世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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悪ノリは計画的に

 冬休みが明けて、約二週間ぶりに会った葉加瀬さんは、ちょっと引くくらいテンションが高かった。

 放課後になったので、図書館にでも行こうかと歩いていた私を呼び止めた葉加瀬さんは、眼鏡の奥の目を不気味に光らせて、うふふふふと笑っていた。はっきり言って怖い。

「ちょっと、ちょっと聞いてくださいよ。実はですね……ふふふ、いえ、さすがにこれは坂本さんが相手であっても教えることはできませんね! 秘密です。ふふふふ……」

 などと供述しており、他人に言えない秘密を抱え込んでしまったことは明白なのだが、葉加瀬さん本人は滅茶苦茶幸せそうだ。目の下の隈を見る限り、睡眠不足によるナチュラルハイも手伝っていそうだけれど。

 というか、教えられないのなら最初から呼び止めなければいいのに。私でなかったら気になって問い質すと思うよ。言わないけど。

 山崎郁恵の知識と照らし合わせて考えるなら、これはおそらく、絡繰茶々丸の完成による喜びと、魔法という新たな研究テーマと出会った嬉しさとがない交ぜになっているものだろう。

 去年、体育用具室で別れてから超さんと出会うことは一度もなかったが、どうやら裏では着々と計画を進行していたらしい。

 最低でも、衣食住の確保、エヴァンジェリンとの関係構築、葉加瀬さん(あるいは麻帆良大学工学部)とのコンタクト、絡繰茶々丸の製作協力と、これだけのことをやっている。

 いや、有能すぎるでしょ。コネもツテもない百年前の世界にやって来て、まだ一ヶ月しか経っていないというのに。

 しかも、これらとは別に戸籍の偽造や中等部への入学手続き、超包子立ち上げのための資金繰りなども行っているはずだ。もちろん、現代の世界情勢や麻帆良内部に対する情報の収集も並行しているだろう。

 全盛期の某野球選手ではないけれど、行動を羅列するだけでも超さんの半端なさが分かるというものだ。

「では、坂本さん。訳が分からないお話に付き合わせてすみませんでした。私は研究がありますので失礼します」

 そして一方的にまくし立てた後、物凄くイイ笑顔で去っていく葉加瀬さんには、呆れを通り越して感心さえしてしまう。私が混乱することを分かってて話していたのか。まあ、それくらい嬉しかったってことなんだろうけど。

 科学の基本は客観性と再現性と普遍性……で合ってたっけ。とにかく、それっぽい何かだ。そして、葉加瀬さんが出会った魔法という事象は、既存の自然科学とは全く様相を異にしながら、その三つを全て満たしている。

 つまり「魔法は科学という概念で記述できる」のだ。科学の徒として生きる葉加瀬さんが、踊りあがって喜ぶのも無理はない。近い将来に魔法工学とでもいうべき分野が開拓されるとしたら、葉加瀬さんは間違いなくその第一人者になるだろう。

 そんなわけで、気持ちは分からないでもない。ただやっぱり、あそこまでこちらとテンションの落差があると、疲れる。

 とりあえず、ずんずんと遠ざかっていく葉加瀬さんの後姿に、がんばれーと手を振っておくことにした。二週間くらいしたら気も落ち着いて、元に戻るだろう。たぶん。

 

 

 葉加瀬さんにごっそり気力を持っていかれた後、当初の目的どおり、私は図書館島を目指して歩いていた。

 今日は、宮崎さんはどちらの図書館にいるだろうか。私はもっぱら図書館島を利用しているが、宮崎さんは初等部の図書館を利用していることの方が多い。

 読書好きなはずの宮崎さんとなかなか知り合えなかったのは不思議に思っていたのだが、分かってみれば当たり前の理由だった。五年生のとき、長谷川さんに「たまにはこっちの図書館に付き合え」と引っ張って行かれなければ、未だに出会ってさえいなかったかもしれない。

「お、坂本。あけおめー」

「あけおめー。って、さすがに今さらすぎるし、メールでも言ったじゃない」

 横合いから声をかけてきたのは、私と宮崎さんが出会うきっかけをくれた、長谷川さんだった。

「気分だよ、気分。図書館島に行くのか?」

「うん、そうだよ。……って、あれ?」

 隣に並んで歩き出した長谷川さんの顔に違和感。私の方が五センチ近く背が低いのは、以前からだ。それじゃない、地味眼鏡だ。地味眼鏡が登場した。

 私の視線が眼鏡に注がれているのに気づいたのか、長谷川さんはにやりと笑う。

「ただのイメージチェンジだよ。伊達だけどな」

 その笑顔はかわいらしくも格好いいのだけど、実のところ、その眼鏡をかけた理由に心当たりがある。

 五ヵ年計画で貯めたお年玉で「念願のノートパソコンを手に入れたぞ」なんてメールを私に送らなければ、死亡フラグも立たなかっただろうに。少なくとも一ヶ月くらいは気づかなかったはずだ。

「長谷川さん、ちょっとこっちに来て」

 くい、と手を引っ張って、あまり人の来ない校舎の裏手へ長谷川さんを連れ込む。

「急になんだよ、図書館に行くんじゃなかったのか?」

 不思議そうな顔をする長谷川さんに、複雑な視線を向ける。警戒心など微塵もない表情。もしかしたら、私が今から言うことは、友情を壊してしまうのかもしれない。でも、黙っていたら、それがばれた時に関係修復不可能なほどの禍根を残すだろう。

「とあるゲーム風に言うなら、悪い知らせと、比較的良くない知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

