超包子の屋台から少しばかり離れた樹上。身を隠していた龍宮真名は、依頼人と標的が完全に離れたことを確認した。
ふ、と小さく息を吐き、念のために用意していた麻酔銃を解体して、ギターケースの中に収める。
標的、と表現はしたが、龍宮の仕事はどちらかと言えば周囲の警戒だ。防諜において科学と魔法を併用したとしても、最終的に信用できるのは人の目である。もちろん、その「人」が信用できるという前提はつくが。
坂本春香。未来視の少女、か。
龍宮は心の中で呟く。
超から話を聞かされた段階では半信半疑だったが、実際に彼女らのやり取りを見れば信じざるを得ないだろう。
経歴に不審な点はなく、体さばきも素人そのもの。魔力も気も感じられない。それにも関わらず、口を開けば出てくるのは機密レベルの高い情報ばかり。
万が一、坂本が超に危害を加える可能性を考慮して、窓から両者が見える位置に陣取っていた。周囲の警戒も行いながらだったため、ところどころで唇を読んだだけではあるが……。
「頭の痛い話だな」
もっとも、頭を痛めるのは龍宮でなく、超の仕事である。
龍宮は潜伏していた痕跡を入念に消した後、地上へと飛び降りた。
「やあ、今日は助かたヨ」
「会話中、屋台に近づく者は居なかった。魔法の気配も無し。遠距離から望遠レンズなどで覗いていた者も同じく無しだ」
人気の無い研究室で依頼人へ報告を行う。もっとも、それらの気配があればすぐに当たり障りの無い会話に切り替えるよう連絡する手はずになっていた。言うまでも無いことではある。
「盗聴器の類はお前の方が専門だろう」
「そうだネ。流石にそこでヘマはしないヨ」
鷹揚に頷いた超が、懐に手を入れる。取り出されたのは分厚い封筒である。
龍宮はそれを受け取り、中身を確認する。
「確かに」
「次はもう少し気持ちの良い仕事を用意するネ」
「そうしてくれ」
仕事である以上、私意を挟むつもりはないが、クラスメイトに銃を向けるというのはあまり褒められたものではない。
「龍宮サンはどれくらい話を見ていたカナ?」
「口外はしない」
読唇術の心得があることを知られている程度、驚くようなことではない。むしろ裏稼業を行うなら必須技能の一つとも言える。
「そうして貰えるとありがたいネ」
「一つだけ聞きたい」
「何カナ」
龍宮は疑問に思っていた言葉を口に乗せる。
「なぜ最後の質問をした」
別れ際に発された、超の問い。
『大学生時代、あるいは社会人時代を視たことハ?』
本来なら、わざわざ聞く必要は無い。あの質問を行わずとも、超はとっくにその可能性に気づいていたはずだ。
何しろ坂本は「高校生の自分を視たことが無い」と言い切っているのだから。
あれでは坂本に中学校卒業後の未来を視れない理由を考えろ、と言っているも同然である。
「まだ気づいていないみたいだたからネ。あれで、春香サンならその内勝手に気づくヨ」
高校生以上の未来を視たことが無い。それは、坂本春香は高校生になることが出来ないという可能性を内包している。
「自分が視たままの未来では死ぬかもしれないとなれば、敵に回る可能性は限りなく低くなるというものダヨ」
私は悪党だからネ、などと嘯いている超の物言いに、龍宮は目を細めた。無言で振り返って研究室の出口へと足を進める。
戦争の回避などという正義感よりも、家族や友人の安全、さらに突き詰めるなら自分自身の命がかかっているという方が、信用できるのは確かだ。
坂本は未来を視たと言っても一般人である。命をかけてまで為したいものなど、持っているとは思えない。
「超……」
龍宮は研究室のドアを開け、廊下に出る前に首だけで振り向く。
「そういう台詞は、もっと冷酷な顔で言うべきだな」
超の行動は非情にも見えるが、確実な味方を増やしつつ坂本の命を救う可能性を上げている。
合理的なくせに甘さを残しているこの革命家を、龍宮は気に入っていた。
後ろから言葉が飛んで来る前に、さっさと廊下に出てドアを閉じる。まともに向き合って話せば、煙に巻かれてしまう可能性が高いのだ。
「一撃離脱は舌戦でも有効だな」
懐も温かくなったことだし、帰りにあんみつでも食べていこうか、などと考えながら、大学校舎を後にする。
映画を見ようとすれば大人料金を請求される龍宮ではあるが、夜中に出歩いても咎められないという点では便利である。
唯一の問題は、こんな時間に開いている店があるかどうかだが。
「まあ、歩きながら探すか」
ギターケースを背負ったまま、夜の街へと足を向ける。私生活では割と無計画な龍宮であった。