俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが…… 作:あじさいファン
……後になって、すべてが少し落ち着いてからブラウ本人に聞いた話なんだけどさ。
彼女にとって、あの三銃士──特に重装騎士のゼルちゃんは、ただの「魔王軍の同僚」なんかじゃなかったらしいんだ。
集落が賊によって滅ぼされて、ひとりぼっちになったブラウは魔王に拾われたわけじゃん?
そんな彼女の世話係を真っ先に買って出たのが、あの重装騎士様だったんだって。彼女の綺麗な銀髪に惹かれたと言っていたらしい。
他の二人とも仲良くしてたらしいんだけど、特にゼルちゃんの過保護ぶりは群を抜いて凄かったそうだ。
魔族と人間のハーフで、どちらからも爪弾きにされてしまうような、自身の孤独な境遇と重ね合わせていたのかな。彼が死んじまった今となっては、もう確認のしようもないけどね。
そんな大切だった彼が……彼女にとって真の父親だったと言ってもいい、魔王軍きっての気高く清廉な騎士様が。
自分の目の前で命を落とした。
本来なら、その悲しみと絶望で心が完全に壊れちまってもおかしくない状況だよな。
でも、彼女は、そうならないように、自分の弱さを乗り越えようと奮起した。計り知れない悲しみをバネにして、自分の魂に無理矢理、火をつけたんだ。
彼の死を絶対に無駄にはしない、ってね。
そうした決意を胸に、勇者パーティへの参加を希望するブラウ。
その悲痛ながらも力強い懇願に、我らが勇者アルジャンは真っ直ぐな目で彼女を見つめ返し、静かに頷いた。
『歓迎する。魔道士ブラウ、お前は今から、俺たちの大切な仲間だ』
勇者様が手を差し出し、ブラウがその小さな両手で力強く握り返す。
その瞬間、この世界に定められた魂の契約たる『パーティシステム』が起動した。
淡く温かい光が彼女の身体を優しく包み込む。
彼女の中に、勇者のレベルに見合った真っ当で純粋な魔力が爆発的に満ちていくのが、素人の俺にもハッキリとわかった。
『……やります』
決意に満ちた瞳のブラウ。
けたたましい警報音と赤い点滅が部屋中を狂わせる中で、彼女の周囲だけは、まるで時間が止まったような
彼女は両手を胸の前で組み、人間には禁忌とされる高度な『広域転移魔法』の詠唱に入った。
それは、凄まじい威力の攻撃魔法を無詠唱で連発していた彼女でさえ、正式な手順を踏まなければ発動すらままならないということだ。
当然だよな。
それは、単身の転移とは次元が違う、その場にいる全体を丸ごと巻き込む大魔法。四天王のノワールですら行使出来ない、神の領域に近い高度すぎる魔法だというのだから。
だけどさ、俺たち勇者パーティは、そしてノワールも、彼女がその魔法を発動出来ないんじゃないか、なんて微塵も疑っていなかった。
絶対に出来る、ブラウなら絶対に……明確な敵のはずの四天王ノワールまで巻き込んで、全員の心が一つになっていた感覚すらあったね。
でも。
『く、う……あ、あ……っ、だ、だめ……』
彼女は詠唱の途中で断念。
脂汗を全身から吹き出し、肩で激しく息をして、その場に座り込んでしまった。
何しろ、助け出さなきゃならない対象の人数が、あまりにも多すぎたんだよ。俺たち四人に、ブラウ本人、ノワール、さらに床に倒れ伏している、数え切れないくらい大勢の冒険者たち。
その上、つい先ほどまであの不気味な培養液に漬けられていた後遺症は、今しがたパーティの恩恵を受けたとはいえ、一瞬で完全に消え去ったわけじゃなかったんだよな。
『ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい! あ、ああ、あたしには無理です……やっぱり役に立たない、ぐ、愚図だから……!』
ブラウは無力を痛感して、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。全身を激しく震わせて、過呼吸気味になりながら、顔を真っ赤にして泣きじゃくっていた。
鳴り止まない警報音と真紅の明滅が、彼女を煽るように急かしてくるのが、ほんとにほんとに、ほんっとうに、うるさくて仕方がなかったよ。
だが、俺は彼女を急かすような真似はしなかった。急がなきゃ全員死ぬとか、そんな焦りは頭のどこかにすっ飛んでいたんじゃないかな。
