「アビドスで戦闘中か……。カイザーPMC、便利屋68、対策委員会………。ああ、なるほど」
「クックック……何がなるほどなんですか?」
「どうせ小鳥遊ホシノ」
「その通りですね。で、お願いがあります」
「ほう? なんだ?」
「護衛です」
「ああ、大人との接触か。何度も付き合っていることだ。いまさら改めて言わなくても」
「ええ、ありがとうございます」
「ブルリーダーでいいよな? この前小鳥遊に破壊されたヘルメットも直ったことだし」
アーマーを装着して、ヘルメットを被る。
「アサルトとショットガンでいいな?」
「もちろん」
キヴォトス、某所。シャーレの制服を纏った大人が、そびえ立つビルの中に足を進める。
「お待ちしておりました、先生。貴方とは一度、こうして顔を合わせてみたかったのですよ」
黒いスーツを纏った大人が、『先生』を歓迎する。その脇には一人、銃を持った男が立っていた。
「貴方のことは知っています。失踪した連邦生徒会長が呼び寄せた謎の人物。オーパーツ、『シッテムの箱』の主、そして連邦捜査部『シャーレ』の先生。
貴方を過小評価する者もいますが、私たちは違います。
……まず、はっきりさせておきましょう。私たちは貴方と敵対する気はありません。むしろ、協力したいとすら考えています」
多くの書類に囲まれながら、先生に向けて歪んだ笑みを向ける。
「私達の計画において、一番の障害になるのは貴方だと考えているのです。アビドスなどとという小さな学校はさほど問題にはなりません。しかし、先生、貴方は些事では済まされない。敵対することは避けたいのですよ」
"あなたたちは一体何者?"
「クックック——」
「観察者であり、探究者であり、研究者の集団だ。古き集団の名を引用し、『ゲマトリア』と名乗っている」
「ブルリーダー、前のめりすぎですよ」
「構わんだろう。誰が説明したところでなんら変わらん」
「はあ……私のことは黒服とでも。この名前が気に入っていましてね」
「ブルリーダーだ。一度会ったことがあるな」
"ブル……リーダー……"
「あの時も言ったが、ただのボディガードに過ぎん。俺はゲマトリアなどではないさ」
「ゲマトリアも彼も貴方と同じ、『不可解な存在』と捉えてもらって構いません。一応お聞きしますが、
"断る"
「……左様ですか。真理と秘技を手に入れられるこの提案を断ってまで、貴方は何を追求するのですか?」
"私はただ、ホシノを取り返しにきただけだ"
「クックックッ……。今の主張になんら正当性がないことにお気づきですか? 小鳥遊ホシノはもうアビドスの生徒ではありません」
"いや……まだ。まだ、『顧問』である私がサインをしていない"'
「……ほう」
"だからホシノはまだ、対策委員会の所属だし、生徒会の副会長だし、今でも私の生徒だから"
「……生徒と先生という関係性である以上、去就には貴方の承認が必要……なるほど。先生、中々に厄介な概念ですね」
"貴方たちはあの子達を騙し、踏み躙り、苦しむ心を利用した"
「ええ、仰る通りです。確かに私たちは他人の不幸より自分たちの利益を優先した。それを否定はしません。きっと世間一般では、私たちが悪と呼ばれるのでしょう。
————しかし、あくまでルールの範疇です。それは誤解しないでいただきたい。アビドスに降りかかった災厄は、私たちが作り上げたものではありません。アビドスを覆った砂嵐は、稀ではあるとはいえ自然現象の範疇です。
私たちはその現象を利用しただけ。砂漠の中、死にゆく旅人に、水を売った——ただし、一生かかっても返済できない金額で……。ただ、それだけのことです」
冷徹に、眉一つ動かさずに話し続ける。
「私たちが初めての事例というわけでもなく、また、私たちが行なわなかったところで、この世から消え去るわけでもありません。さして珍しくもないでしょう」
「…………」
「ですから、小鳥遊ホシノのことは諦めていただけないでしょうか。もちろん、アビドスの生徒たちのことは保証しましょう。カイザーのことも、借金のこともなんとかします」
「なんなら、チャラにもできる。よな?」
「ええ。これは他ならぬ小鳥遊ホシノも望んでいることのはずです」
"断る"
「どうして? どうあっても私たちと敵対する気ですか? 貴方に戦う力などないでしょうに」
先生が、シャーレの制服から黒いカードを取り出す。
「——やめておけ。物には使い所という物がある。先生、お前がそれを使うならば、俺はお前の頭蓋を『シッテムの箱』のバッテリーが尽きるまでこのショットガンでぶち抜きつづける。
——第一、それを使って勝算はあるのか? 俺たちの戦力の推定は? それを使うまでの利益を、今ここにいる俺たちを倒すことで得られるか?」
「確かに、それは貴方だけの武器です。しかし、それのリスクも薄っすらとですが知っています。使えば使うほど貴方自身の時間と生が削られていくはずです。ですからそのカードをしまっておいてください。食事をし、電車に乗り、家賃を払う。貴方にはそんな日々がまだ必要なのでは?
