私——調月リオからの依頼があるわ。
『名もなき神々の王女』——天童アリスが、本当に人類に害をなす存在かを確かめるのに協力して欲しいの。貴方なら知ってると思うけれど、セミナーに押収された『鏡』を取り返しに、ゲーム開 発部が殴り込みをかけてくるわ。
その撃退にC&Cが向かうのだけれど、ネルをなんとか足止めしてちょうだい。彼女はあまりにも強過ぎて、分析に必要なデータを集める前に倒してしまいそう。分析したルートと、C&Cの予想できる各ポイントを共有する。
『名もなき神々の王女』は貴方にとっても死活問題のはず。報酬は払うから協力してちょうだい。
そんな内容の連絡が、調月リオから届いて来た。メールはなかなかの強度を誇っており、各務チヒロでも破るのには数日を要するだろう。
「まァ、受けるとしよう。大して筋書きを乱す様なことでもなし」
ハジメはミレニアムのセーフハウスでソファに座ってテレビを見る。『海岸線に迫る巨大生物』の噂を取り上げたモノのようで、リポーターが昼の街を練り歩いている。
「スキュラじゃあないよな? まだ何も観測衛星に引っかかってないし」
トースターで焼き上げた食パンを齧り、クルクルと番組を回す。休日の朝だからか、そこまで面白そうな——ハジメの興味をそそる番組はなく。再びトースターを嚥下する作業に従事する。
「このパン甘すぎだな。趣味じゃない」
趣味じゃないとは言ったものの、無駄に食べ物を捨てるのもまた趣味ではないため、少し苦い顔をしながら飲み込み続ける。
「ブルリーダーか……、嵐山ハジメか……」
キヴォトスにおいて自らを象る二つの姿の内、どちらが今回の作戦に適した姿かを思案する。ブルリーダーとして戦った場合、先生に見つかった時限りなく面倒臭い。嵐山ハジメとして戦った場合、ネルと因縁ができてこの先面倒くさい。
「俺が負けるわけはないから何度も戦い挑まれるだろうしな……」
嘆息をついて、指先で弾丸を弄りながら考え続ける。何かを決めた様に頷き、それに合わせて弾丸を指で弾く。
「あ、あー。こちらメイル1。配置についた」
ショットガンとスナイパーライフルを持ち、それに弾丸を込める。スローターに弾丸を込めるのはもう手慣れたもので、何の迷いも無く弾を込め終わる。ライサンダーの弾丸は、KFFやターミガンとは異なる、ファングに使う特殊な大口径弾で、尚且つライサンダーもファングもその高火力が故になかなか使いどきがない。
そんなこんなでライサンダーの弾を込めるのには時間がかかり、ゼロイン調整なんかを行なっていたら電磁波——十中八九EMPを感知した。
「はァ……なんだかんだで、俺も慣れたモンだな。——メイル1、作戦行動を開始する」
シャッターを起動して、ネルを隔離する。蹴りで通路のさらに奥に弾き飛ばし、壁にぶつけた。ネルがサブマシンガンを構える前にスローターを放つ。
「てめぇ……っ!」
「やあ美甘。久しぶりだな」
「何の用だ……!」
「何って、仕事だよ。仕事でもなきゃ、わざわざ人に銃口なんか向けんさ。なにせ私はこう見えて平和主義者だからな」
「お得意の口からデマカセもここまでくると才能だな……ッ!」
ネルがサブマシンガンを掃射するのをダッシュで避け、肉弾戦の距離に持ち込む。短機関銃の距離には一度入ったものの、ネルが反応し切る前に近寄り、裏拳を叩き込んだ。
「女子を殴る趣味はないんだがな」
「よく言うよ——ッ!」
口先で紡がれたその言葉に反して、鞭のようにしなるその右足がネルに向かう。間違いなくその命を刈り取るとさえ思えるほど勢い、気迫を放ちながら、どこまでも冷酷にその首を狙う。
「驚いた。これを避けるとは」
「やっぱりお前無茶苦茶だよ……」
「褒め言葉か? ありがたく受け取ろう」
ネルが距離を取り、サブマシンガンを構えた。この距離はまずいと、全力でさらに遠くまで遠ざかり、背面に向けて散弾を何度も放つ。
「てめっ、逃げんな!」
「逃げるに決まっているだろう! 私と君の戦いにおいては距離が肝となるのだから!」
ネルは近接戦においては無類の強さを誇る。持ち前の耐久力と二丁のサブマシンガンによって、インファイトの撃ち合いにおいて絶対的な優位性を持つ。
ハジメの最大の長所は圧倒的な汎用性。遠距離、中距離、近距離、
で、あれば。いかに
ネルは近距離に。ハジメは遠距離か、至近距離に。
一度ハジメが振り返り、ライサンダーを放つ。ライサンダーF、秒速6750メートルという、いくらキヴォトスでも滅茶苦茶な弾速を誇るソレは一直線にネルへと向かい、その脳天に直撃した。
「……っ!」
ライサンダー——対物スナイパーライフル、その一撃を急所に喰らってもなお、ネルは動き続け、ハジメを狙い続ける。壁を蹴り、天井を駆け、ハジメを視界に捉えた。
