世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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裏の裏は表だろうか?

「私の最終目標は『魔法世界の消滅によって発生する難民問題と、それに伴って起こると予測される旧世界住民と魔法世界住民の武力的衝突を回避する』ことだよ」

 超さんの表情に変化はない。

 続けて、と目で言われた気がするので、現時点で既に超さんが持っていそうな情報を選んで口を開く。

「私が知っている中で、確度が高い情報は四つ。魔法世界は人の手によって火星と重なる形で作られた。そう遠くない時期に魔法世界は消滅する。百年後には火星に人が住めるようになっている。それから」

 一度ためを作る。

「超さんは未来から来た。……これは推測だけど、たぶん、2114年」

 別に超さんは、無表情というわけではない。そう、生徒の答えを採点する教師のような、という表現が当てはまるだろう。試されているのだ。

「時代を特定した根拠はあるのカナ?」

「タイムマシン――航時機は世界樹の大発光に合わせないと使えない、って言ってるのを視たの。百年以上経過した中で一番近い発光周期だから」

 ただ足し算しただけなので、本当は推測と言えるほどでもない。

「オヤ? 春香サンは先日、大発光が一年早まると言わなかったカナ」

 遠まわしに、あれは虚言だったのかと揺さぶってくる超さん。冗談めかした物言いが、逆に怖い。でも、それならば六年の間に自問したことがある。

「言ったよ。でも、2113年や2108年から来たのだったら、超さんが2003年に発光する可能性を考えないわけがないと思う」

 2108年というのは、何らかの理由で発光周期が二十一年に変わってしまった場合である。

 どちらにせよ、発光が一年早まったことが超さんにとって誤算だった以上、彼女が居た時代ではずっと二十二年周期だったか、次回以降で二十三年の周期を挟んだと考えるのが妥当だ。

「……話を止めて悪かたネ。続けて良いヨ」

 保留、と言ったところだろうか。

「私は魔法世界の消滅を数年、長くても二十五年以内だって推測してる」

「根拠は私がいるから、カナ」

 超さんの言葉に頷く。それ以上後に消滅するのなら、超さんは2026年の大発光に合わせて時間を跳んだはずだ。

「魔法世界の消滅と住民の旧世界への脱出。これが現在の――旧世界の人が魔法を全然知らない状況で行われたら、必ず諍いが起こる。……起こったんだと思う」

 超さんの表情を窺う。何か、私の推測が当たっているのか、それとも的外れなのか、そういうものが読み取れないかと思ってだ。もちろん、何も読み取れはしなかった。

「最初に言ていた目的ダネ。それを回避する、と。方策はあるのカナ」

「……私は持ってない」

 そう、私はそれを回避する方策を持っていない。持っていないからこそ――。

「だから私に協力する、と言うわけダ。私と春香サンの目的が同じだとも限らないのに?」

 わざとらしい言い回しだ。事実、わざとなのだろう。

「同じじゃないかもしれない」

 大きく外れているとも思っていない。けれど、今返すべき言葉はそれじゃない。

「でも、私は二年後の学園祭で超さんが取ろうとした手段を知ってる。それは私の目的達成に十分プラスになる」

「私が『取ろうとした』手段、ネ」

 繰り返されて、私は言葉に詰まった。過去形、である。

 四月の時点で超さんが失敗したということは気づかれている。だが、そうであったとしても迂闊な言い回しだった。

「その手段、今の私が考えているものと同じか聞いてみたいところダガ……」

「言っても良いなら、話すよ」

「いや、止めておくヨ」

 超さんはゆっくりと首を振った。そして笑みを浮かべる。

「代わりに私が言おう。私の取る手段は『全世界への魔法ばらし』ダ」

 唇を片側だけ吊り上げた、意地の悪い微笑。

「春香サンの知ている未来と同じかどうか、なんて答えなくても良いヨ。この手段から導かれる、難民問題回避までの手順を答えて欲しいネ」

 スタート地点は、私が知る手段と同じ。けれど、超さんの口から発されたことで、その意味は大きく変わった。

 超さんが聞きたいのは未来の情報ではなく、私自身の言葉だ。

 す、と息を吸い込んで、口を開く。

「最初に魔法の……魔法使いの存在をばらす。その次に、魔法世界。地球外に住んでいる人の存在を認知させて、国交を開く」

 本当は魔法世界の存在公表までは、超さんの計画の一部だけど、それには触れない。

「旧世界、あるいは魔法世界の各国が鎖国を行う可能性は無いカナ?」

 その可能性はある。あるけれど、大きな問題にはならないと、私は考えている。

「どこか一国、一企業でも良い。率先して技術と物資の交流を行えば、追随する国が多く出てくる、と思う。現時点で魔法世界と旧世界には領土問題も、過去に流れた血も存在してないし、魔法技術という一点において旧世界側はほとんど横並びでゼロベース。だから、他国に遅れを取らないよう、積極的に外交努力を行うと考えて良いはず」