『……ごめんな。こんな大事な役割を、俺が代わってあげられなくて』
俺は静かに、ブラウの小さな身体を抱きしめた。何を考えてそうしたのかは、今思い返してもよくわからない。そうしたいからそうした……そんな単純な説明しか出来ないな。
だが、俺の抱擁で、ブラウは少しだけ落ち着きを取り戻したみたいだった。
『俺な、パーティの料理も担当してんだよ。ここから出られたら何でも作ってやる。毎日だって、一生だって、君が望むならそうしてやりたい。みんなで楽しく旅しよう。これからはずっと一緒なんだ。だから……なんとかして、俺の持つ魔力を、君に乗せられないか……いや、魔力、あんのかもよくわかんねえんだけどさ……魔法が使えるワケじゃないし……』
なんかね、俺は必死だったんだな。
でも、この必死さは、自分たちが死にたくないから早く魔法を撃て、なんていう保身じゃなかったね。
どうにかして、目の前の震えてる女の子を落ち着かせてあげたくてさ。俺の魂からあれこれ言葉を絞り出していた感じだ。
すると、ノワールが俺の背中側から声をかけてきた。
『ホント、愚図』
この期に及んで、言葉は相変わらず辛辣だった。
でも、なんだろう。このときのヤツの言葉には、本気で罵倒するような、冷たいトゲみたいなものはまったく感じられなかった気がするんだよな。
『今までわたしが何言ってきたか、もう忘れたんだ? だから愚図って言われんの、この愚図。そうやってすぐ自信を失くして立ち止まるところ、ホント大っ嫌いだった。……最後くらい、わたしにカッコいいトコ見せてよ』
不器用すぎる四天王からの、精一杯の叱咤激励。
『の、ノワール様が、い、言ってた、こと。「顔を上げて、笑いなさい」……ノワール様、みたいに……』
噛み締めるようにブラウが呟いたそれこそが、ノワールが彼女に日々言い続けてきたことらしい。
このとき、彼女が上司となってから今日までが、ブラウの中で鮮明に蘇ったのだそうだ。
たった一年。罵詈雑言をぶつけながらも、暴力には決して訴えて来なかったノワール。
愚図と言いながら誰よりも親身になってくれる彼女に、ブラウは尊敬の念すら抱いていたと、後で俺らはブラウ自身から聞かされることとなる。
俺の励ましと、ノワールの叱咤に、このままではいけないと思ったらしい。
ブラウの目に、再び強い意志の光が宿った。
『あたし……あたしね。その……カ、カレーライスが、食べてみたいん、です。……み、見たことだけあって、食べたこと、一度も、ないから……』
俺は、フラフラしながら立ち上がる彼女の支えとなった。
ブラウはこちらを完全に信頼しきったように体重を委ね、再び高度な詠唱に深く集中し始めた。
俺は絶対に彼女を離すまいとばかりに、その細い身体を、正面から力強く抱きしめた。
部屋を照らす赤い警告灯の点滅がさらに早くなり、けたたましい自爆のカウントダウンが最高潮に達する。
『負けるな! 頑張れ、ブラウ!』
『ああ! 私たちもついているからな!』
『みんなで……ここを出るわよ! 絶対に!』
アルジャンも、ジョーヌも、ルージュも。
今持つ、ほんの僅かな魔力を少しでも分け与えようと、ブラウの小さな背中に手を当てがった。
それを見て、ノワールも彼女の後ろに回り込んで、同じようにそっと手を添えて参加してくれた。
ブラウを抱きしめている俺は、すぐに変化に気づいた。自分の中から、何かが吸い出されて持っていかれている感覚があったんだ。魔力なのか、生命力なのか、とにかく、何かだ。
彼女の顔を見ると、詠唱しながらも、少し申し訳なさそうな目でこちらを見上げてた。
なるほど、この抽出されるような感覚は彼女自身の意図的なものらしい。
『そんな顔すんな。いくらでも持ってけよ。終わったら、カレーライス、腹がはち切れるくらい食わせてやるからさ』
俺の言葉に、彼女は安心したように。
ぎこちなかったけど、少しだけ笑ってみせたんだ。
それが、俺が初めて見る、彼女の暗い顔以外の……笑顔だった。
詠唱は最終段階に入ったらしい。
ブラウから溢れ出す圧倒的な青色の魔力の輝きが、周囲の不快な音と赤い光をすべて飲み込んでいった。
『……みんな、お願い、飛んでええええええッ!!』
ブラウの渾身の叫びと共に生まれたのは、この広い部屋中を完全に覆い尽くす巨大な魔法陣。
