俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが……   作:あじさいファン

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13.魔道士の話・その6

 俺の頭を覗いてくれている人たちの中にはさ、こう思った人もいるんじゃないかな。

 勇者様が最初からそのメチャクチャな衝撃波で暴れまわっておけば、トロッコ問題じみたもので葛藤をすることもなく、最初から全員を助けられたんじゃないかって。

 

 でもな、反論させてくれ。

 アルジャンは普段からあんな暴風みたいな衝撃波を乱発するような戦い方はしないし、そもそも「力任せに全てをぶち壊す」なんて発想を持たないヤツだったんだわ。

 マスティックとかいうクソジジイへの峻烈(しゅんれつ)な怒りが、あの修羅のような必殺技を土壇場で生み出させたって感じなんだよね。

 

 つまり、極度の怒り状態じゃないと成し得ない規格外の行動だったんだな。少なくとも、当時の勇者様は。

 何せ、普段から決して怒らないようにしてた優しい男だったしさ。

 

 暴走状態と言ってもいい、その衝撃波の嵐。

 

『ヒ、ヒヒヒ、ヒィーッ!!』

 

 そんな情けない悲鳴を上げながら、博士なジジイはあまりの暴力に対して怯えに怯え、俺らの背後にある唯一の出入口まで情けなく走り抜けていった。

 激昂に駆られていた勇者様は、それを逃がさんとばかりに凄まじい殺気を放って追いかけようとする。

 

『逃げられると思うなよ! 外道が!!』

 

 普段、あのような無抵抗な相手への追い打ちを最も毛嫌いするアルジャンが、本気で殺そうと追いかける姿に、俺らは心底驚いたんだよね。

 新参だったルージュはともかく、俺もジョーヌも小さい頃からこの勇者様がどんなに穏やかなヤツだったのか、ずっと見て来たからさ。

 

 確かに、昔からイジメをする村人がアルジャンに暴力で食ってかかろうとすれば、強烈な一撃を浴びせてノックアウトさせるようなヤツではあったよ。

 でも、倒れた相手に必要以上の追撃をかけるような人間じゃないんだ。

 そんな彼を『本気で怒らせる』とどうなるか、ってのが身に沁みてわかった瞬間だったね。

 

『待って勇者サマ! あんなヤツよりブラウを先に!』

 この衝撃波はブラウがいるはずの奥の部屋までは届いていない、とノワールが必死に制した。

 

 暴れまわりながらもどこか冷静さまでは失っていなかった勇者様は、無様に逃げていく博士野郎の背中を見据えながら、忌々しそうに舌打ちをして。

 んで、(きびす)を返し、さらに奥の部屋へと走り抜けたんだ。

 

 割とすぐのところに、ブラウはいた。

 やっぱり同じようにケースの中に入れられていて全裸だったんだが、ひとつだけ違うところを挙げるとすれば、満たされている培養液の色が真っ青だったことだ。

 

『……魔王軍の叡智(えいち)で不正に与えられたパッシブだからね。取り出す方法も特殊だったんだろーね』

 俺らの疑問に対して、ノワールが背後でそう答えた。

 

 実際のところどういう原理なのかは未だにわかってないし、知りたいとも思えなかったね。

 だが、俺たちがやるべきことは変わらない。

 目の前のガラスをぶち壊し、中から少女を救い出す。本当にそれだけだ。

 

 勇者は何の躊躇(ためら)いもなく、それをやってのけた。ノワール(いわ)く、多少の攻撃では簡単には壊れないはずのものらしいが、アルジャンの攻撃力の前には塵にも等しかったよ。

 怒りの剣閃が装置ごとガラスを粉砕し、培養液ごと中にいた彼女が床へ放り出される。

 

 思わず駆け寄って抱き留めたのは、俺だった。

 ブラウが全裸だったとかに、エロい煩悩をフル活用させる余裕なんてなかったよ。てかそれどころじゃなかったね。

 

『ほえ……あ、あなた、たちは……』

 

 衝撃で目を覚ましたブラウ。

 それまで自分が助かるとは思ってなかったらしくて、ひどく困惑した顔で俺の顔を見つめてた。

 

