俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが…… 作:あじさいファン
……すまん、ここからの話なんだが。
笑える話なんて恐らく一箇所もなさそうなんだ。
んでな、どうしようもなくグロテスクな状況を伝えることになる。
ある程度はボカすつもりではいるけど、俺の思考を捻じ曲げて誤魔化すワケにもいかないしなあ。
だから、その。もし俺の頭の中を覗けてる人が居て、続きを聞きたいってのなら。
ちょーっとだけ、覚悟してくれ。
ある種、あの時の俺たち勇者パーティの感情をそのまま追体験できるとは思うけどさ。
ホントに残虐な話だから。
とにかく、忠告はしておいたからね。
特にそういう血生臭い方向の話が苦手な人は、マジで注意してくれよな。
さて。
俺たちは協力者三銃士と別行動を取って、研究所の奥深くへと進んでいった。
あの三人のおかげなんだろう、俺たちの進む道程で見張りの魔族とはただの一人も出くわさなかった。
『一体どうやってるのかしら。少しの戦闘くらいは覚悟していたのだけれど?』
あまりの不自然なほどの静けさに、思わずルージュが先導するノワールにそう聞いていた。
彼女が聞いていなかったら、俺が聞いていたかも知れないね。
当の四天王様は、至って真面目に、事も無げにこう答えたんだ。
『見張りは全部
『暗殺!? 何故だ、魔族同士、仲間なのだろう!?』
その衝撃の告白に、驚愕した声を上げたのはジョーヌだったが。
もちろん、俺らも心底驚いたさ。
勇者様だって、言葉にならない感じでパクパクと口を開け閉めしてたね。
『理由?……見たらわかるんじゃない。イヤでもね』
口で説明したくない。ノワールの伏せられた目は、ハッキリとそう告げていた。
やっぱり俺たちを誘い込む何らかの罠かもしれない、俺らはその不安をずっと腹の底に抱えていたんだ。
勇者様自身は「罠だったら全力で突破するだけだ」って、事前に力強く言ってくれてたけどね。
正直、俺の嫌な予感は留まるところを知らなかった。
俺自身に戦闘能力がないも同然ってのが一番の理由かな。
やがて、やけに厳重で物々しい扉の前に辿り着いた。
見たこともないような、複雑なからくり仕掛けの分厚い扉だ。
扉の横に設置された、なんかいくつも突起のついた謎の台座があってさ、それをノワールは迷いなくカチカチと押し込んで何かを入力してるっぽかった。
その最中に、彼女は酷く真面目な顔をして言ってたことがある。
『ねえ、勇者サマ。あんた、目の前で一度に多くの人間が死にそうになってたとして、それを助けたいと思う?──そのせいで、あんたが本当に助けたい「たった一人」が助からなかったとしても』
『……それは、どういう意味だ?』
突然の質問の意味がわからなかったのは俺だけじゃなくて、ぶつけられたアルジャン本人もだったみたいだ。
でも、ノワールの表情があんまりにも険しく、切実だったもんだからさ、茶化したりする気には一切ならなかったね。
『そのままの意味。いいから、答えて。多数か、一人か。どっちを選ぶの?』
『どちらも助ける……というのは』
『言うと思った。でもダメ。両方と言った時点で「両方とも助からない」前提で答えて』
凶悪な質問だった。
だが、俺はそれと似たような質問を聞いたことがあったんだよな。
トロッコってあるよな。鉱山内を快適に移動するためのアレだ。
トロッコの線路上でさ、一人倒れている線路と、五人倒れている線路がある。このまま進めば五人が轢かれて死ぬが、レバーを引けば死ぬのは一人になる。
さて、どちらの犠牲を選ぶか。どちらを選んでも人死には避けられない。そんな究極の倫理問題。
これを聞いてくれてる奴も、似たような仮定の話を聞いたことがあるんじゃねえかな?