視界が、眩いほどの純白に染まっていく。
直後。
鼓膜を破るほどの凄まじい爆発音が轟いた。
研究所の爆破装置が起動した音だったんだろう。
だが。
その地獄の業火が俺たちを焼き尽くすより、ほんの一瞬だけ早く。
俺たちの身体は、フワッと宙に浮くような、あの独特の無重力感に包まれていた。
……次に、恐る恐る目を開けたとき。
俺たちの顔を撫でたのは、研究所の血生臭くて冷たい空気ではなく、爽やかな風だった。
どうやら付近の丘の上に出たらしい。
眼下では研究所が派手に炎上しているが、幸運なことに、こちらに燃え移るような木々はなく、煙もこちらに来ない風向きだったんだ。
周囲には、無事に転移させられた冒険者と仲間たち。
『……やった。おい、出られたぞ! 脱出成功だ!!』
俺の叫びに、全員が弾かれたように顔を上げる。
助けられる範囲の者は、誰も死んでなかった。ブラウも、ノワールも、冒険者たちも。全員無事に外の空気を吸っている。
俺たちは生き延びた奇跡に手を取り合い、涙を流しながら、ありったけの歓喜の声を上げたのさ。
『よ……良かっ、た……あたし、役に立てたよ、ゼル、さん……』
汗まみれになりながら、はあはあと息も絶え絶えに、でも、笑顔を浮かべて、その場に膝をつくブラウ。
彼女に着せておいた布が
なんかうまい感じに巻けなくてさ、何度もブラウの大事なとこがバッチリ視界に入っちまってね。あれは今でもマジで申し訳なかったって思ってる。
最終的にルージュが俺のモタモタさ加減が見ていられなくなったみたいでさ。
『こら。女の子に恥かかせないの』
なんて言いながら、俺の代わりに、器用に布を巻き直してくれた。マジで頼りになる女で助かるわ。
あとで町に着いたら服を買ってあげよう……そう優しく言ったのはジョーヌだった。女性陣二名のお下がりを与えるには、彼女の身長は圧倒的に足りなかったからねえ。俺らもそれに大いに同意した。
『……あの騎士は!?』
ふと、我に返ったアルジャンが声を張り上げる。
だが、その場には、重装騎士の鎧の遺体などどこにもなかった。
恐らく、ブラウが行使した転移の術式は、あくまで命あるもののみが対象で、死んでしまった者に対しては発動しないんだろうな。
彼だけは助けられなかった……その残酷な事実は、俺らの胸を深く切り裂いてしまうような痛みを与えた。
『……今までありがと、ゼルちゃん』
彼と深い関わりがあったノワールが、炎上する研究所を見下ろしながら、静かに礼を言っていた。
このとき、俺は気がついたんだ。
片翼のお兄ちゃんと、骨の奴がどこにも見当たらねえ……ってな。
口に出すべきかどうかを迷ったんだが、俺より先にジョーヌがそれを言っちまった。
途端に焦燥感に駆られる俺ら。まさか、逃げ遅れてあの爆発に巻き込まれちまったんじゃねえか……って思ったよね。
でも、結論から言うとそれは杞憂に終わった。
俺らが丘上にいるのが見えたのか、片翼のお兄ちゃんが背中の黒い翼をはためかせて、こちらに悠然と飛んで来てくれたんだ。骨の奴を小脇に抱きかかえながら。
『ふん……あの程度の炎の中を脱出するなど、造作もないことだ』
着地するなりそんな格好いい感じのことを言っててさ。魔族内での伝説の英雄様ってやっぱりカッケーなって素直に思ったよ。
……魔族って、あまり仲間の死に心動かされない冷酷な印象があったんだけどさ。合流して三銃士の仲間の死を聞かされた二人は、泣きこそしなかったけど、どこかひどく悲しげな様子だった気がしたね。
残虐的な研究施設を見たときには魔族という種族自体に大いに腹が立ったけれど、このときは人間と魔族の心に大きな差なんかないんじゃないかって、そんなことを思った。我ながら思想が二転三転するよな。
尊い犠牲は出ちまったけどさ。マスティックっつー最悪の元凶は取り逃しちまったけどさ。
こうして、俺らはブラウと、そしてついでに、研究所に囚われてた冒険者たちの救出に見事成功したんだ。
だが、話は終わらない。
もう少しだけ、続くんだ。
女神「あの。僧侶加入の件から薄々思っていたのですが……このドレという呪われたバッファーの男なのですが、どうにも行動がいちいち突き抜けていませんか? なんというか……こう……ほら。私の言いたいことわかります? それをさも当たり前のことのようにやっているのが、罪づくりというか……」