『愚図なあんたを助けに来てくれた、お人好し軍団だよ。良かったね、あんた、今日から自由の身になれるよ』

『え……? ノワール、様……?』

 

 淡々と告げる上司の言葉の意図がわからなかったらしい。

 さらに強い困惑の色を表情に浮かべていたっけな。

 

 だけど。

 悠長に事情を説明する暇はこんな危険な場所にはなかった。

 

 一刻も早く安全地帯まで脱出する必要があったんだがね。

 ジジイの張った結界とやらの影響でノワールの転移魔法が発動しなかったみたいで、まずは自分の足でこの部屋を出なけりゃならなかった。

 

『ひ、ひひ、な、なんで……なんでじゃあああッ!』

 

 そのとき。

 尻もちをついた体勢のまま、こっち──奥の方まで、無様に後ずさりしてくるどうしようもないヤツがいた。

 

 博士のジジイ、マスティックだった。

 

 その真正面から、カシャン、カシャン、と重厚な音を立ててにじり寄ってくる巨体があってさ。

 それは、俺らがこの部屋に辿り着けるように外で陽動をしてくれてた協力者三銃士の一人、真っ黒な全身鎧の騎士、ゼルちゃんだったよ。

 

『ワシ以外の魔族の力が発揮できぬ結界を、何故、何故ェッ! 無視出来ているのだキサマはぁッ!』

『……私には半分、人間の血が混じっているものでな。ずっと忌々しい身の上だと呪ってきたが……今日ほど、この半端な身であったことに感謝する日もあるまい』

 

 人間と魔族のハーフ。

 そんな特殊な出自である故に、純血の魔族を封じるためにマスティック教授が張った結界も、部屋の造りも、彼には無効だって話っぽい。

 両方引っかかるみたいなのじゃないんだな。仕掛けが甘いね。

 

『そうとわかっていれば、最初から私一人だけで彼女を救い出すべきだったな。我らの、銀の髪の乙女を……』

 

 静かにそう言いながら、重装騎士は大剣の先端をジジイの喉元にピタリと押し当てる。

 マスティックの奴は声にならない悲鳴を上げて、ガタガタと全身を震わせていたっけな。

 

『私は己の役割を果たす。……ただ、それだけだ』

 

 俺たちを追い詰めたお得意の『月光』とやらを発動する必要すらないと踏んだんだろう。

 あまりにもあっさりとした、それでいて容赦のない物理の一撃が炸裂した。

 

 ジジイの首が強烈に撥ね飛ばされ、こちらに向かってゴロリと転がってきた。

 恐怖に目を剥いた生首とバッチリ目が合っちまって、思わず「ヒィッ」と情けない声を上げちまったっけな。

 

 だけど。そのとき、起こったことに誰もが目を疑った。

 

 それから数秒後、ジジイの胴体も首も、まるで霞のようにスーッと掻き消えたんだ。

 

『どういうことだ……? この手応えの無さは……? いったい……』

 ジジイにトドメを刺した当の本人である重装騎士が、一番驚いてる様子だった。

 

 そして。その直後。

 

 

 ドスッ。

 

 

 という、極めて不愉快な音と共に。

 

 何か、紫色の禍々しい触手なようなものが。

 

 重装騎士の背後から、分厚い重装甲と、彼の心臓部分を軽々と貫いて突き出てきたんだ。

 

 

──なんだ、あれ。

 

 

 俺らは何が起こったのか一瞬、理解できなかった。

 

 

『油断したのォ、半端者。キャーッキャッキャ!!』

 

 

 心臓を貫かれた重装騎士の後ろに、死んだはずのクソジジイが立っていて、下劣な高笑いを上げていた。

 先程首を飛ばされていたものは、幻影みたいなものだったんだと、そこでようやく理解した。

 

 半狂乱になって、ノワールが飛び掛かる。

 

『マスティック!! あんたは……あんたはアアアア!!』

『傑作だな、ノワールゥ! 勝ったと思った瞬間が一番危険なのだと、陛下から教わっていたはずでなかったかァ!?』

 

 しかし。

 魔族に対する結界が張られた部屋では、彼女はまともな戦闘行動を取ることが出来なかった。

 食らいつこうとして、足がもつれて転倒してしまう。

 