「もっとマシな二択にしてくれよ……。聞かなきゃ駄目なのか?」

 長谷川さんは嫌そうに顔をしかめる。

「聞かなかったら、後で知ったとき烈火のごとく怒ると思うよ。長谷川さんが」

「私がかよ。えーと、じゃあ悪い知らせから」

 小さくうなずいて、私は口を開く。

「中等部に進学したら、私は麻帆良的な意味での普通な人になると思う」

 長谷川さんが視線で私に続きを促す。

「ここ四、五年ほど、塾でものすごーく勉強を頑張っててね。四月からは、大学部のサークルに参加許可が貰えるの。ある意味、葉加瀬さんのお仲間になる、のかな」

 頭の良さには月とスッポンほどの差があるけどね、と誤魔化すように笑ってみる。

 はぁーっ、という大きなため息は、長谷川さんのものだ。額に手を当てて首を振っている。

「……バカ。坂本が私とかと比べて異常に頭が良いことくらい、ずっと前から知ってたよ。今さらそんなことくらいで怒るか」

 ちょ、ちょっと、やめて欲しい。不覚にもうるっと来た。本命である次に行く前のクッションとして、どっちを選んでもこっちの話からにしようとか思っていた打算まみれな私になんてことを言ってくれるのか。

「ほら、次。比較的良くない方もさっさと言え。またくだらないことだったら、それこそ怒るからな」

「うん、えっと、その、できれば怒らないでね?」

「くだらないことだったら怒るっての。ほら」

 上目遣い攻撃は不発に終わった。私が佐々木さんくらいのナチュラルボーンキレイカワイイだったら効果があったんだろうか。いや、それはそれで長谷川さんの神経を逆なでしそうだ。私の基準からすると長谷川さんも十分以上にかわいいのだけど。

「……ホームページ。ネットアイドル。ちうの部屋」

 ぼそっと三つの言葉を呟く。変化は劇的だった。

「っちょ、おま、ふざけんな、どこで知った! な、なん? あ、うえええええ?」

 長谷川さんがぶっ壊れた。顔を真っ赤にして、わたわたと手足を振り回す。

 まあ、開設から一週間も経っていない小規模サイトがいきなり身内バレしたら、こうなっても仕方ない。

「ごめん、落ち着いて。いやもう、ほんと、ごめんって。大丈夫、かわいく撮れてたよ」

 パソコン買ったよメールが来てから、毎日のように「ちうの部屋」で検索かけてたなんて言えようはずもない。四日目にしてランキングサイトが引っかかったときは、自分でやっておいてなんだけど「あちゃー」という感じだった。

「なんで、どうして……」

 長谷川さんは頭を抱えてぶつぶつと呟いている。重症だ。全面的に私のせいなんだけどね。

 でも、サイトのことを知っていると明かすなら、早い方がいいと思ったのだ。長谷川さんがどっぷりのめり込む前に、ナンバーワンネットアイドルとしての地位に固執する前に明かさないと、傷は深くなるばかりだ。

 とりあえず、何故知っているのかという問いに対して用意しておいた答えを返す。

「山崎郁恵」

 私が出した名前に、長谷川さんがぴくりと反応する。

「あれ、私」

「あれ坂本かよっ! 意味わかんねーよ、何いきなり相互リンクとか申し込んできてるんだよ、ホクホク顔でメール返しちゃっただろうが、馬鹿かお前!」

 長谷川さんは一息に叫んで、ぜえぜえと肩で息をついている。

 うん、物凄く丁寧なメールが返ってきた。文面の端々から長谷川さんが喜んでいるのがありありと伝わってくる、そんなメール。キャラ作るならあっちの方がいいと思う。

 でも、いくら人の来ないところとは言え、あんまり大声を出すと周りに聞こえるよ。ちうの部屋、というサイト名さえ出さなければ問題ないけど。

 山崎郁恵というのは、二年ほど前に立ち上げた、おたく系書評サイトで使っているハンドルネームである。私ではなく、山崎郁恵の言葉をどこかに吐き出したくて作ったものなのだが、長谷川さんのサイトを見つけたときに、丁度良いから相互リンクを申し込んでおいたのだ。ちなみに、ヒット数はしょぼしょぼである。

 これで私達はお互いに、自サイトの身内バレという秘密を共有する仲だ。いや、恥ずかしさでは長谷川さんの方がかなり上だろうけど。

「坂本、おまえ、悪い知らせと比較的良くない知らせ、じゃないだろ。どうでもいい知らせととんでもない知らせの間違いだろ、明らかに」

 長谷川さんは少し涙目だ。

「うっかり見つけちゃったことを言っておかないと、後でもっと怒るかなーと思って。大丈夫、他の誰にも言わないから」

「当たり前だっ! ……いいや、安心できない。そうだな。坂本には誰にもバラさないという証を立ててもらおう」

 地味な眼鏡の向こうで、長谷川さんの目に狂気の光が灯ったのを確かに見た。

 

 

 はなはだ不本意、というか私的に黒歴史確定なのだけど、数日後の話だ。

 更新されたちうの部屋の写真の中に、地味眼鏡を装着してアニメキャラの衣装に身を包んだ私が、ちうと並んで写っているものが一枚、混じりこむことになった。

 長谷川さんのコメントは「おともだちのいくちゃんと二人でポーズ☆」だった。死にたい。

「ねえ、絶対言わないから、あれ消してよ。他のことなら大体なんでもするからさあ」

 その次の日、そんな台詞で懇願してみたのだが、長谷川さんは、にいっと笑って一言だけ返してきた。

「却下」

 悪夢だ。


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