世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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きっと明日に続く道

 始業式の翌日。私はがっくりと肩を落としながら図書館島をあとにした。

 図書館探検部への入部を断られたのである。

 ラペリングや罠の発見、回避などと言った特殊技能を修得でき、ある程度の体力を要求される上に本まで読めるという、趣味と実益を兼ねられる部活動なのだが、中等部以上でないと入れないのだそうだ。

 年齢制限では仕方ないので、そちらは進学するまで我慢するしかないだろう。となると、運動部系で何か選ぶのが妥当なところか。

 友達を作ろう、と一念発起したはずの私がなぜ部活動探しをしているのかと言えば、クラス替えがなかったからだ。

 原作で一年生時から一度もクラス替えが行われた形跡がないのを不思議に思っていたのだけど、まさか初等部までそうだったとは。

 クラス内での私はほぼ葉加瀬さんとセット扱いで、頭は良いけど変な子というポジションが定着してしまっており、今さら他のグループへ入っていくのは難しい。そういうわけで、私は新たな出会いと体力向上を目的に、部活動を始めることにしたのだ。

 図書館島から伸びる橋を渡って、構内を歩いていると、正面から長谷川さんがやってきた。

「坂本じゃないか。どうしたんだ、こんなところで」

 よっ、と片手を上げてくる長谷川さんは快活で、原作のように地味であろうとする志向は感じられない。学園祭編以降で良く描かれるようになった、素の長谷川さんに近い気がする。

 私と長谷川さんの関係は良好だ。まともな感覚を共有できる唯一の同士である。

「ちょっと夢破れてきたところ」

「なんだそれ。目をつけてた本が先に借りられてたとかか?」

 長谷川さんは私の歩いてきた方向に浮かぶ図書館島を見た。

「図書館がらみなとこまでは当たり。図書館探検部に入れるのは中等部からなんだってさ」

 私が答えると、長谷川さんは少し意外そうな顔をした。

「あんな得体の知れない部に入るつもりだったのか? どう考えてもおかしいだろ、なんで図書館にトラップとか迷宮とかがあるんだよ。ゲームか、っての」

「その分、見たこと無いような本も多いじゃない。ちゃんと出版されてるのか怪しい感じの奴」

 一般生徒に開放されている地上階ですら、背表紙にバーコードの記載されていない本などざらに出てくる。ここ最近は、報道部から発行された新聞のバックナンバーがお気に入りだ。B級臭さの溢れる記事ほど、実は本当なのかもしれないと思いながら読むと、なかなか面白い。

 深い階層に行けば本物の魔道書まで出てくるのだから、読書家として興味を惹かれないわけが無い。

「趣味のことになると見境ねーな。はあ、葉加瀬とつるめる坂本をまともだと思ってた私が馬鹿だったよ」

 やれやれといった感じで、長谷川さんが肩をすくめる。

 実のところ、葉加瀬さんはちょっとした有名人だ。少なくとも、他のクラスである長谷川さんが名前を知っているくらいには。

 彼女は麻帆良大学工学部あてに、在籍する教授が書いた論文について、引き続き研究が必要としていた部分に対する疑問点と自分なりの考察、及びそれを検証するための実験方法などをまとめて送るという離れ業をやってのけたのだ。葉加瀬さんがちゃんとした設備を持っていれば、実測データも付属させたに違いない。数日後には初等部へその教授から名指しで問い合わせが入り、職員室が大騒ぎになっていた。

 ホームルームで先生に褒められていた葉加瀬さんは、かなり嬉しそうだった。あれはたぶん、褒められたことよりも、研究室へ顔を出しても良いというお墨付きを貰えたことに喜んでいたように思う。

 他のクラスメイト達はそれがどれだけ凄いことなのか、今ひとつ分かっていなかったみたいだけれど、授業が終わると意気揚々と大学校舎へ向かう葉加瀬さんが「自分達と違う」ことは分かったらしい。そういう匂いに、子供はかなり敏感だ。

「私なんて葉加瀬さんと比べたら普通だと思うけどな。試しにどんなこと書いたのか読ませてもらったけど、ちんぷんかんぷんだったし」

 いや、本当に。緒言からして専門用語が満載で、文字としては読めても意味が分からない。数式とかが出てきたらもう読むことすらできない。何この記号、呪文? の世界だった。