「せめて失神くらいしてくれないかね……! バケモノが……!」
「その暴れ馬を立って撃つやつに言われたくねえなァ!」
ネルが空中からサブマシンガンを薙ぎ払う。ハジメは腕部のアーマーで頭を守りネルに接近した。ハジメはスローターをネルの腹に押し込み、二発放つ。
「自分から入ってくれるとはご苦労なこった……!」
「ふふっ。私が何の策も無しに近づくと思ったら大間違いだ」
自らの頭を覆う緑のヘルメットを投げ捨て、その代わりにガスマスクを自らの頭につける。光を吸収するそれに覆われ、顔は隠れたが、明らかにその声色には『してやったり』という意味が込められている。
「なッ……!」
「A71バイナリー弾。毒霧を発生させる手榴弾だ——ゴホッゴホッ」
「毒ガスかよ……!」
「残念ながら皮膚からも吸収されるのでな、しかもこれアンドロイド殺すし。無傷とはいかないが、それでも君よりマシだろう」
私の体には『アレ』が埋め込まれていることだしな、と言う言葉を聞かずに、ネルは再びサブマシンガンをハジメに向ける。しかし、咳で照準がぶれ、しっかりとは当たらない。
「体調が悪いなら帰ったらどうだ? 誰も咎めやしないぞ。早瀬とてそこまで鬼ではないだろう」
「お前が毒盛ったんだろ……!」
「はははっ。まあまあ、そんなケチケチしてたら結婚生活苦労するぞ」
「黙れ!」
シャッターを反対側にも起動し、空気の循環を無くす。事前にリオに交渉していたため、換気扇は起動せず毒の霧を閉じ込め続ける。
「お前が勝っても共倒れ。私が勝ったら換気したらいい。ほうら、完璧な算段だろう?」
「倫理観が一切感じられないってとこを除けば完璧だな……!」
「ならEDF的には完璧だな。倫理だけじゃ地球は救えないんだ」
「活動原理が倫理観だろテメェら!」
通路を覆う毒の霧に咳き込みながらハジメに銃弾を撃ち込む。ハジメはガスマスクにだけは絶対に当たらない様に後ろを向きながらダッシュで遠ざかった。
「まあ、ささっとお前を倒せば、失神する前に壁ぶち破れるだろ?」
ネルが高速で近寄る。サブマシンガンを構えて、ハジメを超える移動速度で近づき、ついに良い位置に移動した。
「そういう考えは嫌いじゃない」
スローターが、ツイン・ドラゴンが、肘が、足が、拳が、胴が、毒と共に互いの体を蝕む。ネルがハジメの腹に肘打ちを叩き込んだ。ハジメもそれに呼応するように、顎に蹴りを叩き込む。
「美甘、どこでCQCを学んできた?」
「テメェこそ……!」
「何度かSRTとやり合ってな。FOX……1だったか2だったか3だったかの格闘を元に八極拳だかなんだったかのエッセンスを取り込んでいる」
スローターを何度も放ちながら、ネルから遠ざかる。そして銃を持ちかえて、ライサンダーを狙う。
ライサンダーのスコープを覗いた状態では複数の相手に集中することはできないが、ただ一人を狙うだけなら何の問題もありはしない。
「いけっ、ライサンダー!」
まるで必殺技かの様に放たれた大口径弾はネルの頭に向かい、再び大きく怯ませる。——が、ネルの投げたツイン・ドラゴンの片割れがガスマスクにぶつかり、ガスマスクを破壊する。
「——デスマッチか」
ネルの拳が壁を叩く。ライサンダーが地面に投げ出される。
「来いよ、
「上等——ッ!」
二人の格闘技がぶつかり合う。単純なリーチ、体重だけならハジメの方が遥かに上だが、ネルも負けてはいない。ネルがハジメの腕を掴み、壁に投げ飛ばす。その衝撃を受け身で和らげ、鉄山靠でネルに反撃を行う。
「ふん!」
ハジメの肘打ちがネルの腹に突き刺さる。
「はっ!」
さらに震脚がネルの足を踏み潰す。
「撃ち込む!」
拳が、ネルの腹に突き刺さる。
「やってくれるじゃねえか……!」
「ふっ、手遅れだよ」
ネルがハジメに飛びかかる、壁に二人の頭がぶつかる。ネルが飛び退き、ハジメも立ち上がる。
「度し難いな」
再びハジメが近寄り、回し蹴りを放つ。それをバックステップで避け、回し蹴りは空を切り、壁にぶつかる。
ビキビキとヒビが入る。壁が割れ、崩れた。
「————罰せられるべき悪徳だ!」
「人に罪をなすりつけるな……!」
毒霧が外になだれ込む。風に吹かれて、どんどん外へと。
「これでお前のプランはぶっ壊れたな!」
「これは酷い」
壁を破った先は空き教室。壁に多くの机や椅子が寄せられていて、真ん中であれば十分に殴り合える。————が、この男がそんなことをするわけもなく。
「遠くから失敬」
持ち前の身体能力ですぐに机を掴み、それをネルに投げつけた。一直線にネルへと突き進み、回避されたため奥の壁に突き刺さる。