 ダムの一穴は、おそらく超包子があけることになるだろう。

「国交の開始と平行して、魔法世界の所在地――火星と座標を同じくする亜空間であることをばらす。でも、ここは魔法世界側の政府が自主的にやるかもしれないし、そう仕向けることも不可能じゃないと思う」

「ばらす目的ハ?」

 水を向けてくれたので、そのまま続ける。

「火星が魔法世界の領土だっていう認識を、旧世界側に浸透させる。魔法世界は遅かれ早かれ消滅する。移民先を確保しない限り、難民問題の回避はできないと思う。だから、これは友好な関係を築いているタイミングでやらないと意味が無い。魔法のことがばれた後なら、魔法世界の政府もそう考える可能性は高いんじゃないかな」

「しかし火星は不毛の土地ヨ? 移民先としては不適当ダネ」

 魔法を使えば「スター・レッド」よろしく、空気と水を作って細々と生き延びることは可能じゃないかな、なんて思わないでも無いけど、それでは移民先として不適当だというのは同意だ。

 握りしめた手が汗ばんでいるのを感じる。

「確かに今の火星を移民先としたら、豊かな地球の土地を巡って争いに発展する可能性が高いと思う」

 だから、一度は妄想として切り捨てた案を、上げる。たとえ超さんの計画と異なっていたとしても、私の想定ではこれが精一杯だ。

「魔法世界の消滅までに、火星のテラ・フォーミングを行う。技術供与は百年先から来た火星人」

 心臓がばくばくと鳴っている。手のひらどころか、体中から汗が吹き出てきた。

「難民問題は、回避できる」

 まっすぐに超さんの目を見る。今は、逸らしたくない。

 薄く、超さんの口が開いた。言葉がこぼれる。

「……三十七点」

「おおう」

 酸素が足りてなくて、くらりと頭が揺れた。

「ちなみに聞くけど、加点法? 減点法? まさか千点満点とか言わないよね」

 いたずらっぽい笑みで超さんが答える。

「それは秘密ヨ。言てしまうと面白くないネ。ただ、次善の策を用意しない内は三流ダとアドバイスしておこうカ」

 うう、お説ごもっともです。耳が痛い。っていうか胃も痛い気がする。

「まあ良いネ。とりあえず春香サンは敵じゃないと判断しておくヨ」

「あー、それは素直に嬉しいなあ」

 もちろん「相手にならない」という方の意味だったとしてもだ。日本語って難しいなあ、もう。

「サテ春香サン。元々、未来視のことは私にもばらすもりが無かたと、言ていたネ」

「うん。自衛できないから、あんまり深く関わると逆に迷惑かなと思って」

「それはまた随分と今サラな発言だネ」

 あっはっは、と明るく笑う超さん。

 うああー、そうだ、超さんの口からはっきりしっかり「全世界に魔法をばらす」って聞いちゃったよ。どうしよう。

「ま、そこは気にしなくて良いヨ。必要に応じて私から話したのだしネ」

 いや、超さんが気にしなくても、私は気が気じゃないというか。

「ともかく、私にばれなかた場合に一人でどう動くかの予定を立てていた、と考えても良いのカナ?」

「無駄になっちゃったけどね。一応は考えてたよ」

 フラグ潰しーとか、土壇場でネギを裏切ってーとか、いろいろと考えてはいたのだ。

「無駄にしなくて良いネ。その予定どおりに動いて欲しいヨ」

「へ?」

「春香サンが本当に私の味方なら、そうそう不利になるような事はしないダロウ?」

 そりゃあそうなのだけど、それは「したくない」であって「やってしまう」可能性はあるのだ。それとも、泳がせてぼろを出すのを待つという意味もあるんだろうか。

「分かった。でも、これは駄目だ、って思ったら止めてね。すぐにやめるから」

「もちろん、それとなく動きは監視させてもらうヨ」

「ですよねー」

 ははははは、と乾いた笑いをこぼす私。いやいや、監視をつける、と明かしてくれてるのは信頼の証! いや、やっぱ違うかなあ。

 

 それから、今後のことを少しだけ話して、秘密の会合はお開きとなった。

 超さんは研究室に用事があるとのことで、大学校舎へと向かうそうだ。いらぬ心配かもしれないけど、あんまり夜遅くまで出歩くのは女の子としてどうなんだろうか。

 じゃあまた月曜日に、と言って寮へ帰ろうとした私の背に、超さんが声をかけてきた。

「春香サン」

「なに?」

 振り返ってみると、珍しくも笑っていない超さんがいた。

「大学生時代、あるいは社会人時代を視たことハ?」

「無いけど……?」

 高校生の自分は視たこと無い、って最初に言わなかったっけ。そこまで連載進んでなかったし。というか、連載続いててもそこまで行かないと思うけど。あ、最終話であれから数年、という展開は有ったかもしれない。

「そうカ。おかしなことを聞いて悪かたネ」

 それだけ言うと、超さんは大学校舎の方へ向かって歩き出してしまった。

「おやすみ、春香サン。良い夢ヲ」

「え、あ、おやすみ超さん」

 ……なんだったんだろうか。


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