世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

25 / 35
月明かりの下、屋台で

 約束の土曜日。超包子の閉店後、本日の後片付けを私と超さんで引き受けた。五月さんは手伝おうかと言ってくれたけど、これは私達二人が自然に居残るための方便なので、大丈夫、大丈夫と誤魔化した。

 真面目に後片付けを終わらせて、屋台の中で差し向かいになり腰を落ち着けた。いよいよこれから、である。

「さて、まず最初に、春香サンの未来視について、いくつか確認しておきたいことがあるヨ」

「どれくらい信用できるか確かめたい、ってことだよね」

 超さんの台詞に、私は素直にうなずいた。

 当初の予定であった、超さんと積極的に関わらないという方針を捨てた現在、私が第一に考えるべきことは、超さんの信用を得ること、だ。最低ラインでも、敵でないことは納得してもらわなければならない。

「春香サンは、一体いつまでの未来を視たことがあるのカナ? 十年、百年、それとも千年?」

 視た、と言われると返答が難しい。例えば、百年後の情報について、私は多少なりとも知ってはいる。けれど、それは学園祭編を通して間接的に得た知識だ。

 できるだけ私の持っている情報を正確に伝えるとするなら、嘘を少なくするに越したことはない。

「あと二年、かな。中等部三年の夏くらいまで。自分が高校生やってるとこは視たことない」

「最後に未来を視たのは初等部一年くらいと言ていたが、正確な時期は覚えているカ? 季節だけでも良いヨ」

「んー、いつだろ。冬休み終わってからはもう視た覚えがない。それは確実」

 そもそも、未来を視たことがないので、これは嘘じゃない。

「……初めて視た未来を覚えているカ?」

 少しの溜めの後の質問。

 これは、どれを話せば良いのだろう。……いや、難しく考えるのはやめよう。時系列とかを考えながら話すよりは、一話から順に視たということにした方が、分かりやすい。

「えーと、来年の……冬? かな。うちのクラスに新しい先生が赴任してくるのを――」

「ストップ。それ以上は言わなくて良いヨ」

 私の言葉を手ぶりで制した超さんは、小さくうなずく。

「なるほど、だいたい分かたネ。ただ、その上で断ておくけれど、私は春香サンから未来で起こることを詳しく聞こうとはあまり思ていないのヨ」

「うえっ?」

 超さんのその台詞に、私は間抜けな声を返した。

「え、でも、だって、前に『視たことを教えて欲しい』って言ってたじゃない」

 というか、頭脳も身体能力も秀でたものを持たない私としては、覚えている知識を隠さずに話すことが、一番簡単に役立てる要素なのだけど。

「私が知りたいのは未来でなく、過去だヨ」

「過去なんて……」

 言いかけて、気づく。いや、私は過去を知っている。超さんの過去も、マクダウェルさんの過去も、桜咲さんの過去も、不確定な要素が多いとは言え、知ってはいる。

「一番わかりやすいのは身の上話だろうネ。未来において人の過去を知ることは、十分あり得る話ヨ。事実、春香サンは私の過去を知ている。そうダネ?」

 私はこくりとうなずいた。過去と言うよりは、未来と言うべきかもしれないが。

「それこそ身の上話としてだから、全部知ってるわけじゃないけど。ええと、火星とか、カシオペアとか、そういうの」

 天文の話だと誤魔化すことも出来そうな私の返答に、超さんは目を細めた。

「……なるほど。実のところ半信半疑な部分もあたのだけれど、春香サンの能力は本物だたらしいネ」

 腕を組んで少しだけ難しい顔をした超さんは、数秒考え込んだ後、思い出したというように、顔を上げた。

「ああ、言い忘れていたけれど、盗聴対策は十分にしてあるから、あまり言葉に気を遣う必要はないヨ」

 私が中途半端に言葉を濁した理由を、超さんはそのように結論付けたようだった。ただ単に、魔法とか口に出して言うのが気恥ずかしかっただけなのだけど。丁度いいので、私は疑問に思っていたことを聞いてみる。

「過去のことは聞きたくて、未来のことは聞くつもりない、っていうのはどうして?」

「簡単な話だヨ。私が言うのも何だけれど、未来を知るのは良いことばかりではナイ。それは春香サンも良く分かているのじゃないカナ」

 さらりと返されて、私は言葉に詰まる。

 こんな知識なんていらなかったと、思ったことは当然ある。

 けれど、未来を変えるという一点においてなら、未来の情報は無いよりも有った方が便利じゃないだろうか。

 ええと、例えば、「航時機をネギに渡したせいで失敗した」という知識を、私は持っている。だから、ネギに航時機を渡さなければいい、という対策を打てる。私がこれから起こるだろうことを知っているからできる対処だ。それはとても有効な手段だと思うのだけど。

