俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが……   作:あじさいファン

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16.魔王城へ出発

 ……やばい、死ぬ。いや、冗談抜きで。

 

 エンドレスで続くブラウの「朝の体操第一」に付き合わされて、俺の体力が完全にゼロを振り切ろうとしていたのに、この子はまだ笑顔で続けようと息巻いていた。

 

 どんだけ無尽蔵な体力してんだよ。

 もしかして、俺のパッシブで対象になってるの、ポジティブさとか健康志向とかじゃなくて、『体力』そのものだったりする?

 

「無理です……お願いします、ブラウ様。助けてください」

「無理という言葉はですね! 嘘つきの言葉なんですよ! 途中で止めるから無理になるんです! ドレさんがそんな情けない人なはず、ないですよねえ!?」

 

 聞いたことあるぞ。

 世界中に展開してる料理店のオーナーが吐いていた問題発言じゃないか。

 

 やめてくれブラウ、無理なものは無理なんだ。

 因果が逆だよ、無理だから途中でやめるんだって。

 仮に嘘だとしてもね、嘘はとびきりの愛なんだ。そう、自分へのね。

 

 俺がみっちりブラウにしごかれている様を、ヘトヘトになってる町民の方々が憐れんだような目で見てくるが、誰一人として助けようとはしてくれない。

 

 このまま死ぬんだろうか、魔王戦の前に。

 絶望が精神を完全に支配しかけた、まさにその時だった。

 

「お、おはよう……ドレ、ブラウ……」

 

 宿屋の入り口から、ふらふらとした足取りで我らが勇者様、アルジャンが姿を現した。

 助かった、地獄からの解放だ! と俺が歓喜の声を上げようとしたんだが……。

 アルジャンの奴、頬がこけて、まるで三日三晩飲まず食わずで砂漠を彷徨(さまよ)ったかのように、げっそりとやつれ果てていたんだ。

 

 いちいち聞かずとも、なんでああなってるかはわかった。

 

「もう終わりだ……世界の終わりだ……勇者パーティはこれでおしまい……魔王の意志通り全てが消滅し……新しく世界は作られる……俺のことも作り直してくれないかな……筋肉ムキムキの最高な男に……」

 

 俺が昨晩かけてやった──と言ってももちろん偶然の産物なんだが──『筋肉量バフ』が消滅していたことに目が覚めて気づき、恐ろしく落ち込んでいるワケだ。

 

 てか、落ち込みっぷりが半端ない。

 昨晩、部屋の隅で泣いてたブラウは悲しさパラメータが最大値になってたけど、あれより酷いんじゃないかって思うくらいだね。

 

「恨むぞ……ドレ……何故お前は寝た……何故俺を寝かせた……」

 

 なんだ? 今度は恨みパラメータがマックスになってるのか? あまりにも理不尽だぞ勇者様。

 

 だが、俺は反論しようにもできなかった。あまりに疲れてしまって声も出なくてね。

 余計疲れるから追い打ちはかけないで欲しいって本気で思ったな。

 

「何があったのだ? アルジャンがこれほど落ち込むなんてよっぽどだぞ」

 

 勇者の背後に居たのは、戦士様と僧侶様。

 ジョーヌは、昨日の自分の破廉恥な状態を忘れてるのかな。

 暑い暑いと言って全裸になろうとしてたのを、必死なルージュに阻止されてたあの惨状。尻はバッチリ丸出しにしてたけど。

 

 あー、忘れる感じなら、もっとハッキリ目に焼き付けておけば良かっ……いや、やめておこう。俺はなんて煩悩の塊なんだ。

 

 で、今のジョーヌが何のパラメータにバフがかかっちまってるかはわからなかった。今すぐにはわからないようなものなんだな、とだけ。

 もしかしたら、髪のツヤの良さとかにバフがかかってるかな? いつも綺麗な薄茶色してると思うけどね。

 

「筋肉ダルマな見た目になってたのが相当良かったみたいなのよ。全く、あれの何が良いんだか。モンスターみたいで気色悪かったわよ」

 

 僧侶様が冷ややかな眼差しで、ぶつぶつと呟いている勇者を見下ろしている。

 なんだ? なんか物言いがいつものルージュらしくないぞ。言葉選びにトゲがある気がするんだが、まさか。

 