「読もうと思える時点でありえねー。だいたい、前に坂本が持ってた分厚い本だって、漢字だらけで私には読めなかったじゃないか」

 そんなことあったっけ。あ、近代文学全集を読んでたときか。あれは確かに、今の長谷川さんで読めるわけがない。

「そりゃあ、私は本が好きだから。葉加瀬さんもロボットが好きだから科学が得意なのかもね」

「ロボ好き……。頭が良いんだか悪いんだかわかんないな、それ」

「本人はアトムみたいなロボットを作るんだって言ってたよ」

 長谷川さんが乾いた笑いを漏らす。それ、普通の小学二年生にできる笑い方じゃないからね。言わないけど。

「アトムかよ。まあ、モビルスーツを作るとか言わないだけマシなのかも知れないけどさ」

 そこでさらっとモビルスーツが出てくるあたり、既におたく趣味の片鱗が見え隠れしている。まあ、小学生が漫画やアニメを見ていてもおかしなところはないのだけど。

 今くらいの時期に早乙女ハルナと出会っていれば、長谷川さんはもっとオープンな感じのおたくになっていたのかもしれない。あー、でも中二病を強制スキップさせられて高二病にならざるを得なかった原作の長谷川さんだとそうでもないのかな。

 私達はそうやって他愛もない話をしながら、構内を歩く。そこまで遅い時間ではないけれど、なんとなく駅のほうへと向かうルートだった。

「そういえば、長谷川さんなら知ってるかな」

「何を?」

「初等部の部活動を調べたいんだけど。今日みたいに無駄足になったら悔しいし」

 分からないなら分からないで、明日にでも職員室へ聞きに行こうと思う。

「あー、それは知らないな。ここって無駄に部活動が多いから。ほら、高等部なんか写真部が二つあったりするだろ」

 それは知らなかった。もう一つは光画部だとか言い出したら笑う。麻帆良の生徒ならノリで作っていそうな気もするけど。

「でも、学園のホームページなら載ってるんじゃないか? まあ、あの情報量の中から探すのは骨かも知れないけど」

「なるほど」

 その発想はなかった。

「家に帰ったら調べてみるね」

「ん、坂本は自分のPC持ってるのか?」

 長谷川さんが羨ましそうな顔をする。

「ううん、お父さんの」

「はは、だろーな」

「っていう触れ込みで我が家にやってきたんだけど、一年経った今では使ってるの私だけだね」

 私の台詞に長谷川さんが、くわっと目を見開いた。

「なんだそれ、ずるいだろ! 私なんか中等部に行くまで我慢しろ、って言われてるから放課後に図書館で触るくらいしかできないのにっ」

 いや、ずるいとか言われても。

「えーと、五ヵ年計画でお年玉を貯めて自力で買うとか」

「それだと買えるの六年生の冬だろ、意味ねーよ。くそー、私も自分のPC欲しいなあ」

 一応、今でも名目上はお父さんのなんだけどね。休日明けとかに履歴を見ると、たまにえっちぃサイトが残っていたりするし。見なかったことにして履歴をクリアしてあげるのが娘心というものだ。

 その後も長谷川さんはずるい、羨ましい、と連呼していたのだが、今週の土曜にでも遊びに来て触って行けば良いと言ったら機嫌が直った。喜色を満面に浮かべる長谷川さんは、とてもかわいらしい。

 そういえば、長谷川さんのトレードマークとも言える地味眼鏡は、このまま行くと登場しないんじゃないだろうか。あれってたぶん、表情と本音を隠している、無言の意思表示みたいなものだと思うんだけど、今のくるくると表情を変える長谷川さんには必要ない気がする。

 うーん、眼鏡は眼鏡で好きだったんだけどなあ。ちょっと残念だ。

 

 

 リビングに据えられたPCの前に座り、キーボードをカタカタと叩いて麻帆良学園を検索してみる。検索結果の一番上に、公式ページが出てきた。

「うわあ、センスは悪くないけどごちゃごちゃしてる」

 長谷川さんが「情報量が多い」と評した理由がわかった。気を遣って作ってあるのは分かるのだけど、いかんせん学校数が多すぎる。

 校名が表示し切れなくて画面をスクロールさせないといけないってどういうことだろう。

 どうにかこうにか私の通っている本校女子初等部を探し出して、部活動の一覧を表示した。

 水泳、新体操、バレーボールなんていう女の子っぽいのから、中国武術研究会の初等部支部まで幅広い。

 どうにも根がインドア派なので、文化系の中に体を動かせそうなの無いかなあ、と探してしまう。演劇部なんかは割と体力勝負な気がする。でも恥ずかしいから無しかな。

 各部活動のページを行きつ戻りつして、活動内容の説明や活動風景の写真に目を通していく。

 今のところ、候補になりそうなのは陸上部と中国武術研究会だ。さんぽ部があったら是非入りたかったのだけど、残念ながらなかった。

 もしかして長瀬楓が創設者だったりするんだろうか。だとすると、活動内容がとてもハードそうだ。馬鹿話をしながらぶらぶらしてるだけでは、あんな身体能力はつかないと思う。にこにこ笑顔でぷち忍者修行とかやっていたに違いない。