 …………あ、そうか。

「分かたようネ」

「思考が硬直しちゃうのを避けたい、ってことでいいのかな」

「だいたい正解ヨ」

 なまじ「航時機をネギに渡したせいで失敗した」ということを知っているから、ネギに渡すか渡さないかという二つから対処を選ぼうとしてしまう。でも実は他の人に――例えば何らかの方法で説得し、味方に引き入れたマクダウェルさんや高畑先生に――渡すということだって考えられるし、それ以外の対処法だっていくらでもある。

 未来を知っていることは、必ずしもアドバンテージだけをもたらすというわけではないのか。起こった結果のみに注目してしまうと、広い視野を保てなくなってしまう。

「私が今麻帆良にいることは、硬直した思考の、結果の一つヨ」

 わざとらしく超さんは笑う。

 未来に起こる戦争(だと私は思っているのだけど)を回避するという、超さんの目的は、確かに見かたによってはそう取ることもできる。

 もちろん、同じ理屈は私にだって当てはまる。

「過去について聞きたいというのは、調べても分からなかたことがあるからヨ。もし春香サンが知ているなら教えて欲しい」

 ようやく本題だ。私の間抜けな質問で、随分より道をしてしまった。

 知らず、私は姿勢を正した。

「なんでも聞いて。私が知ってることなら、全部話す」

「全部なんて話さなくてもいいヨ。七割がた確定している状況証拠を、九割にまで引き上げてくれる証言がもらえれば御の字ネ」

 そこまで言って、言葉を切った超さんは、私の目をじっと見てくる。ふと、視線の動きで嘘が分かる、という話を思い出した。

「神楽坂明日菜サンについて、春香サンは何か知ているカナ?」

 私は息を呑んだ。

 なるほど、この学園でそれを調べたとして、クリティカルな情報を持っているのは学園長、高畑先生、そして図書館島の地下にいるアルビレオ・イマくらいだろう。そんなところから情報を引っ張ってくることは、流石の超さんでも出来なかったらしい。

「どうやら知ているようだネ」

 超さんの言葉に、うなずきで応える。

「神楽坂さんは、黄昏の姫巫女って呼ばれてた。麻帆良に来る前は、その、えーと、魔法世界、にいたみたい」

 魔法世界。口に出してみると、シュールにもほどがある。もしも今ここで超さんが「魔法なんてあるわけないネ」とか言って笑い出したら、私は一生もののトラウマを負うだろう。さんざん非常識に慣れ親しんだ私でさえ、魔法という言葉を口に出すのは結構な勇気が必要だった。

 照れ隠し、というわけではないけれど、私は慌てて言葉をつけ足した

「先に言っておくけど、神楽坂さん自身は、そのことを知らないみたい。忘れてる、って言えばいいのかな」

「だろうネ。知らないフリをするのなら、身体能力まで含めて、もと上手く隠しているはずヨ」

 私は少しだけ不安になって、超さんに問いかける。

「その……、神楽坂さんに、言うの?」

 七割がた推測できていたと超さんは言った。私の証言で、八割、九割の確度となったとしたなら、超さんは神楽坂さんをどうするつもりなのだろうか。魔法無効化能力というレアスキルは、確実に超さんの計画の助けになる。何しろ、魔法使い相手にほぼ絶対的なアドバンテージとなり得るのだ。でも、今の神楽坂さんは、敵対する魔法使いや化け物を倒すために力を搾り取られていた、そんな過去のことは知らない。

 全部忘れて普通に、高畑先生の言葉を借りるなら幸せに、暮らしているのだ。

 知っているとおりに進めばあと二年で思い出してしまうとは言え、私が超さんに神楽坂さんの過去を教えたことでそれが早まるというのは、かなり後ろめたいものがある。

「春香サンが何を不安に思ているか、だいたい分かるけど、その心配はないヨ」

 超さんが笑う。

「むしろ神楽坂サンの件に関して、私と麻帆良上層部の利害は一致していると言えるネ。彼女を魔法関係者の目から隠したいのは、私も同じヨ」

 魔法関係者から、隠す。それはつまり……。

「完全なる世界」

 私の中で一連の事件が一本の線に繋がったせいで、思わず呟いてしまった。

 魔法世界編において、神楽坂さんの存在は鍵だ。二十年前も、そして魔法世界編でも、完全なる世界は黄昏の姫巫女の確保に固執している。おそらく、魔法世界を消すために、神楽坂さんの力が必要なのだ。

