世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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中学生時代
賑やかで騒がしい日々のはじまり


 女子中等部入学式前日。私は寮の入り口で渡された部屋割表にしたがって、あてがわれた自室へと向かう。宅急便で送った荷物は、既に運び込まれているそうだ。

 同室となるルームメイトは、もう到着しているとのこと。荷解きなどで差し当たって使いそうなものを入れた、大き目のボストンバッグを肩にかけて、階段を上る。気を抜くと乾いた笑いが漏れ出てしまいそうなので、注意しなければならない。

 部屋割表と言ったが、実はその左にもう三文字くっついている。印字してある文字を正確に読めば「1-A部屋割表」である。

 何度読んでも変わらない。どうやら私は本当に、1-Aにクラス編成されてしまったようだ。

 誤算、というほどではない。可能性としては考慮していた。違うクラスに所属している場合と比べて、できること、できないことの基準が、大幅に変わったというだけの話だ。

 ただ、順当に行けば私は他のクラスになるだろうと思っていただけに、予想外ではある。A組は私の記憶よりも一人増えて、三十二人のクラスとなった。

 陸上部での成績は平々凡々としたものだったので、これは大学のサークルに参加できるだけの学力を持ったのが原因と考えればいいのだろうか。もしくは、超さんとの第一遭遇者であることがばれたのかもしれない。

 学園側が現時点で把握していそうな超さんのパーソナリティとしては、背後関係と経歴不明、エヴァンジェリンと接触を取っている(つまり魔法の存在を知っている)、絡繰茶々丸製作に関わることができるほどの頭脳を持っている、あたりだろうか。あ、そういえば屋台超包子の開店について、新聞に広告が打たれていた。これだけあれば、既に要注意生徒としてマークされていてもおかしくない。というか、マークされているからこそ、高畑先生が担任するクラスにいれられたのだろう。

 その超さんとの第一遭遇者である四葉さんと私を、関係あるか分からないけど、とりあえず一緒に監視するから放り込んでおけ、みたいな感じでA組に所属させたという可能性は、十分ある。

 初等部卒業を期に対策ノートを処分しておいて本当に良かった。寮生活になったら相部屋の人に見られるかもしれないよね、という軽い気持ちだったのだが、もしも私まで監視対象になっているのだとしたら、大正解である。春休み中に五日間かけて、ちまちまとノートを燃やしてはトイレに流した甲斐があったというものだ。

 まあ、お父さんが灰皿とライターどこだー、とか言って探してたけど、少しくらい禁煙した方が体にいいから、何の問題も無い。

「おっとと、この部屋だ」

 考えごとをしながら歩いていたせいで、危うく通り過ぎるところだった。

 部屋の鍵はもらっているから、さくっと開けてもいいのだけど、先に来ているというルームメイトが、人に見られるとまずいものを広げている可能性がある。

 私はコンコンコンと扉をノックした。案の定、部屋の中からばさばさと何かをしまう音がする。

「私ー、入るよー」

 物音がある程度おさまったのを見計らって声をかけ、鍵を開けて部屋に入った。

 あまり広いとは言えない部屋の中央で、段ボールにもたれかかって力尽きている女の子が一人。

「おどろかすなよ。寮母さんかと思っただろ」

「ちゃんと隠し終わるまで待ったじゃない。廊下から見えるとまずいんでしょ」

「お気遣いありがとよ。まあ、とりあえず、一年間よろしくな、坂本」

「うん、よろしく。長谷川さん」

 部屋割表を見る限り、一年どころか三年間よろしくすることになりそうだったけど。覚えのある組み合わせがちらほらあったから。

 

 

「まあなあ、実際のところ同室が坂本で良かったよ。コレ、隠す必要ないし」

 段ボールだらけの部屋では腰を落ち着けることもできないので、私達はさっそく荷解きにかかっている。せっせと作業をしていると、長谷川さんがそんなことを言った。

「同室が誰になるか分からないのに、荷物の中に入れてきたわけ? ソレ」

 コレとかソレとか言っているのは、もちろん長谷川さんのコスプレ衣装のことである。

「家に置いてきて親に見つかったら首吊りものだろ」

「あー、それはそうだね」

 私の覚えている限りでは、長谷川さんの部屋にルームメイトの影は無かったが、あれは一人部屋であったか、二人部屋であってもその存在を無視できる相手だったと予想される。例えば、相坂さよやエヴァンジェリン、絡繰茶々丸といった、寮で生活する必要がない面々である。

 ちなみに例として挙げたこの三人、エヴァンジェリンと絡繰茶々丸が同室、相坂さよはザジ・レイニーデイと同室と部屋割り表には書いてある。空き部屋の無駄遣いという気がしてならない。