先生、あの子達よりもっと大事なことに使ってください。放っておいてもいいではありませんか。元々、貴方の預かり知るところではないのですから」
"断る"
「——なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ?」
「うるさいな。なぜなぜ期の子供か?」
「んんっ、すみません。しかし先生。どうして断るのですか?」
"あの子たちの苦しみに対して、責任を取る大人が誰もいなかった"
「……度し難いな」
「だから、あなたが責任を取るとでも?
あなたは彼女たちの保護者でも、家族でもありません。偶然アビドスに呼ばれ、偶然彼女たちと知り合った。ただそれだけです。一体なぜ? いったいなぜ必要のない責任をとろうとするのですか?」
"それが、大人のするべきことだから“
「…………ああ、そうですか。大人とは『責任を負う者』。そう言いたいのですか? それは間違っています。
大人とは望むがまま社会を改造し、規範を作り、法を作り、常識と非常識とを決め、平凡と非凡とを決める者です。
権力によって権力の無い者を、金によって金の無い者を、力によって力の無い者を支配する。それが大人でしょう」
「…………そうか?」
「自分には関係のない話だとは言わせませんよ。なぜなら貴方は一度この学園都市の全てを手にした。権力、権限、そして神秘を。その全てが一時的と言え貴方の手の中にあった。しかし、貴方は迷わず手放した。なぜ? その選択の中に、いったいなんの意味があったというのですか! 真理も、秘技も、権力も、金も、武力も、その全てを手放すという選択にいったいなんの意味が!」
先生の脳裏に、笑う生徒たちの顔が浮かぶ。
"……言ってもきっと、理解できないと思うよ"
「……いいでしょう。交渉は決裂です、先生。私は貴方のことを気に入っていたのですが……。仕方ありません。
彼女を助けたいのですよね。小鳥遊ホシノは現在、アビドスのPMC基地の中央にある実験室にいます。『ミメシス』で観測した神秘の裏側——恐怖を生きた生徒に適用することができるか……そんな実験を行うつもりでしたが、どうやら前提から崩れてしまったのでね。
そういうことですので、貴方の好きなようにやるといいでしょう。
——微力ながら、幸運を祈っています。ブルリーダー、送ってあげなさい」
「はいはい。割増だぞ」
「お疲れ様。ブラックはいけるか?」
"え? いけるけど……"
「ほらよ。んん、黒服はああ見えて律儀なやつだ。少なくとも今回の件で小鳥遊ホシノが狙われることはもうないだろう」
"……あなたは、何者?"
「言っただろう。ただのボディガードだ」
"セリカを助けたのは?"
「全てに理由があると思うのはやめた方がいい。ただ、黒服ほどの合理主義者ではないというだけだ」
"そう。ありがとね"
「ただの遊びみたいな物だ」
"それでも、生徒を助けてくれた"
「はあ……、楽観論だな。まあ、お礼なら金で頼む」
"えーと、口座は……"
「冗談だ。無論不要だよ」
"なんで、黒服のところに? 仕事なら他の人でも……"
「一つ勘違いをしているな。俺はあいつの金払いがいいから協力してるわけじゃない。あいつの技術が欲しいから協力してるんだ」
"……秘技?"
「あんな物に興味はないさね。普通に科学技術だ」
"貴方の目的は?"
「世界の行く末だな。それがどんな形になるのか見届けて、気に食わないならひっくり返したい」
"そう、なんだ」
「……俺は、大人とは『自らのケツを拭ける者』だと思っている」
"そう"
「他者の責任を負うことも、社会を己の思うがままに改造することも、どちらも発露した一つの性質に過ぎないと。そう思っている。それでいうと、お前が善いモノが発露した大人で、俺や黒服が悪いモノが発露した大人だ」
"……うん"
「小鳥遊ホシノを奪還するんだな?」
"うん"
「PMC基地は無駄に規模が大きい。たった四人で挑むのはやめておけ」
"忠告、ありがとう"
「あと、気恥ずかしいがこれも言っておこう。
──幸運を祈る」
「黒服ゥ! 先生なら先生って言えよ!」
「クククっ、言ったら貴方受けないでしょう」
「バカクソ緊張したんだぞ! いつ余計な事言うかさァ!」
「安心してください、余計な茶々は入れてますから」
「はあ……」
「先生はどうでしたか?」
「信頼にはおける。もっとも、性癖のことはわからんがな」
「あの一瞬でわかっちゃダメでしょう」
「まあ、それもそうだがな……。あ、今度は性癖チェックだ。ゲヘナの方に向かう」
ウイングダイバーの衣装に着替えて、空へと高く飛び立つ。まあ、スカイハイコアでもマイティコアでもないから、そんな便利には飛べないが。