世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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大切なものが多すぎる

 春休みが明けて四月が来た。

 出会いと別れの季節なんて言いつつも、私達はそのまま2-Aへと持ち上がりで進級しただけなので、かわり映えしない。

 何しろ、担任どころか教室まで同じなのだ。感覚的にはこの間あった冬休みとほとんど変わらない。

 実は初等部のころ、学園祭中に当時の3-A教室を覗いて相坂さよを探したりしていたのだけど、全くの無駄足だったということになる。あのとき見に行った教室は、現在1-Aが使っているはずだ。

 それはそれとして、私は今、その2-A教室のど真ん中で、両手と両膝を床について崩れ落ちている。

 原因は極々個人的なことだけれど、実に深刻な問題だ。

「伸びてなかった……。ああもう駄目だ」

 私は去年の身体測定から微塵も成長していない我が身長を嘆いていた。気分は既に鬱だ死のうの世界である。流石に下着姿のまま死ぬわけにはいかないので、きちんと制服を着なおして、それから屋上に行こう。うん、そうしよう。

 アホな事を考えている私に、あわあわと声をかけてきたのはのどかさんだ。

「そ、その、気を落とさないで」

「のどかさんは百五十の大台に乗ったんだってね。うう、うらやましい」

 嫉妬の篭った視線を送ると、のどかさんが思わずと言った感じで一歩下がった。

 現在ののどかさんの身長は、山崎郁恵とほぼ同じということもあって、羨ましさの根も深い。

「私達はまだ中学生なのです。これからもっと伸びると思うですよ」

「夕映さんは三センチも伸びてるからね。違う、根本的に違う。ミリ単位でさえ伸びてないってことは、もう成長期が終わったってことなの。下手したら数年以内に夕映さんに追い抜かれる可能性すら……」

 今はまだ十センチ近く私の方が高いけれど、本気で時間の問題という気がする。

「ふっふっふ」

 勝ち誇った笑いにそちらを振り向くと、自信満々といった感じの風香さんが腕を組んで立っていた。

「そ、その笑いはまさか」

「そのまさかだよっ。これを見るが良いっ!」

 じゃーん、というセルフ効果音と共に突き出されたのは、身体測定の結果を記入する用紙である。前年度と比べて驚きのプラスニセンチ。

「ば、馬鹿なっ」

 隣で苦笑しながらも嬉しそうな史伽さんの用紙を見せてもらうと、こちらも同じく二センチ伸びている。

「風香さんと史伽さんまで伸びてるなんて……。はっ、マクダウェルさん! マクダウェルさんは仲間だよね?」

 文字通り永遠の少女であるマクダウェルさんを探してきょろきょろと首を動かす。視線が合うと、思いっきり睨まれた。

「黙れ」

 眼光と同様、鋭い言葉が飛んでくる。当たり前のことだけど、あの反応は伸びてないな。普通に成長していたら千鶴さん並のスタイルになっていたわけだから、微妙に仲間というわけでもないけど。それともあの大人バージョンは願望込みなんだろうか。いつか聞いてみたい。でも聞いたら人生が終わる気もする。

「しかし、ウチのクラスは両極端だな。あの辺りなんかもう中学生じゃないだろ」

 少しばかりげんなりした千雨さんの視線の先では、千鶴さんとあやかさんがお互いの結果を見せ合っていた。

「千雨さん、それ禁句」

 私よりもさらに早く、中等部進学時には成長期を終えきっていた千鶴さんは、そこら辺の話題に敏感である。身長高くて美人なのだから、あんまりコンプレックスを感じる必要ないと思うんだけど。

 まあ、あの容姿でランドセル背負って登校していたわけだから、悪目立ちしていろいろあったのだと思う。

 逆に、中等部に上がってからぐっと大人っぽくなったのは、パルさんやあやかさんだ。龍宮さんなどは元から身長が高かったのに、この一年でさらに二十センチ近く伸びているんじゃないだろうか。

 誰か五センチほど分けてくれないだろうか。いや、割と本気で。

 

 

 そんなこんなで、悲喜交々な身体測定を終えると、朝倉さんが注目、注目と声を上げた。

「着替え終わった人から、教卓にあるアンケートを持って行って答えてねー。卒業文集に乗っかるかもだから、そこら辺考えて書くと良いよ」

 学年はじめはホームルーム過多になるものだけど、まさか二年の内から卒業を見越したものを書かせてくるとは思わなかった。

 つまり、中ニ病まっさかりな回答を書くと、卒業するとき、非常に恥ずかしい思いをするわけだ。というか、明らかにそれを狙っていると思う。報道部は鬼か。

 でも文集制作って報道部の仕事じゃないと思うんだけど、そこのところどうなんだろう。アルバム委員とか文集委員みたいなの、有ったっけ?

