけじゃないけど」

 坂本春香が、あまり残念そうでもなくそう言った。

 同時に、どういうことなのですかー、などと黒球の中でわめいていた夕映達が消失する。三時間後に飛ばされたのだ。

「坂本さん……?」

 ネギは何がなんだか分からないというように、困惑した顔をする。いや、ネギもまた天才と称されている一人だ。何が起こったかは十分に理解している。ただ、信じられなかったのだ。

「まあ、言うまでもないと思うけど、種明かしですね。ネギ先生」

 来たれ、と呟いた春香の手に、小さな手鏡が出現する。

 アーティファクト「秘密の秘密の魔法の鏡」は、キーワードを唱えることで自身の姿を変えることができる魔法道具だ。それは修学旅行のときに春香とネギが仮契約を行った証でもある。

「ラ・ミパス・ラ・ミパス・ル・ル・ル……」

 変身を解除するキーワード。瞬間、春香の体が光に包まれ、その衣装が変わる。

 白と黒の単純な二色からなるワンピース。そして、胸元には超包子の三文字。

「裏切者、という奴なわけだ。ごめんね。古さん、ネギ先生」

「う、嘘アル。春香は学園祭が始まてから、いつもネギ坊主のそばにいたヨ!」

 古菲は怒ったように言う。

 確かに春香は、ネギと常に一緒にいたから、超から接触を受ける機会など無かった。だからそれは、前提が間違っている。

「学園祭中に仲間になったわけじゃないよ。私は最初から、超さんの味方だった」

「最初……から」

 ネギが小さく呟く。

「そう、最初から。学園祭の前から、修学旅行の前から、ネギ先生が赴任してくる前から、超鈴音が麻帆良に現れたそのときから、ずっとです」

 ネギと共に過ごした半年を否定しつくす言葉を、春香は微笑さえ浮かべながら言った。

 ぎりっと音がしたのは、古菲が歯を強くかみ締めたからだ。古菲の精神面は、決して弱くない。超の計画を止めることを決意した今、そのことに迷いはない。けれど、たった今まで味方であったはずの者の裏切りには、憤りとためらいを隠すことができなかった。

「超さんに協力する理由を、聞いても良いですか」

 しかしネギは、強い意思を目に宿したままで、春香に問いかけた。

「あー、また誤算。私の裏切りに先生の心が折れてくれれば楽だったんだけど。信頼関係が弱かったかなあ」

「そんなことを聞いているんじゃ、ありません!」

 はぐらかすような春香の物言いに、ネギが声を荒げた。その気勢に押されて、春香の肩が怯えたように揺れた。

 はっきり言って、春香は隙だらけだ。古菲もネギも、やろうと思えば二秒とかからずに制圧できる。いつでも無力化できるからこそ、ネギはまず春香から情報を引き出そうとする。

「龍宮さんが協力する理由と同じ、高畑先生がためらった理由と同じ、ですよ。少なくとも私は、魔法の存在なんてとっととばれた方が世界のためだと思った、そういうことです」

 実のところ、この時点で春香が自分に課した役割は九割がた達成されている。そう、綾瀬夕映とネギの会話を発生させなかった。それだけでも十分なのである。

 だから、会話を引き延ばしての足止めは、余禄のようなものだ。むしろ、余計な情報を与えてうっかり覚悟を決められてしまう前に、切り上げる必要がある。春香が左手を握りこもうとしたところで、ネギが声を発した。

「……分かりました。そこから先を教えては、くれないんですね」

 ネギが言ったそこから先とは、超が回避しようとした未来に何があるのか、だろう。もちろん、春香にはそれを教えるつもりは微塵もない。

「ではせめて、超さんの居場所を教えてもらいます」

 言葉と同時に、ネギの姿が消えた。いや、春香には消えたようにしか見えなかったというだけの話で、古菲にはしっかりと見えていた。

 気がついたときには、春香は右手を後ろに取られて、地面に押し倒されていた。右手に持っていた手鏡が、音を立てて地面に落ちる。

「お見事、です。私なんかの稚拙な引き伸ばし工作に付き合ってくれるのはなんでかと思ってたけど、そういうことか」

 春香が軽口を叩くと、極められた腕がぎりっと締め上げられた。

「痛い痛い痛い痛い痛い」

「超さんは、どこですか」

 ネギの声が春香に降ってくる。地面に押し付けられているので、その表情が怒っているのか、悲しそうなのか、見ることはできない。

 痛い、痛いと言い続ける春香に、腕を極めるネギの力が緩んだ。それ以外を喋らないのでは、尋問の意味がない。

「超さんは、どこですか」

 同じ台詞が、同じ口調で問われる。

 一般人に毛が生えた程度の春香に対して、少しの容赦もない。いや、もしかしたらそうでもしないと、涙が溢れそうなのを堪えられないのかもしれなかった。

 でも、と春香は口を開く。

「こういうの、迂闊って言うんですよ」

 言い始める前には、すでに左手を強く握りこんでいた。ぱきりと音がして、手の中の特殊弾頭が割れる。

 楓を、夕映を、ハルナを包んだ黒球が、春香を包む。当然、春香を押さえつけていたネギもろとも、だ。

 春香の視界が暗転した瞬間、背中にかかっていたネギの重みが消えた。航時機で脱出したのだ。

 暗い視界の中、春香は体を起こす。

 戸惑ったような顔の古菲と、泣きそうな顔をしたネギが立っていた。

 春香は小さく笑うと、満足そうに目を閉じた。

「二回、か。まあ私にしては上々かな。あとでね。古さん、ネギ先せ」

 最後まで言い切ることなく、春香はその空間から消失した。

 本来いないはずの人間がもたらしたものが、この後の物語にどう影響を与えたか、それを知るには、あと三時間ほど時が必要だった。

 

 

 ぱちりと、私は目を開けた。見慣れた天井、冷たい空気、カーテンの隙間から差し込む朝の光。

「い、いまどき夢オチ……」

 私は布団の中で脱力する。なんなんだ、あのアーティファクトは。変身するときは「テクニカル・マジック・マイ・コンパクト」とでもいうんだろうか。長谷川さんや早乙女ハルナが突っ込みをいれること間違いなしだ。

 しかもこれ、実は初夢とかいう奴ではないだろうか。

 初夢は正夢って言うけど、普通その年のことを見るもんじゃないかな。それに富士も鷹も茄子も出てくれなかったし。

 あ、龍宮真名が鷹の目ってことでどうだろう。駄目か。

 というか、最終決戦にもつれ込んでいる時点で、私の作戦が失敗しまくってるじゃないか。正夢になられたら、困る。

 一九九八年、正月二日。私の目覚めはいつもどおり、低血圧とは無縁のすっきりとしたものだった。まあ、心の中はげんなりと言った感じだったけれど。




Arcadia様への投稿時は2010年4月1日で、流行の嘘予告とやらをやってみたかったのだと記憶しています。

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