「無茶苦茶しやがる……!」
さらに反対側まで駆け出し、壁に刺さったままのチラシから画鋲を抜き取り、指に挟む。そして、手を全速で振るう。
「贈り物だ」
投げられた画鋲を避け、サブマシンガンの残った片割れでハジメを撃つ。それを走って避け、壁に弾痕を残した。
「ふふふ、賠償金が知れたモノではないな」
「お前のせいだろ!」
ネルの薙ぎ払いを回避して、椅子を投げつける。また椅子を投げる。加えて椅子を投げる。投げる、投げる。ネルはそのほとんどを避けるが、いくつかに直撃する。
「受け取りたまえ」
「喰らってたまるか!」
ネルは投げつけられた椅子に気を取られて、背後にハジメが移動していることに気が付かなかった。
震脚、からの肘打ち。勢いを増し、身体能力を存分に活かしたソレはネルを窓際の柱に叩きつける。
「遅いな」
窓から飛び降りたネルを追う。落下している途中で、穴が開いている窓に飛び入って、ネルの後をつけた。
「無駄よ。もう今更どうしようもできることじゃないわ」
冷酷な算術使いが、双子の少女に告げる。
「確かによく頑張ったけれど、あなた達は謹慎処分よ。コトリとマキはまだなんとかできるかもしれないけど、ここまで来られたら、部活動停止か最低でも一週間の謹慎か……。まあ、ミレニアムプライスには間に合わないでしょうね」
早瀬ユウカは少女達を見据えたまま、眉一つ動かさず引導を渡す。その言葉を聞いて、二人は顔を青ざめた。
「そんな——」
「——! てめぇ! いい加減にしろよ!」
コールサイン00、美甘ネルがチタン製シャッターを突き破りながら現れる。しかし、それは援軍の様ではなく、ただそこに来ただけの様に見えた。
そして、その跡を追ってもう一人が現れる。
「仕事はしっかりとこなすのが美徳というモノだ。喰らえ、発勁!」
全くもって発勁ではない、それどころか打撃ですらないただの散弾銃が、ネルに突き刺さる。
「あ、リーダー!」
「アスナ——!」
「私と一緒にいるのに他の女のことか? なあ?」
「お前、いい加減に——!」
"ハジメ、仕事があるんじゃ——"
「これだ!」
ネルの拳がハジメに突き刺さる。ハジメはそれを受け止め、ネルを壁に投げつける。部屋全体を使い、警備ロボットを轢き潰し、つい先までしていた戦闘を邪魔する。
「先輩、誰の依頼ですか!」
「そりゃ、EDFだよ」
ユウカの射撃を避けながら、ネルに打撃を加える。
「これ、私たちもネル先輩を撃たないとだよね?」
「まあ、ハジメ先輩とネル先輩の実力は同じくらいだからね。むしろ近接戦だとハジメ先輩の方が弱い」
「穿つ!」
ハジメの揃った指が、ネルの首元めがけて振るわれる。ネルはバックステップで離れようとするが、それに合わせて前進される。
「肉薄したままがいい、だろ?」
「お前はそうでも私は違うんだよ!」
「悲しいな」
アスナがハジメを撃とうとするが、気付かれて避けられる。
「ようやく離れたな……!」
「ちょっと才羽姉妹! ちゃんと二人のこと抑えてろよ!」
「無理だよ⁉︎」
「もう我慢できません、シャーレにも苦情を入れますから! EDFにも!」
「ならちょうどいい。EDF広報部を通して……」
「それは入隊方法でしょう!」
ネルのサブマシンガンを全力で走って避け、アスナのライフル射撃からアーマーで頭を守る。ユウカの攻撃は才羽姉妹に邪魔されているため、ハジメには届かない。警備マシーンの攻撃は大した攻撃にはならず、ただ三人に引き潰される。
戦っている内に、部屋に足音が近づく。
「……重いな。体重三百キロ程度は……」
「な訳ないだろ。何か武器持ってるんじゃ……」
「……なるほど!」
「————魔力充填100%……行きます!」
閃光が空を裂く。防壁を崩し、伴い、粉砕するソレはアスナに直撃し、失神させた。
「よしナイス! 美甘。お前はここで俺と死ぬのよ」
ハジメはネルの首根っこを掴み、窓の外に急降下する。
「砕け散れ!」
「コレお前も死ぬだろ!」
「……すまん、風切り音でよく聞こえない!」
「あー! てめえ!」
「ははははははっ、それにもう助からんさ」
「おま、おまええええええええええ!」
二人が地面に激突する。
「……結局、任務には失敗してしまいましたね」
「…………ムカつくが、そもそも依頼主——リオ会長は、今回の任務を成功させる気なんてなかった」
「……そう、なのですか?」
「ハジメが動いたのが何よりの証拠だ。EDFがこんな地方のゴタゴタに首を突っ込むわけがない」
「————それも、そうですね」
【嵐山ハジメ】
兵士がやりそうなことは大抵できる。
【美甘ネル】
流石に超至近距離の殴り合いは不利。
オリジナル書いてたら遅れました。ごめんなさい。