 疑問符を頭に浮かべながら、教卓へ向かう。まだ着替えを終えていない周囲数名の分もついでにアンケートを取って、席へ戻る。

「マクダウェルさんと茶々丸さんの分も取ってきたよ」

 声をかけると、茶々丸さんが丁寧に頭を下げてお礼を言ってくれた。礼は言わんぞ、などと迂遠なお礼を言ってくるマクダウェルさんとは対照的である。

「春香ー、私の分は?」

「裕奈さんのもあるよ。はい」

「さんきゅー!」

 千雨さんと夕映さんはクラスの馬鹿騒ぎにあまり関与せず、さっさと着替えを終えていたので、既に席でアンケートを書き始めている。

 高畑先生はまだ戻ってきていない。当たり前だ、生徒が着替えている可能性のあるタイミングで戻ってくるわけがない。騒ぎはしても悪いことはしない、と私達を信頼している部分もあるのだろう。

 私も大人しく席について、アンケートを見る。

 名前、生年月日、血液型、所属クラブ、好きなもの、嫌いなもの……って、これは単行本のおまけページに書いてあった生徒プロフィールか。でも、他の設問にある好きな先生、苦手な先生とかは載っていなかった気がする。

 元々あのプロフィール自体が抜粋だったのか、それとも項目が似ているだけの別アンケートなのか。

 どっちかと言うなら後者かな、なんて考えながら、さらさらとアンケートに答えていく。だって、茶々丸さんのプロフィールにゼンマイとか外部電源とか書いてあった覚えがあるし。

 誕生日は三月十三日、血液型はA型、所属クラブは世界樹をこよなく愛する会と図書館探検部、と。

 好きな先生は無難に高畑先生……にしたら神楽坂さんが面白いことになりそうだし止めておこう。学園長で良いか。ああいう昼行灯なおじいさんは好きだ。

 苦手な先生は特になし、と。記名制のアンケートでこれを聞かれてもなあ、困る。ああ、美空さんはわざとこっちに瀬流彦先生の名前を書いているかもしれない。

 半分ほどアンケートに答えたあたりで、一足先に書き上げたらしい千雨さんに声をかけられた。

「どんなこと書いてる?」

「もう終わったの?」

「それこそ適当に書いたからな」

 ほれ、と見せられたアンケート用紙は、確かに全部埋まっている。

 嫌いなものの欄に「常識」って書いてあるんだけど、それ明らかに皮肉だよね。前の部分に括弧で囲んで(麻帆良の)ってつくよね。

「私はまだ半分くらいかな」

 言いながら、書きかけのアンケート用紙を見せた。

 同じような光景は教室のそこかしこで起こっている。最終的に文集か何かでまとまったものが見れると分かってはいても、他の人がどんなことを書いたのか、気になるものなのだ。

 ふんふんと頷きながら私のアンケートに目を通していた千雨さんが、嫌そうな表情をする。

「お前、好きなものが『平穏な日常』はねーだろ。どこのアニメの主人公だよ。大切なものは失ってはじめて気がつく、みたいな奴」

 気取りすぎだ阿呆、と締めくくる千雨さんに苦笑を返す。

 うん、まあその、当たらずとも遠からずというか。今年度後半からは平穏と程遠い日常になる予定だから、余計に愛しいのだ。

 それに、この程度で気取っているだなんて、片腹痛い。私は千雨さんをいじるためなら真顔で恥ずかしい台詞が言える。

「甘いね、千雨さん。気取るつもりならこれくらいはやらないと」

 私はそう言ってボールペンに持ち換えると、「平穏な日常」の隣に「千雨さん」と書いた。

 案の定、千雨さんは嫌そうに表情をゆがめた。でも、顔が赤い。こういう攻撃に耐性低いのは相変わらずだ。

「……たまに春香が分かんねーよ、私は」

「春香さんは大体いつでも真剣と書いてマジなのです」

 千雨さんの一つ向こうの席から、真顔で呟く夕映さん。ナイス連携。

「余計たちわりーじゃねえか」

 赤くなった顔を隠すように頭を抱えて、机に突っ伏す千雨さん。図書館組では良く見られる光景だ。姉御肌の割にはいじられることも多いのが千雨さんらしい。

 まあ、さすがにこのまま提出するのはどうかと思うので、夕映さん、マクダウェルさん、裕奈さん、と好きなものをどんどん増やす。

 スペースが足りなくなったので、矢印を引っ張って「裏へ」と書くとプリントを裏返して、そちらをさらにクラスメイトの名前で埋めていく。

 私の平穏な日常の中に、このクラスの皆が含まれている。これくらいやらなければ気取っているとは言えない。

 超さんの名前を書こうとして、ふと手を止めた。

 賑やかで、騒々しくて、非常識で、平穏な日常。魔法も異世界も、火星進出だってどんと来いだ。戦争に巻き込まれるよりは全然良い。

 でも、そこに超さんは居るだろうか。

 たとえ計画が成功しても、超さんは麻帆良から居なくなってしまうんじゃないだろうか。

 未来へ戻ったのか、単純に犯罪者として身を隠したのかは分からないけれど、ネギ達が飛ばされた魔法ばらしの成功した世界に、超さんの姿は無かったはずだ。

「どうした春香、ぼーっとして」

 声をかけられて、我にかえる。体を起こした千雨さんが、怪訝そうな顔で私を見ていた。

「あー、ちょっと漢字をど忘れして。うん、思い出した、思い出した」

 私はペンを持ち直すと、できるだけ丁寧な字で超さんの名前を書いた。

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