ミレニアム外郭部、リオのセーフハウス。
「ハジメ、ケテルに押しつぶされたそうだけど、平気かしら?」
「平気なわけないだろ。外聞も恥も無かったら泣き叫んでるよ」
呆れた顔をしながら、トキの注いだ紅茶を受け取り口に含む。その反対側に座るハジメは自らの持つ軍用水筒から水を飲もうとするが、トキに邪魔され、ティーカップを目の前に置かれた。
「私がコーヒー派なのを知っての狼藉か?」
「すみません。しかしここにはエナジードリンクと紅茶しかないもので」
「……いや、ケチつけたかっただけだから謝らなくていいが」
パワードスケルトンを脱ぎ、つい先ほどリオから渡されたTシャツ──なんとも言い難いデザイン──ハジメに言わせれば、絶望的にダサい文字Tを着て、ソファに座る。
「飛鳥馬、立ってないで座ったらどうだ?」
自らの横をポンポンと叩き座る事を促すが、それを断られ、少し項垂れてから再びリオを見つめる。一挙手一投足を注視し、その動向を監視し始めた。
「……流石に、その勢いで見つめられると少し恥ずかしいのだけれど」
「君がどんな物を持っているか知れないからな」
「……安心してちょうだい。と、言っても信用できないでしょうけど……」
「そうだな。君は基本的にタブレット端末を操作に使っているな?」
リオが少し考えて、懐に置いていた白いタブレットを手に取り、ハジメに渡す。ハジメはそれを受け取って、自らも小型無線機をリオに渡す。
それを受け取ったリオは驚いたような顔をして、ハジメを問い糺す。
「私が信頼を得なければならない立場なのはそうだけれど、貴方がそれをする立場であるとは思えないわ」
「公平性の話だよ。単純に私だけが君の主導権を握っているのが気に食わないんだ」
「私にはトキがいるわよ」
「俺とて拳銃の一つくらい持っている」
「貴方拳銃撃てないでしょう……」
「心外な、近頃二丁拳銃を練習しているぞ」
もっとも、それはカッコいいから、以外の理由はありはしないのだが。そんなことを知らないリオは納得した様子で無線機を脇に置く。
「で、何のお誘いだ? 遊びか? 軍需か? エッチなのはダメだぞ。死刑だぞ」
「……貴方の正体について教えて頂戴」
「ん? ミレニアムサイエンススクール三年生、エンジニア部兼トレーニング部の嵐山ハジメじゃ駄目か?」
「その程度の情報は私も抑えているわ。エンジニア部の部長を白石ウタハにやらせた経緯も、トレーニング部の部長を乙花スミレに譲った経緯も」
「前者はただのコミュニケーション能力不足、後者はただ忙しいだけだがな」
「ええ、わかっているわ」
二人が見つめ合う。リオはしっかりと、ハジメは紅茶を口に含んで、飄々と。
「三年前、貴方が入学した時の記録に改竄された形跡が見つかったわ」
「ふむ」
「その数ヶ月前、D.Uの郊外で白い光を纏った黒い渦が発生し、そこから貴方が降り立った記録がある。どういうわけか、ほとんど誰も気にしていなかったけれど……」
「その程度は、すでに明星が掴んでいるぞ」
「EDFに隊員は貴方以外存在しない」
口に入った紅茶を嚥下して、ティーカップをソーサーに戻し、ソファにより深く座る。腰に掛けていたリボルバーを取り出そうとしたところ、トキに抑えられた。しかし、そこは歴戦の戦士。トキが持っているアサルトライフルを蹴り飛ばし、逆にトキを押さえつける。
「まだ撃つ気は無かった」
「知りませんよ……!」
「ま、それもそうだな。威嚇で済ますつもりだったが……」
リボルバーを腰に戻して、再びソファに腰掛ける。
「で、どこからその情報を得た?」
「……ずっと、違和感はあったわ。大仰な名前、いくつも有している戦略兵器、どこの戦線にも動員される戦術兵器──、その割に、歩兵が貴方以外見つからないの」
「そうか」
「なんとかハッキングして調べようとしても、すぐに電子妨害を喰らってダウンする。そんな時に、一つタレコミが来たの」
「誰からだ?」
「名前はわからないわ。偽名は……『マダム』」
「…………あんのクソアマ……」
「……知り合いなのね。それで、EDFの有する戦略兵器のいくつか、そして……構成員が貴方一人で、支援者もたった一人なことを……」
