世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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「私の現実」をちゃんと見ること

 買ってきたミルクティーを一口飲むと、ベンチの上に置いた。缶がすこしへこんでいるのは、戻ってくる途中で転んだからだ。炭酸ものを買わなくて良かった。

 私は再びノートを開く。

 ひとくちに超の計画へ加担すると言っても、アプローチの方法は幾つか考えられる。

 一つ、超陣営に加わって計画の準備を手伝い、学園側の妨害に対抗する。

 二つ、学園側の足を引っ張るお荷物になる。

 三つ、どちらにも関わらず、超側が有利に、学園側が不利になるよう立ち回る。

 今のところ思いついたのはこの三つだ。

 

 

 真っ先に浮かんだのはやはり、超の味方になることだった。単純ではあるが、理に適っている。

 しかし同時に、三つの中で最も効果が薄いのもこの選択肢であるように思う。正直なところ、私が味方になって役に立つ状況というのが全く想像できない。

 まず、学園祭最終日を考えてみる。攻防がロボット兵団VS麻帆良生という大規模戦闘になる以上、その時点で私一人程度の戦力は有意な差とならない。

 そこで役に立つには、ヒーローユニットとして活動していた魔法先生や魔法生徒を退場させられるほどの戦闘力が求められる。

 しかし当然ではあるが、戦力としてみた場合の私はロボット兵以下だ。

 特殊弾頭を有効に扱えれば、格上の相手を戦闘不能にすることも可能ではあるだろう。事実、長距離からの狙撃という相性抜群の方法で、龍宮真名は多数の魔法先生、生徒を三時間先へ飛ばすことに成功していた。

 とは言え、学園祭までの残り時間を全て鍛錬につぎ込んだとして、あのレベルまで到達するのがほぼ不可能であることもまた確かなのだ。

 気が扱えれば、魔法が扱えれば、銃器が扱えればそれで強くなれるというわけではない。

 正しく鍛錬を積んだ才能ある武人の姿が古菲や桜咲刹那クラスであるなら、正しく鍛錬を積んだ普通の人の姿はまほら武道会の予選落ちクラスだろう。つまり本選で解説をしていた豪徳寺薫のような人達である。

 せっかくの未来知識と準備期間を使って手に入れるのが中途半端な戦闘力では、リソースをただ無駄にしているだけだ。

 ならば頭を使って戦えば良いわけだが、超と葉加瀬さんという麻帆良でもトップレベルの頭脳を補助するには、私ではあまりにも力不足である。

 電脳のフィールドには絡繰茶々丸がいるし、そもそも私みたいな「表計算ソフトを使って事務書類が作れます」というレベルでは話にならない。

 一般人代表とも言える四葉五月を手伝って、超包子でアルバイトすることを考えなくもなかったが、あまり意味があるとも思えない。それに、超包子という巨大企業の運営において、超が有能な人材を雇っていないわけがない。社会人五年生程度だった私が大きな力になれる部署など存在しないだろう。

 それでは超が四葉五月に超包子を託す必要も無さそうに見えるが、そうではない。

 超が評価したのは、エヴァンジェリンをして本物と言わしめたものに違いない。それは四葉五月の人格そのものだ。原作登場人物の中でその点において彼女と並ぶことができるのは、ジャック・ラカンくらいのものだろう。

 経営については超自身が選んだ有能な者に任せ、その上で四葉五月をトップに据えておけば、超包子の経営理念(世界のすべてに肉まんを!)がぶれることはないと、超は判断したに違いない。

 そう考えればやはり、超包子においても私の存在は大きな効果を発揮することはない。

 小さくため息をつく。私程度が発見してフォロー出来るような大きな穴を、超鈴音という天才が残しているわけもないのだった。そんな穴があれば、原作で魔法先生やネギ達にそこを突かれて、計画はもっと簡単に崩壊していたはずだ。

 とりあえず、超がやってくる中等部一年まで猶予はある。理数系への適正がないのは前世の学校生活から明らかだけれど、まかりまちがって武道の才能が無いとも限らない。それ一本に絞るのはまずいが、体を鍛えるという選択肢は残しておいても良いだろう。

 少なくとも、百メートル走るだけで息切れしたような前世の体力では問題外なのは確かだ。

 私はノートに「日常的に体を鍛えること(運動部に入ると良いかも?)」とメモを残しておくことにした。

 

 

 続いて二つ目。逆転の発想だ。

 私が戦力的に役に立たないどころかマイナスですらあることを逆手に取る。しかも、ただでさえお荷物であるのに加えて、そのお荷物が意識して迷惑をかけるよう動くのだから、効果はより高いだろう。