 でも、ここまでは、もっと前から分かっていた。気づいたのは別のことだ。

 魔法世界編、つまり完全なる世界による魔法世界崩壊の計画は、修学旅行で神楽坂さんとフェイト・アーウェルンクスを接触させてしまった時点で、始まっていたのだ。

 犬上小太郎の再登場や、悪魔とネギの因縁にばかり意識が行っていたが、修学旅行後に起こった悪魔の襲撃事件におけるフェイトの主目的は、神楽坂さんの魔法無効化能力が、周囲に影響を及ぼす術式として変換可能かの確認だったに違いない。それは言い換えれば、神楽坂さんが黄昏の姫巫女と同一人物であるかの確認、ということでもある。

 それなら、修学旅行編で彼女の存在を隠し通すことさえできれば、フェイト達の行動開始までの時間的猶予が大きく変わってくるはずだ。どうすれば良い? 神楽坂さんがネギの従者にならず、その上で近衛さん誘拐事件やマクダウェルさんの襲撃事件を乗り切るには……。

「完全なる世界、なんて単語まで出てくるのカ。聞かない、と言たのは私だけれど、春香サンの視た未来がどうなていたのか、気になてしまうネ」

「あっ、ごめん」

 思考の海に沈みかけていた意識を浮上させる。よそごとを考えている場合ではなかった。

 超さん自身が、未来の情報をいらないと言うのなら、聞かれたこと以外を喋るべきではない。私の口から出た情報を、超さんが鵜呑みにすることはないと分かってはいる。けれど、超さんが言ったように、それで思考にバイアスがかかってしまう可能性はあるのだ。

「他に聞きたいこと、ある?」

「いや、ないヨ。調べて分かることなら、春香サンに聞く必要はないからネ。神楽坂サンのことは例外ヨ」

「あれ、えーと、じゃあ、終わり?」

 確かに、超さんが調べてもこれ以上の情報は出てこないと判断した神楽坂さんのことを話した。でも、本当に私が超さんのためにできることってこれだけなのだろうか。

「その、短期的なことだけじゃなくて、長期的な行動の指針とかは」

「そこまで縛る必要は無いヨ」

 含みのある表情で笑う超さん。

 学園祭の最終日、私が超さんに聞いたのは「超さんの役に立つためにできること」だった。そして、超さんはあの時「一つだけなら駆け引き抜きで本当のことを答える」と言ってくれていた。その超さんが必要無いというなら、私に協力できることなんて、本当に無いということに……。

「あっ」

 そうか、そういう事か。騙された。

「笑われて当たり前だ。もっとマシな事を聞けば良かった」

「そうだネ。春香サンはもう少し頭が良いと思ていたヨ?」

 超さんの駆け引き抜きの本当の答えは「土曜日にこの場で話をすること」だ。つまり、さっきまでのやり取りはばりばりに裏があった。

 思考の硬直だなんて、おためごかしも良い所だ。私が嘘の未来情報を言う可能性があるから、検討材料の無いものについては聞かない方が良い。そういうことだったに違いない。

 スタート地点の間違っている推論は、どれだけ正確に行おうと間違った解にしかたどり着かない。偶然真実を得ることはあるだろうけれど、それは間違った推論を行った結果でしかない。論理的に妥当な推論を行える超さんだからこそ、間違ったスタート地点に立つことは避けたかったのだろう。

 長期指針を与えないのも同じ。もしも私が敵なら、与えられた指針と反する行動を取れば良いだけなのだ。そりゃあ、そんな危険な情報を私に渡す必要なんて無いだろう。

「フフ、共通認識が取れたところで、もう一つ聞いても良いカナ?」

 がっくりと脱力してしまう。本当に超さんはひどい人だ。

「良いよー。全然信用されてないって事が分かってショックだけど、私のスタンスは変わらないから、なんでも聞いて」

 完全に気を抜いていた私の隙を突くように、超さんが鋭く問うた。

「私に協力する理由」

 室温が、一瞬で二度くらい下がった気がした。

 これだ。

 駆け引き抜きで私と二人きりになりたがった超さんが問いたかったことは、きっとこれだ。

 聡美さんも、五月さんも、龍宮さんも、超さんが選んだ人だ。

 でも私は違う。私が超さんを選んだのだ。だからこの問いは必然。ここで中途半端なことを言えば、二度と超さんの信頼を得ることは出来ないだろう。

「それを説明するためには、超さんの過去……未来かな。私の知っていることをある程度話さなきゃいけないんだけど、良いかな。それに、少し長くなる」

「良いヨ」

 短い返答。

 私は舌でなめて、唇を湿らせる。

 六年もの間ひとりで考察を続けたノートを思い出す。何度も読み返したし、何度も書き直した。

 燃やしてしまったから、もうこの世界のどこにも存在しないノートだけれど、書いた文章はしっかりと頭の中に染み付いている。

「私の最終目標は『魔法世界の消滅によって発生する難民問題と、それに伴って起こると予測される旧世界住民と魔法世界住民の武力的衝突を回避する』ことだよ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。