ノワールのそれは、世界の倫理学でよく討論されるその設問にそっくりな問いだ。
両方を、という綺麗事の選択を封じられた勇者様の答えがどうなるのかは、俺たちも気になるところだった。
ノワールの無機質な打鍵音を背景に、勇者様は少しだけ考え、やがて絞り出すように答えた。
『俺は……「大切な人が含まれている方」を助ける。……勇者として最悪の答えかも知れないが、俺は、そういう人間だ』
悲痛な、あまりにも悲痛な表情をしていた。
あくまでも仮定の話だけど、アルジャンにとっちゃ身を切り裂かれるような結論だったんだろう。
じゃあ、その両方に大切な人が含まれていたらどうするのか。
当然、そういう意地悪な思考も生まれてくるわけだけど。
その場のノワールは、その質問はしなかった。
この切羽詰まった状況において、きっと不必要な問いだったからなんだろう。
『……あたしが思ってたより、綺麗事ばっか並べる勇者サマじゃないってことか。良かった、それなら安心して任せられる』
彼女の言葉の真意を問いただす前に、入力が終わったみたいだった。
ズズズッ……と物々しい重低音を立てて、目の前の巨大な扉が二つに割れるように開いていったんだ。
『中のものを見ても、気をしっかり保ってよね』
正直さ、この時点で、ちょっと嫌な予感はしてたんだよな。
なんか既に、扉の奥から悲痛な叫び声っぽいものがうっすらと聞こえてた気がしたから。
で。
実際に部屋の中のものを見て、俺らは絶句するしかなかったね。
緑色の液体が満たされた巨大なガラスケースが、薄暗い部屋の中に所狭しと並んでてさ。
その全部に、入ってんの。
人が。
老若男女問わず、全裸で、口元にだけなんか生命維持用の管みたいなものを繋がれてた。
呼吸だけはできるようにってことなのかな。
その全員が、もう諦めきった死んだ目をしていた。虚ろな感じで、焦点が合っていない人ばかり。
なんかこの部屋に踏み入れた瞬間、身体がひどく重くなるようなけだるい感覚に襲われたけどさ、この異様な光景に当てられたせいかと思ったね。
ここまでだって十分にヤバいのに、ここからがもうね、本当にどうしようもなかった。
少し進んだ先で、なんか自動床みたいなのに乗せられて運ばれてく、同じようなケースがあったんだ。
そっちはね、緑色の液体は満たされてなかったけど、中には確かに人が入ってた。
『お……お願いだ、やめてくれッ! やめてくれーッ!!』
中の屈強な男の人はそう泣き叫んでた。
その瞬間。ケースの上の方に、中が透けて見える蛇みたいな不気味な管がガチャンと押し当てられたんだ。
そしたら。
ブシュッ、って嫌な音がしてさ。
一瞬で、ケースの中が真っ赤な液体に染められて。中にいた人は、一瞬でいなくなっちまったんだ。
何かの手品……なワケないよね。
あまりの光景に呆気に取られる俺らに、ノワールは今の現象について、怒りに満ちた形相で説明してくれた。
『ここにいる連中ね、全員元々パーティ組んで旅をしてた冒険者とか聖職者とか。ここでは、そんな連中を
緑色の液体につけているのは、いわゆる潤滑油みたいなもんなんだと。
それにしばらく漬け込んで肉体と精神を弱らせておくことで、魂からパッシブ能力を回収しやすくなるんだそうだ。
おぞましい超技術。
そんな言葉じゃ到底表現しきれないほどの惨状だ。
ここに集められてる人間は全員、魔族が欲する能力を得るための生贄なワケだよ。
人間よりもいっそ魔王軍の方が善なんじゃないか。……そう思ったって、言ったよな。
これを見た瞬間、俺らの中のそんな甘っちょろい感情は一切合切、彼方へ吹き飛んでしまったよ。
これまでの旅路で一番といってもいいくらい、激昂を隠し切れない様子だった勇者様。
彼はギリッと歯を食いしばり、剣を抜き放ってこう宣言した。
『前言撤回だ! ここにいる全員、俺が助けるッ!』
勇者様らしいよな。でも、俺らもまったく同じつもりだった。
このケースの中から囚われている人を一人残らず解放してやろうと、アルジャンだけじゃなく俺も、ジョーヌもルージュも息巻いたね。
でも。
『ダメッ! もう時間がないの! ブラウはもっと奥の部屋にいるはず! ここに構ってたら、あの子が死んじゃう!』