 そんなノワールの代わりに、激昂した勇者様が神速のごときスピードをもって肉薄し、ジジイの胴体に全力で斬りかかった。

 

 でも、まったく同じ状況だった。

 真っ二つに両断しても、すぐに霞のように掻き消えて。

 

 あれすら、ジジイの本体じゃなかった、ということだ。

 

 そうしたら、けたたましい警告音が断続的に鳴り始めて、部屋中の照明が一斉に赤く点滅し始めた。

 同時に、どこからともなく部屋中に響き渡る拡声器の声。

 

『ノワールよ! 一つキサマの功績を称えよう! 忌まわしき勇者パーティをまとめてここに連れてきてくれたことだァ! 裏切者の汚名を(そそ)ぐ機会を与えてやる! ここで共に爆ぜるがいい! キャーッキャッキャッキャ!』

 

 俺らはノワールに、今のジジイの言葉の真意を聞いた。

 

 要は、研究所の自爆スイッチを作動させたらしい。

 ここにいる俺たちを、そして囚われた冒険者も、ノワールごと、そして研究所の設備ごと跡形もなく爆破して終わらせようという最悪の腹らしかった。

 

 そして。本当に絶望的なのはここからなんだが。

 

 唯一の出入口が、完全に閉められていた。

 

 道なき道を作り出すことも多いジョーヌが、そこまで走って馬鹿力でこじ開けようとしたんだけどさ。

 能力を十分の一にされているのに加え、そもそもこの扉が物理的に固すぎるのと、更にダメ押しで強力な結界を扉自体にかけられているのとで、ビクともしなかった。

 

 絶対絶命の危機。

 冗談抜きで勇者パーティがここで全滅しかねないほどのピンチだったね。

 

『もっと簡単に終わるはずだったのに……! マスティックを甘く見てた……!』

 

 あのジジイ、元四天王なんだそうだ。

 人間だけならまだしも、同胞である魔族すら実験材料にしかねないくらいの、あまりの危険思想があった。

 故に、「身内に取り返しのつかない犠牲が出る前に」と、()()()魔王直々にその座を下ろされて、辺鄙(へんぴ)なトコにある、この研究所での職務に従事させられていたんだが。

 本人はそれを「自由に研究ができる栄転だ」と思い込んでたそうで。

 

 いや、あんなクズの事情なんかどうでも良かった。

 俺は道具袋から布を取り出してブラウに着せ、背中に背負ってから、倒れ伏す重装騎士のもとへ駆け寄った。

 

 一足先に僧侶様が近づいていたが。

 さっき、俺らを守る結界のために魔法力を完全に枯渇させていたのが、ここに来て致命的な仇になっちまった。

 

 ちょっとの傷を回復する魔法すら打てないと、ルージュは愕然として膝をついていた。

 

 勇者様が代わりに回復魔法を放ったが、効果がなかった。

 というか、さっきの紫の触手に、魔族特有の強烈な神経毒が仕込まれていたみたいでさ。

 並の回復魔法や薬草じゃ、もうどうにもならない──顔面蒼白でルージュがそう分析した。

 

『……構わない……。勇者たちのおかげで、私は、単なる殺戮者としてではなく、騎士として……死ねる……』

 

 彼に対して、打つ手はなかった。

 ノワールはなんとかして彼を助けたいと泣き叫んだが、彼女の転移は結界のせいで使えないし、彼女自身に回復魔法の心得もない。

 

 相手は魔族だ。これまで俺らを苦しめ、何度も死の淵へ追いやった敵のはずなんだ。

 

 でも、胸を締め付けるような苦しさは、俺らパーティ全員が等しく覚えていた。

 まるでずっと背中を預けてきた大切な戦友を失うような、そんな切なさが竜巻のように心をズタズタに引き裂く感覚に襲われてたのさ。

 

 魔族を倒すべき勇者パーティとしては、失格だったのかもしれないな。

 だけど、人間としての在り方としては満点だったと、俺はそう思いたい。

 

『ブラウ……そこに、いるか?』

 彼は、もう目が見えていなかった。

 