「ああっ! アルジャンさんにジョーヌさん、ルージュさんも! おはようございます! ちょうど良かったです、今から第十二回目の体操を始めるところだったんです! さあ、皆さんも一緒に列に並んで!」

 

 満面の笑みで、元気いっぱいに仲間たちを地獄の体操へ誘うブラウ。

 勇者パーティが揃ったことで、彼女のテンションはさらに跳ね上がっていた。

 

 だが、ここで異常事態が発生した。

 こういうとき、「いいわよ、付き合ってあげるわ」なんて優しく微笑むはずのルージュなんだが、何もかもを拒絶するかの如く、氷のように冷たい視線をブラウに向けたのだ。

 

「……はあ? 誰がそんな無意味で間抜けな踊りに付き合うって? 寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ、この愚図」

 

──ピキッ、と。

 

 俺とジョーヌが完全にフリーズした。

 アルジャンは聞いてる様子すらなかった。もはや世界の全てがどうでもいいかのように深く俯いてるしな。

 

「ぐ、愚図……?」

 驚いたように目を丸くするブラウ。

 

「ええ、そうよ。朝から無駄に体力を消費して、本番の旅に支障をきたすような頭の悪さ。その銀色の頭にはスライムでも詰まってるんじゃないのかしら? 自分の阿呆さを自覚しなさい、この底抜けの愚図」

 

 冷酷。辛辣。そして容赦のない暴言のフルコース。

 あまりのことに俺は顎が外れそうになった。

 チラッとジョーヌに目線を移すと、顔を真っ青にして冷や汗をダラダラ垂らしている。多分俺もそんな感じの顔してんだろうな。

 

 いや……待て待て! 俺たちのルージュは、こんな口の悪い女じゃない!

 聖母のような微笑みで、むっつりな勇者様をからかったりするセクシーなお姉さんではあるが、人をゴミを見るような目で罵倒するような女じゃないぞ!

 自分の露出度の高すぎる、ほぼ裸みたいな格好を往来の男たちに見せつけて悦に入るくらいには変態だが、よっぽどじゃないかぎり人の思考を蔑んだりするのからは縁遠いはずなのに。

 

 これはね、間違いなく俺のパッシブのせいだって確信しちまった。

 ルージュにかかったランダムバフの効果。それは恐らく──『毒舌さ』の最大値強化なんだろうな。

 

 いや、なんだよそれ! 毒舌がバフされるってどういう原理なんだよ! 誰得なんだよ!

 いつも姉のように、母のように慕っているルージュから真正面で「愚図」なんて呼ばれたからには、ブラウがまた顔を真っ青にして、過呼吸を起こして泣き出してしまうかもしれない!

 

 俺が慌ててフォローに入ろうとした、その時だった。

 

「わぁあっ……!!」

 ブラウは泣くどころか、両手を頬に当てて、目をキラキラと輝かせていた。

「ル、ルージュさん……! 今の『愚図』って、もしかしてノワール様の真似ですか!? すごい、そっくりです! ああっ、なんだかすごく懐かしくて、胸が温かくなりました! ルージュさん、あたしのためにわざわざ……なんてお優しいんですか!!」

 

──ポジティブが、極まっていた。

 

 今のブラウが、ポジティブさに磨きがかかっている状態なのはわかってたけどさ。

 どんな罵倒も「ノワール様との懐かしい思い出」に変換してノーダメージで受け止めるという、最強の精神的無敵状態になっているっぽい。すげえや。

 

「はぁ? 何言ってんのよ愚図。脳みそに詰まったスライム、ドロドロに溶けてるのかしら? キショいから黙ってた方がいいわよ」

「ひゃいっ! え、えへへえ……ノワール様も、よくそんな風に怒ってくれてました! ルージュさん、もう一回『愚図』って言ってください!」

「……っ、このドMの変態魔道士! そんなに変態で居たいなら、名実共にそうしてあげるわ。今ここで全部脱ぎなさい。私とどっちがより男の目を惹きつけるか張り合いましょ。あなたには服なんていらないわよ、ね?」

「ほわあっ!? それって、あたしの裸に男の人を魅了する価値があるってことですよね!? ルージュさんに認めてもらえて嬉しいです!! いいですよお! ドレさん! ちゃんと見てなかったら怒りますからねえ! アルジャンさんも見ててください! ほら!」

 

 喜んで脱ごうとするブラウと、毒を吐き続けるルージュ。

 もう、見ていられなかった。これ以上、俺たちの優しい聖母様が口汚い言葉を連発するのを聞いているのは精神衛生上非常によろしくないし。

 

 何より、本当にブラウの服を脱がしにかかっていた。昨日ジョーヌの時は全力で止めてたのになあ。

 そしてブラウもそれをすんなり受け入れようとしていて、見ている町の人たちが、露骨にどよめき始めている。

 

 アルジャンは聞いてない。

 

 非常にまずいぞ。

 言われるがまま、じっくり眺めていた……いや、止めないと!