 たぶん、私がいなかったら、この内の誰かが長谷川さんの同室になっていたんじゃないだろうか。

「そうそう、坂本のサイズに合わせて作ったのが何着かあるけど……」

「着ないからね」

「掲示板にも『いくちゃんとまた一緒に撮らないの?』っていう書込みがちらほら」

「絶対に着ないからね」

「ダチョウ倶楽部っていう芸人グループがあってな」

「フリじゃないからね」

 な、何を考えているのか、長谷川さんは。性格がまるくなったのはいいとしても、自分のサイトに他の人間の写真を進んで載せようとするほどまるくなる必要ないのに。まったくないのに。

「はは、冗談だよ、冗談」

 長谷川さんは笑いながら(でも目がマジだ)手に持っていた衣装をクローゼットにしまった。

 そこで手を止めた長谷川さんは、じっと私を見た。

「な、なに。コスプレはしないからね」

「いや、そうじゃなくてさ。なんていうか、自然に笑うようになったよなー、と思って」

「……え?」

 予想外の台詞に、反応が遅れる。

 笑うようになった? 私が? 長谷川さんがじゃなくて? あ、いや、今の長谷川さんは他人に対して線を引いていた時期がほとんどないのか。

 そんなことを考えた私の心を読んだように、長谷川さんが言葉を続ける。

「坂本って昔から、一線引いて付き合ってる部分があっただろ? ここ一年くらいはそういう壁がなくなってきた気がするんだよな」

 こういうことを面と向かって言える程度にはな、と長谷川さんは笑った。

「変に悟ったような顔してるより、今のほうがいい感じだと思うぞ、私は」

 そう言ったあと、長谷川さんは急に顔を赤くして、ぶんぶんと手を振り始めた。

「なし、今のなし。すげー恥ずいこと言った。忘れろ」

「いやー、ばっちり心の映像メディアに記録したけどね」

 消せ、削除しろ、と騒ぎだす長谷川さん。割とうっかり属性が高い気がする。

 それにしても、良く見てるよなー、人のこと。時期までばっちり当ててくるのが凄い。

 この六年間で、友人が増えた。付き合いを持つことで、知識として最初からあった「漫画のキャラクター」から「一人の友達」へと関係が変わっていったのは確かだ。けれどどこかに、作為があって交友を持ったのだという後ろめたさがあった。

 そんな私の態度を「なんで名前で呼んでくれないのか」という言葉にして怒ってくれたのが千鶴さんだ。ちょうど、一年ほど前の話になる。

「ちょっとね、心境の変化があったんだよ」

 起こるかもしれない戦争を回避する。そのために関わりを持った人達。場合によっては、信頼を裏切るようなことをしなければならない人達。それが本当に友人と言えるのか、悩んだことがある。後ろめたく無いと言えば、嘘になる。

 けれど、私の側にいる人達を、戦火になんか晒したくないという気持ちも、本当なのだ。最初は私と両親、それから葉加瀬さんくらいだった。でも、今はもっとたくさん、戦火から遠ざけたい人がいる。その人達を友人と言っては、いけないだろうか。

「へえ、どんな変化か聞いてもいいのか?」

 もちろん、その問いに答えられるはずはない。私は自然になったと言われた笑みを浮かべる。

「それは秘密だよ。千雨さん」

「てめ、そういう不意打ちは……なしだろ」

 千雨さんは少し顔を赤くしてそっぽを向いた。面倒見がいいくせにちょっと照れ屋。私の友達は、そういう人だ。

「さ、もうひと頑張りしようか。目標は三時までに荷物の整理を終えること、かな」

 すぐ隣から、ふん、という鼻を鳴らしたような返事があった。

 

 