ここで俺らは、さっきのノワールの質問の本当の意図を理解した。
本当に助けたい「ブラウ」という一人を助けようとするのなら、ここで今死んでいく冒険者たちを見捨てるしかない。
逆に、目の前の冒険者たちの救出を優先するのなら、その間にブラウは処分されて見捨てることになっちまう。
思い知ったよ。
世界の倫理学でよく討論される、トロッコ問題。
実際にその残酷な二択を目の当たりにした人間は、たとえそれがどれほど気高き勇者であっても。
ただ絶望して、身動きが取れなくなっちまうものなんだ、ってね。
『……クソッ! クソッ、俺の……俺の何が勇者なんだ!!』
ノワールの言った通り、両方と言った時点で両方とも助からない。
なら、どちらを優先するか……勇者は前言撤回を、さらに撤回しなきゃならなくなっちまった。
あまりの苦しさと己の無力さに、血の涙を流さんばかりの顔をして……。
そして、アルジャンは苦渋の選択をした。
この場にいる者達を見捨て、ブラウ一人を助けることを。
その悲痛な選択を重く受け止め尊重して、俺らも後ろ髪引かれながら、この地獄を駆け抜けようとした。
だが。
その歩みは、部屋の前方からやってきた何者かによってあっさりと阻まれちまったんだ。
『キャキャキャーッ! 何かコソコソとネズミが這い回っているかと思えば! ノワール! まさかワシの美しき楽園に、忌まわしき人間どもを招き入れているとはのォ! しかもその出で立ち、報告にあった勇者どもじゃな!? いやはや! 失望落胆である!』
ボサボサの白い髪をして、分厚い眼鏡をかけたヨボヨボの爺さん。
肌は真っ黒で、目は金色に煌々と気味悪く輝いてやがる。
手にいかにもなフラスコらしいものを持ってる、見るからに狂った博士って感じの魔族だった。
『じゃが! 招かれざる者をも丁重に扱うのが真の紳士たるもの! あァー、ようこそ我が楽園へ! ワシはマスティック教授! 見学は許可しておらぬがァ、今日は特別じゃ! 存分にィ、ワシの芸術を堪能していくがいい!』
この場の惨状を楽園だのとほざき、耳障りな高笑いを上げるクソジジイ。
新たに移動床で送られてくるケースの中に入った、女性が恐怖に怯える顔を見て、それはそれは楽しそうに下劣な笑いを浮かべてやがった。
『何が楽園なの……。魔王様は、こんな酷いやり方を許可してない!!』
マスティック教授とやらを全否定するように、ノワールが力強く叫んだ。
だが、当のジジイは大仰な身振りをして、それを鼻で笑いやがったのさ。
『んんんー? だが、アン・コロール陛下はワシにこう仰りましたぞ? 手段を選ばずパッシブ能力を片っ端から奪え、とォ! あァー、困りますなァー、まさか四天王にもなられたお方がァ? 下等な人間を庇い立てするような真似などォ!』
──アン・コロール。
このちょっと美味しそうな感じの名前が、俺らが探し求めている魔王の奴の名前。
このイカれたジジイが口に出した時が、三年以上に渡ることになる俺らの旅で、初めてその名を聞いた瞬間だったね。
『違う! あの方は……! あの方は!!』
『そもそも、ノワール! 何度も手を血で染めている分際で意見できる立場か!? ただ闇雲に人間を死なせるキサマと、文字通り骨の髄まで利用してやっているワシ。どちらが正しいか、比べるまでもないッ! だからこそ陛下は、この天才マスティック教授に全権を託して下さった! んんーッ、なんという誉れ! ワシの明晰な頭脳に不可能などないのだァァァッ!』
どうにも、こいつの声がやかましくて仕方がなかった。
単純に声量がでかいだけじゃないんだろうな、この神経を逆撫でするようなイライラが募ってく感じ。
『まあ、念のためこの部屋に強力な結界を張っておいて大正解でしたわなァ! 不穏分子の三銃士どもにこの研究を滅茶苦茶にされることを危惧していた、聡明なるワシの頭脳、ああ
ずいぶん丁寧な種明かしの説明、痛み入るよね。
あの規格外に強い重装騎士や片翼のお兄ちゃんがもし一緒でも、この場では戦力にはなり得なかったワケだ。
だが、魔族の力を封じるための結界だというのなら、俺ら人間には無意味なんじゃないか?