 

「いけ! ブラウ! スリープだ!」

 俺は、声が出ないとか疲れているとかっていう理屈を無視するように頑張って立ちあがると、モンスターをテイムする魔物使いの如く、ブラウに指示を出した。

 

「ええっ? 睡眠をかけるんですか? 誰に?」

「ルージュに! 寝てる方がエロいだろ!? な!?」

 

 意味不明な俺の必死の指示。

 それでも納得しちまったブラウは快諾してくれた。

 

 緻密な詠唱なしで発動される睡眠魔法。ただ一言、ルージュに向けて手をかざしながらこう言った。

「眠れ」

 

「な、何をす……ふぁ、あ……」

 

 直後。

 またも毒舌を吐き散らそうとしていたルージュの身体がグラリと揺れ、そのまま糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 

 見事なまでの、即効性の睡眠魔法。さすがは世界最強の勇者パーティが誇る魔道士様だね。

 ジョーヌが慌ててルージュの身体を抱き留め、静かな寝息を立てているのを確認して、俺はようやくホッと息を吐いた。

 

 

 

 ……さて。

 ここで、俺の頭を覗いてくれている賢明な人たちの中には、強烈な疑問を抱いた人もいるはずだ。

 ルージュは、あらゆる状態異常を弾き返す体質じゃなかったのか? と。

 

 かつてブラウが放った呪文封じの『沈黙』魔法も一切効かなかったし、旅の途中で魔物が使ってくる『毒』や『暗闇』の呪いも、彼女にはまったく通用しなかった。

 そんな無敵の耐性を持つルージュが、なぜ、昨日使われた『睡眠の粉』や、今回のブラウの『睡眠魔法』にはあっさりと引っかかってしまうのか。

 

 結論から言うと、彼女の体質は全ての状態異常に対する、完全無効ではないんだ。

 沈黙や毒、麻痺といった状態異常に対しては無敵と言ってもいい。

 

 ただ、唯一『睡眠』に関してのみ、彼女の耐性はそこまで完璧じゃないらしい。もちろん普通の人よりはずっとかかりにくいんだが、無効ではない。

 そりゃあそうか、人間って寝なきゃ活動できないからな。そこを見越した、人体学上の穴なんだろうね。だから、睡眠の粉も効くわけだ。

 

 そして何より、ブラウの魔法なんだがね。

 彼女の魔法力は、魔王軍の過酷な環境で育て上げられ、そして勇者パーティとしての旅をもって完成した規格外のシロモノだ。

 彼女が放つ状態異常魔法は、相手が完全に無効化する(すべ)を持っていない限り、その圧倒的な出力で無理やり耐性をぶち抜いて、必ず効果を通してしまうという、反則じみた領域に達しているんだよ。

 

 無敵の僧侶様の、ほんのわずかな弱点。

 そして、それを軽々と貫いてみせる銀髪魔道士の、常軌を逸した才能。

 これが、ルージュがあっさりと眠りに落ちた理由ってワケだねえ。

 

 

 

「……ん、んん……」

 

 しばらくして、地面に寝かされていたルージュが、身じろぎをして目を覚ました。

 ジョーヌが心配そうに覗き込む中、ルージュはゆっくりと身体を起こし、大きな欠伸(あくび)をした。

 

「あら……私、どうしたのかしら。急に凄まじい眠気に襲われて……」

「お、おはようルージュ。気分はどうだ? なんか、イライラしたり、誰かを罵倒したくなったりしないか?」

 

 俺が恐る恐る尋ねると、ルージュは不思議そうに小首を傾げた。

 

「罵倒? そんなことするわけないじゃない。ふふっ、ドレったら、朝から変なこと言うのね……んっ」

 