 三時十五分、目標を少しオーバーしたけれど、部屋の片付けは終了した。これで明日までの間に、とり急いでやらなければならないことは無くなったと言える。

「なんか飲み物でも買いに行こうか」

「おー、そうするか。確か生協があるんだっけか」

「来る途中で見たような見なかったような。寮母さんに聞けば教えてくれるんじゃ……」

 コンコン、とノックの音が私の台詞をさえぎった。

 隠さなきゃいけないものはあるかと、千雨さんに視線で問いかける。反応を見る限り、特に無いみたいだったので、はーい、と返事をした。

「今あけるから待ってねー」

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、小走りでドアに駆け寄る。

「入学おめでとうパーティーのお誘いに来たよー!」

 ドアを開けるなり、そんな台詞と共に女の子が飛び込んできた。

「佐々木さん?」

「まき絵じゃねーか」

「千雨ちゃんと春香ちゃん! この部屋だったんだー」

 ぱっと佐々木さんの顔が明るくなった。いや、誰の部屋なのか確認してからノックしようよ。いくらこの階にいるのがA組だけだからって。

 というか……。

「佐々木さんと知り合いだったんだ?」

「初等部で同じクラスだ。春香の方こそ知り合いだったのか?」

「早朝ランニングを一緒する仲だよ。ねー」

 話を振ると、佐々木さんが目を白黒させて頷いた。

「う、うん。そうだけど……私としては二人が仲よさそうなことにびっくりなんだけど」

 そりゃ確かに。

 三人がそれぞれ面識あるのに、それをお互い知らないとか、なかなか混乱する状況だ。まあ、新しいクラスになったのだから、それなりにあり得る話だとは思う。過半数のA組クラスメイトと交友のある私のせいで、状況の混乱に拍車がかかりそうだけど。

「それで、パーティーって?」

「あ、そうそう。部屋の片付けが済んだから、同室になった亜子ちゃんって子と生協までおやつ買いに行ったの。そしたら、なんかA組の子がちょうどたくさんいて、せっかくだからみんな呼んでお茶会しようか、って」

 なるほど、荷物整理を終えたあとの行動パターンは、どこの部屋も似たり寄ったりだったらしい。

「二人とも来る? 会費はお一人様五百円ということにしますわ、って仕切ってる人が言ってたけど」

 ああ、うん、その口調だけで誰が仕切ってるのかわかったよ。仕切りたがりというよりは、リーダー気質なのだろう。雪広さんが噛んでいるのなら、買い出しから何から、滞りなく準備が進んでいるに違いない。

「私は参加しようと思うけど、千雨さんはどうする?」

「もちろん、行くよ。どんな奴がいるのか見たいしな」

 千雨さんが「もちろん」と言ったことに思わず微笑む。きっと、山崎郁恵の知る千雨さんだったら、同じイベントがあっても参加しなかったんじゃないだろうか。

 変に悟ったような顔してるより、今のほうがいい感じ。……うん、私もそう思うよ、千雨さん。

「おっけー、二人とも参加ね」

 そう言って、佐々木さんは携帯電話を操作しはじめた。参加者が増えるたび、メールで買出し班に連絡を入れているのだろう。集まったはいいけど食べ物が足りませんでした、では面白くない。おそらく、これも雪広さんの指示だ。

「声かけとか、手伝った方がいか?」

 千雨さんが問うと、佐々木さんはくりっとした目を瞬かせた。

「んー、亜子ちゃんが反対回りで声かけてるから、そろそろ終わるんじゃないかな。私の担当、あと二部屋だし。そのまま会場に向かっちゃっていいよ」

 お祭り騒ぎの準備だけはやたらと手際がいいのは、この頃からのようだ。A組としてはまだ一度も集合したことがないのに、ものすごいチームワークである。ぱっと思いつくだけでも、場所の確保と買出し、声かけで三つの班に分かれているはずだ。

「そういえば、会場ってどこなの? 寮の談話室とか借りたのかな」

「あ、えーとね。超さん? っていう子がスペースを貸してくれるんだって。なんか、今度開店する屋台の試運転にちょうどいいって言ってた」

 超さんまで噛んでいたのか。そりゃあ手際がいいわけだ。買出し組に雪広さん、場所の準備に超さん(と四葉さんもかな)が回っているなら、私が口を挟むようなことは残っていない。

「分かった。じゃあ、私達は準備したら寮の前にいるから、一緒に行こうか」

「待っててくれるの? じゃ、特急であと二つ回ってくるから、ちょっと待っててねっ」

 言葉どおり、佐々木さんは特急で部屋を飛び出していった。

「……なあ、非常識にもそれなりに慣れてきたつもりだったけどさ。屋台って中学生が経営できるもんなのか?」

 半ば呆れたような口調の千雨さんに、私は肩をすくめた。

「うーん、それは難しい質問だね。とりあえず、報道部の新聞に広告が打ってあったから、情報に間違いはないだろう、ってことくらいしか言えないかな。超包子っていう屋台が明後日に開店するらしいから、たぶんそれのことだよ」

「あー、超って言ってたもんなあ。屋台ってところも符合するし……なんなんだよ、この学園は」

 この場合、規格外なのは学園じゃなくて超さんな気もするけどね。屋台の開店資金なんて、どうやって工面したのだろうか。

 千雨さんは、ふっと皮肉っぽく笑った。

「ま、いつものことか」

「うん。いつものことだね」

 誰が参加するかにもよるけど、パーティーでは「いつものこと」のオンパレードになりそうな気がするよ。がんばれ、千雨さん。愚痴はいくらでも聞くからね。


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