 前後不覚だったブラウも、このときには今の状況がどういったものであるのか、すべて理解しちまってたみたいでさ。

 小刻みに喘いで、俺の背中で身体を激しく震わせているのが直に伝わってきた。

 

『お前が、この場にいる者を……勇者たちも、ノワールも、そしてマスティックにより生贄にされかけた者達も。全員、救うんだ……』

『ゼルさん……そんな、あ、あたし……』

『今のお前は「魔王軍の力」を完全に剥奪されている……。その不足分を補う手段は、たったひとつだ……』

 

──それは、今すぐ勇者とパーティの契約を交わすことだ。

 

 血を吐きながら、重装騎士はそう告げたんだ。兜の隙間から漏れる紅に、もう何か出来ることなんて、なかった。

 

 勇者ほどレベルの高いパーティならば。

 契約による恩恵で、彼女は魔王軍に居たとき以上の力を行使できるはずだ、ってことだな。

 

『空間を跳躍する転移魔術は、人間には禁忌だが……お前なら、使える。魔王軍で育ってきたお前になら、な。かつて戯れに、教えた術式……憶えて……いる、な? あれ、なら。この場にいる全てを脱出させることだって……ゲホ、ゲホッ……』

『だ……だめ! ゼルさん……ゼルさんっ! お願い、死なないで……!』

 

 切実なブラウの悲痛な訴えは届かず、重装騎士は光を静かに失っていった。

 

『惜しむらくは、勇者と決着がつかなかったことだ……。生まれ変わる機会があるなら、望むまま、有意義な、戦い……を』

 

 どんどん声が弱くなっていって。

 偉大なる重装騎士は、その生涯を静かに終えたんだ。

 

 ここまで持ったのは、最期にブラウの未来を導きたいという強い意志と。

 そして、魔族としての血故の圧倒的な体力によるものだったんだろうな……。

 

 女性陣──ジョーヌもルージュもブラウも、そしてノワールも、彼のために涙を流していた。

 特にルージュとノワールは、彼の最期に何もしてやれなかった自分たちの無力感に(さいな)まれたんだろう。

 

 俺とアルジャンは……泣かなかった。

 男だから。それもきっと理由にはあったんだろうさ。

 

 でもな、泣くべきじゃないと思ったんだよ。彼は、騎士として気高く散っていった。

 だからなんつーか、涙じゃなくて、最大の敬意をもって見送るべきなんだと思ったって言えばいいのかな。

 

 感傷に浸る間もなく、刻一刻と俺たちのタイムリミットが迫ろうとしてた。赤い警告灯がさらに激しく点滅している。

 勇者の衝撃波によって救い出された冒険者たちは、ブラウよりも長く培養液に漬けられていたのもあって、未だに気力を取り戻せずに床に倒れ伏している。

 

 もちろん、俺らに彼らを見捨てて放っておく選択肢なんて、もうなかったよ。

 

 全員救い出す。

 俺らも、そしてノワールも、全員まとめて脱出させなければならない。

 

 その強い意志に呼応して……あるいは、重装騎士の遺志に殉じようとしたんだろうな。

 ブラウがふらつきながら、俺の背中から降りたいと言い始めた。

 

 心配だったが、ここから脱出する方法はもう、彼女の力に頼るしかないのだろうと俺は認識してね。

 

 身体を支えてやりながら、そっと床に下ろした。

 ブラウは、俺の腕にしがみつきながら、なんとか自力で頑張って立っていた。

 

『……勇者様。あたしを』

 まだ彼女は、立っているのが精いっぱいの状態だった。

 

 それでも。

 その震える瞳には、決して折れない強い意志の炎を宿している、俺には確かにそのように映ったんだ。

 

 それを示すかのように、ブラウは。

 アルジャンの目を真っ直ぐに見据えて、こう言った。

 

『あたしを、勇者パーティに入れてください』




女神「混血ですか。我が教典において混血児の扱いは状況に応じます。人間に与するなら人間、魔族に与するなら魔族という扱いにせよ、と。ですが、見た目に明確な違いが顕著に現れるため、敬虔な教徒ですらこれを守らぬ者が多くて……すみません、どうでもいい話をしてしまいましたね。魔族側に属し悪事を働くなら、それ即ち魔族である。私はそう教えているだけなのですが」
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