 ただし、これは満たさなければならない前提条件がかなり厳しい。

 魔法生徒として学園側に雇われているか、ネギパーティの一員として魔法に関わるか、そのどちらかが必須の条件となるのだ。

 まず前者はほぼ不可能だろう。

 麻帆良は一般人が魔法に関わってしまわないように、管理されている。以前長谷川さんにも言ったけれど、ここは「普通がおかしい」で「おかしいが普通」となる環境なのだ。古菲や長瀬楓のような、魔法は知らないが一般人とも言い難いレベルの人間をわざわざ集めている節があるのも、その一環と言える。

 環境そのものという一つ目の障害を越え、結界による認識阻害という二つ目のハードルを越え、それでも魔法の存在に気づいて彼らに近づけば、記憶を消されるという結果が待っている。

 はっきり言って絶望的だ。しかし、手が無いわけではない。

 原作で掛け値なしの一般人が魔法と関われていたのは、超とネギの周辺だけである。

 これは超の有能さと共に、ネギパーティーの優遇っぷりを示しているようにも見えるが、実はそうでもないと私は思っている。

 学園祭時点の第一次ネギパーティーを見てみれば分かるが、その中で掛け値なしの一般人と言えるのは綾瀬夕映、宮崎のどか、早乙女ハルナの図書館組だけなのだ。そして、ネギパーティーではないが朝倉和美もまた一般人で魔法を知っていた者の一人である。

 この四人から文化祭の土壇場で明かされた早乙女ハルナを除けば、共通しているのは京都で関西呪術協会のごたごたに巻き込まれた面子だということが分かる。

 しかし、疑問もある。

 なぜ彼女達は特例的に魔法を知ったままでいられたのか。学園側にばれていなかったからだとは思えない。

 あの件を直接収束に導いたのは増援として送り込まれたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだが、その指示を出し、手配を行った(不眠不休で書類に判子を押し続けた)のは学園長だ。そして、事件後には娘婿である青山詠春から、顛末を報告されてもいただろう。

 学園長は複数の一般人が魔法に関わったことを、間違いなく知っていたはずなのだ。

 逆に言えば、本来は魔法の存在を秘匿され、守られるべき立場である彼女達を、ネギの(つまりは学園側の)不手際によって被害者として巻き込んでしまった。学園側が彼女達に対する負い目を持ってしまったともとれる。

 つまり、事情を説明して謝罪を行い、記憶を消して全て忘れるという対処法の存在を提示する、真っ当な手順を踏む必要が出てきたのだと思う。その上で、彼女達はそれを拒否した。結果、彼女達は魔法に関わり続けることができた、のではないだろうか。

 古菲や長瀬楓の場合はもっと単純だ。彼女達はもともと裏の世界に近い人間なわけで、秘匿するよりもむしろ引き込んだ方が得と言える、有能な人材と判断されたのだろう。

 早乙女ハルナが文化祭後に記憶を消されなかったのは古菲達の事情に近いと思われる。彼女は超の計画を止める手伝いをすることで、自身の有能さを示したわけだ。

 要は、学園長は一般人に魔法がばれていることまで全て把握済みで黙認していたと、そう考えれば納得がいく。

 これらの事例から考えて、一般人である私が魔法に関わるには「魔法がらみの事件に被害者として巻き込まれる」のが一番手っ取り早い。

 ……なし。これはなし。できれば怪我とかはあんまりしたくない。そう、それにこれはあくまで推測。実はやっぱりサウザンドマスターの息子というネームバリューが大きかっただけで、さくっと記憶を消されたりする可能性もあるのだ。だからこの線はなし、ということで。

 私はノートの計画案にバッテンマークをつけた。

 比較的安全な方法としては、京都で一緒に巻き込まれるというのがあるが、そもそも3-Aに所属していなければ不可能だ。

 そう、ネギパーティーに加わるというもう一つの手段も、クラス編成という高すぎる壁に阻まれてしまう。

 あれだけ作為的に集められた(ように見える)クラスメンバーが変更されるとは考え難い。一般人枠がないわけではないが、原作で明かされていなかっただけで物凄い裏設定を持っている可能性は十分ある。ザジ・レイニーデイ辺りはあからさまに怪しい。

 さっきの体を鍛える計画とも繋がる部分があるけれど、少しでも身体能力を高くして、学園側にアピールするくらいしか出来ないだろう。

 上手く1-Aに、そしてネギパーティーに潜り込むことさえ出来れば、この計画はかなり現実味を帯びてくる。

 八日後の世界に飛ばされた時に、彼らの行動を五分でも十分でも遅らせることができれば、ぎりぎりのタイミングで世界樹の光は消え、過去には戻れなくなるはずだ。

 ネギ達に味方だと信用されていればいるほど、土壇場での裏切りは効果がある。例えば龍宮真名に狙撃されている中、ネギに抱きついて行動を止めることだって出来るだろう。

 あわよくば、裏切りという未知の経験によって、ネギの心を折ることが出来るかもしれない。

 まあ、ここら辺は取らぬ狸の皮算用だ。もしも1-Aにクラス分けされたなら、そのあとで詳細を詰めれば良い。

 