 かちかちとマウスを操作しながら、痛いのはいやだからやっぱり陸上部かな、なんて考えていると、ふと目に留まった写真があった。

 お料理研究会の活動風景を写したそれは、高等部の部員が初等部の子達に料理を教えているというものだった。

 それだけなら別にそこまで注目しなかったのだけど、左の端っこに写っている女の子が気になったのだ。黒目がちな瞳と黒い髪、少しふっくらした体型の女の子だった。

 容貌が特別整っているわけではない。けれど、自身が作っている料理にただ向き合う真摯な表情を見ていると、ふっと心が軽くなるような気がした。

 もしもこの子が四葉五月なら、長谷川さん、葉加瀬さんに続いて三人目の原作キャラだ。あ、いや学園長先生も入学式で見ているから、四人目か。

 原作とかいうのが私の妄想でないと証明する手段は、現時点ではほぼ無いと言って良い。長谷川さんが名乗る前から名前を予想できた、というのは一つの証拠ではあるけれど、二つ隣のクラスである彼女のことを無意識下で覚えていた可能性を否定できない。

 こうやって、原作キャラっぽい人を見つけると、ほっとしてしまう。私は精神異常者ではないと、安心してしまう。実際のところ、全て私の妄想だった方が世界は平和なのだろうけれど、それとこれとはまた少しばかり話が別だ。

 確かめたいと、そう思う。

 かといって、お料理研究会に入部してしまうと、私の目標である体力づくりが達成されない。兼部というのもありかもしれないけど……とりあえず保留ということで。

 めぼしい部活動の紹介に目を通して、一息をついた。

 そういえば、世界樹の発光周期を研究してるクラブだかサークルだかが無かっただろうか。

 私はトップページに戻って、麻帆良大学の紹介ページを開いた。

 いくつかのリンクを経由して、私はそれを発見した。世界樹をこよなく愛する会。原作にも出ていた、世界樹の発光光度をグラフ化したものが載っている。

 ……これは、使えるかもしれない。

 世界樹の大発光が一年早まるという情報を、超は学園祭間際で掴んでいたはずだ。だからこそ偵察を強行して、魔法先生達に追われることになった。追われた結果、ネギに助けられ、その礼として航時機(カシオペア)の譲渡を行っている。

 当然の保険として、航時機には時限式の罠が仕掛けられていた(原作ではこの罠で、ネギ達は八日後の世界に飛ばされていた)が、結果だけを見ればそのせいで作戦の概要を学園側に知られてしまったとも言える。

 しかし、このグラフを活用すれば、航時機の譲渡自体を阻止できるかもしれない。

 例年平均というラインがある以上は、二十二年周期の大発光時でなくともデータを取っているということだ。

 毎年の発光量の推移を使って、牽強付会でもなんでも、とにかく「世界樹の大発光が一年早まるんだよっ!」という噂を早期にばら撒くことができれば良い。世界樹の魔力を利用しようと考えている超は、その噂が眉唾であっても確認くらいはするだろう。

 超側に余裕を持って調査する時間さえあれば、魔法先生達に追われるフラグは潰すことができる。それは連鎖的にネギの手に航時機が渡ることを防ぐ結果に繋がるはずだ。

 そうなれば、航時機による予備動作不要の空間跳躍と擬似時間停止の前に太刀打ちできる者はほとんどいない。高畑先生がぶれることのない覚悟を決めていれば分からないが、計画の概要を知ることのできた原作でさえ彼の心は揺らいでいた。

 ならば、航時機譲渡のフラグを潰すことができれば、超に負けの目はない。

 今後の学園生活の優先順位が切り替わる。体を鍛えるのも良い。原作キャラと接触するのも良い。だがそれよりも優先して、勉強を頑張る必要が出てきた。

 世界樹をこよなく愛する会は麻帆良大学のサークルだ。超が量子力学研究会に所属できたように、葉加瀬さんがロボット工学研究会に所属できたように、私が世界樹をこよなく愛する会に所属することを許されるだけの学力を身につけねばならない。

 頬が熱くなるのを感じる。

 友達を作るとか、体を鍛えるとかいった漠然としたものではなく、明確に分かりやすい中期目標を設定できたことに興奮していた。

 とりあえずは、塾だろうか。生徒全員の足並みを揃えなければならない小学校と違って、課題をこなしさえすればどんどん難しい範囲へ進んでくれる塾は、それなりにある。

 いきなり高校の問題を解くわけにはいかないが、塾という学力を高める場で、段階を踏んで問題を解いていくなら、そこまでおかしなけれどとではないはずだ。

 葉加瀬さんという前例もあるし、異常に頭の良い子供という扱いに収まってくれると思う。

「春香ちゃーん、ご飯よー」

「あ、はーい」

 キッチンの方へ返事をして、私はパソコンの電源を落とした。

 タイミングの良いことに、今日は両親が共に揃っている。さっそく、塾に通いたいと頼んでみることにしよう。

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