そう思って俺たちは戦闘態勢に入った。このジジイがすべての元凶なら、こいつをぶっ殺せば勇者様が望む全員解放も叶うだろうってね。勇者パーティの心は完全にひとつだった。
『おお、まさか人間どもには無効化とでも思っておるまいなァ? キャキャキャーッ! 培養液内の冒険者どもを見よッ、あんなにも気持ちよく脱力しているではないか! それ自体は培養液ではなくケースの特殊素材による影響なのだがな、同じ素材でこの部屋自体も構成されておるのだ! この素材が放つ波長は我ら魔族には効かーん! サンプルが少ない故に妥協はされているが、貴様らの戦闘能力は従来の「十分の一」にまで落ちているはずじゃ! いくら勇者とてワシには勝てん! さあ、キサマらのパッシブを頂きたいものじゃのう!』
……なげー説明。
俺がいっぱい読んで来た冒険小説でもそうだったが、こういう博士的な奴ってのは、いちいち自分の仕掛けを全部説明しないと死ぬ病気にでもかかってるのかなと思わされた。
あまりに長くて
なるほどね、だから入った瞬間から変な倦怠感を覚えてたんだ、と妙に納得。
なんて絶望的な戦闘能力差。
でもさ。
俺たちの勇者様は、そんな話を聞いても微塵も怯みはしなかったんだ。
『……いいのか?』
『あァァァン?』
アルジャンの表情はそれはもう。なんというか。
普段はさ、ほとんど抱かないんだよな、その、激怒って感じの表情。
でもこのときばかりは違ったね。
目の前の人間を舐め腐ったジジイを、一刻も早く、ただの肉片にまで切り刻んで殺してやりたいと本気で思ったんだろうよ。
『十分の一に抑える程度で満足してていいのか、と言ったんだッ!!』
その直後。
アルジャンの激しい怒りに任せた渾身の剣閃が放たれた。
同時に発生する神速の衝撃波の数は、今まで見て来たどんな戦闘の時以上に、多すぎるくらい多く。
ドガァァァァァァンッ!!
っていうけたたましい音が鳴り響く。
まず、莫大な風圧だけで辺りのガラスケースをすべて叩き割った。
そして、ジジイが自慢げにしていた自動床の仕掛けと、あの蛇みたいな不気味な管も粉砕してしまった。
うーん、規格外。
そうだよな、数字で言うことでもないが並の冒険者の攻撃力が百とすれば、勇者はこの時点で十万って感じだ。
十分の一にされたところで、万だよ、万。焼け石に水。
怒りで恐ろしくブーストがかかってたから、この破壊が成し得たみたい。普段だったらどうだったかわかんないって、後で勇者様は謙虚にも俺らにそう言うことになる。
俺らとノワールが無傷だったのは、咄嗟に、持っている魔法力をすべて使ってルージュが強力な防御結界を張ってくれたからだ。
魔法力の限界値も十分の一にされてたから、それが限界だったってことを、後で本人から聞いたよ。
『うおおおおッ!? な、なんてコトをするのじゃ、このくそガキ! わ、ワシの美しき楽園が……ッ!』
『黙れ! 今ここにいる冒険者も、奥にいるブラウも、すべて俺が救う! 見ておけ、四天王ノワール! これが俺の選択だ!!』
剣を力任せに、嵐のように振り回しているアルジャン。
だが、それでいてその剣技は恐ろしいほど緻密だったんだ。
壊すべき悪しきものを次々と破壊していくが、その剣先は、そして暴風のような衝撃波は、中に囚われていた冒険者たちをただの一人も傷つけることはなかった。
『これが!! 勇者だッ!!』
女神「おお、とても勇者らしい。こんな戦いもあったのですね。魔族と共闘関係にあったことは気にかかりますが素直に評価しましょう。私も難癖をつけるばかりではないのですよ?」