唇を強く引き結んで、私はうつむいていた。
どうすればいい? なんて答えればいい? 何を知っていると言えば、超さんに納得してもらえる?
いっそ、未来を知っていると、言ってしまえばいいんじゃないかと、そんな考えが浮かぶ。ここまで疑いを持たれてしまったら、もうこれ以上隠れて動く意味はないのではないだろうか。
でも、それはできない。そんなことを言ってしまえば、どうやってそれを知ったのかを問われないわけがない。そして私はそれに答える言葉を持っていない。
「だんまり、カナ」
超さんに言われ、はっと顔を上げる。
「あまり賢い対応とは言えないネ。何かを知ていると言ているも同然ヨ」
偶然だと言い張ることもできず、そして今の状況を論理的に正しく説明することもできず、けれど沈黙は何よりも雄弁に、それが異常であることを語る。
「まあ、実のところ、大枠の予想はついているヨ」
え? と、私は目を丸くする。
だって、私が前世の記憶を持っていて、しかもその前世がこの世界を漫画として描いていて、だからこれから起こることを知っているのだなんて、そんな突拍子もない事実でなければ、この状況は説明できない。そんなとびきり非常識な結論に、超さんはたどり着いたというのだろうか。
「偶然では片付けられない坂本サンの交友関係だけれど、それでも偶然としか言えない理由が存在するネ。坂本サンはあのクラス編成を知ることなどできなかただろうし、長谷川サンのように数年以上も前からの友人もいるヨ。なら、こう考えれば辻褄が合うネ」
超さんは軽く目を閉じた。
一般人としての行動範囲しか持たない私だ。学園側と繋がっている、という可能性すらないのだ。けれど、超さんの言葉によどみはない。
ゆっくりと、超さんが目を開いた。
「プレコグニション。坂本サン、アナタは最初から、このクラス編成になることを知ていたのじゃないカナ?」
せっかくお風呂に入ってきたというのに、背中に気持ち悪い汗が浮かぶ。呼吸が浅くなるのが分かる。けれど、それを隠すこともできない。
「な、何を言っているのかわかんないな」
「横文字は苦手カナ。未来視、あるいは予知能力。俗に超能力とも称されるそれは、九割以上の偽者と、ほんの一握りの本物の区別すらつけられず、そもそも本物がいるのかさえも分からず、進歩が止まている科学分野ヨ。坂本サンは、その本物なのだと、私は考えているネ」
無茶だ、そんな暴論、あるわけがない。でも、限りなく正解に近い。これもかまかけなのか。それとも天才っていうのは、そういう発想の飛躍さえも味方にするものなのか。
いや、魔法があり、占いによる擬似未来予測が可能であるのだから、その派生として超能力に関する研究が行われていてもおかしくはない。たとえ研究が行われていなくとも、その発想に至るハードルは、妄想というよりは遥かに現実に近いはずだ。
「自分でも随分なコトを言ているとは思うけどネ、そう考えないと理由が分からないヨ。あの日、体育用具室で、坂本サンがコンソメスープを毒見してから私に勧めた理由がネ」
ガツンと、頭を殴られた気がした。
そこ、だったのか。
何のことはない。交友関係がどうとか、予知がどうとか、そんなのは全部理屈づけに過ぎなくて、超さんが何よりも私に注目したそもそもの発端は、そこだったのだ。
タイミング的に考えて、おそらくはこの時代への転移直後。誰も超さんのことを知らない。魔法先生に目をつけられているという可能性すら存在しない。その状況で、ホットミルクを飲まない理由を、薬物を警戒しているからという推測に繋げる存在。そんな私を、超さんが怪しまないはずが無かったのだ。
私のことを調べて、経歴が例えば龍宮さんのようなものだったなら、多少の不審を残しながらも超さんは納得したはずだ。偶然とは言い難いクラスメイトとの交友関係も、そうなるように仕向けた理由(例えば学園の依頼とか)を幾らでも思いつけただろう。
でもそうではなかった。私のどこを調べても、裏の世界や魔法との繋がりが見えてくることはなく、その事実はさらに毒見という私の行為の不自然さを増す。
差し向かいになって確かめる、なんていう暴挙に出たのは、超さんにとってもある意味手詰まりだったから、なのかもしれない。
「他人にはとても話せない秘密だということは分かるつもりヨ。でもそこを曲げて、科学の進歩のために、きりきり吐くと良いネ。そして今度的中率なんかのデータを取らせて欲しいヨ」
冗談めかした超さんの言葉。どこまでが本音だろうか。いや、超さんはきっと、嘘をつかない。だから実験データを取りたいというのも一つの本心ではあるのだろう。彼女の場合はただ、言葉にしない秘密が多いだけだ。
「超さん」
「なにカナ」
私とは全然違う。私は、嘘をついてばかりだ。
「実験には、協力できないよ。私にはもう、未来を視る力なんてない」
その言葉で、超さんの表情が初めて揺れたように思う。
「超能力関係の本とか読んだことがあるなら、分かると思うけど、そういう力って子どもの頃の一時期だけ発現するっていう例が多いみたいね。私もそのクチ」
前世のことは言えない。でも未来を知っていたということにしなければ、この場は収まらない。なら、そういうことにしてしまおう。
「最後に視えたのは、初等部の一年生くらいだったかなー。それが未来のことだって気づいたのは、何年も経ってからだったけどね」
「フム」
超さんが小さくうなずく。