 

 そして三つ目。二番目の実現性が低い以上、この作戦を取る可能性が最も高い。それに、他の二つと違って、明日からでもはじめることが出来る。なにより、上手く決まったときの効果が大きいのもこの案だ。

 例えば学園祭の最終日、長谷川さんが絡繰茶々丸に電子戦を挑まなければ、超側による結界機能の掌握に抵抗し、復旧することなど出来なかっただろう。それはつまり、世界樹前広場が迅速に制圧されるということであり、超の元へネギがたどり着くより先に勝負が決まる可能性が出てくるということでもある。

 そしてこの結果を導くのはかなり簡単で、まほら武道会の間、友人である私が長谷川さんと一緒に学園祭を観光しているだけで良い。

 長谷川さんが魔法の実在に気付くきっかけは消失し、ネギ・スプリングフィールドと行動を共にすることも無くなるだろう。

 他にも例えば、宮崎のどかが図書館前の階段で転びかけたとき、手を引いて助けられる位置に私がいれば、彼女がネギに恋心を抱くタイミングを遅らせられるかもしれない。修学旅行で彼女達がネギについていかなければ、近衛木乃香誘拐や関西呪術協会襲撃事件に関わることもなくなり、ネギパーティーに図書館組が加入しない可能性がでてくる。

 それは屋根の上での綾瀬夕映とネギとの対話がなくなるという結果を生む。ネギの覚悟が中途半端なままであれば、超と相対したときに揺れぬ強さを得ることは適わない。

 宮崎のどかが特殊弾頭による銃撃からネギを救わなければ、航時機(カシオペア)の使用可能回数が一回減る。

 最後の最後になっても、那波千鶴が望遠鏡で超を探すことを妨害すれば、それだけで大きな時間的猶予を超に渡すことができるだろう。

 原作知識をフルに活用すれば、ネギを勝利に導いた要因となるフラグを、潰していくことが出来る。一つや二つ失敗したとしても、潰せるフラグは無数にある。

 何より、これらフラグ潰しの最大の利点は、学園側から見ても超側から見ても、私が超の計画に加担していると分からないことだ。

 超を手伝う上で最も注意しなければならないのは、超の計画を知っていることが学園側にばれ、私の知る限りの情報を、魔法なり尋問なりで聞き出されてしまうことだ。

 私が能動的に魔法と関わろうとすれば、その危険性は常につきまとう。

 この作戦ならば、その危険はかなり軽減される。なにしろ、私のやることは原作登場人物と交友関係を持つだけなのだから。

 ノートに「友達になってフラグを潰す」とメモを取る。潰せそうなフラグの書き出しは、また今度することにしよう。

 

 

 番外として「全てが私の妄想なので準備など無駄である」可能性を否定しきれないけれど、それこそ考えるだけ無駄だろう。

 少なくとも、現在連載中の週刊漫画が記憶と同じ展開で進んでいるので、私の知識については一定以上の信頼を置いても良いはずだ。

 もう一つ、「超に私の前世をばらす」というのも考えたが、これは却下だ。信じてもらえる保障がないし、何より未来人とか魔法とかが私の妄想だった場合、大変恥ずかしい思いをすることになる。

 そう、忘れてはいけないのが「私自身がちゃんと幸せに生活すること」なのだ。

 生傷が絶えないような修行をして両親に余計な心配をかけるとか、前世が魔法がと奇行に走って精神病院へさようならとか、そういうのはいただけない。

 ここがどれだけ漫画の世界であるように思えても「思っている我」がある以上、私はここで生きているということなのだから。

 アルビレオ・イマがアーティファクトで再現したナギ・スプリングフィールドは本物と言えるのか。絡繰茶々丸が仮契約できた意味とは何なのか。作られた異界の先住民である亜人とは何なのか。

 原作でもきっと、同じ問いかけがされていた。

 私は、坂本春香としての生を楽しむことをやめたくない。山崎郁恵という「誰か」の記憶に振り回されるだけなんてまっぴらだ。

 ノートをぱたりと閉じる。

 明日から、二年生。まずは友達作りをはじめよう。

 私は立ち上がり、握りこぶしを作って気合を入れると、駅へ向かって歩き出した。……一口だけ飲んで放置していたミルクティーを取りに戻ってくるはめになるとは思いもせずに。


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