 そう言って、彼女は艶やかな流し目で俺を見つめながら、色っぽく微笑んだ。

 豊満な胸元が強調され、朝の光の中で、彼女の放つフェロモンが尋常じゃないことになっていた。

 

 ……あ、なるほど。

 睡眠によって前のバフがリセットされ、今度は『エロさ』にバフがかかったらしい。

 だが、これに関しては俺もジョーヌも、特に動揺しなかった。

 

「……まあ、いつも通りだな」

「うむ。いつもとあまり変わらんな」

 

 そう。元々彼女の「エロさ」や「色気」のパラメータは、すでに最大値のようなものなんだ。出会ったときからそうだったと言ってもいいね。

 そこにいくらバフを重ね掛けしようと、普段とたいして変わらないように見えるってワケ。俺のパッシブも、なかなかポンコツな仕事をしてくれる。

 

「いいですね! さっきのルージュさんも刺激的でしたけど! いつもの方がいいですっ!」

 

 ブラウは明るく笑っていた。

 まださっきの話を真に受けて服を脱ぎ捨てようとしていたので、全力で止めてあげた。

 

 勇者様は、落ち込んでいる状態から立ち直れていなかった。いい加減にしてくれ。

 

 

*****

 

 

 一通りの朝の騒動を終えて。

 部屋に戻って、身支度を整えた俺たちは、ほどなくして一階に下り、宿屋の主人にチェックアウトの挨拶をした。

 

「この度は、本当に……本当に申し訳ありませんでしたっ!!」

 宿のカウンターの前に立つなり、俺とジョーヌは勢いよく、床に頭がこすれるほどの深い土下座ならぬ、直角の謝罪を披露した。

 

 まあ、理由は言わなくてもわかるよな。

 俺のバフのせいで体重が最大値になったジョーヌが開けた、あの穴のせいだね。

 

 やっぱり、宿屋の従業員は誰も怒っていなかった。

 恰幅のいい主人なんか、豪快に腹を抱えて笑い飛ばしたんだ。

 

「ガハハハハ! 頭を上げてくだせえ、お二人とも! 言ったじゃねえですか! 偉大な『勇者パーティ』が宿泊し、ブチ開けた名誉ある大穴! これはウチの宿の最高の宣伝になりますからねえ!」

 

 目を輝かせて、とんでもない商魂を見せつける宿屋の主人。

 昨日謝ったときも、確かにそんなことを言ってたけど、本気なのかよ。

 

「いや、やめとけって。誰かが踏んで落ちたらどうすんだよ。迷惑料払うんで、ちゃんと補修してください」

 

 俺が冷静に真面目な返答を叩き込むと、主人は「ちぇっ、もったいねえなぁ」とこぼしながらも、快く俺たちの出発を見送ってくれた。

 本当に、この世界の人々は(たくま)しい連中ばかりだよな。

 

 宿を出て、町の大通りを歩き、いよいよ正門へと向かう。

 その道すがら、俺たちの胸を打つような光景が広がっていた。

 

「勇者様ー! 頑張ってくださーい!」

「魔王なんか、やっつけちまえー!」

「ブラウちゃん! このお弁当、道中で食べてね!」

 

 大通りの両脇に、町の人々がびっしりと並んで、俺たちに向かって手を振り、声援を送ってくれていたのだ。

 レベリングの拠点として、割と長いことお世話になったからなあ。俺らに対して、愛着を持ってくれたんだろうな。

 

 ブラウなんかポロポロと涙をこぼしながら、何度も何度もお辞儀をして、お弁当を大切そうに抱きしめている。

 落ち込みからようやく立ち直っていたアルジャンは勇者らしく力強く(うなず)き、ジョーヌは照れくさそうに手を振り返し、ルージュは聖母の微笑みで町民たちを魅了していた。

 

 俺は、胸の奥から湧き上がってくる不思議な活力の波を感じていた。

 俺のバフなんかじゃない。ただの人間同士の温かいつながりが与えてくれる、本物の力だ。

 

 さあ……準備は完全に整った。

 

 いざ、魔王アン・コロールが待つ、魔王城へ。

 俺たち勇者パーティ五人の、本当の意味での過酷で楽しい旅が、今、ここから再び始まったんだ。




女神「ようやく出発しましたか。早く魔王城へ行きなさい。どうせ、あの子……いえ、魔王相手でも瞬殺でしょうから」
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