どうなのだろう、超さんくらいになれば、相手が喋っていることが本当か嘘かなんて、表情や視線、口調から分かってしまうもの、という気もする。
でも、ばれたって構わない。これはチャンスだ。少なくとも、私の言葉を予知という重みを持った情報として超さんに伝えることができる。
「で、その、超さん、知ってるかな。私、随分前から世界樹をこよなく愛する会に入るために勉強してて、明後日、正式に入部するんだけど」
「知ているヨ。ハカセから聞いたことがあるネ」
裏を取るために、超さん自身の手で調べてもいるに違いない。
「もう、入る必要なくなっちゃった。直接言えるから」
短い沈黙の後、超さんが口を開いた。
「……どういう事、カナ」
「世界樹の大発光、一年早まるよ。再来年、ニ〇〇三年の学園祭に光る」
次の沈黙は長かった。時計の秒針が、三周くらいはしたはずだ。
「全部、知ている。そういう事だネ、春香サン」
「全部なんて、知らないよ。だってもう、私が視たのとどれだけずれてるのかも分からない」
「なるほど、塞ぎ込んでいたのはそういう理由だたカ。迂闊にも私の部屋などという場所について来たのも同じ理由カナ」
迂闊と言われてしまった。やはり私は、危機意識というものが圧倒的に足りていないらしい。
「それにしても、困てしまたヨ」
超さんはちっとも困っていない表情で言う。
「私には坂本サンの言葉を信じる根拠が一つも無いネ。先ほどの台詞、ただ私を焦らせようとしているだけと考えることも出来るからネ」
その台詞には、虚を突かれた。
確かにそうだ。私は徹頭徹尾、超さんの味方のつもりだけれど、それを証明する手段がない。私の未来予知能力という話を、眉唾であれ信じるにしても、私の告げた未来が嘘でない証拠は一切ない。
あってもなくても無意味な情報。いや、むしろ私という不確定要素が増える分、超さんにとっては邪魔なだけだ。
うろうろと視線をさまよわせる私を見て、超さんは小さく笑った。
「まあ良いヨ。嘘だたにしても、そういう嘘を坂本サンがついたということは本当だからネ。貴重な情報をもらた、ということにしておくヨ。何しろ……」
超さんの顔から笑いが消える。
「坂本サンの視た未来では、負けたらしいからネ」
その表情に私は息をのんだ。怖い。なぜあの一言から、そんなところまで分かるのか。分かってしまうのか。
私の記憶の中では、ネギに負けることをある程度納得ずくだったようにさえ思えたのに、今の超さんにはそれが全く見えない。
超さんはすぐに表情を戻した。苦笑を浮かべる。
「コーヒー、冷めてしまたネ。いれ直すヨ」
そう言って立ち上がろうとする超さんを止める。
「あ、いいよ。もう、部屋に戻るから」
私は残っていたコーヒーを飲み干して、立ち上がる。
「また気が向いたら、視たことを話して欲しいネ」
「信じないのに?」
「どこまで信じていいかを知りたいからヨ」
座ったまま、超さんが笑う。やはり、その表情からでは、どこまで本気なのか分からない。
「そうそう、分かていると思うけれど、このことは……」
「超さん以外に言うつもりはないよ。本当は超さんにも隠してる予定だったし」
それに、だ。
「言ったところで意味がないって、分かってるんでしょ」
正確には、私が言ってしまっても構わない、だろうか。
もちろんそんなことをするつもりは無いけれど、例えば私がこの足で学園長先生や高畑先生のところに押しかけて、超さんのことを言ったとしても、彼らは取り合わないだろう。現時点で超さんは何もしていないのだ。魔法と何も関わりのない私の吐く言葉を、先生達が信じる理由なんてない。
というか、超さんがもしもそれを不味いと思っているのなら、今の段階でもっとはっきりと私に対して実力を行使しているんじゃないだろうか。いや、むしろ、実力を行使したという一事でもって、私の話に信憑性を持たせてしまう可能性を考慮しているのかもしれない。
だからきっと、私の扱いは今のところ保留されている。あと一年、二年経って事態が差し迫ってくれば、どうなるか分からないけれど。
今の時点ではむしろ、放置しておいた方が労力は少ないのだろう。超さんからも学園からも一般人と見られる、という作戦は失敗してしまったけれど、どちらからも警戒対象として見られることは、まだできる。
学園側に超さんの味方だと見なされてさえいないなら、実のところ私の立ち位置は昨日までとあまり変わらないのだ。
「それじゃあ、また明日。おやすみ、超さん」
「また明日、春香サン」
廊下に出ようとドアノブに手をかけたところで、超さんに呼び止められた。
「そういえば、相談に乗る、という約束だたネ」
私はドアノブから手を離して振り向く。
「坂本サンが何をしても、何をしなくても変わらないヨ。私はそれを全て利用して勝つネ」
「……ありがとう、楽になった」
私はそれだけ返して、超さんの部屋を出た。
ぱたりと、ドアを閉める。
結局、超さんは一度も、魔法とか学園とか、超さん自身のことについて触れなかった。私の発言をどれくらい信じていたのか、それだけでも分かるというものだ。
私が何をしても、何をしなくても変わらない。
超さんの言葉は、私を楽にはしてくれた。
でもそれは、坂本春香に意味なんてないと、そういう言葉でも、あった。
携帯電話でちらりと時間を確認して、もう今日は早乙女さんのところにはいけないななんて、そんなことを考えて誤魔化した。