ハジメはリオの言葉に頷いて、そして携帯電話で何者かに電話をかける。
「もしもし? 俺だ。俺俺」
『…………110番しますよ?』
「俺の位置はわかるな? 来い」
『少し、真面目な話のようですね』
「クックックッ……どうも、初めまして。いつも一さんがお世話になっています」
「貴方が、ハジメの……」
「ええ。今は『黒服』と、そう名乗らせてもらっています」
黒いスーツ、黒い靴、黒い腹。全身を黒で包んだその男は、慇懃な物言いとはかけ離れた不気味さ、奇妙さ、威圧感……深海のような空気に呑まれ、思わず息を飲む。
「黒服、あんまりいたいけな女の子を威圧するモンじゃねえぞ」
「……貴方には言われたくありませんね」
「調月も肩の力を抜け。この男程度キヴォトス人なら弾丸一発で殺せる」
「貴方は肩の力抜きすぎだと思うけれど」
ハジメは二人に茶々を入れた後、服を着替えようと、一度トイレに行く。
再び、
それは
「年齢二八歳、性別は男」
「三年前にこのキヴォトスにやってきた、最強の
「ゲマトリアと契約し、星を守る力を得ようとした傲慢なる大人」
「ブルリーダー——もとい、嵐山
そう、告げた。
「…………名前の順番逆じゃありませんか?」
「飛鳥馬、雰囲気を壊すな」
「多分、嵐山ハジメは本名なんでしょう?」
「偽名だぞ」
「じゃあ……」
「俺の名前はカタカナの『ハジメ』じゃなくて、漢数字の一で『
沈黙が四人の間を走る。黒服は呆れたように、トキは呆れたように、リオは呆れたように、一はツッコミを待って。
「…………。名前とは『
「それっぽい話で誤魔化すのやめましょうか。ゴルコンダとデカルコマニーが聞いたら怒り狂いますよ」
「む、仕方ない」
M4レイヴンを手に持ち、
「このアサルトライフル——M4レイヴンは、この世界に存在してはならないモノだ」
「それは、貴方が異世界から持ち込んだモノ、と言う意味で?」
「二つ理由がある。まず一つ目はそうだ」
二つ目は——と言いながら、マガジンを逆さまにした。
弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。弾が落ちる。
拳大のそのマガジンには絶対に収まりきらない量の弾丸が次々と落下する。何十発も、何百発も落下してようやく、最後の一発が地面に落ちた。
「これだ」
「……どうなっているの……?」
「私にもわからん。少なくとも、この世に存在していいモノではない事は確かだ」
「……考えてみれば、合点がいくわね」
「ほう。何にだ?」
リオは少し口元に指を当てて考え込み、頷いて声を出した。
「貴方、ソレを量産してるでしょう」
「…………半分正解。流石に俺にこれを弄るほどの技術力はない。
親指で黒服を指し、ソファに腰掛ける。
黒いソファに黒い姿、カメレオンのように同化する。
「『チキチキ! M4レイヴンに弾は何発入るかな♪ チキチキクーイズ!』」
「クイズの題名に同じ単語が二個入るのは美しくないかと。764」
「えーと……512くらい?」
「飛鳥馬正解! EDF隊員の素質あるぜ。引き抜かれてみる?」
「いえ、私はリオ様に仕えるメイドですので」
「……ふふっ、そうかー。なら仕方ないな。良かったな調月。こんな可愛い女の子に好かれてて……」
「セクハラですよ」
「今ってそう言う時代なの? 社会に出てた分俺の方がコンプラ意識は高いと思ってたんだが……。若い子の感性は違うな……」
カラカラと笑って、黒服に持ってこさせたビールを飲もうとしたところで、リオとトキに手首に掴まれる。
「……ダメ?」
「ダメです」
「ダメよ」
「酔うとめんどくさいのでやめてください」
「ひどい……折角、俺の正体を知ってる奴が二人増えたんだから記念に……あ、絶対にバラすなよ」
「わかってるわ」
「もしバラしちゃったらバレンランドに監禁するから」
「バレンランド……」
「ああ、ベース235だ。俺の正体を知っている人物には等しくバレンランドと呼ぶことにしている」
「なるほど……わかったわ」
「じゃあ、また明日」
「ええ。また明日」
【M4レイヴン】
貫通属性、キヴォトスに来る時に持っていたある種思い出の品。
バックパックも無限の弾も全てこのマガジンを元に作られている。